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旅行記|インド、北部の文化遺産めぐり ( 2005年3月2日〜9日 )
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準備記録は旅行記そのものではありません。
旅行関連情報は含まれていますが、飛ばして下さっても結構です。


2004年11月30日: 旅行会社の雑誌が誘惑
オーストラリア旅行を今月中旬に終えたばかりである。デジカメ写真をPCに取り込み、デスクトップ壁紙写真集を制作してHPにアップしたばかりだった。旅行記も何とか日時と行動などの基本情報のみ記入した段階で、これから数ヶ月かけて楽しみながら色々と書き込む予定だった。ところが、配達された旅行会社の雑誌をパラパラと捲っていると、
JAL日本航空直行便で行く 「聖なる川ガンジスとインド世界遺産探訪 8日間」
なるツアーが掲載されている。このツアーは、確か、JALのデリー直行便・就航記念として秋口から始まったはずだった。訪問地や宿泊ホテルなど内容的に優れたツアーの印象を受けたので、直ぐに興味を持った。が、まずはオーストラリア行きとなったのです。

旅行会社のサイトに接続し、北海道発と東京発のツアーを調べて比較してみた。
○ 東京発は全く同じプランが7日間のツアーとして掲載されている。料金は出発日により変動する。最小催行人数は15名だった。3月末までの申込み状況は催行マークがチラホラといったところ。
○ 北海道発は千歳空港から出発だが、道内の地方空港からの参加も可能だった。8日間のツアー、料金は一律、成田で前泊、最小催行人数は10名となっている。3月末までの催行マークはなかった。

我々としては北海道発のツアーが料金的に有利だった。東京発に参加すると地元空港・成田間の交通費と前泊ホテル代が自己負担になる。 この場合、旅行社で多少の融通が利く場合もあり得るので、明日問い合わせることにした。

2004年12月01日: 「聖なる川ガンジスとインド世界遺産探訪」、問い合わせ
午前に札幌支店に電話した。電話を取った女性職員に当方の希望の概略を伝えた。先方の説明で分かったことは、
○ このインド旅行は、東京と札幌の共同募集の出発日と札幌支店企画の独自出発日がHPでは混載されている。札幌出発日の翌日に東京出発のツアーがあれば、東京・札幌の共同募集、札幌出発日の翌日に東京支店の募集がなければ札幌の独自企画になる。
○ 東京発プランに申し込んだ場合は、当地・成田空港間の交通費と前泊は自己負担となる。2人で約○○万円程度の追加が必要らしい。
我々は2月下旬〜3月上旬の出発を希望しているので、再度インターネットで東京・札幌の共同企画ツアーを探してみることにした。

2004年12月01日: インド旅行をオンライン予約
夜にトラピックス・サイトの予約申込み画面を呼び出し、2月28日北海道発のツアーに申し込んだ。これなら東京発は3月1日になる。問合せ番号はメモしておいた。

2004年12月03日午前: 申し込み書類一式が宅配便で届く
封筒の内容は以下のとおり。
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(1) 海外旅行の申込金振込金請求書 (1)
(2) 「聖なる川ガンジスとインド世界遺産探訪 8日間」参加申込書 (2)
(3) インド大使館に提出するビザ申請書類一式 (2)
(4) 返送用封筒 (2)
(5) 出発までのご案内と海外旅行基礎知識 (2)
(6) 海外旅行保険セットプラン説明書 (2)
(7) その他
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2004年12月03日: トラピックス札幌支店から電話あり
午後に札幌支店からインド旅行の申込みに関する連絡が入った。当方のオンライン予約は千歳空港2月28日出発のツアーだった。これは3月1日に成田発で東京支店と名古屋支店と合併ツアーで札幌の枠は10人までなのだそうだ。まだ申込みは催行決定にいたっていない。
今日の午前に、東京発3月3日のツアー、つまり札幌3月2日発、の催行が決定したそうである。そこで、催行確定のツアーに出発日を変更してはどうか、という。札幌支店への申込みは無いが、東京支店と名古屋支店の申込み状況から「催行」となったらしい。
旅行社・札幌支店へ1週間以内に行き、その時に詳しく話しを聞いてから申込書を提出すると伝えた。

