+ 浅田次郎 + | ||
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壬生義士伝 | 文藝春秋社 | 泣きましょう…度 ★★★ |
幕末に生きた南部藩の足軽、吉村貫一郎の生き様とその子らの行く末。吉村に関わった人々の語りと貫一郎自身の語りとを交互に重ねながら一人の武士の姿と幕末を生きた人々の姿を描きだしていく。語り手は、吉村貫一郎、角屋(カドヤ)の親父(?)、桜庭弥之助、稗田利八、藤田五郎、大野千秋、佐助、吉村嘉一郎、吉村貫一郎、大野次郎右衛門。 どうやら浅田次郎は私の涙腺のツボらしい。夜に読むと翌日が大変なことになる。というわけで、泣ける話が好きな方には特にオススメの2冊。 「壬生義士伝」という題名から新撰組物かと思いきや、南部武士の物語だった。もちろん、吉村貫一郎が新撰組隊士だったことから新撰組や函館戦争の場面も登場するし、隊士達の生き方にも触れられてはいる。が、メインはあくまで南部武士吉村貫一郎とその子供たち(主に長男嘉一郎)。読み終えてから、幕末の武士とは一体何だったのだろう、と考えさせられる。建前と本音とが複雑に絡まり矛盾を抱えたその生き方を簡単に評してはいけない気がする。それでも一番大事なものを見失わなかった貫一郎はすごいと思った。一番辛かったのは夫や子を見送るしかできなかったしづではなかっただろうか。なお、語り手の一人角屋(スミヤではない)の親父は名前が登場しなかったので上記のように書いてます。 |
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珍妃の井戸 | 講談社 | Who killed her?度 ★ |
義和団事件の混乱の最中、後宮にて1人の妃が殺害された。彼女の名前は珍妃。清朝11代、徳宗光緒帝の寵愛を一身に集めた女だった。彼女を殺害したのは誰か?英国海軍提督ソールスベリーは立憲君主制を守るためドイツ、ロシア、日本の貴族と共に真相を探り始めるが…。はたして、珍妃は誰に殺されたのか? 関係者1人1人から話を聞いていくという進み方は「壬生義士伝」と一緒です。しかし、結果は全く違いました。「壬生義士伝」では1人の人物の多面性が浮かび上がってきましたが、こちらは謎が増えるばかり。同じ場面のことを話しているにもかかわらず、語られる真実はすべて食い違い1人として話が合いません。共通点は「珍妃が井戸で死んだ」ということ。そして、もう1つ。こちらは物語のラストに深く係わるのであえて伏せます。最後の1人と珍妃の呟きがやりきれない物悲しさを残す作品でした。 2003.2.16 |
+ 安西篤子 + | ||
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花あざ伝奇 | 講談社文庫 | 大陸の風度 ★ |
中国歴史物の短編集。女性作家の作品ですが、さばさばした感があります。 「花あざ伝奇」…江南王の娘で北寧王へ嫁いだ婉の物語。権力を掴むまでの婉はすごいです。あの手、この手、終いには自分の手。自分で実行してしまうのが中国列女のたくましさか?さらに、零落もなくお婆さんになれたってこともすごいです(大抵は因我応報で自分に返って来るじゃないですか) 「妲己伝」…殷を滅亡に追いやったといわれる妲己。蘇氏から殷に献上された彼女が孤独な受王に惹かれていく女心を描く。受王が血気盛んで、妲己は女らしいです。日本女性っぽい(内助の功的)気もします。それにしても、妲己を亡国の悪女と仕立て上げた面々をみると…。歴史は勝者が書くものなのですね。 「仲父よ蜀におれ」…豪商から秦の宰相になった呂不韋の話。自分の愛人を差し出しちゃう辺り、愛人に情人をあてがう辺り、只者ではなかったと言えるでしょう。しかし、愛人の方も只者じゃない。帝を騙し、呂不韋を騙し。晩年の零落は年をとってもうろくしたという所でしょうか? 「烏孫公主」…烏孫という辺境の地へ嫁いだ公女の話。故郷を思う哀愁が漂います。昔は嫁いだら帰れないってこともあったんですね。今だと飛行機でひとっとびとかなのに。でも、この公女は幸せだったと思います。健気な侍女がずっとついていてくれたのですから。