中国旅行記|北京4日間( 1日目:2010/4/3 )
往路(⇒羽田→成田空港⇒北京空港→ホテル)
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2010.04.03 北京首都国際空港・第3ターミナル3階・到着ホール/検疫所・入国審査ブースあり 自宅出発まで
国内移動(→成田空港)
** 自宅→地元空港
** 地元空港・ツアー参加
** JAL羽田便
** 羽田空港
** リムジンバス
成田国際空港第2ターミナル
JAL北京便
北京首都国際空港
** ツアー集合・到着ロビー
バス移動(→ホテル):ガイドの注意事項
ホテル新世紀日航


自宅出発まで:
06:30 日常生活と大差ない起床でした。
外は明るい晴です。風もなく絶好の出発日和でした。

パンとヨーグルトの朝食を済ませた。ブラック・コーヒー3杯を出発までに飲みました。何時もならランチ後までチビチビと楽しむ量で、十分に満足しました。
適当な時刻にパジャマから旅行用衣類に着変えて準備完了となった。スタイルは何時もと似た物でした。黒のストレッチ・ジーンズ、黒の半コート(ダウン・ベスト付き)、濃紺のキャップ、旅行用ウォーキングシューズで決まりです。桜の季節の北京のこと、寒い日もあり得るでしょう。
08:00 戸締りやコンセント類の再確認をした。電気暖房は真冬なら留守でも落とさないが、早春の4日間なのでスイッチを切りました。帰宅は夜。すぐ電気暖房を入れ、同時に小型灯油ストーブに点火の予定です。まだ夜と朝は暖房が絶対に必要な北海道です。
光電話の機器類は電源を落とせない。ある程度と待機電力は必要です・・・。

ワイフの車まで小型キャリーバッグ2個を運び、後部座席に積んだ。
玄関に戻り、旅行靴をはき、リュックを持った。ロストバゲッジ対策の衣類1セットや手動ズーム一眼デジカメ、機内用のセーター、他の小物や行程表などが入っている。少し重さがあった。記録用のコンデジとボイスレコーダーは半コートのボケットにいれてある。財布は2個、ジーンズの前ポケットに分けて入れる。1つは日本円、他のは米ドルの小額紙幣、両替後の人民元は米ドルと同じ財布の予定です。パスポートは空港で使うから出し易い場所でした。
ワイフは小型ショルダーバッグに何時もの軽い手提げバッグです。もう忘れ物もなく、安心して出掛けれます。

国内移動(自宅→地元空港⇒羽田空港→成田空港): 地元空港の旅行会社窓口でツアー参加のあとは個人旅行と同じです。搭乗手続きからリムジン乗車券の購入なども全て個人で済ませるのです。成田空港に到着するまで通常の国内移動で目新しいことはないのですが、記録として項目別に記録してあります。
地元空港につく直前にワイフが忘れ物に気付き、自宅に取りに帰ったことが唯一のハプニングでした。

移動(自宅→地元空港):
□:□ ワイフの車を道に出し、門扉を閉めてから出発です。運転はワイフでした。
□:□ ラッシュ時でも渋滞はなく、空港手前のレンタカー会社まで順調な走行でした。
□:□ 車を降りてレンタカー会社の人にキーを渡した時、ワイフが「私の手提げバッグを積んだ?」と聞く。「いいや。自分で持ったでしょ?」 ところが、ワイフは私が積んだと思い込んでいた。で、手提げバッグは未だ家の玄関にある。幸い搭乗機の出発時刻まで約1時間30分以上あり、ワイフは直ぐ家に向かった。私は事務所に入って4日間の駐車料金(\2000)を払い、サービスカードに4日分の印を押してもらう。それから空港の出発口までボックスカーで送ってもらった。

