旅行記|オーストラリアの旅8日間 ( 3日目/2004年11月08日・月曜 )
エアーズロックに飛び、ウルル登山・登頂
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ホテル・チェックアウトまで:
06:00 目覚め。約8時間の熟睡でした。
コーヒーの湯を沸かしながら充電していたデジカメなどを片付ける。旅行中は何時もの事ながら、朝のコーヒーの間が自分だけの寛いだ一時である。その後、今日の午前はエアーズロックへ移動なので、パッキングを少しづつ片付けた。
07:00 電話が鳴り続いていたが放置した。間違い電話以外には考えられない。
07:30 モーニングコールが入る。パッキングを済ませたスーツケース2個を部屋の入口近くに並べておく。廊下に出さないように、といわれている。

07:40 2F(3階)にあるレストランでビュッフェスタイルの朝食。オレンジジュース、ベーコン3切れ、スクランブルエッグ、フライドポテト、果物、コーヒーにしました。初めてロンドンに滞在した時もベーコンを時々食べていたが、ハムと共に塩味がとても強かった記憶がある。その頃と違い現在の食生活は長く減塩を続けているが、ここのベーコンは塩辛く感じなかった。実は、ケアンズの朝食でも3回続けてペーコンだったが、ワイフも問題なく食べれたのです。隣国ニュージーランドの食事も薄味だったが、オーストラリアでも同じようです。

08:00 ホテルの外に出る。小雨だった。プラタナス並木のダーリングハースト・ロードを少し散歩した。ホテルの左側少し先に地下鉄の駅がある。道路からのホールを入ると昇降用エスカレータがある。地図から判断すると駅そのものは少し西よりで地下を歩くようだ。
既に歩道では果物屋が露店で営業している。こんな時刻でも客が寄っていましたね。道路中央部は工事中で片側を歩いただけですが、それなりの庶民的な商店街です。SUSHI の看板があったけれど、良く見ると中華レストランの兼業らしいのです。どんな寿司でしょう?小さなスーパーみたいな店でミネラルウォータ1本、スイート、チュウインガムを購入しました。 ホテル近く散策

08:15 ホテルの部屋に戻る。スーツケースは搬出済みだった。散歩のとき股関節とその周辺の筋肉に軽い痛みを感じていた。以前に処方された鎮痛剤と胃薬をのんでおく。今日は午前に移動で、午後の後半にオルガ山やエアーズロックの観光の予定です。多少は歩くので万一に備えて普段は使用しないものを服用したのです。

ホテル出発、シドニー空港に向かう:
08:45 ロビーに行き、フロントでカードキー2枚と電源スイッチ用バーを返却するだけのチェックアウト。集合には少し早く、ロビーには添乗員さんと1人参加の女性がいただけだった。
09:00 全員集合。現地ガイドさんも来ていた。ホテル入口からは裏側になるビクトリア・ストリートに昨日と同じコアラ・バスが駐車している。幸い雨は止んでいた。ドライバーさんがスーツケースを床下の荷物入れに積み込み、我々は乗車して直ぐシートベルトを着用、しばらくして出発となった。
まずシドニータワー近くまでホテル・グレードアップ組のピッアップに向かった。途中、オーストラリア海軍基地の近くを走ったが、停泊していた大型軍用艦のマークは赤いカンガルーだった。ついでながら、この軍艦の赤いカンガルーをデジカメで撮影し、その部分を四角く切り取り、明るさを調整して壁紙タイルにしました。カンガルーの赤はピンクになり輪郭が少々ボケた感じになった。が、当旅行記・写真ページの壁紙タイルとして使用しています。
09:10 シドニータワー近くに停車。
09:14 グレードアップ組が乗車し、ダウンタウンからシドニー空港に向かった。現地ガイドさんは、道すがら主な施設について最後の説明をしてくれました。

[現地ガイドさんの説明1] 途中にUTSという大学のキャンパスがあった。キャンパスといっても大都会の大学なので校舎がかたまっているという程度らしい。制度的には4学期制で12月と1月が夏休みになる。近年はアジア諸国からの留学生が多く、オーストラリア人学生と留学生の比率はほぼ半々という。しかし、授業料については完全に取り扱いが異なり、オーストラリア人学生は10万円程度、留学生は10倍の100万円程度を払うとか・・・。教育法もタームペーパー(与えられたテーマに関する簡単な研究レポート)、テストや宿題で学生を忙しく勉強させるようです。この説明からは、若かりし頃にアメリカで経験した大学院の授業とそっくりな印象を受けました。一言で表現すれば、「入学は易しく卒業は難しい」大学になるそうです。
この種の制度はイギリス系の大学に限らず、ドイツのハイデルベルク大学などでも似ているかも知れません。

