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春の伊勢・奈良・京都 ⇔ 大阪3泊
(2011年4月4-7日) | ||
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| はじめに(旅行の準備など) | ▲ |
2月17日、ホテル予約サイトの一休.comに登録、そこでシェラトン都ホテル大阪3連泊の予約とカード決済を済ませた。3〜10日連泊なら朝食付きで割安のプランがあったのです。
宿泊料のみならず、このホテルは近鉄上本町駅にあり、我々の今回の目的には良い立地でした。なにせ行く先が伊勢、奈良、京都です。上本町駅なら近鉄で簡単に行ける。
2011年3月11日14時46分、東北地方太平洋沖地震(M9.0)が発生、巨大地震の破壊力も凄かったが、引き続き発生した大津波により関東から北海道に至る海岸線で多大なる津波被害が発生しました。福島第1原発1〜4号機は廃炉にせざるを得ない状況となり、世界初となる4原子炉の同時連続事故となりました。1カ月が過ぎなんとしていますが、死者と行方不明者は約28000人、避難者は約20万人(?)、未だ放射能汚染が続いています。近隣諸国では日本からの入国者や輸入品に対し放射線計測を厳しくするなど、異常といえる反応を示しています。
アメリカを始めとし世界各国から励ましと協力が寄せられていますが、本格的な回復事業は何時になるか全く不明な状況です。私達は義援金を贈る以外になすすべがありません。
旅行熱は一気に冷え込み、海外旅行客の多くはキャンセル、日本人の旅行も完全に下火となっています。国中の観光地で閑古鳥が鳴いている。気分的に楽しめるムードにありません。
私達の場合、東日本大震災のかなり前からプランしていたので予定通り出掛けます。幸い旅行先は主要な被災地から離れています。(2011.4.11記)
3月25日、機内持込みサイズ(座席数100名以上の航空機のみ)の軽いキャリーケースを2個(赤・黒)購入した。メーカーはエース、布製でキャスター4個付き、容量も大きく国内旅行や短期の海外旅行なら十分に使用できます。Made in Japan とされ、値段的に比較上は相当に高い感じがしました。
旅行専用のシューズが古くなっていた。最近はよく見かけるタイプのウォーキング・シューズを1足買いました。ブランドはデンマークもの、その冬靴を長年履き満足している。それが選択理由ですが、購入したウォーキングも軽くて歩きやすいものです。
共にデパートのポイント還元日で多少は安くなりました。
3月26日、大型スーパーのJTBに行く。近鉄のチケット(上本町⇒宇治山田、宇治山田⇒大和八木)の特急券と乗車券、(大和八木⇒大和西の京)(大和西の京⇒上本町)の乗車券、(上本町⇔京都)の乗車券を購入した。2人で約16,000円だった。 途中下車は前途無効で出来ません。近鉄の場合、土日を含む3日間なら乗り放題チケットがあるが、今回は月〜木曜で適用外でした。
基本的なプランは用意が済みました。初日4月5日は伊勢です。外宮(げぐう)と内宮(ないぐう)に参拝、門前町で昼食を済ませて帰ります。約3時間半の短い滞在です。帰りは近鉄特急を大和八木駅で降り、各駅停車で近鉄西の京駅まで行きます。そこでワイフの友人と落ち合って薬師寺の花会式(修二会)を拝見する手はずになっている。入場券などは郵送してくれました。細かな事はワイフがケータイとメールで打ち合わせています。
それ以外は全て個人行動、予定はあるが、気の向くまま足の向くまま、成り行き次第の面もある旅行です。
久々の国内旅行記、たった1ページに全部まとめました。文字数が多いので、パソコンでは不適切な長過ぎるページと思われるかも知れません。しかし、使用バイト数は写真を除いて高々7万バイト程度でして、一寸した画像1枚分です。インターネット時代の初期ならともかく、現在のITとPCなら処理に問題はないはず、と考えます。
●試みとして、タイトルの横に該当サイトのリンクを設置しました。
旅行記を読みながら簡単に該当サイトに接続して確認などが可能です。
●写真は枚数を増やすため、テーマ別ページにまとめました。タイトル横の PHOTO をクリックで呼び出す必要がありますが、興味ある写真ページはぜひご覧ください。
