旅行記| エジプト紀行・カイロを中心に、前半(11月17-20日) & 後半 (11月27-30日)
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2002年の梅雨時でしたが、9月以降の年内に15回ほど出発するパック旅行「エジプト・トルコ13日間」が阪急旅行社トラピックスから発売になりました。全国募集ではなく、「古代エジプト展」開催記念と称して地元の北海道新聞社が主催、エジプト航空が協力するものでした。エジプト航空の大阪・カイロ直行便(週2回)を利用したもので往復に無駄がありません。上エジプトにこそ行きませんが、行程は費用と期間を考えると充実したプランになっていました。東地中海沿岸地域 (レヴァント+マグレブ) は訪れたことがありません。文化・宗教・民族・習慣等々全てが異なる世界なので1度は訪問したいと思ってはいました。しかし、言葉は分らず、知識も不足、行動力と冒険心も軟化しています。旅行社提供のパックツアーの利用が安全で手軽でした。

行くと決めて「11月18日出発11月30日帰国のプラン」を6月17日にFAXで申し込みました。そして、5ヵ月も先の旅行なのに、7月9日にトラピックスに行って2人分の費用をカードで支払いました。何と気の早い・・・。ところが、7月中には満杯になってしまいました。さらに希望者が多いので、2003年1月〜3月にも追加的プランを遂行することにもなったのです。急ぎ申し込んだのは正解でした。未成年を含まない35名の参加者+ツアコン1名のグループとなり、専用観光バス使用の団体ツアーとなったのです。

そして、結論から申しますと、十分な満足感を伴って旅行を終え帰宅しました。天候的には極端な乾燥地域のエジプトは晴天続き、トルコでも2ヵ所の観光先で1時間程の雨に遭遇した程度で済みました。両国は地中海を挟んで南と北、気温差はかなりありました。それでもエジプトの気温は日中でも北海道の夏程度、湿度は低く快適と表現できる状態だったのです。かなり冷えると言われていたトルコの内陸部も長袖のカラーシャツに薄いセーター、そして時には綿のジャンバー、これで十分だったのです。持っていったマフラーと手袋は出番がなかった。汗かきの私としては両国とも快適だったのです。ツアコンのF嬢いわく、「皆さんは一番良い時期に参加されました。」 暑すぎず、寒すぎず、言われた通りなのでしょう。イスラム教国ではラマダン(日中断食・イスラム教徒が太ると言われる時期)ですが、団体の観光客にとって時折レストランでアルコール類がダメな程度の影響でした。反面、ラマダンの庶民的な飾り付けを街のあちこちで見れたり、独特な習慣を見聞きできたのはプラスともいえましょう。

移動時間を含めて13日間のパック旅行ですが、実際はエジプトで6泊(前3泊+後3泊)、トルコで中5泊でした。同じ地中海に面したイスラム教国とは言え、民族も歴史も文化も政治も異なる両国です。旅行パックとして一緒になっていても、旅行先として全く異質と表現できるのです。それで旅行記は互いに独立したエジプト旅行記とトルコ旅行記に分けました。エジプト旅行記は日本から、トルコ旅行記はエジプトから、となっています。
使用航空機は大阪・カイロ往復とカイロ・イスタンブール往復の全てがエジプト航空でした。エジプトではカイロ市内のソネスタ・ホテル・カイロのみ利用、バス移動のトルコではホテルが毎日変りました。旅行後に思い出す共通点は両国ともあちこちにモスクのミナレット(尖塔)があること、電圧が220VでCタイプのプラグを使用していること、ホテルの枕チップがUS$1.00/1人で諸物価に比べて高いアメリカ並の相場だったこと位でしょうか・・・。思い出しながら旅行記にいろいろ書いてみるつもりです。

1970年代のオイルショック、1980年代のイラン・イラク戦争、1990年代の湾岸戦争、2000年代のテロとアフガニスタン攻撃等々一部のイスラム教徒が主役の事件がある度に、イスラム国家に関して宗教・歴史・文化・習慣などの各種の解説がなされます。その都度、適当に目を通しているはずですが、未だに遠くに感じられる未知の文化圏、要は無関係・無縁の世界だったのです。忘れて過ごしていた高校時代の世界史はイスラム圏を重要視していなかったし、それ以外では正規に勉強したことも無く、日常では必要度も少ないのでやむを得ない状態でもありました。改めて手持ちの書籍とインターネットを活用し、アナトリア(小アジア)の歴史を中心に読み漁りました。あまりにも多様な歴史ドラマに圧倒され、世界文明を育んだ要の1つ、重要極まりない土地を訪れることを後から知った次第です。お恥ずかしいかぎりですが・・・。観光ガイドブックも地球の歩き方「エジプト」とゼンリンのニューツアーガイド「トルコ」の二冊を用意しました。必要な事柄はザッと目を通したつもりですが、平素の不勉強がたたり、ザルに水で記憶に残りません。十分な準備時間が有りながら準備不足を強く感じながら出かけた旅行でした。

