HOME旅行記集
旅行記|オランダ・ベルギー、秋の周遊旅行 ( 9日目/2005年10月23日・日曜 )
アントワープ市内観光、アムステルダムから帰国
◇◆◇

ホテル出発まで:
06:10 起床。熟睡で疲れはかなり取れました。目覚ましのインスタント・コーヒーを飲む。
07:10 朝食。昨夜分も含めて大目に食べた。
07:35 部屋に戻る。早くも今日が最後の日です。アントワープ観光の後、夜にはアムステルダム・スキポール空港から帰国の途につく。忘れ物に気を付けてスーツケースのパッキングをすませた。セーターなど機内持込み用品の数点はワイフの手提げバックに入れてもらいました。 昨夕の疲労感はすごかったが、ゆっくり休んだので今日の観光は大丈夫と思います。
08:15 スーツケースを廊下に出す。
08:50 キーを返却するだけのチェックアウト。
09:00 出発。
今日の訪問先アントワープ(アントウェルペン)はブリュッセルの北に45Km、オランダとの国境まで30Kmの場所にある。バス移動も大した時間はかからない。

アントワープ(Antwerpen):
2005/10/23
駐車場からスケルデ川と対岸
09:50 1時間もかからずにアントワープに到着。市街を少々走って北海に注ぐスケルデ川(Schelde)沿いの駐車場にきました。ここで下車する訳ではなく、一応は立寄ってスケルデ川を車窓から見る程度のようでした。

現地で購入したガイドブック(日本語)の冒頭の言葉は、
「 アントワープはスケルデ川の娘です。 」
伝説によると、大昔、巨人アンティゴーンは川を渡る者から通行税を取っていたが、払わぬ者はその手を切り落としてスケルデ川に投げ捨てていた。しかしジュリアス・シーザーの甥サルビウス・ブラボーが巨人アンティゴーンを打ち負かし、彼が課していた罰と同じ罰を与えたのです。つまりアンティゴーンの手を切り落としてスケルデ川に投げ捨てた。・・・。[Ref.10, p.3 & p.9]

時は15世紀となり、スケルデ川の水路で運ばれてきた毛織物(イギリス)・金銀(南ドイツ)・香料(ポルトガル)の取引がアントワープで盛んになり、ベルギーのみならず欧州の経済活動の中心地となった。イタリアの都市国家ベニスが外国人の活動を制限したのと対照的にアントワープは外国人が自由に活動できる都市だった。その自由を求め、ユダヤ教徒やマラノス(改宗ユダヤ教徒)、カルヴィン派やユグノーなど新教派の逃げ場となった。そして産業活動と共に芸術活動や文化活動も活発な地になったのです。アントワープは画家ルーベンス、ファン・ダイク、P.ブリューゲル 生誕の地としても知られています。

その後の長い期間(1585-1830)、アントワープは外国の支配下に置かれ、経済都市としての活況を失いました。しかしその間もアントワープ港の重要性は変わらなかった、とされる。ベルギーは1830年にオランダから独立したのですが、スケルデ川の自由航行が認められたのはかなり遅れ、1863年になってからのようです。理由は巨人アンティゴーンの亡霊が近代になり化身して現れたためらしい・・・。現在はスケルデ川の両側に市街が広がりトンネルで結ばれている。

今日のアントワープは人口 約45万人でベルギーで第2の都会、北海から60Km上流にある港はヨーロッパでもロッテルダムに次ぐ有力な貿易港となっている。またファッションでも知られ、世界屈指のダイヤモンドの加工と取引のセンター(中央駅界隈)としてもあまりにも有名です [Ref.06, pp.181-185]。 アントワープのスケルデ川
バスは一休みの後直ぐにスケルデ川から離れ、南に向った。

