[北行庵] HOME旅行記
金沢と能登輪島の旅 3泊4日
(2003年10月6日〜9日)
写真は[ ほっと石川・旅ねっと|http://www.hot-ishikawa.jp/sozai/index.html ]からお借りしました(2012/1/3)。
はじめに
1日目(10月6日):出発、JALで関空に飛び、特急で金沢へ
2日目(10月7日):金沢市内定期観光バス「百万石コース」
3日目(10月8日):能登半島、観光バス「わじま号」
4日目(10月9日):金沢発、特急で関空、JALで帰る
おわりに
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はじめに

旅行は完全な個人プランです。航空券はJMBの12000マイル(オンライン特典)を使用して地元空港と関西空港を往復、ホテルは金沢駅前で便利なホテル日航金沢に3連泊、共にオンライン購入です。関空から金沢まで特急ながら途中で1度乗換えです。「JRおでかけネット」で列車をさがし、往路は「はるか」+「雷鳥47号」、帰路は「サンダーバード14号」+「はるか」と決めました。金沢の観光バスもインターネットなら簡単に調べられます。乗る観光バスを決めて、JRの切符と観光バスの予約・乗車クーポンは旅行社から購入としました。旅行手配は出発一週前でした。以下、簡単な内容紹介です。
1日目: JAL(地元空港⇒関空)/関西空港・JR駅/はるか50号(関空⇒京都)/雷鳥47号(京都⇒金沢)/ホテル日航金沢。
2日目: 金沢市内定期観光バス「百万石コース」(ひがし茶屋街/本多蔵品館/石川県立歴史博物館/金沢スカイホテル(昼食)/安江金箔工芸館/尾山神社)/金沢城公園/兼六園/近江市場/夕食(回転寿司/まいもん寿司)。
3日目: 観光バス「わじま号」(能登有料道路/輪島漆器会館/輪島朝市商店街/輪島塗/門前町・黒島/岩海苔畑/機具岩(はたごいわ/能登二見))/巌門/千里浜なぎさドライブウェー)/長町・武家屋敷/夕食(回転寿司)。
4日目: ホテル日航金沢/サンダーバード14号(金沢⇒新大阪)/はるか23号(新大阪⇒関西空港)/JAL(関空⇒地元空港)。
大阪のワイフの友人が大阪から北陸・金沢への旅行社企画パック旅行ガイドを送ってくれました。いろいろな安価なツアーが満載でしたが、夕刻6時過ぎに関空着では大阪で1泊しなくては利用できません。利用ホテルも金沢駅前ではなかった。全体的な必要経費を計算すると、価格的なメリットは期待ほど大きくはないようです。パック旅行なので当然ながら自由度も低くなり、今回の利用は中止にしました。

旅行手配を出発一週前まで引き伸ばした理由は天候、特に台風を警戒したためです。秋の旅行で台風来襲により東京から先に行けず戻った経験もあるのです。そこまで酷くなくとも旅行には好天気が一番です。北行庵の「サンタスリンク集」から気象衛星写真を毎日呼び出して見ていました。台風16号が列島の東海上を通過した後には台風の発生を思わせる雲は南方にありません。各種天気サイトでも「台風情報なし」でした。その上に、少なくとも雨や嵐にはならないようなのです。この状態で出発を決め、急ぎ必要な予約を済ませました。運良く、結果は満点に近い晴天つづきでした。

今回の短い北陸旅行は、NHK大河ドラマ「利家とまつ」を好んで観たのが理由のひとつでした。実は、若いころ1度だけ行きました。当世流の言い方では「バックパッカー学生版」。大部分はバス利用でしたが、仲間とかなり海岸線を歩き、結局は能登半島半周した記憶があります。当時とは街並みも観光地もその様相と雰囲気を変え、初めて訪ねるのと同じようなものでした。

今回の旅行記は「サラッと単純なフォト紀行」の感じとなりました。金沢は奈良と京都に並び、第二次世界大戦の爆撃を免れ、古き日本の伝統的構造物が数多く残っている一級の観光地の1つです。なかなか書くのが難しい・・・。また、国内旅行は海外旅行と違って当方の心構えも事実上違うのです。「看板と違う」とのご批判は甘受せざるを得ません。でも、所詮は旅行記、お楽しみ頂ければ十分ですし、そのように願っております。

注1: 写真の説明は、お手数ですが、写真の上にポインターを置いて表示してください。
注2: 時刻はデジカメとボイスレコーダの記録です。数分の誤差を含む場合があります。

1日目(10月6日):出発、JALで関空に飛び、特急で金沢へ

出発: 
陸奥湾の上空
津軽半島・下北半島・陸奥湾の上空です。
稲作地帯の上空
稲作地帯の上空、今年の作柄はどうかな〜。
男鹿半島の上空
男鹿半島の上空・八郎潟が微かに見える。
月と雲
月(点)と雲。
久々に大型のボストンバックを出し、3泊分の荷物を詰めたらかなりの重さでした。しかし手に持つ時間も距離もたいしたことは無いので何とかなりそうです。
気にしていた台風は発生していないし、予報では好天気が続きそうです。気持ち良い秋晴れの午後の出発です。 3時過ぎにワイフの車で空港に向かいました。

