旅行記|ハワイ島とオアフ島の山を訪ねて (3日目/2007年4月4日 水曜)
マウナケア山(夕日と星空の観賞)、ドライブ
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ホテル出発まで:
08:00 この頃、掃除のメイドのドアー・ノックで目覚めた。昨夜は2度も目覚めたので朝が遅くなった。
今日は午後1時までは自由時間です。何も予定はなく、時間までノンビリと過ごすだけ。

朝食: 09:00 レストランKAI に食事カードを提示して入る。今朝は窓際の席でした。
ビュッフェ朝食でお定まりの料理です。オレンジジュース、ベーコン2切れ、小型ソーセージ1本、卵焼き、野菜、フルーツ・ヨーグルト1個、ベーグル1個、食パン1切れ、コーヒー2杯でした。ワイフはバナナやパイナップルやフルーツ・ヨーグルトなど果物にパン少々とコーヒーでした。日常から健康維持の理由で小食です。これでも体重が気になりました。
実はツアーに今日の昼食は組込まれていない。ホテルからケアウホウのショッピング・センターまで無料シャトルがあるが、サンドイッチをワザワザ買いに行く気持ちにならなかった。それでベーグル数個とバナナ2本を朝食で食べたことにして部屋に持ち帰りました。
09:35 レストランを出る。

ホテルの庭の散歩: Keauhou Bay
ケアウホウ湾の入口、ホテルから。
ホテル裏の広場に出て、マンゴーの実の写真を撮る。うちわサボテンの一種らしいが、花が終わり小型の新芽が沢山でている。その中には赤色の妙な芽も混じっていた。珍しいのでこれも写真におさめる。
ホテルの庭ながら昨日とは違う海岸に行く。岩の海岸沿いは庭園風になっていた。足元では小型のカニが打ち寄せては引く波と遊んでいる。親子連れが来ていたが、子供はやはりカニを捕まえたいらしい。しかし”カニ”も”さる”ものニゲルもの。なかなか、・・・。
部屋に戻る前に1階のホールでワイフと卓球をしてみました。数十年来の久々の卓球で、もう目と体がボールについて行きません。でも楽しかった。
10:00 この頃に部屋に戻った。後3時間は自由です。

昼食: 11:50 部屋に備え付けのコーヒーメーカーでコーヒーを入れ、朝食でもらったベーグル1個でランチとする。デザートは完熟バナナだった。普段に近い量で、傍目はともかく、自分なりに十分です。

リュックのパッキング: 食事後、山で着る衣類を順番にリュックに詰めました。ここケアウホウは海岸地帯、標高は数メートルで暑い。しかしマウナ・ケア山の頂上は標高4205m、富士山以上の高度に4WD車で登る。車内は暖房が効いていても夕時や夜の山上は凄く冷え込むのです。今年こそ積雪は無いが、例年なら12-5月の半年間は降雪や積雪や残雪があるとされます。まず長袖カラーシャツに着替え、冬・秋用ハットを被る。ジーンズは昨日と同じながら厚手のものでした。冬用のタイツ(下着)も持参したがこれは着なかった。それから、ジャンパー、カシミヤ・セーター、マフラーと手袋もリュックに入れた。高度の上昇(気温の低下)と共に身に付けるのです。下山と共にセーター、ジャンパーは脱ぐことになる。
話は飛びますが、ペルーのマチュピチュ遺跡(約2400m)見学の時と反対です。クスコ(約3300m)の早朝出発は厚着、徐々に重着の衣類を脱ぎ、真昼のマチュビチュではTシャツ一枚、帰りは反対に一枚づつ再び着重ねる。夜のクスコは冷えるのです。
衣類が済んだので、水も500mlボトルをリュックのサイド・ポケットに納め、反対側のポケットには星空撮影用の小型三脚を入れる(実際には星空の撮影は経験不足で完全に失敗、三脚など不要でした。)
ワイフは軽い布製の手提げバックに衣類などの必要品を入れました。リュックでなくても十分です(バスに置いて下車できました。) 寒がりなので使い捨てカイロも沢山持ったようです。

