中国旅行記|香港、マカオ、深セン(3日目:2009/12/5)
香港から日帰りマカオ観光
文字サイズ変更ボタン(本文のみ)
◇◆◇

マカオのセント・ポール大聖堂のファサード ホテル出発まで
朝食(香港の繁華街の「粥」レストラン)
マカオ行き高速フェリー
マカオ到着、観光開始
セント・ポール大聖堂
セント・ドミンゴ教会とセナド広場
ポルトガルケーキ工房とワイン倉庫
昼食(ヴァイキング・レストラン)
媽閣廟(マァコッミュウ)
マカオタワー
ヴェネチアン・アーケード
夕食(香港の街のレストラン)
L'Hotle(香港・ツェンワン、2泊目)


ホテル出発まで:
05:30 目覚ましで起床。
昨日、久々に一日中動き回ったためか体中の節々が痛む。
06:25 部屋を出てロビーに降りた。朝食はホテルではなく外でする。それでロビーに集合です。バスは正面入り口の駐車場で待っていた。
06:40 員数の確認後、バス出発。

朝食(繁華街の「粥」レストラン): 朝食(粥)
街中の粥専門のレストラン 07:05 九龍のレストランに到着。
香港の人達は朝食も外ですることが多いらしく、すでにかなりの客がいました。
お茶はステンレス製の持ち手付きカップ、これはイギリス植民地時代の名残でしょうか。ロンドンで紅茶を飲むとステンレスカップが多かった記憶がある。
料理は春巻きや大根餅(?)などの皿がまず最初で、次にお粥でした。香港の粥は種類も多く良く知られている。今回は上に乗せられた具の少ない簡単なものだったが、味は良くて食べやすかった。最後にコーヒー(HK$14.00/170円)を個人的にオーダーした。お茶と同じステンレスカップに熱いコーヒーをたっぷり入れて持ってきた。意外にも美味しく満足しました。
07:40 レストランから出て、前からバスに乗車。

マカオ行き高速フェリー: フェリーから風景
マカオ行き高速フェリー 07:50 マカオ行きフェリー乗場に到着。施設は思っていたより広々していた。ガイドCさんは乗船券の手配に行く。
08:00 往復の乗船券を受取る。ガイドCさんはここまで、夕方にマカオから到着した時点で再会です。マカオは現地ガイドが出迎える予定でした。
08:03 香港出国手続きの Vistor の列に並んだ。パスポートの提示と出国カードの提出です。マカオ入国審査はマカオ到着後になる。その間は大雑把にいえば高速フェリー船長の司法権の下にあるのでしょう。
08:15 この頃には審査を終えて乗場に向かいました。
桟橋の窓からは香港島のヴィクトリア山と摩天楼や九龍の新巨大ビル群などもよく見えました。

08:25 客室の 30R & 30Q の座席、私は窓側にしたが、ガラス窓はかなり汚れている。高速船なので波の飛沫で汚れやすいのでしょう。フェリーといっても定期連絡船の意味で車を積むタイプではなかった。
08:30 定刻に出発。
ヴィクトリア港では観光用の小型〜中型の船舶が行き交っている。中には相胴タイプも見られる。港外に出ると大小の貨物船がかなり停泊している。ヴィクトリア港は歴史があり、現在も活力ある港の1つなのだ。
途中でトイレを使ったが、男女別はなく、個室が並ぶタイプでした。ただ使用した個室は水の出が悪くボタンを何度も押してもダメ、やっとの思いで流しました。
09:30 この頃、マカオ港に架かる長い橋の下を通過。左側に何やら古めかしい中国建築物が見える。

マカオ到着、観光開始:
フェリー乗場から見える古そうな建物、名称などは不明、水は河口で濁っている 地図をみると分かりますが、北に広州、東に香港、西にマカオ、これら3都市を結ぶ領域に広大な三角形の河口がある。 フェリー船室から撮影、水の色が違う海水(左下)と川の泥水の境目、と思われる この珠江口にはデルタから多くの川が流れ込んでいる。 マカオは南の2島(今は海峡が埋立られ1島)と北側の半島からなるが、半島部分にあるマカオ港(外港)のフェリー桟橋は未だ海水ではなく川水のようで少し濁っていた。南米アルゼンチンのラプラタ川(全面が泥水の色)に似ているようです。
注:1日目のホテル到着前にも珠江の説明あり。