[現地ガイドさんの説明2] 大陸の諸国は右側通行・左ハンドルが多数派です。オーストリラアは大陸の国ながら左側交通・右ハンドルなのです。イギリス、ニュージーランド、日本などの島国と同じに思えます。しかし、日本では右ハンドル車も左ハンドル車も合法ですが、オーストラリアでは右ハンドルが義務でして左ハンドル車は違法です。車検制度も州により異なるそうです。シドニーのあるニューサウスウェールズ(NSW).州は年1回の車検で比較的ピカピカの車が多く、ケアンズのあるクイーンズランド(QLD)州は車検が全く無いので比較的古い車が多く走っているそうです。自分の好きな番号は300ドルで購入できるとか。街を走っている車の多くは日本製でした。が、オーストラリア唯一の自動車メーカーとしてホールデン(ライオンのマーク)がある。最近は韓国のヒュンダイが増加中なのだそうです。
バイク(自転車)も見かけますが、歩道の走行は禁止、車道を走る義務があるそうです。

シドニー空港に到着:
09:35 シドニー空港に到着。各自スーツケースを引きながらカンタス航空のカウンターに行く。10時50分発エアーズロック行き QF728 の搭乗手続きを済ませる。搭乗は5番ゲート、10時20分まで自由行動となった。
ブラブラ歩きをしながら5番ゲートの場所を確認しておく。それからショップを見歩いた。ワイフは土産用のTシャツ(@29.95)を買っていた。デザインがめずらしくて高価でしたが、Tシャツなどは安価なものも沢山ならんでいます。ベルギー産チョコレートも探したが好みのブランドは見当たらず、他の有名ブランド・チョコが何種類かあった。明日、ケアンズ行きの乗継で再度シドニー空港に寄る。その時に購入を考えることにした。
10:20 5番ゲートに行く。

カンタス航空エアーズロック便、搭乗・出発:
10:30 エアーズロック便 QF728 の搭乗開始、機材は B737-800 ウィングレット付き(winglets/主翼の先端が垂直に上向いている) という珍しいものでした。我々の座席は 17A と 17B で主翼の中ほどになり、窓からの展望はあまり期待できません。でも何とか上空からの写真は撮れそうです。コースとしてはNSW州・SA州・NT準州の上空を飛ぶようです。
10:50 定刻に出発。
10:57 離陸。空港近くの風景を撮影。
11:05 雲海の上になり地上は見えなくなった。
11:18 雲の切れ目から露天掘り鉱山と思しきスリバチ型の窪みや奇妙な色の池などが見えた。その後は茶色の畑がパッチワークに見える農村風景が続く。
11:30 機内食のランチ(サンドイッチ)が出た。
11:50 農業地区は終り、次第に砂漠の様相となってきた。サウスオーストラリア州に入ったようだった。表面が白く見える丸型の塩湖があった。そこからは砂漠の風景が続いた。
12:30 赤茶色の地表に幾つもの白い塩湖や黒く見える干上がった川などが奇妙な形を作り出す地域が暫く続く。
13:45 塩湖は見えなくなり、赤色の濃い地表に潅木が生える地帯となった。準州のノーザンテリトリー南部の上空らしい。遠方のエアーズロックやオルガ山が窓から見え始めた。着陸体勢の旋回となり、赤と緑の平原の中にコネラン空港やエアーズロック・リゾートの建物群も良く見える。
14:00 エアーズロックのコネラン空港に到着。約3時間の飛行中は大した揺れもなくスムーズで快適でした。 カンタス航空エアーズロック便