地元空港、北京ツアーに参加:
□:□ 出発ロビーの左端のカウンターに旅行会社の窓口がある。若い女性職員が1人いた。
「カクカク・シカジカの理由でワイフが遅れますが?」
「九時半までに、奥さまがいらした時にここで参加手続きをしてください。」
しばし出発ロビーでボンヤリと過ごすことになった。別のツアーらしき人達がちらほら参加手続きを済ませたりしている。やはり高齢者が多いようです。同じツアー参加の人達がいるかどうか分からなかった。
□:□ キャリーバッグをロビーの隅においてトイレに行く。これは外国では絶対にダメですが、国内のローカル空港なので「心配なし」とした。
□:□ レンタカー会社のボックスカーが入口に止まった。ワイフが降りたのでほっとする。
かなり飛ばしたらしく、40分程度で空港まで来ました。

2人で窓口に行き、パスポートを渡してツアーの参加手続きを済ませた。全ての搭乗便が明記されたA4サイズの eチケット領収書、羽田便の搭乗券(JALのはサイズと形状に変更なし・QRコード付き)、旅行保険証書を係から受取る。旅行保険証は各自で持つように云われる。この注意は今回まで一度もなく初めてだった。当然といえば、当然です。
参加人数を聞いたところ、「4泊コースが19名、3泊コースは3名」とのことだった。合計22名のツアーらしい。当地からの参加者数は分からないが、我々だけかも知れなかった。

その後はキャリーバッグのセキュリティ・チェックを通し、JAL窓口に行き、バッグ2個を預け入れた(確か2個合せて17kg)。預入番号札2枚を受取り、搭乗手続きを終えた。
直ぐエスカレーターで2階に行き、搭乗口待合に入るためセキュリティ・チェックを受ける。JALの搭乗券の場合は専用端末でQRコードを読み込ませ、通過を記録するだけでした。セキュリティ上の問題はなく、搭乗待合ロビーに入りました。
搭乗開始には少し早く、搭乗機をデジカメに納めることは出来ました。
出発15分前に搭乗の行列が出来始めた。その後ろにつく。

JAL羽田便: 成田国際空港 第2ターミナル
搭乗機は B767-300、座席配列 2-3-2、我々はパックツアーなので最後部から2番目の 47Kと47H でした。エコノミークラスのこの部分の座席は 2/3 程度の客でした。
ワイフから搭乗半券を受取る時に気づいたが、JMBカードを持ってこなかった。それで搭乗手続きの際にマイレージ登録をしていない。帰国後の事後登録が必要になった。半券は失くさないように保管した。「 旅の小道具と携帯品チェックリスト 」なんてページを公開していますが、本人はノンキ人間で・・・。
□:□ 定刻に出発。
□:□ 住んでいる街の上空を飛んだ。窓から良く見えたのでデジカメで撮っておく。水平飛行になるまで本当は電子機器の使用は禁止なのでしょうが・・・。

外は雲になり、持ってきた司馬遼太郎氏の歴史小説「世に棲む日々」を読み始めた。幕末動乱期の長州藩がテーマ、のっけから吉田松陰の両親や叔父の話が書かれていた。母上はお滝といい、娘時代に長州藩家老の児玉家に作法見習いとして入った。形式的に児玉家の養女となってから杉家に嫁入りし、杉百合之助との間に男児と女児をもうけた。男児は父・百合之助と叔父・玉木文之進の教育を受ける。後日、男児は杉家から山鹿流師範・吉田家の養子となった。後の松陰吉田寅次郎である。かなり年を経て、女児、つまり松陰の妹は母のお滝が養女だった児玉家に嫁入りした。・・・・・
驚きました。既に歴史上のことで自分には縁なき事ながら、亡くなった叔父の関係で児玉家の御子孫を知っていました。吉田松陰との血縁上の繋がりなど想像すらしたことがない。今となっては逝去されましたが、しばし、むきになって読みました・・・。いろいろ時代は変わりました。
追記(2015.01.01): 2015年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』は吉田松陰の妹「杉文(久坂 玄瑞と結婚)」が主人公です。それを機にネットで調べたら、杉百合介は吉田松陰の妹、芳子(1832年〜)、寿(1839年〜)、艶(1841年〜)、文(1843年〜)の4人をもうけました。児玉家の児玉弘之と結婚したのは長女の芳子でした。(以上、継承略。)

