中国旅行記|香港、マカオ、深セン(2日目:2009/12/4)
広州から香港に列車移動、昼と夜の香港観光
文字サイズ変更ボタン(本文のみ)
◇◆◇

ビクトリア山の中腹から香港島の夜景 広州のホテル出発まで
列車移動(特快列車/一等指定席/広州→香港)
昼食(香港、街中のレストラン)
レパルスベイ(浅水湾)
2階建トラム乗車
香港コンベンション・センター
L'Hotel 1(ツェンワンのホテル)チェックイン+休息
夕食(繁華街の北京料理レストラン/北京ダック)
ヴィクトリア山中腹・展望
スターフェリー乗船
シンフォニーオブライツ鑑賞
女人街散策とオープントップバスから夜の香港
L'Hotel 2(ツェンワンのホテル)


広州のホテル出発まで:
05:00 目覚まし時計で起床。
05:50 39階のレストランに行く。まだ閉まっている。22階の部屋にもどった。
06:05 再度、レストランに行く。先客は欧米系の女性客が1人だけだった。
しかし同じツアーの人達が続々と入ってきた。
料理は中華と洋食が並んでいる。何時も通りオレンジジュースをグラス一杯、それから中洋折衷で料理を皿にとり、新鮮なサラダもたっぷりです。料理は薄味で食べ易いものでした。最後にコーヒーを2杯のみました。
06:35 外が少し明るくなってきた。
このレストランはホテルの最上階にある。レストランを出る前に、空いたテーブルの窓から早朝の広州の街並みと珠江をカメラにおさめた。遠方は霞んでいるが、朝霧かスモッグの停留なのか分からなかった。 ホテル自室の窓の風景
06:45 レストランを出て、22階の部屋に戻った。昨日はカジュアルなハットだったが、今日はロゴなし無地のキャップをかぶった。
07:00 忘れ物のチェックをしてから部屋を出る。スーツケースは自分で搬出でした。
07:03 カードキーを返却するだけのチェックアウト。フロントは英語で「Thank you.」でした。
それからロビーや庭の写真を撮って過ごす。
ポツポツとメンバーがロビーに降りてきました。
07:20 集合。

ホテルから駅まで: ホテルから駅までの風景
07:25 昨夜と同じ黄色いバスに乗車。
07:30 出発。

現地ガイドさんの車中の話(注:聞違い等は聞き違いで筆者の責任です): 広州の土産品


列車移動(特快列車/一等指定席/広州→香港): 列車移動(広州→香港)
広州東口駅
広州東口駅 07:55 広州東口駅に到着。スーツケースを引きながら1階のロビーに入った。
08:00 3階までエスカレーターで上がる。古い駅舎ではなく、きれいな駅でした。
08:23 現地ガイドさんが中国の出入国カードを配布した。入国カード部分は2日後に香港から深セン(中国)に行く時、深センの入国審査で必要になる。別途インナーポーチに仕舞って失くさないようにするしかありません。
我々観光客は短期滞在ならビザなしで中国と香港を往来できる。前述したが、中国人が香港に行くときはビザ取得が求められるので、広州の現地ガイドさんはここまでだった。
改札には昔懐かしい切符切りがいました。チケットに小さい切り込みを入れるだけです。

次は、出国審査場です。
改札を通ってから行動記録として写真を2枚とった。出国審査の行列に並んだ時、警備の人が飛んできて、「シャシン!」 デジカメの写真をみせるように求めたのです。改札前の駅舎や駅舎内の写真はOKでしたが、改札後の写真2枚は削除を求められた。部分的に出国審査場や審査待ち行列が写っているのでダメだったのです。どこの国でも国境地帯、特に国境管理施設関連の写真は禁止です。仕方ありません。写真の削除を確認して、警備員は立ち去りました。氏名など何も聞かない。観光客と分かるので削除以外の咎めはなかった。
今回の旅行中に何度も出入国審査ゲートを通りますが、そこではデジカメにレンズ・キャップをすることにする。時にはキャップをし忘れたが、おおかたは守り撮影はもちろんしなかった。

出国審査は空港と大差なく、パスポートと出国票の提出です。入国カードがパスポートに挟まれて返却だったと思います。何処かで適当にインナーポーチに仕舞ったはず。

08:38 未だ時間があるので同じ階の待合室に入る。ショップなどもあり、清潔な待合室でしたが同じツアーの人達がいない。少々不安になり、駅員らしき制服の女性に切符を見せて、「ここで待つのか?(英語)」と尋ねると簡単に「Yes.」とだけいった。
しばらく後にツアーの人達が入ってくる。我々と同じように出国審査を受けたはずだが、何処に行っていたのか・・・。
08:45 待合室を出て、エスカレーターでプラットホームに降りる。「特快列車」は既にプラットホームの右側に入っていた。3号車は先になるのでかなり歩いた。プラットホームも線路部分も綺麗に掃除が行き届いています。

