中国旅行記|香港、マカオ、深セン(4日目:2009/12/6)
香港観光とショッピング、深セン民族文化村
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黄大仙の鳳鳴楼 L'Hotel 出発まで
朝食(街のレストラン)
ジャッキーチェンの邸宅
ウォンタイシン黄大仙廟
宝飾品の工房と販売店
絹の店
免税店(DFS)
昼食(街のレストラン)
列車移動(1等車/香港→深セン)
深センと中華民俗文化村
夕食(民俗村内のレストラン)
ナイト・ファンタジー・ショー
バス移動と華厦大酒店


L'Hotel 出発まで:
05:30 起床。昨夜は9時に横になったので睡眠は十分でした。
しかし、目の充血があり点眼薬を使用した。意識しないが疲れでしょうか。
07:20 スーツケースを持ってロビーに行く。
未だ時間があり、建物の外に出てホテルの写真を撮った。
07:30 皆さん、揃ったようでした。
ガイドCさんが員数を確認後、正面玄関前の駐車場のバスに向かった。
07:38 出発。

朝食は街のレストラン、そこに直行です。
ガイドCさんは車内でいろいろな用件を片付けました。


朝食(街のレストラン): お粥、朝食
街のレストラン 08:05 レストラン前に到着。徳興○○海鮮酒家という店でした。
エスカレーターで階上のレストランに行く。朝食の時間なので広い店内がほぼ満席です。大部分は中国人らしかった。
朝の事、飲物の御伺いはなく、真っ先に伝統のお粥、これはピーナッツ入りで珍しかったし、美味しくいただきました。その後に細い春巻き、黄色いシュウマイ風のもの、などが次々に出て、焼き中華麺、杏味のゼリーで終わった。このレストランにコーヒーはなかった。でも満足しました。
08:41 レストランを後にする。

これから昼食後まで香港の観光とショッピングで過ごします。

ジャッキーチェンの邸宅: ジャッキーチェンの邸宅
ジャッキーチェン邸宅の外壁の飾り 08:51 香港アクション映画の雄ジャッキーチェンの邸宅前に到着です。
しばし観光客やファン目当ての外壁デコレーション(?)を見て過ごす。それ以外に、映画のスクリーンとは違い、見るべきものはない。一種の「オッカケ」の真似ごとでしょう。御本人はこの邸宅に居ることは少ないそうです。
そういえば、レパルスベイから見える高級住宅街の丘の上にもジャッキーチェンの家とされる豪邸が見えましたが・・・、さすが、幾つも豪華なお住まいをお持ちです。我々はタイプの違いから映画どころかTV番組ですら見ていない。つまり1円の貢献すらなく、従って関心も薄いものでした。

ウォンタイシン黄大仙廟: 黄大仙廟
黄大仙廟 ウォンタイシン黄大仙廟
Wong Tai Sin

正式名称は赤松黄大仙祠(嗇色園黄大仙祠)、単に黄大仙祠(日本語で”こうだいせんし”、広東語で”ウォンタイシンシ”、北京語で”ファンダイジァンチ”)と呼ばれる。道教と仏教と儒教が習合し、御本尊は黄初平(晋時代の仙人)、観世音菩薩、孔子の三尊とされる。主に病気平癒祈願の寺院として信仰を集めている。
黄大仙の伝説: 西暦300年過ぎ、ウォンタイシンは中国浙江省の人里離れた赤松丘に住んだ羊飼いの少年という。ウォンタイシンが15歳の時、神様のお告げがあり、辰砂(硫化水銀)を精製してどんな病気も治す薬を作る方法を教えた。・・・。
注: 検索エンジンの表示によると、中国語サイトでは黄大仙と黄初平(仙人、御本尊)を同時に記述する例が多々ありました。同一人物のようです。
1915年、広東省出身の梁仁菴によって最初の廟が広州(?)に創建された。薬局も併設されたが、焼失した。1921年に現在地に移転した。
建築様式は庭園を含め中国の典型的な寺院建築であり、陰陽五行説に基づく池の配置や様々な彫刻で知られている。黄大仙廟の外周には100を超える占い師や風水グッズを扱う店が軒を連ねる。
参考サイト:(文章合成・変更)
wikipedia 「黄大仙」
黄大仙(ウォンタイシン)廟
09:15 黄大仙の横の駐車場に到着。
高層集合住宅を背景にウォンタイシンで一番大きな建物「鳳鳴楼」が見えます。
まず駐車場から正面に行く。そこには夫々が狛犬(?)を柱頭とする4石柱からなる中国風の鳥居があった。