□:□ コーヒーのサービスがあった。以前と違い、蓋付き紙カップでした。

2010.04.03 磐梯山
中央の雪山は磐梯山、左端に不凍湖の猪苗代湖、右側に未だ凍った檜原湖と小野川湖と秋元湖

窓から外を見ていると、福島県の上空は雲が少なく、磐梯山と猪苗代湖が良く見おろせました。 猪苗代湖は不凍湖なのですね。忘れていました。

そこを過ぎたら雲で何も見えなくなった。霞ヶ浦あたりからゴルフ場の多い平野部が見え始めた。東京湾の周辺は本当に工業地帯で人口密集地、施設は新しいものも多いようです。
□:□ ランデングはスムース、ほぼ予定通りに羽田空港第1ターミナルのスポット18番に到着でした。

2010.04.03 羽田空港の新旧コントロール・タワー 羽田空港の国際化事業の1つとして建てられた高さ115.7mの新コントロール・タワー(写真の右)は現在の管制塔(写真の左)より約38mも高い。建設中のD滑走路も見渡すことが可能で、4本の滑走路を総合的に管制できます。現時点では世界で3番目に高いコントロール・タワーになる。2010年10月21日に4本目のD滑走路と新国際ターミナルが使用開始の予定で、その頃には運用される。近々、羽田空港は世界10大空港の1つに仲間入りするようです。
昨年末の香港旅行記に「 羽田空港の新コントロール・タワー 」についてコラムに詳しく書きました。

東京国際空港(羽田空港):
少々コンコースを歩き、バゲジクレームに行く。すでにコンベアーは回り始めていたが、我々のバッグが出るまで時間がかかりました。ここでも同じ旅行会社のバッジを付けた人達を見かけるが同じツアーなのか分かりません。
預入手荷物の番号と渡された番号札の照合は形式的になっている。到着ロビーに出て、小型キャリーバッグを引きづってマーケット・プレイス3階のスターバックスに行った。

2010.04.03 スタバでランチ 一番奥で眺めの良いカウンターが丁度2席あいている。そこにした。サンドイッチ1個(\420)と今日のコーヒー(小、@\290)を2つ購入し、ミルクと砂糖をとって席にもどった。我々は普段は小食を心がけているつもりで、サンドイッチは半切りを1個づつにした。甘いコーヒーで空腹感がおさまりました。しばし、ボンヤリとロビーの行き交う人々を眺めてすごし、そして店を出た。

リムジンバス:
□:□ リムジンバスの乗車券2枚(@\3000)を購入、支払いはクレジット・カードにした。直近のリムジンバスは12:55発があるが満席で乗車できない。次の13:10発にした。乗場7番に行くと大勢が待っている。だが先発組でした。係にバッグ2個を任せて次の列に並んだ。
リムジンバスは第2ターミナルからくる。やはり満席に近く、2人並んでは座れない。別れて席を取ったが、親切な男性が席を譲ってくれたので又一緒に座れました。途中は単行本を読む気になれず、桜の花が時折みれる車窓の風景を楽しんだり、ウトウトして過ごした。 成田空港・第2検問所まで1時間ていどだった。

成田国際空港 第2ターミナル: 成田国際空港 第2ターミナル
第2ターミナル搭乗窓口 第2ターミナルで降車し、キャリーバッグを引きづってJALの搭乗手続きに向かった。バッグのセキュリティー通過は問題はない。パスポートと eチケット領収書を提出して搭乗券をもらう。その時にワイフは足元が広い座席を頼んでいた。まだ早い時間なので融通がきき、座席票からエコノミークラスの最前席にしてもらいました。感謝!次にバッグ2個を預けた。パック旅行というより個人旅行と同じです。

ラムレーズン モールのアイスクリーム・ショップ−:
何か口にしたくなり、エスカレーターでモールに上がり、アイスクリーム・ショップに行った。シングル・ワッフルは370円、ワイフはマンゴー、私はラムレーズンにする。だった。空いた席でゆっくりと味わった。