ネロ少年とパトラッシュの銅像:
2005/10/23
2005/10/23
ネロ少年とパトラッシュの銅像
フランダースの犬(A Dog of Flanders,1872):イギリスの女流作家ウィーダ Ouida ( 本名デ・ラ・ラメー、1839‐1908 ) の児童物語。
フランダース地方の少年ネロと忠犬パトラッシュの交情を描く。絵の上手なネロは両親を亡くし祖父と生活していた。幼なじみの少女とネロの交流は娘の父親である風車場の親方によって破られ、ネロはクリスマスの夜、あこがれていたルーベンスの名画を収めたアントワープの教会の中で犬とともに凍死する。日本では大正の初期から児童名作として定着し、TVのアニメ作品にもなって人気が高い。
ところがベルギーでは無名といえる作品で、現地には登場人物の銅像などの類はなかった。2003年の春にアントワープのノートルダム大聖堂の広場に記念碑が建てられた。しかし、作品が再評価された訳ではなく、日本からの観光客などが「フランダースの犬」にまつわる場所を捜し求めるためである。
----------
[Ref.04 フランダースの犬]
Wikipedia ←フランダースの犬]
10:07 ホーボーケンに到着。物語「フランダースの犬」の主人公ネロ少年は当時はまだ農村だったホーボーケンで牛乳配達をしていた祖父の手伝いをしていた。その地は今ではアントワープ郊外の住宅街になっている。バスを下車して都会の道を少し歩くと、ちょっとしたビル(観光センター)の前にネロ少年とパトラッシュの銅像があった。1985年に日本人などの観光客誘致のために建てられた銅像とされる。物語の性質上、元気あふれる少年という印象はありません。一応は写真を撮って、おわりです。
話は飛躍しますが、ニューヨークのマンハッタン島の西側、ハドソン川の対岸にホーボーケン(Hoboken, New Jersey)という町がある。1626年にオランダ(当時ベルギーもその1部)はハドソン川の河口に植民地ニューアムステルダムを建設しました。今のニューヨークです。よくある話のように、アントワープ郊外の村ホーボーケンの人達が入植して米国のホーボーケンを建設したのかもしれない、と思いました。帰国後に調べたら、アメリカ原住民が「Hobocan Hackingh」と呼んでいた地名から「Hoboken」となったらしい。アントワープ郊外のHobokenとは関係はないようです。 ネロ少年とパトラッシュの銅像
10:15 バス出発。
10:35 スケルデ川の駐車場に到着。
我々の見学先はアントワープの中心部のみ、これからは徒歩観光になる。まずスケルデ川と中央駅の中間にあるルーベンスの家に向った。古い建物に挟まれた石畳の道を歩いたが、トラムがクネクネした軌道を走り、時々は観光馬車も客を載せてゆっくりと動いている。行交う人々は何となく垢抜けて都会人だったように思います。これが歴史が育んだ街の雰囲気でしょうか。

ルーベンスの家(Rubens Mansion):
2005/10/23
ルーベンスの家
10:55 ルーベンスの家の前に到着。入館に暫らくかかった。前は真ん中が幅広い緑地帯でカフェテラスやルーベンスの家の入館者用ロッカーなどの施設がある。
11:05 入館。
ピーター・ポール・ルーベンス(Petrus Paulus Rubens, 1577-1640)はバロック絵画の巨匠とされる、ようです。若き時代は欧州の各地で過ごし、イタリアでは8年間も絵の修行をしたらしい。1608年にオランダに帰国、1609年にアントワープにもどり、アルベルト大公・イザベラ大公妃邸のお抱え画家となった。そして1610年にここの土地を購入し、現在「ルーベンスの家」として残る住居とアトリエを建てました(1616年に貴族の邸宅を購入し自分の設計で改造という説もあるが、現地購入の Ref.06,p.38 に従った)。その後は終生ここで過ごしたそうです。ルーベンス亡き後は所有者が転々としたが、1937年にアントワープ市が購入して修復、現在は美術館として公開しています。