09:35 マカオのフェリー桟橋に到着。
09:41 検疫に書類を提出、次はマカオの入国審査です。共に問題はなかった。
09:52 中年男性の現地ガイドKさんが出迎えました。まずは自己紹介と員数の確認をする。バス乗場に向かったが、フェリーターミナルの入口ホールには大型リボンを多用した派手な X'mas ツリーが飾れていた。
フェリーターミナルからエスカレーターを使用して横断地下道に下り、エスカレーターでバス溜りに上がった。

マカオの領域についてここで簡単な説明をします。マカオは長くポルトガルの植民地でしたが、ポルトガルと中国の間で取り決められた1988年1月発効の条約により1999年12月20日に中国に返還されました。
マカオは、中国広東省と陸続きのオウムン半島(マカオ半島)、南にタイバ島、その南にコロアン島と3地区を南北に並べた地形です。人口は多くはないが人口密度が極めて高く(約18,000人/平方Km)、その緩和のためタイバ島とコロアン島の間は既に埋立てられ1つの島になっている。その埋立地をコタイとよぶ。西側の中国本土とは運河状の内海で隔たり、2カ所のみ道がある。1つはマカオ半島の北端で中国の珠海市と繋がり、他方は埋立地コタイから蓮花大橋(ロータス・プリッジ)で結ばれている。また、マカオ半島とタイバ島の間には3本の橋があり、西から西湾大橋、マカオ・タイバ橋、フレンドシップ橋と名付けられている。最も東のフレンドシップ橋は4.3Kmの長さがあり、その北端はマカオ半島のマカオ・フェリーターミナルに近く、南端はタイバ島東の海上にあるマカオ国際空港へ近い。香港からフェリーでマカオに来ると到着直前にこの橋の下を通ることになる。
タイバ島とコロアン島の間は広大な埋め立て地で、コタイ地区と呼ばれる。そこには巨大なカジノ・ホテルが幾つも完成ずみ、将来的には東洋のラスベガスを目指している。他にもゴルフ場やマカオ・ドームもあり、リゾート地として非東洋的な発展を遂げている。
コロアン島エリアは亜熱帯性の気候でリゾート地として別世界になる。

10:00 中型バスに乗車。今日は携帯手荷物のみで中型でも大丈夫です。
車中でガイドKさんが話したことの一部です。聞き違いがあったら、ご容赦願います。

10:08 旧市街の比較的広い坂道の途中でバスは止まった。これから丘の上のセント・ポール大聖堂のファサードを見に行くが、道が狭くバスでは近くに行けない。ここから徒歩、裏側から行くのです。
マカオは狭い都会ながら世界遺産に登録された22の建物群と6つの広場がある。香港には世界遺産がないので極めて対照的です。