ノーザンテリトリーはNSWとの時差が-30分で夏時間はない。現地時刻は-1時間30分になる。

エアーズロック・コネラン空港に到着:
コネラン空港
機内からコネラン空港(赤い屋根がターミナルの建物)、オルガ山も右手に見える
12:30 エアーズロックのコネラン空港に到着。シドニーから3時間10分の飛行だった。
砂漠地域の観光用空港なのでボーデングブリッジなどの設備はない。タラップを使って地上に降りると、素晴らしい青空だった。小さな空港ビルに向かって歩いてゆく。途中で立ち止まり、搭乗した機体の写真を撮ったら離れた所にいた女性係官から「写真ダメ」の手振りサインが出た。他の幾人かの人達にサインは出なかったので私向けの特別サインだったらしい。
空港ビル到着入口から中に入る。広い空間の左に各種の観光サービス予約カウンターが並び、右に手荷物受取りのターンテーブルがあった。さらにその右側は搭乗手続きカウンター、その奥が搭乗待合室と搭乗口というつくりだった。
現地の日本人女性ガイドさんが出迎えてくれた。スーツケースは間もなく受け取れたが、我々の専用バスがなかなか到着しない。空港ビルのホールは職員も姿を隠し空っぽになったが、まだ来ない。壁沿いの椅子に座って待つ。が、退屈してしまい、正面入口の外に出て植物の写真などを撮って過ごした。空港建物の傍にあったユーカリに鳥の巣があった。さすが自然が豊富なお国のことだけはある。
13:20 専用バスがやっと到着、30分以上の遅れらしい。直ぐ乗車、スーツケースの積み込みを待つ。
13:25 出発。 エアーズロック/コネラン空港

昼食、予定変更の大会議:
13:35 エアーズロック・リゾートに到着。ここは環状道路沿いに6軒の宿泊施設や観光案内所、郵便局、消防、警察、医療センター、ショッピングセンターなどがあり、エアーズロック観光の中心的施設です。無料バスも巡回しています。我々が今晩泊まる「デザート・ガーデンズ・ホテル」はエアーズロック・リゾートの入口にあるが、昼食は別のホテル(アウトバック・パイオニア・ホテル・アンド・ロッジ)のレストランだった。飲み物は確か水で済ませたと思う。メーンデッシュは白身魚のフライとサラダで無難なものでした。食後のコーヒーはセルフサービス、飲み放題なのが良かった。 昼食(アウトバック・パイオニア・ホテル・アンド・ロッジ)

昼食後にツアコンOさんと参加者による大会議となった。ツアーの日程としては、ウルルは明朝のサンライズ鑑賞後に登山の予定だった。ところが、現地ガイドUさんの説明によると、ウルルは各種の自然条件などを満たさないと登山ゲートが開かない。どうやら登山が不可能な場合も多いらしいのです。登山ゲートが開く条件とは、以下のようです。

ウルル登山の条件
◆ 雨天では不可、
◆ 3時間以内に雨になる予報なら不可、
◆ ウルルの岩肌が濡れていると不可、
◆ 強風なら不可、
◆ 気温が高すぎる時は不可 ( 摂氏36度以上なら不可 )、
◆ レンジャーが救出活動中は不可。

結果として登山の可能性は確率的に2〜3日に1回だけとのことでした。インターネット上には「エアーズロック訪問者の1割程度がウルルに登頂する」というオーストラリア・ウェブサイトの情報すらあるのです。オンライン旅行記には、晴でも3日間はゲートが開かず4日目にやっと登山した、という事例報告もありました。
さて、今日は晴天で風も弱く、登山ゲートが開いているのです。予定では、食後に一旦ホテルの部屋に入って休息、その後オルガ山とウルル山麓にあるマギーの泉などの観光でした。しかしオルガ山やマギーの泉は天候に関係なくなんとか観光は可能です。そして、明日の早朝に登山ゲートが期待通りに開くかどうかは予測が不可能です。
大会議のテーマは「予定を変更し今日エアーズロック登山を決行するか否か」でした。

問題があった。ウルル登山には水の携帯が不可欠ですが、登山路では両手を空けておくことが条件です。リュックが無いと登りづらい。 ところが、明日のサンライズ鑑賞の時に朝食のリュックサック弁当が配られる予定だった。そのリュックで登山するつもりの人達が混じっていたのです。その人達は現時点ではリュックがない。

(1) リュックサック弁当の会社に現地ガイドさんが電話して、今日リュックだけ渡すように依頼してくれた。が、「日々の注文分だけが配達されるので明朝分は未だ届いていない」といわれ、この手はダメでした。
(2) 登山賛成組みからは「どんな袋でも紐をつけて代用できる」などと各種の案が提供された。登りたい人達は本当に真剣そのものでした。
(3) リュックはエアーズロック・リゾートのショップでも購入は可能でした。

