アンへレス陽炎日記2

                        寄稿:ブルゴス伊藤
◆バリバゴ(フィールズ)◆

ブルーナイル、ネロス、カンボジア、シャンペン、ラプソディー、キッチン...。
昨夜はロエナとフィールズで思う存分バーホッピングして歩いた。そういう遊び方は久しぶりだったのだろう、彼女はまるで幼い子供のように目を輝かせてはしゃいでいた。アルコールも、いつもよりは量を過ごしていたのだと思う。ロエナは、今朝の9時になっても、まだ軽い寝息を立てて深い眠りにひたりきっている。

テックスや携帯電話が何度もかかってきた。質素な彼女の布地の手提げかばんの中で、ルルルル、ピリピリと、日本の秋のにぎやかな虫の音のように、明け方からもうひっきりなしにコールが鳴り続けている。なのにロエナは、気づいているのかいないのか、いっこうに起きてそれに応じる気配もない。ただただ野生のライオンの赤子のように眠り続けているばかりだった。

「じゃあオレ朝メシ食ってくるからナ。何かあったら電話するんだヨ」
彼女の横顔を、長い豊かな髪の毛がしどけなく覆っている。オレはそれをそっと手ぐしで掻き分け、あらわになった片方の耳にくちびるを寄せながら、拡声器の根元に声を送り込むようにしてささやいた。
彼女がそれに答える気配は微塵もなかった。

男の好奇心が少しばかり頭をもたげた。化粧を落とした素顔のモレーナ。その無防備すぎるほどの横顔が、あらわになったうなじとともに、カーテン越しに差し込む鈍い朝の光の中に浮かび上がっていた。オレはそれを観察しようとして、じっと息を潜めた。わずか数秒間のこと。だがロエナはその張り詰めた空気を察知したのだろう。
「.....チェック・レス....チェック・レス(チェックしないの!)...」
言葉ともうめき声とも分からぬ音声を、深い眠りの淵から湧き立つ気泡のように、ポツリと発したのだ。
寝息を立てているので眠りに落ちているとばかり思っていた。だが、娼婦の鋭敏な野生はまだ煌々とした目で起きていた。そして、警戒線を越えてタブー領域に踏み込もうとしたオレに対し痛烈な警告を発したのだった....。
オレはベッドからカラダを起こし、そして肩掛けバッグに入れてあった貴重品をスーツケースに移し、センサーつきのカードキーを差し込んでそっとロックした。ギリギリのところで、オレたちは行きずりの者がもつ警戒心で互いに身構えていた。

シカゴ・パークホテル1階のカフェ。小さな楕円形のカウンターには、二、三人の欧米人の先客がいて、すでにビールを飲んでいた。
カウンターの中には、女性がふたり。どちらも見慣れた顔だったが、ひとりはオレが近づくと、じっと視線を釘付けにしたまま、まばたきひとつせずにこちらを見つめてきた。素人だろう。だが、じっさいこの町に住む女で、素人とプロの境界線は見分けにくい。
外見から30歳はとっくに過ぎているだろう。ゴーゴーバーではもう客が取れる容姿とカラダではないが、安さにこだわる男どもが、誘えばどこにでも着いてきそうな怪しいオーラを漂わせている。
もうひとりの女はカウンターの中に腰を沈めていた。時と場所にはまるで不似合いだったがこちらは手鏡を取り出して、先ほどから入念に化粧を施している。カウンターの男たちがそれを見下ろし、客どおしお互いに目線だけで言葉にならない会話を交わし、にやけ、ビールを飲みながら鑑賞している。周囲の視線は計算済みなのだろう。その証拠に、女は手鏡の反射を使ってさっきからこちらをじっとうかがっている。

