アクセス数の雑感集(1)

当ページの内容は古いもの、管理人の追憶の意味しかありません。

目次
アクセス数は多いが勝ち(価値)?
HP制作と運営を楽しむべき水準とは?
アクセスカウンターの数値
バナー交換による相互リンクについて
最強の策は「コンテンツの充実」です!


アクセス数は多いが勝ち(価値)?

アクセスカウンターなるものが数字を示している。数千から数万、数十万から数百万、その数値はホームページ毎に千差万別。時には数千万というサイトすらあるのです。実績数値の大きいアクセスカウンターのサイトオーナーはアクセス数の増大方法について幾多のアドバイスを提供することもあり、アクセス向上の補佐を売り物にする多くのサイトが現実に存在する。挙句の果て 1日50アクセス でネット社会の市民権獲得という意見が容認され、それ以下では「閑古鳥サイト」なるクラスに分類されるのだ(偶然ながら50件は臨床医の損益分技点になる外来患者数と同じ程度らしい、・・・ )。これが他ページで引用されたり、あちこちで紹介されたりする不思議な現象があるのです。しかし時には日本から一歩外に出て、アクセスカウンターを設置している海外の個人HPを探してみて下さい。アクセス分析とかSEOは盛んなようですが・・・。

「アクセスの多いサイトは内容も充実」と断言はできません。しかし、「充実した内容のサイトの アクセス数は多い」のも事実です。新聞社のサイトなどアクセス数は天文学的なものでしょう。 とはいえ、個人の作成した真に価値ある内容の文章は学会誌、商業雑誌、書籍などで印刷され 配布され読まれるのが普通なのです。そして国会図書館などに納められ微々たる物でも歴史に残る。 現時点では、ネット上の無償発表よりは印刷物の方に評価が集まり易いと言えるのです。 学会で発表された論文もウェブ公開するケースが多々ありますが、アクセスカウンターは ないのが普通です。学術的内容を考えるとアクセス数自体に意味がないからでしょう。 反面、商用サイトでは顧客獲得の観点においてアクセス数は重大な意味を持ちます。 両極端の間に趣味サイト、趣味と実益のサイト、自己能力宣伝サイトなど無数のホームページ が存在します。『充実した内容のサイト』の概念もキチンと考えてみる必要がありそうです。

とは言え、アクセス清貧サイトのオーナーというのも淋しい限りです。 北行庵は使用文字数は多いがアクセスの少ない「粗大ゴミ」として区分されているかも知れません。 諸々は傍に置き、現実はやはり「アクセス数は多いが勝ち(価値)」という印象を否めないのです。 勝手気ままな記述は「何を言いたいのか」は分かっても、読む人に「何を分け与えるのか」が 不明です。時間と精神力、電話代とPC償却費を消費しながらアクセスする方々に何か有益なものを与える サイトであることが必要なのでしょう。テーマ発掘の才能、文章的な天分、時代的なカリスマ性、 等々を持った人達は別として、面白さと有用性を兼ね備えたサイトの制作は難しいものです。 アクセスして頂けるHPの制作は平凡ながら失敗と努力の積み重ねとなり、制作者が自己のHP にそれだけの価値を見出せるか否かが、その熱意が接続した人達に伝わるかどうかが 鍵とも言えるのでしょう。

ホームページ発足当初から、(1) 友人知人には知らせない、(2) 匿名サイトに徹する、 (3) アクセス数は気にしない、(4) 情報の個人用集積地、(5) ネチケットは尊重、程度の 方針でした。自分でも多くのアクセスを頂けるとは期待はしていなかったことになります。 これでは、ページ作りそのものに楽しみを見つけるだけの唯我独尊的な立場にこだわる しかないのです。
ところが先人のアドバイスを調べますと、この条件でもアクセス増加法として使える手段が かなりありそうです。それらを参考に自分なりに出来る限りの試行錯誤を繰り返している現状でして、 このセクションは「How to do.」の教授を狙ったものではありません。
本当に個人的なHP格闘録なのです。

しかも北行は8ヵ月のHP経験しかありません。僅かな経験から学んでいる最中です。 アクセス論の真似事を書く資格などありませんが、若い時から調査の経験(仕事・趣味)がありました。 自分が抱いた疑問は少しでも解き明かそうとするクセを持っており、 その本能に従って調べながら記録として経験を書いたのがこのセクションともいえます。 「私」がかなりの説明に入り込んでエッセー風になっているのはこの為です。
IT技術は日進月歩で、サイトを更新し続けるのは大変な努力が必要です。 取り残されたサイトも日常的に発生しているのが現状です。 新参者のページには未熟さと同時に新鮮味が多少なりとも自然に混じっています。 その意味でも御参考になるかと思います。

大きなことは言う資格はありませんし、お薦め出来るアクセス増加策も確信を持てるのは僅かです。 お読みになり、ご自分のサイト制作に有用な事柄をご自身で見つけて頂く以外にありません。 何も見つからず何も得るものが無かったら、「スミマセン。お気の毒様」としか申し上げられません。 その点はあらかじめご承知おき願います。 (2002.07.06 記)


HP制作と運営を楽しむべき水準とは?