後ろを振り返ると彩色された中国風の門があり、その外は街です。地下鉄の入口もチラッと見えている。昔、初めて黄大仙を訪ねた時は主に個人の香港観光でした。地下鉄で来て、気ままに境内で過ごしました。黄大仙は病気治癒を祈願するお寺です。その時は鳳鳴楼の前にも沢山の供え物を並べてお祈りする人々の姿があった。御利益があり、大病を克服したお礼参りなのです。観光客など少なく、お参りの人達も心行くまで快気の感謝の念を捧げることが出来たことでしょう。豪華な供え物は持ち帰り、振る舞うそうです。その時は我々もゆっくりしました。境内の参観後は大殿(本堂)前から珍しい占い師アーケードを歩いて地下鉄駅に出ました。

懐かしい思い出ですが、今回はその10余年も後になる。雰囲気は全く違っていた。何分にも人が多い。前述の中国風の石の鳥居から孔道門までの坂道はびっしりの参拝客でした。孔道門を潜ると正面は麟閣、左は経堂、右は鳳鳴楼になる。我々観光客は外観を拝見するのみですが、現地の人達は御堂に入り大きな線香の束を手に掲げ、もうもうと煙を出しながら出てきます。線香一束は20本、HK$10.00らしい。そして思い思いの御堂の前で大勢がお祈りしています。三拝・お祈り・三拝・御供え(線香)・三拝、の順でお参りするそうです。地面に供え物を置いている姿は無かった、と思う。そんな悠長な場所などないのです。 (注: 時刻次第かも。今は駐車場が観光バスで一杯の頃合いです。) 信者の方々の迷惑にならぬよう、ゆっくり歩きながら境内の御堂を拝見して回りました。一部は有料の小庭園になっている。そこは入らず覗いただけでした。
最初に通り抜けた石の鳥居を通って駐車場に戻った。

09:40 バスに乗車、員数を確認後に出発。

宝飾品の工房と販売店:
10:20 宝飾店に到着。
宝飾品の製造工房を通りながらサラッと拝見、直ぐ販売部門に移動でした。昔から香港の宝飾店は数多くあり、商品も比較すると金額的に安いことで知られます。残念ながら、今の先進諸国は世界的な大不況期で高級品離れが進行中とされるし、日本人観光客でも記念品程度はともかく高価な大型宝飾品の購入者は減っていることでしょう。
初めて香港を訪ねた時(1995年)も類似の工房付き宝飾店を訪ねました。大賑わいでツアー客もドンドン買物した記憶があり、雰囲気の違いに驚きました。 反面、中国本土を含む発展途上国の多くは富裕層が拡大中らしく、そちらからのツアー客は高価な買物もするかも知れません。

次は絹製品のショップに移動です。途中、昔の香港カイタック空港のあった場所を通りました。大部分は未だ更地のようです。
2度目の香港の時(1996年)、搭乗のJAL機は市街地を大きく旋回して街中のカイタック空港に着陸でした。時は夕暮れ過ぎ、低空飛行の機内から眺めた香港の夜景は正しく「宝石箱をひっくりかえした」と形容される通り素晴らしいものでした。今も脳裏に焼きついています。
ガイドCさんによると、このエリアは飛行場があった関係で古い中層ビルばかり。エレベーターすらないので忘れ物も気軽に取りには戻れない。入居希望者はいないも同然の状態のようです。確かに古ぼけた集合住宅が多かった。

絹の店:
10:50 絹製品の店に到着。
特に買いたいものはないが、風呂用品で絹製の垢擦り6個入り(HK$260.00)を買ってみました。箱から出し、個々に土産として利用できるよう小袋を付けてくれたのは気が効いている。
11:10 バスに乗車。
11:16 出発。

