三つ子の魂いつまで

 

 

 人間とは親から教わった事の大半を忘れてしまうか、覚えていたとしても生かすことが出来ていない生き物のようである。
 その証拠として、長らく世代を重ねてきた人類、その末裔である我々は、先祖が見たら情けなくて涙が出てくる様な愚かな過ちを繰り返している。もしも、人間が親から学んだ教訓や経験をもっと生かすことができ、同じ過ちを繰り返さない、もっと賢い生き物であったならば、今のような世の中にはなっていなかったのではないだろうか。

 しかしこのような事を書きながらも、反面では別の事も考えている。
 実際のところ私は、この世の中がそこそこうまくできているものだと思っており、人間は親から学んだことをそこそこには覚え、そこそこに忘れてしまうからこそ、そこそこの世界を形成しているようにも見えるのだ。親から100%の経験を受け継ぐことの出来る生物が仮にいたとしても、その種の歴史はそう長くは無い(種としての寿命が短い−おそらく自滅する)のではないか、なんとなくそう思う。
 親から必要なことを学習しつつ、ある程度は忘れていくことで壮大かつ絶妙なバランスを持っている種。それが人間なのではないか。
 だからきっと、「猿の惑星」シリーズのようなこと(人類ほぼ全滅→猿による支配→残った核弾頭で地球ごと破壊)は起こらないのだ。この絶妙なシステム(適度に忘れる人類の特性)によって、すんでのところで踏みとどまった人類は「そこそこの世界」に安住するのであった。

 勝手に過去形で書いているが、まあそうなればよいという話である。「そこそこの」世界というのは地球規模で見た平均であるから、世の中にはハッピーな人もいれば、アンハッピーな人もいる。それらをすべてひっくるめて「そこそこ」であると表現しているので念のため。
 変な話を長々と書いたが、これはこれから続くくだらない話のくだらない前文に過ぎないのだった。ああ、その前文で2KBは使ってしまったぞ。

 さて、くだらない話である。
 既に書いたように、人間とはそこそこに親から学び、そこそこに忘れていく。そうして、次代への進化をゆっくりと進めていくものなのだろうと思う。ところが、私などはどうでもいい事(黒い犬の恐怖とか)ばかりおぼえていて、大事な事はよく忘れている。私ったらすっかり人類の進化に対するブレーキ役である。

 そして今回は、こんなことを覚えていたという話である。

 先日、両親が家に遊びに来た時こんな話になった。
 母曰く、私と私の妹は幼稚園に入る頃、食事の時には布巾を渡されていて、口の周りを拭きながら食べるようしつけられていたのだという。子供は誰しも手先が未発達であるから当然のように口の周りには食べ物が付着する。その際散乱し、手や顔に散らばった食べ物を子供がベタベタとやる行為が母親にとっては我慢の出来ないものだったそうで、我々兄妹は手や口を拭きながら食べるように教えられていたというのである。
 その後、「神経質な子になってしまうのではないか」という危惧(周囲の指摘)から、布巾を持たせるのはやめたらしい。

 どうでも良い事に限って体が覚えている。言われて初めて気づいたが、私は口の周りに物が付くのが気になってしようがないので、しょっちゅう口の周りを拭きながら食事をする癖を持っているのであった。家でもティッシュペーパーを使うものだから、もったいないということで妻のQが食卓に口拭き用布巾を導入したのはつい最近の事である。

 おそるべき連鎖だ。本人も気づかぬうちに、娘に対しても同じ様に接していた。実は私もPに離乳食なぞ与えているとき、口の周りについたのやら手についたのやらが気になるので、いちいち取っていたのだ。なんだかワニやらカバにくっついている鳥の様な姿である。それともコバンザメか。その私の姿を見てQは「マメに取ってるなあ」なんて思っていたというのだから子供の頃に刷り込まれた記憶というのは怖い。気づいていなかったのは私だけである。

 そんな話題が出たものだから、癖を直すべく、意識してみることにした。

 Pがご飯を食べる。グチョグチョと食べる。ああ気になる。あああ気になる。ああっ手に食べ物ついてるんだから髪の毛触ったら駄目だってば。あああっ目なんて擦ってはいかんぞ。ああああっこぼしてるこぼれてるべちょべちょしてる汚れていくううう。

 そういったことでPの手や口を拭かずに放っておくことはなかなか難しかった。

 そして、相変わらず私は食事の時は自分の口も拭き拭きするのであった。自分で思っているより神経質な面があるのだなあ。私ってば。

先日両親が遊びに来た時に奈良観光に出かけ、昼食にトンカツを食べた後のことである。いつもどおり口を拭き拭きした私であったが……。

さあてごちそうさま。
「ちょっとまって」
なんだいQ。
「口の上のところに何かついてるよ」
なんだって?ごしごし。
「あ、取れたよ」

……先ほど食べたトンカツのコロモの破片がついていたようだ。

しょっちゅう拭いていてもこれでは意味ないではないか。
神経質なのやらズボラなのやらわからなくなってきた私なのであった。


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