2004年12月09日: 札幌・日帰り
早朝の特急列車で札幌に向う。この時期は峠道の氷結や積雪があり得るのでドライブのリスクは大きい。安全な交通手段にする。 インド旅行の申込み用紙提出とクレジット・カードによる支払いのため旅行会社・札幌支店に行った。

○ 現時点での催行決定の出発日は2月23日と3月2日で仮に申し込んだ2月28日分は未決定だった。1ヵ月程度は様子を見ることにして、1月上旬に電話して最終的な参加日を伝えることにした。出発日変更の費用はかからない、とのことだった。記入済みのインド旅行申込み用紙を提出した。
○ 英文・ビザ申請書(サインのみ)提出。インド入国には未だビザがいる。ビザ発行費用 1200円(インド大使館)、ビザ申請代行料 4200円(旅行会社)がかかる。自分で申請するのも面倒なので今回は旅行会社にビザ申請の代行をお願いした。
○ 日本語・ビザ関連書類も提出。
○ パスポートを2名分渡す。これは出発日に空港で返却になるそうだ。パスポートの預入は珍しいので尋ねたところ、「インド、カンボジア、オーストラリアはビザ申請代行のためお預かり」との説明だった。
○ 札幌駅で撮ったバスポート用写真2枚(600円)づつ提出。撮影時の向きが悪く歪んで撮れていたが仕方なく使用した。
○ クレジット・カードで一括支払い。

これで、一応はインド旅行に関する事務手続きは完了である。
ワイフから「昨日、申込み書類に記入しているとき思ったけど、どうしてインドなのか?」という声がでた。JAL使用でホテルも一応の水準、そして安いから、といっておく。若い頃にアメリカで多くのインド人留学生などと話を交わしたことはあるが、特にインドに深い興味がある訳でもなく、改めて聞かれると返答に困る。

2004年12月10日: 札幌支店から電話
用件1:参加地の確認。「地元○○空港から参加」と伝える。
用件2:昨日預けたパスポートのビニールカバーは昨日中に郵便で当方に送り返した。理由は、ビザ申請の際にインド大使館にカバー付きパスポートを提出するとカバーが返却されない、そうである。

2005年01月01日: 不測の事態が発生
元旦の早朝に今回のインド旅行に影響を与えそうな問題が発生したが、日数も十分にあるので予約は維持することにする。

2005年01月3日: ワイフがスーツケース購入
長年愛用したワイフのスーツケースは昨秋のオーストラリア旅行で車輪周辺が破損してしまい年季となった。適当に見歩いて物色していたが、近くの大型スーパーの新春セールで購入することにした。昔と比較してブランド物のスーツケースも価格的にデフレの影響を受けているようだった。

2005年01月18日: 旅行会社に電話、出発日を変更
午後に電話して2月28日出発ツアーの催行を確認した。やはり、催行確定にはなっていない。2月23日出発分は10人の札幌枠が一杯でキャンセル待ちの状態、3月2日(火)出発のツアーに変更した。これは札幌のみの募集ではなく全国募集に近いツアーのようである。出発日の変更に伴い、今回のツアーの問い合わせ番号も変わった。地元空港・羽田便が確定しだい2〜3日中に連絡をしてくれるそうだ。出発日変更の手数料はかからない。

2005年01月26日: 世界の国シリーズ13「インド・南アジア」を読み終える
若かりし頃のニューヨーク留学時代にはインド人の留学生や教職の人達と知り合いになり雑談も随分とした記憶がある。米国人研究者2名の成果にインド人数学者のモデルを結合させて何がしの研究をした経験もあった。大学院生活や当時の研究に関してインド人に僅かながらも「恩義」に近いものがあると言えなくもない。 しかし、インドや周辺諸国に関する知識は皆無に近かった。
付け焼刃ながら大急ぎでタイトルの書籍に目を通した次第です。人名や地名にも親しみがなく覚え難いのですが、それでもインドの文化的な成立過程がおぼろげにも見えてきました。インド人の最大の貢献ともいえる「インド数字の確立とゼロの発見」に関しては記述は見当たらなかったが、 この国においても宗教の力が強大で国政や社会生活が未だ強く縛られている様子はわかりました。

