[北行庵] HOME旅行記
帯広・富良野・旭川・札幌を一回り
(2000年7月17日〜19日)
はじめに
1日目(7/17):出立→道央道→苫小牧→日勝峠→帯広泊
2日目(7/18):帯広→狩勝峠→富良野→美瑛→旭川泊
3日目(7/19):旭川→道央道→札幌→中山峠→帰着
おわりに
実用の玩具 3点
当サイトの
北海道旅行記
* ドライブ旅行記|秋の層雲峡と大雪山(黒岳) (2007年10月)
* ドライブ旅行記|紅葉の大雪山(旭岳)と旭山動物園 (2005年9月)
* 日帰りドライブ|洞爺湖とザ・ウィンザーホテル洞爺 (2002年から春夏秋冬) - 写真集
* 富良野までのドライブ旅行 (2000年7月) - 写真なし
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はじめに

このドライブ記録は国内旅行記の最初のもの、長らく公開されたまま放置されていました。表示を二分割して、左に目次、右に本文でした。それから10年以上が経過し、インターネットの進歩と変化は素晴らしいものがあります。現状に合せ、インターネット・エクスプローラ(IE)以外のブラウザで閲覧しても最小の表示乱れで済むようにプログラム(HTML)を変更する必要が生じていたのです。2011年5月初旬にその「ブラウザ対策」の作業を済ませ、幾ページかの旅行記を1ページにまとめました。当旅行記の内容(構成と文章)は基本的に変更はありません。ただ、タイトルや項目名などはこの機会に変更したものもあります。(2011年5月2日 追記)

車の買換え
今春、丸12年乗った愛車を手放し、BMWの車を買った。思えば、私の車歴は 中抜きだが結構長い。大学同期のH氏がアメリカから帰国する際(1969年?)、ケネディー空港で譲り受けたヴァリアント(クライスラー製)というオンボロ車が手始めであった。古い割には快調に良く走り、この車でナイアガラなど見物に行ったものだった。
アメリカではそれから中古車、新車と2台に乗り、1975年に帰国した。  その後は徒歩、次は自転車。1988年にホンダの車を買った。今回で5台目。 

運転した18年間に、軽微な事故は何度も経験したが、保険は未使用のままだ。  愉快な話題ではないが、事故歴の紹介をする。

(1) 駐車場のスペースにバックで入れる時に失敗、左後部が隣の車に接触し傷つけた。所有者が戻るのを待った。何と、中央警察署交通課の刑事さんの車だった。
(Honesty is the best policy.)
(2) 見通しの悪い住宅街のT交差点、車の鼻を少し出したら自転車(女性)がぶつかってきた。幸い怪我は無かった。 交番では両者譲らない。 後に女性の息子さんから電話があった。この息子さんは先刻の交番に勤務の警官だった。 

警察とは何の因果か、妙なご縁で・・・。他は誰も迷惑しない、うっかりミス。 記録を見ると、購入後の1〜2年と今から5〜6年前に集中し、夏と夏前後の 暑い日が多かった。ここ5年ぐらいは何もない。

違反は2度。まずアメリカでの話。ポリスカーにサイレン無しでしばらく追尾され、停車を命ぜられた。居眠り運転だった。朝から夜まで3度の講義、最後は車で1時間半かかる陸軍基地で夜の講義(軍関係者と一般市民を対象、大学院コース)だった。その帰路は疲れていた。 事情を知った警官は、罰金なしの放免にしてくれました。もう26年も昔のこと。国内では、5年前に峠道でスピード違反、罰金のチケットを渡されました。

私の事故・違反歴はこれが全てで、ドライブ好きとしてはマア容認範囲内と考えます。「資格有り」として高級車と見なされる車の購入となりました。  ( 注:実は今年、田舎道でスピード違反。神妙にしています。2001年追記 )

購入プロセス中に統計を見た結果、欧州に於けるBMWとベンツの販売台数はほぼ同じでした。近年はアメリカでもこの傾向に近づきつつあるとも言われます。 BMWには3,5,7シリーズがあるが、販売台数の多い3シリーズは少し小さく、最高級の7シリーズは後部座席に力が入っている。中間の5シリーズに落ちついた。BMWは小さく見えるが、乗ると室内は意外に広く快適で、安全性と盗難防止の配慮も現時点では最高クラスと思われます。 ウェッブ調査では米国より高めの価格設定でした。だが値引きが全く無い訳ではない。 購入前には、地元・札幌・東京品川のBMWで色々と説明を受けました。

細かい操作法は熟知とは言えませんが、かなり慣れてドライブ旅行となりました。

1日目(7/17)
出発→道央道→苫小牧→日勝峠→帯広泊

往路 : 自宅 - 帯広: 

距離計は2177Kmを示していた。慣らし運転距離として2000Kmが指定されているから、約3ヶ月でクリアーしたことになる。 特に点検とかオイル交換の必要はなく、エンジン回転数の上限などの制約が消滅するだけである。   整備が必要な状態になると、オンボードコンピュータがその旨表示し教えてくれる。車は燃料が20リッターを切っている以外は全て良好だった。 