建物内部の写真撮影は禁止ですが、装飾類やルーベンスのコレクションや調度品が豊富です。17世紀のフランドル貴族の典型とされる豪華な食堂、主寝室や小寝室、コレクションの展示室、アトリエなどが見学できます。
中庭は彫刻で飾られた建物類に囲まれている。個人の庭では考えられない”凱旋門”と名付けられたものもあるが、これは通常の凱旋門のイメージとは違いました。小さな庭園もゆっくりと拝見しました。 ルーベンスの家

12:00 ルーベンスの家の見学を終え、レストランに向う。市庁舎とノートルダム大聖堂の南の地区に多くのレストランが集中しているのです。 そこまで歩きました。

昼食(レストラン):
12:25 レストラン到着。
飲物はビール小瓶(@2.50E)1本を2人で飲む。昼食はスープ、フランドル風カルボナード(シチュー風煮込みとサラダ)、デザートだった。 昼食(レストラン)
食後、ハネムーン参加者へ旅行会社が2回目のプレゼントを提供していましたネ。
13:35 レストラン出。ノートルダム大聖堂に徒歩で向う。

街中の徒歩移動( ⇒ ノートルダム大聖堂 ):
2005/10/23
市庁舎・ギルドハウス・ブラボーの噴水
昼食のレストラン往復の際に、旗を沢山飾った市庁舎やギルドハウスで知られたマルクト広場(グローテ・マルクト/Grote Markt)を横切りました。ここの中央には伝説に基づいた巨人アンティゴーンの手首を切り取り高く掲げたサルビウス・ブラボーの銅像がある。その手首からは水が出ているので「ブラボーの噴水」と呼ぶ。往路では、この銅像の台座部で子供達がギタリストを囲んでのビデオ撮影が行われていた。ベルギーというかアントワープの知られた人気ポイントの1つになるのでしょう。
ギルドハウスというと正面上部がギザギザした伝統的な建物を想像するのですが、市庁舎の右側にある一連のギルドハウスはその三角屋根の頂点に金色の彫刻の飾りが付いたものが多い。往年の繁栄を示しているのでしょうか。建物も何かしら古めかしさがなく、再建された新しいもののようです。
徒歩移動中に撮影した写真は順番に関係なくここにおいてあります。 アントワープの街の風景

ノートルダム(聖母マリア)大聖堂:
2005/10/23
ノートルダム大聖堂
13:42 ノートルダム大聖堂に到着。この大聖堂はアントワープ市内でひときわ目立つ高さ123mの見事な尖塔があるが、それを含めるとこの地方で最大のゴシック建築になるそうです。建物は1352年に着工し169年もかけて1521年に完成しました。その後、火災があったり、聖像破壊主義者の手にかかったり、略奪されたり、多難といえる面もあったようです。しかしこの大聖堂には名作とされるルーベンスの「キリスト磔刑図」、「キリスト降架」、「キリスト復活」、「聖母被昇天」の四部作があるのです。

聖堂入口に近付くと、男女の大道音楽家(?)が聖堂の外壁を背にギターとヴァイオリンの2重奏をしていた。珍しい組み合わせです。青空演奏のことで音響装置で音をかなり大きくしていました。

13:45 聖堂に入る。
13:46 児童物語「フランダースの犬」の主人公ネロ少年がこの絵を見ながら息を引き取った、とされるルーベンスの祭壇画「キリスト降架(1612年)」に案内された。大きなもので両翼は蓋ですが開くと3枚の絵となる。その中心の絵が「キリスト降架」でした。幾人もの男女が大きな白布を使用しながら十字架からキリストを降ろす場面が描かれている。この絵はキリスト教寺院における最も有名な絵画の1つになるそうです。
もう一つのルーベン ス大作「聖母被昇天」は聖母マリア大聖堂の中央奥にあった。その後は聖堂を一回りして他の大宗教画などを見学しました。
14:05 大聖堂の見学を終え、外にでる。 ノートルダム(聖母マリア)大聖堂

