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オーストリア、周遊の旅 (2010/5/27)
グロスグロックナー、フランツヨーゼフ・ヘーエ
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グロスグロックナー山岳道路の南端の入口、ハイリゲンブルート (車窓撮影) ■コートヤード・ホテル、出発まで
□グラーツからグロースグロックナー山岳道路
●フランツ・ヨーゼフ・ヘーエ展望台
昼食(展望台レストラン) & 自由行動
□フランツ・ヨーゼフ・ヘーエからザルツブルク
■ホテル・オーストリア・トレンド、チェックイン
★ザルツブルク新市街→旧市街
○夕食(旧市街のレストラン)
★夕食後の旧市街・散策→バス乗場
■ホテル・オーストリア・トレンド(1泊目)


コートヤード・ホテル、出発まで: 
05:00 丁度に目覚しで起床。すっきりと起きれました。
昨夜は疲れ過ぎで体調が極めて悪く、通常以上の痛み止め(ロキソニン)を服用して休んだ。右半分の痛みが薬で治まったら熟睡したらしく、驚く程に疲労を引きづッていない。立ち上っても右足の痛みは消えたも同じだった。
大急ぎで洗面所に行き、鏡で顔の赤い斑点をチェックした。額の数カ所と両目の下の斑点は完全に消え、普通の肌に戻っていた。塗っておいたオロナイン軟膏が効いたのか、極端な疲れが取れたので皮膚の異常も自然に消滅したのか、その辺は分からなかった。多分、共に効果的だったのでしょう。洗顔の後、顔に日焼け止めを塗っておきました。
一晩良く眠り、体調は正常といえる。心から安堵しました。

06:00 部屋を出る。朝食には早すぎるが外の様子を見たいのです。ロビーから外に出ると、早起きのメンバーが数人散歩していました。ホテルの近くながら、野バラが咲いていたり、野兎がいたり、珍しくて楽しめました。写真を撮ったりしていたら、時間は早く過ぎました。

06:25 ロビーに入り、レストラン前に行く。少し早かったが入れました。適当な席に決めて、料理を取りに行く。ビュッフェ・スタイルなので、少なめ(?)を心がけたつもりですが・・・。食前にオレンジ・ジュース、メーンとしてスライスド・ハム2枚、生ハム2枚、トマトとキュウリと赤ピーマン切身を取りました。他には丸パン1個とバターとジャム、カットフルーツにヨーグルト、最後にコーヒーでした。コーヒーはポット入りがテーブルに置いてある。少々ぬるく物足りなかった。
普段より随分と高カロリーですが、食べないと疲れ易いことも確かです。
食後に通常の処方薬の服用ですが、加えて痛み止めものんでおきました。今日は歩かないので、不要かも知れませんが・・・、念のためです。

06:50 部屋に戻った。今日は東アルプスの山中に入る。ヨーロッパの天候は変わり易く、山岳地帯ならなお更でしょう。半袖カラーシャツを長袖に着換えた。その上に薄手の半コートを着るので大丈夫でしょう。傘は忘れずにリュックに入れました。
E2.00コインの枕チップを確認し、他にも忘れ物を2人でチェックした。
07:05 スーツケースを部屋から出し、エレベーターを使ってロビーに下りる。もう皆さんは集まっていました。鍵を返却するだけのチェックアウトをすませる。
07:10 スーツケースはドライバーさんに任せて、バスに乗車。運転手側の前から三番目の席にした。今日は長距離移動なので前の席にしたのです。

グラーツからグロースグロックナー山岳道路:  東アルプス、車窓の風景
ウェルター湖と東アルプス (車窓撮影) 07:25 出発。日程表では、これから約295Kmの走行です。
直ぐ高速道路に入った。都会部は走らず南オーストリアの農村となる。高い山はなく、豊かな森林に覆われた山麓が穏やかに波打つ地形を走った。森を切り開き、牧草地や麦畑(?)をつくっている。農家の佇まいがポツポツあるのどかな風景がつづいた。どこかスイスの風景に似ています。スイスの多くはドイツ語圏、オーストリアもドイツ語圏、遠い祖先は同じなのでアルプス山麓の農村風景が似ていても当然でしょう。