地元空港から関西空港へ: 
空港内は狭いので相変わらず賑わった感じになっています。まずJALの自動発券機で12000マイル使用による関空までの特典往復航空券を受け取る。ついでながら、特典航空券入手の手続きをオンラインで済ますと日本航空にとってのコストダウンも大きいようで、通常なら15000マイルの特典航空券がオンラインなら12000マイルで入手できるのです。搭乗手続きに違いはなく通常通りに手荷物のボストンバックとスーツケースを預けて搭乗待合室に入りました。
搭乗口は7番だったが、以前からのボーデングブリッジは工事中だった。仮通路を歩き、最近完成したらしい真新しく明るいガラス窓のボーデングブリッジから搭乗となった。B767-300の座席は満席に近かった。例により雑誌を見たりコーヒーを飲んだり、窓から子供のように写真を撮ったりしていたら関空に到着である。

関西空港へ: 
関空に降り立つと、今でも真新しく快適な印象を受ける。 預けた荷物を受け取り、直ぐカートに乗せた。やはり手に下げて持つより楽である。30分以上の余裕があるので急げば夕食も可能だったが、2Fのホールウェーを直進してエアロプラザに行った。JRとか南海電鉄の駅の上で、ホテルとか商店・飲食店がある。我々は関空のこの建物は初めてだった。デパートの出店や土産ショップを見歩いたが、夕方6時40分ころの時間帯が悪かったのか客の姿が極端に少なく淋しく思われた。早々に切り上げ、JRのホームでゆっくりすることにした。

関空JR駅へ: 
JRの改札口もその入り口近くにある。カートも改札口は通れるがエレベータの手前から進入禁止となっている。カートは置き場が定められていた。そこに放置して荷物を手に持って地下のホームまでエレベータで降りた。少し早すぎ、出発直前の「はるか48号京都行き」がホームにいた。指定席には客が乗っているが、自由席はガラガラの状態だった。遠方からの旅行客は指定席を手配せざるを得ないので、よくある現象でしょう。この電車は直ぐに出発となった。
この「はるか」という特急電車は車内販売がないという。関空駅で夕食の駅弁と飲み物は用意する必要があった。ワイフがエレベータで改札口フロアーのキオスクに走った。が、弁当類は置いていない。ホームのキオスクで買うように言われ、物陰で気付かなかったホームの売店に行き、吉野・奈良の老舗でこの地方では知られているらしい平宗の「柿の葉ずし(\800)」と飲み物を買ってきた。
我々の乗る電車が4番ホームに入り、少し遅れて大阪方面への各駅停車の電車も3番ホームに到着した。少しの間だけホームが賑わい、そして又静かになった。

はるか50号で京都へ: 
はるか50号米原行き
関西空港JR駅・はるか50号米原行き
はるか50号、指定席客室
はるか50号米原行き指定席客室
" 柿の葉ずし
夕食の平宗「柿の葉ずし」
特急電車「はるか」で関空から天王寺、新今宮、大阪、新大阪、京都に行ける。我々は2号車の4番の席だった。「はるか50号米原行き」は19時18分関空発、20時32分京都着となっている。「JRお出かけナビ」では特急「雷鳥」に京都で乗り換えと出ていた。なぜ大阪とか新大阪の乗換えでないのか不審だったが、京都なら同じホームでの乗換えで楽なためと思われた。
電車が動き出したので直ぐ遅い夕食にした。平宗の「柿の葉ずし」はしめ鯖とシャリを塩漬けされた柿の葉で巻いた物だった。大昔は保存食だったが、今日の「柿の葉ずし」は保存は利かず数日の内に賞味する必要があるようです。また、鯖だけではなく鮭も使用されてる。他に柴漬けの海苔巻などでした。駅で買ったものとはいえ、十分に美味しい寿司でした。この寿司に限らず、駅弁の類も随分と進歩したと思います。
真新しい車両のことで、京都までの1時間14分の移動は快適でした。定刻に到着です。

雷鳥47号で京都から金沢へ: 
同じホームの乗換えですから、指定車両の乗り場まで移動して特急を待ちました。ホームに入ってきた電車は30〜40年前に登場したタイプの「時代もの」でした。ガイドブック類にも金沢に行くなら「サンダーバードが新しい」と強調した感じですが、もっともです。しかし車内販売が回ってきますので人によっては寛げるかもしれません。京都20時37分発、金沢23時2分の定刻発着でした。途中、21時20分ころに「電流の切り替え」が行われました。忘れていましたが、50サイクルと60サイクルの違いが有りましたね。我々には珍しい時間帯の移動ですが、関空から3時間44分の列車の旅もボンヤリしている間に金沢に着いてしまったようなものです。

金沢JALホテルに到着: 
11時を過ぎると夜も遅く、人通りは殆どありません。工事中の東口から外に出て、全日空ホテルの前を通り、通りを横切ってホテル日航金沢に着きました。金沢一の高層ホテルと言われますが、今日は感じがつかめません。ホテルの人が19階の部屋に案内してくれました。特に高い階ではありませんが、セミダブル2つにラブチェアー、広々としてスツールもある洗面所、その奥のバスルーム。広くて素晴らしく快適で3日間を過ごすには十分な部屋でした。
実は幾つかのオンライン・ホテルサーチで比較したのですが、「旅の窓口」には我々と同じレートで朝食付きのプランがあったのです。しかし、あまりにも早く旅行プランを確定すると台風など秋の天候でつまらない結果になるかも知れないのです。それで南方の衛星写真を毎日見ながら、出発希望日の一週間前まで予約を延ばしていました。その間に、残念ながら朝食付きプランは売切れてしまいました。ホテル側としてはその分だけ良い部屋を割り当ててくれたのかも知れません。