車中で深セン行き列車の一等指定席の料金を集めました。1人700円相当らしいが、ワイフは HK$140.00 を渡して釣りを貰った。ところが、後で気付いたが、釣りに香港ドル以外に中国の人民元紙幣(20元)が混じっていた。気にせずに手持ちの人民元と一緒にしておいた。

免税店(DFS):
免税店(DFS) 11:25 免税店前に到着。交通量の多い四つ角でした。
買物をした時に提示する書類(?)を受取り、12:20 まで自由となった。
ブランドショップ以外にも酒類や御菓子類などのセクションもある。比較的大きなDFSに思えました。
幾つかの欧州ブランド店を覗いてから、慣れている有名ブランドの店(LV)に入った。いろいろ見たあとに、ワイフは2点、私は1点、香港旅行の記念に買い求めた。
支払いはまとめてクレジット・カードでしたが、購入総額が一応の額だったらしく、カード会社の HK$200(約2400円相当)の金券がサービスで付きました。これは有効期限があり日本では使えない。
ワイフは直ぐ化粧品売り場に行き、日常使う口紅のブランド品を購入したが、HK$20.00 が不足した。その分は又カードで支払いです。商売、商売、・・・。
ワイフは久々にお気に入りが手に入りご機嫌でした。日本でも欧米ブランド品は苦戦を強いられているらしいが、香港と比べると 10〜15% 程度は高いようです。でも、昨今は並行輸入とか新品同様の中古品がよく出回るとも云われ、価格の比較として直営店のみの比較で十分なのか、よく分かりません。

チョコレート類も見に行きたかったが、時間切れでした。購入品はブランド店の紙袋から手提げカバンとリュックに分けて入れた。この方が目立たず、携帯品の数が少なくて動きやすい。
12:15 集合場所に行く。
12:25 DFS 出発。
注文してあった中国製クリーム2個が渡された。サービスとしてマンゴーパイが1個付いていた。

昼食(ホテルのレストラン): 昼食
昼食 12:37 Regal・カオルーン・ホテル2階のレストランに到着。
飲物は相変わらずお茶ですます。最初はセイロに点心4種だった。それからさっぱり味のチャーハン、焼きソバ、白菜の煮物、ゼリー風のデザートでした。
特記するようなことはなく、無難な昼食でした。ホテルのレストランだったので雰囲気は良かったと思います。
13:25 レストランからバスに乗車、出発。

列車移動( 普通列車1等車/香港→深セン ): 香港の駅、列車移動、深セン
九龍から落馬洲までの各駅停車の一等車 13:50 ホンハム駅(Hung Hom Station/旧・九龍駅)に到着。ここから落馬洲(Lok Ma Chau)まで普通列車で約2時間です。落馬洲は香港領域の最北部、深セン川を境界として北側は中国の経済特区・深センになり、南側の香港域には多くの池が続いている。昔の植民地時代には国境の緩衝地帯とされた沼地でした。落馬洲駅は、中国本土の出入国駅である東鐵線の羅湖(ローウー)駅に加えて、上水駅から西方向に7Km余の支線を作って出来た第2の出入国駅とされます。混雑緩和のためらしい。開通が2007年夏とされる新しい支線で駅舎もピカピカです。

14:10 1等指定席に乗車。快適な車内です。前述しましたが、等級変更の追加料金1人700円は高いものではなかった。
14:12 出発。
始発駅と終着駅の間に10駅、全てに停車する普通列車なら約2時間かかります。暇潰しに、読めた駅名はメモしました。中国の漢字は難しく、分からない字は○としました。正確な漢字や読み方は地図などで確認して下さい。

紅○駅(Hung Hom Station/旧・九龍駅) → 旺角東(Mong Kok East)→九龍塘(Kawloon Tong)→大○(Tai Wai)→沙田(Sha Tin)→火炭(Fo Tan)→大学(University)→大○(Tai Po)→太和(Tai Wo)→粉嶺(Fan Ling)→上水(Sheung Shai)→ 落馬洲(Lok Ma Chau)