添さんは車中でいろいろ話していました。例えば、

山上の古城、ここは廃墟です(車窓撮影) 08:06 道路の左側に崩れかかった古い石柱が並んでいた。古の放置された城跡でしょう。あちこちに古城が残り、一部は忘れられて廃墟に、一部は外形を何とか留め、一部は細々と活用されている、そんな地方のようでした。
その後、白い花を沢山付けたニセアカシアが時々あった。
08:20 この頃、遠くに残雪の山並みが見えてきました。東アルプスのようです。
08:45 満開のニセアカシアがしばし道沿いに続き、見事でした。この地方でもアカシアの上質な蜂蜜を採るのでしょうか。
08:55 ウェルター湖が左に見える。
09:05 バスは西向きから北向きに走り始め、一寸したトンネルを通り過ぎる。

09:20 オートグリル(Autogrill)という店で休息。駐車場の横で赤いマロニエが満開、入口近くには珍しくも石楠花が咲いている。
この店はサンドイッチから飲物まで、ワインもあり、果物から雑貨まで、ドライブ中に必要なものは何でも扱っているようです。
トイレは有料で0.50ユーロだった。小銭がなく、番の人に5ユーロから釣りをもらった。
09:40 出発。

ハイリゲンブルート近くの集落と教会 (車窓撮影) これから目的のフランツ・ヨーゼフ・ヘーエ展望台まで休みなく走る予定です。
09:55 走り始めたら直ぐに谷間の道になった。たまには崖から滝が落ち、集落があり、教会の尖塔がめだつ。時には牧童が牛の世話をしていたり・・・。氷河谷の底に続く呑気な農村の風景がつづいた。
10:14 水力発電所があり、その後は盆地となった。集落にはメイポールが立ち、外見的にはスイス風の教会がポツポツと見える。ここではライラックが咲いていた。
グロースグロックナー山岳道路
Grossglockner Hochalpenstrasse

ザルツブルグ州、ケルンテン州、東チロルにまたがる広大なホーエ・タウエルン国立公園を南北に縦断する道路が1935年に貫通した。 南のハイリゲンブルート(Heiligenblut)から北のファーレンテン(Ferleiten)までの東アルプスの自然の景観を満喫できるようになった有料の山岳道路です。シャレック岳(Scharech, 2604m)の山麓上部に山岳道路の最高地点ホッホトーア(Hochtor, 2506m)があり、そこから西方約10Kmにオーストリアの最高峰グロースグロックナー山(Grossglockner, 3797m)がそびえる。有料道路は山岳道路から西のフランツ・ヨーゼフ・ヘーエ展望台まで枝道が伸びている。展望台の眼下には巨大なパステェルツェ氷河(Pasterzen Kees)があり、グレッチャー・バーンというケーブルカーで氷河まで下ることもできる。
期間: 通年ではなく、2010年は5月1日から10月31日のみ開通している。
参考サイト:
Grossglockner High Alpin Road (英語)
10:47 ホーエ・タウエルン国立公園に入った。広大な公園でザルツブルグ州、ケルンテン州、東チロルに跨る東アルプスの自然公園です。
グロースグロックナー山岳道路の南の入口はハイリゲンブルートになる。その手前の谷底に集落があり、少し離れて教会があった。その高くそびえる赤い尖塔が自然の風景では目立っていた。
教会の尖塔はヨーロッパの何処でも見ますが、赤い屋根はとても珍しいものです。ガイドブック[Ref.01、p.322、p.310]の写真によると、チロル地方のオーバーグルグルやゼーフェルトという町にもある。全て良く似た尖塔なので、山岳地方のカトリックの一派かも知れません。

11:10 ハイリゲンブルートで急カーブ、それまでの谷底の道と違い、バスは曲がりくねった山道を登り始めた。どうやら人間が住む谷の最奥部に到達でした。
11:15 グロースグロックナー山岳道路の料金所に到着です。車はE28.00(約3300円)、バイクはE18.00(約2150円)と表示されているが、観光バスは幾らでしょう?
ここからは高い山の多くは既に厚い雲に覆われ、低い山々しか見えません。この時点でオーストリアの最高峰グロースグロックナー山を見ることは諦めました。山岳観光は天候依存、残念ですが・・・。

