雲をつかむ話 〜SMAPおでかけ記
Reading [TUBAKI-HIME] with Tsuyoshi Kusanagi * 2002.2.14 * SUNTORY HALL


ふだん劇場へ足を運ぶ時は、開演10分前位にならないと会場に入らない私だけれど、
この日は30分前に会場へ(まぁ、そのために休みまで取ったわけですが)。
サントリーホールに最後に来たのは いつだったろう、と記憶を辿れば、
前橋汀子さんがゲストで出演したヴェネチア合奏団を聴いて以来なので約2年ぶりです。
まず驚いたのは厳重な荷物チェックとスタッフの多さ。
いったん入場した後もクロークへの出入りの際には再度チェック。
いわゆる"アイドル"が出演する公演が未知の世界なだけに、ホール側にも緊張感があったのかもしれません。

小ホール脇の階段から降りるトイレは小ホール専用になっていて、
「落書きはしないでください」と書かれたホワイトボードが置かれています。
これが物語へのプロローグになっているのが、小洒落た仕掛けなのですね。
段差の無いフロアに肘掛け付きの一人掛け椅子が並べられたホールは、まるでサロンコンサートの趣き。
舞台と客席はほんの少し段差があるだけで、かなり間近です。
舞台の上には蝋燭の置かれたテーブルと椅子が一脚。

先に席に座ってブックレットを見ていたMちゃんが、写真がすんごくイイ!と騒ぐので慌てて開くと、
軽く紗のかかったモノクロ写真が目に飛び込んで来て、息を吸ったまま、吐けなくなってしまいました。
ざっくりとしたセーター姿でパイプ椅子に凭れ、ふっと力の抜けた表情でこちらを見ているクサナギツヨシ。
うゎっ、頼むから、そんな目で見ないでっ。
ただでさえ緊張してるのに、余計にわけわかんなくなるじゃないのっ!って感じ(笑)
(でも、本人は「お腹空いたー」とか思ってたりする顔なのかしらん)。
他にも数ページに渡って稽古中のカットが載ってるんだけど、これがいちいち素晴らしい。
もう酸欠状態で絶句している私の代わりに、
Mちゃんが「や、かわいー!」「わ、キレイ!」と叫んでくれておりました。

開演間近、すぐ近くの客席に土田英生さんを発見。やん、ちょっと嬉しいわ。
近くで見ると割と小柄でいらっしゃる。ラフなジーンズ姿でポケットにはセーラムライト
(すみません、目の端で観察しちゃいました)。
上演中は、笑いが起こる場面では観客と一緒に楽しそうに笑い、
最後には高ーく手をあげて拍手喝采を送りながら、客席の反応を見回していらっしゃいました。

注意事項のアナウンスが終わると、会場は水を打ったような静けさに。
ところが何分経っても何も始まらないんですよねぇ。
あまりに張り詰めた空気が、だんだん可笑しくなってきちゃったんだけど、
ちょっとでも笑ったらホール中に響き渡りそうなので、ガマンしておりました。
結局、19時を10分ほど回った頃でしょうか、高田さんのピアノ伴奏に続いて、
真紅のドレスも鮮やかな田村さんのソプラノが響き始めました。
そして暗闇の中、下手から白い人影が舞台にあがって中央の椅子へ。
歌が終わるとともに、白いスポットライトの中に朗読者の姿が浮かびあがりました。

物語は、サントリーホール小ホールの清掃業務日誌として綴られていきます。
28歳の新入社員・有谷(「前の会社を何故かリストラされてしまいました」)の業務報告をベースに、
上司である係長・笹倉と真壁のコメント、そして、女性トイレの落書きの主である女性と、その別れた恋人、
5つの一人称を朗読者としてのクサナギツヨシが読み分ける形。
つまり、客観的な地の文章が無いわけで、でも、"演技"ではなくて"朗読"。
うーん、これは確かに難しい作業だったのではないかしら。
でも、微妙な間合いの取り方や声のトーンの変化を上手く使って、
押し付けがましくない程度の感情を込めつつ読み分けていたので、違和感なく聴くことができたように思います。
基本的には"声の演技"なのですが、スッと変わる表情や上半身の重心の置き方が
効果を与えていたのではないかなぁ、と素人の私なりに感じました
(そういう意味では、やっぱりCDだけじゃなくて、映像化して欲しいですよねぇ)。

主な語り手となる「有谷」は、裏表が無くて、優しくて、不器用で、天然ボケが得意で、
でも一生懸命さが憎めなくて、いつの間にか周りの人が毒気を抜かれて巻き込まれてしまうような青年。
こういうキャラクターって、一歩間違うとイヤミな感じになってしまうものですが
(と、感じるのは私だけかしらん。実は「ひたすらイイヒト」キャラって苦手なのだ)、
クサナギさんは、この人物をとても可愛らしく素敵に演じていました。
土田さんが『Weekly ぴあ』で「僕がこうあって欲しいと思う草なぎさん像」だと語っていらっしゃいましたが、
そうですねぇ、はい、確かにいつも毒気を抜かれて、巻き込まれております(笑)。
(でも、それだけじゃ済まなさそうなのがクサナギツヨシの手強いところだったりするのですが、
  この1ヶ月、一緒にお仕事していかがだったのでしょう?土田さん。)
白い衣装と白スポットライトを見ていて、
土田さんがクサナギツヨシに抱いたイメージも「白」だったのかな…と思ったのは、
有谷が出来事をおバカなくらい真っ白な気持ちで受け止める青年として描かれていたこともあるし、
朗読者、つまり仕事をする人としてのクサナギツヨシ自身からも、
いつもに増して、自分の中に全部の色を持っていて、
且つ、他の色をそのまま発色させる色・「白」を感じさせられた気がしたのですよね。
(ここまで書いて、スマスマの『COLORS』の白鉛筆を思い出しちゃった。あれれ?(笑))

