それぞれの時

 

所は京――
時は藤も盛りを過ぎようとしている初夏。

その日、徐々に薄紫に暮れていく左大臣家の庭に、様々な楽や笑い声が響いていた。
現在――京に平和が戻った事を祝してのごく内輪の宴が開かれている。

「あーあ。やっぱ、この方が気を使わなくていいや。」

「イノリ君カチンコチンになってたもんね。」

「しょ、しょーがねーだろ!詩紋。俺達、左大臣様に会うなんて事は滅多に無いんだからさ。」

「申しわけありません。イノリ殿。父がどうしても皆さんをお招きして宴を開きたいと申しまして…窮屈でしたわね。」

「そんな事無いよ!藤姫。とっても貴重な経験だった!ね。イノリ君?」

龍神の神子あかねにちらりとひと睨みされてイノリは慌てて肯いた。

「あ・・・ああ!ご馳走も美味かったしよ。……でも、やっぱ、こっちの方が俺には気が楽だな。」

そして、照れたように頭を掻いている。
こっちの方――というのは、左大臣家主催の豪勢な宴の後に、あかねの私室で設けられた八葉と藤姫だけのささやかな宴のこと。

「……ホント言うと私も…かな。えへへ。」

「まあ、神子様ったら!ふふふふふ。」

その様子を見ていた八葉たちも笑みをもらし、宴は和やかに進んで行った。
泰明は少し離れた所に静かに腰を下ろし、杯を傾けながら、つい先刻自分のために京に残ると言ってくれた神子にひたと視線を注いでいた。
それに気が付いたあかねがほんのりと頬を染める。

(や、やだ…。泰明さんったら……あんなに見つめられたらドキドキしてきちゃうよ。)

泰明は回りの喧騒など一向に耳に入らぬ風にあかねだけを見つめていた。
ちらりと泰明に視線を返しながら、その瞳の色を読み取ったあかねは賑やかな宴の中でそっと幸せを噛み締めた。

「おい、あかね!顔が紅くなってるぞぉ。お前ぇ酔っ払ったんじゃねえのか〜?」

すっかり酔いが回りろれつも怪しくなっている天真が、あかねの肩に腕を回してきた。
遠くで見ていた泰明の瞳が一瞬細められ、冷たい輝きを帯びる。

「天真君!酔っ払ってるのは天真君だよ!あんまり飲んじゃダメだよ。未成年なんだからね!?」

重たい身体を押しやりながら、あかねがその腕から逃れようとする。

「ここじゃ、立派な成年だぜ〜?それに俺ぜんっぜん!酔ってねーも…ん。」

最後のセリフを言い終わらぬうちに、天真は半ば甘えるようにあかねの膝に崩れ落ちるとつぶれて眠り込んでしまった。

「ちょ、ちょ、ちょっとぉ〜〜!天真君、起きてよ〜!」

「詩紋。こちらへ来てくれ。」

突然、後から響いてきた声。

「泰明さん!?」

驚いて振り向いたあかねの目に、いつの間にか背後で仁王立ちしている泰明の姿が飛び込んできた。
泰明は無造作に天真の頭を持ち上げた。

「え?ぼ、僕ですか?」

泰明から醸し出されている極寒の気を感じ取ったのか、慌ててあかねの前に座った詩紋は、膝の上に天真の重たい頭を乗っけられて呆然とした。

「え…???こ、これって……。」

最後は泣き声に近くなっている。

「…あとを頼む。」

平板な声で詩紋に一言、そう告げると泰明は何事も無かったかのような表情であかねの腕を掴み廊下へと連れ出した。



   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆



所は同じく京――
その100年ほど後の冬。
一面銀世界に包まれた庭を静かな冬の月が照らし出している。
無事に新年を迎えようとしている京は、それを祝う人々で夜中というのに賑やかだった。
ことに星の一族の住むこの屋敷からはひときわ賑やかな声が響いてきている。

「しかし、この小さな身体でよく頑張ったものだ。よくやったね、神子殿。」

龍神の神子、花梨に杯を差し出しながら翡翠が微笑みかける。

「わ、私お酒は……。」

「ふふふ。何事にも初めてという時はあるものだよ。なんなら口移しで飲ませて差し上げても良いが?」

「ひっ翡翠さん…っっっ!」

美しい顔を間近に寄せられて、思わず花梨の頬が真赤に染まる。

「翡翠殿。神子様をからかってはいけませんわ!」

「おやおや、星の姫のお叱りを受けてしまっては退散するしかないね。続きはまた今度…ね、姫君。」

笑いながら立ち去った翡翠は今度は矛先をイサトに変え、なにやらからかい始めたようだった。
ホッと一息ついた花梨はキョロキョロとあたりを見回した。

泰継は泉水との他愛無い話を終えると再び花梨に視線を戻した。
ようやく手に入れた彼の家族とも言うべき存在。彼を孤独から救い出してくれた愛しいもの。
自分でも気付かぬうちにその想いが溢れ出ていたのだろう。
彼と目の有った花梨は真赤になるとパッと俯いてしまった。
だが、それでも泰継はどうしても花梨から目を離すことが出来なかった。