エアポート・ラウンジ:
エアポート・ラウンジ 15:05 その後はする事とてない。出発は 18:15 の予定で3時間以上ある。
またエスカレーターで搭乗手続きフロアーに降りるとカード会社の案内所があった。そこでラウンジの場所を確認する。北側の端の1階上という。言われた場所にエスカレーターがあり、その近くの案内マップによるとカード会社共用エグゼクティブ・ラウンジは2カ所、モールの南北両端にある。エスカレーターでまた4階に上り、各自のゴールドカードを提出、スキャン後に中に入った。
客は数組ていど、空席がめだった。ここも赤ん坊の泣き声が聞こえたが、直ぐに泣き止んだ。 適当な席にして、コーラを取りに行く。それから単行本の続きを読み始めた。ラウンジの良さは、飲物は別としても、音や人の動きがなくて静かなことです。読書や仕事に集中できる。
16:57 ラウンジを出る。ショッピング・モールの中央のエスカレーターで降りた。

携帯品セキュリティ検査、出国審査、搭乗まで:
2010/4/3、成田空港の銀行・為替レート、中国元の買値と売値はかなりの差(±1.8CNY)がある。 17:04 携帯品と身体のセキュリティ・チェックをクリアー、出国審査に向かう。
17:10 出国審査も問題なく通過でした。
実は成田空港・第2ターミナルは2007年4月を最後に2年間も利用しなかった。その間に免税店エリアはかなり変わり、シャトル乗場へのエスカレーター・ホール周辺はナリタ5番街なるブランドショップ街になっていた。ショッピング・エリアは明るくて感じは良いが、日本ではブランド離れが云われる昨今のこと、ビジネスとしてどうでしょう。

短い自動運転のシャトルに乗り、搭乗ゲート91番に向かった。
17:17 この頃に搭乗口に到着、空席に座る。喉が渇いたので水飲み場を探したが見つからなかった。水のボトル(\150)を購入した。店には「機内に持ち込めます」と明示があった。
席に戻ってから、持参のどら焼きのおやつにする。

17:50 搭乗客の列に並ぶ。

JAL北京便 (中国東方航空(MU)との共同運航便): JAL北京便
17:54 搭乗、機材 B767-300、座席配列 2-3-2、我々は 15E と 15D です。 ビジネスクラスの直ぐ後ろの席でエコノミークラスの最前席だった。足のスペースが広くて楽だった。
このJAL北京便は中国東方航空とのコードシェア便(共同運航便)ですが、雰囲気としてはJAL便と同じに思えました。
リュックはオーバーヘッド・コンパートメントに入れたので少々不便だった。めんどうで文庫本も出せない。スリッパはワイフの手提げバッグだった。出してもらい履き替えました。
18:15 定刻に出発。
18:35 離陸。
18:45 中国の出入国カードに記入。必要な情報は日程表にまとめてあるので楽でした。今回も新型インフルエンザ蔓延のため検疫の書類も記入です。これに必要な事項はEDカードとほぼ同じ、加えて健康上の質問がある。中国語は分からないので英語版(裏側)に記入でした。
19:15 食事の配膳あり。ビール一本にグラス2個を頼んだ。ビールは日本のメーカー3社があり、○○○にした。通常の国際便なら、熱いお絞り、それから飲物とおつまみのサービスがあるが、今回はいきなり食事だった。飛行時間が短いためと思えた。
近くに赤ん坊を連れた客が二組おり、赤ん坊の鳴き声が煩かった。随分と泣いたが、ミルクを与えると泣き止んだので空腹だったらしい。
20:35 体が冷えたので、コンパートメントのリュックからセーターを出して着る。
22:12 ランディング。
22:20 北京首都国際空港・第3ターミナルのスポットに到着。巨大なガラスと鉄骨の外観がボーデングプリッジから見えた。北京オリンピックの前年に完成したターミナルである。ガラスと金属の現代的な建物でも、中国らしく見せるように赤色の巨大な柱も外壁沿いに並んでいた。 ここから中国時刻で表示: 到着 21:20  中国と日本の時差は1時間、時計を1時間遅らせる。

