強いぞあんとらーず

 

昨晩。夕食の時の会話である。

「今日さあ、駅の通路で見たんだけど」
「うん」
「鹿の角きりてのが行なわれるらしいんだよね」
「ふうん」
「それがどこで行なわれるかというと」
「どこなん」
「角切り場」
「そのままやん」
「そう。いやそれがなんだか面白くて」
「どこにあるん、その角切り場って」
「わからん。通りがかりにポスター見ただけだから」
 未だ謎の残る角切りなのだった。ちなみに場所は今朝ポスターを見たところ、春日大社にあるということがわかっている。

「どうやって角を切るんだろう。やっぱり鹿捕まえて鋸で切るんだろうか」
「見たことあるよ。角切るところ」
「なに。角切り見たの」
「うん。宮島に鹿いるもん」
そうだ。Qは広島出身なのだった。ちなみにQ、お好み焼きは好きだが鳩が苦手な広島出身だ。
「宮島にも有るの?角切り場」
「いや、なんかそのへんで切ってたよ」
そのへんって……。
県民性というやつだろうか。まあ奈良における鹿のウェイトと、広島のそれは異なるということかもしれない。私など奈良といえば、大仏と鹿しか思いつくものがない。そんな奈良から鹿がいなくなっては大変である。角切りもセレモニーとしておかなければいかんのだ。きっと。私のなかでは奈良にはその程度のイメージしか無いのだ。すまぬ。奈良。

「ところで、切った角はどうするんだろう」
「それは……工芸品とか?」
それはやはり麻雀牌とかそういった奴だろうか。
鹿の角で作ったミニチュアの鹿の角、鹿の角で作ったアンパンマン、鹿の角で作った仮面ライダー龍騎とかそんなのもあるだろうか。

「ああ。見に行きたい。角切り」
「見に行くの?」
「Pに見せてやるんだよ。『いいかいP。鹿さんは角をぎこぎこされているねえ。ああ痛そうだねえ。でも鹿さんは痛くないんだよ。角には神経が通っていないんだねえ、Pの爪も切る時痛くないよねえ。おんなじだねえ。ああ鹿さん大人しいねえおりこうさんだねえ。Pも爪切る時暴れてはいけないよ』と、こういうのをやりたいじゃない」

「……」

「あ。でもその場で鹿が暴れてたらまずいかなあ」

「……」

 ここで私は想像する。
 私とQPは鹿の角切りを見に行くのだ。そこでは想像を絶する光景が繰り広げれているのだ。想像なのに想像を絶するのだ。なんじゃそりゃ。

ご覧よP。鹿さんの角切りが始まるよ。じたばた。じたばた。ああ鹿さんが暴れているねえ。暴れている。
ぎこぎこ。ぎこぎこぎこ。
ご覧よP。あれは糸鋸という道具だよ。あれで堅い鹿さんの角を切るんだねえ。
じたばた。じたばた。
ぶきゅるるるる。ぶきゅるっぶきゅるるる(注:想像される鹿の鳴き声)。
ああ。危ない。角切りのおじさんが。

あ。
ぷす。
ぷすぷすぷす。

ああああああP見てはいかんえらいこっちゃ大変だああ。おじさんが鹿さんに、鹿さんにいいいい。血が出てるよ血が。これP、もがくんじゃないよ。嬉しそうに見るんじゃない。これ。見るでない。

ぷすぷすぷすぷす。

「ああっ源さんがやられたっ」
そうか。あの角切り職人は源さんというのか。気の毒に。しかしあの鹿さんは誰が取り押さえるんだろうね。このままでは角切り職人一筋25年(推定)の源さんが大層危険な状態ではないか。角で刺されているのである。ぷすぷすと。

……。

ぶきゅる。ぶおお。(注:鹿の鳴き声)
ぶおおおっ。
ぱからっぱからっぱからっ。
あああこっちに来る向かって来る。逃げるぞQP。早く逃げるのだ。
ところでQ、その手に持っているものはなんだ。何鹿せんべい。これ。早く捨てるのだ。まっすぐこっちに向かって来るではないか。
あああ来るぞ走って来る。ぱからっぱからっ。
ああPがしっかりと握っているのもやはり鹿せんべいではないか。これ。よこしなさい。離しなさいっ。

はあはあ。なんて怖い行事なんだ。命がけではないか。何とか鹿さんは取り押さえられたようだが、角切り一筋推定25年の源さんは大丈夫だろうか。

てなことをボケーっと考えながらふと我に帰ると、横で一緒に食事中のPが次の一口よこせとばかりにぶおおっと声をあげていた。


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