出発、参加者ピックアップのドライブ:
Small Bus to Mt. Mauna Kea
登山用4WDミニバスに乗車
12:40 ロビーの椅子で集合時間まで待つことにした。
12:50 Tさん御夫妻も降りてきました。お2人とも長袖姿でした。ハワイ島の南西海岸は空気が乾燥しているのでしょう、長袖でも暑く感じない。現時点では曇で太陽は見えなかった。
13:00 登山用4WDミニバスが到着。スキン・ヘッドの日本人ドライバーさんだった。もちろんガイド兼用です。今日はシェラトン組が最初のピックアップでした。
(注: このページ最後部でも記述しますが、登山用4WDミニバスは以前はディーゼル車だったが現在は販売中止となり全てガソリン車。頂上から下る時もエンジン・ブレーキに心配はないそうです。)

13:01 乗車。今日は前席にTさん夫妻、次ぎの席に我々でした。これからピックアップため立寄る場所は3ヵ所、初めはカイルア・コナのビーチ・ホテル、次ぎにコハラ・コーストのワイコロア・ビーチ・リゾート、最後にワイメア(パーカー牧場)です。我々と同じツアー以外に2組が参加する混載の登山バスでした。
13:05 出発。

まずはスタンダード組みのコナ・ビーチ・ホテルに向かった。途中の国道は昨日と同じく車が多い。といって渋滞という程ではなかった。
途中で、ワイフがハワイ島特産の100%コナ・コーヒーについてドライバーさんに聞いていた。安いスーパーのものはやはり味が落ちる。目安として約200gで12ドル以上なら美味しいはず、と云っていた。日本でもコーヒー100gが700円以上なら高い部類でしょう。コーヒー農家だって高品質のコーヒー豆を安く出荷はしないし、加工・販売業者だって同じでしょう。経験では「安くて美味しい」食品類はありますが・・・。ドライバーさんはスーパーで買うなら「レッドバード」がいいと云ってはいた・・・。
13:20 他のツアーメンバー全員がコナ・ビーチ・ホテル前でピックアップを待っていた。昨日の疲れも取れた様子で老若男女6人が元気に乗込みました。

カイルア・コナのコナ空港寄りと思ったが、アメリカ独自の会員制スーパー Costco の前を通る。珍しいスーパーなので説明があった。ドライバーさんの説明と帰国後のオンライン調査による情報を合わせると、原則的に会員以外は利用できないらしい。シアトル発祥(その前はカルフォルニア)の倉庫店チェーンとされます。日本では以下の5店を出店ずみ:久山店(福岡県)、幕張店(千葉市)、多摩境店(町田市)、尼崎店(尼崎市)、金沢店(横浜市)。米国での入会金は約4800円($40.00)、2万円以上の買物で入会金の元がとれるとか。写真付き会員証は世界中の店舗で使用できるそうです。米国内の Costco倉庫店 の販売単位は量的にかなり大きいもので日本人はビックリするようです。
日本の生協も会員制、しかし実際には誰でも利用しているのでは? 日本ではICカードで入出店や支払いを管理しないと厳密な会員制は無理かもしれません。この点は、Costcoも厳密さに欠けるとのネット上の口コミ情報がありましたが・・・。

その後は海岸沿いの国道19号を北上です。コナ国際空港の北に伸びる海岸はサウス・コハラ・コースト(South Kohala Coast)、ここはハワイ島の高級リゾート地区と云われる。コナ空港の南はリゾート・ホテルに加えコンドミニアムが比較的多いとされるコナ・コースト(Kona Coast)、両地区はよく対比されるようです。
途中は溶岩流が固まった荒涼とした風景が随分と続きました。溶岩流がこの地を覆ってから150年以上経っても、まだ原始的な雑草が生えるだけのようでした。降水量が少なく溶岩の風化が進まないためらしい。 ワイコロア・ビーチ・リゾートまで

両側の黒々した岩石に白く文字が書かれたものが多く見られるが、海から持ってきた珊瑚で自分の名を書く人達がいるのです。チャッカリ者は他人の名から珊瑚を取って自分の名前を記すとか・・・。バスのスピードが速く(直線路が多い)、車窓からの写真は良くは撮れません。
途中で国道を左折、海岸に向かった。

ワイコロア・ビーチ・リゾート(Waikoloa Beach Resort): A Gate of Kings' Shops
キングス・ショップス入口
14:05 ワイコロア・ビーチ・リゾートの代表格キングス・ショップス(Kings' Shops)に到着。最初の休息地です。ルイ・ヴィトンやスターバックス近くからショッビング・ゾーンをブラブラ見歩きました。迫力は感じませんが、ブランド・ショップを含む店舗が50程度あるようです。と云ってアイスクリームの1つでも買った訳ではありません。錦鯉の泳ぐ池があるのは、日系人の多いハワイ島ならではでしょう。一回りしたら時間になり、駐車場に戻りました。
14:25 出発。日が照り、かなりの暑さとなっています。 14:30 このリゾートには充実度が高いとされるヒルトン・ホテル・ワイコロア・ビレッジがある。そこで母娘組2名をピックアップです。
この地域でも色とりどりのブーゲンビレアは多いが、その刈り込みが日本の五月のように丸くしているものが多く見られ珍しく感じた。 ワイコロア・ビーチ・リゾート