●サブタイトルに MAP の表示があるなら、現地で撮影した構内案内図が表示されます。
●1カ所のみ VIDEO のマークが設置されています。これは YouTube の該当ページ(筆者作成)に接続されます。
| 1日目(4/4) 出発、ANA、関空、大阪泊 | ▲ |
オンラインで特典航空券は購入済み、座席も指定済みだった。が、ANAカードでは搭乗券が出てこない。「座席変更」が表示されたが、どうすれば良いか分からない。結局は窓口で処理してもらい小型の搭乗券を受取った。予約した座席の背もたれに不具合が見つかり、5Aと5Bから2Aと2Bに変更になったそうです。その際に云われたが、今はANAカード(Edy付き)を読取機に振りかざすだけで搭乗できる、という。今回はカードではなく搭乗券のQRコードをセキュリティー検査で読みとらせ、レシート状の搭乗口案内を受取る。行き先や便名や座席番号などに加え搭乗口番号が大きく印字されていた。搭乗口の待合室でしばらく休みました。
東日本大震災(3/11)で旅行客は大幅ダウンと報道されているが、確かに待合室は空いた感じでした。
| ANA関西空港便: | [ANAサイト] | ▲ |
今回の飛行の前半は時々雲で下界が見えなくなった。陸奥湾の奥から男鹿半島、佐渡島は一部のみが見えた。能登半島、中国地方の日本海側(反対側の窓から鳥取砂丘が見えたらしい)、瀬戸内市の広大な塩田跡地(約500ha/2010年秋から市の所有)、小豆島、徳島と吉野川、鳴門海峡と大橋、淡路島、明石大橋、等々が良く見下ろせました。通常なら小型コンデジで撮るのですが、今回はネオ一眼デジカメをショルダーバッグから出して望遠を効かせて撮影です。しかし窓ガラス越しでアングルも思い通りにならない。それでも撮影は楽しめましたので、写真ページにてご覧ください。飛行中は退屈せずに済みました。
ワイフは単行本を読んで過ごしていました。
| 関西空港: | [関西空港サイト] | ▲ |
| リムジンバス(関空→上本町): | [近鉄バス・サイト] | ▲ |
エレベーターで1階におり、一旦は外に出てから近鉄デパートの地下に行く。ワイフは東大阪の友人から何度か貰ったことのある昆布の佃煮を土産にしたいらしい。神宗(かんそう)という店で、ネットで調べて地下にあるのを知っていた。店員に聞いて場所が分かった。原材料は北海道産でしょうが、味具合と作り方は丸秘でしょうね。
次に小腹がすいた時のパンを幾つか購入する。明晩は遅く帰ってくるし、夕食の量は少ないことが分かっている。明日用に大きめのパンも混ぜておいた。店は北海道にもある神戸のドンクだった。創業(1906年)から105年も経った老舗になるようで、事業展開は山崎パンなどと違う形態ながら積極的らしい。
| 夕食(美々卯・本店): | [美々卯サイト] | ▲ |
19:00 美々卯に入る。玄関で「予約なし、2名」と伝え、少し待つ。テーブル席に案内された。店内は記憶とおなじ、テーブル中央のIHヒーターもおなじ。メニューも注文もおなじ。変わり映えしないが、それで満足できるので仕方ない。堅苦しく無いが庶民的とは云えない雰囲気で、時にはこんな”うどん”の夕食も良いものです。
飲物は取らず、”うどんすき(@\3600)”だけ、しかし量的には十分です。まず金属の平なべに汁を入れてIHのスイッチを入れた。次にうどんと数々の具が入った重箱をもってきた。「車海老は湯がきますか」と聞くので湯がいて貰った。持ってきた車海老はピンク色だが、中は生のように思える。ここの鍋で煮込めば丁度よくなる頃合いなのでしょう。
仲居さんがうどんと具の半分を煮立った鍋に入れてくれた。沸騰したらIHの目盛を5から2に下げるように云って立ち去った。
煮えたら薬味を入れたタレに付けて食べるのだが、これがなかなか乙なもの、美味いのです。ゆっくりと楽しみました。
19:50 支払いを済ませ、外にでる。いやに暗い感じがした。
| ホテル(上本町/1泊目): | [シェラトン都ホテル大阪・サイト] | ▲ |
| 2日目(4/13) 伊勢神宮、奈良(唐招提寺・薬師寺) | ▲ |
