旅行記|オーストラリアの旅8日間 ( 2日目/2004年11月07日・日曜 )
シドニー市内観光と自由行動、タワーの夜景
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シドニー国際空港に到着、入国手続き:
07:40 シドニー空港に到着しボーデング・ブリッジが接続された。多少は歩いたが直ぐに入国審査ブースのエリアになった。問題なく通過した。
シドニー
キングスフォード・スミス
国際空港

この空港は上記のとおり長い正式名称をもっている。キングスフォード・スミス(Charles Edward Kingsford Smith,1897-1935)はブリスベン生まれのパイロットです。1928年にカリフォルニア州からブリスベンまでの太平洋横断飛行を初めて達成したり、オーストラリア大陸一周飛行やロンドンから西オーストラリア州への飛行にも成功した人でした。それとは別に、地元の人達はその立地する地名からマスコット空港とも呼ぶらしい。シドニーのみならずオーストラリアの表玄関で、市中まで10Km程度の便利な国際空港です。
08:10 搭乗したQF022の荷物は8番のターンテーブルと表示されている。我々のスーツケースは最初のグループとして出てきたので早かった。今回のツアーはポーター・サービスは無く、何処でも全て自分で運ぶ。ワイフがトイレに行っている間、このターンテーブルのある広い場所の写真を撮ったら女性係官が飛んできて、「撮った写真を見せなさい」という。撮影した2枚をモニターに表示した。ターミナル内の施設の写真とはいえ、単なる風景写真なので「消さなくて良いけれど、これからは撮ってはいけない」と注意された。忘れっぽくて、旅行中は「聞けども聞かず・・・。(前もって)スミマセン。」
08:20 関税の長い列につく。7つの窓口の内4つ開いていた。前の女の子・数人はスーツケースを全部開けての念入りな検査となった。入国カードに適正な記述(マーク付け)をしなかったのだろうか。あるいは若い人は検査の対象になり易いのだろうか。見ていて厳しい印象を受けた。我々はフリーパスに近かったが・・・。

08:32 到着ロビーに出たが誰もいない。スーツケースが早く出てきたので最初に入国したようでした。椅子に座って待つ。その内に皆さん入国を済ませ三々五々集まってきました。

日本人の現地ガイド(女性)が出迎えにきていました。案内に従い、到着出口から少し離れて駐車しているツアー専用の観光バスまでスーツケースを引きながら歩いた。外は明るく晴れて絶好の観光日和だった。歩道沿いや駐車場に並んで停車中の”白い”観光バスが眩しく、奇妙に感じました。 シドニー国際空港

シドニー観光に出発:
シドニー豆情報
シドニー市街地はポート・ジャクソン湾の南岸の都心部を中心にして38の自治体にまたがって広がり、市街地面積は東京特別区部の約2.4倍にもなる。シドニーの歴史は1788年にイギリス最初の入植地として始まり、当時の内務大臣にちなんで命名された。1810年代にマックオーリー総督により市街地が本格的に建設され、当時の建物の一部が今も都心部に残っている。1942年に市となり、20世紀初め以来同国最大の都市として今日にいたっている。温帯性気候で過ごしやすい。
シドニーは歴史的に重要なだけではなく工業生産額が全国の4分の1以上になるオーストラリア最大の工業都市でもある。機械、化学、金属、紙、印刷などの多くの業種が集積されている。港湾は都心部に接するシドニー港と南部のボタニー湾にあり、合わせて州の海外輸出額の3分の2、同輸入額のほとんどを取り扱い、石炭、肉類、羊毛などを輸出している。ボタニー湾北岸のシドニー(キングズフォード・スミス)空港は同国最大の国際空港である。文化面ではシドニー・オペラハウス(1973完成)をはじめ、植物園、オーストラリア博物館、タロンガ動物園、図書館、美術館がある。またシドニー大学(1850創立,同国最古)、ニュー・サウス・ウェールズ大学(1948創立),マックオーリー大学(1966創立)がある。三つの国立公園に囲まれ、東岸のボンダイ・ビーチ、マンリー・ビーチなどは海水浴、ヨット、サーフィンなどで知られている。ポート・ジャクソン湾でへだてられた北部と南部とは橋と旅客フェリーで結ばれるが、とくに都心部に直結するシドニー・ハーバー・ブリッジ(1932開通)は目立っている。50Kmていど西の地域はブルーマウンテンになる。
09:12 観光バス(ボデーにコアラの絵)に乗車、適当に座りました。オーストラリアのバスは日本と違い、全ての座席にシートベルトがある。バスやタクシーでもシートベルトの着用が義務なのです。着用忘れが見つかると、その乗客に凄い罰金が課せられるそうです。さらに、今月初め(2004年11月)に罰金が大幅UPになったとか。もちろん直ぐシートベルトは着用しました。そして、出発。