朝食を済ませたオレは、ホテルのセキュリティに「おはよう」と声をかけゲートを出ると、左に折れてフィールズの方に向かった。強烈な日差し。まるで露光オーバーの写真のように、風景は白茶けて見えた。脳天を焦がすほどの直射日光の下で、すでに裏道に面したカラオケバーがいくつか開店していた。
カラオケといっても、それはサリサリストアのように通りに面した奥が丸見えのオープンエアの店で、小さな部屋の天井からTVモニターがただ吊るしてあるだけの粗末な造りである。客なのか店の従業員なのかあるいは近所の悪ガキたちなのか、まるで見分けのつかぬ老若男女が、店の前の路上に置かれたテーブルの周りにホコリまみれの顔でたむろしている。
「ヘイ!チンチン・タベル・ナ!?」
オレの顔を見るなり、男か女かわからぬ悪ガキのひとりが声をかけてきた。
無視して通り過ぎると、オーキッド・イン・ホテルの前の道の曲がり角で、今度は片手にブラシをもった男が声をかけてきた。
「ヘイ、ポリッシイング、ポリッシィング(ひと磨きどうだい)!」
オレは片足を少し持ち上げて、履いていたホテルの部屋に備え付けのサンダルを指差した。それでも靴磨きの男は、オレが通り過ぎて見えなくなるまで「ヘイ、ヘイ!」と声をかけ続けていた。ラスベガスの前を通り、いよいよフィールズに出るあたりにたむろするバイタクの運転手も、しきりと「旦那!旦那!」と声をかけてくる。
フィールズを行き来するかぎりバイタクの外国人料金は、50ペソ。おそらくGOGOのダンサーたちなら10ペソだろう。最近はバイタクにも乗らず、オレはもっぱら暑いさなかを歩いてばかりいる。

「○○さん!」
不意に誰かがオレの名を呼んだ気がした。
あたりを見回すと、オーキッド・イン・ホテルの前に黒いワゴンが停まっている。そして運転席のドアを開け外に身を乗り出して、ひとりの男がオレのほうを親しげに見つめている。
Oさんだった。
昨日から何度か電話をしているのだが、携帯電話のスイッチを切っているのか電波の通じない場所に遠出しているのか、いずれにしても消息がつかめなかった人物だ。
いい意味でも好ましくない意味でも、この土地で顔の知れわたった日本人のOさん。もうかれこれ20年以上もこの地に住み着き、フィリピン人の奥さんと結婚しダウに居を構えている。

20年前といえば、まだクラーク空軍基地に米兵が駐屯していたし、ピナツボの火山も噴火していなかった。その時代からこの地に住み着いているということは、バリバゴのその後の天動驚地、歴史の激動に立会いそれらの一部始終を目撃しているということになる。

「ずいぶん電話してるんだけど、つかまらんね」
オレはOさんに冗談交じりに言った。特に彼と会わなければいけない理由はなかった。狭いバリバゴだから、夜にはどこかのバーでひょっこり鉢合わせにならないともかぎらない。ひとこと挨拶があったほうが、彼の気分もいいだろうという配慮から、彼を捕まえようとしただけだった。あくまでも旅行者に過ぎなかったが、オレもちょっとはこの町で顔が知られるようになっていた。彼がいなければ、日中どこに行ったらいいのかわからず、夜のバーでBFもできないバリバゴ初心者というのでもなかった。
「いや、昨日からちょっと身を隠したもんで.....」
Oさんは、おどけた口調でそういった。冗談交じりではあったが、半ば本心なのだろう。狭い土地に長くいれば、地元の連中どおしだけでなく、日本人の旅行者との間の複雑な人間関係にまでいやがうえにも巻き込まれていく。「地元の名士」にしてみれば、自分の思い通りにならない人間たちのあいだに確執を生み、次から次へと敵を作っていく....。
Oさんは、日本から来たばかりと思われる人のよさそうな初老の男を助手席に乗せていた。
「これから、フラミンゴに行くつもりだけど、よかったら一緒にどうです?バーか、ホテルのカフェのどちらかにいると思いますから」
Oさんはオレを誘った。
どうやら、今のところオレはOさんに悪意を持たれていないようだ。
「そう、あとで顔出しますよ」
オレはそういい、おぼつかない約束をOさんに返して、再びフィールズの方に歩き出した。この町に少し慣れてくると、どこの誰とでも、「濃い約束」がなじまないものだと分かりかけてくる。「あとで顔を出す」とはいったが、行くという保証をしたわけでもなく、仮に行かなかったとしても、Oさんがオレをとがめることはないはずだ。決して双方を縛らない。それが、この国の約束の本質なのだ。

