[北行庵] HOME旅行記
春の伊勢・奈良・京都 ⇔ 大阪3泊
(2011年4月4-7日)
はじめに(旅行の準備など)
1日目(6/6)
往路
地元空港ANA(航空写真)関西空港リムジンバス(→大阪・上本町)
シェラトン都ホテル大阪夕食(美々卯本店)ホテル(上本町/1泊目)
2日目(6/7)
伊勢と奈良
出発まで近鉄特急(上本町→伊勢)
伊勢神宮(外宮)伊勢神宮(内宮)門前町(おかげ横丁・赤福)
近鉄(伊勢→奈良・西の京)唐招提寺薬師寺1(玄奨三蔵院伽藍)
薬師寺2(花会式)薬師寺3(鬼追い式/動画)ホテル(上本町/2泊目)
3日目(6/8)
京都
出発まで近鉄(上本町→京都)八坂神社円山公園西行庵
南禅寺奥丹(湯豆腐)桜咲く哲学の道四条河原町
近鉄(京都→大阪・鶴橋)夕食(鶴一)ホテル(上本町/3泊目)
4日目(6/9)
帰路
出発までリムジンバス(上本町→関空)関西空港
ANA(航空写真)地元空港→自宅
おわりに ★  旅行写真ページ目次
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◇◆◇

はじめに(旅行の準備など)

まだ寒い1月下旬のことだった。桜の時期の関西旅行は4月4日出発で4月7日帰着の3泊4日と決めた。2月4日にANAの特典航空券(地元⇔関西空港)をオンライン予約、座席は前部窓際の5Aと5Bにした。ANAの特典航空券は同伴者予約が出来ないので自分の予約とワイフの予約を夫々ログインして行った。自分の予約時に同伴者名とそのANAカード番号を追加として入力できると便利と思うが、システムはメンバー毎の別入力になっている。

2月17日、ホテル予約サイトの一休.comに登録、そこでシェラトン都ホテル大阪3連泊の予約とカード決済を済ませた。3〜10日連泊なら朝食付きで割安のプランがあったのです。 宿泊料のみならず、このホテルは近鉄上本町駅にあり、我々の今回の目的には良い立地でした。なにせ行く先が伊勢、奈良、京都です。上本町駅なら近鉄で簡単に行ける。

2011年3月11日14時46分、東北地方太平洋沖地震(M9.0)が発生、巨大地震の破壊力も凄かったが、引き続き発生した大津波により関東から北海道に至る海岸線で多大なる津波被害が発生しました。福島第1原発1〜4号機は廃炉にせざるを得ない状況となり、世界初となる4原子炉の同時連続事故となりました。1カ月が過ぎなんとしていますが、死者と行方不明者は約28000人、避難者は約20万人(?)、未だ放射能汚染が続いています。近隣諸国では日本からの入国者や輸入品に対し放射線計測を厳しくするなど、異常といえる反応を示しています。
アメリカを始めとし世界各国から励ましと協力が寄せられていますが、本格的な回復事業は何時になるか全く不明な状況です。私達は義援金を贈る以外になすすべがありません。
旅行熱は一気に冷え込み、海外旅行客の多くはキャンセル、日本人の旅行も完全に下火となっています。国中の観光地で閑古鳥が鳴いている。気分的に楽しめるムードにありません。
私達の場合、東日本大震災のかなり前からプランしていたので予定通り出掛けます。幸い旅行先は主要な被災地から離れています。(2011.4.11記)

3月25日、機内持込みサイズ(座席数100名以上の航空機のみ)の軽いキャリーケースを2個(赤・黒)購入した。メーカーはエース、布製でキャスター4個付き、容量も大きく国内旅行や短期の海外旅行なら十分に使用できます。Made in Japan とされ、値段的に比較上は相当に高い感じがしました。
旅行専用のシューズが古くなっていた。最近はよく見かけるタイプのウォーキング・シューズを1足買いました。ブランドはデンマークもの、その冬靴を長年履き満足している。それが選択理由ですが、購入したウォーキングも軽くて歩きやすいものです。
共にデパートのポイント還元日で多少は安くなりました。

3月26日、大型スーパーのJTBに行く。近鉄のチケット(上本町⇒宇治山田、宇治山田⇒大和八木)の特急券と乗車券、(大和八木⇒大和西の京)(大和西の京⇒上本町)の乗車券、(上本町⇔京都)の乗車券を購入した。2人で約16,000円だった。 途中下車は前途無効で出来ません。近鉄の場合、土日を含む3日間なら乗り放題チケットがあるが、今回は月〜木曜で適用外でした。

基本的なプランは用意が済みました。初日4月5日は伊勢です。外宮(げぐう)と内宮(ないぐう)に参拝、門前町で昼食を済ませて帰ります。約3時間半の短い滞在です。帰りは近鉄特急を大和八木駅で降り、各駅停車で近鉄西の京駅まで行きます。そこでワイフの友人と落ち合って薬師寺の花会式(修二会)を拝見する手はずになっている。入場券などは郵送してくれました。細かな事はワイフがケータイとメールで打ち合わせています。
それ以外は全て個人行動、予定はあるが、気の向くまま足の向くまま、成り行き次第の面もある旅行です。

久々の国内旅行記、たった1ページに全部まとめました。文字数が多いので、パソコンでは不適切な長過ぎるページと思われるかも知れません。しかし、使用バイト数は写真を除いて高々7万バイト程度でして、一寸した画像1枚分です。インターネット時代の初期ならともかく、現在のITとPCなら処理に問題はないはず、と考えます。

●試みとして、タイトルの横に該当サイトのリンクを設置しました。 旅行記を読みながら簡単に該当サイトに接続して確認などが可能です。
●写真は枚数を増やすため、テーマ別ページにまとめました。タイトル横の PHOTO をクリックで呼び出す必要がありますが、興味ある写真ページはぜひご覧ください。
●サブタイトルに MAP の表示があれば、現地撮影の構内案内図が表示されます。
●1カ所のみ VIDEO のマークが設置されています。これは YouTube の該当ページ(筆者作成)に接続されます。

では、どうぞ、ごゆっくりとお過ごし下さい。

1日目(4/4)
出発、ANA、関空、大阪泊
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自宅出発から地元空港

□:□ ワイフの車にキャリーケース2個を積み、自宅を出発。
快晴で外気温は11℃だった。
□:□ レンタカー会社に到着。事務所で4日分の駐車料金(\2000)を支払い、会社のボックスカーに乗る。ほんの数分で空港の出発口に到着です。

オンラインで特典航空券は購入済み、座席も指定済みだった。が、ANAカードでは搭乗券が出てこない。「座席変更」が表示されたが、どうすれば良いか分からない。結局は窓口で処理してもらい小型の搭乗券を受取った。予約した座席の背もたれに不具合が見つかり、5Aと5Bから2Aと2Bに変更になったそうです。その際に云われたが、今はANAカード(Edy付き)を読取機に振りかざすだけで搭乗できる、という。今回はカードではなく搭乗券のQRコードをセキュリティー検査で読みとらせ、レシート状の搭乗口案内を受取る。行き先や便名や座席番号などに加え搭乗口番号が大きく印字されていた。搭乗口の待合室でしばらく休みました。
東日本大震災(3/11)で旅行客は大幅ダウンと報道されているが、確かに待合室は空いた感じでした。

搭乗口もANAカードでOKですが、今回は紙の搭乗券のQRコードをかざしての通過です。ここで座席番号を大きく印字したピンク色の搭乗券を受取った。

ANA関西空港便: 航空写真

□:□ 搭乗。機材は小さく感ずる B737-500、Economy の配列は 3-3、座席は 2A & 2B でした。膝掛け毛布は座席になく、ワイフはスチュワーデスに頼んでいました。直ぐに持ってきてくれました。
□:□ 出発。
□:□ 離陸。機内誌「翼の王国」の記事をパラパラと見て過ごす。
□:□ 飲物サービス。緑茶やリンゴジュースは今まで通り無料サービスでした。コーヒーは有料となり、スターバックスが紙コップ1杯300円でした。新聞で読み知っていたが、飲むのは初めてです。紙コップはスタバのマーク入り、味は本格派にかなり近くなったように思います。