午前6時54分、2泊3日のドライブ旅行の出発。今日は帯広まで約470Kmを走るだけ、札幌往復より短く ドライブ好きには無理な走行距離ではない。

国道5号線の交通量は普通で、長万部までの100Km余をスムースに走った。 かにレストラン等があって良い休息地として利用されている。かつては噴火湾の毛ガニ料理だったが、今では安価なロシア産冷凍毛ガニが使用されることも多いと聞く。レストランの大駐車場で休息。タバコは車内厳禁を申し渡されているので、車外で二服した。 長万部バイパスのスタンドで満タンにする。この町はハイオクがリッター103円で居住地に比べてかなり安いのだ。車で通行する人達はここを利用することが多いのである。57リッター入った。

カーブとトンネルの峠が二つある国道37号線を走る。以前の車はスポーツ タイプだったが、それでも実にいやな峠だった。今度の車はトラクションコントロールのお陰で走行安定性がよく、普通の峠道に感じられ楽だった。  ただ、ヘッドライトのスイッチがメーターの横で手を伸ばす必要がある。トンネルが多いと、私にはON-OFF が少々やりにくく且つ面倒で、忘れることが時折ある。

近年は峠道を避けるため長万部から高速を利用するのだが、有珠山噴火の影響で豊浦・伊達の間がまだ通行止めだった。国道230号線と高速道路のランプの近く洞爺湖寄りに噴火口が出来たのだから、点検などに慎重を期しているようだ。 7月下旬に開通の予定と言われていたから、もう通れるであろう。我々はやむなく伊達まで一般国道を走ったが、虻田地区でも噴火騒ぎの痕跡は見られなかった。

(9/11加筆)----------
後日(9/11)、日本高速道路公団のホーム頁に接続した。ハイウェーナビで 道央自動車道の長万部 IC・虻田洞爺 IC を見たら有珠山噴火以前の情報のままで、高速道路不通区間とか新インターチェンジのことは全く触れられていない。また、この種の案内のリンクも見つからなかった。9月10日の札幌ドライブの際に、豊浦に高速道路入り口の案内標識があったので、ICが新たに設置されたはずである。使いやすいホーム頁で時折接続しているので、残念である。  (加筆終)----------

伊達から苫小牧東まで道央自動車道を快調に飛ばした。室蘭までは時折追越し車線のある片側1車線で、そこから札幌方面は片側2車線の普通の高速道路である。相変わらず淋しくなるぐらい空いていた。 試しに瞬間的に時速170Kmを出してみた。そんなスピードとも思えない静かなエンジン音であった。ドイツのアウトバーンでは200Kmでも走る車と言われるが、うなづける。巡航速度は100〜120Kmぐらいだったろうか。この車には変わったメーターが付いている。ある時点の条件(アクセル、スピード、ギヤー、等々)で 1リッター当たり何キロ走れるかを示す、つまり燃費計である。 これによると、高速走行が必ずしも経済的ではないのだ。また、市街地走行は燃費が悪くなる。誰でも知っている経験則を数値で示してくれるところが面白い。

苫小牧東の料金支払所で日高自動車道につながるブースで払ってしまった。 150円余計に取られた上、次の出口まで高速道路を走らざるを得なかった。 実はこの道路があることを知らず、そのまま走れば良いものを降りてしまったのだ。高速出口から一般国道に出るまでが大変で、新興住宅地を走り回るはめになった。 カーナビ設定が未熟で不適切だったので、誘導が上手くいかないのだ。 結局は、地図で確認しながら目的の国道になんとか出れた始末。 目的地設定は電話番号を入力すると楽、との忠告を思い出したのは翌日だった。 ここで昼食も済ませたし、こんな無様な経験も旅のアドリブと慰めました。

富川で海岸沿いの国道235号線とは別れ、沙流川沿いに日高に向かった。この一帯は時折馬牧場が見え、場所に相応しい建物や子馬の遊ぶ姿が眺めらる。 競馬好きなら立ち寄れる施設が散在していて、けっこう楽しめるはずの地域です。競馬の人気低下のあおりで経営不振の牧場が多く実際には観光客は少ない・・・。沙流川では良い庭石が採れると言われ、沿道の所々で素晴らしい販売用の巨石が山積みに集められていた。青とか白いものもあるが、赤色系の石が主流です。流水に磨き上げられた自然の川石に見えました。「一個こっそり頂戴したい」と思ったものです。しかし、こればかりは物理的に無理ですね。 

日高までの山道は、追い越せない車にピタリとマークされていやな気分でした。「急プレーキをかけると、まず追突だ・・・。」 ドライバーはジョッキーもどきか。日高町の小さいショッピングセンターの喫茶店でゆっくり休息しました。  あたたかいコーヒーに砂糖をたっぷり入れて飲んだら、ほんとにホッとした気分です。

小一時間も休み、国道274号線を難所の日勝峠に向った。この峠と襟裳岬の間に山越えの新道が建設されていたが、日高山脈の自然保護のため峠を残し途中で中止になってしまった。それが理由であろうが、普段でも走りづらい日勝峠の至る所で改良工事中、難儀し時間もかかった。生憎の雨で景色も楽しめず残念な峠越えでした。 清水町では長い直線の国道38号線をトコトコ・スー、トコトコ・スー。日本甜菜糖の大きい工場の前を走り、帯広市街に入った。 苫小牧での失敗にこり、カーナビは誘導なしの地図表示で東急インに行きました。 