駐車場へ徒歩移動:
しばし2人の大道音楽家(?)の演奏に耳を傾ける。何も我々のような観光客だけではなく地元のベルギー人通行人も立ち止まって聞いているのです。そして立ち去る前に小銭箱にコインを入れる人達も結構います。私も近付いて小額の硬貨を入れました。小銭箱の中には同じサイズの銅貨が沢山あった。人数的には多くの人達が上げるけれど、各人はほんの小額のようでした。何となく不思議なのですが、この人達はこれが本業なのでしょうか、それとも何がしの目的があって時々実演しているのでしょうか?
「ノートルダム大聖堂の周辺は大道芸人が多い」というオンライン旅行記のコメントも見たことがあるので、他の種類の大道芸も時には楽しめるのかもしれません。

14:28 街中の石畳の道を歩いて、バスの待つスケルデ川沿いの駐車場に向った。途中の広場では鉢植えの花を日本では見られないような棚に並べて売っている。明るくて良い感じでした。駐車場に着き、これでオランダ・ベルギー旅行の観光は全て終了です。

バス移動( ⇒ スキポール空港 ):
14:34 バス出発。ベルギーの全観光は御夫婦のガイドさんが交代で案内してくれました。今日は日本人女性のガイドさん、手を振って見送ってくれました。これからアムステルダム郊外のスキポール空港に直行です。
オランダ  現地時刻(夏時間)はベルギーと同じ (JST-7時間)
16:00 高速道路沿いのガソリン・スタンドで休息。
16:15 出発。
16:40 対向車線で玉突き事故が連続して四ヶ所くらい続いた。同時多発事故です。すでに救急車や警察の車両などはかなり集まっていたが、5分(?)くらいその現場の光景が断続的に続いたような気がします。とにかく、驚くほどの車両が巻き込まれたようでした。今日は晴天なのでスリップ事故も考えにくいし一体何事かと思われました。 バス移動(⇒スキポール空港)
17:00 スキポール空港に到着。これで専用バスともお別れです。空港には現地の女性が添乗員さんのアシスタントとしてきていた。

スキポール空港 :
2005/10/23
スキポールの長いボーデングブリッジ
17:10 搭乗手続きを完了。ツアーなので座席は後ろの64Gと64Fだった。免税申告組みは6人だったが、現地アシスタントさんが申告手続き所に案内していた。手続きは非常に簡単だったそうで5分で戻ってきた。
出国審査の前に手荷物と身体のX線検査がある。意外にもスキポール空港の検査は厳しく、ジャンパーと帽子を脱ぐように言われ、ズボンのベルトも外すように指示された。たまたまかも知れないが、ワイフや周囲の人達も同じだったので男女の別なく隠し物がないか厳重な検査を実行していたのです。
この後に出国審査があり、当然EUの域外に出た旨のスタンプがパスポートに押されるはずです。しかしパスポートのどこにもEUの出国スタンプがありません。どんな出国審査だったか記憶にないのですが、今となっては少々不思議です。

17:45 カジノの前のカフェーでコーラを飲んだ。ワイフは小、私は中、のサイズです。やっと喉を潤すことができました。
Godiva gift box with ribon Orangettes
Godiva gift box with ribon Orangettes
ワッフル2種
休息後は免税店に行く。ワイフはここでもチョコレートをチョイスで箱詰め(@13.15E)にしてもらっていた。やはり随分と安価に感じます。
私は庶民派なのでしょうか、デリカテッセンで通常のワッフル3袋、キャラメル(?)を挟んだ薄い煎餅状のワッフル2箱(計10.75E)を自分用に買いました。価格的には日本の袋菓子程度のものでしょう。後日談ですが、箱入りの薄いワッフル(右側の写真)をワイフが水泳仲間に振舞ったところ全員が「オイシイ!」とかなり喜んだそうです。珍しさに反応したのでしょうが、日本の菓子と違う味もオヤツとして決して悪くないと思います。肩のこらないチョットした土産品として良いのかもしれません。ついでながら、ワッフル(waffle)はオランダ語で「蜂の巣」の意味のようです。