主従愛の物語といえますね。 「朝焼け」…「三国志」で有名な曹操の敗走。息子、甥、部下を失った悲しみ。「三国志」を読んだことがないのであまりピンときませんでした。息子と甥が哀れです。 「甘露の変」…栄達を目指して都へ来た2人の男のたどる運命。小さな幸せを求めて宦官にまでなった崔勝が哀れです。それにしても、この話の政争(宦官撲滅作戦)はすごいです。すさまじい。権力者の世界にとってて庶民の世界はなんて儚いものだろうと思いました。 「張少子の話」…直木賞受賞作。先帝の末子季王韶は謀反の罪により逃亡生活を強いられていた。張二という怪しげな男と共に旅暮らしの韶だったが、潜り込んだ趙家の娘少姐と思い会うようになる。堪らずに彼女に自分の正体を明かしてしまった韶。けれども追っ手の手は迫って、韶は窮地に追い込まれるのだった。短いですが、この本の中で1番読みごたえがありました。さすが直木賞。テンポがいいので一気によめました。 2003.1.3 |
+ 狩野あざみ + | ||
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博浪沙異聞 | 新人物往来社 | 定めの不思議度 ★★★ |
中国歴史物の短編集。それぞれ不思議な運命の話です。(以前書いた感想を発掘。ほとんどそのままです) 「博浪沙異聞」…韓の宰相の息子だった男が秦王を暗殺しようとして失敗し、逃げている内に仙境へ迷い込む物語。主人公が直情で若々しいです。人間が仙人になるには現世に執着があってはいけないようですね。執着か、隠遁か。でも、仙人になったらなったで、長い時間を何して過ごすのでしょう。毎日、ふらふらと霞み食べて生きるのか?たまに人間にちょっかい出だしたりして(笑)さて、主人公は執着がなっくなった時、仙人になれたのか? 「ト筮」…晋の六侯の1人、知伯瑶の話。占いの結果を信じた男の末路。自分を頼みに思うのはかっこいいようで、度が過ぎると滑稽になります。信じたというより、信じたかったのでしょう。信じるしかなかった。彼にとってこの占いを信じることは自分を信じることだった。だから頭では危険だとわかっていても動けない。それは自分を疑うことになるから。そう思うと哀れな気もします。 「妖花秘聞」…晋の献侯が得た驪姫の悪行を書き記そうとした男の元に驪姫の亡霊が現れる。この本で唯一の女性物です。中国物は女性が少なくて寂しいですが、その分個人がパワフルです。この物語の主人公も悪女と記録されそうになって、幽霊姿で反論しに出てくる。しかも、悪女じゃないと言って自分の半生を語る驪姫ですが、その中身も従順に見えて実はすごいことをやろうとしてます。こういうことは中国ではOKなのでしょうかね?結局、彼女は悪女として記録されたのでしょうが、滅びた人の記録というのは勝者の手が加えられるものなのです。 「窮鼠の群」…秦で徹底した法の整備を行った衛鞅。彼は秦を強国へと導いたはずであったが…。厳しすぎる法を創った男の物語。法は秩序を守る者として大切ですが、情を捨ててまで法に走るのは人として不自然なことなのでしょうか。だから、耐えきれずに反動が起こるのかもしれないです。自分が信じていた信念が死の直前に瓦解するというのは、苦しいですね。はたして、間違いに気づいたことが幸運なのか、気づかぬ方が幸せだったのか。 「帝たらんと欲せしのみ」…人相見の老人の言葉どうり、淮南王になった男の選択。自分の運命が自分でない者によって決められていたとしたら。迷ったり、悩んだりしても結局答えは一緒だと言われてしまったら、それは虚しいだけです。その過程に自分がいるとは思うのですが、やはり、やりきれないものがあります。でも、本当に路が定められているとしたら、路を踏み外すことすら定めなのかもしれないです。ということは、男は定めのとうりに生きたのかもしれません。死に臨んだ男は満足して死んでいったのでしょうか? 「覇王の夢」…兄から呉王を譲られ覇王をめざす季札と呉の行く末。呉王の自害の場面が好きだったりします。ちょっと『天邑の燎煙』(狩野あざみ)に被る気もしますが。良い時は全てがうまくいくのにたいし、悪い時は全てがわるくいく。人のすれ違いもそれに含まれる気がします。呉の隆盛と衰退がそんな感じでした。最後に残った疑問は、この話のキーポイントでもある枕は一体誰が季札の元に置いたものか、です。 |