「アクセス数の考察」では一般に提唱されている多くのアクセス改善策を復習し、北行の経験を織り交ぜて記述したページが柱になっています。重要なのは、「日50回のアクセスでネット社会の市民権を獲得」という意見がありますが、これは既に成功しているサイト向けという立場をとっている ことです。商用サイトなら日に50回のアクセスでも成功とは言えないかも知れません。さらにビジネスの世界には アクセス数より遥かに重要な数値が幾つもあるのです。
しかし発表系の趣味サイトには厳しすぎる。これを裏付ける数値例を事例でもって提示しようと試み ています。商用・純趣味サイトの双方を有するプロバイダーの発表データによれば、 個人サイトへのアクセスは「平均」としてはそれ程に沢山ある訳ではない・・・。 日に10〜20のアクセスがあれば、数値的には一応は満足してよいと考えられます。 そして、より充実したホームページ制作と運営を楽しむべきと言える水準でしょう。

数値的目標を高めに設定すること自体が悪いとは考えませんが、コンテンツへの理想とか夢とか 具体的な指針などがあって、数値目標と同等かそれ以上に強調されても良いと思うのです。 何故なら、ホームページの内容は制作者の頭脳そのもの感性そのものです。 頭脳の内容を充実させ感性を改善することは個としての人間にとり素晴らしいことのはずです。 飛躍をお許しいただいて書添えると、制作者のみならず閲覧者にも良質の波及効果が期待できるのです。 HP制作が個人の自己改善の道具として有用ならばインターネットの存在意義も増すというものでしょう。

先日、イタリア滞在者のイタリア旅行記を拝見しました。そのHPは1997年7月に公開され5年間で 約12000のアクセスを示していました。平均すると日6.6アクセスとなり、ぺんぺん草以下(失礼!)と言われる かも知れません。しかし遺跡と風景の珍しいアングルからの写真、作者のお人柄が滲んだ簡潔な説明文、 今春訪ねたイタリアを思い出しながら1時間も楽しませてもらいました。 管理者が登録審査するリンク集で見つけた旅行記でした。はっきりと北行の経験を申しますと、 日に数百アクセスなどという人気の個人ページでこのように楽しむことは無かったと思います。

ここで、アクセス清貧サイトのアクセス数の意味を考えてみます。 この例で、接続者の1%がキチンと閲覧したとします。 すると1年で24人がこの旅行記を通読し、単なる楽しみも含めてその内容から何かを得たことになります。 5年で120人です。(たったの?) さて、インターネットが無かったとします。 制作者が個人的に友人・知己にイタリア滞在の経験談を話したり写真を見せたりしたとします。 実際には、お付き合いの聞いたフリ見たフリもかなり含まれる。 普通の交友範囲の人達にとって120人に旅行談をゆっくり聞かせることなど不可能に近いと思いますね。 不可能が可能になった。素晴らしいことではないでしょうか? そして、接続者の1%が通読という仮定は弱気に過ぎるのです。オンライン商店ですら、最低でアクセス数の 数パーセントは実販売に結びつくとも言われているのですから・・・。

たまたま旅行記を例に用いましたが、写真や小説やCG等々の発表系サイトも状況は同じでしょう。 コンピュータ分野の壁紙やPC用ソフトや各種JavaScript等々なら作品発表に実用性が加わります。それでアクセス数の規模は大きくなると思われますが、パターンはここでも類似していると推察します。 分野に関わらず、Top 10 とかTop 100 などのサイトは驚くほどのアクセス数を誇り人目を引いている反面で、目立つことなく静かに存在意義を主張しているサイトが実に多いのです。実際にはサイト管理者の卑下的な使用が多いとしても、軽視・揶揄的な表現を用いるアクセス数値は再考を要する、と北行は考えます。当セクションの事例をご覧になれば、統計的な数値によりその理由を理解いただけると思います。 (2002.07.11記)


アクセスカウンターの数値

既に公開されたHPがあるものとして、アクセス数を増やすための多くの議論がネット上に存在します。 アクセスカウンターの数値がそれ程に気になるなら、「自分で数値を上げればよい」というアドバイス(?)まで見かけました。まっとうな方策やクビを傾げるやり方まで、千差万別の諸策が見つかります。その1面を検討してみます。