香港から内陸部、Tai Wai から University までは細長く陸地に食い込んだ入江沿い、海沿い、そして内陸部を列車は行く。ほとんど車窓風景をボンヤリと眺めて過ごしました。
日本の古い駅と同じように、レールで屋根や建物を作った駅もあった。
15:04 終点の落馬洲駅に到着。
降車した駅の構内は未だ香港です。大きなガラス窓から大小の池が数多く見えたが、前記のように、植民地時代には英国領の香港と中国の国境緩衝地帯だったそうです。反対側には水量の豊かな深セン川(国境)が流れている。プラットホームから香港の出国改札を通り、次に屋根付きガラス張りの幅広い構内橋を渡る。深セン側の陸上部の建物に中国側の検疫と入国審査があった。
15:38 入国審査とスーツケースのX線検査がやっと終わった。
15:45 メンバーの1名が何かの理由で入国にかなり手間取りました。最終的に問題はなく、全員が揃ったところでガイドCさんが広州の女性ガイドさんと交代しました。Cさんは好感を持たれたガイドさんで、私を含め大勢が握手してのお別れとなりました。

深セン(Shenzhen): 経済特区の新興都市
広州の女性ガイドさんが入国審査場の外で待っていた。ツアーが広州到着時から香港に出発するまで世話してくれた人です。しばらくの間はこのガイドさんの日本語がいやに気になった。もちろんガイド役はきちんと務めていますが、経験量が多く日本語が日本人並みのガイドCさんの後では少し差が目立つ感じ、損な順番になったのです。これは時間と共に慣れて気にならなくなった。
これからの予定として、向かう先は中華民俗文化村です。民芸品店で見学兼ショッピング、民俗村のレストランで夕食、民族ショーの鑑賞、その後に広州のホテルまで約2時間のバス移動です。

15:52 駅舎から少し歩きバスに乗車する。駅前はスリが多いのでパック類はタスキ掛けで前に持ち手で押さえるように云われた。大都会の駅前は旅行客が多く、「スリに注意」は良くあることです。乗車後はすぐに出発でした。
しばらくは深センの街中を走りました。中心部のみと思われるが近代的な新しいビルが多く、工業の集積地の中心でもある。車窓からは、時に中国風に波打つ軒をデザインした建物もあったが、新興の大都市らしく「無国籍都市」の印象です。裏側に回ると古い民家などもあり、少し違うかも知れません。

深セン経済特区:  改革開放路線を採用したケ小平により1980年に深セン経済特区が指定された。 当時は人口3万人だったが現在は約400万人とされ、130倍以上の急激な人口増加を経験している。金融市場として世界的に知られた深センA株市場やB株市場などもあり、極めて産業化した現代都市です。負の代償として治安の悪さや環境問題が指摘されている。経済特別区として沿海部の14都市が指定されたが、中国の所得分布では香港、マカオに次いで深センが3番目、とされます。

序ながら、深センのセンの字は簡単に土偏に川と書きますが、常用漢字や人名漢字、JIS第一水準、第二水準にもない漢字とされます。詳しい人によると「中国辞典でもクセモノに近い字」らしい。日本の印刷物では「深(土+川)」が多いが、PC などの表示では「深セン」なる表記が多数派のようです。IMEパッドに(土+川)の字はあるが、使用しても筆者のPCの場合は ? と表示される。
中国語の漢字と日本語の漢字は文化圏の違いと歴史の経過で共通部分は減少しつつあるのかも知れません。「深(土+川)」をシンセンと読むのは日本語らしいのです。

中華民俗文化村(China Folk Culture Villages): 中華民俗文化村
中華民俗文化村の入口付近 中華民俗文化村
China Folk Culture Villages

広大な敷地に中国56民族のうち21民族24村が再現されたテーマパーク。各村の民家は実物大で当地の民族衣装を着た人達がいる。
最大の呼び物はショー、中国全土から集まった少数民族を含む500人もの人達が巨大な屋内ステージで華やかなショーを次々に繰り広げるものです。 少数民族のショーでも、午後に中心劇場で開催する「東方霓裳」と夜に鳳凰劇場で開催される「龍鳳舞中華(竜と鳳凰の踊り)」が最も良く知られる。
16:15 この頃だったと思うが、中華民俗村の駐車場に到着です。
村内に入って少し歩くと直ぐ交通量の多い道路(深南大通)があり、それに歩行者用の中国風の赤い陸橋がかかっている。その傍にはテーマパークらしく小型のモノレールも走っていた。村内には南国のことで椰子の木も多くみられる。
まず陸橋を渡って、高層住宅らしき建物が多い地区に行く。その中のビルの1つに目的の店があった。