帯広駅前と帯広東急イン: 

ホテルの駐車設備は小型車サイズでBMW5シリーズは入らず、外の青空駐車場に案内された。一泊駐車料金500円は前払いだった。チェックイン。「旅の窓口」の予約確認書は返却され、直ぐ部屋の鍵を渡された。このオンライン予約は JTB等の旅行社とは違い、予約のみで支払いは自分でする。昨年、札幌のホテル予約で利用した時は、チェックインの際にカード提示を求められ番号を取られた。 今回はそれすら無かった。荷物持ちの案内サービスは省略だったが、この御時世では当たり前であろう。部屋は普通のツインだが、トイレはウォッシュレットだったし、宿泊料金を考えると十分満足できました。

夕食旁々街の散歩のためホテルを出ようとしたら小雨だった。出口にビニール傘の自販機があったので一本買った。この種の新品傘は白い粉が全面に付着しているのを知らず服を少々汚してしまった。大した降りでもないので、久々の相合い傘となりました。

他の地方都市同様に駅前地区は繁華街で中規模都市ホテルも多く便利である。横長でグレーのJR駅舎とバス・タクシー広場も整備直後で真新しく、なぜか物珍しく感じられた。駅前からの西二条「平原通り」がメーンストリートで、柳月、六花亭本店、藤丸百貨店等々の地元企業があり、小ぎれいで新しい店舗が多かった。 駅前商店街としては上出来の印象だった。 藤丸デパートと六花亭の間の道は「タウン8広小路」でアーケードのある商店街だ。一歩横に入ると居酒屋が多い。 帯広は居酒屋の街か?

六花亭本店は平原通りと東銀座通りに跨るビルで二階はレストランになっている。和菓子が有名だがアイスクリームもあり、カネをかけた余裕ある店内を一回りできる。東京とか京都でも高級和菓子店として通用する店構えと見受けた。 小豆・小麦・砂糖など原材料の産地のためか和菓子類の値段は高くはない。未確認情報だが、函館の老舗「千秋庵本家」の人がスビンアウトして始めた店とか。今は道内の知名度を誇る和菓子屋で、同じ帯広の和菓子屋「柳月」と競っている。休息用の応接セットも数組あり、紙コップのセルフサービスでコーヒーが楽しめるようになっていた。カップルの前の椅子が空いていたので、声をかけて座った。ワイフが持ってきたコーヒーを飲んでみたら、実に美味しいモンブランだった。これが無料で飲み放題だから、街の喫茶店泣かせであろう。出店では買えない本店物を幾つか買い求めて後にした。

藤丸百貨店ではインポートグッヅ、宝石、地下食品部を見てみた。 珍しくエルメスのキャメル色ケリーバックが一つあったが、値段は見せていない。宝石類はそこそこ、近くに大都会の無い帯広のデパートでも難しいのであろう。地下では、「でん助すいか」が6千円。平成になり商標登録されたそうで、すいかのラベルにはパテント番号が記載されている。 外形と色の似ているものが、富良野産「へそすいか」と名付けられて半値以下で売られていた。多分、味の方は同じ程度ではなかろうか。なんとなく、「本物の隣はにせもの」という長州の利休饅頭の話しを思い出した。

夕食は全国展開の「はげ天」の天ぷら定食。量的には丁度良かった。入った時は二組の客だけだったが、次々に来店客があり淋しい感じはしなかった。 昨今、客の来ない飲食店が時折あるから・・・。夕食を済ませたら、もう街に用はない。 ホテルに帰った。

以前はホテルのバイキング朝食が好きで旅行の楽しみの一つとも言えた。  今は体重が気になり、朝はインスタントコーヒーと昨日買ったパンで済ませた。ホテルは喜ばないが、手軽で時間のロスも少なく個人旅行では良いですね。

2日目(7/18)
帯広→狩勝峠→富良野→美瑛→旭川泊
起床して窓の外を見ると今日は曇です。雨が降るような感じではなく、ホッとした。

新得町・新得そばの館: 

帯広から富良野に向けて走っていた。狩勝峠入り口近く、国道38号線の左手に真新しい二棟の建物と駐車場があり、大看板には「新得そばの館」とある。一棟は蕎麦工場で他の一棟はそばレストランと特産品販売コーナーであった。 大学で同期だった横浜のK氏がソバ打ちパーティー(7/13)をしたばかりだった。それを思いだし、売店に寄った。彼に送るそば粉2箱と自宅用の生そば2袋を買った。可愛らしい顔つきの若い娘がレジだったが、蕎麦のように素っ気ない応対だった。この一帯は蕎麦農家が多く、国道は「そば街道」の名がついている。

旅行後に生そばを食べてみたら、中位のそば色で、味はあっさり、そば特有のもろさと腰の強さは少し不足かも、という感じがした。しかし 特に蕎麦好きということではないから、この評価はあてにならない。臭覚の弱い私には、蕎麦の香りは全く感じられなかった。 

