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旅行記|北部インドの文化遺産巡り ( 7日目/2005年3月8日・火曜 )
アンベール城、デリー国際空港から帰国の途
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ホテル出発まで:
05:30 起床。乾季の終りの時期、日中の気温は30度前後でも朝夕はかなり涼しくなる。体調にもよるが、エアコンONのままで眠ったので、朝は少々涼しすぎた。トラベル・ポットで湯を沸かし、熱いインスタント・コーヒーを甘くして飲みホッとする。
今日はジャイプール市内の「風の宮殿」と郊外の「アンベール城」の見学、これでインド観光は全て完了です。その後はデリーに移動し、デリー空港から成田空港に向けて出発、機中泊となる。そして明日の早朝に成田到着、直ぐに国内移動で帰宅です。服を着替えるチャンスはありません。今年の北海道の冬は長くて寒く、未だ大変な積雪量です。冬用の衣類を用意してインド出国をするしかありません。厚手のジーンズを着用し、カシミア・セーターとコートはリュックに入れて携帯することにしました。
06:30 パッキング完了。枕チップ20ルピー置く。
06:50 スーツケースを廊下に出して、その足で1階のロビーで集合した。直ぐレストランに移動し、バイキング形式の朝食でした。
07:20 朝食を終え、自室に戻る。スーツケースは既に部屋前から運ばれていた。
07:40 フロントにカードキー返却するだけのチェックアウト。
07:45 バスに乗車。

風の宮殿 (Hawa Mahal):
ジャイプールで一番有名な建物と言われる「風の宮殿」は1799年に建てられ、王妃や後宮の女性たち (日本流では大奥の女性たち?) が姿を見せずに宮殿外の風景を楽しめるように造られているそうです。5階建ての風通しのよい薄い建物で、窓は152もあるとか。高貴な女性たちはここから表通りの行列行進や日常のバザールを眺めていたのです。

08:10 バザール通りにある「風の宮殿」に到着。この建物の表側は東向きなので朝日を受けて赤く輝いていました。直ぐに下車し、「風の宮殿」とは反対側の歩道に渡った。ジャイプールは1728年ころに計画的に造られた都で未だ300年の歴史もない。しかし産業活動がインドとしては活発なエリアらしく、それだけに他の街と比較すれば豊かなのか全体的にきれいな街でした。ここの歩道は広くて街路樹も植えられ、ピンク・シティーの名の通りピンク色の建物もかなり有るのです。明るい感じです。砂漠が近いだけにラクダ車がよく通る。我々は宮殿の反対側の歩道から写真を撮っただけでした。 風の宮殿

08:15 短い停車を終え、「風の宮殿」を出発。バザール通りを進み、城壁に作られた門を通り抜けてアンベール城に向かった。門の外側では露店がマーケットのようになっていた。

アンベール城 (AMBER Palace & Forts):
ここは古く1037年からラージプート族カチワーハ王朝(the Rajput Kucchwaha dynasty)の首都であった。 1600年にカチワーハ家のマーン・スィンフ1世(Man Singh I)が、デリーのムガール朝によって王の称号を与えられて以来、ジャイ・シン2世が1728年にジャイプールに都を移かえるまでの約130年の間、王国と王都の中心として機能していた城でした。

08:35 ジャイプールから北東に10Km程度のアンベール城地域に入った。左手に湖(Maota Lake/Maotha Lake)が見えてきた。その対岸の高い山上にジャイガール要塞、中腹に巨大なアンベール城(アモール城砦宮殿)、湖の中には石垣で作られた大きな人工島(上部は幾何学的なムガル庭園)があった。バスは沿道の展望所に停車した。そこから見ると、水面に石造りの城砦や島が映り、スケールを感ずる良い風景でした。結果論ですが旅行後に日本と海外の写真サイトを探したところ、我々の見たような水を満々とたたえた湖が宮殿などを映している写真は見つからず、干上がった草地とか半分程度の水量で写っている。風景的には運が良かったようです。
また、反対側の峰には延々と城壁が築かれ、所々に見張り小屋とおぼしき石造りの建造物がある。かなり遠くの山並みにも同じような城壁が延々と続くのが見えました。アンベール城自体が山上にあり難攻不落なのに、さらに周辺の山々の城壁にも守られた強固な作りの要塞だったのだ。
08:38 いろいろな方向の写真を撮って、この展望所を出発した。
08:42 湖の端の公園にある「象のタクシー」の乗場に到着。象の背に観光客2人づつが背中合わせ乗る席が付けてある。象の背丈は高いのでコンクリート製のプラットホームからまず2人が乗る。その後、象は方向転換して残りの2人を乗せるのだ。そのプラットホームの前には沢山の象たちが並んで順を待っていた。「象のタクシー」のお客は多く、プラットフォーム裏手の公園には既に長い待ち行列ができていた。
08:58 「象のタクシー」に乗る。ゆっくりとアンベール城に向かって坂道を登るのです。象の歩調に合わせて背中も大きく揺れる。少し不安定にも思いましたが直ぐに慣れ、あたりの風景が楽しめるようになった。前の象が巨大なフンを落とした。大気汚染の公害はなくともフンガイにフンガイでした。