実は列車に「特快/広州(Guangzhoudong)九龍(Jiulong)」と書いてあるが、地名の九龍はあっても駅名は変更されたようでした。「ホンハム駅(Hung Hom Station/旧・九龍駅)」が終着駅なのです。慣れないと少し煩わしい。今日は行き先の駅ですが、2日後に同じホンハム駅から乗車して深センに向かいます。

広州・九龍 特快列車
08:50 前側の乗降口から3号車に乗る。中国の鉄道は日本の新幹線のような広軌で車両幅もひろい。座席配列 2-2 の一等車は余裕たっぷりの感じだった。我々の指定席62番と63番は通路を挟んでいる。気付いた64番の女性メンバーが気を利かせて座席を代わってくれました。おかげで隣合せ(63&64)で列車の旅を楽しめました。
この1等客車は椅子の間隔が通常より広く、スーツケースを前席との間に置いても余裕がある。ワイフは自分の前に置きました。私のは一回り小型、上の荷物台にヨイショと持ち上げて置きました。丁度納まる幅で揺れても心配ありません。
手荷物を落ち着かせ座席に着くと、車内誌が前席ポケットに入っていた。

09:03 定刻。気付かない極めてスムースな出発でした。広軌なので揺れはあまり感じません。
09:15 香港入国時に提出する検疫票が配付された。
09:17 乗客全員にサービスの水ボトル1本が配付されました。
09:35 香港入国カードと検疫票の記入を終える。記入事項は共に氏名、生年月日、年齢、パスポート番号、署名ですが、検疫票は他に簡単なQAにチェック・マークが必要です。
ぼんやりと車窓の風景を眺めましたが、概してスモッグ状の霞がかかり遠方はよく見えません。今春に上海と蘇州に行った時も同じように遠方は霞み、当初は春霞とおもったが、各種の情報を総合して「スモッグ」と考えています。広州と香港の間も同じような感じです。欧州や北米ではこの種の遠景ぼけの記憶はないのですが・・・、単なる大陸性の霞みなのでしょうか?
建物の建設工事は「頻繁に」と云えるほど車窓から見えたと思います。
11:06 香港九龍駅に到着。終着駅なので慌てずにスーツケースを持って降車する。

香港のホンハム駅(Hung Hom Station/旧・九龍駅)
後はプラットホームからエスカレーターで上の階に上がり、検疫場に行く。検疫書類を提出する窓口の手前のことだった。係が急に近付き、無言で私のキャップをパッと上げて額の体温測定をした。異常はなくキャップをポンと置いてサッと別の人の検温に行く。抜き取り検査らしいが、あまりにも唐突でポカーンとしました。残るは検疫票の提出のみ、問題はありません。
次は入国審査、脱帽です。パスポートと出入国カードの提出ですが、パスポートの写真は眼鏡なし、何となく眼鏡を外すべきか迷いましたが、そのままでOKでした。

日本の旅行会社ロゴの上に香港のロゴ 11:25 香港の現地ガイドCさん(男性/44才)が旅行会社のマークを掲げて待っていた。年齢よりかなり若々しい。 そこに集合でした。ガイドCさんは明日のマカオは同行しないが、これから明後日の深センまでの案内と世話をしてくれる。添乗員と違い、夜はホテルに泊らず帰宅、緊急連絡用の電話番号は教えてくれました。他に専属カメラマン(男性)が一名同行します。
驚いたことに、日本の旅行会社ロゴマークのバッジの上に中国の旅行会社のものらしきマークの丸い紙を張り付けたことでした。こんな事をした旅行先は初めてと思う・・・。

11:30 駅構内の一階部分はショップも沢山ある公共広場の趣でした。中央玄関の奥のトイレを借りたがチップは不要、洗面所には手拭き紙もあり、しごく真っ当で清潔でした。でも、この種の大きな建物は小鳥にも居心地が良いらしく、どこから入ったのか柱の上にも一羽見つけました。
11:35 再集合。人数の確認後、スーツケースを引きながらバスに向かった。駅前の道を横断すると、近くにブルーの大型バスが待っている。日本のM自動車製だった。「遊覧服務」と黄色の紙に大書きしてフロントに表示していた。

11:40 バスに乗車。今回は大型バス、全員のスーツケースが床下トランクに納まりました。

昼食(街中のレストラン): 昼食
レストランのある建物 11:55 昼食レストラン前に到着、「幸福中心/ENERGY PLAZA」なる凄い看板をかかげたビルだった。入口左に日本食レストランがあるが、昼食は2階の中華レストランだった。
11:58 8人用丸テーブルに座る。
飲物は注文せずお茶にする。角切りの餅みたいなもの(大根餅?)が1人2個づつ盛皿で出る。タレが三種あり、その1つを選らんでつけた。すり潰した野菜を餅に混ぜたような不思議な味だった。次は極細の中華麺をつかった香港名物の広東料理ワンタンメン、これは良かったと思う。次の青梗菜の炒め物は私には油味が強すぎた。最後に小籠包らしきものが2個入った小型蒸籠が銘々に配られる。これも美味い。まずまず満足の昼食でした。
12:24 レストランを出る。
ビルの横裏手あたりだったか、小公園風に樹木のある場所でバスを待つ。賑やかな香港らしい通りで二階建バスも頻繁に通って行った。標識は Chatham Rd. South となっていた。