その後は再び国道19号に戻って荒涼とした大地を北上しました。この地域は年間降水量がハワイ島で最も少なく、約200mml しか降らないそうです。国道沿いは木々があったが、立ち枯れた木々も見かける程に乾燥しているのです。ハワイ州の動物はザトウクジラですが、ここから見える海でザトウクジラを見ることもあるらしい。 ワイメア、パーカー牧場まで

14:45 この頃、国道はT字交差点になる。右は今までの国道19号、左は国道270号。左折して270号線を進むとカパアウ(Kapaau)、そこはハワイ諸島をハワイ王国としてまとめたカメハメハ大王の生誕地であり、銅像(King Kamehameha Statue)がある。聞くところでは、ハワイ州にカメハメハ大王の銅像はハワイ島の3つを含め幾つもあるが、ここカパアウの像がオリジナルになる。この銅像はフランスで制作されたが海上輸送の際に沈没したそうです。一説では後年に海底から引き上げられカパアウに設置されたとされます・・・。確実には分かりませんので、ご確認を願います。
蛇足ながら、ここハワイの有名な銅像はフランス製、そう云えば自由の女神もフランス製、実はアメリカのイギリスからの独立を応援したのもフランスでした。アメリカとフランスは歴史的に関係が深い面があるのです。それ故かどうかは不明ながら、明治維新で日本が2つに割れたとき、薩長土肥などの連合をイギリスが応援し、幕府側をアメリカとフランスが応援した。その後、ハワイ王国はアメリカの下での西洋化を懸念し明治政府に深い政治的な絆を求めたが、欧米化それ行けドンドンの日本は丁重に断ったらしい。歴史とは・・・。

Trimmed Bougainvillea
五月風に丸くしたブーゲンビレア
我々はピックアップのためワイメアに行く。そのT字路を反対の右に曲がり、国道19号を走り続けました。
傾斜地の庭でブーゲンビレアを見事に刈り込んだお宅があった。田舎暮らしの楽しみでしょうか。この近くのコハラ山麓ではパーカー牧場だけではなくコーヒー園もあるようで、日本のUCコーヒーやドトールが企業として栽培を手がけているとも聞きました。

パーカー牧場(Parker Ranch): 牧場を貫く国道19号を昨日夕方にもしばらく走った。この牧場は東京都の1.5倍の広さがあり、アメリカでも有数の広さとされます。その始まりは農作物を荒らす野生化した羊、山羊、牛を集めることを条件にカメハメハ大王がジョン・パーマー氏に土地を与えた(1848年)ことのようです。とにかく牧場の草地は広大で、マウナ・ケア山麓とコハラ山系の間のなだらかな部分をかなり含むようでした。国道沿いは確かに牧場らしき広大な草原の山地ですが、牛や羊などの姿はめったに見ません。あまりにも広すぎるのです。

ワイメア(Waimea): Parker Ranch
パーカー牧場と集落
昨夕は町に寄らなかったが、今日はパーカー牧場の中心の町ワイメアに入ります。古いカウボーイの家やレストランなどが昔のまま残っているらしい。古い家は高床式が多いが、最近建てた新しい家には高床式は少ないそうです。やはりアメリカで白く塗装された家もかなりあるようでした。
ここまでくると西海岸の乾燥地帯とは見る植物が完全に違っている。緑豊か、松らしき木々もあり、亜熱帯や温帯の雰囲気ともいえましょう。南米原産のジャカランダ(Jacaranda)も植えられ、日系人は紫桜と呼ぶそうです。私の印象では、イギリス系の人達は本当にジャカランダがお好き・・・。ついでながら、ハワイ島だけで13もの気候帯があるそうです。

15:05 ワイメア・センターだったと思いますが、ショッピング・センターの小奇麗な場所に着いた。そこで待っていた新婚2名をピックアップです。

これでツアー10名、母娘2名、新婚2名、計14名になりました。途中のピックアップが3回もあり回り道でしたが、実質上の時間的ロスは1時間もなかったと思います。マウナ・ケア山へのアクセス路「サドル・ロード」の入口はこのパーカー牧場の町(ワイメア)から約10分程度もどった場所なのです。何れにせよ、この近くまで来るのです。

