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アフリカ南部3カ国紀行: 6日目 2013年5月31日
ケープタウンと喜望峰
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喜望峰、アフリカ大陸の西南端 ホテル出発まで
テーブルマウンテン
ボルダーズ・ビーチ
喜望峰とケープポイント、昼食
カーステンボッシュ植物園
ウォーターフロント、買物と夕食
ラグーン ビーチ ホテル (2泊目)

ホテル出発まで
05:30 起床。
06:45 朝食のため早めに部屋をでる。
誰もいないロビーを見歩いたり、外に出てホテル正面の写真を撮ったり、時間潰しでした。 07:05 レストランに入った。こざっぱりしています。
ビュッフェ形式です。オレンジジュース、パン2種とチーズ小片とハム1切れ、メインデッシュ(目玉焼き2個、ベーコン1切れ、ソーセージ2本、煮豆、ポテト3個)、カットフルーツとヨーグルト、コーヒーでした。昨日までのロッジと違い、通常のシティホテルの料理でした。煮豆はイギリスの伝統を引き継いだのかも知れません。
07:30 レストランを出て一旦は部屋に戻った。
07:50 集合場所の正面玄関に行く。皆さん、既に揃っていました。

08:55 バスに乗車、直ぐ出発。霧というか小雨と云うべきか・・・。途中は小奇麗な市街地、欧州的な新しい街の感じでした。

ケープタウン:  オランダ東インド会社による補給基地が当地に作られたのが1652年のことだった。その後幾つかの植民地争奪戦を経てイギリスの植民地となり、現在はヨハネスブルグに次ぐ南アフリカ第2の都市になっている。南アフリカは立法府が当ケープタウン(Cape Town)、行政府(中央官庁)はプレトリア(Pretoria)、司法府はブルームフォンテーン(Bloemfontein)と分かれて立地している極めて珍しい国です。ヨハネスブルグ(Johannesburg)は1886年の金鉱発見後の街ながら、現在は OR TAMPA 国際空港もある最大の都市になっている。
ケープタウンの人口は都市部で約350万人(2007年)らしい。シグナルヒルズを挟んで大西洋岸沿いとテーブルマウンテンに囲まれた地域は欧米系の人達の居住が多いとされる。観光で訪ねる場所は近代的で欧州風の安全な街とされますが、郊外や貧しい地域ではいろいろとあるようです。


テーブルマウンテン(Table Mountain) ●
気流と山容の関係で山上部にかかった雲を地元ではテーブルクロスと呼ぶそうです。テーブルクロスがかかり、テーブルマウンテンの姿を見れない日が多いという。 添Mさんの説明によると、ここ1週間はテーブルマウンテンのロープウェーが動いていなかった。アフリカ奥地や高地で降雪があり、その影響でケープタウンも天候が良くなかったらしい。通常でも2〜3日に1日のオープン程度という。もしテーブルマウンテンに登れなかったら、予定を変えてカーステンボッシュ国立植物園に行くそうです。ただし、添Mさんは今まで50回のテーブルマウンテン・ガイドで登れなかったのはたったの1回のみ、強運の持ち主と自慢していました。なら、お任せです。

08:38 テーブルマウンテンのロープウエー駅近くで降車、すぐ山麓のロープウエー駅に向かった。現時点ではロープウェーは運行中ながら、ここから山頂の駅は見えても両側は純白の雲でした。

テーブルマウンテンはケープタウン市街の南にある標高1086mの岩山(砂岩)で、山上は約3Kmも続く平な岩の台地になっている。珍しい動物や約1740もの植物が生息し、山全体が国立公園です。遊歩道やレストランや土産店が整備されている。山上までの自動車道はなく、ハイキング道かロープウェーで登る。ケープタウン市街から平なテーブルマウンテンを見上げたとき、一端に山頂があり、離れた反対側の一端にロープウエー山上駅がある。標高300mのコル地区の山麓駅から約5分で上がれます。ロープウェーの歴史は古く1929年に開業、1997年に改修されて現在のものになった。このゴンドラの外観は厚い円盤状で床も丸い。上昇しながら床がゆっくり回転し乗客全員が360度の展望を楽しめるようになっている。往路で乗ったゴンドラは故障中で回転しなかったが、帰路のゴンドラは回っていました。

