白き言の葉

 

「鳥――?」

新緑の木々さえ紅く染める夕焼けも、次第に薄青い闇へと変わっていく時刻。

怨霊退治から戻ったあかねは、目の端に真っ白な鳥の姿をとらえた。

あっと言う間に飛び去っていくその鳥を見て、あかねは直感する。

(泰明さんの式神だ!)

外せない仕事のために、泰明が昼間のうちにあかねを尋ねてくることはなかった。

高名な陰陽師安部晴明。その最後にして最強の弟子と称される泰明。その彼が必要とされるのだから、容易な仕事とは思えない。

他の陰陽師ではとても手におえないような危険な仕事だったのだろうか。

(泰明さんに何かあったのかな?式神で何か伝えようとしたのかも)

ふと、思ってしまった途端に不安でいっぱいになる。

(大怪我していて動けなくなってたりってことなら早く行かないと!)

そんな気持ちのまま、空を見上げると、先ほどの鳥はもう遥か彼方へと消えつつあった。

今行かなければ、もう後を追うことは叶わなくなるだろう。

(藤姫、ごめんね!)

そのまま屋敷を飛び出すと、白い鳥の行く先へと夢中で走った。

羽音さえ立てず、流れるように飛んでいく――

足元に気が回らず、幾度か転びそうになりながらも、北へ走り続けて糺の森へとたどり着く。

しかし、そこであかねは完全に鳥の姿を見失った。

体を回転させて周囲を伺っても、もうその姿はどこにもない。

ほの暗い森の中は静寂に包まれ、時折、木々を揺らす風の音が聞こえるだけだ。

「見失っちゃった・・・」

すとん、と

連理の賢木の根元に腰を下ろし、一つため息をついた。

そのまま木を見上げ、一人呟く。

「この木なら、きっと鳥のいる場所も泰明さんのいる場所も知ってるんだろうなぁ」

連理の賢木。糺の森の神木。人よりも永い時を過ごしたこの存在の知恵はいかほどのものだろうか。

「泰明さんがいたら、この木に話を聞けるんだけど」

思わず口をついて出た自分の言葉に、あかねはもう一つため息をついた。

「その泰明さんを探してるんだってば〜」

無意識のうちに、自分が泰明を必要としていることを自覚する。

「・・・会いたいな」

ふと呟いた後、小さく声をかけて立ち上がったあかねは、そっと木の幹に触れて囁いた。

「本当に、言葉をしゃべりそう」

恐ろしくはない、不思議な存在感を感じる。ここには確かに生命が息づいている。

「泰明さんがどこにいるか、知ってますか?」

 

モット、北、ヘ――

 

「え!き、北!?このまま糺の森の中を北へ行けってことですか!?」

驚き、木の幹にしがみつくように尋ねてみたものの、それきり、声が聞こえることはなかった。

(でも確かに北へって言ったよね)

あかねは意を決し、そのまま糺の森を奥へ。北の方へと進んでいく。

残っていた夕焼けも既に消え、森全体を夜の闇が包んでいる。明かりなどあるはずもなく、全てのものの輪郭がうすぼんやりと儚い。

けれど、この先に泰明がいるのだと思うと少しも恐くはなかった。

(恐いとすれば、泰明さんに何かあったかもしれないってこと。それだけだ)

