韓国(釜山・慶州・安東・丹陽・ソウル) 1日目/2008年3月27日
新千歳空港から釜山空港、釜山観光のち慶州
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起床から出発まで:
パッキングは昨日済ませた。する事もないが、やはり普段と違う早朝に起床でした。
早いが何時もと同じパン一切れ・ヨーグルト・コーヒーの朝食を済ませる。砂糖なしのコーヒーを3杯も飲みました。 パジャマから着替えて、暖房のストーブは消し、戸締りの点検をする。コンセント類の多くも外しておく。 旅行中の安全を各自で確認し、車に手荷物類を移動した。出発準備が完了した。

国内移動 (自宅→JR駅⇒新千歳空港駅):
ワイフの車で出発。雲は低く、小雨がちの天候だった。道は空いていた。
ものの10分でJR駅・駐車場に到着、1階中央部の空きスペースに車を入れ、支払い済みの駐車票をフロントに置いた。 駅舎は近く、キャスター付き小型バックを引きながらの移動は楽だった。しばし駅の待合室で過ごす。大型のストーブで暖たかかった。
出発の10分前になり改札が始まった。ホーム連絡橋は私がポーター役、バックを両手で持つとバランスが取れて何とか運べました。ホームの4号車乗場に移動する。海外旅行用の大型スーツケースの人達もチラホラいました。
特急が到着。我々の指定席は乗車口から左、連結器を超える前の車両だった。バック2個を上の棚に置くと、数時間のリラックスです。予定時刻に出発でした。しばらくすると車内販売が回ってくる。コーヒー(\280)を買った。昔と違い、車内販売の女性は旅客機のスチュワーデスみたいな制服です。早起きだったのでウトウトしながら過ごす。
予定時刻に南千歳駅に到着した。次は空港行き電車エアポートに乗る。待ち時間は10分足らずだった。ホームから見える辺りは未だ残雪が多く、空気も冷えている。
エアポートも定刻の到着、車内は少し混んでいた。すぐ乗車し南千歳駅を出発しました。
約3分後に新千歳空港に到着。この駅はターミナルビルの地階です。エスカレーター2本を乗り継いで2階に上がったが、旅行会社の窓口らしきものはない。日程表で確認すると”1階”とある。エスカレーターで降り旅行会社窓口に行くと、担当の添乗員Nさん(女性)は到着の頃合なのでJR駅の方向に「ほくぎょうさ〜ん!」と大声で私の名を呼んでいた。

新千歳空港にてツアー参加:  新千歳空港
窓口の添乗員Nさんに名乗って、パスポートを手渡した。大韓航空(KE772便)の搭乗券2枚を受取る。それを持って大韓航空の搭乗窓口に向かった。
10:15 この頃に大韓航空で搭乗手続きを済ませた。荷物を2つ預けて搭乗券の裏に預り番号札を貼ってもらうだけです。地方空港出発の直行便なのでロストバゲッジの心配はないでしょう。
その後は特にする事もなく集合までブラブラと過ごす。
10:30 添乗員さんの赤い旗に集まった。やはり中高年が大半、かなりの高齢者も混じっているし、多少は子連れの世代も参加していた。春休みの時期なので平均年齢が少し下がると思っていたが当たらなかった。以下、簡単に添乗員さんの説明内容です。

担当の添乗員Nさんは所属は札幌支店ながら通常は東京発のツアーが多いそうです。雰囲気がそういう感じの人でした。
10:40 解散。立ち聞き情報ですが、「箸」持参の人達もいるようです。中国旅行なら持って行くらしいが、韓国ではどうでしょう? (結果論ですが、このツアーの場合は不要です。)

セキュリティ・チェック、出国審査、搭乗まで
直ぐエスカレーターで2階に上がり、セキュリティー・チェックに向かう。新千歳空港は1ヵ所らしく、長蛇の列だった。並んで待つ。ところが、先発のJALグアム便の団体搭乗客が遅い搭乗手続きを済ませ、係員が誘導してその15名程度のグループを割り込ませた。これで我々の待ち時間は長くなった。出発に支障はなく、我慢するだけです。
セキュリティ・チェックはコートを脱ぎましたが簡単に通過、出国審査もパスポートと搭乗券を渡して見せるだけで問題ありません。成田空港と比較すると審査待ちの空間がかなり狭く感じます。
出国審査のあと、GATE 2 のサインはあるが、指示通り(?)に歩いても何処にも行けない。結局は1階上にある待合所にエスカレーターで行き、搭乗時刻になったら又1階分だけ階段を下りて GATE 2 に行く、と分かりました。誘導標識に少し工夫があっても良いと思いました。

11:22 待合室に到着。搭乗する機材は既に到着していたが、時刻まで椅子で休みました。ここには免税店もあり、小型ながら国際空港の雰囲気はあります。
11:35 GATE 2 への階段のロープが外されたので移動です。