バス移動(→ 香港島南側のレパルスベイ)
12:40 バスに乗車。人数を確認後、直ぐに出発でした。
これからヴィクトリア港の対岸に行くが、車で九龍と香港島の往来には海底トンネルが3本ある。我々はバスはビル街からトンネルを通り再びビル街なので何れのトンネルを利用したか見当がつかなかった。恐らくは香港海底隧道 (Cross-Harbour Tunnel)だったと思うが、香港島ではハッピーバレー競馬場に比較的近い場所に出たはずです。

九龍半島と香港島の間のトンネル:
●西區海底隧道 (Western Harbour Crossing)/
油尖旺區佐敦 (Jordan, Yau Tsim Mong District) 〜中西區西營盤 (Sai Ying Pun, Central and Western District)。
●香港海底隧道 (Cross-Harbour Tunnel)/
油尖旺區紅? (Hung Hom, Yau Tsim Mong District) 〜東區銅鑼灣 (Tung Lo Wan/Causeway Bay, Eastern District)。
●東區海底隧道 (Eastern Harbour Crossing)/
塘區茶果嶺 (Cha Kwo Ling, Kwun Tong District) 〜東區?魚涌 (Tsak Yue Chung/Quarry Bay, Eastern District)。
出典:以上は Wikitravel 『香港島』から借用しました。

車中でガイドCさんは幾つかの案件を片づけた。

12:57 香港島北側 Quarry Bay 地区のビル街をしばらく走り、山間の道となってトンネルを通過、香港島の南側にでる。巨大ビル林立の香港のイメージとは程遠い自然に恵まれた海岸になる。きれいなビーチには黄色い浮が大きく弧を描いている。海水浴場のサメ除けネットの浮でした。そのようなビーチ部分を除くと崖や森が海岸近くまでせまっている。

レパルスベイ(Repulse Bay/浅水湾): レパルスベイ
天后像 13:12 この頃、レパルスベイに到着。ここはイギリスの植民地時代から高級住宅街として知られ、現在も高級住宅や巨大な新マンションが並んでいる。大きく綺麗な三日月型のビーチもある。実は14年前にも来たことがある。しかし訪れた記憶はあれど多くは霞んでいる。

レパルスベイ
Repulse Bay

香港島の南岸は小さな入り江が多く、コロニアル色の強く残るマリンリゾート地。レパルスベイも、もとはイギリス人のための高級リゾートだった。山を背に緑に囲まれた三日月型の遠浅の海岸は、映画『慕情』の舞台として有名でした。
13:14 数頭の狛犬(?)に守られた仁壽門から海の守り神とされる「天后廟(ティンハウミュウ/Tin Hau Miu)」の境内に入る。すぐ左手に派手な彩色の龍があった。その横の階段をおり、本堂の横の小道を歩いて海側にでる。本堂「鎮海楼」は1971年2月19日建立らしく、ならば古いものとも云えないが、全てが洋風のレパルスベイにあって、唯一の中国風施設になる。
まず本堂前で勢ぞろい、ツアー専属のカメラマンが記念写真の撮影でした。
その後は観音像の前に行き、「一度だけ触ると願いがかなう」とされる○○像にさわる。それからレパルスベイをしばし自由行動でした。

ティンハウミュウの前は小さな半島があり一周できる。小型の椰子があったり、周囲の眺めを楽しめる小公園風になっている。レパルスベイの防サメネットの一端はその半島からだった。ゆっくり心地よい微風にひたりながら回ってみました。ここからはティンハウミュウの全体が見えます。

13:40 観音像近くに集合、人数確認後に通りのバスまで固まってゆく。

バス移動(→ 2階建トラム乗場)
13:45 出発。しばし海岸沿いで高級住宅やビーチなどを見ながらでした。

表通りに5階建てらしき新築中のビルがあったが、工事用の足場は竹を組み合わせたもの、これは14年昔と同じだった。竹は大量に採れ、安価で軽く丈夫なので実用的なのでしょう。竹の種類も形状と強度を満足する特殊なものと思われます。縦横の竹の交点は厚みのある黒テープ状の紐で固定している。
後日談ですが、クレーンを最上部に取り付けた高層ビルの建設現場でも途中の足場は竹組だった。これには驚愕だったが、工事関係者には慣れもあり、事故さえ無ければ重い鉄製の足場より扱いやすい為と想像します。実は、香港・マカオ滞在中に幾度となく建設現場を見かけたが、例外なく竹製の足場を組んでいる。大地震の心配は不要だし、台風に耐える強度はあるのでしょう。中国全般の工法か、広東エリアのみか、香港だけか、これは分かりません。