現地ガイドさんの説明では、他所の国の観光バスは派手に目立つ塗装をするのが普通だが、オーストラリアの観光バスは白く塗られ、ちょっとした文字が書かれた程度のボデーが多い。これはバスの塗装費がとても高くコスト削減のため自然にそうなったらしいのです。我々のバスにはコアラが描かれている。お金をかけた珍しい観光バスとのことだった。 ただ、ロンドン流の赤い2階建て観光バスも走っていたし、主要観光ポイントを巡る定期観光バス Sydney Explorer も赤いボデー、他にも公共交通のバスは青などの塗装を施してあるようです。

車内で現地ガイドさんが両替の注文を尋ねてまわった。我々は各自3万円の両替です。日本円を渡したら、2万円分のAUDと1万円分のAUDが入った透明ビニール袋をくれた。領収書も現金と共に同封されていたのだが、不覚にも旅行中に紛失したらしく手元にない。しかし、手数料込みで、1AUD = 80〜84円程度だったと思います。未払いのオーストラリア空港使用税153AUDを現金で支払えば、残金の小遣いは大した金額ではない。結果論ですが、旅行中の出費は少なく、帰国直前に空港免税店で残金を使用して何とか処分した状況でした。ただし、出費に関しては個人差が大きいでしょうね。

直ぐに建物と緑の多い市街地に入り、だんだんと立派な建物類が多くなりました。まず目立ったのは高いシドニータワー。海抜305mの塔には回転展望レストランがあり、今日の夕食の場所になります。ハイドパーク東側の聖メリーズ大聖堂もそれなりに整った立派な外観でした。ゴシック様式で、欧州の大聖堂のような荘厳な雰囲気があり、ステンドグラスも見事とか・・・。元来はイギリスからの移民が絶対多数でプロテスタント系が主体と思いがちですが、昔はカトリックのアイルランド王国もイギリス(U.K./連合王国)の一員でした。現在はラテン系諸国からの移民も受け入れているので、アングリカン・チャーチなどに所属するプロテスタント系の人達に加えてカトリックの人々も多いのでしょう。
一目でそれと分かる州立美術館前を通過し、ファーム入江とウールームールー湾に挟まれた半島の先まで進みました。 シドニーの風景(車窓より)

ミセス・マックォーリーズ・ポイント (Mrs. Macquarie's Point):
シドニー地区にイギリス人が住み始めてから30年近くが過ぎた1816年に、時のマックォーリー提督(Governor Lachlan Macquarie)はファーム入江を挟む緑に覆われた2つの半島に広大な王立植物園(Royal Botanic Gardens)を設立したのです。提督は岬の先端(ミセス・マックォーリーズ・ポイント)まで道路を作った。そして、提督夫人は岬の先端の岩をくり貫いた椅子に座って港を眺めることが多かった。一説では、ホームシックにかかり、毎日港を眺めては遠い故郷を思い出していたとされます。夫人の座した場所はミセス・マックォーリーズ・チェアー、またはレディー・マックォーリーズ・チェアー、と呼ばれています。

09:47 駐車場は岬の先端近くの小高いところにあった。海辺の周遊路に下りると左にオペラハウスとハーバーブリッジが見える展望所がある。絶好の記念写真の撮影場所です。岬の左が西で右が東、晴れた午前が最も良いとされます。
事実、シドニーを代表する素晴らしい光景が我々を迎えてくれました。青々した空と海の間にヨットの帆とも貝殻を模したとも言われるオペラハウスが白く輝いていました。時折行き交う新旧の観光船やフェリー、プレジャーボートらしき小型船も通る。その左にはオーストラリア経済の中心で人口約400万人の大都会シドニーのスカイクレーパーが見えます。光を反射して眩しいくらいに新しいビル群に思えました。
半島の両側には遊歩道があり、特に西側ファーム入江に沿う道が広く立派です。ミセス・マックォーリーズ・チェアーは先端の東側に寄った場所でした。岩に碑文が彫られ、その下に長い岩のベンチがある。その左に1人用のチェアーもありました。 ミセス・マックォーリーズ・ポイント