| 近鉄特急(上本町から伊勢まで): | [近鉄サイト] | ▲ |
| 伊勢神宮(豊受大神宮/外宮): | [伊勢神宮・外宮サイト] | ▲ |
観光案内所から横断歩道を渡り、大塔楼2本の間から玉砂利の表参道に入る。その先の火除橋を渡った先に第1鳥居があった。それを潜り抜け森の道を進むと第2鳥居があった。その先の右に神楽殿、お守りなども売っている。内宮で購入する予定なので拝見だけでした。
北御門参道の道を挟んで古びた柱と屋根だけの建物が2棟ある。九丈殿と五丈殿という。雨天の祭典やお祓いの儀式はこの2棟の中(屋根の下)で行われるそうです。名前は建物の長さに基づくらしい・・・。(注:1丈は10尺で約3m)
さらに森を行った右側に豊受大神宮の御正殿(ごしょうでん)がある。
10:25 御正殿に到着、白い垂れ幕の前で畏まり、お賽銭を投入れ、かしわ手を鳴らして何やら真面目に祈念いたしました。中は拝見できません。
御正殿の左側は空き地です。これは天武天皇の御言葉により持統天皇が692年に始められた20年に1度の式年遷宮の用地なのです。つまり新しい正殿はこの空き地に建てられます。次回の式年遷宮は平成25年(2013年)との立て看板がありました。
それから亀石(小さな石橋)を渡り、土宮(つちのみや)と風宮(かぜのみや)を簡単にお参りし、石段を上がる多賀宮(たかのみや)は省略させていただき、北御門参道を歩いて外宮を後にしました。
| 伊勢神宮(皇大神宮/内宮): | [皇大神宮サイト] | ▲ |
子供じみた疑問だが、どうしても宇治山田駅や宇治橋が伊勢市内にあるのか分からない。平等院のある宇治市は京都府の南部で別の土地です。次の説明で得心でした。
『古来、宇治に内宮があり、山田に外宮があった。宇治山田町は、明治22年の町制施行によって宇治と山田が合併して誕生した。伊勢市となったのは昭和30年でした。』[参考サイト:宇治と山田、文章は勝手ながら変更]
11:17 宇治橋から見ると大鳥居(名は不詳)の前に「右側通行」と立て看板があった。参道の向こうに桜が咲いている。気持良い参拝日です。玉砂利の参道を行く。大正天皇御手植松の近くだったが、名知らずの小鳥が芝で遊んでいた。
火除橋を渡ると第1鳥居があった。その先の右には五十鈴川が流れ、参拝前に心身を清めるための御手洗場が設けられている。
11:24 参道から外れて五十鈴川に行き、穏やかな流れに手先を付けて清めました。新緑には早過ぎるが、何とも言えない素晴らしい自然の森と静かな川の流れでした。
参道に戻り先に進む。第2鳥居があった。それから左に売店や神楽殿、雨天用の五丈殿があった。更に森の参道を行く。杉の大木が多くあるが、参道の杉は割竹で幹を覆って保護されている。参拝客が少しづつ杉の皮を貰って帰ると杉は枯れてしまう・・・。
11:35 御正宮は左の石段を上がった所にあった。やはり白幕が垂れ下り本殿は見れないようになっている。が、時折の風で白幕が巻き上げられてチラッと見え隠れしていた。
作法は二拝二拍手一拝とされる。その通りにしたか?覚えはないが、お賽銭を投げて柏手を大きく打ち、天照大神に御昼寝から目覚めて頂き、お祈りしました。自分達の事はどうでもよい。東日本大震災の被災者の方々が何とか難局を乗り切れること、今夏を東京の人々が無事に切り抜けること、日本人が世界の様々な人達と上手くやっていけること、この3点を祈願しました。たかが庶民の分際で出過ぎているかも知れないが、本当です。
御正宮の参拝は正面の石段を上がり、参拝後は左の坂道を下る一方通行でした。式年遷宮の空き地がありました。平成25年に62回目の遷宮があると告知されている。
| 門前町(おはらい町通りとおかげ横丁、赤福): | ▲ |
土産店などは興味がなく、昼時なので伊勢名物で黒いタレで知られる「
伊勢うどん
」の食事処を探しながら歩いた。内宮に比較的近い「わらじや」に短い行列があった。評判は知らないが並んだ。実は、混んでいた訳ではなく、時間を取らずにテーブルに付いた。