大韓航空・釜山便(KE772): 大韓航空・釜山便/航空写真あり wp
搭乗する大韓航空 B737-900、新千歳空港
11:40 搭乗ゲートを通り、ボーデング・ブリッジで機内に入る。
機材はB737-900、前部2列がビジネス・クラスでその後方は全てエコノミークラスです。座席配列は 3-3 で、我々は 47E と 47F でした。かなり後方です。
11:45 私は窓側に座った。話が前後するが、お陰で釜山の街の航空写真が撮れました。
僅か数時間の飛行のこと、座席に膝掛けやイヤホーンはない。ポケットにハングル文字の雑誌やカタログや搭乗機の説明などがあるだけです。何時もなら靴は脱いでスリッパを履きセーターに着替えるが、今回は我々とて国内旅行並にハーフコートを脱いだだけでした。

客室クルーが直ぐ出入国カード(ED Card)と旅行者税関申告書を配りました。出発から離陸するまでに書き終えました。タクシーアウト中は揺れるので、上空の水平飛行中に記入するのが良いと思います。ツアーの場合は、パスポート番号などを旅行会社の日程表にメモしておくと、必要情報は全て日程表から入手できます。他に、旅行会社が配布したガイドブック「韓国」にEDカードと税関申告書の記入例がある。我々はこれにメモっておき利用しました。記入例に習うのが楽でしょう。 [ 入国カードと関税申告書(表・裏) ]
実は、私のPCでは「ブサン」と入力しても「釜山」に変換されない。「プサン」で「釜山」に変換される。2008年春には Google 検索でも[ Pusan ]で200万以上のヒットです。このように「プサン」が多用されるのでEDカードの目的地に「Pusan」と書いたが、英語としては間違いです。正しい英語表記は「Busan/Busan Metropolitan City」です。前もって添乗員Nさんから「プサンの英語名は”P”ではなく”B”です」と注意があったが、うっかり間違えました。

12:05 定刻に出発。
12:17 箱入り電気式イヤホンが配布、耳元のコードを割いて用いる使い捨てタイプだった。
12:23 この頃、津軽海峡の上空になる。次第に雲が多くなり何も見えなくなった。
12:30 昼食の配膳。食後にコーヒーをもらった。
12:55 昼食トレーの片付け。
14:25 釜山の近くで着陸態勢。雨勝ちな天候ながら釜山の街がよく見えました。
いよいよ着陸ですが、衝撃が少ないスムースなランデングでした。
14:55 ボーデング・ブリッジは使わず、ターミナルまでバスです。雨の韓国第一歩でしたが、タラップからバスまで僅かな距離ながら傘をさしてくれた。濡れずに済みました。

釜山空港(韓国入国):
入国は1階、直ぐ入国審査の列に並び、しばし待ちました。黄色のEDカードとパスポートを渡すと、パスポートを端末に読取らせ、査証欄の空きにゴム印を押して終りです。
次はバゲージ・リクレームで手荷物の受取り、確かターンテーブルは2本あった。ツアーが通った入口から2番目のターンテーブルに搭乗機の荷物が出てきました。他のバックと比較するば我々のバックは小さなものでした。中には御夫婦で大型スーツケース1個の例もありました。
関税申告書を渡して通関です。もちろん、何の問題もありません。

空港には現地旅行会社(Chess Tours)の人達が出迎えている。まだ小雨です。専用観光バス(1号車)はピンクのド派手なもの、バスが多く並ぶ駐車場でも目だって良いし、車番まで3003で覚えやすい。すぐドライバーさんが手荷物を床下トランクに入れてくれた。
4日間乗る観光バス/側面
4日間乗る観光バス/正面
15:20 この頃にバスに乗ったと思います。新しい車両らしく前部には大型液晶画面が設置されている。
1号車担当の3人とも韓国の人達です。バスに合わせたピンク色コートの女性ガイドはカクさん、やはりピンク色シャツが目立つ男性の助手兼カメラマンはキムさん、年配のドライバーもキムさん。韓国の姓は漢字一文字、大凡300程度の苗字しかなく、同姓が多いことになる。日本は特別に苗字の多い国だから、多少はまごつく面もありますね。ただ、ガイドさんの苗字カク(郭/Kwak)はとても少ないそうです。ところが名が”仙姫(Seon Hee)”、日本人にはセンヒメ様に思えます。若くて整った顔立ちのうえ留学経験があり日本語は堪能で説明も明確でした。決して名前負けしていない。以上の3人で3泊4日の全行程を案内してくれる。もちろん、日本からの添乗員Nさんも分担でいろいろ世話をしてくれますが、観光の主役はガイドさんになります。これは1号車で、別チームが2号車の担当です。いよいよ韓国ツアーの始まりです。