これも後日談であるが、横浜のK氏にそば粉を郵送した。彼は立ち寄った蕎麦屋のメニューなどをデジカメで撮り集め、蕎麦専用ホームページまで運用しているそばキチである。挙げ句の果てに、木曽御岳の東側、開田なる所で蕎麦畑をやったり、仲間を集めてソバ打ちの腕前を披露するまでに到っている。 お礼のメールとML配信メールには次のように書いてあった。
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「近年、北海道産のそば粉は富に評価が高く、数年前までは北海道産も使えるなどとのたまっていたのが遠い昔のような長足の進歩に驚いています。」
「水道の水温を計ってみたら、なんと36度ありました。最近の蕎麦屋は、 製氷機付のシンクを使っているほど。次回は北海道産そばをお楽しみに。」
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北海道のそばも評判は悪くないようですが、次の講師役、W氏が提供宣言した超高級日本酒に合うだろうか。次回のソバ打ちパーティーの賞味結果が気がかりです。

富良野・ジャム園: 

雄大な狩勝峠を越えると南富良野町である。サホロ、トマムというスキーリゾートが二つあるが、ご多分に漏れず四苦八苦を過ぎ九苦九苦の状態とか。 自然には恵まれても、時代は逆風、旭川空港・帯広空港の間で地理的にも難しい・・・。

国道38号線で富良野市街の手前、布部という町を過ぎた地点で右折し、広々とした畑の丘を走り、雑木の森林の中に入る。国道から10Km以上も山麓に入ったあたりが、「麓郷(ろくごう)」と言われる所、全国版TVドラマ「北の国から」のロケ地として有名なのだそうだ。撮影に利用される「麓郷の森」や「石の家」が観光スポットになっていた。生憎の土砂降りで、花が美しいと言われる「ハーブガーデン」には寄らず、「ふらのジャム園」に向かった。

くねくねとした細い舗装路をさらに森の奥深く行くと看板がある。右折すると、左手に観光地でよく見かけるログハウス風の建物がみえた。ここが共済農場のジャム園、つまり無添加手作りジャムの売店である。この雨のなか、駐車場には多くの車が集まっていた。我が身を忘れ、「皆さん。よくも、まぁー、こんな山奥まで・・・」と思ったものです。

店はそれ程大きくないが、所狭しと各種のジャムの小瓶が並んでいる。 ハスカップ、カボチャ、ニンジン、くこの実、野いちご、山ブドウ、ブルーベリー等。全部で24種とか。1瓶 400〜900円ですが、量を考えると少々高めかも知れません。都会の人達には目新しく感じられて土産に良いのでしょう。  甘党でレモンマーマレードに一時凝った我々も数種類を買ってみました。

ジャム店から車に戻る時、雨で服がかなり濡れてしまった。ワイフは直ぐ「さむい」と言い助手席の空調温度を上げたが、それでもダメ。自席シートのヒーターを入れ、暫くしてやっと落ち着きました。私は20度の空気を出したまま。 各自好きに出来るのは都合が良く、ワイフは風邪をひかずに済みました。

富良野・スキー場・レストラン: 

冬季オリンピックが行われたスキー場を再度見てみたかったが、止むことの ない雨で何も見えず富良野プリンスホテルで折り返した。坂道中頃のレストランに入った。12時半頃だったが先客は一組だけだった。高い棚に洋酒瓶を無造作な感じで並べたバーを備え、テーブルが5組ある普通のスキー場レストランである。テーブル以外は塵が少したまり、鉢植えの植物は全く生気がなく、料理以外は気が回らないらしい。羊肉ステーキが得意だそうだが、海鮮グラタンと海鮮スパゲッティーを注文した。三個入っていたムール貝が大きくて味もそれなり、海老も剥き海老ではなく殻付きの本物が使用されていた。具は良くて塩味も強くはなく、まあ合格。食後のコーヒーは400円もしたが、そのマズイこと当世まことに珍しいものであった。食事中に観光客らしき人達が次々に入り満席となったのは、ガイドブックに記載されているためと思われる。 

実は「唯我独尊」という名の喫茶店で昼食をしたかったのである。  行程計画中に使用したガイドブック(新刊)では富良野市日の出(美瑛寄り)に在るとなっている。それで休息に利用することにした。ファーム富田の後に日の出に行き、カーナビに「唯我独尊」の電話番号を入れたら富良野市街地にある。戻る訳にもいかず、諦めた次第だ。どちらの情報が正しいのやら・・・。私の性格を名付けた茶店に「表敬訪問」できず残念である。  もっとも唯我独尊は本来的意味よりも悪い意味で用いられる場合があるようだから、「独立自尊」という店を探すべきかもしれない・・・。

富良野・ファーム富田: 

国道38号線を少しもどり、国道237号線を旭川方面に向かった。 富良野市街地を抜け、田園をしばし走ったら左に「ラベンダー園」の看板があった。中富良野市街地まで行かず、そこを左折して鉄道を横切り、しばらくして右折、国道に平行する丘の道を行く。沿道の住宅等から裕福な農村の印象を受けた。道沿い左側、丘の斜面にラベンダーが咲き、駐車場と土産屋・休息所が有った。 ラベンダー畑の端にリフトが動いていたので、「スキーラベンダー園」と言われるところであろう。不覚にもその場所名の確認はしなかった。

雨は一時小降りになった。ラベンダーを背景にツーショットを撮ってもらおうと 話したが、適当な人が辺りにいない。出発間際のSUVの若い人がそんな我々に気付いて、小雨の中わざわざ下車してシャッターを押してくれた。  どこにでも親切な人はいるもの、カンシャします!