実際、今日登れる態勢の人達はリュック無しの人達を懸命に説得したのです。そしてやっと最終的な表決にこぎ付けたのです。しかし、そこまでに意外にも時間がかかりました。挙手の結果、数名を除く賛成多数で予定は変更されました。実はこれが正しい選択だったのです。現地ガイドさんの提案に心底から大感謝です。

ホテル、チェックイン:
14:15 アウトバック・パイオニア・ホテルのレストランを出て、半砂漠の道を宿泊のデザート・ガーデンズ・ホテルまで10分くらい歩きました。湿度は低いのですが、炎天下で暑かったですネ。
14:30 ホテルのロビーはリゾート地らしい平屋にあった。宿泊施設は多くの建屋に分かれたホテルなのだ。ロビーから自分の部屋へは屋外の舗装した遊歩道を歩くことになる。しばらく涼しいロビーで部屋の割り当てを待った。
我々は364号室の鍵を受け取った。案内板に従って小道を行くと、ホテルの敷地・中央部にある2階建ての1階だった。広くて素晴らしい部屋で驚いたが、後で聞いたところスタンダードではなく値段の高いスイートに近い部屋とか。旅行会社の説明ではシャワーのみでバスタブは無い部屋となっていたが、とんでもない。素晴らしい部屋なのでびっくり仰天、幸せ一杯、でした・・・。

ウルル登山の準備:
スーツケースを開けて、ワイフはウエスト・ポーチ、私はリュックを出した。登山用の靴は、我々の場合、スニーカーに代えず慣れたウォーキング・シューズのままです。
直ぐリュックに水のボトルを入れる。500mlボトル2本と250ml1本だった。実は1人1000mlボトル1本は必要とされているが、大丈夫だろうと決めつけて購入しなかったのだ。結果論だが、1人当り最低1L(1000ml)の水は必要です。砂漠性気候(高気温・低湿度)なので発汗は少なく感じられる。しかし、皮膚からの蒸発が早いためで、実際の喉の渇きは相当なものでした。我々は当初から一口づつ水を消費し何とか持たせましたが、携帯した水の量では完全に不足でした。
インターネット旅行記には、「エアーズロックにはハエが多いので防虫ネットが必要」とするものもある。今年ウルル登山をした経験者のアドバイスもあり、一応は捨てても良いものを1つだけ持ってきた。これも結果論だが、登山中にハエに悩まされることはなかった。ウルルは岩山でハエが繁殖する環境ではない、と思います。繁殖に必要な水溜りは沢山あるが・・・。現地ガイドさんによると、夏のエアーズロック地区(平地)には小型のハエが多い時もあると言っていました。3日しか生きないが極めて繁殖力旺盛な種類らしいのです。
他に、軍手(鎖や岩を掴むので必需品)2組、タオル2本もリュックに入れた。ワイフはリュックではなく、小物用ウェストポーチを着用した。いずれでも、手に物を持ないで登ることが肝要です。強い日差しを避けるため帽子は必要ですが、登山する前に強風で飛ばされないように紐でしっかり固定したほうがよいですね。サングラスを使用したほうが Better な人達も多いことでしょう。登山中の雨具は不要(雨の予報なら登山禁止)です。
ウルルにはトイレがありません。原住民の人達の聖地なのでスッキリさせてから登山する必要があります。実はウルル登山口にトイレがあるが、駐車場から徒歩圏内でも少し離れているのです(遠くではない)。乗車したバスが登山前に寄るといいですが、なるべくホテルなどで済ませておくのが Better でしょう。

14:55 用意が整ったのでロビーに向かった。着くや否や、ワイフがパスポートと現金の入ったキャッシュベルトを部屋に忘れたという。大急ぎで引き返し始めた。少し戻ったところで、キャッシュベルトが定位置からずれ上がっていたので勘違いしたことが判明、直ぐにロビーに向かった。早く気付いたので集合時間には間に合った。
登山したいがリュックを持っていない御夫婦が自由時間にショップで購入したらしい。しかし出発前に不具合が発生して返品せざるを得なかったそうです。折りたためる軽量小型のリュックもあるので日本から持ってくるのが上策なのでしょう。
15:00 ロビーに再集合。直ぐバスに乗る。