2日目(10月7日):金沢市内定期観光バス「百万石コース」

部屋の窓から: 
展望・ホテル日航金沢
展望・ホテル日航金沢19階から
19階はこのホテルでは高い階ではありません。しかし西向きながら展望はそれなりに良いものでした。建設中の建物は駅舎かその付属の建物のようです。その後ろの平らな屋上の建物が金沢駅、その後ろが駅の西口です。観光バスの乗り場は反対側というか手前の東口でした。
ホテルは歓迎しないでしょうが、持参のインスタントコーヒーとパン少々の朝食を部屋で済ませました。いつもの量です。最近の傾向として普通の食事なら体重が直ぐ増加し手に負えなくなる。止むを得ません。

金沢市内定期観光バス「百万石コース」: 
観光バス2種
金沢駅東口・北陸バス0番乗場(観光バス乗場)
旅行社で予約・支払い済み(\5400)でしたが、駅東口の北陸交通にクーポンを渡し座席指定乗車券を受け取りました。写真左の2階建てバスの前から2番目の席でした。
「百万石コース」の観光先は、(0) 東口0番乗場出発(9:30)、(1) ひがし茶屋街、(2)本多蔵品館 、(3)歴史博物館 、(4)金沢スカイホテル(昼食) 、(5) 安江金箔工芸館、(6) 尾山神社、(7) 兼六園、(8) 東口0番乗場で解散(16:10)。 金沢は人口が約45万人の都会で極端に広くは無いので自分で見歩くことも可能です。その場合、写真のレトロな観光用の巡回バス(15分間隔/200円)も便利と言われます。
観光バスの利用は旅行の初級などと言う御仁もいますが、旅の初級者も上級者も、そして達人であろうと、限られた時間内に観光先を簡単に回れることは間違いありません。

ひがし茶屋街: 
ひがし茶屋街
ひがし茶屋街のメーンストリート
金沢には茶屋街が3ケ所あるという。浅野川の東にこの東茶屋街、犀川の西に西茶屋街、浅野川西側に主計町(カズエまち)である。昔は色々と華やかで大いなる散財の場所だったのであろう。
初めに東茶屋街を訪ねた。私には、明るい日差しにもかかわらず、瓦や壁板や格子の色が限りなく暗い印象を与えた。そして日本の伝統社会の遊びや取引などがこのような場所で行われたとも言われ、それに伴う想像上の排他性を感じてしまうのだ。もちろん、今日では歴史上のこと・・・。
まぶしい太陽の下で黄色い帽子の子供たちが大勢で写生をしていた。格子戸が日本の古き街並みを良く現しているので、戸外授業であろう。
ひがし茶屋街(1)
土産屋:格子の中は明るい
ひがし茶屋街(2)
料亭入り口
ひがし茶屋街(3)
公開は2ヶ所という。その1つ

本多蔵品館: 
本多蔵品館
本多蔵品館・日の丸扇
本多家(徳川家康の重臣・本多正信の次男・政重に始まる)は前田家の筆頭家老の要職を勤め5万石を拝領していた家柄であった。当館のパンフレットによると、禄高5万石というのは大変なもので、全国280余の大名の2/3は5万石以下の禄高だったのです。
この蔵品館は本多家が代々秘蔵した武具・美術工芸品・古文書など一千点を保存している。藩政時代の文化・歴史を知る上で貴重な資料が多いといわれます。

石川県立歴史博物館: 
石川県立歴史博物館
歴史博物館の入口への道
1990年に重要文化財に指定された3棟の赤レンガの建物は明治末期から大正初期に旧陸軍兵器庫として建てられ、戦後は金沢美術工芸大学として使用されました。1981年に歴史博物館として再利用することが決定され、3棟は建設当時の外観が忠実に復元されたそうです。建物自体が歴史的なものなのです。内部は博物館として適切な構造に変更され、石川県の歴史・文化にかかわる貴重な資料が豊富に展示されています。
石川県立歴史博物館(1)
館内の展示
石川県立歴史博物館(2)
ヒポクラテス画像
石川県立歴史博物館(3)
中庭と博物館の建物

金沢スカイホテル(昼食): 
駅前方面の展望
金沢スカイホテルから駅前方面の展望
観光バスは近江市場近くの金沢スカイホテルに案内した。高層ホテルの上部16階にある和式レストランで昼食となりました。写真にあるように、梅の家紋のように料理が配置されていた。金沢の郷土料理「治部煮(ジブニ)」も付いている。かならず金沢麩を用い、春は鶏、秋は野鳥、冬は鴨を材料に季節の野菜で作るそうです。予算内で出来るだけ金沢を味合うようにしているのでしょう。ガイドさんの説明では、浅野川で捕れるゴリの料理が有名で、ゴリ料理のフルコースは1万円以上とか・・・。また、土産品としてゴリの佃煮も知られているそうです。
中心部の高層ホテルだけに展望も良いものでした。
食後は裏通りから表通りを散歩し、途中のスターバックスでコーヒーを楽しみました。
加賀料理の昼食
加賀料理の昼食
金沢の展望/林坊
金沢のメーンストリート香林坊
金沢の展望/長いアーケード
長いアーケード

安江金箔工芸館: 
金箔工芸館
金箔工芸館:金箔作りデモンストレーション
金箔は各種の工芸品で使用されますが、金沢が金箔の全国生産量の100%になるのです。これは前田利家公が金箔製造を薦めたり、幕府が金箔製造禁止した時も金沢では金箔製造を密かに続けた、という伝統があるためでしょう。
安江金箔工芸館は今でこそ金沢市立博物館ですが、元々は金箔職人だった安江氏が私財を投じて収集した美術工芸品や金箔製造道具を一般公開する工芸館を設立したのが始まりでした。私立博物館として軌道に乗り始めた後に財団法人となり、その後に博物館法による美術館施設として認定され、安江氏の米寿に金沢市に全てが寄贈されました。 金箔製造は素朴な職人作業の連続ですが、金を0.1〜0.2ミクロンの薄さに延ばす工程がビデオで良く分かります。