フランツ・ヨーゼフ・ヘーエ展望台:  フランツ・ヨーゼフ・ヘーエ


曇のち雨のち霙。フランツ・ヨーゼフ・ヘーエ展望台からパステルツェ氷河、融けてかなり後退している。

料金所を過ぎてから、岩山の山道を西に向かう。途中に「マーモット生息地」の標識があった。スイスのゴルナーグラート展望台近くやグリムセル峠(飼育場)で見たことがあるリス科の丸っこい動物です。今日は天候のせいか、車窓から見れなかった。
左手に氷河が作った深い谷があり、反対側の連山がみえる。ここは未だ雲はなく山並みがはっきりと見えた。
11:38 標高2200mの標識があった。
途中、山のホテルや小さな教会堂やダムが見えたりした。
11:43 曲りながら登るとバスが並んだ駐車場についた。グラーツから約4時間半のドライブでした。ここにフランツ・ヨーゼフ・ヘーエ(Franz-Josefs-Hohe/標高2369m)の展望台がある。谷底は見えるが、素晴らしいはずの最高峰は雲隠れでした。
好天気にトレッキングでさらなる高所に行けば高山病の心配もあるが、フランツ・ヨーゼフス・ヘーエの標高なら普通の人は高山病にかからないでしょう。
直ぐ総ガラスのエレベーター塔を持つ展望台の建物に入った。確か自分でラックから取ったと思いますが、ここで日本語の「グロースグロックナー・アルプス山岳道路」という折畳み式の案内ブローシュアーを入手しました。
フランツ・ヨーゼフス・ヘーエ
Franz-Josefs-Hohe

『オーストリア・アルプスの最高峰グロースグロックナー山(Grossglockner, 3797m)は、1856年に皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が皇妃エリーザベト(シシィ)を伴って、この山と谷間の巨大な氷河を見物に訪れました。ハイリゲンブルートから4時間かけて登山、皇帝夫妻は眺望が素晴らしい所まで達し、そこで2時間以上すごされ、オーストリア最大の長さ9.4Kmのパステルツェ氷河の眺望とグロースグロックナー山の偉容に深い感銘を受けたと伝えられている。そこが「カエサル・フランツ・ヨーゼフス・ヘーエ」の展望台です。』 [オーストリア政府観光局/文章変更]
グロースグロックナー山(Grossglockner, 3797m)は見事なピラミッド形の写真も多いが、実は手前のクライネグロックナー山(Kleinglockner,3,770 m)の後方にある。鞍部(Glocknerscharte)で結ばれた双頂の山なのです。見る角度により頂上部の姿は異なります。
引用/参考サイト:
オーストリア政府観光局
「グロースグロックナー・アルペン山岳道路」

Grossglockner High Alpin Road (英語)
グロスグロックナー山岳道路・ホーホトール峠
グロースグロックナー山岳道路

昼食(展望台のレストラン): ランチ・展望台レストラン 
11:55 最上階のレストランに入る。
12:06 ビール(小)を1つ頼んだ。
テーブルに食パンが置いてあった。メーンは柔らかな厚切りの牛肉のソースがけ、フライ ド・ポテトと温野菜が添えられていた。スープかサラダの何れかは出たと思うけれど・・・。
最後に飲物代の集金、ビール代(E2.80)として E3.00 渡し釣りはチップにした。
12:50 この頃にレストランを出る。

自由行動:
13:10 展望台の建物を出て、少しでも氷河に近付けるように道路沿いの歩道を川上に向かった。昔は氷河が良く見れたであろう展望台がある。氷河らしきものが上流から足元の谷底に細々と流れてはいるし、遥か上流に大きな氷河の先端があるようにも・・・。しかし雲かも知れなかった。
インターネットで10年以上前の写真を見ると、現在の氷河はかなり融けたのが分かります。
雨に濡れるのもいやで、フランツ・ヨーゼフ・ヘーエ展望台に戻った。

13:35 昼食をしたレストランに入る。
入口近くの席にした。ツアー・メンバー4人と同席することになった。
体が冷えていたので紅茶にする。ガラスのカップでした。こんな天候なら外で見るものとてない。ここでゆっくりです。
14:00 この頃に紅茶代E5.00にチップE0.50を渡し、店を出た。