今回の飛行の前半は時々雲で下界が見えなくなった。陸奥湾の奥から男鹿半島、佐渡島は一部のみが見えた。能登半島、中国地方の日本海側(反対側の窓から鳥取砂丘が見えたらしい)、瀬戸内市の広大な塩田跡地(約500ha/2010年秋から市の所有)、小豆島、徳島と吉野川、鳴門海峡と大橋、淡路島、明石大橋、等々が良く見下ろせました。通常なら小型コンデジで撮るのですが、今回はネオ一眼デジカメをショルダーバッグから出して望遠を効かせて撮影です。しかし窓ガラス越しでアングルも思い通りにならない。それでも撮影は楽しめましたので、写真ページにてご覧ください。飛行中は退屈せずに済みました。
ワイフは単行本を読んで過ごしていました。

□:□ 着陸。大阪は晴。
□:□ 到着。

関西空港:

スポットG20に到着でした。バゲージ・リクレームの近く、歩く距離が短くて楽でした。しばし待ってキャリーケースを受取りました。到着ロビー出口での荷札番号チェックは随分と簡単になりました。海外旅行ではロスバゲ以外は番号札を必要としませんが、そこまでは・・・。でも、事故防止のための形式程度でした。

リムジンバス(関空→上本町):

2階のホールウェーをバス乗場の標識に従って進む。エスカレーターを使って1階に降り、リムジンバス7番乗場(近鉄上本町駅行き)に行く。その近くに乗車券の自販機があったがクレジットカードは使えない。窓口で往復券(@\2700)を2枚購入した。片道なら@\1500です。上本町に行くならこの往復切符が一番安いと思います。
丁度16時5分発が床下トランクを閉めようとしていた。声をかけてキャリーパック2個を積んでもらい、急いで乗車、空いていた。予定より1便早いバスに乗れました。
関空のリムジンバスは近鉄バスとKATEという2社で運航しているが、車体の塗装などは共通で明るい緑でした。
途中は車窓の風景を楽しむだけです。久々の大都会、ビルや家々が多く感じられて・・・。田舎街に引込んでいると活気の違いが迫力の違いです。
予定どおり、16時59分頃に近鉄上本町(シェラトン都ホテル)に到着、 関空から約54分でした。このリムジンバス停留所はシェラトン都ホテル、近鉄上本町駅、地下鉄駅、近鉄デパートのほぼ中央にあり、実に便利な場所です。
電車なら南海電鉄のラピート(関空⇔難波)を利用すると約37分で運賃890円+特急料金500円です。さらに難波から上本町まで地下鉄に乗るので、料金(\150)と時間が加算になる。もちろん行き先によるが、今回は乗換なしのリムジンバスが目的に合致です。

シェラトン都ホテル大阪、チェックイン:

リムジンバスの停留所から10m程度の近くにホテルの入口があった。そこから一階ホールを進み、エスカレーターで2階に上がる。フロントに名を告げると直ぐ分かり、宿泊カードに氏名と住所などを記入する。ルームキー(1510号)1枚と3回分の朝食券、それに、和食レストランの朝食サービス券1枚(利用なら400円加算)をくれた。
キャリーケースはベルボーイが案内を兼ねて台車で部屋まで運んでくれました。
17:10 エレベーターから少し歩いたが最奥部ではなく丁度良い場所だった。予想していたように広く清潔な部屋です。暖房が入っているが、ワイフはスペアー毛布を1枚届けるようにベルボーイに頼んでいる。
何時ものように部屋の写真を撮り、バスルームなどのチェック。何の異常も見つからず満足でした。その内に透明ビニールにくるまれたスペアー毛布が届けられた。実は、結果論ながら、この部屋の暖房は十分でスペアー毛布は不要、ビニール袋に入ったままでした。
洗面を済ませて一息入れてから、小型コンデジのみ持ってデパ地下に向かった。

エレベーターで1階におり、一旦は外に出てから近鉄デパートの地下に行く。ワイフは東大阪の友人から何度か貰ったことのある昆布の佃煮を土産にしたいらしい。神宗(かんそう)という店で、ネットで調べて地下にあるのを知っていた。店員に聞いて場所が分かった。原材料は北海道産でしょうが、味具合と作り方は丸秘でしょうね。
次に小腹がすいた時のパンを幾つか購入する。明晩は遅く帰ってくるし、夕食の量は少ないことが分かっている。明日用に大きめのパンも混ぜておいた。店は北海道にもある神戸のドンクだった。創業(1906年)から105年も経った老舗になるようで、事業展開は山崎パンなどと違う形態ながら積極的らしい。

それ以上の用はない。荷物を置きにホテルの部屋に戻った。私は荷物の運搬係、でも近いから便利で楽です。

夕食(美々卯・本店):

買物袋を置いて直ぐ部屋を出る。夕食は中之島・船場地区の”うどん”の予定です。
今度はリムジンバス乗場近くの階段で地下鉄駅に下りました。正直、近鉄なのか市営地下鉄なのか、分からなかった(@\150)。気にせず、日本橋の次の難波で乗換えました。御堂筋線で本町駅(@\200)に行くつもりだった。本町と淀屋橋の中間に大阪瓦斯ビルがある。そこから横丁に入り2本目の道の左先に美々卯(みみう)がある。御霊神社の近くです。
前回は大阪ガスを見落として西本願寺津村別院を通り過ぎ、本町駅近くまで行ってから戻りました。今回は、何を気迷ったか、心斎橋で降りてしまい、かなり歩きました。妙に上手くいきませんですね・・・。でも、心斎橋のルイ・ヴィトンに寄ったりして御堂筋の散策にはなりました。

19:00 美々卯に入る。玄関で「予約なし、2名」と伝え、少し待つ。テーブル席に案内された。店内は記憶とおなじ、テーブル中央のIHヒーターもおなじ。メニューも注文もおなじ。変わり映えしないが、それで満足できるので仕方ない。堅苦しく無いが庶民的とは云えない雰囲気で、時にはこんな”うどん”の夕食も良いものです。

飲物は取らず、”うどんすき(@\3600)”だけ、しかし量的には十分です。まず金属の平なべに汁を入れてIHのスイッチを入れた。次にうどんと数々の具が入った重箱をもってきた。「車海老は湯がきますか」と聞くので湯がいて貰った。持ってきた車海老はピンク色だが、中は生のように思える。ここの鍋で煮込めば丁度よくなる頃合いなのでしょう。
仲居さんがうどんと具の半分を煮立った鍋に入れてくれた。沸騰したらIHの目盛を5から2に下げるように云って立ち去った。
煮えたら薬味を入れたタレに付けて食べるのだが、これがなかなか乙なもの、美味いのです。ゆっくりと楽しみました。
19:50 支払いを済ませ、外にでる。いやに暗い感じがした。

大阪瓦斯ビルまで行き、御堂筋を南下して本町駅から地下鉄に乗った。難波で乗換え、上本町まで戻った。この時刻なら、何処も人が多かった。

ホテル(上本町/1泊目): シェラトン都ホテル大阪

20:30 部屋に戻った。靴を脱ぎ、ホテルのスリッパに履き替えて、ホッとした。
明日は8時過ぎの近鉄特急で伊勢に行く。朝は6時半に起床の予定です。急いでシャワーを済ませた。ここのシャワーはバスタブのカランと一体ですが、温度調節は共通の左側ハンドル、シャワーの出水止水は右側ハンドルになっていて使い易いものでした。あまり見ないタイプです。湯量も十分な勢いがあり気持よく使えました。
日本のホテルのこと、簡単なガウン風寝巻が使えるので助かります。
21:40 夜食として甘いパンと小さい菓子を食べてから休んだ。

2日目(4/13)
伊勢神宮、奈良(唐招提寺・薬師寺)
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ホテル出発まで:

05:40 自然に目覚め起床。起きた時は両足と股関節に痛みがあった。
06:30 2階のレストランに行く。朝食券を渡すと席まで案内してくれた。革張りの大きな円弧の背もたれがある席だった。苦手なので通常のテーブルに換えてもらう。震災の影響なのか、客はまばらで空席はいくらでもあった。
コーヒーの希望を聞かれた。食後に自分たちで貰うことにする。使用中のマークをテーブルに置き、レストランの係は立ち去った。
ヴァイキング形式なのでトレーに飲物や食べ物を好きなだけ取るのですが、 日常と違い動き回るので量はかなり多めです。体重に影響するが、仕方ありません。このレストランの料理は和洋とも豊富だったと思います。少しづつ種類多く頂きましたが、味も悪くなかった印象です。スクランブル・エッグは玉子が良いのか味付けに工夫があるのか、かなり美味に感じました。コーヒーをタップリと2杯のんで朝食の完了です。
07:05 部屋に戻った。
デジカメ2台はショルダーバッグに入れ、特急券などを確認する。
07:35 部屋を出る。
ホテルから出て少し先を左に入る。その先を左に曲がると近鉄上本町駅の改札口があった。昨日入った近鉄デパート入口の反対側になる。

近鉄特急(上本町から伊勢まで):

JRなどと同じく、全ての改札口は自動化されている。が、旅行前に手配した旅行会社の切符は昔ながらに駅員に渡して押印してから通過です。事務所近くの改札口にのみ駅員が1人いました。
ターミナル駅の構内は何本ものプラットホームが櫛状にある。6番乗場の8号車でした。
07:45 特急のドアーが開いたので乗車、座席は9番と10番でした。
ワイフは東大阪の友人にメールを発信、連絡を密にしている。
08:10 出発。これからは車窓の風景を楽しむだけです。海岸沿いと違って約2時間で伊勢市に到着です。
09:58 宮川の鉄橋を渡り、伊勢市駅に到着。宇治山田まで行く予定だったが、車内アナウンスは「外宮(げくう)まで徒歩5分、外宮に参拝の方はここで降りて下さい。」 それに従いここで下車しました。近鉄とJRがある大きな駅です。

伊勢神宮(豊受大神宮/外宮): 豊受大神宮/外宮 地図(豊受大神宮/外宮)

伊勢市駅を出ると駅前広場、その右側に行くと外宮への広い参道は直ぐ分かります。街の雰囲気を感じながらゆっくりと外宮入口に向かいました。神宮近くで道1本だけ左側に行きますが、観光案内所や神社入り口の鳥居がある。観光案内所に入り簡単なマップを頂きました。
外宮は正式には豊受(とようけ)大神宮といい、天照大神の食事を司った豊受大神をまつり、衣食住を始めとしあらゆる産業の守り神とされているそうです。

観光案内所から横断歩道を渡り、大塔楼2本の間から玉砂利の表参道に入る。その先の火除橋を渡った先に第1鳥居があった。それを潜り抜け森の道を進むと第2鳥居があった。その先の右に神楽殿、お守りなども売っている。内宮で購入する予定なので拝見だけでした。
北御門参道の道を挟んで古びた柱と屋根だけの建物が2棟ある。九丈殿と五丈殿という。雨天の祭典やお祓いの儀式はこの2棟の中(屋根の下)で行われるそうです。名前は建物の長さに基づくらしい・・・。(注:1丈は10尺で約3m)
さらに森を行った右側に豊受大神宮の御正殿(ごしょうでん)がある。

10:25 御正殿に到着、白い垂れ幕の前で畏まり、お賽銭を投入れ、かしわ手を鳴らして何やら真面目に祈念いたしました。中は拝見できません。
御正殿の左側は空き地です。これは天武天皇の御言葉により持統天皇が692年に始められた20年に1度の式年遷宮の用地なのです。つまり新しい正殿はこの空き地に建てられます。次回の式年遷宮は平成25年(2013年)との立て看板がありました。
それから亀石(小さな石橋)を渡り、土宮(つちのみや)と風宮(かぜのみや)を簡単にお参りし、石段を上がる多賀宮(たかのみや)は省略させていただき、北御門参道を歩いて外宮を後にしました。

内宮までバスで行けるが時間がないのでタクシーを使った。外宮から内宮まで約5Kmもあり、タクシー代は1990円でした。

伊勢神宮(皇大神宮/内宮): 皇大神宮/内宮 地図(皇大神宮/内宮)

11:00 この頃、内宮(ないくう)入口でタクシーを降りた。やはり人出は多いと思えました。
参宮案内所で案内地図を1枚もらいましたが、これは下宮のものと同じで裏表がそれぞれの案内図になっている。うっかり余分に貰ったことになる
最初の宇治橋鳥居を通り抜け、五十鈴川にかかる宇治橋を渡った。渡り終わると第1鳥居がある。

11:17 宇治橋から見ると大鳥居(名は不詳)の前に「右側通行」と立て看板があった。参道の向こうに桜が咲いている。気持良い参拝日です。玉砂利の参道を行く。大正天皇御手植松の近くだったが、名知らずの小鳥が芝で遊んでいた。
火除橋を渡ると第1鳥居があった。その先の右には五十鈴川が流れ、参拝前に心身を清めるための御手洗場が設けられている。
11:24 参道から外れて五十鈴川に行き、穏やかな流れに手先を付けて清めました。新緑には早過ぎるが、何とも言えない素晴らしい自然の森と静かな川の流れでした。
参道に戻り先に進む。第2鳥居があった。それから左に売店や神楽殿、雨天用の五丈殿があった。更に森の参道を行く。杉の大木が多くあるが、参道の杉は割竹で幹を覆って保護されている。参拝客が少しづつ杉の皮を貰って帰ると杉は枯れてしまう・・・。

11:35 御正宮は左の石段を上がった所にあった。やはり白幕が垂れ下り本殿は見れないようになっている。が、時折の風で白幕が巻き上げられてチラッと見え隠れしていた。
作法は二拝二拍手一拝とされる。その通りにしたか?覚えはないが、お賽銭を投げて柏手を大きく打ち、天照大神に御昼寝から目覚めて頂き、お祈りしました。自分達の事はどうでもよい。東日本大震災の被災者の方々が何とか難局を乗り切れること、今夏を東京の人々が無事に切り抜けること、日本人が世界の様々な人達と上手くやっていけること、この3点を祈願しました。たかが庶民の分際で出過ぎているかも知れないが、本当です。

御正宮の参拝は正面の石段を上がり、参拝後は左の坂道を下る一方通行でした。式年遷宮の空き地がありました。平成25年に62回目の遷宮があると告知されている。

参道を戻らず、荒祭宮(あらまつりのみや)に寄ってから五丈殿の場所にもどりました。売店でお守りを3人分(@\800)買いました。信心と云うより良い記念品のつもりです。ここからの帰路は往路の参道ではありません。 参集殿という休息所があったのでお茶を頂き、しばし足を休めました。
近くの桜などを楽しんでから、宇治橋を渡って内宮を後にした。

門前町(おはらい町通りとおかげ横丁、赤福): おはらい町通り おはらい町通りとおかげ横丁

12:07 宇治川鳥居を通り過ぎると右に商店街の入り口がある。おはらい町通りという古い日本家屋風の商店街で大賑わいだった。

土産店などは興味がなく、昼時なので伊勢名物で黒いタレで知られる「 伊勢うどん 」の食事処を探しながら歩いた。内宮に比較的近い「わらじや」に短い行列があった。評判は知らないが並んだ。実は、混んでいた訳ではなく、時間を取らずにテーブルに付いた。
いろいろ副食品のついたセット・ランチもあるが、迷わず伊勢うどん(@\400)を注文した。丼に太くて固めのうどん、薬味のネギ、たまり醤油にかつお節や昆布などのだし汁を加えた濃厚な黒いタレが底にある。箸でグチャグチャと絡めてから食べる。実に単純で質素な食事ですが、意外にも楽しめました。伊勢神宮参りは宗教行動、フランスのモンサンミッシェル修道院ではフアーと膨らませたオムレツが名物ですが、そもそも巡礼者に安い食事を提供するために考案されたと聞いています。伊勢うどんにも似たような由来があるかも知れません。