19:00 搭乗口F4の椅子に座り搭乗開始を待つ。
ツアーメンバーも集まり、添乗員さんが今回のツアーに関する旅行会社のアンケート用紙を配布した。 他に発表もあった。アンヌポア城に向かう途中ナミュールを通過した後に思わぬ事故に巻き込まれた最初のドライバーさんからわざわざ電話があったそうです。「元気にしている」とのメッセージがあったとのこと、怪我もなく本当によかったですね。
19:05 する事もないので旅行会社のアンケート用紙をここで処理した。ツアーの料金を勘案すると手厳しく記入する理由は見つからず、どうしても甘くなります。旅行社は沢山ありパックツアーも浜辺の砂の数ほど提供されているが、本当の格安ツアーは現地では自由時間を主としているのです。現地ガイド付きツアーとしては、満足すべきものと思います。

Godiva gift box with ribon
チューリップの球根
19:35 搭乗口F4の近くに「Last Minute Shop」という売店があった。新聞・雑誌から土産品まで、搭乗間近になって気づくようなものを置いてある店なのです。悔しいながら、やはり買物忘れを思い出した。(これだからスキポール空港の評価が上がる。)

チューリップの球根が売店の入口の棚に沢山並べてある。パックのサイズは同じでも色違いのチューリップが種類多くあるのです。各種の球根を混ぜたものを選び1パック30球根入り(@12.99E)を購入しました。もちろん検疫ずみ(アメリカ・カナダ向け、日本もこれでOK)で、有効期限は 2005/11/03 となっている。写真では左上の紫色の円形シールが検疫済みの印です。そして裏側に 「検閲済み(Certification of Inspection)」 の説明書が貼り付けてある。 チューリップの球根に限り、「検閲済み(Certification of Inspection)」のある袋詰めを買うと球根99個までは日本への持込は無申告でよい。ヒヤシンスなど他の球根は検疫のため必ず申告しなくてはならないようです。
帰国後、家で開封したら正しく30個の球根がはいっていた。チューリップは秋植えです。20cm程度に庭を掘り起こし、有機肥料2種をタップリ混ぜた床を作って球根を等間隔に置き、黒土をかけた。来春にどんな花を咲かせるか楽しみですが、陽当りは十分でも砂の少ない水はけのあまり良くない場所なので少々心配です。露地植えでなくとも、趣味さえあればプランターで楽しめます。 スキポール空港

[ 追記 2006/05/22 ] 昨年秋に露地植えしたチューリップの球根はお彼岸の直前に芽を出し、開花まで約2ヵ月かかりました。 以下に小型の写真を掲載します。
tulip-01 2006/3/21
2006年3月21日 土を割り芽が。
tulip-02 2006/5/3
2006年5月3日 葉が揃いました。
tulip-03 2006/5/22
2006年5月22日 咲いています!


帰国便( ⇒ 成田空港) :
19:45 搭乗開始。機材はJALのB747-400、大部分の座席は 3-4-3 の配置です。我々は後部なので配置は 2-4-2、窓側の63Hと63Kでした。2人だけなので気楽です。
20:15 定刻に出発、離陸は20:30ころだった。上空からアムステルダムの夜景がみえた。
20:58 オシボリのサービス。
22:15 夕食の配膳。
22:40 夕食のトレーを下げた。水の小瓶が配布になる。
22:45 クルーが窓のシェードを閉めて歩いた。
最後部の中央4席が空いていたのでワイフはそこに移動した。他の女性客も1人来たので2人で2席づつ使い横になって眠ったらしい。
私も2席を1人でつかい横になった。直ぐ眠る。
◇◆◇
HOME旅行記集 オランダ・ベルギー旅行記TOP現在の頁( 9日目 )
Page▲Top