一口にアクセス数と言っても、実際のHPは幾つかの基本的な構造に類別され、カウンターの取付け方法により補足されるアクセス数が異なったりします。ここでは構造別のカウンター設置については触れませんし、 CGI系又はSSI系カウンターの技術的な相違などにも触れません(勉強不足で分りません)。表面的な事柄のみですが、簡単に説明します。

極端な例として、HPの全ページが納められているディレクトリ (publicフォルダ) にアクセスがあった時のみカウンターが作動するとします。この場合はHPのどの頁にアクセスがあってもカウンターが数値1だけ増加します。 さらにHP内に留まっていればカウンターは動かず、外から再度接続しない限りカウンターは動きません。 この種のカウンターがアクセス数を正確に補足すると考えられます。もちろん、検索ロボット等の情報収集アクセスは除外されなければなりません。(北行はこの種のカウンターの入手先は知りません。使えるのはサーバー側のみかも知れないと思っています。)

通例は接続回数を計測したいページにカウンターが設置され、この頁にアクセスが1回あるとカウンター値が1だけ増加します。トップページの index.html に設置するのが普通です。「更新」ボタンのクリックとかブラウザの「戻る」で接続しても作動しなくとも、同じHPの他のページからリンク形式で接続されると増加することもあるようです。カウンターによっては「更新」で動いたり、HTMLの記述によってはブラウザの「戻る」でも作動してしまう場合があるかも知れません。いろいろなタイプのカウンターがあるので一概に言えない性質の事柄です。ただ、[ (真のアクセス数) < (カウンター値) ] となるケースが実際に存在します。

反面、トップ頁以外の頁に直接アクセスされるとカウンターは動きません。アクセスは補足されないのです。 この場合は、[ (真のアクセス数) > (カウンター値) ] となるのです。

現実のカウンター値は以上の2つのケースが入り混じり、さらにHP管理者の確認目的の自己アクセスが加わります。そして、外部からの接続者であれ管理者であれ、用件を済ますのに1度のみならず何度も短時間にアクセスすることが稀ながら有り得るのです。
稀に、サイト内サーフィング(ページ移動)でカウンター値が上昇するように設置されたものすらあるのです。(北行庵も数例を実際に確認した経験があります。) 結果として、カウンター値は真のアクセス数を示していないと言える。その上に、次の問題があるのです。

オンライン商店のカウンター: オンライン商店 A と B があったとします。仮にサイトそのものは全く同じとして、カウンター値がA店は525, B店が52,511を示していたとします。アクセスした顧客はどちらの店から購入するでしょうか。人間の購買心理として大勢が訪問しているB店を好み、こちらから購入すると言われます。
そこでA店はカウンター値を人為的に2万ほどかさ上げして、20525にしてしまった。新規接続者は一応これを正しい訪問者数とするでしょう。これに似た例は実際にあるそうです。

個人の趣味サイトにも類似のケースが時にはあるでしょう。 繰り返しですが「真のアクセス数」は通常のカウンターに表示されないのです。特にアクセス分析用ではなく、単純なカウンターの場合は、そして、サイト運営者が自ら設置し管理するカウンターなど、その数値を気にするのは程々が宜しいかと思います。しかしネ〜、どんな数値なのか訪問者が見分けるのは難しい・・・。サイト管理者のみ真の値の大凡の見当が付くのです。

では、何故、「アクセス数」に関してこんなに長々と書かねばならないのか?平均的訪問者数、その曜日毎の変動、月毎季節毎の変動、人気のある頁、サイト内移動の順番、等々を知っておく必要があるからです。さらに経由したプロバイダーの情報が必要な場合もあり得ます。より良いサイトの制作と運営にいわゆるアクセス解析が不可欠だからです。表のカウンター値はその情報の1つを大雑把に表示しているに過ぎません。

問題含みで信ずる訳にはいかずとも、HPに「動くもの」があるのは興味の持続に良い影響を与える面もあるのでしょう。 (2003.02.10改訂) (2002.03.27記)


バナー交換による相互リンクについて

サンタス・リンク集: アクセス数には関係ない話題ですが、2002年9月に旅行準備用の変ったリンク集を作ったのです。1カテゴリーに適切な3サイトを選び、そのカテゴリーを網羅する意味でリンク集を1サイト付け加える。1カテゴリーで(3+1)サイトをリストするリンク集なのでサンタス・リンクと名付けました。「サンタス・リンク集 旅行計画にお役立ち」を公開しましたが、自分でこのリンク集を利用することが多いので使い易いのでしょう。
さて、10月1日に全日空と日本航空がリンク集で使用するバナー(ロゴ)を送ってくれました。全日空の場合はサンタス・リンク集を表示する毎に指定のURLにアクセスしロゴをフェッチするようになっている。これを機会に、成田空港のロゴもついでに借用し、リンク集で使用する全てのロゴをフォルダに納め、リンク集の表示の際にロゴのフェッチをしなくても済むようにして、このリンク集も一旦は完成となりました。