「よう!花梨。楽しんでないんじゃないか〜?」

「か、勝真さん…っ。」

ほろ酔い加減を大分過ぎている様子の勝真が花梨の肩に親しげに腕を回してきた。

「もっと楽しんでも良いと思うぜ?お前さ〜、あんなに頑張ったんだからさ。」

更に勝真が回した手で花梨の髪の毛をくしゃくしゃと撫でるのを見ると、泰継はゆっくりと視線を落とし静かに目を閉じた。

「お、重いですよ〜。勝真さん。」

「ま、いいから、いいか…ら……。」

花梨はそのまま自分の肩にもたれて幸せそうな顔でこっくりとし始めた勝真に途方に暮れた。
ふと、泰継のほうを見ると、泰継は静かに廊下へと出て行くところだった。

(や、ヤバイかも;;;;)

他の皆にはわからなくても、花梨には泰継の悲しそうな瞳を感じ取る事が出来る。
そう、今泰継は思いっきり『落ち込んで』いるのだ。
その時、泉水がさっと近寄ってきて花梨に囁いた。

「勝真殿は私が引き受けます。泰継殿の後を追われるのでしょう?」

「ありがとう!泉水さん。」

最終戦を共に戦ったもうひとりの玄武、泉水はいつも花梨と泰継をさりげなく気に掛けてくれている。
そんな泉水に感謝しながら、花梨は慌てて廊下へと飛び出していった。

泰継は欄干にもたれて庭を見つめていた。

「泰継さん!」

花梨が駆け寄りながら声をかけると泰継は静かに振り向いた。
その瞳を見て花梨は自分の推測が正しかった事を確信した。

(うわ;;;泰継さん、やっぱり落ち込んでる…う〜ん。さっきの事は気にしないで…じゃないし…。勝真さんのことは別になんとも思ってないんだよ…でもないし…。)

泰継にかける言葉が見つからずに花梨は黙ったまま同じように欄干にもたれた。

「……先代の地の玄武なら…あのような事もきっと気にせずに超然としていたのだろうな…。」

「泰継さん……。」



   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   



「や、泰明さん。そんなに引っ張ったら痛いよ〜。何処に行くの?」

「ここのほうが涼しい。それだけだ。」

泰明は憮然とした表情のままそっけなく言った。
あかねはその不機嫌そうな顔をちらりと見あげた。

(泰明さんって…もしかして意外と焼きもち妬き…?)

