イタリア旅行・ルネッサンス紀行 (2002年3月28日-4月07日)
イタリア旅行(ルネッサンス紀行9日間)
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イタリア旅行記・表紙写真
ローマ:イタリア統一記念堂:ヴィットリアーノ ( VITTORIANO ) 撮影 2002年4月4日

イタリア国旗 ようこそ! 

日本でもよく知られたイタリア歌劇の作曲家にヴェルディがいる。西洋文化について音楽を切り口とした短編随筆集(新刊)にこのヴェルディに関する面白い話が載っていました。以下、要旨のみ御紹介しましょう。

歌劇「椿姫」の作曲家ヴェルディは人気があった。
イタリア各地の公演で、「ヴェルディ万歳 ”VIVA VERDI” 」の歓呼を受けました。
そして、次第に ”VIVA VERDI” は別の意味を持つようになったのです。

ヨハン・シュトラウスの行進曲になったオースリトアのラデッキー将軍は1848年にイタリア諸邦の連合軍を負かしイタリア国内におけるオーストリアの権益を守りました。翌年1849年にサルディニア国王のヴィットリオ・エマヌエル2世は再びラデッキー将軍に挑戦したが、再度の敗北となりました。
しかし、その後の10年間にサルディニアの国力と国民的人気を背景にエマヌエル2世はイタリア統一の大事業に乗り出していたのです。
1859年にサルディニアはオーストリアを負かしてイタリアの失地の一部を取り戻し、1861年までにトスカーナ3国、シチリア、ナポリなどがサルディニアの支配下に入りました。ここでヴィットリオ・エマヌエル2世の下で統一イタリア王国が成立したのです。
その当時、歌劇「仮面舞踏会」が演奏される頃までには「ヴェルディ万歳 ”VIVA VERDI”」の意味が変ったのです。大作曲家、VERDI、の綴りがイタリア国王ヴィットリオ・エマヌエレ( Vittorio Emanuele Re D'Italia )の頭文字に当るとして「イタリア国王・万歳」の意味になり、国家統一(リソルジメント)のスローガンとして使われました。
それが故に作曲家ヴェルディは第1回の国会議員に選出されたそうです。

参考文献
西尾廸郎著 「カラスのカルメン」、文芸社、2003.8.15初版、pp.142-143
1テーマ2ページにまとめ、簡便で読み易く、豊富な話題を扱っているヨーロッパ音楽を主題とする随筆集。 (2003.08.15追記)

今回のイタリア旅行は初めて旅行会社が提供するパックツアーです。フライト&ホテルの海外旅行は実は食事や見学先への移動などで負担が大きかった。それで阪急交通社トラピックスのツアーに申し込んだのです。結果としてイタリアの多くの観光地を少ない負担で十分に楽しめました。
すでに2002年春の旅行、古過ぎる情報も混じっています。最新の旅行情報はインターネットやガイドブック、旅行会社などで入手されてください。しかし、時代では変わらないものも多くあり、イタリア・ツアーの雰囲気はお伝え出来ると思います。
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