バッジ(1) バッジ(2)これは色違いも買った 同じ階の土産屋で絵葉書(単価?)10枚とエーデルワイス(Edelweiss)のバッジ(@E4.99)を3個買った。バッジは登山帽などに付けるもの、GROSSGLOCKNER 3798m と書かれたエーデルワイスのバッジはここでしか買えないはずです。この花はオーストリアの国花とされ、一寸した記念品です。(注:グロースグロックナー山の標高は 3798m となっているが、当旅行記では 3797m を使用しています。)

エレベーターを待っている時、一瞬ながら、その方向にグロースグロックナー山らしき高い山が見えた。すぐ写真を撮ったが、ガラスの水的で良い写真ではないし、本当に最高峰の頂上なのか山容からは疑問符が付くものでした。
エレベーターで地上に降り、傘をさして駐車場の川上側に行き最後の写真を撮っておく。やはり氷河は何とか見れるがグロースグロックナー山は雲の中で見えなかった。
14:18 バスに乗車。

フランツ・ヨーゼフ・ヘーエからザルツブルク: 
14:28 出発。動きだしたら雨に雪が混じり始めました。
残念な山岳地帯でしたが、それでもフランツ・ヨーゼフ・ヘーエ展望台を訪ねてパステルツェ氷河もかろうじて見れました。氷河谷の大きさや東アルプスの雰囲気も多少は感じることができて、それなりに来た甲斐はあります。

これからザルツブルグまで約140Kmの移動、約3時間の予定です。グロースグロックナー山岳道路から氷河谷に沿って西に向かい、東アルプスの奥深くに入りましたが、約10Kmほど同じ道を東に戻り、グロスグロックナー山岳道路の最高地点ホッホトーア峠(Hochtor/標高2506m)を通り、北に向かってファーレンテン(Ferleiten)まで山道を下る。そこに料金所があって山岳道路は終ります。一般国道をさらに北に進み、ザルツブルグまで走るのです。

山上の大きな古城 (車窓撮影) 天候ゆえに車窓風景は楽しめず、半分はウトウトと休んで過ごしました。添さんが車内で流してくれたモーツアルトの曲は良い子守唄でした。
山岳地帯からかなり下った所、まだ雨が続いていたが、山上に大きな古城が見えました。そこは外見上は保守も行き届いているように見えます。
何処からか分かりませんが、しだいに雨はやみ、ザルツブルクでは青空でした。

ホテル・オーストリアトレンド・ザルツブルク・ウェスト:  Hotel Austria Trend
ホテル・オーストリアトレンド・ザルツブルク・ウェストの正面 17:05 ホテル前に到着。予定より約30分早く着きました。
スーツケースは何時もながら各自でロビーに運びました。このホテルは別棟があり、正面の中央がタワー2、左右にタワー1とタワー3、ロビーは共有でタワー2にある。ザルツブルグはこのホテルに2連泊です。オーストリアのホテル・チェーンと聞きました。
しばらく待った後に、フロントの用件が片付き、まず今夕と明朝の予定が発表になった。

ザルツブルク(1) 
Salzburg

古都ザルツブルクはザルツブルク州の州都、現在の人口は約15万人、夏のザルツブルク音楽祭やヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトの生誕地(1756年)として世界的に知られ、中世を今日に伝える観光の街として賑わい、東5Kmに空港もある。
ザルツブルクの歴史は古く、798年に大司教座が置かれました。その後は政治と文化の両面でローマ法王庁との関係が強く、「北のローマ」とか「北のフィレンツェ」とも呼ばれ、大司教が領主を兼任する教会国家が約千年も続いたという。商工業者の定住も早く、996年には市場開設権や貨幣鋳造権をも獲得したとされます。
標高425mのザルツブルクの中央にザルツァッハ川(ドナウ川支流)があり市街地を2分している。南西域(左岸)が旧市街で大聖堂やレジデンツ広場、モーツアルト生家、標高542mの山上にホーエンザルツブルク城などがある。川の北東域(右岸)が新市街で中央駅やミラベル宮殿やミラベル庭園、モーツアルトの住居などがある。
ザルツブルクの意味は「塩の城」、昔から岩塩の産地として栄えました。修道院の一部だったらしいが、ヨーロッパ最古のレストラン(創業803年)というシュティフツケラーも現存しています。モーツアルトの生誕地にちなみモーツァルテウム音楽学校が名高い。さらに名指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989年)の生誕地でもあります。ブロードウェーのミュージカルを映画化した「サウンド・オブ・ミュージック(1965年)」の舞台としても良く知られている。
旅行前に観たレンタルDVD、2泊3日で80円、TSUTAYA
ザルツブルク市街の歴史地区は1996年に世界文化遺産に登録されました。
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参考サイト:
オーストリア観光局ザルツブルク
ザルツブルク市観光局(英語)
Yahoo!百科事典 →ザルツブルク
Wikipedia→サウンド・オブ・ミュージック

