旅行記| エジプト紀行 カイロを中心に、( 1日目 /11月18日)
新千歳空港発・関空乗継・エジプト(カイロ)着
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05:10 起床。インスタントコーヒーを二杯のみ、牛乳とパンの朝食を済ませる。不要とは思ったが、出発前のテンションによるストレスもあると思い、ガスター(胃の薬)などを服用しておいた。今年2月の胃潰瘍の後は医師から常にガスターを処方されている。胃潰瘍が完治した後は、胃痛を感じてから服用を始めても間に合うと言われているが、気休めである。

出発地と到着地の気温差が大きいと衣類に気配りが必要となる。今日の服装は飛行機内の気温に合わせた薄手のカラーシャツとセーター、それに薄手のハーフコートでした。千歳空港と関空ではそれで間に合い、カイロ到着後は薄手のハーフコートとセーターを脱いで調整するしかないのである。関空でスーツケースを一旦受け取るが、機内の気温の関係でコートも持っていたいのです。エジプト到着後は手に持ってホテルまで行くしかありません。

06:30 ワイフの要請でホテルマンがラゲッジを部屋まで取りにきた。
06:35 チェックアウト。

トラピックス札幌の案内ではYY円と書かれていたが、1人XX円プラス税金で3割近くも安く済んだ。春のイタリア旅行でも同じくトラピックスのプランで後泊に利用したが、その時は印刷された通り1人YY円で支払った記憶がある。ホテルの宿泊料金は利用プランにより大幅に上下する場合があるので、何かの理由で安いプランにしてくれたのであろう。カード支払いのサインをしながら、初めから少し得をした気分を味わった。何か自宅出発後は小さな運が良いので、逆にここらで気を引き締めたのも本当のところです。

06:40 ホテルの人が送迎バスにスーツケースを積む。
06:45 送迎バス、ホテル出発。

新千歳空港
06:55 新千歳空港JAL出発口で下車。
荷物は運転手が下ろしてくれ、昨夜とは全く感じがちがう。このほうが客としては気分がよい。トラピックスの7時集合に丁度まにあった。JAL団体受付の前は既に大勢が集まっていた。ツアコンは女性のFさんだった。早速、エジプトの入国査証(ビザ)の代金1人3,650円の集金があった。エジプトは日本人観光客が多いのだが、 未だビザ取得(簡易型・カイロ空港で印紙をパスポートに貼り付け)を必要としている。この金額は日本からの入国とトルコからの入国の二回分だった。

JALの団体受付には修学旅行生の長い行列ができていたが、我々は先に割り込んだ。スーツケースのX線検査は問題なく通過したし、重量オーバーについても何も言われなかった。入場ゲートの検査は、ショルダーは問題がなかったが、自分のゲート通過でブザーがなった。金属製品は電卓、ベルト止め具、時計しか身に付けていなかった。少し不思議な気がするが、小型電卓だったらしい。

搭乗口に置いてある機械にJMBカードを差し込んでマイレージを記録しようとしたら、「今回の料金ではマイレージ加算はできません」と出た。トラピックスのお得ツアー料金でマイレージ加算は無理だった。が、不満はなく納得です。

JAL関西空港便
08:00 JL870便は定刻に新千歳空港のボーディングブリッジを離れ、08:10に離陸した。外は雨だった。向かい風のため多少遅れる可能性があるようなアナウンスがあった。実際は大した遅れはなかった。
関西空港
10:15 関西国際空港に到着。関空からエジプト航空利用なのでスーツケースを一旦受け取り、4階の搭乗窓口で再度預けるのだ。面倒でも航空会社が違えば致し方ないことである。関空はスーツケース運搬カートがたくさんあるしエレベータのスペースも広いのでスーツケースを携えての移動も楽なほうです。

10:41 4階南に集合。
ここでツアコンのFさんから長々とエジプト・トルコ滞在中の注意事項が申し渡された。 参加者35名は20歳位の女性数名から81歳の男性まで、その内訳は夫婦数組、女性姉妹グループ、友人グループ、母娘3組、熟年男性1人参加4〜5人だった。中には「枕チップ(ホテルのメイド・チップ)」を知らない人もいたが、皆さん海外旅行には慣れた人達だった。しかしエジプト・トルコは全員が初訪問なのだ。Fさんの説明も丁寧で詳しく、両替、両替可能通貨、使用通貨、物価、各種チップの相場、等々金銭に関する注意事項が多かった。