民芸品店:
16:30 民芸品店に到着。事前連絡があったらしく、男性職員が出迎えてくれる。その人がここで販売している民芸品について説明をしてくれた。店内の写真は禁止です。 解散して各自でショッピングですが、我々は奥の椅子に直行でした。買物の予定はないのです。
17:15 民芸品店を出る。買物袋を手にした人達はあまり居なかった。
来た道をそのまま戻りました。陸橋を渡っている時、丁度モノレールが走っていった。
中国風の装飾を巡らせた円形の建物や恒久的な屋台が並ぶ場所などを通り、大きなレストランに到着です。

夕食(民俗村内のレストラン): 夕食
民俗村内のレストラン 2階建の大きなレストラン。ツアーは2階でした。
17:31 民俗村の中心部らしいが、入口上部に「天一閣」と書かれた建物に入り、2階の予約席に向かった。
17:35 大きな丸テーブルが沢山並んだ広いレストランだった。我々は直ぐ左側の窓沿いのテーブルに座った。一卓10人だったと思う。飲物は相変わらず中国茶で済ませる。
個々の料理名は分かりませんが広東料理らしい。最初はスープ、次は茄などの野菜炒め、次も別の野菜炒め、豆腐料理、鶏肉の揚物、チャーハン、揚げパン、卵焼き、白菜の炒め物、最後に赤いミニトマト(デザート?)、でした。味付けや量は無難でした。ここも食後のコーヒーはないらしい。注文かも知れないが・・・。

ミニトマト: 
現地ガイドさんの説明によると、『 中国では、ミニトマトは果物、普通のトマトは野菜 』 なのだそうです。しかし、この区分は中国全域なのか、極く一部の地域なのか、あるいは一部のレストランのみか、実に曖昧に思えてにわかには信じがたいものでした。
『 中国の場合には食事中に食べるものが野菜、食後やそれ以外の時に食べるものが果物、甘い・甘くないは果物かどうかに関係しない。』 このような説明もネット上で読みました。
『 韓国でもトマトは果物であり、砂糖をかけて食べることも多い。』 とも云います。
日本では品種改良による小さく甘みの強い「フルーツトマト」すら野菜として市場に出ているので、どうしても戸惑うというか釈然としないのが普通と思います。

ちなみに、オンライン調査で次のページが見つかりました(リンク切れはご容赦。)
中国ではミニトマトは果物なのか?  こちらは上海と北京で撮影したフルーツ扱いの証拠写真を掲載、さらに八百屋では野菜だった写真をも掲載しています。(2009.12.29調べ)
訪中日記(1) ミニトマトはフルーツですか? では往復で都合4回食べた中国東方航空の機内食(写真あり)に果物(デザート)としてミニトマトが付いていた。(2009.12.29調べ)
上海 de デート -在上海約会-: フルーツ アーカイブ  の2005年11月10日覧には「野菜? 果物?」なるタイトルで上海の洋菓子(ケーキ)にプチトマトが使用されていた写真を公開しています。(2009.12.29調べ)

果物(fruit)と野菜(vegetable)の違いは「草と木の違い」とか「食事に使うのが野菜でデザートやお八つに使うのが果物」とか「含有糖分量による」等、実際にいろいろ云われるが、日本語でも英語でも境界がはっきりしない。それで両言語で「トマトは野菜? それとも果物?」なる言葉のお遊びができるのです。とは云っても 「トマトは野菜でミニトマトは果物」 と云われると、日本人の普通の反応は「エッ?」でしょう。これも小さな異文化体験の1つでした。
他に日本国内では、「生で食べるのが果物、加熱などの料理で食べるのは野菜」 と考えて、例えば、イチゴやスイカなどの分類が誤解を生む例がある・・・。