尾山神社: 
尾山神社・神門
洋風正門
尾山神社・裏門
裏門
尾山神社・前田利家の像
前田利家公
尾山神社・お松の像
お松の方
前田利家公とお松の方を祭った神社。神社であるからには鳥居があり、その後ろは階段になっている。本殿は特に変わっているとも思えなかったが、境内入り口の三層の神門は和・漢・洋が融合した(和洋の融合ともいう)珍しいもので、廃藩後の明治8年(1875年)に建設されたそうである。国の重要文化財に指定されている。上部には色彩豊かなギヤマン(ガラス/ステンドグラス)が使用されている。かつてはこの明かりが港を出入りする船の灯台の役割を果たしていたとか・・・。
境内東側の裏門は元は金沢城二の丸の門を移設したものと言われます。

平成14年のNHK大河ドラマ「利家とまつ」は前田利家役を唐沢寿明、まつ役を松嶋菜々子が演じました。まだ強い印象が残っています。尾山神社本殿右側にある利家公とお松の方の像はテレビドラマの印象とはもちろんズレがあるのですが、こちらが本物・・・。 しかし、どうしても前田利家とまつの夫婦愛を軸に描く「戦国ホームドラマ」を思い出してしまいました。

観光バスと別れ自由行動: 
観光バスのガイドさんは兼六園に案内した。園内は自由散策だし、その後は集合してバスで駅前に帰るだけなのです。我々はここで皆さんと別れ、自由行動とした。ガイドさんは城址公園は早く閉まるので兼六園の先に観るようにアドバイスしてくれた。15時ごろ桂坂口から城址公園に向かった。

金沢城公園: 
金沢城公園(1)
内堀:右手の石垣の上は二の丸・堀の先は菱櫓
金沢城は前田利家公に始まる前田家14代の居城であった。今は公園として開放されている。
兼六公園桂坂近くの橋を渡り、石川門から公園内に入った。石川門の内側の右手に太い角材に支えられたような珍しい形の白壁の塀がある。その前に荀子の「学は以て已むべからず」の碑があった。耳が痛い言葉である。三の丸を左に行き、橋爪橋から二の丸に入った。五十間長屋を見る前に、本丸園(蛇もいる藪園)に向かい、発掘調査中の三十間長屋前から乾櫓跡の小高い場所に上った。気持ち良い展望ができる。太陽の光で白く輝く五十間長屋や菱櫓などの建物は美しいとも真新しく古城にそぐわないとも表現ができるように思えた。別の道を下り、二の丸を一回りして石川門に戻った。30分程度の散歩だった。
金沢城公園(2)本丸・乾櫓跡
金沢城公園(2)本丸・乾櫓跡
橋爪橋・橋爪門続櫓・五十間長屋
橋爪橋・橋爪門続櫓・五十間長屋
三の丸・五十間長屋・菱櫓
三の丸・五十間長屋・菱櫓

兼六園: 
内橋亭・霞が池・ことじ灯篭
内橋亭・霞が池・ことじ灯篭
かつては金沢城の庭園だった。五代藩主が造営した蓮池庭が兼六園の始まりとされる。兼六園と名付けられたのは1822年で、宏大・幽すい・人力・蒼古・水泉・展望の六勝を表しているのだそうです。水戸の偕楽園、岡山の後楽園と並びよく知られていますので、説明など難しくて出来ません。庭園として観るべき所は数多くあり、日本最古の噴水は歴史的価値も高いと思われます。趣味として庭の松の手入れを自分でする私としては(雑な手入れですが・・・)、庭園の整った松ノ木に唯々感心するのみ。
噴水近くの茶屋で「あんころ餅」で一休み。それから庭園を散策したのです。地元のご老人に曲水や山崎山の説明をしてもらったり・・・。天下の名園を堪能し桂坂口からタクシーで近江市場に向かいました。
兼六園(2)山崎山
山崎山(9m)の頂上「自然楽」
兼六園(3)敷いた葦
敷いた葦は松根の保護のため
兼六園(4)霞が池と唐崎松
霞が池と対岸の唐崎松(手入中)

近江市場: 
近江市場
近江市場の中央部、鮮魚通りと仲通りの交差点付近
広さ8000坪の敷地に7本の道、そこに170軒の鮮魚・青果・乾物の店が並んでいる。金沢の各所にあった市場を1か所に集めて近江町市場が開かれたのは、今から280年も前のこととか。以来、「加賀百万石」の台所として庶民に利用され続けてきた歴史ある市場なのだ。地場のズワイ(山陰の松葉蟹、北陸の越前蟹)は、よそのとは味が違って微かに甘いそうです。このカニも、加賀藩に献上されるなどしてきたのです。今風の分類では「ブランド品」。しかし最近は北海道産のオオクリガニなどの入荷も多くなったといわれる。確かに「おや、毛蟹がある!」と幾つもの鮮魚店で見かけました。クリガニかも知れませんが・・・。

ホテルの部屋で休息: 
近江市場では何も買い物はしなかった。香林坊・百万石通りに戻り、駅前までバスに乗りました。ホテル・ロビー横のコンフェクショナリーでパン数種類を買い求め、5時35分に自室に一旦帰りました。窓の外は見事な夕焼けでした。一日中外だったし、自由行動となってから随分と歩いたので一休みです。コーヒーを甘くして飲んだらホッとしました。18時丁度まで寛ぎ、デジカメだけ持って部屋をでました。