生水だけは絶対に飲んではいけないという。食事は3食付きなので他のことは旅行社が事前に調査・指示してあり心配はないのであろう。個人旅行の場合は現地の食べ物を口にして体調をくずす事も多い地域と読み知っていた。厚生労働省検疫所の海外感染症情報ホームページでも何かと警告が多い地域です。この種の心配が比較的少なくて済むのが団体ツアーの良さの1つなのでしょう。

航空券、トラピックス団体バッチ、エジプト入国カード(ETカード)を受け取った。エジプト航空の搭乗券をもらったら航空券はツアコンに返却するのです。さらに座席番号をツアコンに知らせなくてはならない。たとえ続いて搭乗手続きを済ませても座席が近いとは限らないので、グループ仲間が近くの席に座れるようにツアコンが座席の調整をするのです。 搭乗手続きとチェックインは11時45分以降とのことでした。
次に日本円から米ドルへの両替の説明と場所の案内があった。エジプトのホテルでは日本円からエジプト・ポンドへの両替が出来ないことが多いので米ドルでエジプト・ポンドを購入するしかないのです。両替手数料の二重負担になるが止むを得ない。

ホテルの枕チップは置いても置かなくても良いとの事ですが、置くなら宿泊者1人当り1米ドルが相場という。これはインターネット旅行記でも時に指摘する人がいる少々不思議な習慣です。つまり、物価の安いエジプト・トルコで先進国アメリカと同じ水準の枕チップが要求されるのです。しかし従う以外にないでしょう。
トルコではホテルで日本円からトルコ・リラに両替が出来るし、買い物も日本円が使えるという。もちろんトラピッスで案内する店のことでしょう。日本円が使用できる意味ではトルコの方が融通が利いて楽ですね。

エジプト航空(カイロ直行便)搭乗手続き:  JALのカウンターでエジプト航空の搭乗手続きをした。コードシェアー等の共同運航ではないが、日本航空がエジプト航空の国内空港業務を請け負っていました。エジプト航空 MS-863 便の搭乗券は直ぐ連番座席でもらえたが、スーツケースの預入れで文句を言われた。「重量がかなり超過しています。団体ですから今回は宜しいですが・・・。」 やはり言われたか、と思った。その後ツアコンに座席番号を知らせたが夫婦連番なので何も変更はなかった。

米ドル紙幣の購入:  近くにあった泉州銀行で日本円で米ドル500.00を購入した。小額紙幣がたくさん欲しいと伝えると、「1ドル紙幣は1人20枚までです。」 ワイフと2人で40枚になり十分のはずだった。他は10ドルと20ドルで受け取りました。金額的には不要な位の米ドルでした。その時は両替手数料込みで 1ドル123.70円 だったし、一時的な円高の「たけなわ」とも思っていた。昨年のニューヨーク旅行の残金もあったのだが、手持ちの米ドル小遣いを増やしたのである。事実、帰国後の12月上旬には発表レートが1ドル125円以上に値上がりしていた。( しかし、2003年になると一転して円高ドル安の1ドル120円以下になったのです。為替相場の予想は本当に難しい。)

出国手続き:  12:15にパスポート提示だけの出国手続きをした。検査官のブースは行列は出来ても次々とスムースに処理されていく。出国すると、昨年までは旅行中のタバコとか化粧品など免税品の購入をしたものだった。私は禁煙したし、ワイフも化粧品などの購入にあまり興味を示さなくなっていた。結果的に 免税店には寄らなかった。

空腹だった。離陸後1時間で機内食(ランチ)が出るのは分っていても、何か食べる時間帯だった。ショッピングエリアには今春も利用した簡便なJALの食べ物屋(和式ファーストフード)がある。600円のエビ天ソバとオニギリ2個を購入し、そこのテーブルで昼食とした。手軽なので入れ替わり客が来て案外賑っていた。今晩のカイロのホテルで使用するミネラルウォータ「黒部の水」500ml瓶2本もそこで購入した。手荷物が多少は重くなるとしても直ぐ搭乗するし、夜のホテル到着でミネラルウォータの入手に不安があったからなのです。

12:45 店を出て、47番搭乗口に行く。既に皆さんは来ていました。丁度ツアコンのFさんがエジプト入国の際に支払うビザ料金を米ドル紙幣で確認作業中でした。銀行では難しかった手持ちの100ドル紙幣2枚を10ドル紙幣20枚に 両替してもらいました。旅行では小額紙幣の方が使い易いのです。Fさんは大きい額面の方が手間がかからず 間違いも少なくなるので歓迎でした。参加者のことを伺ったら、札幌は少なく地方都市からの参加が多いと言っていましたネ。皆さんチャンスと考えたようでした。

