それでも鯉は鯉

 

 先日、工業会の会合に出席する用事が発生した。都合で出席できなくなった上司の代理である。
 工業会とは。普段は敵同士であるはずの競合メーカーが、この時ばかりは業界全体の為に活動を行うという建前の下に集まる、まあそういった場なのであった。
 退屈である。だがとても面白い。
 この会合で決まる方針というのは当然の如く無難な決定であり、刺激に欠けるものである。ところが他メーカーの人間がどんな事を考えているか、一端に触れられるだけでも楽しいのだ。

 こんなやりとりがあったとする。
「工業会として、当然ここまでの対応をしておくべきである」
「業界の足並みを揃えないと市場から無視される可能性もあるではないか」
 この場合は先に発言した方が議題に関わる技術において先行しているメーカー、後に発言した方は遅れをとっているメーカーであることがわかってもらえるだろう。
 工業会での決定は大概、大手の意見中心にまとまっていくか、皆が妥協した結果が決定事項になる。まあ世の中そんなもんである。
 この業界自体がそれほど大きなものでもなく、競争も激しいので例に挙げたようなやりとりは少なく、至って健全なやりとりが行われているとは思う。一応言っておかないとね。

 面白いのは会議終了後の飲み会である。ここでの情報は、信頼性はともかく新規性は高い。会議終了後は業界トークで盛り上がるのだ。でもひょっとしたら特殊かしら。この工業会。
 狭い業界だけに話は弾むのだった。また、メンバーも皆さん酒が好きなのだった。

 業界の人間にしか判らぬ愚痴をお互いにたれあったりする。

 たまに少々汚い話も行なわれる。

 恋は強しという話になった。

 嘘だ。強いのは鯉だ。

「いやあ、鯉って強いよ。死なないんだよね」
何だってこんな話なのか。

「うちの会社の前に鯉飼ってるんだけど、死なないんだよなあ。あいつら」
「そうだね。鯉は強いよ。鯉は」

 どういう事か。某大手食品会社の例を挙げよう。色んな事であんな事やこんな事になった乳製品製造会社の事は皆さんご存じの事かと思う。ええいコトコトうるさい。
 某大手乳製品製造会社は、大昔にも大きな事件を起こしており、その時に当時の社長は会社の前に池を作らせ、そこに鯉を飼ったのだという。そしてその池には工場からの排水を流したのだそうだ。
 アピールである。判りやすい。うちの工場は清潔でございますよ。変な菌とかも入っていませんよということが一目で判るという訳である。それと同じ行為は色々な会社(もちろん工場を持つメーカー)で行われているということなのだ。
 私の目の前で喋っている某化学製品メーカーの人も自社で飼っている鯉の話をしているのであった。化学製品だけに、うちの工場の排水に有毒物質は入っておりませんというアピールであろう。
 ところが、話はいかに自分の会社の水がきれいなのかをアピールしているわけではないのだった。鯉の生命力のすばらしさについて皆語りあっているのである。

「いやあ鯉はねえ。汚泥を食って生きてるんだよ」
失礼な話である。

「いや、金魚の方が強いよ」
おや、お宅では金魚を飼育されていますか。

「鯉は死んだけど、金魚は生きているからね」
鯉は死んだのか。御社の排水はやばいのでは。

「いや、鯉はでっかくなったら強いんだよ。うちの会社のでっかい鯉は生きてるもん。ちっちゃいのは死んだかもしれんけど」
やはりあなたの会社の排水もやばそうだ。

「いやあ、でも金魚もでっかくなるよ」
大きさの話では無かったと思うが。

「うちの鯉なんかこんなにでっかいのがいるんだよね」
大きさの話になっちゃったよ。

「飼うならアユとかヤマメとか飼えばいいんだよ。一発で死ぬから」
おお。強気なんだか弱気なんだかわからないメーカーが出てきた。

「ああ。それは死ぬやろ。」
ああ。やっぱりあなたの会社の排水は危ないんですね。

「確実やな」
やはり御社もですか。

「やっぱり鯉だって」
「いや金魚だよ」
強い魚を選んでどうする。

 せっかく、話を振られたら「うちの工場の排水では山椒魚が泳いでますよ」くらい言ってやろうと思っていたのに、話が振られることは無かった。残念だ。

 実際私が勤めているのは本社ビルであり、魚は飼っていない。だが工場には池があり、そこには鯉がいる。おぼろげな記憶だが、小さな鯉もいたような気がする。
 そんなわけで今度工場に行くときには小さな鯉がまだ生きているか確認し、もしできればこっそり山椒魚を放流しようかと思ったのであった。
 ちなみに、わが社の工場から出る排水は鯉のいる池には入っていない。ただ飼っているだけなのだった。無意味じゃーん。それってー。

 いや、某乳製品大手の鯉も事件を防ぐことは出来なかったのであり、どのみち無意味なのだ。


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