2005年01月28日: 旅行会社から電話あり
出発日変更後、何の連絡もなかったが国内航空と成田・前泊のホテルが決まったので知らせてくれた。ターミナルビル近くのエアーポート・レストハウスというホテルで、ターミナル・ビルから無料送迎バスがある。初めての利用になる。
往路国内便:3月2日午後に地元空港を出発。
前泊のホテル(成田):エアーポート・レストハウス。北海道の参加者はここで集合。
帰路国内便:3月9日昼ごろに羽田空港発。

2005年02月05日: インド旅行ガイドブック2種類を購入
新しいガイドブックにも目を通したいので、
(1) ワールドガイド、「インド」、るるぶ社海外編集部、JTB、2004年8月1日発行
(2) 地球の歩き方 D28、「インド編 2004〜2005年版」、ダイアモンド・ビック社、2004年8月13日 改訂第20版第一刷
を購入した。

2005年02月05日: 旅行会社からインド旅行の資料が届く
旅行前に読んでおくとよい小冊子など4種類が送られてきた。
(1) Laterra Network、徹底ガイド・スペシャル「60 インド・ネパール」
(2) インド政府観光局、「インド全図(地図)」
(3) インド政府観光局、「デリー・アグラ・ジャイプール、ゴールデントライアングルの旅」
(4) インド政府観光局、「バラナシ」

2005年02月16日: 結果として旅行に関係ないが・・・、定期健診
定期的に通常の血液検査を受けている。昨秋にはほぼパーフェクトな数値結果だったが年末から参考範囲を逸脱する数値が出るようになった。まず、血液中の中性脂肪の値が極端に高くなった。食事療法でこれは通常の範囲にもどった。ところが、今回は黄疸(慢性でもある)とAMY(血中アミラーゼ)の値が極端に高くなったのだ。風邪はひいていないか?腹痛は無いか?いろいろ聞かれた。思い当たることはない。そこで、膵臓に焦点を合わせた追加の血液検査をすることになった。担当の医師は「悪性腫瘍の場合もある」という。
帰宅後すぐに検索エンジンで「膵臓(pancreas)」に関していろいろ調べてみた。驚いた事に膵臓の悪性腫瘍(癌)は胃の後ろに位置するため発見が最も難しく、症状が現れた段階では手遅れ、さらに手術以外には効果的な治療法はないらしい。その上に、癌組織と周囲の臓器類を切除しても予後が極めて悪く、術後5年以上の生存確率は低いとされていた。読めば読むほどに、知れば知るほどに、お先真っ暗となり陰鬱な気分に全身が覆われてしまいました。ワイフは泣くの、食欲は無くすの、結果が出るまで大変な5日間を過ごしました。私は、万が一、最悪の場合には何をしなければならないか、といろいろ思いを巡らせる力しかなかったのです。
2月21日に膵臓に関する血液検査の結果がでた。先日の高AMY値はS-AMY値(唾液)の影響によるものでP-AMY値(膵臓)の影響は極めて少なく、 「膵臓に問題は無いようです」 でした。即座に心の底から嬉しさがこみ上げて来ました。病名が「癌」と告知されると「ガクッ」となる人が多いと聞いている。しかし「その気持ちは分からなかった」のが現実でした。「悪性腫瘍の場合もある」言われただけで、そのショック的反応は我ながら凄いものでした。「ナニッ、負けるものか」と外見は平静に快活に振舞いましたが・・・。実に良い経験でもありました。

2005年02月21日: 旅行社から旅行日程表などが届く
旅行社の大型封筒が郵便物に混じっていた。宿泊ホテルや数々の注意事項などを記載した旅行日程表、荷札、ステッカー、バッジなどが2組が同封されている。これで出発日に指定場所に行くだけとなった。