いろいろ副食品のついたセット・ランチもあるが、迷わず伊勢うどん(@\400)を注文した。丼に太くて固めのうどん、薬味のネギ、たまり醤油にかつお節や昆布などのだし汁を加えた濃厚な黒いタレが底にある。箸でグチャグチャと絡めてから食べる。実に単純で質素な食事ですが、意外にも楽しめました。伊勢神宮参りは宗教行動、フランスのモンサンミッシェル修道院ではフアーと膨らませたオムレツが名物ですが、そもそも巡礼者に安い食事を提供するために考案されたと聞いています。伊勢うどんにも似たような由来があるかも知れません。
おはらい町通りを先に進むと賑わう十字路がある。その左右に有名な赤福があり、右が本店になる。四つ角を曲がって五十鈴川に架かる新橋の中央部まで行ってみる。良い眺めでした。
12:32 赤福本店で土産や自家用の赤福餅を買った。入口では薪を焚いて大きな陶器の壺で湯を沸かしお茶を作っている。良い香りだった。この店の奥で赤福餅を座って食べれる。料金は餅3個にお茶付きで280円、2個入り220円と比較すれば安いと思います。食券を買って川沿いの縁台に座った。お盆に餅3個の皿とお茶2つをのせて持ってきた。2人と知って気を効かせていた。そよ風が心地よく、美味しく頂きました。
赤福本店前は「おかげ横丁」という全てを江戸風に作ったエリアです。ブラブラと見歩きました。昨年末にオープンした羽田空港国際線ターミナルのモールも江戸風です。世界のどこにもない日本風として江戸町作りが盛んなのでしょう。
欧州の観光地だって中世の旧市街が実に多いので、まあ、似たようなものと云えましょう。しかし、欧州は国が多く都市国家の時代も長かったので旧市街はそれぞれが個性的、テレビ等で何処ぞの旧市街がチラッと写ったときも「○○の旧市街」と分かることが存外に多い。シンボル的な建造物が個々の旧市街にあるのも印象に残る理由の1つでしょう。
目を転じて、日本の場合は、あまり江戸風を増やし過ぎると飽きられる恐れもある・・・。何故かというば、異文化の訪問客は細部の違いに気付かないことも多いはず、商売により外形こそ少し違っても江戸屋敷や町屋敷は黒瓦に白壁が多くて特色が少なく、どこも同じような印象が残ってしまう、と恐れます。外国の人達の目に相違が分かる程度に、地方色など特色を明確に打ち出す”差別化”が必要なのかもしれません。
| 唐招提寺: | [ 唐招提寺サイト ] | ▲ |
15:43 右に行き、南大門から境内に入ると左に世界遺産の記念碑があった。1998年に「古都奈良の文化財」の1つとして登録されています。通常は拝観料(\600)が必要ですが、今回はTさんが唐招提寺の無料拝観案内の葉書を送ってくれていました。
そこから金堂(国宝)は直ぐ近くに見える。参道を進み金堂の右に行く。宝蔵と経蔵という校倉造の倉があり、間に桜が咲いていた。古から続くのんびりとした風景です。それから金堂の御本尊を拝見しました。
唐招提寺は南都六宗の1つ律宗の総本山といいます。そもそもは東大寺で5年を過ごした唐の高僧・鑑真和上の私寺として759年に創建されたが、当時は講堂や邸宅や宝蔵と経蔵があっただけとされます。金堂は鑑真和上が逝去された後の8世紀後半に建てられたもの、とする説が有力らしい。
金堂の仏像は建物同様に全て国宝、中央に本尊・廬舎那仏(るしゃなぶつ)坐像、右に薬師如来立像、左に千手観音立像が安置されています。御本尊の廬舎那仏は東大寺の大仏と同じ仏様になる。
鼓楼(ころう)の傍を通り、講堂と東室(ひがしむろ)の間を登って御影堂に行く。中は拝見しなかったが立派な御門がありました。前に北原白秋の歌碑がある。
その土塀の道を進むと左に小さな門があった。
鑑真和上御廟の入口です。参道の両側はヒノキ林ですが地面は綺麗な苔の絨毯でした。色合いが一種独特で素晴らしく印象的です。珍しい苔を植えて手入れしていると想像しました。御廟の手前は2/3程の円弧の池に囲まれている。石橋を渡ると墓参の祈念所があり、そこから円形古墳の高所に石の御墓が見える。鎌倉時代の宝篋印塔(ほうきょういんとう)という。そこは行けません。お参りは下で済ませます。訪問時には白トレーナーの男性が上の墓碑の周囲を清掃中でした。
| 薬師寺1(玄奨三蔵院伽藍): | [薬師寺サイト] | ▲ |
亀の上に石柱が立つ門があった。そこから石段で高くなり、左側(西)から回廊に入る。正面に来たら、Mさんが「ここから撮る写真が一番きれい」と教えてくれた。位置が高く展望が良い。左に本坊、満開の桜木、三重の東塔(唯一創建以来の建物)、金堂の屋根、西塔、などが見えました。
