弁当忘れても傘忘れるな 

 

 学生の頃、タイトルの様な事を言われる地域に住んでいた。よく雨が降る。いつまでも降る。ダラダラと降る。ようやくやんだと思ったら空は暗いままであったりする。
 こんな土地について、心機臭くていやだと多くの友人は言っていた。特にいつも元気な晴れ男(&夏男)の同期Mなどは文句垂れまくりである。きっと前世はアブラゼミとかそういった奴に違いないと思う。
 いつも陰気な雨男(&冬男)の私としては、こういった天気は大歓迎である。きっと前世はナメクジとかそういった奴だ。
 ただし、その土地は夏過ごしにくい(前世ナメクジ男にとっては)。年間の日照時間を夏で稼いでいるのだ。前世アブラゼミ男にとっては待望の夏である。ギラギラだ。
 そんな土地には6年間ほど住んでいたのだが、住み始めてすぐ傘を持つことをやめてしまった。何故かというと、傘を盗まれたからである。

 学生食堂で昼食を取っている間、傘は食堂入口にある傘立てに入れておいた。A定食を食べて、うーむ余は満足じゃ。くるしうない。さて帰るとするかと傘立てを見ると傘が無い。都会では自殺する若者が、そんなことより傘が無い。雨ざーざーである。
 さてその日は濡れて歩いた。しょうがない。春雨じゃ。濡れて参ろう。なに、安物じゃ。同じような傘と間違えて持っていった御仁が今頃あわてていることでおじゃろう。
 次の日、傘を買ったのであった。その日も雨だった。買ったばかりの傘で講義に出かけ、居眠りしながらも無事講義終了。雨はまだ降っている。さて傘を。あれ。無い。都会では自殺する若者が、そんなことより傘が無い。またしても雨ざーざーである。
 なに、安物じゃ。同じような傘と間違えて持っていった御仁が今頃……。
 おかしい。同じような傘を間違えて持って行かれたのなら、ここに同じような傘が1本残るはずではないか。講義を受けた学生達は皆傘をさしてどこかへ行ってしまった。あるのは空の傘立てだけである。

 そんな事が2、3回あり、私はすっかり嫌気がさしてしまった。もういい。濡れる。俺の事は放っておいてくれ。

 そのうちに、知人の中に「傘と自転車は天下の廻りもの」であると主張する人間が複数いることを知った私はキレた。自らの説教パワーを最強レベルに高めて叩き付けた。きいいっ。貴様、そこへ直れ。貴様の様な輩の為に、何故私が傘を何本も買わねばならんのだ。なに。お前も取れば世の中を傘が廻っていくだと。むきいいいっ。何故。何故私が盗人に合わせて行動せねばならんのじゃあ。切る。拙者が武士であったならばこの場で切る。

 とにかく罪悪感が無いのが気に入らない。考えを改めさせるべく、執拗に説教を繰り返す私であったが、性根からそういった考えなのか、「人のモノを盗んではいけない」という極めて当たりまえのことを今さら人に言われてから認めるのが恥ずかしいのか、その知人を反省させるには至らなかった。完全敗北である。

 ふん。もういい。濡れる。

 そして私は世の中に対していじけてしまったのだ。へそ曲がりである。
今でも滅多なことでは傘は持って行かない。ずぶ濡れにでもならない限り風邪などひかないものだ。

 先日会社で雨に濡れながら歩いて居たら後輩のN谷君に「まだ傘持って無いんですか。おかしいですよ」と言われた。N谷は大学時代の後輩でもあるため、私が傘を持たぬ事を昔から知っているのだ。まだそんな事やってるんですか、てな感じだろう。確かにそろそろ馬鹿らしくなってきた。
 いや、まだ続けるのだ。そして何故傘を持たぬのかと聞かれる度に理由を答えるのだ。
そして、君も適当な傘盗っちゃえばいいじゃんとか言う人間を捜し出して今度こそ反省させるのだ。

 もうやりませんと言わせるのだ。 


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