2005年02月22日: コンセント・アダプターなど必需品を購入
○ インド旅行ではベナレス・アグラ間は寝台列車で12時間の移動になる。日程表の注意事項にはないが、一般論としてインドの列車ではスーツケース等々の手荷物をチェーン・ロックで固定物につなぎ盗難予防をするのが安心な面もあるらしい。特に注意は記載されていないから不要とは思うが、念のためペンチでは切れない程度のチェーンをDIY店で購入し、小型シリンダー錠との組み合わせで使用できるようにした。
○ インドのコンセントは種類が多く(B, B3, BF, C, SE)、どのタイプのアダプターを携帯すれば良いのか分からなかった。日程表の注意書きには B、C タイプとなっている。Cタイプは手持ちがあるので B タイプのアダプターを家電量販店で購入した。2種あれば間に合うはず・・・。
○ 100円ショップで使い捨てにする下着類をそろえる。
○ 日程表の注意書きでは少量の「おかゆ、カップうどん、飴などの日本食」の携帯が勧められている。ホテルはアメリカ系の有名チェーンなので朝・夕の食事に心配はないと思うが、念のため少量のカップラーメンや乾パン、煎餅を用意した。我々の海外旅行としては珍しいことです。

2005年02月23日: 下痢止めの薬
海外旅行ではお腹が不調になり苦しい思いをした経験が数度あった。近年ではエジプト・トルコ旅行の時に数日間のトイレ通いが続いたのです。その時はトルコ人ガイド氏の買ってくれたトルコの大衆薬 Lopermid が有効で、酷い下痢が2回の服用で治りました。余った錠剤は持ち帰ったが日時が経過したので処分したのです。ところがインドの旅行者には下痢が多いとされている。「旅行中にお腹に問題が発生するかも」と不安になり始めた。急ぎ検索エンジンに Lopermid なるクエリーを入力したら、政府系機関のページにトルコの薬と日本の薬の対照表が作成してありました。それによると、Loparmid とほぼ同じ成分の薬に「マルピー下痢止めS」がある。オンラインでも楽天やGoo、Yahoo などのドラッグストアーから入手できます。医療用医薬品の止瀉剤ロぺミンをOTC( Over The Counter Drug/大衆薬 )へ切り替え、さらに世界ではじめて配合剤とした医薬品なのだそうです。12錠入り(日2回で3日分)が1300〜1500円でした。しかし少量の購入に送料と代引き料金を払うのも価格的に合わず、近くの医薬品店で購入しておきました。
追記:インドから帰国する当日の午前にお腹の調子が狂い、「マルピー下痢止めS」を2度服用しました。夕方までには平常に戻ったので私の場合には効果がありました。

2005年02月25日: 宿泊予定ホテルの下調べ
旅行社のクラス分けでスーペリア以上のホテルとなっているし、アメリカ系チェーン・ホテルなので全く心配はないのだが、念のためホテルサーチで内容の確認をしてみた。通常の予約サイトでは5つ星なのでホテルに関しては何も案ずることはなさそうです。
ついでながら、インドのホテル料金は10%のサービス料金と15%の税金を含んだ価格で表示するようです。
サービス料金込みなので、枕チップは不要と思われます。しかし「枕チップ」が必要かどうかは資料やオンライン調査では分からなかった。

2005年02月28日: 添乗員さんから挨拶を兼ねた連絡あり
出発まで残り2日となった。夕方5時ごろに添乗員さん(女性)から電話があり、簡単な挨拶のあと3月2日に関する連絡があった。
(1) 地元空港の集合は12時30分、当地の係員が羽田までの搭乗券を渡してくれる。
(2) リムジンバスは成田第二ターミナルで下車、成田エアポート・レストハウスの送迎バス乗場は#32 番。時折利用するホテル日航成田は#33番なので慣れた場所である。
(3) 千歳出発組み(7名+1名)が先にホテルに着いている。フロントで参加ツアー名を言ってチェックインすること。
(4) ホテルでは添乗員さんが部屋に連絡をくれる。パスポートの返却はホテルでおこなう。
(5) スリッパ、ウェット・テシュー、歯磨き、剃刀などは必ず携帯とのこと。
(6) 成田・デリー間の座席は通路側を希望したが、各自の搭乗手続きなのでJAL窓口で希望を伝えるように言われた。最近は通路側を希望する人が多いそうである。
(7) 参加者は北海道9名、東京など本州から16名、添乗員1名、合計26名のツアー。
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