マウナ・ケア山、4WDバスで登山:
全メンバーがそろい、いよいよ登山ドライブ開始です。まずはワイメアから国道190号まで戻り、国道190号からサドル・ロードの入口まで走る。この辺りの山麓には見慣れない枝ぶりの木々が多い。オーストラリアから移植されたユーカリでした。
Saddle Road / Rt.200
上下にうねるサドル・ロード
15:20 この頃サドル・ロードに入ったはず。2車線の舗装路とは云え完全な田舎道で揺れがひどい。山麓のうねりの底には小川(その多くはドライ)があるが、その短い橋は1車線が多い。対向車があると橋のたもとで待つことになる。この道路はニュージーランド南島の国道を思い出させました。走った2車線国道の橋はほとんどが同じように1車線だったのです。妙に「ハワイはオセアニアである」と意識した地域でした。
15:30 マウナ・ケア山麓も南西になるが、この辺もパーカー牧場で羊や山羊が放牧されている。牧場の施設や住宅なども点在していた。

15:35 この辺りからはアメリカ陸軍の土地になり、射撃の演習場があった。といっても緑色の小さいボックスが2つ並んでいるだけの広大な山麓の原野です。演習中なら赤旗が立っているそうです。
15:45 小さな陸軍基地の前を通る。戦後、日本の駐留軍も使っていた蒲鉾兵舎が幾つもあり、その形に妙な懐かしさも感じた(入ったことはない。) 若かりし頃、大学の仕事で週に1度だが半年以上も由緒ある陸軍基地に通ったことがある。そんな筆者にも、あまりにも人里離れた僻地の感じが濃厚で少々大変に思われました。イラクやアフガニスタンの見えざる敵よりはマシかも・・・、でも、どうでしょう。

Mt. Mauna Kea: Its peak can't be seen. マウナケア山、ここから山頂は見えない。手前はまだ風化されない黒く荒々しい溶岩です。
注:山頂部分(4205m/天文台群)は見えないが、昨夕に撮影したコハラ・コースト側の写真は天文台が6つも写っている。 [ ⇒ 写真を見る/ブラウザ左上「戻る」でここに戻る ]

16:00 普通の道路脇で一旦停車。ここは標高が約1900mとか、まだ半分以下です。巨大なマウナケア山麓の山肌がよく見えるが、山頂は見えない。天文台のある峰に到着する5分前までピークは全く視界に入らないそうです。この辺りの広い草地もパーカー牧場の1部になるようで、これは驚きでした。
路肩周辺に変わった植物があるという。キャベツの一種らしい。葉を指で触るとファーとした柔らかい感触のものだった。5分ていど休息したと思います。 サドル・ロード
この辺りでは道路の建設工事が進行中でした。大型車両(日本感覚では超大型 ? )が何台か動いていた。ヒロに向かう新道を作っているそうです。ここの工事現場から少し進むと登り坂の山道になった。山麓の斜面はほぼ茶色の草類に覆われているが、ツンツンと高く花茎を伸ばした植物が多い。時には奇妙な風景にも思えた。バスは曲がりながらグイグイと高度を稼く。

オニズカ・ビジターセンター(Onizuka Visitor Center):

Onizuka Center For International Astronomy オニズカ・ビジターセンターは山小屋風の小さな建物です。オニズカ大佐の碑、ショップ、望遠鏡、トイレがある。

16:20 標高2800mのセンターに到着。駐車場や小さな建物があり、天体観測機器が並んでいる。高所の薄い空気に体を慣らす意味でゆっくりします。到着直後にお弁当の配布がありました。
夕食弁当(和風): 天体望遠鏡などが並ぶ駐車場近くに陣取って早めの腹ごしらえです。 弁当は和風で、カツ、肉と野菜炒め、蒲鉾の薄切り、アブラゲ、スパゲッティ、白飯などでした。空腹だったためか、完全に平らげました。飲物は手持ちの水でした。高山病の予防には沢山食べないのが良いとされるが、量的には元々多くはありません。

16:40 食事を終える。直ぐ近くにオニズカ大佐(エリソン・ショージ・オニズカ)の碑があった。大佐は1986年にスペース・シャトル「チャレンジャー号」の爆発事故で亡くなったハワイ島出身の日系アメリカ人宇宙飛行士です。同行の新婚さんに頼まれ、この碑を前に記念写真のシャッターを切りました。この時刻なら太陽の位置のかげんでフラッシュを使わないとオニズカ大佐の顔は写らない。チョットしたことで、良い記念写真になったと思います。

