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フランス旅行 2015/10/2 & 10/3 / テーマ別
2つのノートルダム大聖堂、パリとランス
TOP ( プロローグ当旅行記のノート北行庵の4フランス旅行記★テーマ別パリ紀行★
準備期間 2015年 7月19日〜9月29日
1・2日目:  国内移動前泊成田空港JALビジネスクラスCDG空港ホテル・スクリーブ
3日目:  路線バス初乗オルセー美術館オランジュリー美術館エッフェル塔 最上階夕食
4日目:  ノートルダム大聖堂ピカソ美術館国立近代美術館凱旋門とシャンゼリゼ大通・夕食
5日目:  シャンパンカーブ葡萄の村農家の昼食フジタ礼拝堂ランス大聖堂ランス美術館
6日目:  ロダン美術館ルーブル美術館スーパー「モノプリ」サン・タンヌ通り(日本料理店)
7日目:  凱旋門の展望ギャラリーラファイエットホテル・ロビーCDG国際空港JAL Cクラス
8・9日目:  JAL ビジネスクラス(続)成田空港後泊国内移動
エピローグ  | ☆ 壁紙写真集(12ページ/73枚)
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目次
パリのノートルダム大聖堂
ランスのノートルダム大聖堂

パリのノートルダム大聖堂、シテ島Page Head ▲

パリ大司教座聖堂です。1804年12月2日、ナポレオン1世(ボナパルト)はこのノートルダム大聖堂で戴冠式を挙行しました。その油彩画がルーブル美術館に展示されている。

ノートルダム大聖堂
ノートルダム大聖堂(パリ大司教座聖堂)、西ファサード。
ノートルダムとは「我々の貴婦人」つまり聖母マリアのこと。 聖母大聖堂。 ノートルダムのついた教会堂は数多くある。
09:18 大聖堂広場の逆端に着いた。西ファサード正面が良く見えます。前回(1999年)は西ファサードが工事中で天幕で覆われ見れなかった。写真で良く見る姿ですが、やはり実物は本物、素晴らしい。対称的な塔の構造とか中央のバラのステンドグラスの配置も整って良く見えます。朝は逆光、少し残念です。

正面に3つ入口がありますが、右の入口が参観用に開いている。大聖堂は無料ですが、階段で北塔(63m)に上がるのは有料(E8.50)です。これはミュージアムパスが使える。入口は別、上の写真の左を外回りして北塔の下近くにあるが、既に行列が出来ていました。かなり待ちそうです。我々は大聖堂の参観のみ、387段のらせん階段は登れない・・・。

09:31 大聖堂に入りました。脱帽です。写真撮影はOK、フラッシュは禁止です。1999年に参観した時はフラッシュがもの凄かった。やはり禁止になりました。デジカメも進歩して大聖堂内でもフラッシュなしの撮影が可能です。迷惑なので、当然の処置でしょう。
入口近くに「小ガイド パリ ノートル・ダム大聖堂」の自販機がありました。2ユーロ入れて9カ国語から日本語を選んで購入しました。

日本でガイドブックは読んだが、大聖堂に入ると圧倒されたのか何も思い出せない。日本語オーデオガイドは借りずに、いろいろと撮影しながら反時計回りに礼拝堂を一周しました。

西側のバラのステンドグラスとパイプオルガンの一部
西側(正面ファサード)のバラのステンドグラスとパイプオルガンの一部
北翼廊と南 翼廊の大ステンドグラスは丸い完全な形で見れますが、正面の西ファサードのステンドグラスは写真のようにオルガンのパイプで全部は見えません。ここのパイプオルガン(19世紀もの)も有名なのだそうです。ガイドブック「地球の歩き方」によると、このオルガンの演奏会やコーラス、室内楽の演奏会が大聖堂で行われることがあり、ウェブサイトで確認できるという。パイプオルガンの演奏は聴いてみたいが、実は聴くと云うより、大聖堂の中で迫力ある音に浸ってみたい、が正直なところです。

