Under Pressure

 

 

 人にはそれぞれ大なり小なり怖いもの、苦手なもの等があって、不思議なことに他の人にとっては何でもないものが、当人にとって耐えがたい恐怖となることすらある。それは例えば地殻や火山の活動によって地表が激しく振動する現象であったり、大気中に溜った電気が地表に向けて放たれる現象であったり、火災であったり、肉親の一人であったりする。
 トラウマというほどではないが思いつくところで、私は4つほど苦手なものを持っている。生物ではゴキブリと黒い犬、その他では皮膚に書かれた文字と、圧力である。

 順番に説明しよう。
 まずゴキブリ。これが好きという人はそうそういないと思われるが、世の中にはこれの特大サイズをわざわざ買ってきてペットにする人もいるそうだ。ぞぞっ。
 特に苦手というからには、退治するにも大騒ぎである。その辺の新聞紙やスリッパでもって叩くなんて芸当は無理だ。そのような近接戦闘兵器の距離で戦って、万が一私に向かってヤツが飛びかかって来たりしたらどうするのだ。第一叩いたりしたら床面にヤツの内容物が…以下略。
 苦手となるにはきっかけとなる出来事が有るはずで、私の場合それは小学生の頃にあった事件である。1年程埼玉に住んでいたことがあったのだが、その時の家というのがまた結構なものであった。
 汲み取り便所にカマドウマは出るわ、洗濯物の下に鼠は潜んでいるわ、さぞかし自然に囲まれた家かと思いきやすぐ横に国道があり振動と排気ガスで母の調子が悪くなるわで散々であった。そんな家で在る日、仰向けに寝っころがってマンガを読んでいたところ、首から背中にかけてなにやらゴソゴソと感触が……以下略である。

 次。黒い犬も苦手だ。ついでにその延長で犬全般がどうにも苦手だ。
 これは幼稚園くらいの頃、通っていたお絵書き教室からの帰り道に黒い犬を飼っている家があり、その犬が苦手であったのが始まりである。ある日その犬に追いかけられ、自宅までの数十mを泣きながら走って逃げたという出来事があった。母によると私が逃げる際ばらまいた絵の具が道に点々と落ちていたという。今になって思うと、数十mの距離を幼児の足で逃げ切れるはずもなく、あれは遊ばれていたのだろう。以下略だが、そんな訳で私は猫派である。飼ってないけど消去法で猫派だ。
 さて次は皮膚に文字を書く行為だが、これこそ自分でもなぜ苦手なのかよくわからない。とにかく苦手だ。「耳無し芳一」など言語道断だ。
何故かはわからないが文字のサイズ、ピッチともに小さいのがより苦手である。どうしても忘れては困ることを手の甲などに書く人がいるが、私にとっては人のを見るだけでもう駄目である。なんだか全身がちくちくして来るのだ。細かい文字をびっしり書かれるともう……。嗚呼勘弁して下さい。自分の全身にびっしりと文字が浮かび上がって来る夢を見てうなされたこともあった。あのときは汗だくだった。これを読んで下さっている皆さんも何かブツブツしたものを見ると体が痒くなって来ることがあるのではないかと思うが、それと似た様な感覚だと思う。

 最後に圧力。これが苦手になったきっかけも決定的なものを思いおこせずにいるが、電子レンジで卵を破裂させたり、バーベキューをしているときに炭が弾けたり(これは圧力ではない?)、学生時代に廃液処理を手伝っていて有機廃液と濃硫酸を間違え、石油缶からなにやらとても危険なモノが噴き出したり(これも圧力ではない?)といった経験の積み重ねであろう。今ではコンプレッサーやボンベなど中に圧力がかかっているものが怖くてしかたがない。

 こんな文章を書いていたせいか、勤め先で、この冬のボイラー当番に決まった旨のメールが入っていた。毎週金曜日、朝ボイラーを動かして帰り際にボイラーを止める当番である。い、いやだ。そんな当番。ボイラーといえば圧力界の重鎮みたいな奴ではないか。そんなボイラー様と毎週毎週御対面である。バルブを回す。キイコキイコと回す。すると配管の内部からプシューとかシッとかいう音がして中の蒸気が流れ始めるのだ。嗚呼、バルブ抜けたらどうしよう。そしてボイラー室の至る所からカンカンとかガンとかシュゴーとかいった音がし始めるのだ。ばばば爆発とかしたらどうしよう。
 嫌がっていればそういう仕事についてしまうというのもありがちな話で、私の仕事は圧力だらけである。まあ、それでも仕事はそれなりには遂行されていると思うので、本当の本当に駄目だという訳ではないということか。でもコンプレッサーも怖い。スイッチ入れる時にはへっぴり腰である。いやん恥ずかし。

 実は本当に苦手なもの、もっと苦手なものというのもあるのだが、それは秘密だ。何故かってそれは本当に苦手なものだから教える訳にはいかないのだ。


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