おはらい町通りを先に進むと賑わう十字路がある。その左右に有名な赤福があり、右が本店になる。四つ角を曲がって五十鈴川に架かる新橋の中央部まで行ってみる。良い眺めでした。
12:32 赤福本店で土産や自家用の赤福餅を買った。入口では薪を焚いて大きな陶器の壺で湯を沸かしお茶を作っている。良い香りだった。この店の奥で赤福餅を座って食べれる。料金は餅3個にお茶付きで280円、2個入り220円と比較すれば安いと思います。食券を買って川沿いの縁台に座った。お盆に餅3個の皿とお茶2つをのせて持ってきた。2人と知って気を効かせていた。そよ風が心地よく、美味しく頂きました。

赤福本店前は「おかげ横丁」という全てを江戸風に作ったエリアです。ブラブラと見歩きました。昨年末にオープンした羽田空港国際線ターミナルのモールも江戸風です。世界のどこにもない日本風として江戸町作りが盛んなのでしょう。
欧州の観光地だって中世の旧市街が実に多いので、まあ、似たようなものと云えましょう。しかし、欧州は国が多く都市国家の時代も長かったので旧市街はそれぞれが個性的、テレビ等で何処ぞの旧市街がチラッと写ったときも「○○の旧市街」と分かることが存外に多い。シンボル的な建造物が個々の旧市街にあるのも印象に残る理由の1つでしょう。
目を転じて、日本の場合は、あまり江戸風を増やし過ぎると飽きられる恐れもある・・・。何故かというば、異文化の訪問客は細部の違いに気付かないことも多いはず、商売により外形こそ少し違っても江戸屋敷や町屋敷は黒瓦に白壁が多くて特色が少なく、どこも同じような印象が残ってしまう、と恐れます。外国の人達の目に相違が分かる程度に、地方色など特色を明確に打ち出す”差別化”が必要なのかもしれません。

12:53 内宮前まで戻り、そこでタクシーに乗った。行く先は「伊勢山田駅。」 運転手が曰く、「今日のお客は初めてです。大震災後、お客は激減です。」 空白だらけの乗車記録を見せた。内宮もおはらい町通りも賑わっていると思ったが、経済は最低まで落ち込んでいるようです。伊勢の海にも1.8m程度の津波がきたという。牡蠣が全滅とか。伊勢市の南東の海岸も三陸海岸に似て深い湾が多く複雑です。
日本の内閣総理大臣は仕事初めの1月4日に参拝するのが恒例になっているが、警護などは昔と比べると随分と簡素なものになっているそうです。
13:10 宇治山田駅に到着、タクシー代は1910円でした。

近鉄の特急と普通で奈良・西の京駅まで:

13:15 2番ホームの特急に乗車、車両は先頭の4号車、座席は9番と10番でした。
13:29 予定通り出発。大和八木駅で特急から普通列車に乗り換えです。
14:50 大和八木駅に到着。エレベーターを使って降り、6番ホームに行く。ここから各駅停車で奈良南部の西の京駅に向かいます。
14:58 西大寺方面の普通電車が到着。
15:01 出発。
15:27 西の京駅に到着。
改札の外の階段を上るとワイフの友人Tさんが出迎えてくれた。

唐招提寺: 唐招提寺 唐招提寺・構内図

まず、近くの門から薬師寺の境内に入る。そこで薬師寺高僧(No.2/3)の奥さま(Mさん)に紹介されました。花会式関連の行事には早過ぎ、まず近くの唐招提寺に御案内くださることになりました。唐招提寺と薬師寺は参観しながら色々と詳しく御説明を頂きました(感謝!)。学生時代に訪れていますが、大昔のことで初訪問と同じです。
境内から駅に行く木の門から外にでた。大和の道は古く狭い。しかし春の陽光の下ではかえって快適です。大きな枝垂れ桜の9分咲きを鑑賞して、薬師寺の北門跡を過ぎると唐招提寺の塀に突き当たる。

15:43 右に行き、南大門から境内に入ると左に世界遺産の記念碑があった。1998年に「古都奈良の文化財」の1つとして登録されています。通常は拝観料(\600)が必要ですが、今回はTさんが唐招提寺の無料拝観案内の葉書を送ってくれていました。

そこから金堂(国宝)は直ぐ近くに見える。参道を進み金堂の右に行く。宝蔵と経蔵という校倉造の倉があり、間に桜が咲いていた。古から続くのんびりとした風景です。それから金堂の御本尊を拝見しました。
唐招提寺は南都六宗の1つ律宗の総本山といいます。そもそもは東大寺で5年を過ごした唐の高僧・鑑真和上の私寺として759年に創建されたが、当時は講堂や邸宅や宝蔵と経蔵があっただけとされます。金堂は鑑真和上が逝去された後の8世紀後半に建てられたもの、とする説が有力らしい。
金堂の仏像は建物同様に全て国宝、中央に本尊・廬舎那仏(るしゃなぶつ)坐像、右に薬師如来立像、左に千手観音立像が安置されています。御本尊の廬舎那仏は東大寺の大仏と同じ仏様になる。

鼓楼(ころう)の傍を通り、講堂と東室(ひがしむろ)の間を登って御影堂に行く。中は拝見しなかったが立派な御門がありました。前に北原白秋の歌碑がある。
その土塀の道を進むと左に小さな門があった。 鑑真和上御廟の入口です。参道の両側はヒノキ林ですが地面は綺麗な苔の絨毯でした。色合いが一種独特で素晴らしく印象的です。珍しい苔を植えて手入れしていると想像しました。御廟の手前は2/3程の円弧の池に囲まれている。石橋を渡ると墓参の祈念所があり、そこから円形古墳の高所に石の御墓が見える。鎌倉時代の宝篋印塔(ほうきょういんとう)という。そこは行けません。お参りは下で済ませます。訪問時には白トレーナーの男性が上の墓碑の周囲を清掃中でした。

鯉の泳ぐ姿を楽しみ、石橋を渡り、門の外にでる。新宝蔵の道を歩いて金堂に戻った。
16:10 南大門を出て、唐招提寺から薬師寺に向かいました。

薬師寺1(玄奨三蔵院伽藍):薬師寺1 薬師寺構内図、平成23年花会式パンフレットから借用しました

16:20 西の京駅の近く、境内奥の桜が見える門から法相宗(ほっそうしゅう)の大本山「薬師寺」に入りました。 古いお寺で、天武天皇が680年に発願、持統天皇が697年に本尊開眼、文武天皇の時代に飛鳥の地に完成し、710年の平城遷都を機に現在地に移された、とされます。
天武天皇や持統天皇が関係され、今日の午前に参拝した伊勢神宮の式年遷宮を始められた両天皇の時代に薬師寺が建立されているのです。
桜咲く本坊の前を通り、玄奨三蔵院伽藍に向かった。薬師寺はお写教で知られるが、本坊の裏にお写教場があります。

亀の上に石柱が立つ門があった。そこから石段で高くなり、左側(西)から回廊に入る。正面に来たら、Mさんが「ここから撮る写真が一番きれい」と教えてくれた。位置が高く展望が良い。左に本坊、満開の桜木、三重の東塔(唯一創建以来の建物)、金堂の屋根、西塔、などが見えました。
ついでながら、奈良時代に建立された三重の東塔は損傷が激しく、今年後半に解体されて修理される予定、数年は観れないようです。
玄奨三蔵院伽藍から薬師寺の境内 同じ場所から反対側(北)の玄奨塔を見る。二層の屋根があり、その間の正面に「不東(ふとう)」と青地に金文字で書かれている。玄奘三蔵の言葉で、「どのような苦難に会おうとも西へ向い、決して祖国の東を振り向かない覚悟」 を表している。塔内に祭られているのはもちろん玄奘三蔵像です。インドに渡った『西遊記』で有名な唐時代(7世紀)の僧侶、Mさんの説明によれば、母国の中国語で高度な専門知識が必要なうえに、当時のヒンズー語(?)と仏典のサンスクリット語(古語)の両言語をマスターしなくては仏典の翻訳は不可能、玄奨三蔵は語学の天才だったはず、という。17年もインドで勉強し、1335巻もの経典を唐に持ちかえったそうです。

