魔神と不敗神話
「ねえ、お願いがあるんやけど」
私とST君に向かってお願いする人がいるのである。OMさんという女性だ。
「このフタ開かへんねん」
接着剤サンプルが入ったポリ容器である。OMさんは中の接着剤が欲しいのだが、フタが開かないのだった。
容器のフタは手で掴むには少々大きめであり、誰が閉めたのやら接着剤まみれで固まってしまっている。おまけにフタはネジ山に対して正しく閉められておらず、斜めになっている。
これは反則技が二つ複合された強敵であるな、やり甲斐あり。そう思った瞬間、私に魔神が憑依した。
「フタ開け魔神」である。
「フタ開け魔神」が憑依した私はフタ開け魔人となり、フタ開けに没頭するのであった。ちなみにフタ開け魔人としての私は不敗であり、今までに開けられなかったフタは無いと豪語している。なんのことはない、開くまであきらめないというだけの話なのであるが。
さてフタ開け魔神に憑依され、フタ開け魔人と化した私は力任せにフタをねじ回そうとする。が、簡単には開かない。
「この容器壊してしまってもええねんけど」
OMさんが言う。ところが魔神は耳を貸さない。美学に反するというのだ。不敗神話も途切れてしまう。
力技に固執する魔神は次に斜めになったフタを上から押さえつけて無理矢理ネジ山にはめ込もうとする。金属製のフタであれば不可能な話であるが、プラスチック製(おそらくポリプロピレン)のフタであるからこのような行為が可能なのだ。
「フンガー」
気合い(?)一閃、フタはブリっという音とともに半分ほどネジ山に収まった。
「おー」
OMさんが感心している様子だ。魔神も満足したようで、またしてもフタを回しにかかる。
ところが、フタはびくともしない。フタの縁で固まっている接着剤がフタの回転を阻害しているようだ。力業ではいかんともし難いようだ。
そのとき私の中に新たな魔神が憑依した。
「ほじくり魔神」である。
ほじくり魔神は隙間や溝などに詰まった何かをほじくることに異常な執念を燃やす魔神である。
さて「ほじくり魔神」が憑依した私はほじくり魔人となり、フタの縁で硬化した接着剤をほじくる作業に没頭するのであった。
マイナスドライバーでもってあらかた接着剤をほじくったほじくり魔神は満足した様子で私の中から去っていき、再び勢いを取り戻したフタ開け魔人がフタに取り付いた。
「うおりゃあああ」
気合い(?)一閃、フタはベリベリという音とともに回転し、見事フタは開け放たれた。
「おおー」
OMさんが感心している様子だ。魔神も満足したようで、私の中から去っていった。以上の様な出来事があったわけだが、これはほんの一例であり、様々な者達が私の行動に影響を与えるのだ。
休日。家の掃除が行われるわけであるが、その一環としてQが私に風呂掃除を依頼したとしよう。
「ねえ、お風呂掃除してくれる?」
私の体内に常駐している謎の生物、通称「めんどくさいこちゃん」が私の自立神経系に働きかけ、動きを鈍らせる。だがこの場面ではなんとか体が動き、私は風呂掃除に取り掛かる。
スポンジに洗剤を付けてあちらこちらをこすってみる。何気なしに水栓金具をこすった時、ガンコな汚れも念入りにやれば落ちてしまう事に気が付いてしまった。
そのとき私の中に新たな魔神が憑依した。
「磨き魔神」である。
磨くという字と魔という字はPalmの8ドットフォントで見たら見分け辛いなと今気付いたとかそういう話はどうでも良いのだ。磨き魔神に憑依された私はひたすら浴室内のあらゆる場所を磨きまくってしまうのだった。
磨き魔神の勢いはとどまることを知らず、翌日の私は接着剤を塗付するロール機械を磨いてしまうのであった。
ところが、磨いても磨いても落ちないものがある。こびりついた接着剤とかそういったモノである。己の仕事は終わったとばかりに去っていく磨き魔神だったが、すかさず私に憑依した者がいた。
「はつり魔神」である。
「ほじくり魔神」と「磨き魔神」、「はつり魔神」の3人は実は兄弟であったとかそういう話はどうでも良いのだ。とにかく「はつり魔神」に憑依された私はヘラでもってこびりついたやつをガリガリとやってしまうのだ。夢中になって。こいつら魔神達に操られるように突然目の前の行動に没頭することのある私であるが、基本的には飽きっぽいのであった。
私の体内に常駐しているなぞの存在、通称「あきちゃん」のせいだ。
「あきちゃん」は私の脳内麻薬量を制御し、行動を抑制する。同じことを長く続けていられないのはきっとこの「あきちゃん」のせいなのである。とかなんとか訳のわからないことをいって責任転嫁する癖のある私はきっと「てんかくん」とか「責任逃れ魔神」に憑依されているのだ。
そうだそうだきっと僕のせいじゃないんだ。はらたまhomeへ