今朝の山上部は残念ながら霧に覆われていたが、テーブルマウンテンの写真を以下にまとめました。


09:45 この頃、ロープウェー山麓駅から外にでました。上を見上げたら、テーブルクロスはかなり薄くなり、展望は良くなっている様子です。一寸した時間差で残念でした。
09:50 バス出発。
しばらくはブルーマウンテンなどを見ながら走り、市街地を過ぎると半島西側の海岸沿いの道となった。素晴らしいドライブウェーでした。半島を横切り、東側の海岸に出る。しばし南下すると小さくも小奇麗なボルダーズ・ビーチのある町になった。

ボルダーズ・ビーチ(Boulders Beach) ●
10:50 この頃、サイモンズ・タウン(Simons Town)にある南アフリカ海軍の施設の傍を通過した。広いグランドで多くの制服軍人が集まり何やら儀式を行っている。説明によると、海軍のメダル授与式が挙行中とか。ウィキペディアによると、『第二次ボーア戦争(Second Boer War)は、独立ボーア人共和国であるオレンジ自由国およびトランスヴァール共和国と、大英帝国の間の戦争(1899年10月11日 - 1902年5月31日)。長い激戦の末、2つの共和国は敗北し、大英帝国に吸収された。』 今日は111年前に第二次ボーア戦争が終結した日になる。何等かの関係があるのでしょうか・・・。

その後すぐに駐車場に入り、そこから歩きでした。
11:04 この頃にビジターセンター到着。テーブルマウンテン国立公園に属するペンギン保護区の入場は有料(大人 45R、子供 20R)です。ツアーなので個人では払わない。簡単な案内ブローシュアーをもらう。それによると、1982年の繁殖可能なアフリカン・ペンギンのペアーはたった2組だったが、False Bay のトロール漁が減少したため食料の魚が増加、それによって近年は約2200羽まで回復しペンギン・コロニーになっている、という。

ビジターセンターから出ると土産を並べる露店があったりする。遊歩道を歩くと海岸近くになり、最初に見たのはペンギンではなく、無数のウミウでした。岩礁の上を埋め尽くす状態です。ウミウ・コロニーですが、餌となる小魚が多い証拠でしょう。ボルダーズビーチの砂は白い綺麗なものでした。陸上の奥までその砂地が続き、低い植物が生えている。そんな陸上の砂地にペンギンは卵を産んで営巣、2〜8月にヒナが生まれるそうです。プラスチック製の大きな筒状のものも置かれ、ペンギンの住処になっている。遊歩道を歩きながら、赤ん坊や若鶏のペンギンを幾羽も見ました。子育て中の親鳥も人間を恐れる様子は全くなかった。安心しているのでしょう。その先にはペンギン集団を眺める観察台も設備されている。勝手に海岸に行くのは難しいようでした。しかし、別の場所ではペンギンと泳げる場所もあるとか・・・。雰囲気は写真にてご覧ください。


注: 多くの日本語ガイドでは「ケープペンギン(Cape Penguin)」となっているようだが、フンボルトペンギン(Humboldt Penguin)属で体長約70cmの中型ペンギンです。別名として、アフリカンペンギン(African Penguin)、アフリカペンギン(Africa Penguin)、ジャッカスペンギン(Jackass Penguin)、足黒ペンギン(Black-footed Penguin)、と呼ばれる。亜種は無い。鳴き声はロバのものに似ている、とされる。ナミビア南部から南アフリカ沿岸部に生息するが、島に住むことが多く、大陸そのもので繁殖するのはボルダーズのみ、という。

11:30 この頃、駐車場に戻り乗車しました。これから喜望峰に向かいます。

移動(サイモンズ・タウン→喜望峰)
11:45 発車後しばらくしたらヒヒの群れが縁石外側の草地で遊んでいる。子連れなので家族でしょう。ヒヒはアフリカのみに生息しており、木に登らず地上生活です。確か近くに住宅もある地域だった、と思います。
11:50 この頃、ビジターセンターを通り過ぎた。喜望峰やケープポイントから西海岸沿いの北に延びる地域は喜望峰自然保護区となっている。大型の動物はエランドやシマウマらしいが、植物は豊富な種類が生息しているようです。