ここから少し走ったら大型観光バス二台と10台ぐらいの車が二股路で動かずにいる。時折交差点の左から車が出てくると、渋滞中の車が1〜2台バスを追い越して動く状態である。どうやらファーム富田が近いらしい。待つことしばし、やっとバスを追い越し左折できた。左手に観光バスの駐車場があり、満車である。そこを過ぎ左折して少し登ると広い一般用駐車場があった。混み合っていたが運良く入り口ちかくにスペースがあった。

再び雨がかなり降り出していた。観光農園のことで農産物の売店が駐車場近くにある。 「ふらの・へそすいか」があるかと覗いてみたが、メロンばかりだった。 そこで、自分用のビニール傘を一本買った。駐車場、売店、道路は人、人、人・・・。耳慣れない外国語で話し合っている人達も多く、アジア諸国の団体さんが観光バスで来ているようだった。

坂道を登り、小道を横切り、その道沿いの防風林を越えた斜面にはラベンダー畑の紫色が広がっていた。手前のラベンダーは強風になぎ倒されたように細長い花の一群と根元の緑の葉が交互に見えて、案外大きい斑(むら)がある。 目を遠くに移すにつれ、徐々に斑のない広いパープルの面となる。 そのラベンダー畑のずっと先は赤、白、黄色、水色などの花のストライプだった。穏やかな丘の曲線が花の色と取り囲む自然の協奏曲を引き立てていた。大勢の観光客がラベンダー畑の周遊路を歩いていたが、皆さん色とりどりの傘をさしている。禍転じて福と成す、これがまた絵になる光景でありました。

我々も回遊路を一周して、売店で絵はがきを買った。1枚50円。これなら皆喜びます。美術館の1枚100円に慣れていたので内心少し驚きました。 来年の春の楽しみにラベンダーの種も2袋だけ買っておきました。 ( この時は知らなかったのですが、ラベンダーは草花の仲間に思えますが、実は木の仲間です。根元を見ると木質の幹であることが分ります。植えてから花を咲かせるまでに数年かかるそうです。2002年7月追記 )

このファーム富田が富良野ラベンダー観光の立て役者だそうで、ファン倶楽部設立のため会報0号を印刷し、全国約10万人のファンに発送したばかりとか。訪れる観光客の数は年間約80万人で、シーズンが限られている点を考慮すると、「大したものです。」 たかが香りの原料と馬鹿には出来ない。 

富良野・日の出公園: 
観光地図に従って訪ねてはみたが、広大な駐車場には僅か数台のみ。 Uターンして、拓真館に向かうこととした。

美瑛・拓真館: 

カーナビに拓真館の電話番号を入力し、誘導を設定した。日の出市街を過ぎ、国道を走り、右折指示が出たので従った。ここから舗装された細い農道を走る。雑木林を通り、右折し、左折し、丘を登り、谷を越え、方向感覚が無くなった。前方の乗用車がUターンしようとして停車したが、我々が追いついたので諦めてまた走り出した。くねくね曲がり、上り下りする見通しの悪い林間の細道のこと、又々不安になり停車して待避場所にバックで入った。初老のご夫婦でやはり拓真館を訪ねるつもりだったのであろう。他人事ながら迷わず戻れただろうか。カーナビ誘導に従った我々も不安を感じた山道である。  (中富良野まで行くと容易なルートもあるが、カーナビは別路を誘導した。)

こんな山中に写真展示館を作らなくても、と思うのは素人の考え。車で観光バスで、結構見学者が来館しているのだ。放置すれば、ただの雑木林に覆われた山麓地である。観光ポイントを戦略的にあちこちに創出し、人と車を動かす。観光産業を中心に関係する人・企業に仕事をもたらす。さて、カネ・時間・体力を消費して訪れた観光客に、充実した満足感を与えることが出来るだろうか。 

拓真館は写真家の故前田真三氏が昭和62年(1987)に旧小学校の校舎を利用して開設したフォトギャラリーである。 現在は新しい建物となり駐車場も完備され、前田氏が撮影したこの地の風景写真を主に展示している。 豊かな自然のなかで風景写真を鑑賞する。表現は悪いが、毒を持って毒を制す。 光が一瞬創り出す自然の一面、その瞬間を見事に捕らえた展示写真は楽しめた。後日、インターネットの検索エンジンに「前田真三」と入力すると、沢山のホームページがリストされ、故前田氏が撮影した写真を再度PCで見ることが出来ました。しかし拓真館の大判のプリントの方が臨場感と芸術性はあると言えるでしょう。

「麦秋鮮烈」と名付けられた写真は、空と緩やかな丘の曲線が濃い青、細い黄、赤、緑、黄色、モスグリーンの横のストライプに撮られ、極めて幻想的なものだ。恐らく前田氏の傑作写真の一つであろう。中型の額入りが7万円、大型の額入りが14万円で売られていた。尚、この写真の空の下の赤い麦畑は不自然な感じがするが、美瑛のHP投稿情報によると、「タクネ」という品種の麦で穂が赤茶色になるものだそうだ。しばらく栽培が途絶えたが、近年有志が栽培を再開し発泡酒の原料に使われているという。幾つかのペンションで飲めるそうで、その名は「麦秋鮮烈」。 