特にすることもなく、建物周囲に生える高山植物の花の写真を撮ったり、建物後方のハワイ州立 AHINAHINA (または HALE POHAKU )植物保護区に入り短い散策を楽しみました。保護区(Encloser)の入口は実に素朴で質素なものです。しかし、ここには ギンケンソウ (Silversword/現地名:ヒナヒナhinahina/キク科)というハワイ特有の珍しい多年草が生えている。決してその植物に触ってはいけないと云われました。乾燥した細かな砂地に玉状に細く硬い葉を伸ばした草が多く生えているが、所々に違う銀色の玉が見える。やはり細長い葉が沢山集まり丸くなっている。幾つかが寄合っているものもあった。これが目的のハワイ固有植物のギンケンソウです。太陽の光で銀色に輝き、見事なものです。ここで見たものは30〜50cmと思えるサイズでしたが、芽生えてから約20年経つと約2mもの巨大な花茎を伸ばして黄褐色の頭状花を咲かせる[Ref.04]。花を咲かせた固体はその後枯れるそうです。高山植物の一種で、ここ以外ではマウイ島ハレアカラ火山の火口の群落が知られるそうです。

【追記 2010.03.03】マウナケア山の銀剣草は下の[PHOTO]でご覧になれますが、その時は花の年ではなかった。2009年7月掲載の幾つかのページでは、訪問時にオニズカ・ビジターセンター裏の銀剣草が開花中、写真を掲載しています。⇒ 
銀剣草の花が咲いたよ!SILVER SWORD (銀剣草)アヒアナヒナ (シルバーソード)
撮影日の情報は分かりません。リンク切れはご容赦ください。(追記・終)

この辺りの斜面の上方にロッジ風の大きな2階建てが見えますが、天文台関連の施設でしょうか?ブラブラと緩い坂道を下り、駐車場に戻りました。 オニズカ・ビジターセンター
時間となり、センター裏側のトイレに寄った。マウナケア頂上の駐車場に簡易トイレがあったが、ここで済ませるのが安全です。サンセット観賞と星空観賞は数時間かかり体がかなり冷える場合もありえます。

マウナ・ケア山の頂上に行ってはいけない人:
(1) 年齢が16才未満の人。
(2) 妊娠中の女性。
(3) 高血圧、心臓障害、呼吸器障害の人。
(4) 過去24時間以内にスキューバ・ダイビングをした人。
(5) 飲酒状態の人。
参考資料と注意:
マウナ・ケア山の情報は現地入手の英語パンフレット[Ref.09]を利用しています。
この山に関する事前調査で気付きましたが、天文台の数などの各種情報が資料により異なる場合があり要注意です。

17:30 オニズカ・ビジターセンターを出発。
少し走ると舗装は終わり、しばらく未舗装路がつづく。車の走行で土埃が舞い上がるが、ここの粉塵はガラスとほぼ同じらしい。この山の成分なのでしょう。
17:39 ドライバーさんはバスを止めて、下車させた。昨日は雲で見えなかったが、ここからハワイ島第2の高山マウナ・ロア山(標高4169m)がよく見える。この活火山の体積は約4万2000立方Kmあり、地球の山では最大の体積とされる。富士山の数十倍にもなるそうです。その長年に渡る噴火の威力たるや凄いものだったのです。火山なので滑らかな曲線の山容ですが、眺めは雄大そのものです。先刻のオニヅカ・ビジターセンターも足元の遥か下に見えました。

Mt. Mauna Loa マウナ・ロア山(4169m)、ハワイ島第2位の高山。昨日は雲に覆われていた。キラウエア火山は裏側になる。
17:50 この辺りから再びアスファルト舗装の道になった。
17:53 大きな岩がゴロゴロした場所を通過。これは火山噴火による岩ではなく氷河により砕かれたものとか・・・。ハワイ島で一番硬い岩とされ、原住民の人達は石器を作る材料としてここまで硬い岩石の採取にきていたそうです。
17:55 富士山の標高3776mと同じ標高を越えた。そのアナウンスで拍手だった。