それから白いヴァスコ・ダ・ガマ記念碑を左側の海岸近くに、次に黒いバルトロメウ・ディアス記念碑を右側に見ました。共に頂上部は白い十字架です。
喜望峰を初めて見たヨーロッパ人はポルトガルのバルトロメウ・ディアス (Bartholomew Diaz) だったとされる。1487年に喜望峰やアグラス岬に達してから、乗組員の不満を抑えきれず、喜望峰を「嵐の岬」と名付けて探検をこの海域で終え、ポルトガルに帰ったそうです。
同じくポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)はヨーロッパ人として初めてアフリカ南端を航海してインドに達した。第一次インド遠征航海の1497年に喜望峰に上陸したとされます。 当時のポルトガル王マヌエル1世がダ・ガマのインド航路発見を記念して「喜望峰」と改名したそうです。 英語名 Cape of Good Hope の由来はこれで分かりますが、日本語にする際に喜望峰という山頂を表す文字”峰”を使った理由がはっきりしません。

2つの記念碑を過ぎ、右に海岸を見ながら行くと野生のダチョウが1羽のんびりと歩いていた。初めて見ました。この地域にはフィンボスやプロティアやエリカ(ヒース)が多く生えているそうです。ヒースは多くの種類が分布している、と云われます。

喜望峰とケープポイント、昼食 喜望峰とケープポイント
Table Mountain National Park - CAPE OF GOOD HOPE バスは岩場が続いく海岸沿いに行く。ここの海は厳密には大西洋らしい(最南端アグアス岬で大西洋とインド洋を区分という)。通常は曖昧にインド洋との境の海域とすることもある。
12:11 喜望峰の駐車場に到着でした。駐車所の先の岩や巨石を積み重ねた丸い小山が喜望峰(Cape of Good Hope)です。その麓には記念写真に絶好の標識があった。時間があり健脚なら駐車場から階段状の未舗装登山道があるので頂上に登れるそうです。喜望峰の絶景、が楽しめることでしょう。多くのツアーは麓の標識で写真を撮影し、アフリカ最西南端の記念にして終り。次のケープポイントに向かいます。我々も空いた時を狙って添Mさんにツーショットをお願いしました。
12:18 出発。海風にされされる灌木が斜面を覆うドライブウェーを上がっていった。

12:28 ケープポイントの駐車場に到着。上の地図で駐車場・レストラン・トイレのマークがある所です。小高い場所ですが、旧灯台(地図上のLighthouse)が最高地点(248m?)で、現在は展望台になっている。昼食後にケーブルカーと徒歩で登る予定ですが、まずは昼食となりました。

昼食(Two Oceans Restaurant):  12:30 駐車場の近くにケーブルカー乗場や土産屋などがある。その先の綺麗なレストランに入った。幾つか段差を付けた床に白い椅子とテーブルが並ぶ明るい店だった。飲み物は缶コーラ1本を2人でシェアー。料理はボールにグリーンサラダ、メーンは近海産の小型伊勢海老1本(食べ易く半割)とイカフライ、デザートはアイスクリーム、最後にコーヒーでした。この海域で採れるロブスターやイカは良い味だった、と記憶しています。極薄のカレー味が特色のレストランのようでした。 ケープポイントでの昼食
13:24 レストランを出る。