計画から実行まで全て自分の責任で行う個人旅行とは違って、パック旅行は費用の支払いさえすれば準備なしでも十分旅行が楽しめるようになっています。次から次にと食事、移動、見学、移動、見学、買い物、・・・、食事、移動、睡眠。 実に忙しい毎日ですが、効率的に見学・観光が出来るシステムです。衛生環境も良好とは言いがたい両国で、旅行社が選定したレストランの食事は味はともかく衛生上の心配はしないで済むのです。さらに旅行中の費用も必要なチップと飲み物代だけで済ますなら数万円に押さえることすら可能です。自由な買い物の楽しみは難しいですが・・・。エジプトではエジプト人ガイドが、トルコではトルコ人ガイドが初めから終りまで世話をしてくれました。2人とも日本語が実に上手で説明も良く分りましたネ。よいガイドさんに当ると旅行の楽しさが倍増します。

今は「良い時期に行ってきた」と思っています。アメリカは国連視察団の結果次第で即刻イラク攻撃を実施する準備を進めていますし、日本政府は後方支援強化の観点からイージス艦のインド洋派遣を決定したと報じられました。アメリカの対イラク攻撃が始まり、海上自衛隊の艦船がインド洋での支援活動を活発化させると、イスラム教徒の一部の過激な人達が日本人に対して個人的/組織的な報復活動を開始する可能性も完全否定はできません。政治や戦争に無関係な観光旅行も影響を回避できない最悪事態を想定する必要がありえるのです。時間の経過が明らかにしてくれますが、私としては「運良く安全な時期に旅行できた」としています。

旅行記でも説明しますが、ホテルの出入りも厳重ですし、観光バスにも私服警官が常に乗車、土産屋などに寄る都度に観光バスにパトカーがピタリと付いたり、自動小銃を持った警官が直ぐ警備にあたる、ものものしい状態のエジプトでした。ただし現在の国際情勢の反映ではなく、かつてのルクソール・テロに懲りて大切な観光客を護衛する目的でやっているようです。現時点では、警備状態から日本人が受ける印象よりはかなり安全なようです。トルコはエジプトのような状態ではありませんが、アメリカの対イラク戦争に反対するグループが選挙で勝利したとも報道されます。何時、何がどう変るか予断はできないでしょう。旅行記の初めに物騒なお話で申し訳ありませんが、現実は・・・。 (以上の2パラグラフは2002.12.07記述)。

旅行記も少しづつ数が増えてきました。今春のイタリア旅行からホームページ掲載用に旅行記を書き始めましたが、ホームページ経験1年になりますと気付くことが多々あります。例えば、旅行中の個々の訪問先をリストしたページが検索エンジンに登録されているので各種のキーワードで検索され接続されます。接続された方に気の毒なケースの1つは、2つ以上のキーワードで1つの旅行記を探した時に、検索されたキーワードが二つ以上の異なる旅行記に渡る場合があるのです。もう1つのケースは、行程に沿って旅行中の出来事や見聞内容や感想をエッセー風に記述した旅行記であるために、何かお調べになる為に接続された方には内容が不十分になりがちなことです。旅行記全体の通読をして頂くのが望ましい形式ですから、特定情報の検索には適切さに欠けているのです。

アクセス数の多い旅行記リンク集の運営者によりますと、「旅行記は、(1) 文章そのものを読む目的、(2) 何か特定情報を探す目的、のいずれかで接続する」と言っています。今までの北行庵の旅行記は主に(1)の人達を対象に記述されました。しかし、旅行記検索の自分の経験からも、(2)の人達に対しても親切である必要を感じます。ところが、双方を1度に満足させることは欲張り過ぎで解決できない難題を自分に課すことにもなります。今までと同じスタンスながら、少しだけ(2)の方達にも配慮したスタイルの旅行記にしたいと考えながら記述を進めるつもりです。利用し易い旅行記形式かどうかは将来の皆様の御判断に委ねるしかありませんが、自分なりに経験を生かしながら工夫するつもりです。

北行のエジプト旅行記、長々と書いたので冗長なところも多いかとは存じますが、ごゆっくりとお楽しみ頂ければ幸いです。初めて旅行記に加えた写真集 PHOTO GALLERY もどうぞ御覧になってください。本文を読みながらテーマ毎にアルバムを表示できますし、PHOTO GALLERY のみをまとめて御覧になることもできます。

では、「旅行記|エジプト紀行 カイロを中心に・・・」を宜しくお願いいたします。

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