エジプト航空(カイロ直行) MS-863便: 
機内に入ると、エコノミー客席が緑系と紫系のパステルカラーでとても明るい第一印象を受けた。ヘッドレスト部の白コットンカバーにエジプト航空のマークがありデザインが珍しく面白いものだった。古代エジプトで天空の神として崇められたホルス(ハヤブサ)をマークに採用している。かなり拘りがあるようで、垂直尾翼、全てのエンジン、主翼先端の垂直部にこのマークを付けているのです。こんなにマークにこだわる航空会社も珍しいような気がしましたネ。機材はエアバス製 A340、主翼にエンジン4個ぶら下げたものでした。 我々は窓際の2席だった。手荷物を上部トランクに納め、靴を脱いでワイフが出したスリッパを履き、シートベルトを締め、ひざ掛けと小型の枕を使用し、ゴソゴソして何とか落ち着いた。そして座席の設備類をチェックし始めた。

JAL国際便のような液晶画面は各席になく、昔ながらの大型投影スクリーンと天井収納型のCRTがあった。CRTは必要になる度に天井から降り、放映が終わると天井に引っ込められる。あまり見る事のないタイプでした。前席背後のポケットを点検すると非常用小袋、非常用器具の説明、ホルス(英語・雑誌サイズの観光案内?)で全てだった。しかしヘッドフォンが見当たらない。座席の肘掛にはヘッドフォンの差込口はあるが・・・。

ポケットの下に可動式の足台がある。適当な高さで固定できるはずだが、上手く止まってくれず下まで下がってしまう。通路左手の乗客がスチュアードを呼び固定してもらった。下奥まで一旦押し込んでから上部に引くと固定される仕組みのようだった。やってみたがコツが分らない。やはりスチュアードにやってもらった。方法を知ると簡単で、自分の好みの高さに固定できるので具合がよい。ワイフの方は壊れていて膝掛け3枚で足乗せ台を作ってくれた。一所懸命に親切にしてくれるが、たとえ座席部の問題でも、私としては機体のメインテナンスは大丈夫かなと余計なことを考えてしまう。エジプト航空は新型旅客機の導入が早いことと座席設備のメインテナンスが良くないことで知られている、というコメントも航空関係サイトにありました。航空会社により設備・サービスの形態はかなり違うようです。
出発直前にスチュアードが上部の荷物入れの扉を閉めて歩いたが、通路中央から左右の扉を同時に閉めて歩く要領のよさ! 背の高い人を選らんで担当させているのでしょう。

13:55 定刻に機体は動き始めた。関西空港を飛び立ち、飛行機は西へ西へ。朝鮮半島を横切り、中国の北京と西安近くを飛び、アラル海とカスピ海を横切り、トルコ東部とシリア北部上空を通る。一旦は地中海に出てからエジプトのデルタ地域をカイロに向う、こんな飛行コースでした。約1万キロの飛行コースという。聞くところでは、飛行時間 13時間20分 が目安のようでした。
2002年時点では関空からカイロ行き直行が週2度ありますが、成田空港からはフィリピン(マニラ)、タイ(バンコク)経由の南周りコースしかなく、こちらは各空港で機外に出される上に、合計約20時間もかかる大旅行になるようです。2002年12月末からは成田空港発カイロ行き直行便が飛ぶような話もあるようです(追記:2002.12.23(月)運行開始。)

エジプト航空の座席はファースト、ホルス、エコノミーの3クラスがあります。 エコノミークラスのこのセクションはエジプト人スチュワード3人、エジプト人スチュワーデス1人、日本人スチュワーデス2人のチーム構成でした。日本語で用が足りるので不慣れな人にも便利です。エジプト人クルーも片言日本語も使い一所懸命に努力している様子でした。
座席番号35〜45のセクションは日本人団体で満席だった。各グループのツアコンらしき30才前後の女性数名が時折お客に情報を伝えたりの世話に動き回る。彼女達も競争意識が働きいろいろあるでしょうね。我々のツアコンFさんは他のまじめ顔のツアコン嬢とは一味違い常に笑顔か笑っている人でした。これは業務用というよりどうも性格のようです。
機内には我々のセクションの後方にもう1つの最後部セクションがあります。こちらはかなりの空席で、肘掛を仕舞って横になって眠ることが可能です。何故か、横になった人は見かけませんでしたが・・・。
エジプト人スチュワードがヘッドフォンと睡眠用目隠しを配りましたが、ヘッドフォンが通常の電気式なのです。これでは離陸後の配布と着陸前の回収が必要です。アイマスクは紐が短すぎ、実際には使えませんでした。ワイフのも同じでした。アイマスクのサービスをするなら、細かい配慮が必要ですね。

