理髪店と美容室
散髪に行くことにした。引っ越しをしてから散髪は2回目なので、まだ馴染みの店など無い。
少し迷ってから、一番家の近くに位置する理髪店へと向かう。美容室と呼ばれる範疇に属する店に行きたいところであるが、わざわざ車で出掛けて店を開拓する程の行動力源(以下ガッツ)が無かったのだ。小心者の私は理髪店よりも美容室で大量のガッツを消費する。
さて、理髪店と美容室との違いはなんだとお考えだろうか。答は簡単、「髪の毛を洗う時にうつぶせなのが理髪店」で「仰向けなのが美容室」である。これで決まり。
しかし、私にとってはこの違いなぞどうでもいいことであって、どちらに行ったものか非常に迷う理由は別の所にあるのだ。
理由1:理髪店はなんだか野暮ったい(だから美容室の方が良い)
理髪店はこういってはなんだがやはりどこかお洒落さが足りない様な気がする。行けるものならば私もお洒落な美容室の方がよいのだ。
第一、理髪店の客層には圧倒的に子供と老人が多いではないか。理由2:美容室はなんだか恥ずかしい(だから理髪店に行ってしまう)
理髪店も充分に恥ずかしいのだが、美容室は更に恥ずかしい。「こんな私でもいいでしょうか。この店入って本当にいいのでしょうか」と問いたくなる雰囲気である。これを打ち破って店に入るには相当量のガッツが必要である。
その点理髪店(特にいきつけの)なら
店に入ってからでも、
「どうします?」
「短めに」
これでよい。ガッツ消費量は最小限で済む。理由3:美容室には指名制度がある(だから美容室には行きにくい)
店に入ると「御指名の美容師は?」とか聞かれちゃったりするのだ。「いません」と答えるのにも少々ガッツが必要だ。理由4:美容室は注文を細かくしなければならない(だから美容室ではガッツが必要)
美容室の雰囲気だけで既にびびっている私が、こと細かに髪型の注文など出せる訳がないではないか。そんなに沢山ガッツは無い。
そのかわり初めて行く理髪店で「適当に」などと答えて店主(きっちりとした7:3分けのオトウサンである場合が多い)に任せておいて、うっかり寝たりなんかしちゃうと、家に帰ってからQになんと説明しようか、職場ではなんと思われるであろうかなどと要らぬ心配をせねばならぬ様な髪型(きっちり)に仕上がった自分と寝覚めに再会とあいなるのだ。
てなことを考えているうちに近所の理髪店に到着。
いかにもといった風情である。「この町内のお得意様相手に地道にやっている店ですオーラ」が店全体に漂っている。こういう理髪店には罠が待っている。
「いらっしゃい……ませ?」
嗚呼やはりそうだ。私を客として認識するより先に「誰この人」という反応が先に出てしまっている。気まずい。
今更無かったことには出来ない。気を取り直して私を店の中に案内する店主は、やはりきっちりとした7:3分けのオトウサンだった。
家族でやっている店のようだった。きっちり7:3オトウサンがメインのカットをし、ちょっと思い切った髪型のオカアサンがシャンプーやカミソリを担当するという黄金パターンである。但しこの店にはもう一人、おおよそこの店とは雰囲気を異にする茶髪のオニイチャンがいた。息子さんだろうか。チャンスだ。このオニイチャンにカットしてもらうというのはどうだろうか。見た感じ私より若そうだし、何だかちょっとカッコイイようにも見える。ひょっとしてセンス良かったりして。
……。
悲しいかな、理髪店には指名制度がないのだった。私の髪をカットするのはキッチリ7:3オトウサンに決定したようである。
「さて、どうします?」
「えーと、あの、適当に」
言ってはならない一言を言ってしまった。これで決まりだ。家に帰ってからQになんと説明しよう。職場ではなんと思われるだろうか。
いやまてよ。
それは救いを求める私の脳髄が叩きだした一つの記憶であった。どこで聞いた話だったっけ?
−−漂流生活一ヶ月を経て無人島に漂着したあなたは、先客として漂着していた2人の理髪師に出会いました。一人は髪も髭も伸び放題、もう一人は綺麗に整えられていました。さてあなたはどちらの理髪師に髪を切ってもらいますか?−−
そうじゃん。このキッチリ7:3オトウサンの髪は、少なくともオトウサン自身がカットしてるのではないはずじゃん。
急に東の人になりながら自分を奮い立たせていた私なのでした。結果。
そこそこ髪の毛を短くして、なおかつ一般的に見ておかしくない髪型であればよいと思っていた私にとっては、まあ充分であった。
しかし理髪店というところは何故ここまで髪の毛に色々なものを擦り込み、何とも勘弁して下さいな感じにキッチリとセットするのであろうか。最終的な仕上がりはオッサン臭いひどくキッチリとした髪型であり、やはり帰宅後Qに「どしたん?その頭」とか言われてしまうのであった。はらたまhomeへ