09:13 「太陽門」から城内に入った。ここは3段作りの城(宮殿)で一番低い場所になる。大きな中庭で中央は緑の公園です。反対側に「月門」があり、その傍の降り場プラットホームで「象のタクシー」から降りる。料金1人当たり10ルピーとかで20ルピーを渡す。象ドライバーは良い顔をしなかった。実は旅行会社から「象のタクシー」代として1人10ルピーを渡されていた。添乗員さんが言うに、これでは象の餌さ代にもならないとか・・・。それでは象がかわいそう・・・。後で、「1人当り20ルピー渡せば良かった」とワイフと2人で悔みました。しかし実際の料金は幾らでしょうネ。

ここからは現地ガイドさんの説明を聞きながらの見学となりました。アンベール城といいますが、一旦内部に入ると城というよりは宮殿です。事実、ジャイプールでもらった観光パンフレットではアモール城砦宮殿(The Fort Palace of Amor)と書かれている。マーン・スィンフ1世が1592年に造営し、その後度々増改築が行われた城砦宮殿なのです。
カーリー寺院近くの階段を登り、城内2段目にあるディワネ・アーム(一般謁見の間)に行く。石の柱が多い開けた空間でした。その後、見事な作りのガネーシャ門から城内3段目に上がります。右に「スク・ニワス(歓喜の間)」というマハラジャ一家の住居があり、左には「勝利の間(鏡の間/シェーシュ・マハル)」がある。我々は「勝利の間」の素晴らしい建物でゆっくりとしました。鏡を多用した「鏡の間」、内壁の風変わりながら面白い装飾や、インドでは珍しく思えた色付きのステンドグラス、風通しの良い窓、等々それなりに楽しめます。

宮殿からは険しい山上にあるジャイガール要塞(Jaigrah Fort)がよく見えます。そこは徒歩で登るかジープを雇って行くしかありません。内部には宮殿、庭園、武器庫、砲台、寺院、高い塔などの施設があり、現存する中世インドの要塞では数少ないものの1つらしい。アモール(Amer)の町の眺めが素晴らしいようです。旧式の車輪付き大砲では「世界一」と自慢するものがあり、一発打つのに火薬100Kg(ほぼ人間の体重2人分)も詰めたそうです。

見学を終え、月門から出てジープで下山となります。が、どうもお腹の調子が妙な感じとなってきました。疲れと暑さのせいでしょう。
10:05 トイレを通り過ぎた月門で現地ガイドさんに「トイレ行き」を伝え、待ってもらいました。駆け込む。ここのトイレはイスラム式で新しくはないが綺麗でした。しかし、後始末の水が出せない。トイレ番に10ルピー渡して「流してくれ」と頼んでおいた。トイレ入口で現地ガイドさん、他の皆さんは城外で待っていました。その後直ぐに携帯していた下痢止めSを服用したのですが、判断力を無くしていたようで2錠のところ1錠しかのまなかった。
10:12 下山のジープに乗車。例によってハラハラする巧みな運転です。 アンベール城
10:17 バス駐車場に到着。インドの観光予定はこれで全て完了したのです。

デリーに向けバス移動、昼食:
10:25 デリーに向かって出発。
12:15 沿道のレストランに到着。お腹のことがあり、ナン、ライス、ベジタブル・カレーを少しだけにした。食後の紅茶は小型のステンレス急須入り、何かロンドン滞在中のことを思い出した。ロンドンでは何処でもこのスタイルだったのです。もっともティーパックでしたが・・・。
ここは土産品店を併設でしたが、商品に埃の状態で・・・。念のためトイレに寄った。
13:05 レストラン出発。 昼食レストラン
14:00 バスの中で「マルピー下痢止めS」2錠を服用。この薬の服用間隔は最小4時間とされている。

デリー到着、絨毯の店と紅茶の店:
15:15 高級絨毯の店。
予定にはなかった店ですが、急遽寄ることになりました。時間調整とトイレ休息の意味もあったのです。高級品が多い店でした。が、小物の布製品を購入した人達もいたようでした。
15:30 出発。
15:40 「紅茶の店」に行く。言われていたように本当に狭い店だった。すでに注文伝票通りに商品は袋詰めにされていた。名前を呼ばれるので受け取り、会計を済ませるだけなのです。ワイフはダージリンの高級種を1つだけ買い増していた。この店は米ドルでの決済でした。
ダージリン紅茶 ダージリン紅茶(US$25.00) マサラ・チャイ マサラ・チャイ(US$3.00) カリー カリー(US$3.00)
16:00 体が少しゾクゾクしてきた。アンベール城の見学中に汗をかき、次に冷房の効いたバスで長く過ごしたので、風邪を引いたのでしょう。携帯した風邪薬をのんでおく。もうお腹の調子は完全に平常になっています。こちらは薬が効いたのです。