それから暫し走ると山道になり、「香港仔隧道」に入った。トンネルを抜けると左の傾斜地に広大な墓地があった。右は赤黒い巨大な壁が続くが、こちらはハッピーバレー競馬場である。馬の走るトラックの内側がサッカー場になっているらしい。墓地と長い壁の谷間を下るとと香港特有の喧騒の街となった。交差点にある金色に輝く龍の彫刻が印象に残った。そこから街中の道を東に向かった。

2階建トラム乗車: 2階建トラム
トラム駅 路面電車トラム
TRAM

香港島の北側市街地を東西に走る2階建の路面電車。山側が西行きで港側が東行き、左側通行は日本と同じ。西端の始発駅ケネディタウン(堅尼地区)⇔ションワン(上環)⇔セントラル(中環)⇔終点シャウケイワンの間を約40分で結ぶ。停留所は200〜300m間隔にあり、香港島では便利な乗り物です。後ろから乗車、前から降車、支払いは降車時で料金は一律 HK$2.00。子供と65才以上は半額 HK$1.00。
14:03 トラムの溜り場に到着。水色や黄色の2階建電車(Tram)数台が停留中だが、ここが始発らしく、みな空車だった。停留所名は分からない。コーズウェイ・ベイ(Causeway Bay/銅鑼湾)の西寄りかワンチャイ(Wanchai/湾仔)の西側あたりと思う。トラムの東端の終点は終点シャウケイワンとされるが、ここがそこなのか不確かです。
バスは黄色の2階建電車すれすれに停車、その電車に乗り換えた。トラムの1階は並行座席、2階は個別の椅子が 1-2 で並ぶ。乗車して運転席の後ろの階段で2階に上がった。始発なのでツアーメンバーは全員すわった。
14:10 この頃、トラムは動き出した。実のノンビリした動き方で、2階席からの街の眺めは楽しめます。
途中の停車場から一般の人達が乗車、通路にも人が立つ状態となりました。

香港コンベンションセンター: コンベンションセンターの風景
コンベンションセンター 香港コンベンション・センター
Hong Kong Convention and Exhibition Centre

中国語(広東語)では香港会議展覧中心といい、香港特別行政区の香港貿易発展局が所有し運営する香港で最大のコンベンション施設と展示施設になる。高層棟にはホテル(グランドハイアット香港とルネッサンスハーバービュー香港)及びコンドミニアムが併設されている。施設の規模は大きく、1988年に竣工した第1期(旧翼棟)と、1997年に完成した第2期(新翼棟)の2つがある。現在、2013年完成の予定で第3期工事が行われている。香港の中でも重要なイベントや会議、式典の多くがここで行われる。
空からの形が極めてユニークな建物とされる。
香港会議展覧中心 - Wikipedia、etc.
14:30 コンベンションセンターに近いジョンストン通りの停留所でトラムを降りた。そこの歩道に焼栗屋がいた。
香港に初めて来た時だったが、日本の(天津)焼栗と同じと思って買ったことがある。その時は、全く似つかぬ味で驚いたものでした。

かたまって大通りを横断し、バスに乗り、コンベンションセンターがヴィクトリア港に突き出した先端近くまで行く。 港近くの遊歩道入口でガイドCさんの説明があった。
印象に残っている話は、「今、男2人組のスリが近くにいたので用心するように。私の顔を見て離れました。」
解散となり、港沿いの遊歩道を少しだけ歩いた。先刻ガイドCさんが注意した2人組(と思う)とすれ違った。身なりは黒っぽく目立たない中肉中背だが、精悍な顔付と人間離れした「野獣(?)のような」目に特色があり、何となくピンときた。長く獲物を狙って過ごすと、こうも変わるものなのか? 人間は目を見れば分かると云いますが・・・。
2人だけの散歩は写真を数枚とって切り上げ、集合場所に戻って固まって過ごしました。

バス移動(→ホテル)
14:55 バスに乗車、コンベンション・センター出発。
ツアーの予定表ではこれから DFS(免税店)に寄るはずです。しかし、ガイドCさんは、明後日にも DFS の予定が入っているので、今日の DFS でのショッピングは中止にした(OKです)。これから九龍半島の北側で香港国際空港への通過点になるツェンワン(Tsuen Wan)まで行き、そこのホテルにチェックインする。夜景観賞など夜の予定を考えれば、今チェックインして部屋にスーツケースを運んでおかないと大変です。
夕食と夜景観賞には早すぎ、一休みもできます。結果論ですが、この小休止は実にありがたいもの、我々にとって DFS スキップは正解でした。
車中でガイドCさんは四方山話を時々していました( 間違いがあれば、筆者の聞き違いです。)