まぁ、そんな理屈より何より、一番感じたのは、
「声って、空気の振動なんだ」っていう当たり前なことの再認識で。
彼のWAVE VOICEは、何というのでしょうか、
鼓膜を震わせ、全身に響いてくる心地よい空気の振動なのでした。
かと言って、声がくぐもるわけではなく、きちんと前に向かって発せられる声は聴き取りやすく、
台詞の勢いに拠るところも大きかった『蒲田行進曲』の時よりも格段に進歩しているように感じました。

ただ、噛んでしまって読み直す場面も何度か。
個人的には、ストレートプレイで台詞を噛んでしまうケースよりは違和感を感じなかったのですが、
本来ならクスクス笑いを誘ったであろう部分が、噛んでしまったことでサラッと流れてしまった箇所もあって、
それは、ちょっと残念だったかな。
3日目や千秋楽では、どうだったのでしょうか。日々是精進。

白一色の衣装に白い肌のクサナギさんが白いスポットライトを浴びると発光しているかのような眩さなのですが、
手元に目を落とす時に現れる目元の陰影がさらに効果的で美しく。
そして、ライトが田村さんと高田さんに移り、曲を聴いている間、
暗闇の中に微かに浮かぶ白い影(直江先生ぢゃありません)がさらに一段と美しくて。
目を閉じて、揺蕩っているような姿は、田村さんの歌声と相まって非常に幻想的で、
見つめていると、魂を盗られてしまいそうな心持ちでございました。
ラスト近くには、自ら灯した蝋燭の揺れる光に右半身だけが浮かびあがって、
なんでしょう「祈り」かなぁ、そんなものを感じさせる演出だったと思います。

実を言えば、前半のくすくす笑いのウェイトが大きい部分から、
既に胸がじわっと熱くなって、鼻の奥がツンツンしていた私なのですが、
恋人と別れざるを得なかった女性からの手紙(誰に宛てるでもない落書きなのですが)を聴いていたら、
視界が曇って慌ててしまって。ライトが目の中で乱反射して、クサナギさんの顔が滲んでしまうんだもの。
そして、これ以上長くても短くてもいけなかったのではないかと思えるような間合いで、
彼女を探す恋人の「…ごめんな…ごめんな…」という言葉がクサナギさんの口から押し出された時には、
言葉そのものよりも、その「間」がズシンと胸に響いて、ぽろぽろと泣けてしまいました。

最後の最後に初めて立ち上がった姿は、とても大きく見えました。
胸に手を当ててのお辞儀と、田村さんに手を差し伸べてエスコートするクサナギさんは、
あぁ、何時の間に、こんな大人の男性になってしまったのかしら…と、
なんだか心淋しく感じるほど、素敵でした。

自分から「やってみたい」と言った結果の新しい仕事。
しかも、オペラと朗読のコラボレーションという、新しい形のパフォーマンス。
クサナギさん本人だけでなく、土田さんも、田村さんや高田さん、スタッフの方々も、
限られた時間の中で模索しながら作りあげたのではないかと想像します。
これが究極の完成形なのかと言えば、もしかしたら違うのかもしれないし、人によって受け取り方は違うでしょう
(実際、オペラに思い入れのあるMちゃんは、ストーリーにやや不満アリだし、
  私も気にしようと思えば、気になる部分はあります)。
でも、1時間30分、あの小ホールを満たしていた"気"のようなものを体験できて、とても幸せでした。
「トイレの落書き」「業務日誌」というアナログなツールを使った物語なのだけれど、
「文字だけでの気持ちの交感」という意味ではネットにも通じる面白いモチーフですね。
そして、世間の隅っこでそれなりに一生懸命生きている人々へ向ける
土田作品の眼差しというのは、甘過ぎると言おうと思えば言えるのだけれど、
でも、その甘さが良いのだと、そう思える自分で良かったのだと思いました。

そして何より、今回たっぷり悩んで新しい仕事にあたったことは、確実にクサナギさん自身の糧になったであろうし、
それによって、またどんなクサナギツヨシに変っていくのか…と考えると、不安になるくらい楽しみです。
でも、次に目にする時は、またヘッポコな彼だったりするのかもしれませんが。
ま、それもまたクサナギファンの醍醐味でございます(笑)。

【2002/02/16 UP】


Reading 『椿姫』 with 草なぎ剛
ヴォイス 〜私が愛するほどに私を愛して〜


【朗読】草なぎ 剛
【ソプラノ】田村 麻子
【ピアノ】高田 浩
【脚本・演出】土田英生
【音楽監督・編曲】高田 浩

サントリーホール・小ホール
2002/02/13-16

* Readingブック(CD付き) 2002年7月上旬発売予定・予価3,200円[角川書店]*


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