夕食は回転寿司(金沢まいもん寿司): 
金沢は「回転寿司コンベアー製造」の中心と言います。だから金沢の回転寿司が美味いとは言えない。それでも北陸は新鮮な魚介類でも知られている土地柄です。寿司も美味しいはず、1度は回転寿司に行く予定でした。インターネットで調べて4〜5軒の名前はメモしてきたが場所も評判も分からない。結局はホテル日航のフロントに訊ねました。タクシーで10分くらいの「金沢まいもん寿司」を薦め、電話予約をしてくれました。

国道8号線にある寿司屋に着いたのは6時25分ころ、席はチラホラ空いていました。が、ホテル日航の名前を出したら丁寧な案内があった。例によって各種の寿司が回っています。ここは寿司ネタの種類が多いようでした。ネタは新鮮な味でしたが、特別に大きいとか厚い印象はなく大きめといったところでしょうか。回転台のものも食べましたが、多くは注文して握ってもらった。その方が美味しいのです。中でも「のど黒」と「がす海老」が珍しく旨かった。旬の白魚の軍艦巻きも良かったですね。

「のど黒」はどんな魚か見当がつかなかった。金沢まいもん寿司のホームページに接続したら、やはり知らない人が多いようで特にその説明だけがありました。まいもん寿司の説明文をそのままお借りします。「一般名は赤むつといい、のど黒は北陸の地方名です。ハタの仲間で、白身にほど良く脂が乗っていて、それが甘みになっています。鮮度落ちが早い為、寿司ネタとして使いづらい魚でした。」 値段から判断すると、「生うに」と並ぶ高級なネタでした。
「がす海老」というのも知らなかった。甘えびより一回りくらい大きく、車海老のようなグレーがかった色、北陸でしか採れない海老という。刺身、寿司ネタとしても高級で、甘海老の数倍も濃厚な良い出汁が出るから汁物にしても旨いそうである。「甘海老をマグロにたとえると、さしずめガス海老はヒラメの美味しさ」という表現にも出会いました。残念ながら漁獲量が少なく北陸のみで賞味できる高級海老の一種です。
金沢で北陸の「のど黒」と「がす海老」を堪能したのは正解だったようです。

回転寿司は庶民的な値段で食べたいだけ注文しても支払いは限られています。見知らぬ土地では安心なのです。我々が店を出るときには、満席で待ち行列が出来ていました。やはり地元での評判が良い回転寿司のようでした。ここは流しタクシーの来ない場所で店で呼んでもらったら、タクシーの走行料金に200円が加算されました。
細かい計算をすると、往復のタクシー代2790円、寿司4760円、合計7550円でした。あちこちの料理屋などの看板を昼に見ていましたが、金沢料理とか和定食などの夕食は最低で4〜5千円はするようです。庶民の食事処を利用するほうが気軽でお安く済んでしまいます。趣味の違う方は、観光ガイドブックに高級な料理屋が沢山リストされているのでそちらを参考にしてください。

金沢観光1日目の終わり: 

シャワーで汗を流したら、疲れによる猛烈な睡魔に襲われ、9時過ぎには眠ってしまいました。

3日目(10月8日):能登半島、観光バス「わじま号」

疲労は自覚以上だったようで朝6時まで良く眠った。 昨日とおなじくコーヒーとパン少々の朝食を済ませる。 部屋のドアーの外側ノブにはビニールケースに入った朝刊が吊り下げられていた。ホテル日航は地元新聞の朝刊と夕刊を届けてくれる。 今日は輪島まで能登半島バスドライブです。早めにホテルを出ることになる。絶好の観光日和でした。

観光バス「わじま号」: 
金沢駅前の風景
バス0番乗場から金沢駅前の風景
昨日と同じく金沢駅東口側の北陸バス窓口に行き、旅行社のクーポン券で座席指定乗車券(\7200)を受け取った。
8時10分東口出発で15時30分西口帰着、観光先は輪島漆器会館・輪島朝市・巌門(昼食)・千里浜なぎさドライブウェー走行の予定です。
観光バスとは言え、乗合バスの料金箱が運転席横にあり、ガイド嬢も乗らず、テープの説明に加えてドライバーが素朴な説明を時折するのです。地方には時折あるタイプの観光バスなのです。

金沢から輪島まで: 
「わじま号」は定刻8時10分に出発、今日の乗客は14〜15名程度でした。しばし金沢市街を走り、8時30分頃に能登有料道路に入った。七尾湾北部の穴水町までこの高速道路で行くのです。当初は片側2車線でも大部分は片側1車線で時折の追い越し車線が設けられた古い高速道路です。千里浜の近くを通るのですが、多くの黒松はヒョロッと伸び風のために陸側に傾いています。この辺りは元来は鳥取砂丘に次ぐ規模の砂丘という説明でした。9時5分にトイレ休息の停車です。

七尾へのJCTを越えて暫くすると高速道路からも七尾湾の海がチラチラと遠望できます。条件が良いと和倉温泉街も見えるとか、今日は見えません。穴水近くでは、高速道路の先の山に今年夏に開業したばかりの能登空港が見えました。木々に囲まれた山の上の飛行場も珍しいでしょう。東京・羽田から約1時間、日に2便があるそうです。
9時35分ころに有料道路は終わり、左折して輪島への一般国道を行きます。途中、輪島漆器に使われる「あすなろ」という香りの良い木を植えた場所も通りました。「あすなろ」はかなり昔に東北地方から能登に持ち込まれたそうです。