セント・ポール大聖堂: セント・ポール大聖堂
セント・ポール大聖堂 セント・ポール大聖堂
the Ruins of St. Paul's

マカオのシンポル「聖ポール天主堂跡」は聖堂ファサードとその隣に建てられた聖ポール大学の総称です。
聖堂は1602年から1640年にかけ聖母教会(聖ポール教会)として建てられ、建築工事には中国人のほかに日本人キリスト教徒も携わりました。 設計はイタリア人修道士スピノラ、最初の創建者はアレッサンドロ・ヴァリニャーノ司祭でした。当時の聖母教会、聖ポール大学、モンテの砦もすべてイエズス会による建築物でした。
1762年にイエズス会が追放され、大学は兵舎に転用され、1835年の火事で校舎と天主堂の本体が焼け落ちてファサードのみとなりました。周辺一体は1990年から1995年に復元工事が行われ、ファサード裏手の地下には天主教芸術博物館と殉教者の納骨堂が設置されました。
引用サイト:文章変更
マカオ観光局公式サイト「聖ポール天主堂跡」
10:12 丘の上のセント・ポール大聖堂は17世紀に建てられたが、1835年の大火で焼失、その後はファサードのみが残っている。裏から坂道を登りながら近付くと、廃墟のファサード背面の2階部分から下は鉄製の補強らしきものがある。しかし、これは展望台でした。ファサード正面に回ると、幅広く長い広場状の階段があった。大聖堂跡の左側にはマカオ返還10周年を祝う派手な置物もありました。
10:25 ここで約20分の自由時間となった。
ファサード裏側の展望台に行く気持ちはなく、丘の上から階段の下を眺めました。とても多くの観光客が階段の上り下りをしています。途中で写真を撮ると人が多すぎて良い写真は難しかった。降り切った左の花壇の下なら天主堂跡が良く見えます。
階段を下った所は一種の広場で両側の建物は商店街になっている。右側に変わった裸体女性の銅像があった。知られたものらしく、そこで記念写真を撮る中国人観光客がけっこういました。その近くに人だかりの店がある。 天主堂の階段下で買ったエッグタルト エッグタルトの評判が良く、何時も賑わっているらしい。ワイフは1つだけ買っていた。一口のみ味わいましたが、柔らかく一種独特でお八つにはなります。
10:27 天主堂下の広場からは細い中世風の道が下っている。そこをセナド広場に向かって狭い石畳の道を行く。遠くはない。

セント・ドミンゴ教会とセナド広場: セント・ドミンゴ教会
X'mas の飾り付けを準備中のセナド広場 セナド広場
Senado Square

セント・ドミンゴ教会から表通りの民政總署大楼まで波打つようなモザイク模様が特色のセナド広場はパステルカラーで彩色された明るいコロニアル風の建物に囲まれている。観光局、郵便局、レストラン、ホテルなどがある。
民政總署大楼(リアル・セナド/Edificio do Leal Senado)はセナド広場に面して建つ政府機関で市民生活に直結した行政事務を行う建物です。 16世紀末に建てられた最初の事務所は中国様式だったが、1784年に現在の南欧スタイルで再建されました。 白を基調にした外観はポルトガルらしいネオクラシック様式になる。壁、レイアウト、内装、裏庭に至るまで当時のまま残されており、建物の2階部分には議事室と一般公開している重厚な図書館があります。
参考サイト:
マカオ観光局公式サイト「セナド広場」
その他
両側に商店が並ぶ坂道を下り終えるとセント・ドミンゴ教会とその広場がある。正面はクリーム色で窓や入口はグリーン、装飾はホワイト、良く手入れされています。大きな建物ではないが歴史を感じさせます。
セント・ドミンゴ教会は参観するので脱帽して入りました。マリア像やキリスト像が幾つもあるが、配色などに暗さはなく明るい礼拝堂でした。
10:42 教会を出る。

その後は11:00まで自由行動となりました。
セント・ドミンゴ広場から波打つデザインのタイルが敷かれた道をセナド広場の表通りまで行き、ゆっくり一回りした。建物はポルトガル風というか、それともイベリア半島風というか、明るく彩色されたものが多い。ポルトガル風とかコロニアル風と表現しますが、一種独特な雰囲気に思いました。
表通りの向こうには民政総署の白い建物がある。議会や図書館も入っている市民のためのお役所です。大通りをはさんでセナド広場となり、その中心に噴水があるはずです。しかし、季節なので中心に大きなX'mas用のツリーが立ち、赤白が華やかな大きなサンタクロースが沢山置いてある。丁度クリスマス・デコレーションの準備中でした。雰囲気を楽しみながら、ゆっくりと集合場所のセント・ドミンゴ教会前の広場に戻った。人通りが多く賑やかなエリアです。 セナド広場