玄奘三蔵は法相宗の始祖とされ、1981年に御遺骨(分骨)が薬師寺に、1991年になり玄奘三蔵院伽藍が建立されました。 塔の周囲は一尺四方ぐらいの焼瓦が敷き詰められている。文様を焼きこんだ瓦も混じっています。色違いに見えるのは瓦の経年変化かも知れません。一旦は右側の回廊に行き、北側の大唐西域壁画殿に入りました。
平山郁夫画伯が2000年に玄奘三蔵の旅を描いた「大唐西域壁画」を拝観できます。見る角度により立体感や色彩の変化があり、不思議な技法で描かれている。撮影は禁止。
16:42 玄奨三蔵院伽藍を後にしました。ここは冬の寒い期間は2カ月以上も閉館されるようです。訪問の場合は要確認です。

薬師寺2(花会式/修二会):

金堂で執り行われる花会式は18時30分からとなっている。それまでの過ごし方が分からない。Tさんは本坊に案内した。靴を脱いで、応接間に通される。先客の数名は入れ替わりの形となった。Tさん、友人らしき京都の人、私達2人、Mさん御夫妻となった。M氏のお名刺を頂いたが確かに薬師寺の高僧であられました。
御抹茶と茶菓子の接待がありました。久々でしたが美味しく頂きました。お話を伺っていると、M氏は東京滞在中に初期の胃癌(なりかかり程度)が見つかり、5カ所に穴を開けて腹腔鏡手術を受けたそうです。確か8日で退院したとか・・・。極く最近のことらしい。医学の進歩はすごいもので、病人には見えません。ごく初期なら心配なく治るのでしょう。
四方山話などで時間がたち、夕食の時刻となった。食事の部屋に案内されました。
薬師寺、花会式・精進料理 精進料理のお弁当
一番奥にM氏御夫妻、Tさんや他の近しい人達、私達もお近くで少々恐縮に感じました。夕食は精進料理のお弁当に味噌汁でした。精進料理は嫌ではない。究極の健康食かもしれません。薬師寺花会式のお食事として楽しませていただきました。Tさんの計らいで本当に予想外のおもてなしを受けました。

夕食が終ると花会式の人だかりが本坊前に出来始めました。Tさんは金堂の中の席と云っています。訳が分からぬまま皆さんと一緒に外で待ちました。花会式のためM氏の東京在住の御子息もお手伝いされています。大行事となると大変です。

ともかく金堂まで数グループで移動したはずでした。 待たされたり動いたり、押されたり、訳が分からないが、○×□△? 気が付いたらTさんと私達の3人は金堂の御本尊近くに座っていた。地方住まいに慣れてしまい、人に酔ってボーとする。驚きの結果として、運良く大導師の真後ろ・・・。 直ぐに金堂内は人で一杯になりました。椅子席は無論、その後ろには人垣です。約2時間、トイレすらいけません。金堂内の写真撮影は禁止でした。

花会式は正式には修二会 薬師悔過法要(しゅにえ やくしけか ほうよう)と言います。間違えるといけないので、薬師寺の花会式パンフレットの一部を無許可ながら掲載させて頂きます。クリックで拡大できます。
要点は、1107年のこと、堀河天皇の皇后の御病気が薬師如来に祈願したところ回復された。皇后は感謝の気持ちとして10種の造花を毎年の薬師寺修二会に供えられた。これが発祥となり、毎年3月28日に仏様のお身払いが行われ、金堂は造花で埋まり、花会式の支度が整うのです。錬行衆という10人の僧侶が厳しい修行に明け暮れます。夜7時からの初夜の行法は迫力があり圧巻です。4月5日夜に有名な「鬼追い式」が行われます。

薬師寺 修二会 薬師悔過法要

参拝者全員に大判の紙がくばられた。両面にお経が印刷されている。前半は「薬師悔過」というお経だった。薬師如来の前に高さ1mほどの高座が設けられ、僧侶1人がその上でこのお経をとなえる。他の僧侶は御本尊(3尊)の3方を囲む専用の席に正座です。和唱したり、鐘・太鼓・法螺などの演奏があったり、明るくなったり暗くなったり、単にお経を聞くというものではなかった。まるで仏教に基づくショーのようにも思える迫力でした。途中で僧侶の方々が花弁に見立てた小さい色付き厚紙をまくのも珍しい。最後は下駄(?)の音を立てながら御本尊の周りを10人の錬行衆が回ります。
後半のお経は「修二会結願大導師作法」というもの。高座の僧侶が代わりました。立ったり座ったりが多く、見ていても太った体型の僧侶なので大変な修業でしょう。読経の間、1人の僧侶が刀2本をもって御本尊の周りを何度もまわったりした。1回り毎に太刀の構え方が違って興味深い演出でした。意味は分かりかねます。薬師如来の左隣りの仏像前で焚火の儀式らしきものも行われました。しかし、全体として、前半に比較すると大人しい感じでした。

20:35 初夜の行法が終了しました。参列者の多くは僧侶の読経に合せて唱えていました。慣れた方々が多かったのです。少々恥ずかしくなりました。
これから金堂の前に作られた舞台で「鬼追い式」です。皆さんに続いて外にでました。

薬師寺3(鬼追い式):薬師寺(鬼追い式) YouTube 薬師寺修二会「鬼追い式」

20:39 金堂前に出た。すでに松明は点っている。
20:40 中門から松明を手にした鬼が現れ始めた。1〜2分で5鬼ていど揃って並んだ。正確な数は分からない。
松明を振り、火の子を散らしながら金堂前の舞台に近付いて行った。
その後は舞台に取り付けられた大松明の周りで大暴れです。
鐘・太鼓・法螺などの音も凄く、鬼が大松明を揺さぶるので火の子も飛び散り、何とも言えない火祭りです。迫力満点、十分に楽しみました。

20:56 終了前にTさんの車があるお写教駐車場に向かった。最後まで見ると帰りの混雑が大変なのです。
真新しい赤いデミオだった。御主人の還暦祝いのプレゼントという。当初は奈良線の近鉄駅まで送ってもらう予定だったが、Tさんは大阪のホテルまで送ってくれました。高速道路を使ったので西の京から上本町まで約40分だったと思います。
ホテル前の交差点で車を降り、Tさんと分かれました。
お陰さまで普通なら参観できない薬師寺花会式を十分に鑑賞できました。感謝!

今日の午後は奈良で過ごしました。京都と大阪と共にトライアングルの観光地を形成しながら、かつては地味な印象でもありました。ところが、奈良には見るべき古の遺構が多く、散策が楽しい場所も発見できる地域です。 学説はともかくとして、大昔の御先祖からの生活圏、現代の目で見て回るのも面白いでしょう。

シェラトン都ホテル大阪(2泊目):

21:45 この頃に部屋に戻ったと思います。車で送ってもらったので随分と助かりました。
朝から動き回り、移動も長く見学も多かったので疲労しています。
昨日買っておいた甘い豆パン1個と赤福2個入りを食べたら少し元気がでました。
シャワーでサッパリして、後はリラックスでした。
明朝は近鉄で京都に行きます。7時ごろの起床で十分のはずでした。

3日目(4/14)
京都(丸山公園・南禅寺・哲学の道)
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ホテル出発まで:

06:45 起床。
07:50 朝食。昨日と同じ2階のレストランです。
クロワッサンの代わりに丸いパン2個にしたが、それ以外は昨日の朝食とほぼ同じです。やはりコーヒーは甘くして2杯のみました。
08:30 朝食を済ませ、部屋に戻った。
08:45 デジカメの入ったショルダーバッグを持って、部屋を出る。

近鉄(上本町→大和西大寺→京都):

上本町駅の改札口で昨夜使用しなかった切符(西の京→上本町)を見せて返金の可否を聞いてみた。窓口に行くように云われた。近くの案内窓口では、「有効期間内なので返金はOK、ただし購入した旅行会社で精算してください。」 旅行会社の発行した乗車券2枚に未使用と日付けのスタンプを押してくれました。(せこいのが遊び・・・。)