ウルル登頂:
ウルル(エアーズロック)
よく知られるように、砂岩で出来た、海抜862m、比高348m、周囲9.4kmの巨大な一枚岩です。地上部は氷山の一角。ニックネームは「地球のへそ」。
ウルルの起源については幾つか異なる見解がある。最も容認された理論は、ウルル(砂岩)とカタ・ジュタ(礫岩)の双方とも6億年の昔に形成された膨大なる土砂の堆積層とするものだ。その遺物的な堆積層は現在のウルルが最大角85度で突き出ている程に劇的な力によって地表に押し出されたのである。岩の実際の色は鉛色(グレー)だが、表面は特有の赤い酸化鉄に覆われている。
エアーズ・ロックは、1873年に探険家ウィリアム・ゴスが発見、スポンサーの南オーストラリア総督ヘンリー・エアーズ(Sir Henry Ayers)の名を冠してエアーズ・ロックと名付けられた。
1950年に国立公園になった。1957年に作家ビル・ハーニー(William Edward Harney)がこの地に到着。 1958年にロックがオルガ山群(the Olgas)と一緒に扱われエアーズロック国立公園(the Ayers Rock National Park)になる。ハーニーが最初の公園の管理責任者に任命された。 1959年になりロックの傍にモーテルが開設され、その直ぐ後に仮設の滑走路が建設された。
1976年に連邦提督はユララ(Yulala)にて租借権を設定、 1983-84にロック近くの古い旅行設備を閉鎖した。
1985年にロックの権利は本来の所有者である原住民に返還され、改めてオーストラリア・国立公園と野生動植物・管理機構(the Australian National Parks and Wildlife Service)に 99年間の租借権が与えられた。
現在はウルル−カタ・ジュタ国立公園(Uluru-Kata Tjuta National Park)と呼ばれ、世界遺産(複合)に指定されている。運営は所有者の原住民(Anangu)とオーストラリア政府の共同管理、30人以上のアボリジニーの人達が公園の仕事に従事し、管理委員会は原住民が多数派だそうです。
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以上、「Australia A To Z」サイト、「オーストラリア政府観光局」サイトなどの部分的翻訳から作成。
エアーズロック・リゾートから西側のウルル登山口までかなりの距離があり、途中の車窓からウルルの山肌がよく見えます。この地域には現在もアボリジニーの人達が住んでいて、原住民にとっての神聖な場所が散在しています。それゆえに、写真撮影が禁止された場所があり、勝手は出来ないようでした。
15:25 登山口の駐車場に到着、登山組みはツアコンOさんが一緒に、登山しない人達は現地ガイドUさんがウルル山麓の見所に案内することになりました。実は何人が登山に挑戦したのか不明です。全員でないことだけは確かですが・・・。

15:30 さあ、登山開始。集合時刻は 17:50 といわれた。比高は348m、頂上まで1.6Kmのウルル登頂の手持ち時間は余裕のある2時間20分となった。これがツアー専用バスを使用する利点でしょう。現地の登山バスを利用すると、往復2時間の登山らしいのです。これでは持ち時間がブレッシャーになるかもしれません。登頂まで45分(往復1時間30分)という記述もあるが、これは日頃から鍛錬をしている健脚の人達の時間でしょう。写真を撮りながらとはいえ我々は頂上まで丁度1時間だったし、老若男女10人のツアーメンバー登頂組みは我々の登頂から大体5分前後だったと思います。シドニーの若い女性ガイドさんも登頂経験があり「登山1時間、下山1時間がやっとだった」とワイフに言っていたそうです。
ついでながら、現地ガイドさんの情報では、ウルル登頂の世界記録は約12分、日本人の記録は非公式ながら15分程度のようです。共にスポーツ選手によるものとか・・・。
登山路での撮影は自由で何の制限もありません。万歳!

開け放たれた登山口のゲートから登山道に入った。初めはずり落ちた感じの岩が重なる坂道で鎖はない。記念写真のツーショットを撮ってもらった。ここを過ぎると「天国への道」とも思える急勾配の長い坂道がほぼ直線に続く。見上げるとため息が出るような凄い登りである。斜度は35〜45度とか。最初は足の動きと呼吸が合わず、困った。「これでは登れないかも」と自信を失うほどに苦しかった。鎖場ではポール間の鎖がたれて位置が低く過ぎる。手で鎖を持つと腰を低め身を屈める必要があった。これでますます調子が狂った。思い切って鎖から手を離し、自分の登山姿勢に戻って一歩づつ登った。砂岩でも砕けた砂や小石は登山路の表面には無いといえる。さらに靴底を引っ掛けることのできる浅い段差が沢山あるのです。私のウォーキングシューズは滑らないことがはっきりしてきた。姿勢が自然体になると、次第に足の動きと呼吸が合ってくる。これで苦しい感じが弱まって楽になったのです。