バスは10時ごろに真新しい輪島フラットホーム(旧輪島駅)のバス・ターミナルに寄った。ここからの乗客の有無を確かめ、残念そうな顔で「誰も乗りません。」
フラットホームから街を少し行ったら輪島漆器会館に到着です。観光バスのことで漆器会館2階の漆器資料館の入場券が付いている。必ず漆器資料館に行き記念品を受け取るようにいわれた。そして各自の自由行動となりました。

輪島にて: 
朝市への道(1)
朝市への道(1) 左は河原田川
朝市への道(2)
朝市への道(2) 和洋家屋の混在
10時5分ごろ漆器資料館に入場。その時、記念の袋入り輪島塗の箸が渡された。1階売店では700〜1000円でしょうか。まず資料館をザッと一回り。そして朝市に向かった。写真のような通りを5分くらい歩くと朝市通りですが、途中にもポツポツ店は出ています。
朝市通り
朝市通り(1) 写真よりは賑わっている
朝市通り
朝市通り(2) 4・9の日は出店多し。
朝市商店街は両側の商店の間に露店が200位ある観光商店街、とれたての鮮魚類、野菜類、漬物、菓子、観光土産、その他いろいろなものを売っている。多くは近くの主婦が自分の家で獲った物や作った物を並べて売る店なのだ。観光客が多く客慣れもあろうが、何となく素人らしさが残っている。ワイフが糠漬け数種を自宅発送したら、「親戚が○○町(同じ地方)にいる」と値引きしてくれました。
小型の盆
輪島塗の小型の盆
朝市の後は漆器会館に戻って1階の販売店を見歩きました。この売店は輪島漆器組合の会員(約100名)が展示即売をしているのです。箸など小物を記念とか土産として買い求めました。これで輪島とお別れです。

輪島塗: 
最高級の実用漆器が輪島塗と知っていても、それ以上のことは分かりません。専門家の記述を読むのが良いでしょう。検索エンジンで簡単に情報は入手できます。
輪島塗最大の特徴は非常に硬くてはげにくい仕上がりといわれます。これは、輪島地の粉 〔じのこ/輪島市内で産する珪藻土の一種を蒸し焼きにし粉砕した粉末〕 と米糊をまぜた漆を地漆(じうるし)と呼び、この下地漆を使うことによって輪島塗りの耐久性が可能となるのだそうです。

輪島から巌門まで: 
11時25分に漆器会館の駐車場を出発、巌門に向かいました。以下、三枚の写真はバスの中からの撮影です。
門前町・黒島
門前町・黒島・廻船問屋
門前町・黒島:  曹洞宗の総持寺が1321年に作られ、その門前町として栄えた。明治31年(1898年)に大火で境内が焼失し、横浜市鶴見に移転し再建された。この地には曹洞宗大本山總持寺祖院と古の町名が残ったのです。
実は、この門前町はワイフの御先祖様の地になります。
門前町の海岸に黒島という地域がある。幕府直轄地(天領)で近世から明治中期に活躍した北前船の寄港地として栄え、今も往時の廻船問屋「黒島・角海家」の木造の建物が残っている。
岩海苔畑
岩海苔畑
岩海苔畑:  水平線近くの水面に白く横長の部分がありますが、平らなコンクリートです。この海岸では至る所にありますが、岩海苔が育ち採取する場所で、地元では「岩海苔畑」と呼ぶそうです。
機具岩
機具岩(はたごいわ)
機具岩:  しめ縄で結ばれた夫婦岩、能登二見とも呼ばれる大小2つの岩が機具岩です。この機具岩には伝説があり、「昔、能登に繊維を広めていた女神が山賊に襲われたとき、背負っていた織機を海中に投げたところ、この岩に変わった。」
夕焼けに観る機具岩は格別に美しいといわれる。それ故、インターネット上には綺麗な夕焼けの写真を掲載したサイトが幾つもあるので、探して御覧になったらいかがでしょう。

巌門(昼食と散策): 
巌門と遊覧船
巌門と遊覧船
12時30分にホテル巌門の駐車場に到着です。近くの眺めの良い展望台に案内され、幾つもの侵食洞窟がある猪の鼻と青い海を背景に記念撮影となりました。晴天下の海の色は例えようのない見事なブルーでした。
その後はレストラン巌門で写真にある昼食です。特筆する味というより常識的なもの、もちろん空腹は収まりました。レストランからの眺めは抜群です。
海辺に下りると遊覧船に乗れ、奇岩・絶壁・侵食洞窟などの海上遊覧を20分間でするそうです。
我々は散策路を歩き、貫透洞門に下る洞窟の入り口に行きました。ワイフはそこの土産屋で待つことになり、一人で洞窟の道を下ったのです。この遊歩道のある洞窟は水面近くの低いところは広くなっている。その先に行くと貫透洞門を通して広々した日本海の断片が見えるのです。丁度、遊覧船が貫透洞門に近づいてきました。通過はできないので、近くで見せてバックします。ついでながら、洞門のサイズは幅6m、高さ15m、奥行き60mです。
来た道を戻ってワイフと合流し、バスの出発時刻まで遊歩道の散歩を続けました。
13時40分に巌門を後にして千里浜に向かいました。
遊覧船と猪の鼻(岬)
展望台から遊覧船と猪の鼻(岬)
貫透洞門
洞窟の階段を下ると巌門の貫透洞門
昼食(レストラン巌門)
昼食(レストラン巌門)