マウナ・ケア山、サンセット観賞とスター・ゲイジング:
Mt. Mauna Kea. Subaru is in the center, April 4, 2007. 天文台(1)、中央が日本の口径8.2m光学赤外線望遠鏡「すばる」。右端は下の天文台(2)の左端に続く。
(左から) ★CalTech Submillimeter, ★James Clerk Maxwell, ★Subaru, ★W.M.Keck I, ★W.M.Keck II
Mt. Mauna Kea. Subaru is in the center, April 4, 2007.Mt. Mauna Kea. Subaru is in the center, April 4, 2007. 天文台(2)、写真を繋いだので狂いましたが、大よその位置関係は分かります。
(左から) ★NASA Infrared, ★Canada-France-Hawaii, ★Gemini Northern,
★Univ. of Hawaii 2.2m, ★United Kingdom Infrared, ★University of Hawaii (名称最後は Telescope )
radio telescope
★Submillimeter Array
18:10 この頃、天文台が並ぶ山頂域に到着しました。
天文台(Astronomical Observatory): 写真でお分かりのように、11もの天文台が集結しています。さらに電波望遠鏡のパラボラ群も1つある。これらの施設は馬蹄形の山稜に作られているので、その中心近くに立つと上の写真のように11の天文台を見ることが出来るのです。とても幻想的な光景でした。
ハワイ大学天文研究所マウナケア管理事務所(OMKM)の登山者向けパンフレットに掲載された地図[Ref.09]で確認すると、現時点での観測施設は上と右の写真にある12になるようです。

Map: Mauna Kea Summit
マウナケア頂上の地図(クリックで拡大)
Map courtesy of the University of Hawaii Institute for Astronomy
マウナケア山の天文観測施設や標高などに関して、インターネット上には異なる数値が散見されますので、念のためマウナケア山頂の等高線図、マウナケア最高点、天文観測施設の名称とローケーションが明確に示されている頂上の地図を掲載します。前述のパンフレットの縮小地図を本文・右に掲載しましたが、それをクリックすると最新の大きくて見やすい地図がアドビ・アクロバット(PDP)で表示されます。地図(右)はハワイ大学天文研究所の使用許可を受けていますし、クリックで表示の地図(PDP)は返信の折に添え付けて下さったものです。ご好意に感謝いたします。

普段は目を向けることのない天文台です。しかし、これだけ並ぶと壮観です。ここは現代科学の英知の塊で、その意味ではインドのジャンタル・マンタルの比ではないが、数が多いからと云って「天文台銀座」なる表現はどうでしょう・・・。ここは何となく人間離れしており、つまり生活の”臭い”が全くしない・・・、静寂な空間と云えるのです。

日本の「すばる」の正確な標高は入手出来ませんでしたが、等高線をみると 13550ft. と 13600ft. の間のようです。一説によると、天文台は古い順に高い所から低い所に建てられているらしい。
日本の「すばる」の内部は事前申込みで見学可能とされます。しかし、高度のある山頂の設備は観測が主で、ヒロの国立天文台ハワイ観測所(約80人体制/2007年)にデータを送り、そこで解析業務などが行われているとされます。他の諸国の天文台も主要チームは下界らしい。実際は即時データを本国に送って詳細を分析しているのかも知れませんが・・・。「すばる」の詳細は、国立天文台すばる望遠鏡 ホームページ をご覧ください。

マウナケア山頂(Mauna Kea Summit): 本当のマウナ・ケア山ピーク(4205m)は谷を隔てた隣の南東の山になる。夕日に照らされて、近くによく見えます。登山する人達の姿もありましたが、登山は許可が必要とのことでした。我々がいる天文台の山より確かに高いのですが、大差という程には感じなかった。
”Mauna Kea” とは「白い山」を意味するという。例年なら12月から5月まで積雪がある。ところが、今冬は異常気象というか世界的に暖冬でした。降雪そのものが4〜5回しかなく、4月上旬でも山頂部に残雪は全くありません。

それでも、ドライバーさんのみが車外に出て、14人分の分厚い「防寒つなぎ」をだしました。事前調査でダウン・コートを貸してくれると知っていたが、この会社は零下30度にも耐える「防寒つなぎ」でした。足元のチャックを外し、足から着用です。重いのと不慣れで時間をかけてゴソゴソと着ました。胸元のチャックを閉めてOKです。デジカメのみ持って外に出ました。風が意外に強いので防寒具なしでは寒すぎます。「コート」より「つなぎ」のほうが足元が冷えないので具合がよいですね。