10:20 乗車、出発。
王立植物園の中を聖メリーズ大聖堂まで走り、右折して立派な市街地を隣の岬の先端に向かった。ハイドパークからオペラハウスまでの立派な道はマックォーリー通りといい、州議事堂や造幣局などがある。

オペラ・ハウス:
10:35 マックォーリー通りのオペラハウス近く、緩やかな下り坂の途中でバスは止まった。徒歩でオペラ座に向かう。
一段と高い場所にあるオペラ・ハウスと王立植物園の谷間は広場になっていた。植物園側には露店が沢山並んでいる。しかし冷やかす余裕はなく、オペラハウス前の広い階段を登った。入口前からの眺めは素晴らしいものでした。

オペラハウスのデザインは1955年に公募され、32ヶ国から230件もの応募があったそうです。世界的に知られるようになった建物は、 デンマークの建築家 Joern Utzon によるもの、建設費は州の宝くじ収入で賄われたそうです。
このユニークな建物には、コンサートホール、歌劇場(2700人収容)、劇場、映画館、録音堂の5つのホールがあり、加えてラウンジが6ヶ所、レストランが2つ、バーも多くあり、リハーサル用の部屋やドレッシング室などのサービス設備も充実しているらしい。

我々のツアーは中に入りましたが、もちろん歌劇やコンサート等々の鑑賞は予定外で、ホールのロビーなどを見ただけでした。 「レストランかバーで冷たい飲み物でも」と期待したが実は正反対、 「トイレがとても立派なので、必ず御利用ください」 でした。ホントに立派でしたが、「特に感心する程でも・・・」と思います。その後、外で写真を撮りながらブラブラ歩き、東西南北の風景を楽しみました。 オペラ・ハウス

(2007/9/25追記) シドニーのオペラハウスは2007年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。オーストラリアでは2004年に登録されたメルボルンの「王立展示館とカールトン庭園」に次いで2件目の登録となります。(追記・終り)

11:00 バスの場所に戻る。
11:05 出発。

ダウンタウンの土産屋:
11:10 日本人の経営する土産屋に到着。晴天下の風景も長く眺めていると目が疲れるものです。丁度良い一休みとなりました。特に買いたいものがある訳ではなし、ツアコンOさんのお勧めの地元産ユーカリ飴をワイフは2袋だけ購入していました。飴も我彼の違いはあるもので、少し変わった味です。でも、口慰みにはなりますね。人によっては馴染み難いかも知れません。
ユーカリ飴
ユーカリ飴

時間が多少あったので、土産屋のあるキャッスルリー・ストリートを北側に向かって散歩した。ポツポツと著名な欧州系ブランドの店があるので中心街なのでしょう。キングス・ストリートで左折しビッド・ストリート・モールの入口まで緩い坂道を下りました。そこは歩行者天国でしたが入らずに同じルートを戻った。土産屋を出た時に逆の南方向に向かえば、もっと多くの有名ブランドショップが並んでいるようです。

11:55 バスは土産屋前を出発。一旦はハーバーブリッジに通ずる高速道路をくく゜り、その西側のエリアを岬先端に向かった。ピアーワンの先で右折する。そこではハーバーブリッジの全重量(約9千トンとか)を支えるアーチ下部が橋門塔の基礎部から立ち上がっている。この岬の先端から対岸ノースシドニーに伸びるブリッジ底部の曲線を撮影するのも一興かもしれません。私の場合、走行中のバスからの撮影で失敗作しか撮れませんでした。ついでながら、パイロン(橋門塔)の展望台にはこの近くから階段を上がるようです。

