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バルカン紀行4カ国 (2009/5/19〜5/29)
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出発時には心配だった疲労も実際には大したこともなく、楽しめた旅行でした。ドボルヴニク観光を終えるまでは素晴らしい天候に恵まれ、その後は一時的な雷雨に遭遇したり、曇だったり、最後のザグレブでは雨でした。往復を除き現地で丸7日間の滞在だったので、これは止むをえないことでしょう。
バルカン半島に到着後は専用バスでの移動です。1カ所1〜2時間の滞在後に数時間の移動はザラでした。しかし、石灰岩のディナリ山脈やカルスト台地、素晴らしく明るいアドリア海の海岸線など、車窓の風景は珍しくもあり、きれいでもあり、退屈せずに済みました。これも疲れなかった理由の1つかも知れません。

欧米では中世前の特色ある旧市街が多く残る観光地とかアドリア海のマリーン・リゾートとして良く知られていても、日本人ツアーはここ数年来とも云われるバルカン半島西側の諸国です。未だツアー向け土産屋に寄ることもなく、トイレ休息すら何とか都合をつけることすらあり、観光と見学に重点が置かれた旅行だったと云えるのです。全体的に食事やその他の衛生上の心配はありません。水道水は硬質で飲めませんが、自然の中の質素なホテルに泊っても掃除は行き届き、良い印象が残っています。

アドリア海沿岸部の諸都市は、ドブロヴニクを除き、ヴェネチアの支配下に置かれた時代が長くつづいた。そのためか見学先でイタリア的な雰囲気を感ずることも時折ありました。反面、内陸部ではハプスブルグ家(ドイツ系)の支配下にあった。同じバルカン半島の同じ国でも地方により伝統や習慣が多少は違うようでした。これはスロヴェニアとクロアチアのことですが・・・。一寸した事はどこでも片言英語で用が足りました。

今回の旅行ではアチコチに「○○○○年に地震で破壊された」という場所があった。頻度は不明ながら、バルカン半島では石造りの建造物を破壊する程度の地震が発生するようです。ザダールの近くで、台地に出来た大きな断層崖を車窓から見た時に納得でした。
聖堂や公共的な施設は地震の後で復旧や修復したものが大部分のようです。元通りと云うよりは再建当時の建築様式を採用することが多いようでした。

現地で直ぐ気付いたのですが、フランクフルト乗継でオーストリアからスロヴェニアもしくはクロアチアに行くと、南スラブ民族とされる人々の言葉の雰囲気が違うのです。ドイツ語圏からロシア語圏に入ったように思えます。スラブ民族は、一説によると、東スラブ人(ロシア・ウクライナ・ベラルーシ)、西スラブ人(ポーランド・チェコ・スロバキア等)、南スラブ人(スロヴェニア・クロアチア・セルビア・ブルガリア等)があるという。しかし、遠く遡ると同根でも、長い歴史と生活地域によって言語や生活習慣が変化して、異なる文化の異なる民族とされるまでになった。が、「臍の緒」はひきづっている。耳にする現地の人々の会話音声はロシア語にそっくりに感じました。「クロアチア語などはロシア語の一方言」なる説明もあったが、その音感からは納得です。
日本語でも津軽弁と薩摩弁は日本語がルーツながら互いに通じない異文化の別言語とも云えるでしょう? しかし、日本の場合には、戦国時代の諸国の争いを経て別の民族として分離独立することはなかった。
ところが、旧ユーゴスラビア崩壊後のバルカン諸国の民族意識は、例え大昔は同根の部分があったにせよ、強烈至極だった。結局は内戦を経てバラバラに独立国家となった。そのプロセスは未だ完了していない、らしい。宗教も歴史の流れに起因してカトリック、セルビア正教、イスラム教などがあり、地域や意識を隔てる壁にもなる。恐るべき独自文化への執着心、海に守られた日本の民族意識とは違うようです。
南スラブ人のスロヴェニアとクロアチアの文字はキリル文字(グラゴール文字?)ではなくラテン文字、宗教もカトリックが主流です。 乱暴な独断ながら、あえてフランス人をラテン化したゲルマン民族(ケルト人)と表現すると、スロヴェニア人やクロアチア人はラテン化したスラブ民族と云えるのかも知れません。

難しいことはさておいて、旅行写真を見た方はお分かりかも知れませんが、お八つのアイスクリームや昼食と夕食に普段は飲まないビールをよく買いました。前半は夜も甘いものを少し口にした。しかし、全体として食事を含め量的には何時ものツアーと同じに思えます。ところが、帰宅後の体重は3Kg近くも増えており、減量に2週間もかかりました。バス移動が長く、歩き回る時間が少なかったためでしょうか?

相変わらず、思いのまま長々と書き綴った旅行記ですが、如何でしたでしょうか。少しでもお楽しみ頂けたり、お役立ち情報の発見があったなら、幸甚に存じます。
この旅行記が当サイトの22番目の海外旅行記です。もし興味と時間がおありなら、どうぞ他の旅行記もご覧ください。年代の古いものと新しいものでは幾分か違いますが、同じ人間が同じようなバック旅行に参加して、アチコチ訪ねて見聞したり写真撮影したりで書いたもの、旅行先こそ違っても基本的に共通点も多い旅行記と思います。お楽しみ頂ければ幸いです。

御訪問に感謝しつつ、これにてバルカン紀行も終りといたします。

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