北京首都国際空港(Beijing International Airport): 北京首都国際空港
北京首都国際空港、到着ロビーを入国審査に向かう。 21:27 ボーデング・ブリッジを通り終え、スポット(確かE12?)から第3ターミナル3階の巨大なホールに入る。数多くのスポットが配置された巨大ドームの空間は物凄い広さだった。驚きでした。
巨大ホールの中央部に検疫所(Quarantine)があった。検疫票の提出のみです。体温の測定をしている様子はないが、中国は未だ新型インフルエンザを警戒している・・・。

北京首都国際空港
Beijing International Airport

北京中心部の天安門広場から東北 約25Km にあり、中国最大の空港で、全土の空港と結ばれるハブ空港です。
最初の空港は1958年に開港、1980年に第1ターミナルが完成、1999年の空港大改造で第2ターミナルも建設されて3倍の広さになった。2004年に第1ターミナルも改装された。
2008年8月の北京オリンピック開催に間に合わせ、第3滑走路や5階立ての第3ターミナル(国際線)が新しく建築された。さらに北京市内と空港を結ぶ地下鉄も開通した。
第3ターミナルは非常に大きく、さらに3ターミナル(T3C、T3D、T3E)に分かれ、そのコンコースの総延長は約3Km、互いに無人運転のシャトルで結ばれている。英国の建築家ノーマン・フォスター氏の設計による超モダンなターミナルです。第3ターミナルは2008年2月29日から共用開始となりました。
未確認情報: 現地ガイドさんによると、北京空港には来賓用ターミナル(VIP Terminal)があり、それを含めるとターミナルは4つあるそうです。Google英語版に掲載のページには Vip Terminal ありとするものもあった。
参考サイト:(文章合成変更)
ウィキペディア→「北京首都国際空港」
JAL空港情報/北京首都国際空港
次は入国審査(Immigration)です。ワイフは数名の行列が出来ている外国人窓口を避け、空いていた隣の中国人窓口に行ってしまった。仕方なく、その後で待つ。ワイフは中国人として(笑)無事に入国しました。
次に私ですが、出入国カード(ED Card)とパスポートを提出した後に係官が黙って顔を見ている。何も言わずに見つめ続けた。「何だろう?」 眼鏡を外したら、OKだった。私のパスポートは、日本の行政側の要請で、眼鏡なしの顔写真です。しかし、このパスポート取得の2006年以後、どの国でも一度も眼鏡を外さなかった。今回が初めてです。
昨年12月のデトロイト行き航空機爆破テロ未遂事件のあと、セキュリティが厳しくなっているのでしょう。
他に問題はなく、出国カード(Departure Card)を挟んだパスポートが返却されました。出国カードはアメリカならホチキスで止めてくれるが、他の国は挟んで返却です。ホテルなどでもパスポートが必要なので、中国を出国する時点まで失くさないことです。

トイレに寄った。ピカピカの快適な作り、設備はTOTOとなっている。この種のものは日本製がよいらしい。
エスカレーターでシャトル電車のプラットホームに下りた。面白い構造で電車の線路部はガラスと鉄骨の箱に覆われている。電車の乗降口の位置にスライド式ドアーがある。完全自動運転なので事故防止のため用心した作りでした。

21:33 シャトル乗場に到着。中国語・英語・日本語・ハングルで表示や注意書きがあった。
21:35 この頃、シャトルに乗車。
車両の運行は全自動、乗降ドアーは先述のように車両とプラットホームで2重、車内は日本の地下鉄に似た幅に思えます。シャトル電車は大きな国際空港のターミナル連絡用に設置されることが多いものです。多少は揺れるが快適でした。
21:40 シャトル電車を降り、バゲジクレームに向かう。