09:05 1番ホームから快速急行・奈良行に乗車。近鉄の電車は種類が多く、特急/快速急行/急行/準急/区間準急/普通がある。特急は料金がかかるが、快速急行以下は乗車券のみで利用できる。駅員さんの話では、大阪から京都の場合は乗換があり、先に出る快速急行は特急よりも先に到着するとのことでした。車両は全く異なり、特急列車は前向きの快適な指定座席、快速急行は通常の電車で並行座席です。
09:35 大和西大寺駅1番ホームに到着。ここで京都行きに乗換えです。

09:37 4番ホームを出発。時刻表を確認せず、最初に来た電車に乗ってしまった。急行なら途中の停車駅は多いが、京都線に快速急行はない。次の特急09:50発は10:20京都着、急行でも先に京都に着きます。
10:07 宇治川を渡った。
10:19 近鉄京都駅に到着。この駅はJR東海道線と新幹線に挟まれている。

コンコースを北に、市営バス乗場の方向に歩いた。
これから京都観光、途中のデパートでトイレをお借りしました。
10:35 バス乗場D2に到着、東山を走る#100は直ぐに来た。
乗客が多く座れなかった。小銭がないのでドライバー席の横の両替機で千円札をコインにする。三十三間堂や五条坂を通り、祇園まできた。バスはよく揺れますですね。
11:06 祇園で下車(@\220)。
 

八坂神社:  八坂神社

八坂神社の大きな朱色の西楼門は四条通りの開始点にある。
直ぐ神社に向かわず、交差点を渡って写真を数枚撮っておいた。
11:10 石段を上り、西楼門を潜って境内に入った。花見客を当て込んだものか、屋台が沢山出ている。賑やかで良かったです。
八坂神社は正月3が日の初詣客数は京都で2番目に多いといわれ、人気あるようです。本殿には太い綱が三本下がっており、それぞり大きい鈴に繋がっている。混んでいたので左端の紐を揺さぶり鈴を鳴らして何やらお祈りしました。形式主義的なもの・・・。本殿の前に提灯が沢山下げられている舞殿があった。朱色ではなく地味な古い社殿でした。それから南楼門を潜って外にでてみる。門前町というものはなさそうだった。また境内に戻って、本殿の東に進む。
また屋台が両側に並び、人の川でした。
  

円山公園:  円山公園

八坂神社と円山公園の境には朱の鳥居があった。円山公園は元々八坂神社の境内の一部だったらしい。維新後に回遊式の日本庭園を小川治兵衛という人が造園したという。野外音楽堂(大谷本廟参道の南側で離れている)や坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像などがある。
円山公園内には650本以上の桜があるとされ、京都の桜・夜桜の名所の1つになっている。なかでも昭和22年(1947年)に老衰で枯れた天然記念物「祇園の枝垂桜」の2代目(1927年に種まき)が昭和24年(1949年)に現在地に移植され、今も花を咲かせ続けている。
訪問時もきれいに咲かせて目を楽しませてくれましたが、何かしら樹形に勢いを感じなかった。剪定のためかも知れないが、その点は残念でした。でも、大勢がこの枝垂れ桜を背景に記念撮影をしています。確かにまだ人気はあります。
中心の池の周りの道を一回りして南側の出口から大谷本廟の入口前にでました。その前の坂道を下がり始めたが、どうも違う。
中心の池の周りの道を桜を見ながら一回りして南側の出口から大谷本廟の入口(本門までのアクセス路入口?)の前にでました。

西行庵:  西行庵

訪ね人が多いとは思えないが、鎌倉時代の歌人に由来する「西行庵」に行くつもりだった。円山公園を出た所に大谷祖廟(真宗大谷派/東本願寺)の参道を示すらしい低い門があった。その前の坂道を下がり始めたが、どうも違う。
人力車を引いている人に「西行庵」の場所を訊ねたら、ピンとこなかった。で、「芭蕉堂の隣」といったら分かり、「上の道を右に行った坂の上」と教えてくれた。大谷祖廟の外門らしき所まで戻り、右(南)に向かうと坂道との丁字路(ていじろ)になる。芭蕉堂があり、その左上に西行庵はあった。たかだか数分のことでした。

11:43 当旅行記サイトは「北行庵」を名乗っています。西行(佐藤義清、1118〜1190)が元祖で、東行(高杉晋作、1839〜1867)はそれを模した歌人名です。共に歴史上に名を残した人物で、西行庵(京都&奈良県)と東行庵(山口県)は実在し、いわれも明らかにされている。ネット上のサイト名に過ぎませんが、厚かましくも北行を自称し、サイト「北行庵」を運用しているので、機会があったら訪ねたいとかねがね思っていた。今回、西行庵の外観のみ拝見できました。さすがワビサビの源流とも云われる御仁なだけに、茅葺屋根の田舎屋の風情です。写真を撮っただけでした。
丁字路を少し下った所でタクシーに乗った。

11:50 行く先は「南禅寺」です。2005年12月に訪れているが、昼食に湯豆腐が食べたかった。再度、南禅寺の奥丹に行くつもりです。
途中、和服姿のきれいどころを度々見かける。「舞子さんですか」と運転手に聞くと、「今時は本物は稽古中、出歩いているのは皆ニセもんです。」 なるほど、そういうものかと思った。しかし何者にせよ和服が古都の雰囲気作りに一役かっています。
混んだ表通りをさけて細い川沿いの道を行きました。川の両側に枝垂れ柳が沢山植えられており、その新緑が何とも言えない綺麗さでした。地名は記憶にないが、川はインクラインから分流した疏水の一部かも知れません。最後に平安神宮の大鳥居の前に出ました。

南禅寺(臨済宗):  南禅寺の三門 南禅寺の案内図

12:05 タクシーは南禅寺の中門から左折、三門が見える勅使門で止まった(\1120)。

予定外ながら、立派な三門に上がることにした。 この門は「天下竜門」といい、京都の3大門の1つとされ(他は知恩院三門と東本願寺御影堂門)、高さは22mもある。永仁3年(1295年)に建立されたが焼失し、現在の三門は寛永5年(1628年)に藤堂高虎が大阪夏の陣で倒れた将兵を弔うために再建したもの。中には御本尊などの仏像に加え、徳川家康や藤堂高虎の像が安置されている。絵は狩野探幽と土佐徳悦の作とされる。

徳川家康公は「鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ほとときす」と評される忍耐の人物らしかった。他方、藤堂高虎公は主君を数多く変えた戦国武将として知られ、彼自身の「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」に表れている。ウィキペディアによれば、『浅井長政→阿閉貞征→磯野員昌→織田信澄→豊臣秀長→秀保→秀吉→徳川家康→秀忠→家光』、10人に仕えたことになる。武士の忠義って何だろう?元祖アメリカ流かも・・・(笑)。

入口で拝観志納金@500円を払った。南禅寺では3カ所が公開されているが、これは共通券ではなく三門のみ。方丈庭園は500円、南禅院は300円が別途に必要です。維持・管理費は必要と思っても、計1300円は少し高いような気がしました。
中は靴を脱ぎ、ビニール手提げ袋に入れて持ち歩きです。直ぐ急な階段となる。やはり少々きつく感じました。 最上階で外に出て一回り。遠望できるよう松などは高さを揃えて幹や枝を切り落としてある。特別に印象深い風景とは思わなかったが、南禅寺の三門は「登った」ことが記憶に残ります。
余談: あまりに世俗的で真偽は?と思うが、歌舞伎「桜門五三桐」の第2幕「南禅寺山門の場」にある石川五右衛門の名台詞 「絶景かな、絶景かな、春の眺め値千両」 でしられる。当時の京都は今日に比べ桜はかなり少なかったとしても、私には、創作の世界の話に思えます。日本に「値百万両の春景色」は沢山あると思いますが、本来この種のことは言わぬが花・・・。

その後、法堂(御本堂)に行き、香の煙を体にかけてから簡単に参拝しました。もどって三門の北側の横から奥丹に向かった。水路閣などは以前に拝見したので、省略です。

奥丹(湯豆腐):  奥丹(湯豆腐)