微風の素晴らしい天気なのに、鎖場の中央付近では猛烈な風が左から右に吹いていた。ここではバランスを保つために鎖に手をかけざるをえなかった。顎紐をかけていたのにワイフの帽子が飛ばされたくらいです。後続の若い男性が帽子を取りに行こうと登山路から右斜面に動いた。大声で「かまわないよう」にいう。事前に入手したインターネット情報によると、飛ばされた帽子を追いかけて転落死する事故が多く(平均で月1人という情報もあった)、たかが帽子のことで人様に迷惑をかける訳にはいかない。この強風帯は恐らく数分程度だった。ここ以外は微風で心地よかったのです。なお、帰路でも同じ場所では強風が吹いていました。

15:55 鎖場の最上部に到達、高度を稼ぐ最も苦しい登りは終りです。ツアーの最若年カップルが腰掛け、水を飲みながら休んでいた。早い人は既にこの先に上り始めているが、我々も1口だけ水を飲み一休みした。遠くにオルガ山(カタ・ジュタ)が見えて良い展望です。
16:00 この場所に短いが急な岩の段差がある。ポール2本に鎖が取り付けてあり、手繰る感じで登った。これで鎖場は完全におわり、比較的なだらかな登山路が続いている。道筋は赤茶色の岩肌に白いペンキの破線で示されているのみです。
帰りに気付いたのですが、我々の休んだ場所の少し山頂側に水のペットボトルが2本並べて立てられていた。日本流に解釈すると、どなたか事故で亡くなった場所に思えました。

エアーズロックの写真を見ると表面に下向きの筋が沢山ある。これが上部の緩い登りのハードルになる。大体は平坦に近いのですが、道を横切る小さい谷(写真では筋)が多くあり、その急斜面の窪みを降りて登る。浅い谷もあれば、比較的深く長い斜面の谷もある。時には手で体をサポートしなくてはならない壁のような場合すらあるのです。しかし足場はしっかりした岩場で、靴底の角を引っ掛ける窪みも沢山ある。注意深く足を運べば特に問題はないはずです。

16:30 頂上に到達。頂上を示す方位板の周りには、若いカップル、親子3人組、ツアコンOさんの6人が到着していた。その内4人は若い世代といえるのです。他にも10人程度の比較的若い年代の欧米系の人達がいました。
休んだり写真を撮りながらの登山だったが、1時間で頂上に登るのは多分平均的と思います。ウルル登頂の心情的な感激は無かったが、達成感というか満足感は12分に味わいました。頂上から見渡す半砂漠の光景、特にオルガ山の眺めはよかった。ツアコンOさんに頂上での記念写真を撮ってもらいました。この人はエアーズロックは3回目でウルル登頂は2度目だそうです。その後、先に到着した人達は下山しはじめました。欧米系の人達は自家用車で来ているのか、頂上付近のアチコチでノンビリと過ごしている。少しユックリしたかったが、我々も数分の滞在のみ、後を追って下山し始めました。

少し下った時に同じツアーの女性2人組とすれ違いました。これで10名が頂上まで登ったことになる。この2人組の1人はツアー最年長の68才、おまけに8年前に病気で胃を完全に切除していると後で知りました。よく元気に登れたものです。楽しむ積極性、病気を負かすチャレンジ精神、頑張りですネ。
他にもトライした人達がいたはずですが、どうやら途中でリタイアーしたようでした。

私は相変わらず写真を撮りながらの下山で、登る時よりも多く撮影しました。ウルル山頂部の平らな場所にはアチコチに小池があるのです。雨水が溜まったものでしょうが、高気温・低湿度で少雨の気候なのに水溜りがあることを不思議に思いました。
上部の中ほど(頂上と鎖場最上部の中間)で3人のオーストラリア娘とすれ違った。若いので健康そのもの、日焼けを気にせずブラジャーと短パンです。我々が比較的大きい谷の斜面を降りる最中だったので下で待っていた。
”Thank you for waiting !”というと、”No problem.”とオージー英語が返ってきた。