11:00 集合、表通りまで固まって歩き、表通りを左に少し行ってからバスに乗車。

ポルトガルケーキ工房とワイン倉庫:
ワイン倉庫 11:15 この頃、真新しいビルが立ち並ぶ街を通り抜け、港沿いに走り、中国の珠海市との境界近くまできた。マカオ半島は北に向かうほど中国色が強まると云われるが、このエリアで中国と接しているのです。何かしら侘しい街でバスは停車した。観光とはおよそ縁遠い感じがするが、両側に車の修理工場などがある小路に入った。その奥の薄暗い倉庫みたいな建物に入り、荷物用のエレベーターで階上に行く。そこに日程表の云う「ポルトガルケーキ工房とワイン倉庫」があった。
日程表の記述に嘘はないが、「楽しい気分の買い物モード」とは明らかに相当な距離がある。しかし、「大昔ポルトガルから日本に伝わったものと同じ」と称するカステラ(約1000円)を3箱だけ注文した。これから注文数だけを焼くそうで、商品の受取りは後になる。
11:30 店を出る。淋しい道を歩き、表通りのバスに向かった。
11:35 出発。
11:50 この頃、昼食レストラン近くの駐車場につく。昔のカジノ街らしかった。

昼食(ヴァイキング・レストラン): 昼食
ヴァイキング・レストラン ビルの入口からエスカレーターで階上に行くが、装飾が一風変わったものでした。カジノ・ホテルのレストランなのでしょう。
レストランは広々していたが、ヴァイキング形式です。最初は海草入りのスープ、メーンは皿に適当に取りました。サラダとデザートは面倒なので同じ皿です。最後にコーヒーを2杯のみ、ほっとしました。
12:30 この頃、レストランから外に出て、暫し心地よい風を受けながら散策です。直線の緑多い歩道の両脇はレストランやホテルなど各種の建物が並んでいる。しかし新しい巨大カジノホテルとは違い、中小の建物が多く昔は賑わったカジノ街に思えます。
12:50 バスに乗車、員数確認後に出発。

媽閣廟(マァコッミュウ):
媽閣廟(マァコッミュウ) 媽閣廟(マァコッミュウ)
Templo da Desua A-ma

マカオ半島・最南部の阿媽山(まこうさん)麓にある媽閣廟は中国南部や台湾で広く信仰されている航海の女神「阿媽(アマ)」を祀ったマカオ最古の中国寺院とされている。 正門や中国式の鳥居をもち、境内には4つの御堂がある。正門から丘を上がる階段沿いに、正殿、正覚禅林殿、弘仁殿、観音閣がある。最初の3殿には阿媽と道教の神が、一番上の観音閣は仏教の観音が祀られています。 正殿は1605年に建立されたといわれ、現在の4堂の姿は19世紀に出来たものらしい。 約400年の昔ポルトガル人が初めてマカオに上陸したところとされ、かつ「媽閣廟」の中国語発音は「マァコッミュウ」なので、マカオの地名の起源とも言われます。
参考サイト:
マカオ観光局「媽閣廟」(文章変更)
日程表では世界遺産「媽閣廟(A-Ma Temple)」に行く予定です。確かにマカオ半島南端で西湾湖をつくる半島にある媽閣廟までは行きました。そして車窓からその境内入口や御堂の一部を眺めることも出来ました。が、ガイドさんは「お寺はいいでしょう?」と云う事で、車窓の遠望のみで「行って観たこと」になりました。メンバーから「境内に行きたい」という希望も出なかったので問題なしでしょう。

ここはポルトガル人が初めて上陸した場所とされ、中国語マァコッミュウがポルトガル語の地名マカオの語源となった、という説がある。
媽閣廟のお堂の1つが丘の中腹にあり、道路からも見えます。デジカメのズーム端(光学14.3倍)で車窓撮影してみたが、幸い手振れ防止装置がよく機能したようで、香港エリアの寺院で良く見る渦巻型の大線香が天井から沢山吊り下っているのが撮れました。
境内の入口には観光客らしき人達の姿があります。丘の杜に御堂は幾つかあるが道路から全貌は見えません。

