大切な贈り物

 

新しき年を迎えて一月あまり。
京の町も人々も、ゆっくりと本来の在るべき姿を取り戻しつつある。
庭を覆う雪も、やがては淡い色の花々へと姿を変え、そうして季節は巡っていくのだろう。
その中、龍神の神子として京を救った本人である花梨は、部屋の中で一人真剣に本を読んでいた。
元から京にあるような書物ではない。鮮やかな写真で飾られたそれは、花梨がこの世界に来た時に持っていた物の一つだ。
一言も言葉を発することなく、ゆっくりとページをめくっていく。
そんな花梨の元に、勢いのある軽快な足音が響いてくる。聞き違えようのないその音に顔をあげると、ほぼ同時にイサトが現れた。
「よぉ!花梨」
明るい笑顔を見せるイサトに、花梨も晴れやかな気持ちで笑みを返す。
「おはよう、イサトくん。今日はずいぶん早いんだね」
花梨のその言葉に、イサトが表情を曇らせる。
「それなんだけどさ。今日は僧兵の仕事で一緒にいてやれねぇから・・・ごめんな」
申し訳なさそうに言葉を紡ぐイサトに、花梨は首を横にふった。
毎日一緒にいると約束したわけではない。それなのに、誰かに言伝するのではなく、わざわざ伝えに来てくれることがうれしかった。
笑顔を見せる花梨に、イサトもほっと表情をやわらげる。
「ところで、さっきから何読んでたんだ?」
「わっ、な、何でもないよ」
問われた花梨は慌てて本を閉じると、そのまま背中の後ろへと押しやった。その様子にイサトはほんの少し訝しげに眉を寄せた。
「ま、いいや。それにおまえの世界の本は文字が変な形で、読みにくいんだよなー」
紫姫も以前そんな風に言っていたことがあった。手書きの文字とは違う、見慣れない活字は確かに読みづらいだろう。
意識して見てみれば、イサトの言う通り奇妙な形かもしれない。
「うん、慣れないとそうなのかも。でもね」
そこで一旦言葉を途切れさせた花梨は、イサトの目を見てにっこりと微笑んだ。
「今は、イサトくんのいるこの世界が『私の世界』だよ」
イサトはその言葉に虚をつかれた様子を見せる。けれど次の瞬間、やさしい笑みを浮かべた。
「ああ、そうだよなっ」
大好きな人がいるこの世界が自分の世界なのだと、自然にそう思える。
イサトの強さ、そして弱さ。少しずつ知るたびに少しずつ好きになっていった。
強いばかりではない。弱いばかりでもない。そんな彼だから、一緒にがんばりたいと思えた。
イサトとならば、同じ目線で向き合って弱さを乗り越えていけると信じることができる。彼の中にある優しさは、強さへと続いていくものに違いないから。
「じゃ、オレもう行くな」
「うん、イサトくん。がんばってね。わざわざありがとう」
「いいっていいって。じゃあな!」
少し照れたように笑って、イサトは部屋を後にする。その後ろ姿を見送りながら、花梨は笑みをこぼした。
やがて、イサトと入れ替わるようにして紫姫が姿を見せた。
「おはようございます神子様。イサト殿がいらしていたのですか?」
「うん。今日は僧兵の仕事の方に行かないといけないんだって。わざわざ伝えにきてくれたんだ」
満面の笑みを浮かべる花梨に、紫姫が表情を和ませる。小さく笑みを見せるとうれしそうに口にする。