ついでながら、奈良時代に建立された三重の東塔は損傷が激しく、今年後半に解体されて修理される予定、数年は観れないようです。
同じ場所から反対側(北)の玄奨塔を見る。二層の屋根があり、その間の正面に「不東(ふとう)」と青地に金文字で書かれている。玄奘三蔵の言葉で、「どのような苦難に会おうとも西へ向い、決して祖国の東を振り向かない覚悟」 を表している。塔内に祭られているのはもちろん玄奘三蔵像です。インドに渡った『西遊記』で有名な唐時代(7世紀)の僧侶、Mさんの説明によれば、母国の中国語で高度な専門知識が必要なうえに、当時のヒンズー語(?)と仏典のサンスクリット語(古語)の両言語をマスターしなくては仏典の翻訳は不可能、玄奨三蔵は語学の天才だったはず、という。17年もインドで勉強し、1335巻もの経典を唐に持ちかえったそうです。
| 薬師寺2(花会式/修二会): | ▲ |
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夕食が終ると花会式の人だかりが本坊前に出来始めました。Tさんは金堂の中の席と云っています。訳が分からぬまま皆さんと一緒に外で待ちました。花会式のためM氏の東京在住の御子息もお手伝いされています。大行事となると大変です。
ともかく金堂まで数グループで移動したはずでした。 待たされたり動いたり、押されたり、訳が分からないが、○×□△? 気が付いたらTさんと私達の3人は金堂の御本尊近くに座っていた。地方住まいに慣れてしまい、人に酔ってボーとする。驚きの結果として、運良く大導師の真後ろ・・・。
直ぐに金堂内は人で一杯になりました。椅子席は無論、その後ろには人垣です。約2時間、トイレすらいけません。金堂内の写真撮影は禁止でした。
花会式は正式には修二会 薬師悔過法要(しゅにえ やくしけか ほうよう)と言います。間違えるといけないので、薬師寺の花会式パンフレットの一部を無許可ながら掲載させて頂きます。クリックで拡大できます。
要点は、1107年のこと、堀河天皇の皇后の御病気が薬師如来に祈願したところ回復された。皇后は感謝の気持ちとして10種の造花を毎年の薬師寺修二会に供えられた。これが発祥となり、毎年3月28日に仏様のお身払いが行われ、金堂は造花で埋まり、花会式の支度が整うのです。錬行衆という10人の僧侶が厳しい修行に明け暮れます。夜7時からの初夜の行法は迫力があり圧巻です。4月5日夜に有名な「鬼追い式」が行われます。
参拝者全員に大判の紙がくばられた。両面にお経が印刷されている。前半は「薬師悔過」というお経だった。薬師如来の前に高さ1mほどの高座が設けられ、僧侶1人がその上でこのお経をとなえる。他の僧侶は御本尊(3尊)の3方を囲む専用の席に正座です。和唱したり、鐘・太鼓・法螺などの演奏があったり、明るくなったり暗くなったり、単にお経を聞くというものではなかった。まるで仏教に基づくショーのようにも思える迫力でした。途中で僧侶の方々が花弁に見立てた小さい色付き厚紙をまくのも珍しい。最後は下駄(?)の音を立てながら御本尊の周りを10人の錬行衆が回ります。
後半のお経は「修二会結願大導師作法」というもの。高座の僧侶が代わりました。立ったり座ったりが多く、見ていても太った体型の僧侶なので大変な修業でしょう。読経の間、1人の僧侶が刀2本をもって御本尊の周りを何度もまわったりした。1回り毎に太刀の構え方が違って興味深い演出でした。意味は分かりかねます。薬師如来の左隣りの仏像前で焚火の儀式らしきものも行われました。しかし、全体として、前半に比較すると大人しい感じでした。
| 薬師寺3(鬼追い式): | ▲ |
20:56 終了前にTさんの車があるお写教駐車場に向かった。最後まで見ると帰りの混雑が大変なのです。
真新しい赤いデミオだった。御主人の還暦祝いのプレゼントという。当初は奈良線の近鉄駅まで送ってもらう予定だったが、Tさんは大阪のホテルまで送ってくれました。高速道路を使ったので西の京から上本町まで約40分だったと思います。
ホテル前の交差点で車を降り、Tさんと分かれました。
お陰さまで普通なら参観できない薬師寺花会式を十分に鑑賞できました。感謝!
