東京夜話(Tokyo Night Walker's Eyes)
取材秘話と断片スケッチ

秘話その6  「誕生パーティ」の謎

<reported by ブルゴス伊藤>

  2003年夏 新宿歌舞伎町−

大げさにいえば、ひょっとしたら日本におけるフィリピンパブの歴史的役割は終わってしまったのではないか、ふとそんな思いに襲われるときがある。長い間歌舞伎町界隈を徘徊していると、その盛衰が手に取るようにわかり、危惧が現実のものになりつつあるような気がしてならない。
 かつて歌舞伎町といえば「台湾クラブ」が頂点を極めていた時代があった。ほぼ時を同じくして「韓国クラブ」も張り合っていた。どちらも、今のように「看板倒れ」ということもなく、紛れもない美人ばかりがうごめいていた。
 やがてタイ人がはびこり、その大胆な底引き網商売で男の好奇心を根こそぎさらって行った。そのころのタイ人はすぐにわかった。表向きはレストランを装っていた店には、なぜか客でもない無数のタイ人女性がたむろしていて、強制的にあてがわれた違法な薬物に縛られ、いつもうつろな目をしていた。さすがの開放的なタイ女性も、正常な意識ではあの過酷な商売をこなしていられなかったのに違いない。自ら浴びるように薬物に走った人々も多かったと聞く。
 その台湾人も、韓国人も、タイ人も、就労移民たちはことごとく日本から姿を消した。いまいる連中は、過去の名残りやしがらみを引きずっているマイノリティ(少数者)だ。
 彼らに代わって登場したのが、中国人(大陸人)とフィリピン人だ。中国人はクラブのみならずエステの世界を制覇し、フィリピン人はカラオケパブを中心に日本人の男たちを狂わせ、ついには盛り場のコンビニの棚にはいつのまにか「サンミゲル・ビール」が並ぶようにまでなった。
 かつて隆盛を極めたタイ人は、わずかに人目を忍んで西武新宿駅近くの路上に立つ「日陰者」に落ちぶれていった。
 しかし、中国クラブ、フィリピンクラブのどちらを取っても、その全盛期はすでに遠く過ぎ去った感がある。昨今はロシア人やルーマニア人にとって代わられようとしている。
 新人フィリピーナの来日機会は極端に少なくなり、古株連中の働き場所も激減している。長い景気の低迷で客足が減少しているため、「確実に客が取れる新人」か「客をしっかり捕まえているベテラン」を除けば、中途半端なフィリピーナが働く機会はなくなりつつある。あと2〜3年もすれば、フィリピンパブはかつて筋金入りの台湾クラブやタイクラブが歴史の役割を終えて消滅したように、まさにそれと同じ運命をたどるのではないかと予想している。

そんなことをかたわらでつらつら考えながら新宿・上野・錦糸町あたりを徘徊しているうちに、そういえば最近やけに知り合いのフィリピーナから「誕生日の誘い」なるものが多いことに気づいた。もう10年以上も、あちらこちらに出入りしていれば、交際範囲も自然と広まり、ババエの「誕生日」に遭遇する機会も多くなるのは当たり前.......。
 いや、かつてのオレならばそんな風にお人よしに受けとめて、誘われるがままに花束のひとつも持ち、ただ好かれたい一心でクラブに通ったかもしれない。しかし、最近のオレはずいぶんひねくれモノになったものだ。誘われただけでは行かないし、行ったとしてもプレゼントひとつ持って行くわけではない......。
 ずいぶん冷たい客だと思うかもしれないが、それにはわけがあるのだ。
 仮に合法的に滞在している「タレント」と称するフィリピーナでも、滞在できるのは最長で6ヶ月。そのババエたちが、なぜか必ずといっていいほど滞在期間中に日本で誕生日を迎える。偶然にしてはできすぎていると思わないか。
 彼女たちの「誕生日」というのは、実はオレたちの間でよく「うその誕生日」と呼んでいるものであることが多い。誕生日というのは、集客のプロモーションのきっかけとしてなくてはならないものであるから、どんなタレントでも(いやアルバイトでも)滞在中に店と結託してかならず一度は誕生日を強行する義務があるのだ。日本滞在期間中に本当の誕生日を迎える場合にはそのまま決行するが、期間中からはみ出ている場合には店のスタッフと「いつにでっち上げる」か相談をして決めるのがふつうである。
 「本当の誕生日」が近づいているとはいえ、パスポートを偽造して来ていることも少なくない連中なのでややこしい。事情によっては、正真正銘の誕生日を晴れがましく人前で祝えないこともあるのだ。
 結論をいえば誕生日というものには以下のような種類がある。
 
@正真正銘の自分の誕生日
 A来日の際に使用したパスポートの他人名義の誕生日
 B集客のために店とでっち上げる「うその誕生日」

 このように、フィリピーナが口にする誕生日とはそもそも複雑で、いかがわしいものなのである。
 そうした「誕生日」に誘いを受けても、花束やプレゼントを持っていく甲斐がいしさは「カモの客」にすべて任せておくにことにしているのである。当方がしてやることといえばせいぜい店の隅っこにいてあげることぐらいだろうか。席をあわただしく移動して、駆けつけた客どもからプレゼントをもらうたびに、時々苦笑してこちらを振り向くババエと複雑な思いの視線を絡ませながら、祝いのしるしにとピョコリと舌を出してあげることぐらいが関の山でして.....。
 とはいえ、知らなくてもいい事情を知ってしまった人間は、必ずしも心中穏やかではなく、そんなとき「純粋に騙されていた頃の心地よさや適度なせつなさをあらためて懐かしみ」ながら、ユーミンの「あの日に帰りたい」を歌ったりしているオレなのである。


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