昼過ぎに通ったヴィクトリア港の海底トンネルを再び通り、高速道路を走り、ツェンワン市街をクネクネと行き、ホテル正面のアクセス路に入る。正面部分は大改装中で、例のごとく竹の足場がびっしりと組まれ、とてもながら5つ星ホテルの正面には思えません。

L'Hotel (ツェンワンのホテル)チェックイン+休息: L'Hotel
L'Hotel 15:28 L' Hotel に到着。バスからスーツケースを受取り、ロビーに入り、左側の赤い飾り石の傍で部屋割りを待った。ロビーに入ると確かにデラックス・ホテルの感じはします。

○部屋割りが決まり、カードキーが配られた。我々は 5005室 でした。エレベーターで 41階まで行き、上階行きのエレベーターに乗り換えてゆく。
○タバコは室内禁煙ながら、トイレでの喫煙は可。これは、めずらしい。
○今晩の予定は、4時50分にこの場所に集合、5:20-6:20 夕食、夜景三カ所、女人街自由散策、オープントップバスにて街の夜景、そのバスでホテルに戻る。

以上で解散、各自でスーツケースを運びながら部屋に向かった。
41階のホールで乗り換え、上層行きエレベーターは右側と左側横の二カ所にある。最初は右のエレベーターに行くが、こちらは55階以上だった。戻って左側横のエレベーターで50階に上がった。
エレベーターの乗換ホールには大きなガラス窓があり、ツェンワンと青衣(Tsing Yi)という小島の間の曲った海峡がよく見える。序ながら、香港国際空港やディズニーランドはランタオ島(Lantau Island)にあり、本土のツェンワンからまず青衣に渡り、その小島からランタオ島に行く。もちろん高速道路の橋が2つの海峡に架かっている。

15:48 5005に入室。真新しく感じの良い部屋でした。スーツケースは2個を広げておけるし、ダブルベッドが2つのツインです。窓からは前述したツェンワンと青衣の海峡が眼下によく見えます。素晴らしい眺めと云えましょう。惜しむらくは中国独特の霞(?)がかかって遠方がよく見えません・・・。
コンセントは既にコンセント・アダプターが付けられ、日本のA型プラグが差し込める。ただし電圧は220V、使用機器が100-240V対応かどうか確認してからの使用です。このプラグアダプターは明らかに先客の忘れ物ではなくホテルの備品です。
洗面所やバスルームも広々しているが、通常のバスルームと違って細かく分かれている。入口の正面に洗面台があり右側にバスタブがあった。入口の左側がシャワールーム、左奥のガラス壁内がトイレとなっている。ガラス多用のバスルームで全体的に明るい作りだった。珍しくもバスタブの部屋側が全面の透明ガラスでカーテンがかかっている。これは好みに合わず、やり過ぎに思えましたが、今の人達はこの種のデザインが良い場合も多いのでしょう。
バスルームのアメニティはホテルのPBでした。自分用を持ち歩くので使用感は分かりません。純白の紙スリッパ(使い捨て)は日本人にはありがたいものです。

集合時間近くまでゆっくり横になって過ごしました。今日は朝早くから動いているし、夜景観賞を終えてホテルに戻るのはかなり遅くなる予定です。

16:30 部屋を出て、エレベーターを乗り継いでロビーに降りた。
既にメンバーはチラホラ集まっている。
16:45 バスに乗車。

バス移動(→街中のレストラン)
16:48 人数確認後、出発。
車中でガイドCさんは明日のマカオ往復と明後日の深セン入国(中国入国)に必要な出入国書類について説明した。

バスはペニンシュラ・ホテルやシェラトン・ホテルの前を通り、少し走ってから停車した。

夕食(繁華街の北京料理レストラン): 夕食・北京ダック
九龍側の繁華街のレストラン入口 17:15 レストランが入居するビル前に到着でした。
すぐ2階のレストランに向かった。レストラン名は不詳ながら、明るくて広く、北京料理のようです。
10人用の丸テーブルが並んでいる。3テーブルを使った。
テーブル中央の回転台にはキュウリと長ネギとソース(甘ミソ)の小皿が並んで置かれていた。これは北京ダック用でした。
飲物ですが、オーダーせずに口がサッパリする中国茶ですませた。テーブルの幾人かは地元ビールを注文している。
最初に肉と炒めた野菜の皿です。
次は小型ポールに入ったヌルーとした食感のスープですが、フカヒレではありません。白菜の炒め物やスクランブル・エッグ状のもの、細かく切った白い肉と野菜の炒め物などが続いて出ました。
気付いたら、テーブル横に北京ダックのワゴンがきている。美味そうな色にローストされたダック一羽がまな板におかれ、胸肉などを食べやすいサイズに皮ごと切取っている最中でした。このパーフォーマンスは北京ダックに付き物の名物となっている。ローストダッグの切り身が皿一杯になると、その皿はすぐテーブルの回転台に置かれた。
その頃、蒸クレープみたいな丸い薄皮が沢山入った小型セイロを2つ持ってきました。この薄皮は春餅(シュンピン)や薄餅(バオビン)または荷葉餅(ホーイエビン)あるいは泡餅(ポーピン)などと云うようです。クレープのように焼いて作った春餅を出す店も多いらしいが、この店では蒸している。
北京ダックは春餅に包んで味わう。セイロの中に重なった春餅を箸で1枚づつはがして取るのは意外に手こずりました。何とか1枚を皿に広げ、ローストダックの切り身1〜2片を置き、回転台に当初からあった長ネギとキュウリをそえ、スプーンでソース(甘ミソ)をかける。そして、全体を春餅でクルクルと包んでから口にする。中々面白いし、食べやすい。春餅の柔らかい食感とローストダックと野菜、調味料の味が程良く相まって楽しめるものでした。
皆さんもパクパク楽しみながら数をこなしていました。ところが、ローストダック2切れが残ったままだった。勿体なく思い、「残った2切れ頂きますが、よろしいですか?」 数名が口をそろえて 「ど〜ぞ。」
問題なく、私の口に入り、ローストダックの皿は見事に空になりました。有名な北京ダックの夕食も悪くない。