「まあ、左様でございますか。ふふ、イサト殿は本当に神子様をとても大切に思ってくださっているのですね」
「え?そ、そうかな。そう思う?」
「はい」
頬を染めながら尋ねると、紫姫は自信たっぷりに頷く。その答えに花梨もうれしそうに笑った。
その笑顔に笑みを返していた紫姫は、ふと思い出したように口を開く。
「神子様、今、幸鷹殿が祖母を訪ねていらしているのです。こちらにもいらっしゃるとのことでしたが、お通ししてもよろしいですか?」
「幸鷹さん?幸鷹さんが来てるの!?」
花梨は真剣な表情で聞き返すと、視線を部屋の外へと移した。
「ええ。時期にお見えになると思いますわ」
紫姫のその言葉とほぼ同時に、渡殿から近づきつつある人の気配に気づいた。
ぱっと部屋を飛び出すと、ゆっくりと歩み寄る幸鷹の姿を捕らえることができた。花梨はそのまま小走りで彼の元へ近寄り、呼びかける。
「幸鷹さん!」
「神子殿?」
部屋を訪れる前に現れた花梨に驚き、幸鷹はわずかに目を見開く。
「幸鷹さん、相談があるんです!」
詰め寄るようにしながら固い表情を浮かべる花梨に、幸鷹は穏やかな微笑を見せる。その笑顔に花梨ははっと我に返った。
「あ!突然すみません。あの、全然たいしたことではなくて・・・その」
「構いませんよ。では、庭に出て話しましょうか」
花梨は頷き、今朝からずっと考えていたことを口にする。相談できるのはおそらく、幸鷹をおいて他にはない。ただ、多忙な彼に相談することが少し憚られて、おずおずと切り出した。
「・・・あの、幸鷹さん。チョコレートって、作れると思いますか?」
「チョコレートですか?そうですね・・・不可能ではありませんが、材料を集めるのは難しいかもしれませんね」
実に単純な花梨の相談にも幸鷹は真摯に耳を傾け、丁寧に答えを返してくれる。
そのことに感謝しながらも、予想していた答えに、花梨はしゅんと肩を落とした。
「やっぱり、そうですよね」
萎れた花のようにうなだれる花梨に、幸鷹はやさしく尋ねる。
「イサトに贈るのですか?」
「わっ!そ、その!」
その言葉にぱっと顔をあげた花梨は、途端に顔を耳まで赤く染める。
「えーっと、実はそうなんですけれど。2月14日に渡せたらいいなぁって」
花梨を見つめる幸鷹の表情は、妹を見つめる兄のそれに似ていた。見守ることを約束してくれているような優しいけれど力強い笑み。
「難しいかもしれませんが、神子殿が望まれれば、彰紋様や泉水殿も協力してくださるのではないでしょうか。もちろん、私も」
幸鷹の言葉に花梨は少し考える様子で首を傾げていたが、やがてその首をゆっくりと横に振った。
「ううん、いいです。できるだけ自分の力で作ったものを贈りたいんです」
花梨に請われたならば、元八葉の面々は喜んで協力してくれるだろう。
貴族である泉水や幸鷹だけでなく、海賊の頭目である翡翠もいる。京では珍しい品々を集めるのも不可能ではないだろう。
けれど、できることならば、自分の手で自分の力でイサトを喜ばせたい。
「チョコレートは無理かもしれないけれど、何か他のものを考えてみます。幸鷹さん、相談にのってくれてありがとうございました」
花梨の言葉に幸鷹は、もう一度穏やかに微笑んだ。