| 3日目(4/14) 京都(丸山公園・南禅寺・哲学の道) | ▲ |
09:05 1番ホームから快速急行・奈良行に乗車。近鉄の電車は種類が多く、特急/快速急行/急行/準急/区間準急/普通がある。特急は料金がかかるが、快速急行以下は乗車券のみで利用できる。駅員さんの話では、大阪から京都の場合は乗換があり、先に出る快速急行は特急よりも先に到着するとのことでした。車両は全く異なり、特急列車は前向きの快適な指定座席、快速急行は通常の電車で並行座席です。
09:35 大和西大寺駅1番ホームに到着。ここで京都行きに乗換えです。
09:37 4番ホームを出発。時刻表を確認せず、最初に来た電車に乗ってしまった。急行なら途中の停車駅は多いが、京都線に快速急行はない。次の特急09:50発は10:20京都着、急行でも先に京都に着きます。
10:07 宇治川を渡った。
10:19 近鉄京都駅に到着。この駅はJR東海道線と新幹線に挟まれている。
| 八坂神社: | [八坂神社サイト] | ▲ |
| 円山公園: | [祇園の夜桜(京都市サイト)] | ▲ |
| 西行庵: | ▲ |
11:43 当旅行記サイトは「北行庵」を名乗っています。西行(佐藤義清、1118〜1190)が元祖で、東行(高杉晋作、1839〜1867)はそれを模した歌人名です。共に歴史上に名を残した人物で、西行庵(京都&奈良県)と東行庵(山口県)は実在し、いわれも明らかにされている。ネット上のサイト名に過ぎませんが、厚かましくも北行を自称し、サイト「北行庵」を運用しているので、機会があったら訪ねたいとかねがね思っていた。今回、西行庵の外観のみ拝見できました。さすがワビサビの源流とも云われる御仁なだけに、茅葺屋根の田舎屋の風情です。写真を撮っただけでした。
丁字路を少し下った所でタクシーに乗った。
| 南禅寺(臨済宗): | [南禅寺サイト] | ▲ |
予定外ながら、立派な三門に上がることにした。
この門は「天下竜門」といい、京都の3大門の1つとされ(他は知恩院三門と東本願寺御影堂門)、高さは22mもある。永仁3年(1295年)に建立されたが焼失し、現在の三門は寛永5年(1628年)に藤堂高虎が大阪夏の陣で倒れた将兵を弔うために再建したもの。中には御本尊などの仏像に加え、徳川家康や藤堂高虎の像が安置されている。絵は狩野探幽と土佐徳悦の作とされる。
徳川家康公は「鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ほとときす」と評される忍耐の人物らしかった。他方、藤堂高虎公は主君を数多く変えた戦国武将として知られ、彼自身の「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」に表れている。ウィキペディアによれば、『浅井長政→阿閉貞征→磯野員昌→織田信澄→豊臣秀長→秀保→秀吉→徳川家康→秀忠→家光』、10人に仕えたことになる。武士の忠義って何だろう?元祖アメリカ流かも・・・。
入口で拝観志納金@500円を払った。南禅寺では3カ所が公開されているが、これは共通券ではなく三門のみ。方丈庭園は500円、南禅院は300円が別途に必要です。維持・管理費は必要と思っても、計1300円は少し高いような気がしました。
中は靴を脱ぎ、ビニール手提げ袋に入れて持ち歩きです。直ぐ急な階段となる。やはり少々きつく感じました。
最上階で外に出て一回り。遠望できるよう松などは高さを揃えて幹や枝を切り落としてある。特別に印象深い風景とは思わなかったが、南禅寺の三門は「登った」ことが記憶に残ります。
蛇足: あまりに世俗的で真偽は?と思うが、歌舞伎「桜門五三桐」の第2幕「南禅寺山門の場」にある石川五右衛門の名台詞 「絶景かな、絶景かな、春の眺め値千両」 でしられる。当時の京都は今日に比べ桜はかなり少なかったとしても、私には、虚像と創作の世界の話に思えます。日本に「値百万両の春景色」は沢山あると思うのです・・・。
| 奥丹(湯豆腐): | [奥丹清水サイト] | ▲ |
| 桜咲く哲学の道: | ▲ |
13:58 疏水分流に架かる橋まで登った。渡ると若王子神社があるので若王子橋という。その橋から疏水分流沿いに遊歩道が銀閣寺橋まで続く。それが「哲学の道(約2Km)」です。2005年秋は紅葉を楽しみながら銀閣寺から若王子橋まで歩いたが、今回は桜の時期に南から北に歩きます。逆さまの季節と方向を楽しむ趣向です。