昼食(港の見える中華レストラン):
12:00 ロックス地区に到着、下車。シドニーで最も古いセクションになる。建物の間をくねくねと歩き、広々とした岸壁に出た。ここからもハーバーブリッジとオペラハウスが良く見える。でも、これらの風景にはもう食傷気味になりました。
12:05 岸壁の広場にある中華レストランに入った。店名は確かインペリアル・ペキン・ハーバーサイトだったと思います。客室の床が広場より少々低いつくり、広場側に壁や窓はなくオープン、客席からオペラ座がよく見える店だった。昼食は飲茶で、飲み物は温かい中国茶で済ませました。飲み放題でした。うっかり料理の写真は写し忘れたが、春巻き、肉団子、ポーク・リム、チャーハンなど8種類。空腹だったのでマズマズ美味しく感じました。しかしネ、レストランなのにハエが多くてウルサイのです。とても気になりました。ハエに悩む飲食店は、どうやらここだけではないらしいのです。外の鳩までおこぼれを探しに首を前後にヒョコヒョコ動かしながら床を歩いている。暢気なレストランです。しかし、この昼時には欧米系のお客が多く、人気あるレストランと思いました。

食事が終わるとオーストラリア空港税153ドル(約13000円)を添乗員さんが集めて回った。シドニー3回、エアーズロック2回、ケアンズ2回で合計7回の空港使用です。空港税の課税方法は知りませんが、世界1高いと言われる成田空港・施設使用料は2040円だから、国内発着を含めて1回平均が約1857円になるオーストラリア空港使用税は妙に高いと思う。しかし、こればかりは文句を言わずに払うしかありません。その後、もちろん、各自負担の飲み物代も店の人が集金です。ほとんどの人はお茶でしたが・・・。

それからは僅かながら自由時間となった。海近くの岸壁に行きハーバーブリッジ Sydney Harbour Bridge を眺めました。高さ134mもあるだけに、ここで見ると大きなものです。鉄鋼製のシングル・アーチ橋としてはアメリカのベイオウン橋に次いで世界第2の長さ、着工から9年かかり1932年に完成したようです。 先にも書きましたが、橋門塔(pylon)は展望台になっていて登れます。特に早朝と夕刻のシドニーの眺めがすばらしいそうです。さらに、有料で料金は高いらしいが、橋のアーチに登ることもできる。携帯品は全面禁止のようです。今日は絶好の天気、アーチの頂上付近に多くの人影がありました。
次に、シドニー湾の奥サーキュラーキー(Circular Quay/サーキュラー波止場)の桟橋群が見えるところに急ぎました。サーキュラーキーはオーストラリアで最初の植民地となった歴史的な場所です。遠くから眺めたのですが、湾と近代的な建物群のコントラストが良かったです。数枚か撮影したらもう残り時間僅かでした。 昼食(港の中華レストラン)

ホテルに向かう:
13:15 岸壁の広場からロックス地区の道路で待っていたバスまで歩く。全員の着席とシートベルト着用を確認してから出発。
13:28 ブランド・ショップなどが並ぶ商店街を眺めながら、シドニータワーの近くで停車した。実はこのツアーはスタンダード・ホテル使用が基本プランですが、3万円の追加でホテルのグレードアップが可能です。参加者の半数がそのオプションに申し込んでいたのです。グレードアップ組のホテルはシドニータワーの近くだった。そのメンバーを降ろしてから、スタンダード組は下町の繁華街キングス・クロスにあるクレストホテルに向かいました。距離的にも時間的にも思っていた程に離れていません。ついでながら、添乗員さんは旅行中は全てスタンダード組と同じホテルです。

HOTEL(1) ホテル・チェックイン、夕食まで自由時間:
ホテル近くの道路は工事中でした。正面入口にバスを横付けできないので少し手前で下車となった。スーツケースを各自で引っ張りながら交差点を横切り、右手のホテル入口に行きました。
13:45 ホテルに到着。立派なロビーではないが狭くはなく、スタンダードクラスでは普通の感じでした。しばらく待って部屋のカードキー2枚と電源スイッチとなるプラスチックのバーを受け取った。ツアコンOさんから6時15分まで自由時間、ロビーに集合といわれる。

ここで、ホテルのあるキングス・クロス地域に関して、オーストラリア・サイトのエリア紹介を部分的に翻訳してみます。「シドニーに沢山ある下町で最も有名または最も悪名高い場所、それがキングスクロス。ロンドンのソーホー(Soho)に相当する地域です。1930年代にはボヘミアンが多く住み、この状態が1960年代まで続いた。現在でもハイクラス・ホテル、ボヘミアン、売春婦、ストリップ・クラブ、シックなナイトクラブや良いレストランなどが奇妙に魅力的に混じりあっています。」(ウェッブサイト:Australia A to Z)
要は、賑やかな下町的な盛り場です。といってもネオン輝く喧騒の街ではありませんが・・・。それでホテルのセキュリティーは厳重でした。ルームキー(カード)が無いとエレベータを利用出来ず、上の階に行けないシステムです。最初はカードの使用法が分からず、入れ違いにエレベータから降りたオーストラリア人の若い男性が中に戻って教えてくれました。昇る時のみ作動するシステムで、下がる時にはルームキーは不要でした。ついでながら、昼間のキングス・クロスはまず問題を感じないエリアです。