+ 田中芳樹 + | ||
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黒竜譚異聞 | 実業之日本社 | 奇々怪々チャイな度 ★★ |
中国物短編集。武勇、怪異、推理と様々なジャンルの作品郡。作者が雑誌等で別々に発表した作品を集め、時代順に並べ替えている。活劇シーンが小気味良い爽快感のある作品が多い。 「宛城の少女」…落城寸前の城を脱出し、援軍を連れ帰った少女の武勇。勇壮で賢いヒロインの物語。 「徽音殿の井戸」…皇太子でありながら、父を殺し帝になろうとした皇子の結末。皇子の場所を知らせることになった従者の言葉が冷笑を誘う。ブラック・ユーモアをもった作品。 「蕭家の兄弟」…皇帝の息子でありながら、狭い視野しかもたなかった2人の兄弟の破滅。「この後に及んで兄弟げんかしてる場合かよ」と突っ込みたくなることしばしばだった。 「匹夫の勇」…勇猛でありながら政治性を持たなかった武人の半生。主や上司に恵まれない男が哀れ。 「猫鬼」…猫を助けたことで金華猫という妖猫事件に巻き込まれる話。怪異物。主人公の人柄が魅力的だった。(『風よ、万里を翔けよ』という作品のサイドストーリー) 「寒泉亭の殺人」…寒泉亭でおこった殺人事件を推理する。話はあっけないが。寒泉亭の描写が見事。 「黒道兇日の女」…民を虐げる権力者を誅する女侠「聶隠」の物語。雪中強行がどことなく映画「八甲田山」を思い出させた。寒い日には読みたくない作品。 「騎豹女侠」…前作に続き聶隠の話。前作より活劇的要素が多い。どうも女の方が強い短編集である。 「風梢将軍」…怪異物。山中怪異にであった強欲な男が、その呪いから逃れ様と1人の旧知に助けを求めるが…?風梢将軍の正体とその照れようがかわいいなと思ってしまう作品。 「阿羅壬の鏡」…阿羅壬が手にいれた秦鏡という鏡は人の肉を透かし骨が見える鏡だった。彼はそれを使って、まがいものの医者となが…。怪異物。阿羅壬の結末がちょっとショックだった。 「黒竜譚異聞」…黒竜に富貴を約束され、宦官となった男の行く末。タイトルからファンタジィかと思いきや、悪人の成功と没落を描いた作品だった。 2003.3.8 |
+ 宮部みゆき + | ||
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堪忍箱 | 新人物往来社 | ビターな隠し味度 ★ |
時代物短編集。江戸の町人を登場人物に描かれた作品。ラストに救きれないほろ苦さを漂わせている作品ばかりでした。たぶん、江戸という社会が抱えていた庶民にはどうしようもない部分が滲み出てるのでしょう。 「堪忍箱」…火事で焼け出された少女の話。最後が、心理ホラーのようでした。主人公の一家が「十六夜髑髏」の旦那様に通じるものがあると思うのは私だけでしょうか?(身分とか結末とか) 「かどわかし」…飯屋の坊ちゃんのささやかな望みが起こす騒動。微笑ましい事件が一大事件となり、その結末といえば、何やら哀しさが残るものでした。 「敵待ち」…板前が用心棒をやとう物語。最後の一文が妙に情緒的で印象に残りました。 「十六夜髑髏」…方向先で体験する十六夜にまつわる奇談。髑髏がぐるぐる。 「お墓の下まで」…孤児と彼等を育て養う子無し夫婦の心情。誰でも墓の下へ持っていく秘密の一つや二つある方が、普通なのかもしれません。 「謀りごと」…長屋1部屋で差配が死体で発見されるミステリィ。謎よりも差配の死によってあぶりだされる人間が描かれてました。個人的な感想ですが、本好きにとっては火事は恐いです。 「てんびんばかり」…姉妹のように暮らしてきた幼馴染が嫁ぎ、残された娘の話。「どうしようもなさ」の極値でした。最後のお吉の心持ちがこの本の全作品を通した人々の本音なのでしょう。 「砂村新田」…苦しい家計を助けたくて奉公に出た娘が遭遇する母の謎。どんなに貧しくても、やるせなくても人の心は優しかったのです。 2003.3.21 |
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