解散となり、スーツケースを引きながらタワー3のエレベーターに向かった。エレベーター乗場は半階ほど低い場所で、途中に階段がある。スーツケース用のスロープはなく、持ち上げて階段を降りる。これは頂けません。
エレベーターは1台のみながら階数が少ないので何とかピストン輸送です。

17:20 入室。シングルベッドが2つのツインでした。今までのホテルに比して狭く、調度品類も若向きと思うが、洗面所も清潔な感じで、スタンダード・クラスの部屋としては十分です。ドアーの鍵だけはオートロックに程遠い古いタイプ、入室しドアーを閉めたら内側から再び鍵穴に差込んでロックする。ザルツブルグは古い街、「鍵ぐらいは古いまま」と故意にやっていることかも知れません。

17:35 部屋を出る。このツアーは何かと早目です。
ロビーに出て、フロントに鍵を預けた。殆どの人達は集まっていた。
17:40 バスに乗車。この頃は曇になっている。
17:45 出発。

注: この街 Salzburg のカタカナ表記はザルツブルグまたはザルツブルク、オーストリアでの発音はサルツブルクに近いらしい。ガイドブックのRef.01とRef.02はザルツブルクです。オンライン百科事典のウィキペディアもザルツブルクでした。2010年7月7日にはGoogle検索のヒット数はザルツブルグ(270,000)、ザルツブルク(392,000)、で明らかな差が見られます。筆者はザルツブルグに慣れていたが、この旅行記では「ザルツブルク」を使用します。

ザルツブルク新市街→旧市街: 新市街と旧市街のウォーキング、観光ポイント巡り
18:10 この頃に下車。ザルツブルクの中心部は世界遺産、そこには観光バスで乗り入れ出来ない。新市街の何処かで降車、そこからレストランまで歩きです。ザルツブルクは多雨、それだけ緑がきれいな街と云われます。
18:25 音楽学校モーツアルティウムの前を通る。赤いマロニエと四角いモーツアルティウムの建物が良いコントラストでした。
それからマカルト広場(Makartplatz)を通った。この広場に面してモーツアルトが1773年に旧市街から転居した家(復元)があり、他にもオーストリアの物理学者ドップラー(Johann Christian Doppler、1803-1853)の生家もこの広場にある。ドップラー効果の理論はチェコ工科大学の教授時代に発見、オランダの物理学者が実証したとされる。遺伝に関する「メンデルの法則」で知られるチェコの司祭メンデル(Gregor Johann Mendel)は、一説によると、ドップラーの弟子だったそうです。
18:32 ドップラーの生家近くに有名な指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンの生れた家があり、外壁にその標識があった。ベルリン・フィルハーモニーを指揮したベートーヴェンの交響曲全集で今もって知られています。生涯に4回もベートーヴェンの交響曲全集を収録した指揮者は多分カラヤン以外にはいない・・・。
18:33 この頃にザルツァッハ川にでる。丘の上のホーエンザルツブルク城がよく見える。長いカトリック教の歴史があるだけに教会の尖塔も数多い。