いつもの両替商で、今日一日分と、明日早朝クルマでマニラに向かう分の費用をざっと計算して円をペソに換金した。昨日より円が強く、20ペソほどレートが上がっていた。
「ラニーズ・ツーリスト・ハング・アウト」。やけに気取ったオープンバーの前を通り過ぎようとしたら、中から威勢のいいオネエチャンたちの呼び声が飛んできた。
足を止めてそちらのほうを見やると、女のひとりが叫んだ。
「イカウ(あなた)知ってるヨ!」
オレにも見覚えがある女だった。
去年の暮れ、オレはこの店のカウンターに腰かけて、コーヒーを注文したのだった。なみなみとお湯をたたえたコーヒーカップと、インスタントコーヒーとクリームパウダーの小さなバッグが受け皿の上に載せられ運ばれてきたのを見たときは驚いた。何のことはない、インスタントコーヒーだった。意表を衝かれたが、まあ料金は20ペソだからこんなものかなと納得した。

それから、おもむろにコーヒー・バッグを取り上げ、指で切り開けようと、虚空で二三度それを振って中身を反対方向に寄せようとしたときだった。何ということか、茶色のコーヒー粉末があっとうまに飛び散り、無残にも着ていたオレの白いTシャツの胸にかかってしまったのだ。あらかじめすでに丁寧にはさみで口が切り落とされて開いていることに気がつかなかったのだ。コーヒーを持ってきてくれたバーの女は、あわててオシボリを取りに行き、それから丁寧にオレのTシャツを拭いてくれた。

このときの一部始終を知っているその女が、オレを目ざとく見つけとっさに叫んだのだった。
「あのあと大丈夫だった?」
「もちろんだよ」
あれからもう一年が過ぎていた。しかし、忘れるにはあまりにも鮮烈な「事件」だった。
オレは、その女に引き寄せられるようにして、去年と同じ席に座り、そして同じコーヒーを注文した。女はニヤリとして、奥に引っ込んでいった。それから、カウンター越しにふたりは会話を交わした。暇で退屈していた店のほかの女たちも、オレたちが顔見知りだと知って、興味深げに会話の仲間に加わってきた。

このバーは、地元に住み着くアメリカ人やオーストラリア人の溜まり場と化していた。彼らがどのような人種なのか傍目にはわかりにくいが、風体から推し量るに、旅行者でないことだけはわかる。恐らく、クラーク基地がフィリピンに返還されてもなお母国に帰らず、このあたりに居ついた人間たちではないかと思われる。
本国に帰れない理由があったのだろう。その理由のひとつに、恐らく現役時代にフィリピン人女性と一緒になり、この地に留まることになった事情があるに違いない。

彼らにはどこか裏ぶれた感じがある。腕や胸に判で押したように刺青があり、老いぼれて、痩せこけている....。世界最大のゴーゴーバーのメッカともいえるバリバゴにいても、彼らはバーホッピングさえせず、ただオープンバーで朝からビール一杯で暇をつぶしている。
この地に暮らす元米軍勤務者の年金は、平均すると月600ドル程度だという。養わなければならない家族があるとすれば、これでバーホッピングなどしている余裕はないのである。

12時を過ぎて、日はいちだんと高くなった。外にいるのも苦痛になってきた。エアコンの効いた部屋に戻ると、ロエナはまだ気持ちよさそうに眠っていた。もう十分眠れたのだろう。声をかけたら、すぐに反応した。ロエナは少しまどろみながら、立ち上がってシャワーを浴びに行った。

バスタオルを巻きながらシャワールームから出てきたロエナがいった。
「今日はどうするの?」
「君が住んでるアパートに行ってみたいな」
ロエナは、タオルで濡れた髪を拭く手を止めちょっと驚いた顔をした。
「本気?」
「ああ、本気だよ」
意表を突くオレの言葉だったのかもしれない。しかし、彼女も好奇心の強い女のようだった。お茶目な顔つきをしていった。
「いいわよ。でも、狭くて何にもないから覚悟しててね」
別に一緒に住もうというわけじゃないから、よほどの環境には我慢できるはずだ。
だいぶ以前にも、オレは一度ダンサーに「部屋に連れて行って欲しい」と頼んだことがあった。そのときも彼女は、ケラケラと笑っていった。
「バンブーハウス(竹で編んだ家)だけど、大丈夫?」
「面白そうだな」
しかし、なぜかその希望は果たせなかった。