帰国後にオンラインで調べたところ、日本語サイトでは「北京ダックは皮のみ」とするレストランや個人が意外にも多い。しかし、中国ではごく普通に皮付き切り身を北京ダックとして賞味するといいます。大きな事を云える程の知識はありませんが、料理に限らず、本場物を国内事情に適合させた「亜流の日本式を本式として強く主張する場合も時には見られる風土」、これも一例かな?と思った次第です。もちろん、一部の車や電子機器などのように本場物より高い評価を得るまで洗練されれば話は別です。中国でも食糧事情が良くない時代または地方では皮だけの北京ダックを食したことは想像できるし、それが現在まで定着したレストランもあるやも知れない・・・。それが「北京ダックは皮のみ」とする理由かもしれません。この辺りの事情は日本語版ウィキペディア「北京ダック」でも別種の説明がされています。(2009.12.20 記)
この種のことは断定することが本当に難しいが、現地ガイドさんや日本進出の中国レストラン・サイトの情報に基づくと、北京ダックは一羽丸ごとローストの皮付き切り身が本流でしょう。このローストダックを中国語で「kao/鴨」というそうです。 【追記 2010.03.01 】  『中国原産のペキン種と呼ばれる卵肉兼用のアヒルの通称(イラスト)。また、これを材料とする北京料理として有名な搾鴨子(カオヤーズ)を指す。生後50日前後のアヒルに高タンパク質の練り品を1日2〜4回、機械で胃の中へ押し込む強制給品を行う。この特別に肥育したアヒルの内臓を抜いて空気でふくらませたものを、あめを全身に塗って乾かす。これを搾炉と呼ぶかまど(竈)の中につるしてナツメやアンズの薪で焼く。途中、したたり落ちる油に香料と調味料を加えたものを何度も表面に塗る。焼きたてをうすくそぎ切りにし、小麦粉でうすいハスの葉状に作った蛭(ピン)に、甘みそやネギ、キュウリのせん切りといっしょにくるんで食べる。(後略)』 [引用:旧・日立デジタル平凡社 世界大百科事典DVD版 項目「北京ダック」] 【追記 2011.07.15 】  しつこいが、今晩のこと、TV番組(民放)でみた北京ダックは東京は赤坂の最高級中華料理店、そこは北京ダック1羽が約1万5千円とか。熱い油を何度もかけてカリッと仕上げた皮のみを薄くそぎ、野菜の千切りと共にシュンピンに包んで食べる。ここまでは良しとしても、さて1羽の皮で何人が楽しめるのか、残ったダックの肉はどうするのか、何かと疑問が残った庶民の感想です。

次に、チャーハンと焼きソバでした。
最後に杏仁豆腐のデザートでした。料理の量も丁度よく、満足できる夕食でした。
18:00 レストランを出る。

九龍か東尖沙チョイの繁華街のこと、バスは離れた場所からピックアップにくる。しかし午後6時は渋滞の時間帯、到着までかなりかかりました。
付近の小さな商店を覗いたり、ビルの壁全面の大きな X'mas イルミネーションを楽しんだりしながら時間潰しでした。人通りが多く賑やかで、さすが香港です。

バス移動(九龍→ヴィクトリア山中腹の展望台):  イルミネーションとヴィクトリア山中腹の夜景
18:20 バスに乗車、すぐ出発。
これからヴィクトリア港の海底トンネルを潜り、ヴィクトリア山の中腹まで行く。
18:30 リュックからダウンのベストを出してハーフコートに取り付けた。これで晩秋の寒さは大丈夫です。ワイフはセーターを重ねマスクをした。

カメラマンが事務所で作った香港記念アルバムを車内販売です。夫婦別、グループ別に風景写真や記念写真とスナップ写真をまとめてある。1冊4000円でした。我々には不要なので断りましたが、代わりにワイフはチップ \1000 を上げました。喜んでいました。

