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新地城


<別 名>
 蓑首城。

<場 所>
 福島県相馬郡新地町谷地小屋
 

<現 状>
 新地城跡公園
(解説板、曲輪、土塁、空堀、虎口)


◇歴史◇

永禄九年(1566)年頃、相馬盛胤・義胤父子が亘理元宗に加勢すべく出陣する拠点として築城され、門馬雅楽助や泉田甲斐を城代として置き、西館には杉目三河を配置した。
天正十七年(1589年)五月、伊達政宗は相馬義胤が田村に転戦している留守を突いて、新地城と駒ヶ峰城を攻め落とした。政宗は亘理重宗に新地城を与え、坂本三河が城代として居した。慶長初期には大町三河を城代としたが、慶長五年(1600年)に坂元への引き上げが命じられており、この前後に廃城となったと推察される。

◇攻城記◇

新地町役場から国道6号線を北上して800メートルほど進むと左手に看板が出ているので、ややUターンするような形で農道に入り、看板通りにまっすぐ西に進んで行くと北側に城址がある。現在は新地城跡公園として良く整備されており、主郭を中心に東館、北館、西館と呼ばれる曲輪が広がる。主郭周囲を囲む内堀は湾曲した構造で、訪問時にはちょうどチューリップ祭りが開催されて堀の中も曲輪も一面にチューリップが咲き誇っていた。こういう遺構を残しながらの利用は有難いことである。

訪問日:@2012.04.28


◇見どころ◇

本丸と北屋形の間に横たわる内堀。ちょうどチューリップ祭りが実施されており、空堀全体にチューリップが咲き誇っていた。

本丸と西館を結ぶ土橋。

本丸内部にも土塁に沿ってチューリップが植えられている。

西館の中心は本丸からやや離れた場所に位置し、城内最大の削平地を持つ場所である。


◇参考文献◇