ロエナはおなかが空いたというので、オレたちはココモスで昼食を摂ることにした。白昼ふたりだけでテーブルを囲むのが少し窮屈だったので、オレはロエナの店に早番でもう出勤している友だちを呼んだらどうかと勧めた。そういう配慮を、ロエナはいつも歓迎した。ロエナはアパートを一緒に借りているルームメートを誘うことにした。
男はふたりだけの時間を独占したがるのが普通だろう。しかし、フィリピン人は家族とともに友人をことのほか大切にする。友人は日々の精神生活で重要かつ不可欠なファクターだ。遊び歩くときには、ロエナの友人を伴っていたほうが、彼女の魅力もいちだんと輝いて見える気がする。そして、友人からも彼女自身からも、オレに対する気遣いを強く感じるのだ。

バーは、ココモスから歩いて二、三分のところにある。まずそこに立ち寄って友人を伴い、三人でココモスに入った。友人はすでにバーのユニフォームを着ていた。Tシャツにショートパンツがすごく新鮮に見えた。ダンサーではなく、ウェイトレスの格好なのだ。給料はダンサーに比べれば格段に安い。しかし、やむをえない事情があるのだ。
「彼女バージンなのよ」
ロエナは、ルームメートを紹介するときそういった。
「じゃあ、バーファインはできないんだね」
ロエナは、彼女のほうを向いて、私の言葉をつないだ。友人は大きくうなづいた。

バーには、一般的にダンサーだけでなく、ウェイトレスもGROもいる。バリバゴではそのなかにかなりな数のバージン(チェリー・ガールという)が混在している。原則的にはすべてがBFに応じるが、どう交渉してもチェリーの中でBF自体ができないコも多い。仮にBFがOKのコでも、ソクソクはしないという約束が必要だ。その鉄則を破ると、大変な事件になる。ただし、チェリーだからといってそのコが未成年者だということではない。フィリピンでは、30歳を過ぎたチェリーが信じられないほど多い。恐るべしカトリック教国である。

昼食を終えて友人はバーに戻った。オレは彼女に従ってマッカーサーアベニューの方に歩いた。そしてマウンテンビューの横道に入ると、そこでバイタクに乗った。10ペソだという。オレはジーパンのポケットからしわくちゃになった10ペソ紙幣を取り出して、ロエナに渡した。ロエナと一緒にいると、なぜかこの町の物価が極端に下落したように思えた。
マウンテンビューをバイタクは猛スピードで走った。全身に当たる風が心地よい。しばらくしてバイタクは左に折れ、舗装されていない小路の奥まった場所で停車した。

色鮮やかなハイビスカスの咲く小さなサリサリストアの前でオレたちは降りた。ロエナははにかむようにしてオレの手をとり、もう一度「狭いからね」と念を押し、店の横の暗い通路に案内した。
店の中には若い男がひとり、商品の山に埋もれるようにして座っていた。警戒の目でオレの姿を目で追い、じいっとにらみつけるようにしていた。

通路の左手にドアが三つ開いていて、日本でもよく見かける賃貸の間借りアパートのようだった。家屋に入り込んでから板敷きの廊下にずらりと並ぶ部屋のドア....。あれと同じ印象だった。ただし、フィリピンでは靴を脱いで家屋に入る習慣はない。だから屋内とはいえロエナのアパートの廊下は土のままだ。そこに面したドアの前に、表札のごとく居住者の名前のプレートが下げてあった。プレートのデザインと、吊り下げる紐から、あきらかに女のコが住んでいるのがわかる。ドアのひとつを開け、ロエナはオレを中に招き入れた。オレは靴のまま期待と興奮に衝き動かされるようにして中に上がり込んだ。

踏み込んでみてオレは驚いた。狭くて汚いと、彼女はしきりに念を押し弁解ばかりしていたのだが、私が想像していたよりはるかにそれは広い部屋だった。空間の大きさから言えば、日本の平均的なアパートの方がはるかに「貧弱」だった。