高山病(Mountain Sickness / Altitude Sickness): バスの外に出てから、急に胸苦しくなった。頭がフラフラする。「しまった!バスが登坂中に深呼吸を続けることを忘れていた」と思ったが、後の祭り。体がグラグラするし、しゃがみたくなる程に苦しかった。慌てて深呼吸を数多く連続させた。それでやっと治まってくれました。軽い急性高山病だったのです。その後はゆっくりと動くようにしただけで、特に高山病らしき問題は意識しなかった。ワイフは高山病の軽い頭痛が出たようですが、鎮痛剤を飲まずに我慢できた程度だった。同じシェラトン組の御主人(70歳くらい)は完全な高山病で動けず、バスに残って酸素吸入でした。下車はしなかったようでした。他に酸素を必要とする重症は居なかったようです。
マウナ・ケア山頂部の気圧は平地の2/3〜1/2程度とされます。後知恵ながら、バスが頂上に近づく頃から、座席で深呼吸を続け酸素を取り込んだほうが良いと思います。移動中は座席に座ったまま体を使わないので高山病の症状が出ないが、山上で動くと途端に軽く症状が出る場合があるようです。
注: 高山病に関する詳細情報「高山病、その予防と対策」もこの旅行記に掲載しました。左メニュー最後部からご覧になれます。

The Peak Behind Us is Mauna Kea Summit
天文台の峰からマウナケア山頂
18:24 我々はハワイ大学0.6mとイギリス赤外線の間に到着した。駐車場の反対側に前述のマウナケア最高峰が見える。ピラミッドを連想させる形です。夕日のためか、それとも土の色か、赤っぽい山でした。ドライバーさんは「マウナケア山頂4205m/www.minshuku.us/ネイチャースクール」という横断幕を持たせ、そのマウナケア山頂を背景に当方のデジカメで撮影してくれました。探検家の気分です。素晴らしい記念になりました。

その後しばらくは自由時間です。駐車場の一端に鉄板製の簡易トイレが2つあった。体が冷えたので利用しました。汚されて不潔ということはなかったが、何とか用は足せる程度と思います。「防寒つなぎ」なら女性は大変かもしれません。高山病予防に水分の補給は必要、しかし高山の夕刻は寒い。バランスの問題でしょう。

夕日の観賞(Sunset):

Dramatic View of Sunset on Mauna Kea サンセットと「すばる」のシルエット。
その後、バスのいる駐車場から北に歩き、坂を少し下ってイギリス天文台の下辺りの道端から夕日の沈み行く姿を静かに見守りました。日本の「すばる」や他の天文台のシルエットを見ながらの夕日はここでしか見れないもの、しかも雄大で綺麗です。太陽が沈むと青暗い西の空高くに一番星が輝き始めました。自然のドラマを身近に感じ、柄にも無く感激ものでした。我々の後方の高台でも欧米系の人達が大勢みています。ここは1年に300日以上は夕日が見れる珍しい場所なのです。もちろんデジカメで沢山撮影しましたが、バランス良く撮れているものは僅かでした。

19:05 駐車場に戻る。もう皆さんはバス近くに揃っていましたが車外で未だ太陽の沈んだ赤みの残る西の空を見続ける人達もいた。
19:15 多分、この頃に夕日観賞を終え、山頂を出発したと思います。 マウナ・ケア山

星空観賞(Star Gazing): 19:35 この頃、山頂とオニズカ・センターの中間にある星空観賞の広場に到着。ここは頂上までに2つある駐車場の1つと思います[Ref.09]。登山道から引っ込んでおり、舗装された場所でした。周囲は山々に囲まれ、人工的な光は時たま通る車のライトのみ。音もない静寂な場所です。我々を車内に残し、ガイドさんは反射望遠鏡と大型双眼鏡のセットに取り掛かりました。必要なものは全てバスに積んでいる。
それが終わり、我々も車外に出て空を見上げる。明るく輝く1等星から微かに見える程度の星まで、目が慣れてくると無数の二乗もの星があった。地上に近い部分の星は多少はキラキラと瞬いているが、天上の星は静かに光っているだけで瞬かない。星の観測に最適なわけです。
驚いたことに、ワイフは車から出て直ぐにアスファルトに仰向けになった。星空を見上げる楽な姿勢です。運の良いことに、直ぐ流星を見つけ、「生まれて初めて流れ星をみた!」と感激していました。が、どんなお願いをしたのでしょう?