夜景 バスは市街地から山麓の道を登る。ヴィクトリア山の中腹には幾つかの展望台があり、どこの何というところか分からなかった。とにかく、到着して下車し、人ごみをかき分けるように展望台に行く。ここも人が多い。落ち着いて写真撮影とはいかなかった。
結論からいうと、ケーブルカー山頂駅近くから夜景を楽しんだ1995〜6年頃と比べ、高層ビルはかなり多くなり、夜景にネオンの色彩が多くなった。昔はカイタック空港が街中にあり、航空機の離発着の邪魔になる点滅するネオンサインは禁止、色彩の変化に乏しかった。今はランタオ島に新空港が出来て旧空港は更地と化している。それゆえ夜景にはカラー多用のネオンサインが混じり、綺麗と云えばそのとおり、見事です。
しかし、往時と比べ、何か夜空が全体的に明るく、遠景の光点がかすみ、夜景のインパクトが減ったように思えた。恐らく大気中の微粒子によるチンダル現象の一種で全体がことさらに明るい夜空に見えるのであろう。記憶はあてにならないと知りつつも、それでも「以前のほうが綺麗だった」と思った。

とても残念なのは、新規購入したデジカメの使用に失敗し、撮影した夜景のほぼ全部が手振れしていた。少なくともセルフタイマーを2秒に設定し、シャッター押しの手振れは避けるべきでした。せっかくのチャンスを逃し、自宅のPCで画像確認した時の失望感は大きいものでした。
ここだけではなく、スターフェリーやシンフォニーオブライツの撮影も失敗が多かった。

バス移動(中腹→香港島スターフェリー乗場)
19:15 この頃にバスに乗車、人数確認後に出発。

スターフェリーで香港島から半島に: スターフェリーから見る夜景
スターフエリーから見る香港島の夜景 スターフェリー
Star Ferry

中国語(広東語)では「天星小輪」という。香港のビクトリア・ハーバーの両岸を結ぶフェリーで航路は4つ(尖沙咀⇔中環、尖沙咀⇔湾仔、湾仔⇔紅?、中環⇔紅?)、他に観光用の周遊ルートもあり、全9隻のフェリーで運航している。最も有名な航路は 尖沙咀⇔中環 で、10分以下の間隔で運行、所要時間は8分、料金は上層HK$2.20、下層HK$1.70 となる。
そもそも小規模な数社が香港島と中国本土の間に小さな連絡船を運航していたが、 1888年にカオルーン・フェリー・カンパニーにより当時のイギリス植民地・香港島と中国領土・九龍を結ぶ交通手段として運航を開始した。1898年にイギリスと中国の間で深セン以南の新九龍及び新界地域の99年間の租借が締結され、同年にイギリス系のスター・フェリー社により会社そのものが引き継がれ、現在に至ります。
参考サイト:(文章変更)
Star Ferry Co.Ltd.
Wikipedia、項目「スターフェリー」
19:33 スターフェリー乗場に到着。スターフェリー桟橋は香港島の2カ所にあり、セントラル(中環)なのかワンチャイ(湾仔)なのか分からなかった。多分セントラルと思いますが・・・。
我々は直ぐ改札口を団体として通り、2階の船室に入った。写真を撮りたかったので最前部近くの椅子に座った。ほぼ満席というか、立っている人達もいる。

19:40 出航。ワイフを席に残して左前の窓際に行く。
欧米系の人達が数名いたが、場所を開けてくれたので撮影には良い条件となりました。X'mas イルミネーションされたビルなども見えるのですが、水面からのサーチライト群が意外なアトラクションとなっていた。

スターフェリーは上が白で下がグリーンのツートンカラー、1階が2等で2階が1等で料金が違います。14年前は2等に乗船した記憶がある。やはり1等のほうが眺めは良いですね。船自体は昔のままと思われました。香港島と九龍半島のフェリーですが、観光的にも人気が継続しているようで乗船客はとても多かった。

19:50 九龍の桟橋に到着。

シンフォニーオブライツ: シンフォニーオブライツ
シンフォニーオブライツ、フィナーレの赤い帆船の行進 桟橋に降りてから集合、人数の確認後、尖沙咀の先端部分の雑踏をかき分けながらシンフォニーオブライツの鑑賞地点に向かった。凄い人出です。
ビクトリア港が良く見える1段と高い桟橋まできました。その階段下のこの場所に 20:15 に集合と云われた。