切り詰めてギリギリの生活をしている彼女たちが、もし日本に来て日本人の住まいを見たら、きっと日本人てなんてかわいそうな人たちだと思うのではあるまいか。少なくとも、日本の劣悪な居住環境の中で、たこ部屋のような狭い空間に押し込められているフィリピンパブの多くのタレントたちに比べれば、いま目の前にいる女たちのほうが、はるかに恵まれていることだけは事実だった。

しかし、そうした比較をこの彼女たちが知る由もない。そして、夢の国日本にあこがれ続けている。地理的にも社会階層的にもこの奥深いバリバゴの底辺に暮らす女たちにしてみれば、日本に働きに行けるということは、夢のまた夢、手の届かない幻なのだった。マニラに行けるということでも、夢物語なのだ。

見回せば、確かに家財道具のようなものは何一つ見あたらなかったが、地方から働きに来ている仮住まいの彼女たちを考えれば、それは質素ながらよくこぎれいに片付けられていて居心地のよさそうな空間だった。友人と分け合うベッドがひとつ。あとは、床に置く大型の扇風機が一台。それ以外には何一つなかった。
部屋の中にトイレ兼洗顔所があり、シャワーはなかった。これで一ヶ月の部屋代が2000ペソだという。それをさっきココモスで食事した彼女とふたりで分け合っている。月1000ペソでこんな空間に住めるのなら、オレも借りてみたいと思った。

しばらくして、部屋の物音を聞いた隣室の女のコたちが、集まってきた。同じバーで働く遅番のダンサーやウェイトレスのコたちだった。昨夜オレがレディースドリンク(LD)を振舞ったばかりで、お互い顔見知りだった。ひとりは、寝起きの状態で、薄いネグリジェ姿で現れた。
ロエナがオレに向かって、ここに座りなさいといいながら、自分の腰かけているベッドをポンポンと叩いた。自宅に帰った女のくつろいだ振る舞いと表情が、やけにまぶしく見えた。オレはすっかり好奇心のとりこになり、ただ部屋の周囲を何度も見回していた。日本にいても、若い女の部屋に上がりこむことなどあまりなかった。
オレが写真を撮りたいといったら、ロエナはちょっと待ってといい、それからトイレに入って一番気に入ったノースリーブのシャツに着替えた。そしてうっすらと化粧を施して出てきた。トイレの前に立つと、少しおどけてみせたりした。オレがカメラを取り出すと、それからはみな思い思いのポーズをし、きゃあきゃあとはしゃぎ回り部屋の中は騒然となった。

「今度きたときは、ここに泊まろうかな」
オレは冗談交じりでいった。
「いいわよ、でもふだん男は出入りできないの」
「でも、オレはいまここにいるじゃないか」
「あなたは特別なの」
「どうして?」
「どうしてなんでしょう...?」
ロエナは、ケラケラと笑って体をベッドに倒した。
「大家さんっているの?」
「さっき会ったでしょ。あの男が大家さん」
「ええっ!?あのサリサリストアの男かい。じゃあ、彼と仲良くしておかなきゃ」
「そうしたら」
ロエナは冗談とも本気ともとれる複雑なアドバイスをした。
居合わせた女たちのなかで、外見上はもっとも年齢が下に見えた彼女だが、実際には一番の姉御肌だった。

ロエナのアパートで時間はあっという間に過ぎた。同僚の女のコたちも、遅番の出勤時刻が近づいていた。オレはロエナを連れて、もう一度バーに行くことにした。サリサリストアの前でまた写真を撮りたいと思った。
レンズの真正面に彼女を収めようと、その位置ばかりを気にかけてシャッターを押したが、出来上がった写真のフレームには、あでやかなハイビスカスの花が取り込まれていた。のどかで平和な空気がただよう素敵な写真になった。
過去に東南アジアを巡り歩き撮りためた写真のなかで、オレはこの写真がもっとも気に入っている。

バーに戻り、オレはマネージャーに今夜もロエナとバーホッピングして遊び歩く意思を伝えた。夕方まで彼女を自由にしてあげようと思った。オレも少しひとりになりたかった。6時ごろまた迎えに来るからとロエナに言い残して、オレひとりバーを出た。そして再びホテルの部屋に戻り、シャワーを浴びてしばらく眠った。