マカオタワー: マカオタワーからの眺望
マカオ・タワー全景 マカオタワー
Macau Tower

南灣湖の埋め立て地域に2001年12月19日にオープンしたマカオの観光タワー、高さ338m。展望台は地上233mの部分にあり、晴れた日なら中国本土、香港を遠く55km先まで見渡せる。ギネス記録にもなっている世界最高位置からのバンジージャンプなどのスカイアトラクションほか、レストランやカフェ、ショップ、映画館などのエンターテイメント施設も充実しています。 隣接するコンベンション&エンターテイメント・センターには、展示場や国際会議施設があります。
参考サイト:
マカオ観光局サイト
13:05 マカオ・タワーに到着。丁度バンジージャンプで飛び降りた人がバスから見えたらしく、感嘆の声がアチコチでしていた。
1階ホールで入場券の配付があり、ここが集合場所と云われて散会となった。エスカレーターで地下に降り、エレベーターの行列に並んぶ。
最初は61階まで行く。ここにバンジージャンプの飛込み台がある。時速200Kmで地上30mまで落ちるのですが、その落差がバンジージャンプでは世界最大としてギネス世界記録に認定されているそうです。1回 HK$1688(約20000円)とか・・・。我々がいる間にも男性1人と女性1人(日本人)がやりました。年齢制限はないそうですが、やはり若い人向けでしょう。
バンジージャンプ以外にもスカイジャンプやスカイウォーク、マストクライムなど高所恐怖症の人には向かない遊びがあるようです。
写真を撮りながら展望台を一周した。マカオ市街は香港ほどではないが高層ビルが多く、道路もよく整備されているようです。 58階にエレベーターで降りました。実は、市街の写真はこちらの58階のほうが撮影し易い窓の構造でした。

13:40 一階の集合場所に行く。メンバーはチラホラしかいない。近くの物陰で休みました。
13:52 バスに乗車。
13:56 発車。
これからコタイにあるカジノホテル・ヴェネチアンに向かう。途中で新婚の車の列に出会った。縦列走行の車はリボン等で飾られ、カップルの車は一際目立つ。先頭はリア・ドアーを開けてカメラマン2名がカップルの車をビデオで撮影中、大がかりなことです。資産家の子弟か若くして頭角を現した金満家のウェデング、という説明だった。

ヴェネチアン・アーケード: ヴェネチアン・アーケード
ヴェネチアン・マカオ・リゾート・ホテルの正面 ヴェネチアン・アーケード
The Venetian Macao

2007年8月コタイ地区に開業したヴェネチアン・マカオ・リゾート・ホテル(澳門威尼斯人酒店)に併設の商業施設です。広いカジノの階上に水の都ヴェニスをテーマに全長390ft.(約119m)の運河やゴンドラを再現したもの、天井は自然の空と動く雲を巧みに表現しています。このホテルは39階建て、客室はすべてスイート、スタンダートタイプでも70平米の広さのメガ・リゾート・ホテルです。そのカジノはスロットマシーンは6000台、テーブルゲームは700台もある。
2009年現在、マカオは空前のホテル建設ラッシュ。大型リゾート開発計画はタイパ、コロアン両島をつなぐ埋め立て地「コタイ地区」とマカオ半島南部で進められている。2014年にはモノレールも完成する予定。5つ星ホテルが増え、新しい魅力が加わりさらなるエンターテインメント・シティへ。
参考サイト:
ベネチアン・マカオ
−−−−−−−−−−
[蛇足] ヴェネチアン・アーケードと似ている商店街が東京お台場のヴィーナスフォート、中世ヨーロッパの街並みを再現したとされる。窓はなく天井の照明で擬似的に夜明けから日没までを1時間余で演出している。内装のデザインはアメリカのドゴール・デザイン・アソシエート社によるもの。米国ラスベガスの「ザ・フォーラム・ショップ」のデザインが最初らしい。次いでヴィーナスフォートが出来ました。憶測にすぎませんが、ラスベガスにはヴェニスを再現したカジノのヴェネチアン・ホテルがあり、両者が融合してマカオのヴェネチアン・アーケードが出来たのかも知れません。
14:10 ホテル・ヴェネチアンに側面入口から入る。
ホールの片隅で、ガイドさんの指示を聴く。
「15:30にこの場所で集合。これから揃ってカジノを横切り、巨大ショッピングモールのヴェネチアン・アーケードに行き、そこで解散です。」
エスカレーターがあったが、それは利用せずホールウェーを直進した。すると巨大なカジノとなった。真ん中を横切ったが、ここは主にテーブルゲームだった。カジノの中は写真禁止、確か帽子もダメだったと思います。反対側のエスカレーターまでゆく。それに乗ったが、ガイドさんは「ここからカジノの写真を撮っても大丈夫です」という。あわてて撮ったが、最初の数枚はAFが合う前にシャッターを押してしまい手振れでした。広いカジノのテーブル毎に大勢が取り囲んで楽しむ雰囲気が何とか分かる程度です。エスカレーターが高くなってから撮ったものはソコソコでした。