入館は無料。風景写真の絵はがき10枚セットが500円でリーズナブルである。

美瑛・市街地: 

やはりカーナビを使って山林から美瑛市街に出た。雨はやっと止んでくれた。この市街地に入ると全面的に作り替えている最中である。広い歩道、高さのそろった2階建て、三角屋根、一階を明るい店舗にした建物、会社の事務所、住宅専用・・・。様々な目的の建物が、何か日本には珍しい快適な統一性を感じさせるのだ。 未完成だが、数年後ならテーマパークで遊んている気分になると思われる。数十年後に訪れたら、英国の田舎町を散歩している錯覚に陥るかも知れない。そんな街作りをしているようだ。走り抜けただけだが、割に強い印象が残った。

後日、美瑛町関連のホームページを調べてみた。  平成8年度から「第3次美瑛町総合開発計画」を推進し目標7項を掲げている。 田園都市環境の創造とか商業と観光の振興など抽象的でわからない。  ただ、土地区画整理事業が行われていて、これにより建設省の「ふるさとの顔モデル事業」に指定され、共同溝による電線の地中化が推進されている。これなら歩道も新しく広くなり、街並みもスッキリするはずである。区画整理による補償金で建物も全て新しく出来た訳だ。 

しかし、まだ疑問は残る。様々な建物に何故ある種の統一性を感じたのだろう? New York にいた若かりし頃、週末に郊外の住宅街を目的無しにドライブして数時間過ごすことが時々あった。未だ多少の残像があり、日本の街並みは勝手気ままでバラバラな感じを受けることが多い。デベロッパーによる広い建て売り地区では逆に規格的な感じがとても強くなる。歴史的な町と高級な所は違うだろうが、両極端を強調したような日本の街作りという個人的見解はなかなか消えない。だが、ここは何かが違う感じがした。

美瑛・北西の丘展望台: 

市街から道標に従い鉄道を横切り小高い丘に行くとピラミッド形の展望台がある。やっと晴れ渡り、旭川が遙か彼方に見えた。信じがたいが、昭和40年代までこの丘陵地帯には水路があり、水田だったと言われる。その畦(あぜ)を取り払い畑作にしたことで、美瑛が「丘のまち」と呼ばれ始め、この展望台の周辺は特に「パッチワークの丘」と名付けられた。麦、ばれいしょ、ビート、豆類などが作付けされており、そのモザイク模様が売り物だ。 

農耕地の丘をあちこち走り、若い人向けに命名された孤高なポプラの巨木 「ケンとメリーの木」(ハ、ハ、ハーッ)を横目で見たり、屋上に天体望遠鏡を納めたドームのある北瑛小学校のそばを走ったりした。我々はこの風景にも直ぐ食傷し、旭川に向かった。国道沿いに「ぜるぶの丘」なる観光ポイントがあったが、停車する気持ちにもなれなかった。しかし、都会の人にとり、晴れた日のサイクリングは格別でしょう。

旭川駅前と旭川パレスホテル: 

カーナビに旭川パレスホテルの電話番号を入力し目的地設定をした。20Km位は道なりである。途中のスタンドで満タンにしたら 60リッター入り、昨日から600Km近く走ったようだ。やはり居住地より多少安かった。居住地のガソリン価格が高いのは何故だろうか。

旭川市街地に入るとカーナビの案内音声と画面と前方にのみ集中し、あたりをキョロキョロ見回すこともなく、自然にホテルに着いた。あまりにも当然のごとく到着したので、何か物足りなく忘れ物をしたような感じだった。

三年前の秋に層雲峡を訪ねた時に、このホテルに2泊した。印象が良かったので、オンライン予約し再度の利用となった。チェックイン後、ここでも部屋への手荷物運びと案内は無かった。しかし部屋は10階、セミダブルベットのトリプレットで広く、実に快適だった。サービスしたのであろう。

しばし休息して街に出た。三年前に利用した中華料理店を探してあちこち歩いたが見付けることが出来なかった。店名・住所も持ってこなかったし、ロケーションもあいまいだから仕方ない。「鮨六」という普通の寿司屋で夕食は済ませた。帰路、適当なパン屋が見つからず、ドーナッツ店で明日の朝食を買い求めた。

旭川の駅前地域は商店・飲食店が多く夜の人通りも絶えず割りに賑やかだ。帯広の印象も似たものだった。同じ北海道の同じ人口規模のまちでも住んでいる街とは随分ちがう。広々と街を広げ焦点ぼけしたばらばらな街と、繁華街としてまとまっている所の違いであろう。あるいは松前藩(津軽藩支藩)の影響を受けた歴史の街と明治以降に国の開拓事業で出来た街の文化的違いによるかも知れない。港町と内陸都市の違いもあろう。・・・・・。でも、いずこも住めば都。 