こんな夜空は子供時代の記憶に残っている。戦後しばらくは昔ながらの北海道の田園地帯、質素な生活で街灯はなく、どの家も電球1つ程度で済ませていた。そんな家々も互いに離れ、しかも木々に囲まれ夜は見えない。代わりに夜空の無数の星が何とか歩ける程度に道を照らしていた。満月なら星の数は減るが、昼間のように周囲が見えたものです。北国のこと、冷え込みの厳しい晴れた冬の夜は、雪明りがあるのに、天上の星は輝きを一層増したかのように光の競演をするのです。今だに、その頃の北斗七星や天の川は記憶に鮮明、と自分では思っている。クリスタル・クリアーな空気とあまねく散りばめた大小の星の光、神秘な大宇宙を見上げる小さな自分、それ以上の表現方法を知りません。
今は都会化が進み、星空など望みようがない。人工衛星から見下ろす地球では日本が一番明るいとか・・・、その1部と成り果てたのです。何を云おうと、今は昔の物語・・・。

マウナ・ケア山のここは違う。これから1時間余もレーザービームで星を指しながら、有名な星や星座を詳細に説明してくれました。ここからは北半球のほぼ全部の星に加え南半球の星もかなり多く見れるのです。しかし、知られた星の数々や多くの星座について、ガイドさんの説明を繰り返すだけの知識はありません。興味ある方は適当な天文の参考書でも開いてください。
星空の撮影に三脚まで持参しましたが、未経験の撮影分野で完全に失敗でした。デジカメの設定のため携帯した「LEDライト」を点灯させたらガイドさんにしかられました。赤色はOKでも青色のライトはダメ、でした。撮影は直ぐ諦め、口を閉じて(ポカーと開けていたかも・・・)天上の星を見上げつつ説明に耳を傾けました。時間は思ったより早く過ぎて行きました。

20:37 この頃に東の空に赤く丸い月が昇りました。当初は赤っぽいが天頂に近づくと白い通常の月になる。
月明かりが本格化すると星空の魅力は減少します。星が見難くなるのです。そろそろ切り上げる頃合になった。ガイドさんは最後に反射望遠鏡を土星(Saturn)に合わせて全員に覗かせました。初めて見る本物の土星は11時から5時の方向に輪(Saturn's rings)があった。順番に覗いたのですが、皆さんの後にまた覗かせてもらいました。宇宙は神秘そのもの・・・。
ガイドさんは望遠鏡を片付けてから運転席に戻った。
20:50 スター・ゲイジングの場所を出発。

オニズカ・ビジターセンターで休息: 21:10 オニズカ・センターに着きました。まず「防寒つなぎ」を脱いで返却。建物内に入り、ホット・チョコレート(ココア/@$1.00)の袋を2つ買いました。外にカップと湯沸し器があり、セルフサービスです。暖かくて甘く、久々に文明の味を楽しんだような気がしました。我々が帰るころにはセンターはクローズするらしい。適当にバスに乗り込んで出発を待ちました。もう疲れと満足感で、何の記録もありません。

帰路(ワイメア、ワイコロア・ビーチ・リゾート、カイルア・コナ):
21:25 出発。その前にこのバスを運行している観光会社の名刺を貰いました。
車内では参加者から幾つかの質問がでていた。例えば、「マウナ・ケア山登山のミニバスはディーゼル車というが?」の類いです。私も出発前に同じような記述を読んだ記憶がある。「ディーゼル車のほうが登坂力が強く、下りはエンジンブレーキが良く効くので良いが、今は売られていない。現在は全部ガソリン車です。この車も購入後1年も経っていない。」という答えでした。
面白かったのは、「ハワイ州の運転免許の試験は全米で一番易しい。それで、ハワイの免許証は信用がない。」 私は数十年昔ニューヨークの運転免許を取得しましたが、その試験は日本に比べて易しいと思っていました。ハワイ州の運転免許試験とは?気になりました。
いろいろ面白い遣り取りもあったように思いますが、詳細は既に・・・。

往路とは逆に走り、パーカー牧場の中心ワイメアで2名降車、その後はワイコロア・ビーチ・リゾートのヒルトン・ホテルで2名、そしてカイルア・コナのビーチ・ホテルでツアーの6名が降車、最後はシェラトン組4人だけになりました。半分は眠っていたようなものです。

23:38 シェラトン・ホテルに到着。10時間半以上のツアー、今日は約350Kmの走行になるそうです。距離のみならず4000m以上の標高差も凄かった。それでも、今日のドライバーさんは細かく気を使うタイプで、終始穏やかな運転だったのは良かったです。

シェラトン・ホテル:
部屋に戻る。明朝は早いので手短かにシャワーを済ませ、荷造りを確認した。疲れました。

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