12:30 南禅寺境内の北側、湯豆腐の老舗中の老舗という奥丹に着いた。入口で2名と申込む。中の庭近くの椅子でしばし待たされた。
12:40 案内があり、古めかしい日本家屋1階の部屋に入る。大部屋で10組ていどは入れるでしょう。中央部は空けてある。もちろん椅子ではなく畳に座布団、チト苦手ながら一時の我慢です。その隅の席だった。
正方形の座卓に七輪が置いてある。昔ながらに木炭です。その上で温めるメーンの豆腐は伝統の手作りとか。それが良い。ただ、国内産の大豆でも産地により2種の値段がある。これは珍しいと思います。
注文した「ゆどうふ一通り(@\3150税込)」の献立は、持ってきた順に、 胡麻豆腐、木の芽田楽、とろろ汁、湯どうふ、精進揚げ、御飯(蓋上に香の物)でした。2005年晩秋の時と変わりない。写真をみると田楽の本数が違うけれど(笑)。まあ良しとして、それが伝統料理でしょう。古めいた純和風の店ですが、妙に嫌な感じが全くしない・・・。楽しんだ昼食でした。
13:40 支払いを済ませ、外に出る。これからブラブラ歩きで哲学の道に向かいます。

桜咲く哲学の道:  哲学の道、桜満開 哲学の道、案内図

南禅寺の北門を出ると左に野村美術館がある。○○証券の創始者野村徳七翁が収集した美術品の展示館です。その北側は琵琶湖疏水の分流が勢いよく流れ下っていた。
次の東山中高校(浄土宗系・私立男子校)の入口に枝ぶりのよい桜が見ごろだった。そこを過ぎると禅林寺(永観堂)がある。本堂には高さ80cm弱の阿弥陀如来立像があり、首が左後方に振り返っている珍しいもの、「見返り阿弥陀」と云うそうです。境内には入った。本堂の参観は有料、そこまでの熱意はないので、鹿ケ谷通に戻った。次の交差点を右に曲がり、疏水分水に架かる橋まで坂を上がった。途中に大きな桜が満開、その下を歩くのは女子高校生らしき大集団でした。服装はバラバラで授業代わりの散策会でしょうか・・・。

13:58 疏水分流に架かる橋まで登った。渡ると若王子神社があるので若王子橋という。その橋から疏水分流沿いに遊歩道が銀閣寺橋まで続く。それが「哲学の道(約2Km)」です。2005年秋は紅葉を楽しみながら銀閣寺から若王子橋まで歩いたが、今回は桜の時期に南から北に歩きます。逆さまの季節と方向を楽しむ趣向です。
当初は銀閣寺方面から歩いてくる人達が多くて、歩きにくい。方向を間違えたか?と思った程でした。しばらく後に、両方向の散策が適当に混じり、気にならなくなった。
途中には椿やみつまたの花が咲いていたり、ゆきやなぎを見事に育て咲かせた場所もある。春爛漫、散策には素晴らしい小径です。それで人の出は極めて多く、写真撮影は大変です。
石橋の上で絵葉書の水彩画を描きながら100円で販売している男性もいる。ワイフが1枚買ってあげましたが、明るくて感じのよい絵でした。
14:37 橋を渡り対岸の喫茶店に入る。少し凝った感じの店で、2階の疏水側は5〜6人ていど座れる小上がりでした。桜や道行く人々を眺めて飲むコーヒーも格別でしょう。私達はテーブル、ワイフはホットコーヒー(\500)、私はアイスコーヒー(\500)でした。足の休息です。
15:03 喫茶店を出る。多分この店と思うが、見事な雪柳を沢山植えていた。
法念院の近くに西田幾太郎博士の石碑があり、ご本人が詠んだ歌 「人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり」 が刻まれているという。偉い大先生の作品ながら、それ以外に道はあるのか、今の時代に生きる者として分かりません。若かりし頃、村田英雄という歌手が「王将」を歌って人気を博した。「吹けば飛ぶよな 将棋の駒に 賭けた命を 笑わば笑え ・・・」 見方を変えた表現ながら、誰でも味わう気持の庶民版、と思います。状況次第でいろいろな形で複雑に離合集散を繰り返すのも人間です。それから逃避できないのも現実でしょう・・・。
わざわざ古都まできて、花見と洒落込んでいる。まあ、難しい事柄は忘れるのが上策というものでしょう。
15:18 銀閣寺橋から銀閣寺への参道は凄い人出、青天下の散策や観光の人達でいっぱいです。今日は最高の花見日和、哲学の道は今回も十分に楽しみました。また歩きたい。
銀閣寺は観ているので寄らず、バス停に向かった。

哲学の道には桜木が300本もあるという。もちろん自然に生えたものではない。橋本関雪(本名:貫一、神戸出身、1883年生)のよね夫人が大正年間に寄贈したものとされます。「絵が売れる度に桜を植えた」という心温まる説明もありますが、どうだったのでしょう? 画伯は銀閣寺を少し下った白沙村荘に住み、日本画家として活躍しました。で、銀閣寺のバス停近くに白沙村荘・橋本関雪記念館があります。

バス停の時刻表で四条河原行きを確認した。私はこの種のことは時にモタモタする。後ろの男性が見抜き、聞かれもしないのに乗るべきバスの番号をハッキリと口にして教えてくれた。ウーン、アリガトウか、ヤカマシイか・・・。
15:25 乗車。今回も運転席の両替機で千円を細かくした。席が取れたワイフに220円を渡し、私は最後部の空席に座った。

四条河原町:

15:45 この頃だったと思うが高島屋前でバスを降りた。
一旦はデパート1階のブランドショップに入って見る。ワイフは物色していたが、結局は決まらず店を出る。

茶菓子 次は交差点の真反対にある永楽屋さんでした。長く続いている御菓子と佃煮のお店ですが、ワイフがいろいろな土産品を買っていました。日頃の借りも返さなくては、そんな感じです。テキパキながら物腰の柔らかい中年の男性店員が応対していました。買物が決まったら、椅子席で茶菓子の接待でした。疲れていたので助かりました。

16:20 交差点を渡った所で流しのタクシーを停めて乗った。デパート前は客待ちタクシーの列です。1000円ほどの近距離なのに、タクシー乗場から乗ったら「何時間も客待ちしたのに」と運転手に文句を云われたことがある。それでタクシー乗場の無視となったのです。京都駅まで裏道を通って950円でした。

近鉄(京都→大和西大寺→鶴橋):

東海道線と新幹線の間にある近鉄乗場に行く。乗車券はあるが特急券は買っていなかった。ところが出発ホームに特急が止まっている。
後1分で出発です。運良く最後部の外にいた車掌に「車内で特急券かえますか?」「座席指定はないけれど買えます。」それで、最後部の車両に飛び乗りました。特急なので良い車両でしたが、ガラ空きで座席指定など不要です。

16:45 出発。途中の停車駅は1つです。
出発後に先刻の車掌が回ってきた。特急券は1人500円、2人で丁度1000円でした。
17:15 大和西大寺駅に到着。4番線乗場に移動。
17:26 難波行き快速急行に乗る。
17:34 何を勘違いしたか、生駒駅で降りてしまった。多分、停車直前の「次はつるはし」のアナウンスを勘違いしたのです。ボーとしていたから。
17:44 上本町駅行きの快速急行に乗車。鶴橋まで止まりません。
17:57 この頃に鶴橋駅に到着。JR環状線の乗換駅なので大きいようです。驚いたのはホームまで「焼き肉の臭い」がプンプンとする。韓国人街と聞いてはいたが、すごいねー。

乗ってきた電車の進行方向の出口から外に出る。駅前広場なんて無い。直ぐにド派手な韓国料理店の看板がズラリと並んでいる。臭いもさらに強烈になった。目指すレストランは細い駅前通りを行ったところのはず、Google Mapさん、大丈夫だよね? 両側に焼肉屋などが並んだ道をすすむ。レストランの呼込み娘も結構いるが無視、無視。左側に「鶴一本店」があった。