疲れたのと部屋が快適なので10時過ぎには眠ってしまい、朝7時まで熟睡した。

3日目(7/19)
旭川→道央道→札幌→中山峠→帰着

道央自動車道 : 旭川鷹栖 - 札幌: 
この道は2度目である。以前は「負けるものか」という力みがあり、猛スピードで追い抜き専門だった記憶がある。札幌まで1時間で走ったものだ。今回は気持ちにゆとりがあり、自分ではおとなしく運転したつもりだった。高速走行でもエンジン音に変わりはなく振動も穏やかなので、1時間で札幌の市街に出てしまった。結局は同じく猛スピードだったらしい。この高速道路は広々として周辺を見渡せるところが多く、高速による不安感が生ずるには相当のスピードを必要としているようだ。現在、旭川と滝川の間で車線増加の工事中なので、数年後にはさらなる時間短縮が可能になるであろう。

札幌市内: 

札幌三越の駐車場に車を置いて、しばらく店内を見歩く。三越向いのバルコの路面店ラルフローレンが夏のバーゲンセールをしていた。  持っていないタイプの「ポロ」のカラーシャツを普段用に買ってみる。ブランドとは言っても、今はたいがい中国製か東南アジア製である。デザイン、色、布、その他のスペックはアメリカからインターネットでアジアに送られ、直ぐ製造され、世界中に製品が送られる。そんなところでしょう。 ワイフが女性店員に美味しいラーメン屋を尋ねたら、狸小路6丁目に沢山あると言う。

昼の街をブラブラそこまで歩いた。確かにラーメン屋は幾つもあったが、昼なのに客の入りがポツポツである。狸小路6丁目には細い横丁があって、少し入った場所にサラリーマンの行列が出来ていた。「支那そばや」というラーメン屋だった。 こんな行列ができるのは、美味しいか、安いか、話題の店かである。我々も並んだ。入ったときは男性専科のラーメン屋と思ったが、そうでもなく後から女性軍団もきた。
(醤油/塩)ネギラーメン700円
(醤油/塩)チャーシュウメン900円
(醤油/塩)ネギチャーシュウメン950円
(醤油/塩)ネギワンタンメン900円
-大盛り100円追加
-チャーシュウ飯200円

サラリーマン諸氏の中には、ラーメンとチャーシュウ飯を注文する人もちらほら 居る。これなら午後の仕事を片づけるエネルギーは十分補給されるであろう。 我々は塩ネギチャーシュウメンと塩ワンタンメンを注文した。味も量も満足できた。思えば、6年前にも札幌でラーメンを食べた。その時はラーメン横町の「ひぐま」と言う店に行きたかった。当時有名だった店で、行列に驚き諦め別の店に入った。 何故か「ひぐま」だけ長い待ち行列で、他の店は皆そこそこの入りだった。 よくある社会現象で、味より人気のなせる技である。その時も満足した記憶があり、全国に知られる所以であろう。

その後は輸入品専門店を覗いてみたり、三越の地下で買い物をしたり・・・。 午後3時前に帰宅の途についた。

帰路 : 札幌 - 自宅: 

当初は小樽まで高速道路を利用し、その後は国道5号線を走る予定だった。 しかし先月小樽まで来ているので、国道230号線中山峠経由に変更となった。休息は中山峠と長万部だった。 特に夕食はせず、デパートで買ったパンで簡単に済ませた。長万部のスタンドでまた満タンにした。ハイオクがリッター103円は魅力である。後日聞いた話では、夜は夜間料金となり高くなるそうである。

暗くなった19時45分に自宅前に到着。距離計は3251Kmを示していた。

我が家には寄食している黒猫がいる。ペットとして飼っている訳ではない。 餌を食べると姿を消し、自由な身分を満喫している幸せな猫だ。  外出から帰ると、車の音で分かるらしく、「ニャー」と出迎えに来ることも時々ある。今回は出てこなかった。留守と知り、他の寄食先に遠征でもしているのだろう。

おわりに

当初の旅行記にはない項目「おわりに」です。
ブラウザ対策を行った 2011年5月に付け加えました。

BMW528 ドライブに使用したこの車は1999年12月に購入決定でした。まだ日本の経済が国の財政を含めて今日程に難しい状況にはないと思われていた。今では、原油価格高騰と化石燃料による自然破壊の軽減のため、リットルで20〜30Km走るミニカーやハイブリッド車が全盛の時代となっている。RV車までが小型化の傾向にあるのです。この旧型のBMW528は大きくガソリン浪費車とも思いますが、感覚的には当初と同じ程度の燃費です。ちなみに、昨年は満タンで札幌往復ができました。購入後10年以上も経ったが、まだ5万Kmも走っていない。バッテリーを外して車庫に眠っている事が多い。車検時には「いたんでいない」といわれ、十分に乗れる車です。愛車であり続ける予定です。

ワイフが旧型プリウスから最新型プリウスにかえましたが、小さくはないし、音は静寂、ガソリンは低消費、最新技術の満載車でとても良い車に思えます。しかし、BMWには愛着があり、乗換る気持までには至りません。

現在、短期の国内旅行を計画中ですが、1日はレンタカーで動く予定にしています。自分の車でなくとも、自由な移動は公共交通機関を利用する旅行とは違った楽しみです。いろいろな形の旅行をまだまだ考えたいと思う昨今です。 (この項目:2011年5月2日 記)

付記: 実用の玩具

【 ICレコーダー 】
メモ帳代わりに使える ICレコーダーという便利な録音機が販売されている。 ソニー製、東芝製、松下電器製、オリンパス製、韓国製などがあるが、 ソニーICD-R200というものをオンライン購入した。1年も前から欲しいものだったが、買いそびれていた。