ザルツァッハ川から旧市街とホーエンザルツブルク城、翌日の朝(05/28)撮影

ザルツァッハ(Salzach)川は、スイスからチロルを斜めに流れてドイツに入るイン川と合流し、やがてドナウ川となり黒海に至る。欧州の古都には大きな川が多いです。
18:34 歩行者専用のマカルト小橋(Makartsteg)を渡る。上流側、川下側、共に良い眺めでした。旧市街側の右側に遊覧船の船着場がある。
18:37 川沿いの道から旧市街のアーケードに入る。
18:38 いかにもドイツ文化圏の商店街グリス通り(Griesgasse)から旧市街の繁華街ゲトライデガッセ(Getreidegasse)に出る。商店の壁から道路上に面白い鉄製の看板が沢山でている。日本の看板より遥かに小型で、凝った作りの小型なものと云えます。
左手の奥はカーブして良く見えないが、何やら丘の上まで直線に立ちあがっていた。「メンヒスベルクのエレベーター」と呼ばれるもので、丘の上の遊歩道からザルツブルグの眺望が楽しめる。同行者の男性が夕食後に1人でエレベーターで丘に上り、遊歩道を散歩したらしいが、夜景はそれ程でもなく、暗くて淋しいので直ぐ下りたそうです。昼の方が良いらしい。
反対方向に向かった。左側にアーケードがある。その中に入ると、真ん中辺りの左に「Cafe Mozart Aufgang」の看板があった。

夕食(ザルツブルク旧市街、カフェ・モーツアルト): ザルツブルク旧市街、カフェ・モーツアルト
アーケード中央の左にレストランの階段あり 階段横のレストランの看板 18:39 階段を上がり、2階のレストランに入る。小奇麗な店です。
テーブルには食パン、半分に三角に切ったもの、をバスケットに入れてある。
飲物は日本語の値段表が用意されている。これまでビールだったが、今晩は「モーツアルト・ワイン」にしてみた。どんな白ワインか知らないが(知っていても同じ)、ザルツブルクは何でもモーツアルトでしょ?付き合っただけです。
まず、サラダがでてきた。トマト薄切り、サラダ菜、チーズでした。
メーンは白身魚のフライ、レモンとタルタルソース、ポテトにグリーンサラダも添えてある。新鮮な野菜類は大歓迎、美味しく頂きました。
デザートはケーキ、それもチョコレートでト音記号を描いたトッピングでした。サスガ・・・。序ながら、ウィーンのモーツアルト像の前にもト音記号の花壇がある。ト音記号は普遍的なものでモーツアルト専用ではないが、どういう訳か、モーツアルトにくっ付いているらしい。
食事が終ると飲物代の集金です。モーツアルト・ワインは E4.00、それにチップ E0.20 を付けて渡しました。
19:32 レストランを後にした。

夕食後の旧市街・散策→バス乗場:
19:37 ゲトライデ通り(Getreidegasse)のモーツアルト生家に到着。黄色い外壁に白い窓枠、5〜6階はある建物です。しばらく正面を眺めて過ごす。
綺麗な花屋さんやミニ広場がある小路を通り、大学広場に移動した。モーツアルト生家の裏側があるが、表に比べると少し派手さがない。
19:42 FURST というお菓子屋さんの前にきた。
添さん曰く、「モーツアルト・チョコは赤い包みが多いが、この店の青色のチョコレートはお勧め、本当に美味しいもの。値段的にはウィーンの赤い包みの方が安い。」
明日、ここで買うことにした。今日は見るだけです。
レジデンツ・ギャラリーの前を通り、大聖堂に向かった。
19:48 大聖堂の横に出る。ここはレジデンツ広場(Residenzplatz)という。
19:52 ザルツブルク博物館を回りこみ、モーツアルト像の前にでる。光線の具合でモーツアルト像はシルエット写真となり良く撮れなかった。
19:54 モーツアルト小橋に出た。この歩行者専用の古い鉄橋はサウンド・オブ・ミュージックのロケに使われ有名(?)になった。
川沿いの道を歩きマカルト小橋で川を渡り、バスが待つ場所まで歩いた。
20:10 この頃にバスに乗車。

ホテル・オーストリア・トレンド(1泊目): Hotel
20:30 ホテルに到着。
フロントで鍵を受取って部屋に向かった。
明朝は5:30起床の予定、シャワーで汗を流して早々に休みました。
昨夜のような極端な疲労や体調異常はなく、今夜は旅行中の体調として普通です。

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