そうは言ったものの、何もイサトの喜びそうなものは見つからないまま、ただ日々は過ぎ、そしてとうとう当日を迎えた。
大きなため息をついた花梨は、そのままぼんやりと庭を眺めた。
「やっぱり難しいなぁ」
小さく呟いた花梨は、聞き覚えのある足音に顔をあげた。どんどん近づいてくる元気なその音はイサトに間違いない。
「花梨、いるか?」
予想通りその場に姿を見せたイサトは、息を切らしたまま笑顔を見せる。けれど、息を切らしているというのに、苦しそうな様子は少しも感じられない。
花梨は首を傾げてイサトを見つめた。
「イサトくん?そんなに慌ててどうしたの?」
「いいから。ついてこいよ」
わけがわからないものの、言われるままに花梨はその後について走り出した。イサトは真っ直ぐ北へと向かっている。
手を引かれて走りながら、花梨はふと、笑みをこぼす。
「何だか初めて会ったときに似てるね」
「ああ、そうだな」
花梨の言葉に、イサトも笑顔を見せた。
手を引いて前へ進む力を与えてくれるイサト。それは、初めて会ったときも今も、少しも変わらない。

そのまま走り続けて上賀茂神社に着いたところで、イサトは足を止めた。そして、すっと頭上を指差す。
「見てみろよ、花梨」
その言葉に従って、花梨はイサトの指差す先をゆっくりと目で辿っていく。そして小さく声をあげた。
桃の花――
咲き初めのそれは、淡い花びらをわずかに開かせて冬の木々に彩りを添える。まだたった一つ。
「うわぁ、かわいいね」
うれしそうに口にする花梨の笑顔に、イサトは顔をほころばせる。
「だろ?おまえに見せたら喜ぶかと思ってさ」
イサトの言葉に、花梨ははっとして、思わずイサトの顔をじっと見つめる。
そして自分がイサトに贈り物をしたかった本当の理由を思い出した。
イサトに喜んでもらいたい。イサトの喜ぶ顔がみたい。そして感謝の気持ち、大切な気持ちを伝えたい。
(うん、忘れるところだったよ)
「花梨・・・?」
じっと見つめられて少し照れている様子のイサト。そんなイサトに花梨はにっこり微笑みを見せて言葉を紡いでいく。
「あのね、今日は私の元いた世界では大切な人に大切な気持ちを伝える日なんだよ。だからイサトくんに言いたいことがあるんだ」
イサトの等身大の優しさは、自分自身の弱さに負けそうになる心を暖めてくれる。ふと気づけば傍に在るようなその優しさ。
自分の中にも、強さは宿っているのだと教えてくれる。
「いつも傍にいてくれてありがとう。ううん、一緒にいないときも私のこと考えてくれて、すごくうれしいよ」
花梨の言葉にイサトはうれしそうな笑みを見せた。力を抜いた、年よりも少し幼さを感じさせる笑顔。大好きな――笑顔。
「この世界に来て、イサトくんに会えて本当によかった。だから、これからもよろしくね」
毎日知ることがあり、また、知りたいことが増えていく。
こうして流れていく時間は、想いはきっと絶えることなく続いていく。
「ああ、頼りにしろよ。オレも生まれてきて、おまえに会えてよかったと思う。あー・・その、なんだ」
イサトはあちらこちらへ視線を動かしながら口ごもる。
けれど、じっと自分を見つめる花梨の視線にぶつかると、意を決して口を開いた。
「おまえが誰より大事で、本当に好きだって思うからさ」
冬枯れの木々の間の一輪の桃よりも鮮やかに、気持ちは花開いていく。
二つともまだ小さな花かもしれない。けれど、きっと――
お互いを想う気持ちは、大輪の花となってどこまでも広がっていくのだろうから・・・

 

SAK様『Aerial beings』

http://amdsak.hp.infoseek.co.jp/

 

≪SAK様コメント≫

バレンタイン記念として書かせていただきました。
フリーとしては初のイサト×花梨です。

そしてイサ花では、ED後の設定は初めてですね。
バレンタインにちなんだ話を作ろう、と思ったときに最初に浮かんだのが、

「何を読んでるんだ〜」の一連のシーン。
そこから、このお話を作りました。
バレンタインなのに、相変わらず甘さの足りない創作で申し訳ありません〜
イサトや花梨の「優しさ」が伝わればいいんですが。
そして、幸鷹さん、初書きです!あああ、扱いが今ひとつ悪くてごめんなさい!

 

[涙の一言]

SAK様のサイトでバレンタイン記念フリー創作として配布

していたものをいただいてまいりました!

地の青龍書きのSAK様ですが、イサトくんものもすっごく

いいじゃないですか!!p(≧▽≦)q

私のように偏った方しか書けない者からすれば、本当に羨ま

しい限りです。(^-^ゞ

うちのパワフル花梨ちゃん(?)は、泰継さんのお誕生日創作

の中で、ちゃっかり幸鷹さんを利用しちゃいましたけれど、

「自分の力で作ったものを贈りたい」と言う花梨ちゃん、か

わいくてよいですね〜
結局プレゼントは見つからなかったみたいだけど、イサトく

んには、どんなプレゼントよりも花梨ちゃんの言葉の方が嬉

しいと思うよv

イサトくんの「おまえが誰より大事で、本当に好きだって思

うからさ」っていうセリフ、イサトくんらしくて、グッと来

ますね。つい最近、直ちゃんのライヴに行ったばかりなだけ

に初めて拝読させていただいた時、ちゃんと直ちゃんの声で

聞こえてまいりました!(^。^)

SAK様、またまた素敵な創作をありがとうございました。

 

SAK様のサイトへは『リンクのお部屋』からどうぞ

 

 

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