夏夢夜話

ハード/PS2
発売日/2003年8月28日
メーカー/KID
値段/6800円
備考/特に無し


 相変わらず、ひっそりと発売されひっそりと立ち消えていったKID作品の一つ。
 とは言え、熱烈なKID好きな自分としては移植ではないオリジナル作品というだけで胸が躍る次第である。
 また、いつものような世界を魅せてくれるだろうか。

 主人公・青海伶二の妹・綾香の死から、数年後を迎えた夏の日。街を離れていた幼馴染み・涼子との再会と、 もう一人の幼馴染み・小鳥・・・3人の間には、綾香の死と長い時間によって大きな溝が出来てしまう。
 そして伶二の元に送られてきた差出人不明の絵本の個展の招待状、彼は二人のいづれかを個展に誘うことにした・・・

 ・・・実際はもうちょっと複雑なのだが、三行で表現出来るプロローグはこんな感じ。実際招待状が届くのは涼子が帰ってくる前だし・・・
 さてそれはさて置き、まず本作をはたして「恋愛ゲーム」と言っていいものか、非常に悩むトコロである。
 本項で最初に述べたように、基本的に「恋愛要素が含まれている」上で「過程的恋愛」をなぞっている作品を「恋愛ゲーム」として扱うとしました。 しかし、本作は確かに恋愛要素は含まれているとはいえ、そこに過程的なものが含まれるのかと考えると、少々捻りたくなる箇所も見られる。
 でははたして過程的なものは何かと問うならば、基本的に「主人公と対象キャラクターの触れ合い」であったり、「物語性を伴った対象キャラクター を主軸にしたシナリオ」であったりします。
 それはいいとして、本作の場合その境界線が非常に曖昧な構成をしているため、かなり特殊なものとなっています。
 本題に触れる前に、まずはシステムをば。
 基本的にいつものKIDベーシックスタイル、選択肢による状況変化のオーソドックスなテキストノベルタイプです。
 その他周辺設定、スキップやバックログ、セーブ機能に詳細設定変更など、ノベルタイプに必要なものは完備。まぁいつものことと言ってしまえばそれだけなのでしょうが。
 気になった点といえば、通常(つまり、スキップ状態ではない)時・音声ONで、対象キャラクターの台詞がテキストウィンドゥ内で複数節(つまり、音声データとして構成されている セリフが複数使用されている)ある場合に、○ボタンや×ボタンなどといった テキストを先に進めたりキャンセルしたりする行動が不可能になること。
 ちょっと説明が分かりづらいので、図で説明すると・・・

キャラ「【おはよう】」

 というような1シーンがあったとします。この場合は【おはよう】と一節・一つの音声データでテキストウィンドゥ内が完結しているので、○ボタンなどで普通に音声をキャンセルして先のテキストに 進むことが出来るのですが・・・