羽田や成田のバゲージ・リクレーム(Baggage Reclaim)に慣れていると、この空港のは物凄い広さがある。手荷物が出てくるコンベアーには番号が付いているが、少なくとも41番までは確認できた。ここに1番からあるのではなく、恐らくは第1、第2ターミナルから連番でしょう。
我々は36番だった。地下コンベアーから手荷物が出てきて、受取り用の回転するコンベアーに落とされる。高低差があり、ドカーンと落ちる。欧米の空港ならそのままが多いと思うが、中国のことで係が一名配属されていた。乱暴に落ちて手荷物が傷まないように手で受け止めている。どういう訳か、荷物は連続的にドンドンではなく、パラパラと間を置いて出る感じでした。 我々は使わなかったが真新しいカートも数多く置いてありました。
21:55 やっと自分のバッグが出てきました。
税関(Customs)に申告の必要がなく、赤色の窓口には行きません。
すぐ到着ロビーに向かった。

ツアー集合: 到着ロビー
21:58 バゲージ・リクレームから到着ロビーに出る。幾つもの旅行会社が出迎えているが、最後に我々の旅行会社の旗があった。ところが、別のツアーだった。モタモタしたが、最終的にオール北海道・北京パックツアー22名が旗を掲げた現地ガイド(中国人男性)の回りに集まりました。ここまでは、パックツアーと云っても個人旅行と同等でした。

22:00 現地ガイドはKさんという。中肉中背、丸顔でしっかりした目付きの人でした。日本語はかなり上手です。後で知ったことも紹介すると、北京大学の出身で33才、お子さんが1人(中国は1人子政策)、かなり以前に安く購入した北京市内のマンションに住む。値上がりしたので売りたいが、売ると同じ程度のマンションは買えない。投機マネー流入と云われる中国の不動産市場のこと、判断が難しいようでした。
これから中国出国まで3泊4日の間、いろいろと世話になります。実は、今日のところは、若干は舌足らずというか、よく分からないこともあり、問題の発生も無い訳ではなかった。しかし、明日の観光開始からは適切な案内で、不明瞭さなどに気付くことはなかったのです。結果として、とても良いガイドさんでした。
うっかり忘れていたが、ガイド助手兼カメラマンの女性(18才)がいます。観光や見学で歩く時はガイドKさんが先頭で、カメラマンが最後を歩き、遅れた人が迷わないようにしてくれる。
とかく極端に人が多い観光地では迷子に気を使うようでした。中国人の団体の多くは同じ色のキャップを被っているので分かり易い。ところが、我々は旅行会社の旗について歩くが、服装はバラバラ、旅行会社のバッジも小さなものです。群れから離れると大変です。

全員の点呼後に固まってバス乗場に向かった。

バス移動(空港→ホテル)、ガイドさんの注意事項:
○○○ ○○○ 22:04 外に出ると大きな円柱が沢山あるバス乗場だった。ターミナル近くの柱は中国らしく赤く塗ってある。遠方には大きな平たいドーム状のガラス屋根が見えていた。第3ターミナルの一部でしょうか。
我々のバスは道を横切った先に停車した。そこまで行くと、公安(Police)が停車位置を変えるよう指示していた。少し左の先に移動してバスは停車、そこでの乗降はOKでした。
総勢24名(参加者22名+ガイド+カメラマン)なので中型バス、でもスーツケース類は床下トランクに全部おさまりました。バスは比較的新しいもの、今日から4日間の利用です。

22:12 出発です。天安門とい和園の中間にあるホテルまで左程の時間はかからないようです。外は暗く、見るものもありません。ガイドKさんの説明に耳を傾けました。以下、その要点のみ、間違いは筆者の聞き違いとメモの書き違いです。