バラのステンドグラス以外にも数多くのステンドグラスがあり見事です。内陣の壁にはキリスト誕生から最後の晩餐や聖週間までを物語る長い彩色された浮彫もありました。

仏教の寺院では内陣の奥の中央にご本尊が安置されます。ここノートルダム大聖堂では内陣の奥の中央部に十字架とピエタがありました。バチカン等にピエタの彫刻があるが、広辞苑などによると「ピエタとは”嘆きの聖母像”のことで、十字架から降ろされたキリストを膝に抱いて嘆く聖マリア像の絵または彫刻」という。内陣にあっても仏教のご本尊とは意味が違うと思いますが、詳しくは他を当たってください。
内陣のピエタ
内陣のピエタ
入口で購入した小ガイドブックによると、ピエタ像はルイ13世が寄進したそうです。この像は3彫刻家の共同制作、金色の「栄光の十字架」は別の作者によるそうです。ノートルダム大聖堂の長い歴史の中では比較的新しい。
1804年12月2日、ナポレオン1世(ボナパルト)はパリのノートルダム大聖堂で戴冠式を挙行しました。その時の巨大な油彩画がルーブル美術館に展示されている。 シャルル10世(ブルボン復古王政2代目国王)まで歴代25名のフランス国王は明日訪ねるランスのノートルダム大聖堂で戴冠式を行った、とされます。

10:11 大聖堂を出る。
16年前に来たときはサクレクール寺院(教会)と比較して、サクレクールの方が聖域らしいと旅行記にしたためたものです。凄いフラッシュと籠った音響の為と思いますが、今回はフラッシュもなくツアーの団体も見られず(聖堂内自由行動?)、今回の参観は良い印象が残りました。
海外旅行で大聖堂を多く見たためか、ほぼ初めての参観と同じ感じでした。


ランスのノートルダム大聖堂Page Head ▲  ランスの地図

シャルル10世(ルイ16世の弟、ブルボン復古王政2代目国王)までの歴代25名のフランス国王の戴冠式はここランスのノートルダム大聖堂で挙行された。ランス大聖堂ともいう。(Cathedrale Notre-Dame de Reims)

14:25 大聖堂の裏側にバスは停車、大聖堂を半周して正面の石畳の広場に出ました。紅葉が始まっていて明るい感じでした。

大聖堂広場のジャンヌダルク像
大聖堂広場、騎乗で槍をもつジャンヌダルク像
ジャンヌ・ダルク: 大航海時代の前に、イギリスとフランスの間に100年戦争(1337-1453年)があった。1337年にイギリス王がフランスへ挑戦状を送付、その後は戦闘と休戦の繰り替えしが延々と続き、1453年のボルドー陥落までの116年もの間は戦争状態でした。

100年戦争の末期近く、ロレーヌ地方ドンレミ村の農家の娘ジャンヌ・ダルクは13才にして「神の命を受けた」としてフランス軍と共に戦い、オルレアンの戦い(1428-29年)でフランス軍を勝利に導き、ランス大聖堂でシャルル7世に戴冠させフランス王としました。しかし宗教裁判で異端者となり19才でルーアンにて処刑(1431年)された。僅か6年の活躍でした。しかし今ではフランスの国民的な英雄であり、カトリックの聖人でもある。フランスの各地にジャンヌダルク像はあるようです。これから参観するランス大聖堂内のジャンヌ・ダルク・チャペルにも白っぽい立像がある。さて、100年戦争に戻ると、
1453年にシャルル7世はボルドーからイギリス軍を駆逐し100年戦争は終焉した、とされる。

大聖堂のファサードの中央部分は工事中のテントで覆われていたが、実物は珍しい造りで ファサードにステンドグラスのバラ窓が縦に2つあるそうです。入口には彫刻の人物像などがあるが、特に「微笑みの天使」が有名とされます。帽子は脱いで大聖堂の参観になりました。色のないステンドグラス(?)もあり聖堂内は比較的明るく感じました。

ランス大聖堂について:  フランク王国の国王クロヴィスはキリスト教に改宗し、498年にランスの司教からを洗礼を受けた(聖別式)。これ以後は当大聖堂にてフランク王の聖別式が行われ、816年になりルイ1世が初めて戴冠式を挙行した。シャルル10世(ルイ16世の弟、ブルボン復古王政2代目国王)まで歴代25名のフランス国王の戴冠式はランス大聖堂で挙行された、とされます。
ランス大聖堂と隣接のトー宮殿(大司教館)、少し離れた聖レミ教会堂と共にユネスコ世界遺産に登録(1991年)されています。 ランス大聖堂の建物はシャルトル大聖堂やアミアン大聖堂と並び、フランスのゴシック様式では最高傑作の一つとも言われます。


ランスのノートルダム大聖堂のファサード(工事中)

入口にある有名な「微笑みの天使」

ステンドグラス、大聖堂内は比較的明るい

シャガール作ステンドグラス。 ジャンヌダルクが描かれている、という。後陣の最奥に1974年に配置
マルク・シャガール(1887-1985) はロシア出身のユダヤ人画家でエコール・ド・パリのメンバーとして活躍
大聖堂の見学後はしばし自由行動となりました。
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