土産屋に入ったが、特に買いたくなるものも目に入らず、手ぶらで出てしまった。


ツアーから”FLYING DUTCHMAN( さまよえるオランダ船(幽霊船) )”というケーブルカーの乗車券が渡された。ここから自由行動で展望台になっている旧灯台に行く。ケーブルカーはほぼ半分の行程で、残りは整備された登坂を約10分の歩きです。
今日は無風の晴、素晴らしい散策となりました。幸いにも脚の問題は発生せず、旧灯台まで登ることができました。大きな灯台で実際に使用されていたが、248mの高い場所なので霧が発生し易く海から見えないことが多い。止むなく、ケープポイントの稜線の低い場所に新たに別の灯台が設けられました。それで展望台の象徴になった旧灯台の建物です。ここからケープポイントの断崖絶壁と海に落ち込む先端がみえますが、途中にあるはずの新灯台は見えません。ルックアウトという景勝探索の遊歩道を下り切った展望台から見えるという。かなり下がり、また上る。それで我々は止めておきました。ツアーメンバーでは元気な人達が見てきたらしい。

適当に切り上げ、下りケーブルカーは利用せず、昼食をした場所まで歩いて戻りました。快適な下り道でした。
14:35 バスに乗車。ケープタウンまで休息なしで戻ります。

移動(→ ケープタウン/カーステンボッシュ植物園): 
14:40 この頃に出発。
2〜3分後に野生のエランド3頭が灌木の間で眠っていた。かなり大きな体型です。
ケープタウンまでの途中にダチョウ牧場がありましたが、それ以外はウトウトして過ごしたので記憶がない。丁度よい休息でした。


カーステンボッシュ植物園
Kirstenboshc National Bonaical Garden
カーステンボッシュ植物園
テーブルマウンテン南部の東側にある植物園 15:55 この頃に植物園に到着でした。
場所はテーブルマウンテンとデビルズ・ロックの東側(街側)で中心部から車で約10分らしい。英国の植民地時代に金やダイヤモンドの採掘で大成功した実業家・政治家のセシル・ジョン・ロード(Cecil John Rhode)がこの広大な土地を1895年に購入、1902年に他界され、土地を南アフリカに遺贈しました。 1913年にその場所に植物園がオープンしました。

ケープタウン地域は植生が豊富で「ケープ植物区保護地域群」としてユネスコの自然遺産に登録(2004年)されています。当植物園もその一部に含まれます。
南アフリカが誇る植物園でアフリカの22,000種の植物のうち約9,000種が集められているとされます。南アフリカの国花キングプロテアを含むプロテアが約100種もあり特別な区域に植えられている、らしい。この地域に自生するエリカ(ヒース)は種類が非常に多く、やはり植物園に収集されているそうです。ヒースは世界で約600種あり、南アフリカのみで約400種ある、という。旧宗主国イギリスのアイルランド、イングランド、スコットランドの荒地に多くのヒースが自生し、枯れたヒースが長年をかけて泥炭(Peat)となっている。その泥炭を掘り出し、燃料にして生活していた。スコッチウイスキーの製造過程で香り付けにも使われた。それ故、イギリス系の人々には親しみがあるのでしょう。

仕掛け人がいる社会現象で根拠など面白半分の付け焼刃的ながら、あちこちにパワースポットなるものがあり、観光地の売り物になっている・・・。この植物園内にもあったが、謂れはまっとうでした。立派な大木(樹齢は約100年)だった The Breede River Yellowwood が2005年の強風で倒木となった。普通のYellowwoodなら枯れるが、この木は幹から新芽(epicormic buds)がでて見事に再起し、子供らから”The Magic Tree”と呼ばれている、とか。幹がアーチになり、その下で記念写真を撮影すると「よいこと」がある、とされます・・・。生きる逞しさのお福分けでしょうね。同行の皆さんは長生き志向らしく、幹の下に立ち写真を撮ってもらっていました。

17:00 この頃に出発、ベイエリアに向かった。

ウォーターフロント(ヴィクトリア・ワーフ) ウォーターフロント(ヴィクトリア・ワーフ)
ウォーターフロントからテーブルマウンテン 17:15 この頃、ヴィクトリア・アルフレッド・ウォーターフロント入口に到着、降車してヴィクトリア・ワーフまで歩きです。電飾や商店の灯りで久々に文明の世界に戻った感じ、ホッとしたのも否めません。
添Mさんから、モール内のスーパーに案内するが、ワイン等アルコール類は6時までの販売、時刻を過ぎるとモールでも外のリカー専門店でも買えないので先に購入するようにアドバイスがあった。私は赤白のワインと記念のリキュール「アマルーラ(Amarula)」を買いたかった。