実は、登山者とのすれ違いは彼女らが最後だった。夕刻が近づき登山者がいなくなったと思ったが、雨の予報により登山ゲートが閉まったためと後で知った。計算上、我々の登山開始から45分前後で登山ゲートが閉鎖されたことになる。ウルル入山は本当に間一髪だったのです。日本から遥々飛んできてドンピシャで登頂するとは、1Km先から矢を射り的に当てたみたいなもの。狙ってできることではない。

17:04 鎖場の最上部で小休止。ここの風景もすばらしい。鎖のある登山路が僅かな曲りくねりと凹凸を繰り返しながら遥か下の駐車場まで続いている。登山の時は気にしなかったが、「ウハッ、こんな所を登った!」と改めて感心する。その右手(北側)の山麓は上部のなだらかな曲線が除々に直角近くの急斜面となり地上に落ち込む。麓には脱落した岩片が見える。ふと反対側に目をやると、すでに青空は消え雨雲に覆われた地平線上に、それこそ類稀なる光景が出現していた。丁度オルガ山(カタ・ジュタ)の端から端まで、その上部だけ雲が途切れて太陽の漏れ日が怪しく輝いていたのです。このような神々しい光景など想像だにしていなかった。夢中でシャターを押しました。たった1枚、自分では稀な傑作写真が撮れたと思っています( WALL-PAPER に掲載。)

後は鎖場を気を付けながら下るだけです。ワイフが帽子を飛ばした場所は同じく強風が吹いていました。登山ゲートに着くと閉まっている。開ける方法が分からず困っていたら、近くの人(管理人?)が開けてくれました。下山者がいるので錠はかかっていなかった。ゲートが閉鎖されると、紳士協定のように誰も入山しないようです。入山しようとすると、管理人がいて制止するのかも知れませんが・・・。

17:30 丁度往復2時間の登山だった。駐車場に行く。バスはいなかった。何人かは分からないが、登山しなかった人達を案内して何処かに行っているのです。少し戻ってベンチに座って休みました。疲れもあったが、満足感に満たされていた。

17:41 バスが戻ってきました。ドライバーさんが冷たい麦茶のサービス。手持ちの水は山上で飲みつくし喉がひどく渇いていた。こんな美味しい麦茶は生まれて初めてのような気がしたね。お願いしてお代わりをもらった。ワイフは3杯飲んだそうです。やっと生き返りました。Tah ! エアーズロック(ウルル)登頂

追記1: 2009年7月17日付け YOMIURI ONLINE によると、オーストラリア国立公園当局は、早ければ2011年10月からエアーズロック(ウルル)の入山を禁止する、という計画案を策定したようです。先住民アボリジニが長年に渡り聖地として登山に反対してきたことが主な理由です。加えて、年間約35万人の観光客のうち約10万人が入山しているが、入山禁止となっても観光客数に大きな影響を及ぼさないという調査結果を踏まえたもののようです。(2009.07.19 追記)
追記2: 2010年1月9日付け YOMIURI ONLINE によると、オーストラリアの環境相は当面は登山を認める方針を明らかにした。現地メディアでは今後数年間は登山できる見通しとしている。条件付きで、訪問客のうち登頂を目指す人が20%以下になった場合は禁止するとされる。(2010.1.10 追記)
追記3: Google でウルル登山ページを探したところ、2011年12月25日の入山と登頂の記録がありました。現時点では、当ページで説明した諸条件を満たせば登山できるようです。(2012.01.28 追記)