当初は銀閣寺方面から歩いてくる人達が多くて、歩きにくい。方向を間違えたか?と思った程でした。しばらく後に、両方向の散策が適当に混じり、気にならなくなった。
途中には椿やみつまたの花が咲いていたり、ゆきやなぎを見事に育て咲かせた場所もある。春爛漫、散策には素晴らしい小径です。それで人の出は極めて多く、写真撮影は大変です。
石橋の上で絵葉書の水彩画を描きながら100円で販売している男性もいる。ワイフが1枚買ってあげましたが、明るくて感じのよい絵でした。
14:37 橋を渡り対岸の喫茶店に入る。少し凝った感じの店で、2階の疏水側は5〜6人ていど座れる小上がりでした。桜や道行く人々を眺めて飲むコーヒーも格別でしょう。私達はテーブル、ワイフはホットコーヒー(\500)、私はアイスコーヒー(\500)でした。足の休息です。
15:03 喫茶店を出る。多分この店と思うが、見事な雪柳を沢山植えていた。
法念院の近くに西田幾太郎博士の石碑があり、ご本人が詠んだ歌 「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」 が刻まれているという。偉い大先生の作品ながら、それ以外に道はあるのか、今の時代に生きる者として分かりません。若かりし頃、村田英雄という歌手が「王将」を歌って人気を博した。「吹けば飛ぶよな 将棋の駒に 賭けた命を 笑わば笑え ・・・」 見方を変えた表現ながら、誰でも味わう気持の庶民版、と思います。状況次第でいろいろな形で複雑に離合集散を繰り返すのも人間です。それから逃避できないのも現実でしょう・・・。
わざわざ古都まできて、花見と洒落込んでいる。まあ、難しい事柄は忘れるのが上策というものでしょう。
15:18 銀閣寺橋から銀閣寺への参道は凄い人出、青天下の散策や観光の人達でいっぱいです。今日は最高の花見日和、哲学の道は今回も十分に楽しみました。また歩きたい。
銀閣寺は観ているので寄らず、バス停に向かった。
哲学の道には桜木が300本もあるという。もちろん自然に生えたものではない。橋本関雪(本名:貫一、神戸出身、1883年生)のよね夫人が大正年間に寄贈したものとされます。「絵が売れる度に桜を植えた」という心温まる説明もありますが、どうだったのでしょう? 画伯は銀閣寺を少し下った白沙村荘に住み、日本画家として活躍しました。で、銀閣寺のバス停近くに白沙村荘・橋本関雪記念館があります。
バス停の時刻表で四条河原行きを確認した。私はこの種のことは時にモタモタする。後ろの男性が見抜き、聞かれもしないのに乗るべきバスの番号をハッキリと口にして教えてくれた。ウーン、アリガトウか、ヤカマシイか・・・。
15:25 乗車。今回も運転席の両替機で千円を細かくした。席が取れたワイフに220円を渡し、私は最後部の空席に座った。
四条河原町:
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15:45 この頃だったと思うが高島屋前でバスを降りた。
一旦はデパート1階のブランドショップに入って見る。ワイフは物色していたが、結局は決まらず店を出る。
次は交差点の真反対にある永楽屋さんでした。長く続いている御菓子と佃煮のお店ですが、ワイフがいろいろな土産品を買っていました。日頃の借りも返さなくては、そんな感じです。テキパキながら物腰の柔らかい中年の男性店員が応対していました。買物が決まったら、椅子席で茶菓子の接待でした。疲れていたので助かりました。
16:20 交差点を渡った所で流しのタクシーを停めて乗った。デパート前は客待ちタクシーの列です。1000円ほどの近距離なのに、タクシー乗場から乗ったら「何時間も客待ちしたのに」と運転手に文句を云われたことがある。それでタクシー乗場の無視となったのです。京都駅まで裏道を通って950円でした。
近鉄(京都→大和西大寺→鶴橋):
▲
東海道線と新幹線の間にある近鉄乗場に行く。乗車券はあるが特急券は買っていなかった。ところが出発ホームに特急が止まっている。
後1分で出発です。運良く最後部の外にいた車掌に「車内で特急券かえますか?」「座席指定はないけれど買えます。」それで、最後部の車両に飛び乗りました。特急なので良い車両でしたが、ガラ空きで座席指定など不要です。
16:45 出発。途中の停車駅は1つです。
出発後に先刻の車掌が回ってきた。特急券は1人500円、2人で丁度1000円でした。
17:15 大和西大寺駅に到着。4番線乗場に移動。
