旅行記|オーストラリアの旅8日間 ( 2004年11月06日〜13日 )
おわりに
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旅行社企画のツアーですから次々に観光ポイントに案内されて退屈はしないのですが、近年参加した欧州ツアーに比較すると実にゆったりとしたものでした。自由時間が多くてワイフと2人で「足の向くまま気の向くまま、観たり休んだり」できたのです。オーストラリアの全ての歩調がその根底にあるのかも知れないが、驚くほどに行程消化のプレッシャーを感じない旅行でした。1901年の独立以後100余年なので、ガイドさんの説明に歴史の話がほとんど無く、反面ノンビリした動植物などの話が多くなる。観るものも自然にそうなります。だからユッタリ・モードになった。その評価は各人各様でしょうが、我々としては特筆すべきオージーペースのツアーだったと思います。

長い人生の時折に旅行していますと、自然に自分の興味のある国や場所を選択しているようです。何度も「ハワイにいこう」とさそわれても行った事がありません。各種の景品に「ハワイ旅行」があったり、全くの別世界になるスポーツ界や芸能界の人達が休暇としてよく訪ねる場所のようなので、違う世界に思えて行きたい気持ちにならないのかも知れません。しかし、バリ島も同じく興味が薄いのです。オーストラリアのゴールドコーストやアメリカのマイアミビーチも同様です。都会で忙しい日常生活を送っている人達が充電のためその種のリゾートでゆっくりする気持ちはよく分かります。しかし我々はどちらかといえば反対のパターンなのです。そして、私の場合は高温・多湿の熱帯性気候が肌に馴染まず、辛いのです。

海のリゾート「ケアンズ」に3泊して、やっとワイフに気持ちを理解してもらえました。シュノーケリングやスキューバダイビング等々何らかのアクティビティをする以外に時間の過ごしようがない。ブランド・ショップを見歩き掘り出し物(?)を買う楽しみはかなり以前に一応は卒業です。カジノや豪華なショーやグルメ三昧などもタイプではない。日本食レストランなどに通って顔見知りを作り、海外で日本式社交や雑談を楽しむには場違いな性格でしょう。そぞろ歩きで写真を撮ったり木陰のベンチに座ってそよ風を楽しむしかないのです。これをワイフに実感として理解してもらえたことは成果の一つでした。

だからと言って、今回のオーストラリア旅行やケアンズが嫌だったのではなく、全体として大いに楽しめたのです。読まれた方にはお分かりでしょうが、全ての訪問先で目を見開いて興味津々キョロキョロしていたことも多いのです。特にエアーズロックの登山と登頂は貴重な経験で一生の思い出となるものでした。

これにて長々としたオーストラリア旅行記も終りとなりました。すこしでもオーストラリアとパックツアーの内容を忠実にお伝えできたならば、と思います。短い期間ながら同行の皆さんと添乗員さんに、そして各種の補佐をしてくれたワイフに、一言「感謝」です。最後に、御覧になられた方々、オーストラリア旅行記への訪問と閲覧をありがとうございました。お楽しみ頂けたならば幸甚にぞんじます。

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蛇足: 北行は昨年末に珍しくも書斎を掃除して床もみがきました。元旦の早朝になり、カレンダーを取り替え忘れていた事を思い出したのです。気になるので起きてしまった。丸椅子(キャスターなし)の上に立ちカレンダーをとりかえました。いや、取替えようとしたのです。ところがです、バランスが崩れ、丸椅子が滑り、椅子ごとスッテンコロリ。2005年元旦5時頃のことでした。直ぐワイフの車で6時頃に病院にいきました。救急担当の女医さんがレントゲン診断、何も言わずに直ちに整形外科の専門医を自宅から呼び出してくれました。元旦の早朝にいい迷惑ですよね。結果は右手首骨折でした。腫上がった右手首の関節に麻酔薬を注射、これが結構痛いのです。暫く外で待たされてから治療となった。「麻酔をしたが、それでも痛いよ。」「・・・」 手首の内側と外側を指で強く挟み割れて反った骨片を矯正した。イタイ!次に関節の角度の矯正であろうか、手の部分を強く引っ張った。痛いどころか失神手前の悲鳴がでた。その後のレントゲンでは元に近い状態になっているので、ギブスをかけてくれました。
今年は形だけのお屠蘇にもありつけなかった(料理は十分あったが箸が左手で・・・。) そして、ギブスをした右手をかばいながら左手の1本指打法でオーストラリア旅行記の仕上げをしたのです。
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海外旅行二人三脚も丁度10年
我々の海外旅行は1995年の秋に香港に行ったのが始まりでした。当初に利用したパックツアーはフライト・アンド・ホテルに近く、現地では自由に過ごす時間が大半でした。翌年(1996年)の秋に再訪しました。昔のカイタック空港に着陸する直前に搭乗機の窓から眺めた香港の夜景は表現の言葉が見当たらない程に綺麗でした。ビクトリア山に日没前に着き、素晴らしい夜景が除々に浮かび上がる光景をゆっくり眺めたりもしました。今でも目に浮かぶこの世のものと思えない一時(ひととき)でした。でも、ブランドショップでの買物も面白く、旅費の数倍も支出した記憶があります。ある意味では、この頃が懐かしい限りです。その翌年(1997年)にはアメリカ・西海岸の大都会ロスアンジェルスとサンフランシスコを夫々3日間づつ訪ねました。日本はまだ肌寒い早春なのに西海岸の気候は過ごし易いものでした。滞在中は殆んど自由行動、久々のアメリカを堪能して大いに楽しい気分をあじわったものでした。

これらの3度の海外旅行は旅行記がありません。スキャナーでプリント写真をデジタル化し、簡単な写真集を制作するのも一法と思います。しかし次々の旅行記・制作なので放置せざるを得ないのです。

それからは旅行記一覧ページにリストされているとおり年1〜2度の海外旅行でした。だんだんとブランドショップから離れていきました。大型空港や訪問地の繁華街なら何処にでもあるブランドショップに飽きて、めったに足を踏み入れなくなったのです。免税店でも土産品やチョットした小物を記念に購入する程度になりました。海外旅行の楽しみ方が少し変わってきたのです。例え買物はしなくとも、国内とは全く違う環境での旅行は最大の気分転換です。今後もなるべくなら時々出かけたいと思う海外旅行10年目です。

思えば、その間にPCと周辺機器、デジカメ、ビデオ等々のデバイスも長足の進歩を達成し今なお進化し続けています。インターネットも然り、HP用言語から各種の応用分野まで発展は目覚しいものでした。
ところが個人的にはHTMLとCSSが使える程度で足踏みです。JAVA−SCRIPTはコピペで利用できるだけ、CGIは自分のPCでは機能させてもウェブ上では動作させることが出来ないままに放置です。今後は基礎的技術の面にも時間を当てることが出来たらナー、と思う昨今です。あくまで願望ですが・・・。

今後の事は分からないのですが、北行庵と旅行記をどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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