はじまりの言の葉

 

新しき年が始まる――
年が明けたとはいえ、夜までが明けたわけではない。冬の最中、太陽が顔を出すのはもう少し先になるのだろう。
まだ薄暗い部屋の中、目を覚ました花梨は、天井を見上げながら息をつく。
昨日、百鬼夜行と戦い、全てを終わらせたことが夢のように思える。
(でも、夢じゃない)
気の巡りは正され、京は本来の在るべき姿を取り戻しつつある。
すぐに結果は出ないかもしれない。けれど、確実に良いほうへ進んでいけるはずだと信じたい。
龍神の神子としての役目は終わったかもしれない。けれどここはこれから自分の生きていく世界。自分自身として出来ることをやっていきたい。
ここから先、今日を作っていくのは「龍神の神子」でも「八葉」でもない。一人一人の手が何かを成していく。
(京は私の大好きな場所。大好きな・・・勝真さんのいる場所。だから、守っていきたい)
花梨は勝真と共にあることを選び、勝真も花梨と共に在ることを選んだ。
龍神の元から戻った花梨を勝真は優しく抱きとめ、そして一緒にいたいとそう言ってくれたのだ。
(それこそ、夢みたいだよ)
勝真のことを考えると、自然に笑みが浮かんでくる。そして同時に会いたいという思いが大きくなってくる。(勝真さんに会いたいな・・・)
そこでふと、花梨は思いついた。
(新しい年の最初に言葉を交わすのが、勝真さんだったらいいな・・・)
そして、そう思いついた途端、いてもたってもいられなかった。
京の正月といえば、一年の中でも大切な行事が集まっているときだ。会える可能性はきっと少ない。それは十分わかっている。
それでも花梨はわずかな可能性にかけると、ようやく明けはじめた冬空の下へと飛び出した。