15:00 機内食。イスラム教が国教のエジプト航空なのでアルコール類のサービスはありません。まずウーロン茶をもらった。食事はビーフステーキとチキンの選択なので、チキンを頼みました。御盆の上は、(1)チキンの和風揚げものと野菜の煮付けとライス、(2)チキンから揚げ、キノコの和え物、キンピラ風野菜、(3)ロールパン1個とバター、(4)和菓子(薄皮大福)、(5)コーヒー。イスラム教国ですから奇想天外な機内食かと思っていましたが、意外にも大人しい感じのフツーの機内食でした。一般的に鶏肉料理はエジプトの得意料理とも聞きましたので、和風と思ったのはこちらの思い違いかも知れません。間違いなく和風なのはデザートでした。

16:00 スチュワードが窓のシェードを閉めてまわった。これから睡眠時間のようだった。
19:00 ウーロン茶とエジプトのお菓子が出る。イスラム教徒はアルコールを飲まない代わりに甘党と聞いていたが、 この菓子の甘味度は相当なものだった。

23:00(日本時間) 腕時計とデジカメ時計をエジプト時間に合わせる。時差は7時間である。
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16:00(エジプト時間)

18:00 夕食。まず飲み物でリンゴジュースをもらった。メインディッシュは魚料理とライスと野菜の煮物。それに卵焼きと和え物、パンとバター、白あんの和菓子。最後にコーヒー。日本製の爪楊枝も付いている。 ランチのメインディッシュにもライスが付いていました。日本人乗客だからライス付きだったのか、それとも西洋流に野菜の付け合せ感覚でライスが添えられていたのでしょうか。確認する術はありませんでした。

19:10 トイレに行く。エジプト人スチュワードがティッシュ等の消耗品の点検と交換をしていた。私を見るなり、「何時もカメラを下げているが、トイレまで持ってくるのか?」「イャー。写すものは何も無いけどネ。」 「ハッ、ハッ、ハッー。」 愉快そうに笑っていた。大きめの変った形のデジカメなので目にとまり易いようだ。

19:45 ヘッドフォンの回収にきた。 エジプト航空

上空からナイルデルタの夜景:  暫く後に、世界一長いナイル川が作り出したデルタ地帯の上空で着陸のため高度を下げ始めた。夜のデルタ地帯も平坦で広大そのものだった。高低の変化を全く感じさせない黒い平面、その上にオレンジ色の無数の点、そこに混じった大きい青白い点、少ないながら輝く白い点、それらの大小の光の集落とそれぞれを結ぶ複雑なオレンジ色の線、不規則な結合がどこまでも平らに続き、きれいな夜景を創り出していました。幻想的なナイルデルタの光の芸術は全く予想していなかったが、香港の立体的な夜景とは異質のそれなりに見事なものでした。ここの夜景は不思議に赤色が印象に残っていない・・・。そしてネオンサインらしき光もなく、不思議にまばたく光も無かった。何故でしょう?