民俗村ナイト・ファンタジー(民族舞踏ショー/野外劇場): ナイト・ファンタジー・ショー
民族舞踏ショーの1コマ 次は野外劇場での民族ショーの観劇です。トイレはレストランで済ませておくのが無難でした。
18:45 レストランを出ました。既に暗くなり、村内のあちこちにある中国風パゴダは既にライトアップされている。ブラブラ歩きでも5分もかからないが、大きな客席とその天蓋、道を挟んで大舞台がある野外劇場につきました。

入口でしばし現地ガイドさんを待った。予約の指定席券を購入に行ったのです。ここから見る観客席と巨大天蓋は迫力があった。台風の来襲もあり得る地域、十分に耐える作りと分かりながらも、台風直撃なら大変と思うほどに大きく感じたのです。観客席と舞台の屋根は離れていますが、野外の屋根付き大劇場なのです。ローマ時代の野外大劇場を現代流に作ったものとも云えるような感じでした。
座席指定券が配られました。我々は前2列目の40番と41番、舞台に向かって中央から左半分の真ん中辺り、前席とは段差があり前席の人は左程じゃまにならない。たぶん最上席の部類と思います。
一旦は着席しましたが、未だ時間があり座席は空席が多かった。ワイフを残し、前席を跨いで観客席と舞台の間の道に出て、それから座席の最上部まで行ってみる。

19:10 ショーの開演。夜の部は「龍鳳舞中華」と云うが、内容は頻繁に変わるそうです。
音響と光と乱舞の民族ショーは開演当初から迫力満点、異なる民族の違う踊りや出し物が次々に切り替わり、途中で騎馬武者が目の前を駆け抜けたり、巨大な車輪の乗物が人力で移動したり、アレヨ、アレヨと思う間に1時間が過ぎてしまった。全く飽きる間がない。中国独特の人海戦術ショーでしょう。見事でした。これを文章にする筆力は持ち合わせていませんから、写真で多少ながら雰囲気を感じてください。写真は多く撮ったが、夜の野外ショーでライトの色彩と光量が頻繁にかわり、出演者の動きが早く、手振れに加えて被写体プレも多かった。
20:05 この頃に終了、楽しみました。

入口で点呼があり、それから駐車場に向かう。途中でトイレタイムがあった。

バス移動(→広州・ホテル):
今日の予定は終り、これでツアーの観光予定は全て完了しました。
これから広州のホテルまで約2時間、夜道の移動です。
20:18 バス出発。
明日の予定が発表になった。それが終ると直ぐに完全な居眠りモードでした。
広州市内でも珠江沿いは未だ電飾したレストランやホテルがあり明るかった。
22:25 ホテル到着。

華厦大酒店(HOTEL LANDMARK CANTON)2泊目: ホテルの部屋
広州ランドマークホテルのタワー この広州のホテルはツアー初日に宿泊したところ、様子は分かっていた。
部屋割りが終りしだいスーツケースを携えて各自の部屋に向かった。部屋番号の記録はないが、前回の22階よりは低い階だった。
22:37 入室。前回はドアーの解錠に手間取ったが学習効果で今回は大丈夫だった。ツインの部屋そのものは前回と似たものだった。

22:50 現地ガイドさんの電話あり、洗面所の水道とシャワーに問題がないかの問合せだった。急ぎ確認すると、正常で特に問題はないようだった。ついでにワイフはスペアー毛布を一枚頼んでいた。チップ用に米1ドル紙幣を一枚渡しておく。現地の小銭がない時に小額の米ドル紙幣は便利です。
22:55 ドアーがノックされ、若い女性が毛布1枚が届けてくれた。ワイフがチップを渡すと初めは遠慮していたが、最後には喜んだ顔で受取ったらしい。

明朝の予定(バス車中で発表になったもの):
モーニング・コール(05:20)/朝食(06:00-)/ロビー集合(06:30)/出発(06:40)
朝食レストランは39階、入るにはカードキーの袋を見せる。
空港までの移動は40分程度。
就寝前にパッキングのこと、マッチ・ライターの機内持込みは禁止なので注意すること。

明日の朝食は簡単にパンとコーヒー程度で済ませるしかありません。早起きなので、急いでシャワーを済ませた。スーツケースからメッシュ袋にまとめてあった明日の衣類のみだし、朝は洗面具を仕舞うだけにして急いで休みました。

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