HOME旅行記集
旅行記|インド、北部の文化遺産めぐり ( 2005年3月2日〜9日 )
はじめに
TOP 国情報 準備 始め 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目 7日目 8日目 終り
文字サイズ変更ボタン(本文のみ)
◇◆◇

どうしてインドに行ったのだろう? ツアー代金が安かった、JAL直行便なので往復に何の気遣いもなかった、インド国内の宿泊ホテルは所謂よいホテルばかりだった、インド国内での移動もバスだけではなく国内航空や寝台列車の利用もあり変化に富んでいる、インドの季節は乾季の終りで酷暑期になっていない、インド北部の主要観光サイトはほぼ網羅している、若い頃のアメリカ時代にインド人と話す事も多かった、等々の理由も言えるのです。出発前は本当にそう思っていました。さらに、インドに関する旅行上の悪評( 汚い、不潔、乞食・物売りが多い、セールスが強引、等々 )は知っていたし覚悟もしていました。異文化体験として有り得ることの範囲内です。しかし、・・・。 旅行後の感想として自分でも何故インド旅行したのかボンヤリながら不思議に思っているのが正直なところです。この中途半端な気分は、事前の単純な知識習得と旅行による実体験の違いによることが明白です。

このパック旅行に限り、観光サイトやホテルなどその領域が一般地域と明確に区分され入口にガードマンや料金所があるような場所はまず心配ありません。その種の閉ざされた領域内では、掃除も行き届いて見た目にも不快なことはないし、言葉も多くの場合に英語が通じるので問題は少ないのです。名所旧跡の場合には、たまに法外な料金を要求するガイドがいるようですが、断ればよいだけのこと。トイレなども形と使用法は日本のものとは異なっても男性用は不潔とは言えないと思うのです(ただし女性用の評判は良くないらしい。) トイレ・チップの5〜10ルピーを取る所も時折あったが、高々12〜25円のことで何の問題もありません。見学した観光サイトも素人判断ながらどこも内容的に一見の価値は十分にあると思いました。数多くの見学先でビデオ撮影に料金がかかりました(カメラは無料か比較的小額。) しかし、これとて撮影禁止よりはよいでしょう。インドの生水は飲めない。が、水が合わずミネラルウォーターを購入しなくてはならない国など世界中には沢山ある。750mlボトルが20ルピー(約50円)で買えたし、いくら飲んでも高が知れている。食事は確かに退屈なものになりました。ホテル等々のレストランは多くの場合バイキング形式でしたが、サラダやカットした果物やジュースも手出しできず、氷やアイスクリームもダメとされ、火の通ったナンやポロポロしたライスやスパゲッティや焼きソバ等々とカレー数種に限られたのです。肉類は鶏肉のみでした。下痢や感染症予防のためには致し方ないことでしたが、毎日・毎回、同じ食事をしたような印象が残ってしまいました。が、5〜6時間のチョットしたお腹の不調を除き、重大な消化器系の問題は発生しなかったので良しとすべきでしょう。食後の紅茶やコーヒーは、美味いかどうかは人によるとしても、決して不味いものではなかったと思います。街中や田舎道で見かける花や木々も趣が大きく異なり、アチコチで見かける原色のサリー姿はとても目立って異国を感じさせる。インドの若い女性など皮膚の色こそ濃くても目鼻立ちははっきり、外見上はなかなか魅力的な人達もいるのです。旅行中、街などで「物を盗られるかも」と1〜2度思ったことがあっても、我々は「身体的な暴力を受ける恐れ」は何処でも全く感じなかったのです。