カイロ空港: 
20:15頃にカイロ空港に到着した。ボーデングブリッジの数が限られているようで、バスでターミナルビルに向った。この空港には互いに離れた第一と第二のターミナルビルがあるが、エジプト航空は古い方の第一ターミナルからの発着となっています。
エジプト入国には1ヶ月間有効な観光ビザ(要15米ドル)を空港で発行して貰わねばならない(大使館でも発行するが観光なら空港で支払い入手するのが簡便)。日本出発前にツアコンのFさんにエジプト入国ビザ料金の二回分(日本からとトルコからの入国)を渡してあった。旅行社がエジプト側に人数分の入国ビザ料金を支払った後、パスポートにビザ印紙を貼るのです。入国審査ブースの手前のスペースに係り官が出てきて全員分を個別に作業するのですが、それが実に滑稽至極でした。
入国審査官は公務員、発展途上国のエジプトでは安定した収入と地位で羨ましがられる存在であろう。そのネクタイ姿のお役人がたった1人で36人分の旅券に切手大のビザ印紙を貼るのです。我々が取り囲み見守るなかで、1人づつパスポートを受け取り、印紙をペロッと舐め、パスポートに貼り付け、返却する。水を浸したスポンジを用意するでもなく・・・。
この作業を36回繰り返すのは可能であろうか?10人分も終えたら、そろそろ唾液が出なくなり、誰かに応援を求めたようだった。20人分を終えても誰も来ないので怒ったような顔になってきた。何度舐めても貼れなくなってきたのだ。やっと応援者がきたが、濡れた海綿を持ってきた様子はない。
アラビア語なので会話の内容は分らないが、今までの係り官は怒って言った、「お前、何してたんだ?俺のツバはもう出ねぇ。」 新顔のお役人はおかしそうに笑いながら、「そこの日本人のオバサンから梅干もらってなめてたヨ。ツバがよ〜く出るようにネ!」 これは悪い冗談ですが、実際に雰囲気はこの様な感じでした。
そして、交代し、ビザ印紙を舐めて貼り、舐めては貼り・・・。
今回の旅行での最大の悔やみは、この舌出し作業の証拠写真を撮らなかったことかも知れません。しかし、「御用」の覚悟がなくては撮影できません。カイロ空港内の写真撮影は全面禁止なのです。

団体ツアーだから上記のような大作業になったのですが、個人旅行なら入国手続き前に空港内の銀行で両替とビザ印紙の購入をするのが普通のようです。この場合は自分でビザ印紙をパスポートに貼り、その後に入国手続きのブースに行くことになります。

パスポートにビザ印紙を貼ってもらったら入国審査です。幾つもブースが開けられていたが行列はそれぞれ長いものでした。運悪く時間のかかる列についてしまい、ツアーグループの最後に入国となりました。我々の場合は日本人団体と分っているためか、チラッと顔を見て、あちこちに大きな音でバンバーンとスタンプ(ハンマー形)を押して終りです。

20:55 当然、次にバゲージ・リクレームでスーツケースを受け取ります。全てポーターがやってくれるので預けた荷物の確認のみが求められました。ポーターは台車にスーツケースを山積みにして外のバスに向った。トラピックスが契約したエジプトの観光会社からエジプト人ガイド1名(日本語が堪能)が出迎えてくれ、我々をバスまで案内してくれました。
21:05 バスに乗車。ホテルに向う。

ホテル ソネスタ カイロ: 
21:30頃 Hotel SONESTA CAIRO に到着。ツアコンのFさん発表、「明日の予定:モーニングコールは06:00、朝食はフロアーG(1階)のレストランで06:30以降に、出発は07:15。」 ワイフは06:00のモーニングコールでは遅すぎるので05:30のWakeup Callを頼んでいた。ホテルに設定変更を依頼するといろいろあるので、Fさん個人が電話を鳴らしてくれることになった。彼女は早めに起きているという。

部屋割りも決まった。ツアーグループは2、3、4階に分散となった。我々は252号室(3階)のカードキーを受け取った。ホテル内線は5+部屋番号、日本には8+0081+市外番号(0は除く)+電話番号、等々の詳しい説明もバスの中で既に行われていた。トルコ行き当日のチェックアウトで飲み物とか電話代などは支払うことになる。全てその時に一括と言われた。ロビーにスーツケースが上ってきたので自分で部屋に運んだ。カードキーは縦にスライドさせる。緑のランプが付いている時にノブを回して開けると言われたが・・・。開かない。何回試してもダメ。通りがかった男性ツアーメンバーが代わりに試したら直ぐ開いた。この後も何度が失敗して開けることが出来なかった。ドアノブは扉の面積の広い方向に回すのだそうだ。こんな簡単なことが分るまで暫く時間がかかった。実は同じ問題でメンバーの多くが1〜2日悩んだようだった。

事前調査で入手した情報通り、部屋の空調は良く効いていた。しかしBedには厚い毛布とベット・スプレッドが掛けられており眠るには問題なさそうだ。ドライヤーが連続使用できず、直ぐ切れてしまう。間を置かないとスイッチが入らない少々使い難いものだった。洋服棚の扉が大鏡だが化粧する際の壁鏡がなく女性には少し不便なようである。これ以外の問題には気付かず、広々としたゆったりした部屋でよかったと思う。スーツケース2個を広げたままでも少しも邪魔にならないのだ。今晩を含めて3連泊なのでスペース的にゆとりのある部屋が一番良いのです。予備のコンセントもあり、直ぐデジカメの充電を開始した。シャワーで汗と疲れを流し、眠るだけとなりました。

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