sample6 「想い」より

 

「神子様のお見舞いにと花を持って来たのですが、神子様のお部屋に入ってもよろしいでしょうか? 泰衡様に神子様のご様子をご報告しなければなりませんし。」

「はい、少しだけなら大丈夫でしょう。でも、くれぐれも望美さんを起こさないよう静かにお願いいたします。」

「ありがとうございます。」

銀は深々と一礼すると望美の部屋へ向かった。

 

――泰衡様に報告…

 

望美の部屋へ向かいながら銀は自嘲気味に笑った。

 

――よくそんな言葉が口から出たものだ。本当は私が神子様のお顔を見たいだけ

  なのに…

 

「失礼いたします。」

銀は御簾の外で小さな声でそう言って一礼すると、御簾をめくって部屋の中に入った。

部屋に入るとすぐに額に汗をいっぱいかいて苦しそうに唸っている望美が目に飛び込んで来た。

「神子様!」

銀は思わず持っていた花を投げ出すと、急いで望美のそばに駆け寄った。そして、自分の袖で望美の汗をぬぐった。

「神子様、お苦しいのですか?」

思わず耳元で囁いてしまったその声に望美がピクッと反応した。

そして、望美はゆっくりとまぶたを開けた。

「す…すみません、神子様。お起こししてしまったでしょうか?」

そう言う銀の頬に望美はゆっくりと自分の手を添えた。

「知盛…」

望美が紡いだ声に銀はピクッとした。

「生きていたんだね。やっと私のもとへ還って来てくれたんだね。」

望美はそう言いながら、銀を抱きしめようと必死になってその手を伸ばした。

「神子様!」

気がつけば、そんな望美を銀は思わずその胸に抱きしめていた。

「ああ、嬉しい… 知盛…知盛…」

望美は銀の背中に腕を回して銀のことを力いっぱい抱きしめた。

その両の目からは涙がこぼれ落ちている。

銀は自分にすがり付いてくるその存在が愛しくてたまらなかった。

銀は望美を抱く腕に力をこめた。

 

 

2006年9月24日発行 アンジェ金時新刊

知盛×望美・銀×望美アンソロジー本『紅い月銀の月』収録

「想い」知盛×望美←銀(著:神凪 涙)より

 

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