そのまま走り続けたあかねは、少し開けた場所に目的の人影をとらえ笑みを浮かべた。同時に、怪我をしている様子のないことに安堵する。

「泰明さん!」

あかねの姿を目にした泰明の顔に、はっきりと驚きの色が浮かぶ。

「・・・神子。どうしてここに?」

「えっと、泰明さんに何かあったのかなと思って。夕方、館に来ていた白い鳥は泰明さんの式神ですよね?だから・・・」

泰明の様子を見る限り、あかねの思い過ごしのようだ。そのどこにも変わった様子は見当たらない。

「そうか・・・」

「私の早とちりでしたね」

完全な勘違いに気づき、あかねは笑いながらも恥ずかしさに下を向いた。

「すまない、神子。迷惑をかけた」

突然の泰明の謝罪に、あかねは俯いていた顔を勢い良くあげた。

「どうして泰明さんが謝るんですか?勝手に勘違いしたのは私なのに」

「私は、神子の道具として在るべきだ。神子の様子をうかがうつもりだったのだ。それがこうして足を運ばせるなど思慮に欠けていた」

責任を感じているのだろうか。

自分自身を責めるように、泰明は辛そうな表情をみせる。拳は、爪が食いこみそうなほど強く握られている。

そんな顔をさせたくなくて、あかねは泰明の言葉を否定した。

「そんなことないですよ」

あかねは泰明の手を取り、そっと指を開かせる。

「私、いつも泰明さんに助けてもらってますし、思慮にかけているなんてそんなことありません。館に来られない日も気にかけてもらってるなんて、すごくうれしいですよ」

しっかりと目を見つめて、言葉を紡いでいく。

自分の想いは、彼に伝わるだろうか。彼の痛みを減らすことができるのだろうか。

「それに、えっと、そう!ちょうど夜のお散歩がしたいなって思ってたんです。ね?だからお散歩しましょう」

「――わかった。共に行こう」

あかねの言葉を受けて、泰明の口元にも笑みが浮かぶ。その顔に、あかねもほっと表情をやわらげた。

泰明は感情を出さない冷たい人間だ。

そんな風に言う人がいるけれど、それは違う。それは、彼を見ようとしない。知ろうとしないからにすぎない。

よく見れば彼の表情は驚くほど素直だ。

(それに、泰明さんが優しい人だってこと、私は知っているから)

「夏が近いから、夜でも寒くありませんね」

髪を撫でていく心地よい夜風に、あかねは伸びをしながら隣を歩く泰明に話し掛ける。

「もっと夏らしくなったら花火がしたいな」

「花火とはなんだ?」

思いついて口にした言葉に、泰明が疑問を投げかける。どう説明したらいいものか、少しの間首を傾げた後口を開く。

「えっと、火薬を混ぜ合わせたものに火をつけて、光がいろいろな色に変わるのを楽しむんです。一人でできる小さいのもあるし、空いっぱいに広がる大きいのもあるんですよ」

「そうか」

声を弾ませて語るあかねを、泰明が優しく見守る。それがうれしくて、あかねは更に言葉を続けた。

「とってもきれいですよ。いつか一緒に見にいきましょうね」

あかねは、口にしたあとで、その意味の深さに気づく。

あかねの言葉は、自分の世界に一緒に来て欲しいと言っているようなものだ。気づいた途端に顔全体が朱に染まる。

「うわっ、違うんです!あ、違わないんですけど、そうじゃなくて」

動揺し、わたわたと言葉を紡ぐあかねに泰明が告げる。

「神子、神子が望むならば私を連れて行ってほしい。おまえのそばにいたい」

あかねの気持ちを落ち着ける静かな声音。厳かな言葉はあかねの心に染み入った。

その言葉に驚き、しばし泰明を見つめるあかね。

しかし、すぐに満面に笑みを浮かべ頷いた。今はまだ儚い言の葉を、真実のものとするために。

「はい。一緒にいてください、泰明さん」

 

SAK様『Aerial beings』

http://isweb9.infoseek.co.jp/novel/amdsak/index.html

 

[涙のひと言]

当サイトの10000HITのお祝いとして、SAK様

が贈ってくださった作品です。

泰明さんに何かあったかと思って、一生懸命泰明さんの

もとへと急ぐあかねちゃん、とってもけなげでかわいい

です。そんな彼女の心にきっと連理の賢木も応えてくれ

たのでしょう。不器用で、でもあかねちゃんのことをい

つでも第一に考えている泰明さんもとっても素敵です。

「二人で一緒に花火を見よう!」こんな何気ない言葉も

二人にはとても重要な意味を持つのですね〜

二人で花火を見る日もきっと近いことでしょう。

SAK様、こんな素敵なお話をどうもありがとうござい

ました!

 

 

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