千里浜なぎさドライブウェー: 
14時15分に「なぎさドライブウェー」の入り口に到着です。ここには土産屋があり、20分の休憩です。海岸の波打ち際まで行ってみました。千里浜の乾燥した砂は「砂」ではなく「粉」に思えるほど細かなものでした。海の近くでは水分を含み土のように固くなっています。これなら車が走れると納得しました。千里浜は字の如く長い海岸線ですが、「なぎさドライブウェー」はその極く一部の8kmです。14時35分に出発、バスはゆっくりと砂上のドライブウェーに移動しました。
なぎさドライブウェー
なぎさドライブウェーは自然に左側通行です。
千里浜
入口の北側。車両禁止。
バスが渚と平行に走り始めると広い道路の感じです。しかし、センターラインもスピード制限のマークも、つまり道路交通法に関係する標識は全くありません。無免許運転OK、スピード自由?確かに通常の感覚では自由な通行が許されるようにも思えます。ただし、皆さん、おとなしい慎重な運転をしていました。(注:夏は中央分離のロープが張られる。)
今日は風もなく小波しかないのですが何やら砂浜に打ち上げられています。グニャーとした塊が渚に沿って点々と結構あるのです。これは体長1〜1.5m、体重100kg にもなる巨大クラゲが打ち上げられたもの。東シナ海で生まれ、対馬海流に乗って成長しながら北上してくるクラゲで、昨年に続き今年も大量発生しているようです。定置網に1000匹以上入るケースもあると報道されていました(北国新聞 2003/10/9 )。
10分前後の走行で出口に到着です。左折して通常道路を走ると直ぐに能登有料道路の入口でした。金沢市までノンストップ走行で帰ります。

金沢駅の西口到着、観光バスは終り: 
予定どおりに、15時30分に金沢駅西口に到着しました。直ぐ解散ですから、駅を通り抜け、手荷物を置くためにホテル日航の部屋に向かいました。金沢駅は西口・東口の通路が広く改札口などJR施設のほか両側に幾つものタウンがあり、レストランや商店が集積されています。新しく気持ちの良い便利なタウンと見受けました。

ホテル日航の自室で休息: 
実は西茶屋街にある妙立寺(忍者寺)を観たかったのですが、予約が必要な上に4時30分に閉めるのです。ガイド付きで40分の見学ですから、電話して駆けつけても無理がありそうで中止にしました。ホテルで休息してから、長町の武家屋敷に行くことにしました。16時頃、カメラだけ持って出かけました。

長町の武家屋敷を散策: 
駅東口バス乗場から香林坊まで10分くらいです。左手の尾山神社を通り過ぎてから地元の大和デパート前で下車、向かい側の日本銀行と金沢エクセル東急ホテルの間の坂道を下ります。せせらぎ通り(鞍月用水路)で突き当たりです。右折で直ぐに武家屋敷の小路に入れますが、我々はここで左折して直ぐ右折、大野庄用水まで行きました。用水路には「一の橋」、この小さな新しい木の橋を渡り右折、用水路に沿って歩くと「長町」と彫った御影石の小柱がある。さらに歩くと「二の橋」があり、この橋から右手の小路の両側に武家屋敷が並んでいるのです。我々はせせらぎ通り(鞍月用水路)近くまでこの小路を往復しました。「二の橋」から武家屋敷野村家に向かいましたが、この辺りには数件の喫茶店と土産屋があります。その1つ「わらじ屋」で金沢の菓子折りを買いました。16時50分頃に他の土産屋の前を通りましたが、この時期は5時に閉めるようで看板類を片付けはじめていた。野村家の建物を道路から眺め、そこから普通の小路をせせらぎ通り(鞍月用水路)まで行きました。
大野庄用水
長町・武家屋敷
← 大野庄用水
一の橋と二の橋の間
武家屋敷跡野村家 →
中級武士の屋敷の町でした
武家屋敷跡
武家屋敷の小路
柿
← 土塀の上の柿が色付く
土塀を突き抜けた松の木 →
松の木

せせらぎ通り散策: 
道路の片側に鞍月用水路がある。この用水路沿いの建物は商店や食べ物屋で道との間に橋が架かっている。その光景が一種独特だった。
歩道を北に歩き、「一秀庵」なる人形の店を見に行った。閉店時間を僅かに過ぎていたので、古びた質素な店は閉まっていた。歩道をブラブラと戻り、香林坊の百万石通りまで歩きました。
せせらぎ通り
鞍月用水路
せせらぎ通り
川の流れる街

香林坊の大和デパート: 
香林坊
金沢一の商店街、香林坊
人口45万人の金沢のデパートはどんなであろう?散策の後のことで汗臭く少々気後れもあったが、中を少し見歩くことにした。1階に大きく化粧品売り場があるのは普通、しかし、とても広いルイヴィトンがあった。品揃えも東京のデパートと比べても遜色ないとも思われた。その隣にはエルメスもある。地方では見たことが無い(と思う)小型の皮の鞍も飾ってあった。やはり格の高い規模の大きいデパートであることは確かなようでした。
我々は何時も食事に困ります。今日はデパ地下で加賀弁当でも買って済ませることになりました。地下の食品売り場を一回りしましたが、普通の弁当しか置いていません。これでは面白くないので買わずに出ました。17時30分でした。

夕食: 
良い料理屋に行くのなら観光先の散歩もほどほどにしなくては難しい。特に汗かきの私は着替えなくては気持ちが落ち着きません。諦めて駅まで戻りました。西口からタクシーに乗り、「XX寿司」という回転寿司にいきました。インターネットで調べてあったところです(実は2年前の評価情報)。昨日のまいもん寿司とは正反対で、もう終わった感じのところでした。客がいない。回転台には卵くらいしか乗っていない。淋しい限りでした。でも注文で握ってもらったものは結構いける味でした。空腹を収めるには十分以上といったところです。タクシーでホテルに戻りました。