朝日に背を向けるようにして、松尾大社へと足を運んだ花梨はきょろきょろと辺りを見渡した。
大勢の人が集まっているものの、勝真らしき姿はやはりどこにも見当たらない。
(勝真さんが好きなこの場所なら、もしかしてって思ったんだけど・・・)
やはり無計画すぎただろうか。ため息をついた花梨の耳に、よく知った声が届く。
「あれ?花梨じゃん。こんなとこで何やってんだよ」
振り替えると、そこには予想通りイサトが立っていた。
僧兵見習の仕事の途中なのだろうか。あるいは偶然通りかかっただけなのだろうか。手にはいつもどおり錫杖を携えている。
「・・・!」
呼びかけに答えようとして、花梨は慌てて口をつぐんだ。
(うわ〜、どうしよう・・・)
勝真に会える可能性が完全になくなったわけではない。だからこそ、諦めきれない花梨は声を出せずにいた。口元を押さえたまま、ただイサトを見つめる。
その花梨に首を傾げたイサトが問い掛ける。
「??声が出ないのか?」
その言葉に、花梨はためらった後、目を逸らしたまま頷いた。イサトの顔を直視などできない。
(イサトくん、ごめん〜)
花梨のうなずきにさっとイサトの顔がこわばる。
「呪詛なのか!?」
その言葉に花梨は勢いよく何度も首を横に振った。途端にイサトはほっと笑みを浮かべる。
「そっか。疲れが出たのかもな。ちゃんと休んでおけよ。それより何やってんだ?」
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、花梨はイサトの問いに唇だけを動かし、勝真を探していることを伝えた。
「勝真なら少し前までいたぜ。まだ近くにいるかもな、探してきてやるからここで待ってろよ」
言うなり、イサトは人をかきわけて奥のほうへと消えていく。すいすいと身軽に間を渡る姿はいかにも慣れている様子だ。
(私ならああはいかないよね・・・)
そんな花梨の目に、一人の迷子の姿が入った。きょろきょろと心細げに親を探しているようだ。
そして、同時に、まったく正反対の方向にその親らしい姿があることにも気づいた。
共布と思われる同じ柄の着物。きっと親子に間違いない。その二人は互いに気づかないまま、どんどん距離を離していく。
(どうしよう・・・)
ここで離れてしまっては、もう容易に見つけることはできなくなるだろう。この人混みの中、何かの拍子に小さな子供は怪我をしてしまうかもしれない。
交互に見比べていた花梨は、意を決し口を開いた。
「お母さん!ここに迷子の女の子がいますよ!!」
よく通る花梨の声に振り返った母親は、無事に子供を見つけた。親子の様子に花梨は安堵の笑みを浮かべる。
そして、その声を聞き届けたのはイサトも同じだった。
「花梨、声が出ないんじゃなかったか」
怒っている様子のイサトに、花梨は何度も頭を下げて理由を説明する。
少し呆れている様子を見せていたイサトだったが、やがて、表情をやわらげた。
「ホントにごめんね」
「もういいって。それに自分の願掛けより、その親子のこと考えたんだろ。仏さんもちゃんとわかってくれるって」
「そうかな・・・」
「あたりまえだろ。ほらっ、勝真もちゃんと見つかったぜ」
イサトの言葉通り、その指差す方向から、勝真がやってくるのが見えた。
「じゃあな」
去っていくイサトに手を振っていた花梨は、やがて勝真の方へと向き直る。そして、勝真の顔がはっきりと見て取れる位置まで来た途端、やっと会えたうれしさで、飛び跳ねるような勢いでその目の前へと飛び出した。
花梨のそんな様子に、勝真がやさしい笑みを浮かべる。
「あけましておめでとうございます、勝真さん」
「あけまして・・?何だ、それは?」
「私のいた世界での新年のあいさつなんです。最初に勝真さんに言えてよかった」
明るく晴れやかな花梨の笑顔に勝真は相好を崩す。
勝真にとって花梨は、陽だまりに似た暖かい光。
暗闇の中、前に進むことを怖れ、何も見ようとしなかった自分に光を投げかける。
優しき光が、自分の前に広がる道を示してくれる。前へ進もうと目を凝らしてみれば、道は幾筋もあるのだと気づかせてくれる。
八葉によって守られるはずの存在でありながら、守られていたのはむしろ自分の方かもしれない。
「大分混んできたな」
すれ違う人にぶつかり、よろめく花梨をかばいながら勝真は場所を移動する。
ようやく人のいない一角に来たとき、花梨は大きく息を吐き出した。
そして、ふと首を傾げる。
「そういえば、勝真さん。ここでゆっくりしていて大丈夫なんですか?お正月はいろんな行事があって忙しいって聞いたんですけれど」
「ああ、もう戻る。・・・しばらくは館の方へ行けないかもしれないな」
勝真の言葉に花梨の顔が曇る。けれど、すぐに笑顔で頷いた。
「はい。がんばってくださいね」
そんな様子が愛しくて、勝真は花梨の頬にやさしく触れ、そこにかかる髪をすいた。やわらかい髪が手の先でさらさらと揺れる。
離れがたい・・・
一時は、このまま違う世界に別れる事も仕方ないことかもしれないと思った。
けれど、この想いは「仕方ない」の一言で諦めきれるようなものではない。
(このまま離れられるなんて、どうして思ったんだろうな?)
自分の様子に首を傾げる花梨を、勝真はそのまま抱き寄せた。耳元に唇を寄せ、触れるほどの距離で囁く。
「もう、離さないからな」
言いながら、ゆっくりと唇を重ねる。
戸惑い、顔を朱に染めたまま俯こうとする花梨に、勝真は笑みを見せる。
そして、その細い首と頭に手をまわし、離れることも、視線を逸らすことさえも、優しく拒む。
「俺以外のヤツなんか見るなよ?」
頷く花梨を腕の中へと引き寄せた勝真は、もう一度、深く口付ける。

そばにいたい、その想いが同じである限り、それ以上の言葉はもう必要ないのだから・・・

 

SAK様『Aerial beings』

http://amdsak.hp.infoseek.co.jp/

 

≪SAK様コメント≫

年末年始記念として書かせていただきました。フリーとしては初の勝花です。
2002年の私の第一声は「勝真さんvv」でした(笑)
遥か2をプレイしながら年越ししたもので・・・
2003年もきっと大差ないと思います。もしかしたら「天真〜♪」になるかもしれませんが(笑)
この話は京ED後の設定です。
1、2共に京EDの方が好きなのですが、特に2では、

「私が京に残ります」を選んだ後の勝真さんの反応が大好きです〜vv
ああ、全然作品解説になっていないです(汗)

[涙の一言]

SAK様のサイトで年末年始フリー創作として配布していた

ものをいただいてまいりました!

初の勝花もののいただき物ですよ! わ〜い♪

一番最初に勝真さんと言葉を交わしたいと思って、声が出な

いふりまでする花梨ちゃんがとってもかわいいですvv
でも、迷子を見つけて思わず声を発しちゃうところなんて、

やっぱり神子なんだな〜 イサトくんも花梨ちゃんの気持ち

をちゃんとわかってくれて、よかったね。

ラストはもうラブラブで!(//▽//)

ホントごちそうさまです!!

SAK様、お正月らしくほんわかとして、ラブラブな創作を

ありがとうございました。

そして最後に…今年叫んだのはどっちだったのかな?(^。^)

 

SAK様のサイトへは『リンクのお部屋』からどうぞ

 

 

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