Pick n Pay (Water Front) というスーパーに入る。ワイン売り場に直行でした。現地ガイドさんがいうからに「味は良く、値段が安いワインでも結構のめます。」 棚には20〜30ランドのボトルが種類多く並んでいる。出発日の成田空港での両替率は1ランド13.73円でした。 最も安いものは300円程度なのです。「飲める、美味い」と云われても実は分からない。で、裏側に回って、ド素人の常として、高い値段のものを物色した。知識は無いのでシンプルなラベルのものから赤ワイン2本(@119.99)、白ワイン1本(@109.99)をカートに入れた。日本円で1600円前後のものでした。この棚に並ぶワインの価格からは高級ワインになる・・・。
ワインの後に、ワイフは以前に南アフリカ旅行をした人から頼まれていたルイボスとかいうティーパック(Rooibos Teabags/@8.99)を現地ガイドさんから場所を教えてもらい探し出し、カートに幾つか入れた。ガイドブックでも紹介され、何かしら不思議な人気があるらしい。

17:43 これでスーパーでの買物は終わった。商品が何であれ、スーパーのレジの取扱いは日本人の目には雑とか乱暴な感じに写ります。ついでながら、レジ袋(24L)は0.44ランド(約6円)だった。実は、レジ袋をことわり、予備の折畳みバックを使うべきでした。この時は考えすら及ばなかった・・・。

このスーパーのカートはショッピングモール内は使用可能でした。カートを押しながらブラブラしましたが直ぐに飽きて疲れを感じた。休んでいたら、川崎さんが大荷物を両手に持って歩いてきた。「アマルーラを買ってきた」という。果実が熟成するときに自然発酵するという珍しい果物アマルーラで造られたリキュールで南アフリカの特産らしい。シャレタ容器の大瓶1本と土産用ミニサイズ12本入りパックを見せてくれた。ボケーとして忘れていたが、購入予定のものだった。店の場所を訊ねたら時計をみて、「今5時55分だから急がないと店が閉まる。」 ご親切にも大きな重い荷物を持ったまま小走りでモールの外のリカー専門店まで案内してくださいました。小柄な女性でワイフと同じ年齢らしいが、その好意と元気に驚きました。脱帽です。リカー店はちょうど入口の閉め始めでギリギリ間に合い、ご主人が入れてくれました。お陰様で記念のアマルーラ・ミニサイズが購入できました。手持ちランドでは3本しか買えなかったが、土産用ではなく記念品なので十分です。でも、騒いで飛び込んだ割には超小口の買物で気恥ずかしかった・・・。現金+クレジットカードでもう少し気前よく買うと良かった・・・。店の棚にはミニサイズ以外に中瓶と大瓶があった。リキュールとして実際に飲んだり料理やケーキに使う人たちもいるのでしょう。

18:14 リカー店を出るとテーブルマウンテンが暗くなった黄昏の空にはっきりと見える。これが朝だったら、と思う。V.モールの中に戻り、集合場所でゆっくり休んで時間潰しでした。

Pick n Pay レシート ルイボス・ティーパック(Rooibos Teabags)
白ワイン、赤ワイン
リキュール・アマルーラ(Amarula)/土産サイズ

夕食(Meloncino Ristorante): 
18:50 この頃にモール2階のレストランに入りました。その中に1歩入った場所でハップニング発生、手に提げていたスーパーのレジ袋の底が抜け、購入したワイン3本のうち赤ワイン1本が床に落ちて割れてしまった。ガチャンと音がして、入口は瓶のガラス片と血のようなワインで汚れてしまった。何があったか気付いたレストランは直ぐに清掃人(若い現地人女性)を出してモップで後始末をしてくれました。ツアーは既に席についていたが、掃除が終わった時に立ち上がって近づき、無言で多めのチップを上げました。ビックリした顔でしたが、私としては何をどうしたらよいやら・・・、気持ちを表したかった、ということでした。こんなことで、まさか、マネジャーに会うわけにもいかず・・・。
後から、「せっかくのワイン、惜しかったね!」などツアーメンバーから慰められました。でも、白赤1本づつ残ったのは不幸中の幸いでした・・・。