時は18時30分、もうゆっくりとしたい気分でいっぱいでした。ホテルのコンフェクショナリーで買った甘いパンとコーヒーの遅いデザートで寛ぎました・・・。
今晩も昨夜と同じく早い時間の9時過ぎには眠ってしまいました。

4日目(10月9日):金沢発、特急で関空、JALで帰る

目覚め: 
何時に目覚めようと何時間眠ろうと当人以外の人には関係がない。それで誰も書かない。ただ、ホームページを始めてから今まで、どういうわけか・・・、熟睡時間の極端に短い睡眠不足の日々でした。ところが金沢では夜9時から朝6時まで約9時間の熟睡だったのです。海外から帰国した時の時差調整を除くと、何年ぶりかの珍しい睡眠状態が2晩も続きました。適度の疲労と快適な部屋のためと思われます。十分な睡眠で気分爽快な朝でした。
昨日ホテルのコンフェクショナリーで買っておいたパンとコーヒーの朝食です。これを済ませてから最終パッキングを片付けました。海外旅行と違い簡単なものです。

ホテル日航金沢: 
3泊4日過ごしたホテル日航金沢は広く快適な部屋を割り当ててくれました。4日間連続の好天気に加えて、お蔭様で良い金沢滞在となりました。8時30分ころチェックアウトしたら、ホテルレート割引スケジュールと割引券をくれました。
ホテル日航金沢(1)
部屋(1)
ホテル日航金沢(2)
部屋(2)
ホテル日航金沢(3)
部屋(3)

特急「サンダーバード14号」: 
ホテルを後にして金沢駅のホームで特急を待ちました。和倉温泉始発の特急「サンダーバード14号」は新しい車両、往路で利用した特急「雷鳥」よりは随分と快適でした。9時1分金沢発・11時28分新大阪着です。指定席車両にはダークスーツ姿のサラリーマンが数多く乗車していたので驚きましたね。書類に目を通したり仕事をする姿もチラホラです。今日は木曜日、和倉温泉で遊んで京都や大阪に帰るにしては妙な雰囲気でした。車窓の風景を眺めているだけで時間は直ぐに過ぎ、特急は予定通り新大阪に到着です。

特急「はるか23号」: 
新大阪での乗換え時間は18分あり、余裕たっぷり。韓国系の人達が多い大阪のためか、駅の各種案内にハングル文字でも表記されているのが珍しく感じられた。
関空行き「はるか23号」は11時46分発・12時31分着の予定です。大阪の街並みと郊外の住宅地を走り、家並みが疎になり始めると関空への連絡橋は直ぐでした。

関西空港から地元空港へ飛び、帰宅: 
JALの搭乗時刻までは1時間程度ありました。搭乗手続きを済ませて身軽になり、「天ざる」の昼食です。蕎麦の方はマァマァでしたが、パリッとして美味しい天ぷらでした。ワイフが土産を少々買い求め、搭乗口に行きました。
飛行機の座席は通路側、ウトウトしている間に着陸です。
団体とかパックツアーらしき客で地元の空港は混雑していました。激安パック旅行が沢山あるのでしょう。駐車場に放置したワイフの車は外に4日間も置いていたようには思えない状態でした。当地も雨が降らず好天気続きだったようです。
旅行では何時ものことながら、旅行の前後で体重が約3kgも増加しました。減量が大変です。

おわりに

当初の旅行記には項目「おわりに」はなかった。2011年5月4日にブラウザ対策が完了、その機会に追加しました。
以前の旅行記は、左カラムにメニューで右に旅行記本文、という表示でした。日毎に1ページの構成だった旅行記を全て1ページにまとめ、プログラム上の問題を修正し、基本的に各種のブラウザで何とか表示の乱れが最小になるようなページ作りにしました。1ページの容量は6万バイト弱でして、一寸した画像1枚分ていどです。現在のPCとITの能力からは大ファイルとは云えません。ダウンロードもそれ程に重くないと考えます。

旅行記のプログラムを改善しながら文章を読んだのですが、私達は金沢と能登半島の旅行をとても楽しんだという印象を再確認しました。旅行中の様々な思い出が目に浮かび、懐かしく感じたことが多いのです。例えどんな旅行記であれ、書き残しておくといろいろ後日も楽しめるものです・・・。
残念なことに、当旅行で撮影した原画を保存していたHDDにトラブルが発生し写真ファイルが使用できなくなりました。CDやDVDも探しましたが、どういう訳かこの旅行の写真は焼忘れです。この理由により、ページ最上部には自分の撮影写真ではなく、
[ ほっと石川・旅ねっと|http://www.hot-ishikawa.jp/sozai/index.html ]
からお借りした写真を使用しています。悪しからずご了解ください。

当初の旅行記には石川県と金沢市に関するリンク集が設置されていました。リンク切れが多かったのでリンク集は削除しました。
2011年現在では、検索エンジンやブラウザが進歩しています。ご覧の旅行記の調べたい単語や字句を反転表示させ、マウスの右クリックで表示されるドロップダウン・メニューから「○○で検索」といった意味の項目をクリック、これで検索ボックスにキーワードを入力せずに検索結果が別タグにて表示されます。実に簡単にご自分でオンライン調査をしながら旅行記を読むことが可能です。

最後に、北行庵の旅行記「金沢と能登輪島の旅」をお訪ねくださり、感謝いたします。お楽しみ頂けたり、お役立ち情報を発見されたら、幸甚に存じます。よろしければ、当サイトの他の旅行記もどうぞ御覧ください。
◇◆◇
デスクトップ壁紙写真
当旅行の壁紙写真はありません。
(2012.01.03 改善)(2011.05.04 ブラウザ対策)(2005.12.13 公開)

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