デリー空港:
16:45 デリー国際空港に到着。インド人の現地ガイドさんは空港ロビーまで案内し、直ぐに帰ってしまった。
乾電池類は予備も電子機器着装分も完全に機内持込み禁止といわれ (要は機内での電子機器の使用は完全禁止) 全ての電池類をスーツケースに入れた。

添乗員さんから搭乗券ではなく航空券が配布された。各自で搭乗手続きとスーツケースの預入れをするのだ。我々はもう眠って帰るつもりなので、「通路側座席」と希望を伝えた。JALのインド人女性2人が画面で探し、比較的前の座席をくれた。機内持込みの手荷物の数も口頭で申請し手荷物用の荷札を貰う。2個だったがワイフの分がないことに気付き、後で添乗員さんにお願いして追加の2個をだしてもらった。
ショルダーバックにいれてあったボイスレコーダーの乾電池をスーツケースに入れるのを忘れた。このままでは出国のX線検査でボイスレコーダーそのものを取り上げられるかも知れないので、電池を外した。空港のインド人女性職員に「電池をゴミ箱に捨てるが、良いか?」と言ったら「どうぞ」とのこと。ところが近くの男性職員が聞いていてサッと手を出し受取った。どうも個人的に使用するような気がした。でも、どっちでも良い事・・・。

17:10 機内持込み手荷物と身体のX線検査。
手荷物の荷札には「持込OK」のスタンプが押された。このスタンプがないと機内に持ち込めないのだ。
17:15 出国手続き完了。
17:30 直ぐ搭乗口の待合所に行き、椅子で休む。もうウィンドウ・ショッピングの元気もなかった。ここで旅行会社のアンケート用紙に回答を記入し封筒に入れた。また、健康状態に関する質問表(黄色い用紙)にも記入した。これは成田空港・入国審査の際に提出するものです。

成田空港、羽田空港で全員が集まることは難しいので、ここで添乗員さんからの挨拶がありました。内心は「どんな旅行になるか」と不安に思っていましたが、お陰様で素晴らしいインドの文化遺産の数々を堪能できましたし、素晴らしいとは言い難いインド社会の一面もチラッと観察できました。
個人的には道中親しくして頂いた数名の人達に簡単に・・・。

帰国便に搭乗、出発:
18:55 搭乗開始。手荷物タグのスタンプの検査がある。
19:05 機種は B777-200、エコノミーでは前方の座席 26B と 26C だった。添乗員さんは2列前の 24C だった。
窓側の空席26Aには出発間際にインド人男性が座った。この人は直ぐに携帯電話で話始めた。気付いたスチュワーデスから注意され、携帯電話をしまったが顔が硬直し手が震えている。インド人のこの表情・姿には見覚えがある。やはり、たぶん罰を怖がるのだ。
19:25 出発。動き始めた。添乗員さんは空いていた 25D に自分で変わった。
19:50 スチュワーデスさんが3人で窮屈な我々を2つ前の座席に移動させ、そこに居たインド人女性1人を我々の席に変えさせた。これでお互いに気楽な旅となる。後で荷物の移動に行くとインド人同士で会話の最中だった。チラッとみると、2人ともインド人としては皮膚の色が薄く顔の骨格も似ており同種族と思うほどだった。街中やホテルで見かけるインド人とはまるで異なるタイプの顔だったのです。
20:25 飲物とおつまみのサービス。リンゴジュースにする。
21:10 夕食。和風にした。炊込み御飯に金糸たまごとあなごが6切れ、ソバ、野菜煮付け、ロールパン、デザート、でした。
21:30 就寝。疲れているので直ぐに眠った。
ここで日付が 9日 になる。
01:25 目覚め。驚いたことに、他の人達は朝食を済ませていた。目覚めにリンゴジュースと暖かいコーヒーをもらった。
02:10 スチュワーデスさんがJALサービスに関するアンケート回答を頼んできた。協力自体は嫌ではないが、「往路でアンケートは回答・提出した」と言って断った。座席交換など良いサービスをしてくれたので、乗務員としては評価するアンケート回答が欲しかったのかも知れなかった・・・。
02:40 成田到着。
インドと日本の時差は +3時間30分。ここから日本標準時となる。
06:10 成田到着。
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