これがツアー最後の夕食です。日本人には馴染み易いイタリア名のレストランですが、パスタならず一風変わった食事でした。初めにオードブル、次にメーンのステーキ切り身入りグリーン・サラダ(正式名ではなく勝手に付けた名)、最後にアイスクリームのデザートです。パンやコーヒーも付いたが写真がない・・・、撮り忘れでした。料理が出てくる間が随分と長いレストランでした。しかし、会話がいろいろと弾み、和やかで良い夕食でした。

シグナル・ヒルズからケープタウンの夜景:
20:15 夕食後は明るいウォーターフロントを歩いてバス乗場に向かった。
これからライオンズヘッド(669m)の山麓にあるシグナル・ヒル(350m)に向かう。ライオンズ・ランプ(Lions Rump)というのが正式らしいが、平日の毎正午に大砲を打ち鳴らすので一般にはシグナル・ヒルと呼んでいるそうです。そのエリアは高級住宅街らしいが、生憎の深い霧で何も見えず、高くなったら雨混じりに変わった。パトカーが停車を命じ、「運転は慎重に」と注意があった程でした。夜景を楽しむはずだった場所でUターン、ツアーの予定にあるので行ってきた、だけに終わりました。
ホテルに移動:
何も見えない山を下り、街中の明るい道に出たらホッとしました。
車内で添Mさんが珍しい話をした。「ホテルの部屋の鍵が開かないことがある。それは喜望峰の地磁気が強くてカードキーの磁気ストラップの内容が狂ったためです。その場合は、フロントに戻って、部屋番号を伝えて磁気ストラップに部屋番を再記録してもらってください。それで鍵は開きます。」
たまにあるのか、何時もなのか、太陽活動と関係あるのか、そこは分からなかった。我々の部屋はフロントから遠い。万一を考えて、カードキーの部屋番号を再記入してから部屋に向かうことにした。


ラグーン ビーチ ホテル (Lagoon Beach Hotel)(2泊目) ラグーンビーチホテル
時刻の記録はないが、多分21時過ぎと思う。ホテルに到着でした。
幾人か添Mさんを囲んで何やら話し込んでいる。終わるのを待つのも面倒になり、直接フロントに行く。カードキーを出して部屋番号を伝える。直ぐに部屋番号を更新し、私の名前を呼んでカードキーを返却してくれました。もちろん問題なく部屋に入れました。

今日一日、ツアーらしい観光日でした。テーブルマウンテン、ボルダーズ・ビーチ、ケープポイント、カーステンボッシュ植物園、ウォーターフロントでは僅かな距離ながら徒歩観光で、合計では結構な歩数だったと思います。運よくヴィクトリア滝の散策ほどに脚は疲れず痛みもでません。全ての観光を無事に終了し、安心しました。もう帰国の移動のみが予定です。

最後の夜、スーツケースのパッキングがある。衣類はともかく、今日購入したワインは用意のパッキンで2重に包み、さらに予備のジーンズで捲いた。小型木彫のキリン2個も簡単にパッキンで包んだのち衣類の間にいれました。
今回はトラベル用の使い捨て下着を使用し、靴下類も毎日処分している。スーツケースに入れてきたペットボトルの水や茶は全て使い終り、余った日本の煎餅類はケープタウンの日本人女性ガイドさんに上げる予定で紙袋にまどめた。大したものではないが、現地生活なら楽しめることが多い。パッキング後もスーツケースは余裕たっぷりでした。
往路で持ち歩いたロストバゲッジ用キャリーケースは機中で使用するセーターなど簡単なものだけにしました。

明朝は早い。シャワーを済ませて早々に休みました。
我々は4時起きの予定で目覚ましをセットした。


明朝の予定:
モーニングコール(4:45)/荷物回収(5:15)/朝食(5:15〜、軽食、0階レストラン前)/出発(6:00)/
注1: 液体と刃物 → スーツケース。
注2:免税手続き品 → 手荷物。
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