13:50 1309号室に入る。スタンダードクラスとしては広さなど良しとすべき部屋だった。窓からは商店街のダーリングハースト・ロードが見下ろせた。朝から洗顔も髭剃りもしていない。さっぱりしてからインスタントコーヒーを飲んで休みました。

ダウンタウン(ピット・ストリートなど)の自由散策:
14:45 ホテルを出る。交差点でタクシーを止め、シドニータワーのある繁華街ピット・ストリートに行く。タクシー代は9ドル弱でした。
ビットストリートに降り立つとまずモノレールが目にとまった。レール1本の軽便なもので一方通行、駅が7つだけの環状線で数十分でグルグル回っている。筒型の停車駅が道路の上にあったり、コーナーではビル内に駅が出来ていたり、利便性だけではなく街の賑わいの1つでした。今思うに、短時間でピアモント橋を渡ってダーリングハーバー地区を半周できるのだから、モノレール一周の風景を楽しめばよかったと後悔しています。料金は大人4ドルです。

我々は特に買い物の予定はなく、まず北(岬先端)方向にピット街ブラです。左側に真新しいショッピング横丁があったので入ったが、特には・・・。ピット街にあるデパートらしき大型店はもう華々しくクリスマスの飾り付けがされている。ロンドンやニュージーランドの旅行の時も印象に残ったのですが、英国系諸国の商店のクリスマスは早々と始まるようです。
キング・ストリートまで行って戻りました。途中、ビット街の西側の歴史を感じさせるストランド・アーケードに入ってみた。モザイク模様の路面や天井に吊り下げられた大きな X'mas リース、通り抜けやショッピングの人達もいるし、雰囲気はとても良かったです。
15:40 このストランド・アーケードの通路の真ん中に幾つかテーブルを並べた小さなカフェ Luxe Espresso があった。丁度テーブル1つが空いていたのでそこで休み、カプチーノ(@3.30)を注文した。こちらはアーケードを歩く人達を見るのですが先方は我関せずの無関心、それでリラックスできて美味しくカプチーノを楽しみました。
16:00 アーケードから出てピット街を戻っているとき、ワイフがツバの大きいブルーのハットを購入した。高価ではないが日除けに良いものです。実はハットを買う予定はなかったし、唐突な感じで「買う」と言い出したのです。話が前後しますが、多分、虫の知らせだったのでしょう。明日のエアーズロック登山中に日本から持ってきたハットは強風で飛ばされ失くしたのです。その後はここで買ったハットでした。

16:20 ハイドパーク(Hyde Park/元来は競馬場だったが20世紀初めに公園になった)の中央近くに青紫の花を満開にした大木がある。ピット・ストリートから東側2本目のエリザベス通りから良く見えた。バスで観光中にも数箇所で見たし、現地ガイドさんも説明した花なのです。写真を撮りたくて公園に入った。満開なので見事、やはり数人の人達がカメラを構えていた。この木はノウゼンカズラ科で20〜30mになる熱帯アメリカ原産、その名をジャカランダという。その花が見事なので熱帯地方では好んで植えられるそうです。ここシドニーは温帯性気候ですが、アチコチに植えられている。丁度満開の時期でその明るい青紫の花はとても目立っていました。この花の後に夏が来るのがシドニー、季節を告げるのです。丁度、日本の桜のようなものでしょうか。 ダウンタウン自由散策