2階に上がり、しばらく行くとヴェネチアン・アーケードです。人工的な空を見事に演出し、ホールの両側に幾多のショップが並んでいる。ここまでは、東京はお台場のヴィーナス・フォートを大規模化したもの、と見なして良いでしょう。未確認ながら、共にアメリカの会社が設計したらしいのです。しかし、それだけではない。驚くことに2階なのにヴェネチアの運河が広場と広場の間に再現され、ゴンドラすら運航しているのです。ゴンドラ終点の広場から見始めましたが、そのショー的な見事な演出と雰囲気に驚嘆しました。
運河に架かるアーチ橋を渡ったり、ショーケースを覗いたり、楽しみながら別の広場まで行った。そこにゴンドラ乗場があった。
その先のアーケードは幅が少し狭くなりカーブしている。
エスカレーターがあり、それを使って降りると、集合場所の直ぐ近くとの説明があり、ここで解散となった。

ツアーメンバーには直ぐカジノに行った人達もいたようでした。我々はブランドショップの中に入って目の保養をした程度、それから相も変わらずスターバックスに行きコーヒーを楽しみました。ここの紙カップは大きく、サイズ小が日本のサイズ中ていど、アメリカ並みでした。「本日のコーヒー」でしたが満足できる味と量でした。庶民的な店でゆっくりして、疲れを癒しました。

でも・・・、中国(自称・共産主義)の領土内でアメリカ流デザインによる欧州風モールを散策し、巨大な西洋博打のカジノ・ホテルのド真ん中でスターバックスのコーヒーで寛ぐ、そんな自分は一体何だろう? 化け物ではなかろうか? 民族・政治・体制・宗教・文化・個性等の属性を全て諦め、カネで割り切ると(カネが現世のパスポート)、別に異常性は無いのでしょうが・・・。

15:20 スターバックスを出て、集合場所に行く。
15:30 人数確認後、駐車場のバスに向かった。

バス移動(→フェリーターミナル)
15:40 出発。往路では見れなかったホテルの正面を通った。巨大カジノ・ホテルはやはり迫力を感じます。将来的にはこの規模のホテルが並んでラスベガスのようになるとか・・・。博打の胴元は儲かるのでしょう。

車中で購入したカステラ3箱を受取る。代金は HK$240.00、1箱は約960円でした。
往路とは違う道を走った。4.2Kmの長い橋です。マカオの街が違う角度から楽しめました。

フェリー移動(→香港):
15:55 フェリー乗場の駐車場に到着。乗船券の配付があり、我々は39A & 39B でした。
16:30 出航。
17:40 香港に到着。
検疫票を提出し、体温の測定を受け、入国審査となった。パスポートと入国票の提出で問題はない。現地ガイドCさんが出迎えてくれました。
18:00 フェリーターミナル前でバスを待つ。通行人が多く、人の川です。
18:10 発車。

夕食(街のレストラン): 夕食
18:25 九龍の街のレストランに入る。
夕食のメニュー

19:10 レストラン前でバスに乗車。

バス移動(→ホテル)
実はアジア関連の大行事があり、19:15からこの地域は交通止め、大急ぎでした。既に駐車違反の取り締まりが始まっていた。
ホテルに向かう途中で、昨夜オープンデッキバスに乗車した人にはサービスのマンゴープリンの配付があった。冷蔵されたものでホテルで早く食べるように云われる。

L'Hotel:
19:35 L'Hotel に帰着。
19:40 入室。
マンゴープリン
洗面後にマンゴープリンを賞味した。まだ冷たく、あっさり味で美味しいものでした。
明日午後に香港を列車で出発、中国内の深センに行く。その時に必要な検疫票の記入を済ませた。入国票は記入済みをパスポートに挟んでおいた。
シャワーでサッパリしてから休みました。今夜は早く横になれて助かります。

◇◆◇
HOME旅行記集この旅行記トップ頁現在の頁(3日目:往路)