キャラ「【つまりそれは・・・(中略)・・・というとだ。】【それでは君は・・・(中略)・・・なのか?】【まさか・・・(中略)・・・とは言うまい。】」

 このように、テキストウィンドゥ内で複数節・複数の音声データで一つのセリフを言わせる場合には、最後の節に至るまで音声をキャンセルし先に進ませることが出来ないということです。ちなみに、 上述した二つのセリフは夏夢夜話本編にはなんら関係ない適当にでっち上げたものなので、その辺はスルーで。
 と、強いて言うならここがちょっと気になったくらい。音声はONにして、テキストを読んだら飛ばすプレイスタイルなもので。
 ではシステムについてはほぼ問題ないとして、重要になる内容の方を。
 ちょっと回りくどい話をしますが、まず「夏夢夜話」のジャケットイラスト・・・涼子と小鳥がじゃれあっているもの・・・を見て、ついでにこの二人が主人公と幼馴染みであることを踏まえた上で考えると、 普通はよくあるダブルヒロインの作品だと思うはずです、勿論自分も思いました。
 その後、主人公の妹が死んで・・・一人は主人公の側に残り、一人は遠く離れて、そして数年後戻ってきたところからお話が展開するというところから考えると、「妹の死」を主軸にした二人の幼馴染みと それぞれ相互するテーマや内容で攻めてくる作品ではないだろうかと思うはずです、勿論自分も思いました。
 なるほど、つまり主人公の側で「変わらないもの」を見てきた少女と、そこから離れて「変わっていくもの」を見つめる少女とかそんな感じな設定を土台にして、ダブルヒロインと共に相似する他ヒロインを 配置し、夏を舞台にした儚げな物語を構築しているのだろう・・・タイトルも何かそんな感じだし。
 多分そういう話だと、プレイする前までは思っていたんですけどねぇ・・・
 ええと、はっきり言ってしまうと本作は純粋な「恋愛ゲーム」ではありません。確かに恋愛ゲームではあるのですが、「恋愛ゲームを隠れ蓑にした教訓ゲーム」と言うのが適切だと思います。そして、多分 この作品をプレイした人のほとんどがそう感じたと思います。むしろそう信じたいです。
 本作、プロローグとして上述したように、主人公の妹・綾香の死と長い時間のせいで、主人公の伶二を含む幼馴染み三人の仲は、久々に会ったにも関わらず険悪なムード。そこで取り出しましたは 差出人不明の絵本の個展への招待状、ただ券は二枚しかない。伶二は二人のうちいづれかを誘うことにする。
 そして訪れた個展、そこは童話作家・星野碧の連作「フェルネラント」を模したものだった。無論、伶二や小鳥も星野碧作品を読んでいる。
 だが、その個展で三人は(片方どちらかを選んでも)鉢合わせてしまう。余計にこじれる関係。
 そんな中、伶二の元に不気味な男(?)が現れる・・・その名は「ペルソナ」、そして童話の中に登場した人物。
 不鮮明なペルソナの言葉に導かれて、伶二が迷い込んだ場所は・・・そう、実際には存在しないはずの「フェルネラント」そのものだった・・・!
 と、何だかよく分からない展開ですね。つまり、本作の舞台となるのは、夏の日差しも眩しい海沿いの街でもなく、黄昏に暮れなずみ物語を加速させる夏の学校でもありません。その舞台は現代でも現実でもない、 劇中作品として登場したはずの仮想世界である「フェネルラント」である。
 この、何故か現実として主人公・伶二の世界を侵食してしまった童話世界である「フェネルラント」が、本作のキーポイントになるのです。
 で、このフェネルラントですが、劇中に童話として登場することもあって、そのイメージは現実に存在する童話・幻想文学のソレに即しています。むしろ、各所にそれとなくネタが忍ばせてあるので、童話や幻想 文学が好きな人ならニヤリと出来るかも。それこそ、ルイス・キャロルや宮沢賢治、マザーグースとかそんな世界なので。
 まぁ、そんな世界の中、伶二は様々な人達と出会いながら、現実に戻る旅を続けるのです。
 ・・・これだけで、一般的な「恋愛ゲーム」とはかけ離れていることはお分かりですね?
 あまりネタバレは避けますが、一応フェネルラントにも女性キャラクターは登場しますし、その対象となるキャラクターとのシナリオも確かに存在します。勿論、エンディングだって迎えることも出来ます。
 ですが、その全てがバッドエンドです。
 本作において、フェネルラントに登場する全てのキャラクターはあくまで主人公の道標であり、依存する存在ではなく生きる教訓である。
 それこそ童話・寓話的である・・・このあたりの設定は最終的には解決されるのだが、本作は「恋愛ゲームという皮を被った、大人のための童話」みたいなものだと思ってくれればいい。
 つまり、歯が浮くくらいドキドキな展開とか、胸が締め付けられるほど切ないシナリオとか、のた打ち回るくらい愛くるしいキャラクターとか、そんなものを求めている人は止めた方がいいです。本気で。
 ただし本作にも強烈な武器はあります、それは何といってもテキスト表現、コレに限ります。
 本当にコレはKIDが作ったのかって疑問に思うくらいテキストが秀逸です。今までの無駄に比喩的で抽象的で、分かりづらくて読みづらい(いや、それが味なんだけど)テキストが多かったKIDなのですが、 本作は比喩・抽象表現における言葉の選別などが半端じゃなく的確で、意味の汲み取りなどライターが勝手に解釈しているだけではなく、読み手に感じさせる・思考させる材料と余裕を与えてくれている 絶妙なテキストに、好感と羨望を覚える。もぅ、コレでちゃんとした恋愛ゲームだったら名作になれたかもしれないと嘆くくらいには。

 そんなワケで。
 本作をプレイするには、まず「一般的な恋愛ゲームの解釈を捨てる」こと、「童話的な教訓、幻想文学的な抽象表現で埋め尽くされた文章が好き」なこと。それから1プレイ時間が桁外れに長いので、前記2つを 踏まえた上で「長時間相当するテキストを読んでも問題がない」ことが前提になると思います。特に、「学園恋愛モノ」もしくは「異世界恋愛モノ」を想像していると痛い目を見ます。
 いや・・・勿論魅力的なキャラクターは多数存在するんですけどね・・・それこそ、小鳥や涼子がどうでもいいって思えるくらいに。
 それでも、本作は安易に女性キャラクターとのハッピーエンドを量産しなかったところも評価に値するとも思いますね。それだけ、企画段階で構想が練られていたんでしょうが。
 ちなみに俺は楽しめました、ええ、かなり好きです。
 教訓ゲームとはいえ、その表現は対象女性キャラクターを仲介して表現されます。もうその演出とか思想・構成にいたるまで、個人的には直球ど真ん中。元々説教臭い話は大好きなので、思わずグッときてしまった シーンもちらほら。
 上述したようにテキスト表現も秀逸なので、少しでも興味をもたれたらプレイすることをオススメします。
 小鳥編・涼子編と各三部構成なので、それぞれ一部ずつ読んでいくと良いかも。
 ・・・早くこのスタッフで新作製作してくれないカシラ?

 だから小鳥も涼子もどうでもいいからテゥとゲーティアのシナリオをよこせ。



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