22:48 ホテル到着。
ドライバーさんが床下トランクからキャリーバッグを出してくれる。各自で運んでロビーに入った。中国にポーターはいない、とされます。

北京新世紀日航飯店/HOTEL NIKKO NEW CENTURY BEIJING: ホテル日航北京(HOTEL NIKKO NEW CENTURY BEIJING)
ホテル日航北京、2010.04.04 朝に撮影 22:50 ホテルに入った。
極端に大きなロビーではないが、感じは悪くありません。ガイドKさんがパスポートの処理とルームキーの手配をするのを待ちました。
その間に、ワイフは両替所の場所(フロントの右隣)を確認して、当座の3000円を人民元に両替しました。210.55人民元になったので、レートは 1CNY=14.25円。成田空港で確認した日本の銀行では 1CNY=15.55円 だったので、8%程度安いことになります。中国の国内ならどの店で両替してもレートと手数料は同じです・・・。
しばらく後にパスポートの返却とルームキーの配付がありました。 部屋に向かう前に、ワイフは「スペアー毛布を部屋に届ける」ようにガイドさんに頼んだ。Kさんは直ぐフロントに行き、その旨ホテルに伝えてくれました。このガイドさんは用件は即座に片付けてくれるタイプなのです。

各自、エレベーターを使って部屋に向かうのですが、ルームキーの差込口は直ぐ分かっても、カードキーを差し込んだままでは押した階のボタンが点灯しない。ドアーも Close ボタンで閉まらない。何かが悪い。結局は部屋のドアーと同じく、カードキーを差し込んで直ぐに抜き取り、それから階のボタンを押す。すると点灯してドアーも閉まった。ちょっとした事でも、初めての時は戸惑うものです・・・。6階なので直ぐ到着でした。

エレベーターホールから右に行き、また右に行くと左側の部屋でした。
11:15 入室。 何時もながら部屋と洗面所の写真を大急ぎで撮影しました。サイズも手頃、きれいな部屋でした。純白のバスロープやスリッパもあり、満足です。
驚いたことにスペアー毛布2枚が既に届けられていた。凄いスピードのサービスです。
それから、それぞれのキャリーパッグを開けました。

11:30 ガイドさんから電話があった。スペアー毛布が届いたか、その確認だった。届いていると伝えた。枕チップを置くように云われたが、それは了解です。

シャワーのボタン(上)とハンドル(下) シャワーの使い方が初めての時は少し難しい。蛇口の上の棒を押したまま栓のハンドルを押すとシャワーが出る。棒を押さずに栓のハンドルを押すと蛇口からでる。温度調節は良くあるように栓のハンドルを左右に回して行います。「棒を押す/押さない」でシャワーと蛇口の切換えですが、珍しいタイプでコツが分かり難い。先にシャワーを使ったワイフに呼ばれて、私も少々手こずりました。分かると簡単です。
前後しますが、翌日、ガイドKさんがシャワーについてコメントしたので、誰か電話で使い方を尋ねたのでしょう。

部屋が寒く、空調を暖房にして25℃に設定した。風は出るが何時までも暖かい空気が出てこない。一旦ベッドに入ってから送風を止めました。私でも寒くて眠れずスペアー毛布の上にバスロープを広げたぐらいです。ワイフはスペアー毛布だけでは足りず、パジャマの上にバスロープを着て寝ました。それでも、「サムイー。」
また前後しますが、翌日にガイドさんが云うからに、4月1日からホテルの暖房は止まっているそうです。それなら、前もって「暖房ないよ」でしょ!? もっとも御本人も寒さで寝付けず、やっと気付いたのかも・・・。我々は当初からスペアー毛布を届けてもらったからまだ良いが、室温ゆえに眠れなかった人達もいたのです。
翌日には全室にスペアー毛布が配られました。我々はスペアー毛布2枚づつになった。これなら大丈夫でしょう。ガイドさんかホテル側か、誰のせいとは云わないけれど、北海道の桜の季節は花冷えで寒い夜がけっこう多い。北京はそれ以上だった。

明朝の予定:
モーニング・コール(06:00)/朝食(06:30-)/ロビー集合(07:20)/出発(07:30)
我々は5:30起床の予定です。
寝る前に、忘れないように枕チップの 10元紙幣 をヘッドテーブルに置いておく。

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