キングスクロスに戻る:
16:40 ハイドパーク入口からタクシーでホテル近くのスーパーに戻る。メーターは10.05ドルだった。下車すべき場所を通り過ぎていたので「10ドルでいい」と言ってくれた。が、停車する場所の指示がまずく、ドライバーをかなり混乱させたので11ドルを渡し釣りをチップにした。
16:45 ホテル近くのスーパーに入る。珍しくも店舗は地階だった。棚の商品を歩きながら見てからミネラルウォーターを2本購入した。ここはレジが沢山あるが、2つにグループ分けされている。待ち行列は2本だけだった。確か、空いたレジができるとゴングが鳴り、そこの番号が点灯する。先頭の客はそのレジに行って清算するシステムだった。我々の前に数人いたが、直ぐに我々の番が回ってきた。エスカレータで地上階に出る。交差点を横切り、ホテルに帰った。

HOTEL(2) ホテルの部屋に戻る:
ワイフは毛布のスペアーが見当たらないので、持ってくるように頼んでくれという。
17:00 フロントに電話して追加の毛布を一枚たのんだ。直ぐ話は分かったが、当方が余計なことを言い過ぎたらしく、先方は「6時に届けてほしい」と理解したようだった。
17:30 フロントに再度電話して毛布が届かないと伝える。
17:55 ホテルの人が毛布を持ってきた。チップ0.50ドル渡すと、”Thank you, sir.”と丁寧な態度で礼をいった。
18:10 暢気にしていたら、ツアコンOさんから集合時間を知らせる電話があった。

シドニータワー回転展望レストランで夕食:
18:15 ロビーに集合。シドニータワーまでバスでゆく。
ホテル・アップグレード組は近いので直接タワーに集合だった。
18:35 シドニータワーそのものは高さが305mもあるらしい。展望台は80階に相当する高さのようです。高速エレベーターで回転展望レストランに行きました。我々のテーブルは予約されていましたが、もうレストラン内は満席といえる状態でした。複雑に入り組んだ海岸線と市街地の織り成す風景をしばらく見て過ごしました。
夕食の飲み物は白ワインを注文、料理はビュッフェ・スタイルですが、自分で料理を皿に取るのではなく、ケースの料理を注文して中の人に皿に乗せてもらうシステムでした。オージービーフに加えてカンガルーとかエミューなどオーストラリア独自の料理も並んでいる。試しにレアーのロースト・エミューを皿に乗せてもらった。見た目には脂肪分の少ない赤肉だった。他にも何種類か皿に乗せてもらい、テーブルに戻ろうとした。料理を貰う場所は中心部で固定、自分のテーブルは窓際で回転している。しばらく自分のテーブルが分からず戸惑いました。
白ワインは若いものですが飲み易くてよかったと思います。オニオンリングと思って注文した料理はイカのフライでした。さて、肝心のエミューの味は?生肉に近いレアーだったが、硬めでよく噛む必要があります。それ以外に特にいやなクセは感じません。日本人としては、硬さを何とか工夫し食べ易くする必要があると思いました。皿に盛ってくれたエミューは全部食べました。
ワインが無くなり食事も終えたころ、外は夜景に変わっていた。それなりにきれいでした。が、写真は無理、何分床が回転しているのです。暫く眼下で右から左に流れる夜景をボンヤリと眺めて過ごした。色々な人達で満杯のレストランでしたが、どういう訳か異国にいるような気がしなかった・・・。 シドニータワー回転展望レストラン
19:50 レストランを出てバスを待つ。アップグレード組は各自ホテルに歩いて帰りました。

HOTEL(3) シドニー・クレスト・ホテル:
20:15 ホテル着。直ぐ自室に戻った。この部屋に入るのは今日3度目で、ホテル情報は分散されています。このホテルあるキングス・クロスについては「HOTEL(1) シドニー・クレスト・ホテル到着、夕食まで由時間」で説明しました。ホテルのセキュリティー設備の一端もそこで紹介しました。「HOTEL(2) ホテルの部屋に戻る」では、追加の毛布を依頼した時の状況などが説明されている。サービス面でも特に問題は感じていませんでした。
ところが、夕食から戻り、電源スイッチ用バーを所定の器具に差し込んでも室内灯が点灯しないのです。午後にチェックインした時には問題なく点灯していたのです。いろいろ試したけれどダメ。多分、原因はチョットした操作ミスでしょうが、洗面所のライトは使えるし、フロントに連絡するのも面倒だった。一泊だけなので今晩は入口のライトだけで我慢することにしたのです。
時々寒さでつらい思いをするワイフはシャワーの後にサッサと眠ってしまい、それ程ライトの件は問題にしなかったのでホッとしたものです。 シドニー・クレスト・ホテル

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