夕食(鶴一/韓国料理):  夕食(鶴一)

18:06 入店して2名と伝え、右側の椅子に座ってまつ。
数分後、「2階です」と云われた。階段を上がると左が焼き肉レストラン、2/3程度の混み具合に思えた。中程のテーブルに案内された。既に炭火は点火されている。

飲物はアルコール無しのキリン・ゼロ、小瓶1本にコップ2つです。
メニューから、ロース2人前、野菜2皿、ビビンバ(小)2つを注文した。
肉と野菜は直ぐにもってきた。金網で焼けるのを待つ間はノンアルコールのキリン・ゼロで喉を潤した。
ロースは浸け汁で食べたが、柔らかくて味も良かったと思う。
焼いて食べる野菜もいい。コーンを焼いて食べるのは久々です。
ビビンバはゴチャゴチャに混ぜてから食べますが、小サイズが量的に丁度よかった。
全体として楽しめた夕食でした。
1日中、観光で歩きまわり、汗ばんだ体ではこんな店が丁度いいのです。
ワイフが会計の最中に3組8人が入ってきた。人気店のようでした。
18:50 店を出る。実はこの店も薬師寺花会式を世話してくれたTさんのお勧めでした。

再び近鉄・鶴橋駅に戻り、すぐ上本町行きに乗った。
上本町駅の外にコンビニがあった。ワイフは消臭ガムを買った。 「普通なら韓国レストランのレジで消臭ガムはくれるのに」と不満げでした。確かに強烈な臭いでした。

ホテル3泊目:

19:05 部屋に戻った。
今日の予定は全てクリアーして、ホッとしました。
シャワーでサッパリして寝るだけです。
明日はゆっくり朝食をして、その後は帰宅の移動のみです。

4日目(4/15) 帰路(関空→北海道→自宅)

ホテル出発まで: 

06:30 起床。
07:35 2階のレストラン着。客数は極端に少なかった。
今日の昼食時は飛行機です。体重の関係で抜く予定です。それで、しっかりと食べました。
08:15 レストランから部屋にもどった。
土産品などは2人で分けてパッキング、丁度キャリーケースに収まった。
08:45 2階のフロントに部屋番号を告げてカードキーの返却、オンライン予約時にカード決済が完了しているので、これでチェックアウトでした。
キャリーケースを引いてリムジン乗場に行く。

リムジンバス(シェラトン都ホテル→関西空港): 

バスはいた。キャリーケースを預ける時に切符を見せたら、ゴム印が押されていて使用済みとして返された。もう一枚にゴム印はない。「関空で往復乗車券を2枚購入し、今日のは帰路の乗車券」 と伝える。直ぐに納得してOKでした。
09:00 リムジンバス出発。
09:51 関空に到着。キャリーケースを受取ってターミナルに入る。

関西国際空港: 

ANAの自動発券機にマイレージカードを挿入すると、今度は問題なく搭乗手続きが完了した。予約しておいた座席も5Aと5Bで問題はない。紙の搭乗券はなく、ANAカードに搭乗手続き情報が入力されている。セキュリティー検査の直前に同カードを読取機にかざすと搭乗口案内(レシート状)が出てくる。 身体と携帯手荷物はOK、通過でした。

搭乗口は20番、近かった。時間があるのでカード会社のラウンジで過ごすことにする。旅行前にインターネットでその場所は調べてあった。北ウィングG12番近くに「六甲」があるはずだった。ところが途中で閉鎖されて先に進めない。カードマンに訊ねると「ここにラウンジはない」という。カード会社のラウンジは一旦外に出るとモールにあるという。

搭乗口ホールに出て、3階モールの北側にある「アスカ」に行った。
□:□ 各自のゴールドカードとANAカードを渡して手続きし、中に入った。
コーラとお摘みをもらって寛ろぐ。ラウンジは静かで疲れません。
□:□ ラウンジを出る。
再度セキュリティ検査を受けてから搭乗口G20に行く。その椅子で休んで時間まで待った。

ANA便(⇒北海道):  航空写真

□:□ ANAカードを読取機にかざして搭乗口を通過して機内に入る。
機材はB737-500、座席配列 3-3、座席は 5A と 5B です。
すぐにワイフの知合いが3Fに座った。
□:□ 予定の時刻に出発。関西は晴でした。
上昇すると神戸や琵琶湖や伊吹山地までは見えたが、それからは何も見えなくなった。
□:□ 飲物は300円だしてスタバのコーヒーにする。往路と違い紙コップはANAのものでした。味は同じようなものでした。
□:□ 予定の時刻に地元空港に到着でした。

地元空港→自宅:  

バゲージ・リクレームでキャリーケースを受取り、レンタカー会社が待っている場所に行く。誰も居ない。外に行くとレンタカー会社のボックスカーに他の2名が乗車中だった。今回は相乗りですが、たかが数分のことです。

レンタカー会社でキャリーケースを積み替えて自宅に向かった。以前なら途中でランチでしたが、気になるのは空腹よりも体重でした。

自宅に着きました。何の変わりもなく、無事に旅行を楽しみました。
たった3泊の短期旅行でしたが、何故か長く留守にしたような気がしました。まだ花の季節ではありません。空気は関西と違ってヒヤッとしています。

おわりに

今回の旅行は、ワイフに云わせると、パックツアー並みの忙しさでした。 移動と観光先が比較的多かったし、全体として個人のノンビリした関西旅行ではなかったのです。

伊勢神宮は学生時代の終りころに参拝しています。記憶は薄れたが、神社はともかくとして街並みはすっかり変わっています。初めての参拝と同じでした。神話の世界と思いますが、天照大神は天皇家の始祖とされ、日本に取っては神聖な場所です。内宮・外宮ともに良い時節の訪問でした。

ワイフの友人が薬師寺の花会式(修二会)を予約してくれたので、思いがけず珍しい伝統行事を十分に鑑賞し堪能することができました。出来るだけ簡潔に詳しく説明したつもりですが、写真ページも合せてご覧いただけると分かり易いと思います。しかし、花会式の主な行事は金堂内、そこは撮影禁止です。文章での写生には限界があり、ご参列の上ご自分で拝見されるのが最善です。締め括りの「鬼追い式」は東大寺二月堂お水とり(修二会)の「お松明」と同じような火祭りです。ここでは、鬼の持つ松明と舞台4隅の大松明の火の子がすごくて迫力満点です。鐘・太鼓・法螺などの音楽も力強さで雰囲気を盛り上げます。「一生に一度は拝見する価値がある。」 これが印象でした。

京都も桜の季節、円山公園や南禅寺もきれいに咲いていて人の出も多かった。哲学の道は特に印象に残りました。今回の短期旅行は最高の花見日和だったのです。

薬師寺に近い「西の京」から大阪「上本町」まで近鉄乗車券をJTBで購入済みでしたが、薬師寺からホテルまで送って貰ったので未使用です。近鉄駅で「未使用」のスタンプを押してもらい、帰宅後に購入したJTBで返金してもらいました。切符1枚に付き100円の手数料がかかりますが、切符2枚で760円が返金となり、支払いのクレジット・カード口座に振り込まれました。極く僅かな金額ながら、きちんとすべき事柄でしょう。混んだ店頭でしたが、嫌な顔1つされなかった。

写真ページに数多く写真を掲載しましたが、記録の意味で失敗作も時々利用しています。しかし、桜の写真は沢山とれて満足です。動画も撮ってみましたが、これは、まだまだです。

往復の飛行機から各地の写真がかなり撮影できました。小型コンデジではなくネオ一眼デジカメの使用です。いつもなら雑誌を読んだり眠ったりの機内ですが、今回は少々忙しい思いもしました。

最後に、当旅行記をお訪ねくださり、お礼申し上げます。
お楽しみ頂けたり、参考になる情報を発見されたら、幸甚に存じます。
これに懲りずに、機会がございましたら、北行庵の他の旅行記もどうぞお楽しみください。

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壁紙写真集 ⇒ なし
(2011.07.20 改善)(2011.04.22 公開)

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