「神子と同じ世界のものとはいえ…先ほどの天真の行為は許せぬ…!」

やっぱり…!
と思いながらもあかねはそんな泰明が何故か嬉しくて、くすりと笑みをもらした。

「天真くんは酔ってたんだよ。きっと明日になれば何も覚えてないと思うよ。」

「…そうか。ならばここにはそのような不埒者がたくさん居ると言う訳だな。」

確かに全員かなり酔っている。しかも全員があかねに好意を寄せている…となれば不埒者だらけと言ってもそう見当違いでもない。

「…………このような所に神子を置いてはおけぬ。このまま連れて行く事にした。」

「つ、連れて行くって…泰明さん!?」

「師匠の屋敷…いや、私の元へだ。」

泰明は有無を言わせずにあかねの肩に手を回すとどんどんと渡殿を歩き出した。

「ま、待って待って。せめて藤姫に…。」

立ち止まった泰明は、一瞬みなの方へ視線を走らせると再び歩き始めた。

「夜も更けているせいだろう、藤姫はすでに下がっているようだ。後で使いのものをよこす。」

あかねの肩に回した手にぐっと力を込めると泰明は闇の中へと歩き出すのだった。



   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆



「私はまだまだ修行が足りないようだ。」

「そんな事無いよ、泰継さん。…ホント言うと、やきもち妬いてもらって嬉しかったんだ…。」

「神子…。私は…私はこのままお前を北山まで連れて行きたいとすら思ったのだぞ?」

冷静な人だとばかり思っていた泰継の意外な情熱を知り、花梨は思わず頬を緩ませた。

「ふふふ。」

「…何が可笑しい?」

「あ、ごめん…。だって、泰継さんがそんな風に言ってくれるのってなんだか意外で嬉しくて。」

「嬉しい?」

「うん。嬉しい……………行こっか、北山。今から。」

「……!神子!?」

信じられない思いで花梨の顔を見つめていた泰継は、ふっと笑みを浮かべると花梨を抱き寄せた。

「……共に…行くか。」

「あ、紫姫に言っていった方がいいよね。」

「後で式神を使わす。」

「りょーかい!」

にこにこと敬礼の真似をしてみせる花梨を不思議そうに、しかし嬉しそうに引き寄せると、泰継と花梨は月明かりの中を歩き始めた。



   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆



「今日からここが私たちの屋敷だ。東の対は好きなように使っていい。」

「………うん。」

「どうした?」

「……私…本当に泰明さんの奥さんになるんだなあ…って思って。」

「…後悔しているのか?」

「まさか!」

「良かった…。だが、たとえ後悔したとしても…私にはお前を手放す事などもう出来はしないが。」

その言葉に嬉しそうににっこりと微笑むあかね。
つられるように微笑を浮かべた泰明は、あかねの頬を両手で包み込むとそっと唇を重ねた。

「不思議だ…。」

「え?」

「この邸には誰も近づけないはずなのに…私たちの傍に誰かの気を感じる。いや、気というよりは何かの想い…のような存在を。」

「…そう言えば…私もなんとなく。」



   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆



「はぁ〜。結構遠かったね。もう夜明けだよ。」

「疲れただろう。ここが今日からお前の家だ。ゆっくり休むといい。」

「お前の…じゃなくて、二人の…だよ。」

にこにこと微笑む花梨がたまらなく愛しい。
泰継は細い肩を抱きしめるとゆっくりと花梨の顔を引き寄せて口付けた。
重なる二人の上に朝日が差し込み始める。
ふと唇を離した泰継はほんの少しだけ表情を曇らせた。

「式神は送ったが…何の手順も踏まずにお前を連れてきてしまった。
先代ならばこのようないい加減な事はしなかったのだろうな。」

「ほらまた〜。それはもう言わない約束でしょ?」

「すまぬ。」

「それに……多分、泰明さんって言う先代の地の玄武も…きっと泰継さんと同じことをしたと思うの。」

「…何故そう思う?」

「うーーーん……(元)龍神の神子の勘よ。」

にっこりと微笑みつつ言い切る花梨に泰継は笑い声を上げた。

「ふ、ふふ。…八葉は神子に従うもの。きっとお前の言う通りなのだろう。」

そう言うと泰継は再び花梨の柔らかな唇を塞ぐのだった。



   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆



様々な想いを乗せて京の時はゆっくりと流れていく。


――私、龍神の神子に選ばれて…良かった…――

――私も、八葉に選ばれた事を龍神に感謝している――

――ホント…?――

――無論。…お前をこうしてこの腕に抱く事が出来るのだから…――



通わせる想いは時を越え――
二組の魂はそれぞれの幸せな時を紡いでいくのだった。



                           終


by 安樹
「月の光」 http://homepage2.nifty.com/anje/

 

≪安樹様コメント≫

とても似ているようで微妙に性格の違う二人の地の玄武。

以前の創作の後書きでも書きましたが、中秋の名月のような泰明さんに対して

冬の夜空の月のような泰継さん。どちらも同じくらい大好きです!

それぞれの魅力が上手く現せていれば良いな…と思いつつ、

二人の幸せな時間を書いてみたかったのでした(^^)

[涙のひと言]

安樹様のサイトが開設二周年をお迎えになった時、記念フリー創作して

UPしていたものを速攻でいただいてまいりました。

泰明さんとあかねちゃん、そして、泰継さんと花梨ちゃんの二組の

カップルが、そしてそれぞれの想いがもうもう見事としか言いよう

がないぐらい素敵に描かれております。似ているようで似てなくて

似てないようで似ている時代を超えた二人の地の玄武…

二人とも自分だけの神子と出会えて本当によかったね〜

泰明さん、泰継さん、これから、もっともっと幸せになってくださ

いね〜♪

そして、何気に同じ行動をとっている地の青龍もまたいい味出して

ますvv シリンに似てるって言われるはずだ(笑)

本当に二周年記念にふさわしい素晴らしいお話ですわ〜(感涙)

安樹様ステキなお話を本当にありがとうございました。

 

 

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