この機種はファイルにAとBの2個を持ち、それぞれに99個のアイテムを録音する事が出来る。一度録音ボタンを押して録音し、再度録音ボタンを押して録音解除すると1アイテムである。インデックス1がこの録音に付けられる。次の録音アイテムは自動的にインデックス2となる。これが1ファイルで99個、合計198個収録できる。 録音時間は高音質のSPで128分、LPなら300分である。 再生時にはまずファイルとインデックス番号を指定し、それから再生ボタンを押すと指定アイテムが再生される。後で、隣り合わせた2個のアイテムを1個のアイテムに合併できるし、アイテム分割も可能である。メモリー残量も確認できるし、スピーカーも十分な性能。

携帯も楽で操作も簡単、便利な小道具だ。 ただし、会話も割に明瞭に録音されるので、ポケットに隠し無断録音も可能であるが、良識というかエチケットは守る必要があろう。

今回のドライブ旅行で初めてこの IC Recorder を使用。車中とホテルの部屋でのみ録音メモをした。旅行中の支払金額、行動、説明文の要点等々、 すぐ忘れるような事はその都度、ICレコーダーに言っておくと良い。書くより 遙かに簡単である。当初は何回録音するか見当がつかなかった。結果として3日間で使用したのは1ファイル59アイテムのみだった。短期の旅行なら遠慮なくメモ帳として利用しても十分な容量があることになる。
  便利なのは、例えば「自宅出発」と録音すると、再生の時にその時刻がディスプレーに表示されることだ。報告書とか会議・出張記録などをまとめる時に役立ちます。
  実はかなり以前から実用化され、内心「随分時代に遅れたナ」と思っています。

オンライン店価格を比較した後、今回は楽天のソニー専門店「まいど」から 買いました。本体22,800円、送料900円消費税1,185円で 合計24,885円でした。購入直後、大量販店が当地の開店セールでチラシに24,800円と載せました。
ネットのコトスを無視すれば、消費税分安かったことになります。 
その後、この量販店の会員は10% Off と知り、ウーン。
「株と同じで安値拾いはなかなか難しい・・・。えい、頭としっぽはくれてやれ。」

経済企画庁の発表(7/27)では、1999年度のオンライン購入経験者数は 全体の10.3%だったそうです。既存店も生き残り作戦展開中で、ネット 購入は未だ一部の趣味の段階かも知れません。 もっと普及し利便性が 増して欲しいと思うのですが、商人の世界もなかなか厳しいようで・・・。

【 カーナビゲーション 】
BMW528i HiLine にはカーナビが標準装備されていて、DVDはゼンリンの 最新の全国版だそうである。国内で売られている最新のものは横長の 大きい画面だが、これは普通のサイズである。 熟知の市内では地図を ティスプレーするぐらいで、カーナビ本来の機能(誘導)は本格使用した ことはなかった。

事前に目的地(帯広東急イン)、通過地1(苫小牧東)、通過地2(富川)、 通過地3(日高)と設定した。が、設定の仕方に問題があったようで肝心な 所で苦労した。目的地、通過点、寄り道などの設定はもう少しマニュアル を読み、設定方法を確認する必要がある。目的地の電話番号設定が 簡便なので、2日目からこれに頼った。電話番号が登録されていると その地域の地図上に目的地が明示される。電話番号が未登録なら、 局番の地域の地図が表示され、とにかく便利である。 

カーナビで目的地設定をしても、希望のルートでガイドするとは限らない。 途中の風光明媚な道を通りたい時に、その道を誘導ルートとしていない事 もあり、注意が必要だ。こんな時には、誘導ルートを確認し、必要なら 通過点の設定をすればよい。また、時には道無き道を走る面白い経験も 出来る。多少の習熟が必要だが、カーナビがあるとドライブ旅行はかなり 楽になる。また、停車中はカーナビのティスプレーでテレビも見られるので、 待ち時間を退屈せずに過ごせるし、少しは旅行ぼけの防止にも役立つの である。 

若い人達が猫も杓子も欲しがり、よく売れる理由がやっと理解できました。  私など「道路地図一冊あれば十分だろ」と考えていた古い人間だから・・・。

【 レーダー探知機 】
ワイフが私につけたあだ名は「おじさん暴走族」。 「紳士的運転」のはずですが、チト、スピードを楽しみますから・・・。  後付けの小道具ですが、レーダー探知機も眠気覚ましに結構役に立ちますね。

[追記] 何時ごろだったか、居住地エリアではスピード違反の罰金が高くなり、捕まると7〜10万円も取られることが頻発するようになった。それが主因と思いますが、法定速度を守る人達が急増し、追越しや追抜きも昔に比して随分と減り、大人しい運転が通常に思えます。良い意味で「みんなで走れば怖くない」が実践されている。ということで、自分もゴールド運転免許証に復帰しました。随分とゆっくりした運転を楽しむようになり、このドライブ旅行記を書いた頃とは全く別人のようです。 レーダー探知機も不要となりました。(2011.05.02 記)
◇◆◇
(2016.10.05 スマホ対策)(2008.05.10 文字サイズ変更ボタン設置)(2005.12.13 公開)

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