マギーの泉と壁画のある洞窟:
17:50 マギーの泉に向かって出発。ウルル山麓について、ここはアボリジニーの聖地だから写真はダメ、あそこの割れ目はアボリジニーの女性の聖地だからカメラはご遠慮ください、向こうの岩は男性の聖地でお写真は撮れません、・・・、と説明を聞きながら目的地に走った。要は変化のないノッペラボーなウルルの表面やユーカリ林や枯れ野原などは写真を撮ってもよいが、興味を引く山麓の自然の造形は撮れないものも多いのだ。土地の所有者アボリジニーと借地人オーストラリアの間の契約である以上は致し方ないことでしょう。
18:05 駐車場に到着。直ぐ長い道をウルル方向にあるマギーの泉にむかった。途中、幾つかの日本人団体とすれ違ったが、不思議にも通常の旅行スタイルに思える若い人達ばかりだった・・・。
18:10 マギーの泉に到着。広いといえる観察台が設置されている。欧米系の観光客もチラホラ居ましたが、他は我々を含め日本人ばかり・・・。
エアーズロック一帯の水は塩分を含み飲み水には適していないらしい。ところが、不思議にもマギーの泉だけは真水が一年中涌いているそうです。そこの風景も珍しいものでした。泉の対岸は急峻なウルルの壁があり、上部から泉に向かい水流の黒い痕跡がある。ウルルは岩山で保水力が全くないから雨が降ると直ぐに流れだすのです。その水が集まり太い滝となってマギーの泉に落ちる。その跡が黒く見えているのです。写真を撮っていると出発の号令でした。
18:15 出発。
18:18 洞窟に到着。洞窟といっても岩の窪みと表現できるところです。現地ガイドさんが洞窟の壁や天井にある原住民が描いた素朴な壁画について説明した。狩のときに使用した小洞窟で、壁画は待ち時間に描いたもの、らしかった。 この洞窟は将来は岩石に押しつぶされ消滅する運命にあるようです。ところがユネスコの世界自然遺産の一部なので人為的に崩壊を妨ぐことは許されず、そのまま放置されるそうです。 マギーの泉と壁画のある洞窟
18:25 洞窟を出る。遠雷が聞こえ、雨がポツポツ降り始めた。ウルル登山中に雨の予報で登山ゲートが閉まりましたが、天気予報は当たっていたのです。急ぎバスに戻りました。

サンセット展望台:
18:30 バスはサンセット展望台へ向かった。
18:40 サンセット展望台に到着。驚くほど多くの観光バスがサンセット鑑賞のために来ている。しかし、大粒の雨が降っていた。時々稲妻が光り、雷鳴が聞こえる。これでは夕日は見ることは出来ず、沈む太陽の光でその色を変化させるエアーズロックの鑑賞は出来ない。しばらくバスの中で様子をみたが諦めて出発した。登山しなかった人達には申し訳ないのですが、実はウルル登頂がかなったので「夕日はどうでも良い気分」が本当のところでした。狐と酸っぱい葡萄の話ではありません。 サンセット展望台

夕食(バーペキュー):
19:15 バーベキューレストランに到着。ここは昼食をしたホテルの施設だった。レストランの一端にステージ、反対側にバーと食材カウンターがある。その間に何列かの長いテーブルが置いてある。我々はバーに近い場所だった。
ツアーに若いカップルがいる。2人でウルル登山にも成功した。元気一杯、我々より先に登頂し下山した。登る途中で追い越したり追い越されたりしたが、どうやらトレッキング慣れしていないらしく歩調などにムラがある。内心「かなり疲れるのではないか」と思って見ていたが、やはり女性のほうがテーブルに着いたとたんにダウンしてしまった。山登りで体力を消耗した上に暑さが続いているためでしょう。若さがあるので休むと元気を回復すると思った。食事中に2人の姿は見なかった・・・。
19:23 バーベキュー注文書の希望食材にマークして食材カウンターに行く。ハンバーグとエミューのソーセージにオニオンを受け取った。この食材の皿を持って、奥のグリルに行く。空いたグリルと鉄板で食材を焼いてバーベキューする。沢山のガスバーナーがフル稼働なのでとても暑く辛かった。自分でバーベキューするのは、珍しい体験ということでもない。特に家庭料理を作る主婦には食材と道具が違うだけのことでしょう。しかし空腹を満たさなくてはならない。ハンバーグとソーセージはグリル、オニオンは鉄板で焼いた。近くのガラスケースに入ったサラダバーから適当に何種かの野菜をとった。
テーブルに料理の皿を置き、バーでグラスワイン(@3.00)を二つ買う。
白ワインは若いものですがサッパリ味で飲みやすかった。料理は、ハンバーグとオニオンとサラダは食べれたがエミューのソーセージは無理で残してしまった。 夕食(バーペキュー)
食後、ワインを買ったバーで水1Lボトル(@6.00)を2本購入、冷やしたボトルなので高かった。しかし水を買うために遠回りは出来ない。それ程の疲労感があった。皆さんより早くレストランを出て無料巡回バスの乗場に行く。雨上がりの外はレストランより涼しくて少し気分が落ち着いた。
20:10 ホテル前から無料巡回バスに乗り、次のストップで下車。

デザート・ガーデンズ・ホテル:
20:20 ロビーを通り抜け、敷地内の小道を辿ってホテルの部屋に戻った。
22:00 明朝はサンライズ鑑賞で出発が早い。就寝。 デザート・ガーデンズ・ホテル

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