では、一体インド旅行の何が問題だったのか?
それは観光サイトと観光サイトを結ぶ移動線上にあると思います。参加したツアーの場合は、バスと鉄道と徒歩が移動手段でした。観光サイトからバスに乗るまでの路上には物売りが大勢いる。多くはしつこい感じなのです。そして彼らの商品たるや粗悪品・偽物の類、添乗員さんからは「決して買ってはいけない」と注意があった。が、つい買ってしまい酷いことになったメンバーもいましたね。次第に慣れましたが、初めの数日は本当に閉口しました。でも、目を合わせず坂本九さんの「上を向いて歩こう」を実行するとしつこく付きまとわない(足元も要注意)。さて、バスに乗り次の観光サイトに移動する。沿道は人間と動物と埃っぽい各種の商店などで一杯、道に盛り土した上で木の客用椅子を1つ置き床屋が青空営業、空き地では牛糞にモミを混ぜたものを50センチくらいの円盤にして天火干し(田舎で多い)、自転車、リクシャ、オートククシャ(自動三輪タクシー)やオートバイ、車、さらに牛車・ラクダ車や荷物満載のロバなどが行きかう、いうなればカオス(混沌)状態です。写真で知ってはいても、インドの街の雑然さと不潔さは全く特異なもので、当初は実際に目を覆いたくなったものです。宗教的に神聖というがノラの牛が実に多いようで・・・。さらにノラ人間、ノラ犬、豚、猿、ノラ・・・、自然で自立的な各種の動物が街中に多い。人間も動物も食べては排泄する。日本でも戦後はよく見た立ションなどアチコチで・・・。インドではハサミのマークはないようでした。公衆トイレもあるにはあるが・・・。各種の異臭も鼻を刺激する。ゴミは竹箒で集めても動物があさり直ぐ散らかる。交差点でバスが止まると観光バスを目掛けて物売りや物乞いが寄ってくる時もある。最後にはカーテンをサッと閉めるようになった。それでも、「マミー」と大声を出す子供や、赤子を抱いて情けを求める女の哀れな声など・・・、今でも耳に残っている。駅のホームでは裸足の子供が数人ブラブラと我々を見ながら離れない。物をねだる様子もなく何をしていたのか、警察官に追われて散っていったが・・・。ヒンドゥー教の聖地の1つと言われるベナレスのガートでは素晴らしいガンジス川の日の出を見ることが出来ても、往復の路上やガートの片隅では我々ヒンドゥー教を知らぬ人間にとってこの世の末とも表現できる光景もあるのです。

多分、たぶん、我々旅行者は経済的に身分的に下層の人達の日常生活を移動中に見ていたのでしょう。経済力のある中産階級以上の人達や高等教育を受けることの出来た人々はこのような街中を行き来することなど少ないことでしょう。能力あるインド人は清潔で整った生活をどこか別の場所でエンジョイしていることでしょう。そして、いつかは、インド社会上層部の価値観や富の一部が街中の人達にも漏れ落ちてくることでしょう・・・。

しかし、歴史に於いて偉大な権力をもち壮大な王城や宮殿で過ごした人々の文化遺産と今日の街中の人々の生活環境の落差は表現不可能な面があるとすら思うのです。例えば、みごとに緻密な作りの赤砂岩の王城とバラバラで雑多で質素な焼きレンガとテントの不潔な街並み、その落差を埋めるものは何でしょう? 世界中に普遍的に存在する「貧富の差」では片付ける事はできない何物かがあるような気がします。しかし、インド文化に疎い自分には荷が勝ち過ぎる難しい問題です。

私の頭の中は正にベナレスのガンジス川近くで撮影した電線のようになっています。スッキリとした部分とモツレよく分からない部分と・・・。ちなみにヨガ的な配線を示す上の写真からインド人技術者の頭の中が想像できますか? 電力配線よりも複雑怪奇な宗教を含む社会システムとその実践について素人が推察など出来るはずがありません。例え何かを書いたとしても、「盲人インド象をなでる」 ようなものでしょう。こんな状態で旅行記を書くのは実は気乗りもしないのです。簡単な写真付き行動記録程度のものになりそうです。が、なんとか「行程+アルファ」 くらいは書き残せるように頑張ってみます。( 2005.03.16 記 )
─── ◇◆◇ ───
旅行記を書き始めてから1週間もしたら、何となくインドの嫌な部分が頭から消えていき、3週間近くで何時もの旅行記と同じ写真ページ付きの下書きが出来てしまった。自分でも驚いたが、まだ記憶がある内に着手したので比較的スムースに一段落となったようです。
しかし旅行直後の気持ちも偽りないものなので、最初の書き出しはそのまま訂正せずに掲載することにしました。( 2005.04.04 記 )
◇◆◇
HOME旅行記集 インド旅行記TOP現在の頁( はじめに )
Page▲Top