シンフォニー・オブ・ライツ
Symphony ofLights

中国語では「幻彩詠香江」、香港政府観光局が2003年から毎日開催している午後8時からのイベントです。このイベントは1997年の英国植民地から中国への香港返還を記念して始まりました。ビクトリアハーバーの夜景に加えて沿岸のオフィスビルや主要建物に設置されたサーチライトによる 13分間の光のショーです。 シンフォニー・オブ・ライツは2005年にギネス世界記録「世界最大の永続的な光と音のショー」として認定されています。 高層ビルが林立するビクトリアハーパー、香港島側で21、九龍側では12、合計33のビルやスポットがシンフォニー・オブ・ライツに参加しています。
出典:(要点のみ、文章変更)
香港ナビ|others
我々は直ぐ階段を上り、先の方に進んだ。もうシンフォニーオブライツを目当てにする人達が集まり、夜景の鑑賞どころか人混みをかき分けて進む状態です。三脚にデジカメを取り付けたまでは良いが、人の数が多く途方に暮れた人も見かけました。
何とか前方に少しづつ移動して、階段を数段おり、1段低い場所に立ちました。前は人垣ですが、隙間から何とか写真は撮れる。ここで我慢です。

20:00 光と音のショーが始まりました。香港島の電飾されたビルや屋上のサーチライトが動き回る。時々数カ所からグリーンの光(多分レーザー光線)なども混じり、大型プレジャーポート団の行進や赤い電飾の帆を立てた船の集団や、何かと規模の大きいショーでした。
20:10 参観した場所を離れ、集合場所に向かった。たった10分でも十分に楽しめました。100万ドルの夜景を生かしたイベントでした。

日本でも幾つかの都会の夜景が国内旅行では知られますが、しょせん日本列島のみで通づる感じでして、スケールの違い、規模の大きさに圧倒されます。「いやいや、東京の夜景も凄いよ」などと云わない方がおそらく国際的でしょう。地域と期間限定の神戸ルミナリエや東京・丸の内のイルミネーションなどはラテン系欧州の模倣らしいが迫力があり電飾としては負けないかもしれませんが・・・。

20:15 集合場所に半数ていど居ましたが、時間までに全員がそろった。ここまでバスはこれない。乗車できる所まで徒歩移動です。どこも人、人、人、・・・。

20:22 バスに乗車。明日の夜はここも通行止め、花火の打ち上げなどもあるそうです。

女人街の散策とオープンデッキバスで夜の香港: 夜の女人街とネイザンロード
女人街
20:40 女人街の近くで下車。中国人女性のガイドさんが付きました。
まず、女人街入口の交差点で簡単な説明。と云っても自由行動なので集合の時刻と場所を繰り返し大声で云っていただけみたいなものでした。
女人街は様々な露店が約200mもつづく観光名所の1つですが、ニセブランド品でも有名、我々は買物の予定はありません。ブラブラと時間潰しの冷やかし散歩です。何分にも狭い通りに人が多いので、スリには気を付けました。
適当な場所から折り返し、集合場所の公園入口に戻りました。まだ時間があり、公園内で15分ていど休みました。夜でも特に問題はありません。日本人観光客もチラホラ休んでいる。公園で無料の公衆トイレを使いましたが、普通で不快感など全くありません。
21:25 集合。表通りのオープンデッキバス乗場まで固まってゆく。

夜10時過ぎのネイザンロード、オープンデッキ・バスの2階から 21:30 オープンデッキバスの2階に乗る。女人街の近くからネイザン・ロード(Nathan Road)を南に走るのですが、さすが香港、ネオンは明るく、大看板類も続き、何よりも両側の広い歩道はこんな時刻でも人の川なのです。こんなエネルギッシュな街はめったにないでしょうね? 日本でも知られるペニンシュラ・ホテルまで行き、シェラトン・ホテルの角を左折した。右側の港沿いは New World とかいうホテルや地下ショッピングモールでしたが、全て取り壊されて別の施設となるそうです。

サルスベリー・ロード(Salisbury Rd.)沿いのヴィクトリア港に面する幾つかのビルがその壁面を大クリスマス電飾を点灯中、確かに見ものです。その先で大きく回りUターン。もう一度、大クリスマス電飾を楽しんで香港の夜を小高い2階建バスから眺める観光も終りです。
これから幾つかホテルを回って乗客を降ろし、最後に我々の L'Hotel に行きます。
22:21 ジェドー・マーケットを通った。昔は面白がって緑石のフクロウなど幾つかを買ったものです。今でも飾り棚にあり時々見ては思い出しているが、海外旅行の経験量が増えてからジェドー市場をバスから見ると多少は違った印象です。記憶より小さく狭く思えました。
吹きさらしの2階デッキでは体が冷え過ぎ、1階に降りました。

L'Hotel 2(ツェンワンのホテル): ⇒ 午後にチェックイン、情報&写真
22:50 この頃、ホテルに到着。
22:55 自室に戻った。

実は疲れ切っていた。
大急ぎでシャワーを済ませ、ドラ焼を夜食代わりに食べて休みました。
繰り返しですが、明朝の予定は、
集合(6:30)、朝食(街のレストラン)、高速フェリー出発(8:30)、マカオ着(9:30)
これなら我々は 5:00 起床です。

◇◆◇
HOME旅行記集この旅行記トップ頁現在の頁(2日目)