17:26 難波行き快速急行に乗る。
17:34 何を勘違いしたか、生駒駅で降りてしまった。多分、停車直前の「次はつるはし」のアナウンスを勘違いしたのです。ボーとしていたから。
17:44 上本町駅行きの快速急行に乗車。鶴橋まで止まりません。
17:57 この頃に鶴橋駅に到着。JR環状線の乗換駅なので大きいようです。驚いたのはホームまで「焼き肉の臭い」がプンプンとする。韓国人街と聞いてはいたが、すごいねー。
| 夕食(鶴一/韓国料理): | [鶴一サイト] | ▲ |
飲物はアルコール無しのキリン・ゼロ、小瓶1本にコップ2つです。
メニューから、ロース2人前、野菜2皿、ビビンバ(小)2つを注文した。
肉と野菜は直ぐにもってきた。金網で焼けるのを待つ間はノンアルコールのキリン・ゼロで喉を潤した。
ロースは浸け汁で食べたが、柔らかくて味も良かったと思う。
焼いて食べる野菜もいい。コーンを焼いて食べるのは久々です。
ビビンバはゴチャゴチャに混ぜてから食べますが、小サイズが量的に丁度よかった。
全体として楽しめた夕食でした。
1日中、観光で歩きまわり、汗ばんだ体ではこんな店が丁度いいのです。
ワイフが会計の最中に3組8人が入ってきた。人気店のようでした。
18:50 店を出る。実はこの店も薬師寺花会式を世話してくれたTさんのお勧めでした。
| 4日目(4/15) 帰路(関空→北海道→自宅) | ▲ |
09:00 リムジンバス出発。
| 関西国際空港: | ▲ |
搭乗口は20番、近かった。時間があるのでカード会社のラウンジで過ごすことにする。旅行前にインターネットでその場所は調べてあった。北ウィングG12番近くに「六甲」があるはずだった。ところが途中で閉鎖されて先に進めない。カードマンに訊ねると「ここにラウンジはない」という。カード会社のラウンジは一旦外に出るとモールにあるという。
| ANA便(⇒北海道): | ▲ |
レンタカー会社でキャリーケースを積み替えて自宅に向かった。以前なら途中でランチでしたが、気になるのは空腹よりも体重でした。
| おわりに | ▲ |
伊勢神宮は学生時代の終りころに参拝しています。記憶は薄れたが、神社はともかくとして街並みはすっかり変わっています。初めての参拝と同じでした。神話の世界と思いますが、天照大神は天皇家の始祖とされ、日本に取っては神聖な場所です。内宮・外宮ともに良い時節の訪問でした。
ワイフの友人が薬師寺の花会式(修二会)を予約してくれたので、思いがけず珍しい伝統行事を十分に鑑賞し堪能することができました。出来るだけ簡潔に詳しく説明したつもりですが、写真ページも合せてご覧いただけると分かり易いと思います。しかし、花会式の主な行事は金堂内、そこは撮影禁止です。文章での写生には限界があり、ご参列の上ご自分で拝見されるのが最善です。締め括りの「鬼追い式」は東大寺二月堂お水とり(修二会)の「お松明」と同じような火祭りです。ここでは、鬼の持つ松明と舞台4隅の大松明の火の子がすごくて迫力満点です。鐘・太鼓・法螺などの音楽も力強さで雰囲気を盛り上げます。「一生に一度は拝見する価値がある。」 これが印象でした。
京都も桜の季節、円山公園や南禅寺もきれいに咲いていて人の出も多かった。哲学の道は特に印象に残りました。今回の短期旅行は最高の花見日和だったのです。
薬師寺に近い「西の京」から大阪「上本町」まで近鉄乗車券をJTBで購入済みでしたが、薬師寺からホテルまで送って貰ったので未使用です。近鉄駅で「未使用」のスタンプを押してもらい、帰宅後に購入したJTBで返金してもらいました。切符1枚に付き100円の手数料がかかりますが、切符2枚で760円が返金となり、支払いのクレジット・カード口座に振り込まれました。極く僅かな金額ながら、きちんとすべき事柄でしょう。混んだ店頭でしたが、嫌な顔1つされなかった。
写真ページに数多く写真を掲載しましたが、記録の意味で失敗作も時々利用しています。しかし、桜の写真は沢山とれて満足です。動画も撮ってみましたが、これは、まだまだです。
往復の飛行機から各地の写真がかなり撮影できました。小型コンデジではなくネオ一眼デジカメの使用です。いつもなら雑誌を読んだり眠ったりの機内ですが、今回は少々忙しい思いもしました。
最後に、当旅行記をお訪ねくださり、お礼申し上げます。
お楽しみ頂けたり、参考になる情報を発見されたら、幸甚に存じます。
これに懲りずに、機会がございましたら、北行庵の他の旅行記もどうぞお楽しみください。