バナー交換による相互リンクについて: このリンク集を作成しながら思ったのですが、通常GIF形式のバナーは先方のサイトに置かれています。そのバナーを使用したければ先方に申し出るのです(実際は自由使用を許可しているサイトが多い)。先方が提供しているHTMLプログラムは、例えば、
-----
<A HREF="http://www.accessupup.co.jp/" target="_blank">
<IMG SRC="http://www.accessupup.co.jp/logo_upup.gif" ALT="accessupup" BORDER="0"></A>
-----
のような形式で直リンクされ、ロゴ設置ページがアクセスされる毎にロゴのサイトにフェッチするタイプです。これでは、
(1) 全てのロゴを表示し終えるまでに時間がかかり (高速化で問題は無くなりつつある) 、
(2) サンタス・リンク集に1アクセスあると、ロゴ使用サイトの全てに1アクセスする。

最初に述べたように、サンタス・リンク集では全てのロゴをフォルダに納めて一々ロゴのサイトにアクセスしないようにしています。その理由を明確にするために、相互リンクしている2サイトを考えてください。お互いの相互リンクページに互いのロゴが置かれ、ロゴはリンクページにアクセスがある毎に相互リンク先にフェッチして表示するとします。つまり、相互リンクページの片方にアクセスがあると、もう一方のサイトにもアクセスが自動的に発生するのです。この場合は、一方へのアクセスが知らない無関係サイトのアクセス数増加に貢献していると解釈できるのです。

後日、タイプの異なるサイトを幾つか簡単に調べてみました。ロゴをペタペタとたくさん貼ったサイトの多くはロゴのサイトに接続してその都度ロゴをフェッチして表示するようになっています。アクセス向上を言う相互リンクサイトなどももちろんでした。見かけのトラフィック数が意味ある真のアクセス数(内容に用のあるアクセス数)よりも随分と大きくなるはずです。はっきりと経済用語で表現すれば、アクセス・バブルです。このバブルは、バナー(ロゴ)制作者に仕事を与え、通信会社に膨らんだトラフィック需要をもたらします。これを嫌って全ロゴを自分のサイトに納めるとHP用サーバーにより大きい容量が必要になり、IC需要が僅かとは言え増大します。そして工夫をこらしたロゴはHPの表現に変化をもたらし目新しさを増加させ、予期せぬサイト名の改ざんのリスクもありません。何か、八方円満に幸せをもたらすアクセス・バブルのようですね。
だからこそ、理屈を言うと嫌われる。しかし、経済現象のようなバブルの崩壊はなくとも、ネット社会全体の信用を落とすような作用をしていると考えられます。さらに・・・。

これが、カウンター値に万が一反映していたら、・・・ (確実には知りませんが、ダミーページを先方サイトのロゴページと自サイトのロゴ使用ページの間に設置することで素人にも可能らしいのです。) カウンター値に反映しなくとも、ホームページを置いているサーバーでアクセス数によるランキングを密かに記録していたら・・・。いろいろ考えられます。自分の1アクセスが数十もの自動アクセスの引き金となり無関係サイトのアクセス数増加を引き起こしていたら、変だと思いませんか?やはり、ホームページの容量に余裕があればロゴは自分のサイトのフォルダに納めるのが適切なのでしょう。無意味なトラフィックを減少させ、無関係な多くのサイトのアクセス数増加に加担することもなくなります。但し、先方がロゴのデザインを変更したときに、古いロゴのままになるリスクはありますが・・・。さらに先方サイトが一時的な閉鎖や永久的に消滅してもサイトロゴが自動的に無表示にならない・・・。これらも欠点というよりも解釈しだいです。

旧来の、サイト名とURLを記述するタイプのリンク集は、検索ロボットも必ず情報収集するようですし、見た目の変化には乏しいとしても、まんざら捨てたものではなさそうです。 (2003.12.10改訂) (2002.10.13記)


最強の策は「コンテンツの充実」です!

万人に有効なアクセス増加策が存在し全員がその方法を採用したら、この方策は有効性を失います。 やはり、効果的なアクセス増加策はコンテンツそのものも含めて各自が工夫し考案すべきものなのでしょう。 事実、顕著な有効性が確認される手法が見つかったら、秘策になる・・・。

たとえそうとしても、発表され、語られ、試された陳腐な諸策も捨てがたく、おおいに参考になると思います。 技術が変り、ネット社会が変り、アクセス増加策のルネッサンスがあるかも知れない。 如何なる状況下でも生き続けるものは、サイト管理者が真の興味をもって熱心に制作したコンテンツそのものでしょう。 (2002.07.10記)


( 2003.12.10 新ページに合併 )
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