15:30 この頃に出発だったはず。それから10分程度で雨は止み、太陽が雲間から時々見え始めました。
車内は暖房が効きすぎて、非常に暑くなってきた。ダウン・ベストの付いた半コートを脱いでも汗がタラタラと出るしまつ。カラーシャツの袖を上げてもダメ、こうなると暑さに弱い私は限界近くです。でも誰も苦情1つ言わない。それで自分の体調が狂ったためと思った。珍しくも、今回の旅行は最後まで持たず途中でダウンかも、と本心から弱気になりました。

ボンヤリ車窓から街を眺めて過ごす。看板類はハングル文字が絶対多数で漢字がとても少ない。アルファベットは更に少ない。何が書かれているのか見当がつかない。エジプトやインドやロシアに行ったのと同じ、「ここは外国」と実感しました。キリスト教徒が比較的多い(20%以上)らしいが、そのため旅行中は所々で教会を見かけます。
ツアーの観光予定は、南浦洞(ナンポドン)地区で2ヶ所、その後は夕食のみです。

龍頭山公園 (南浦洞/ナンポドン地区):  釜山/龍頭山園
龍頭山公園と釜山タワー 16:10 桜咲く小高い丘にバスは登った。龍頭山公園に到着です。モウロウとした気分でフラフラとバスを降りた。外気は冷たく実に心地よい。ものの数分で元気を取り戻した。体調を崩したのではなく、バス車内が暑過ぎて一時的にダウンしただけでした。公園到着後に添乗員さんに温度調節を頼んだメンバーがいたようでした。

龍頭山という丘は海抜約180mあり、その上に釜山タワー(Busan Tower/高さ120m/1973年建立)が建っている。その展望台からの眺めは街並みと複雑な入江で見事なものらしい。到着前に搭乗機から見下ろした釜山の風景からして相当な景色や夜景と思います。ツアーは釜山タワーや龍頭山公園の建物を背景に記念写真は撮ったが、タワーに行かなかった。
その後、ブラブラと公園内の施設を外から見て回った。八角型の建物や大きな鐘楼などがあり、公園名になっている龍の像もあった。
公園の中央部に李舜臣の銅像がある。この人物は、豊臣秀吉による最初の朝鮮侵攻(1592-3年/文禄の役/壬辰の倭乱)のときに日本の水軍を破り軍功をたてたとされる。秀吉の2度目の侵攻(1597-8年/慶長の役/丁酉の倭乱)でも水軍の指揮をまかされた。日本の水軍を撃退したが、その戦いで戦死したそうです。 韓国では英雄の1人です。

朝鮮王朝の後期、日本の江戸時代には釜山と対馬の間で交流があった。龍頭山を囲む一帯は倭館の敷地であり、釜山開港後は日本人居留地となったと云われます。現在、釜山市は下関と福岡の両市と姉妹都市になっている。北日本の居住者はどうしても距離を意識しますが、西日本では東京より近いので日常的な親しみを感ずる外国の都市かも知れません。
昨年(2007年)に世界文化遺産展示館、世界民俗楽器博物館、世界風物紀行、企画展示館、等々がこの公園の施設として新たに加わったようです。

広場には満開に近い桜木があり、その下では沢山の鳩が遊んでいる。その鳩を一羽づつ見ると、単色に近い日本や欧米の街の鳩と違うように思える。配色が一羽毎に違うのです。グレーの他に緑や青や明るい色などいろいろな羽が混じっている。中にはキジバトみたいなものもいた。
釜山の花「椿」は見ごろを過ぎたものが多い。桜が8〜9分咲きに思えたが、釜山は半島の南で早く咲くのです。話は前後しますが、北の慶州やソウルは花見には早すぎる。慶州は白木蓮が見頃で連翹(レンギョウ)の明るい黄色もよく見かけました。ソウルでは宗廟の境内で満開の早咲き紫つつじを数本みかけただけでした。3月も終りに近い朝鮮半島で花が示す気候です。

チャガルチ市場 (南浦洞/ナンポドン地区):  釜山/チャガルチ市場
新チャガルチ市場の港側
16:35 この頃、地下鉄の走る大通りでバスを降りた。ここから港に向かい、魚介類が専門の大規模なチャガルチ市場に向かいます。小路に入ると直ぐに鮮魚市場の雰囲気は出てくる。先の横丁には赤・黄のパラソルが並び、その下では魚介類を豊富に並べた露店が両側にびっしりと並んでいる。水槽を並べ活魚やカニ・アワビなどを売る店もある。時々写真を撮ったが、こちらは観光でも鮮魚店は仕事、何かミスマッチな雰囲気も幾分は漂っていたように思います。
新しくて大きなガラスの建物(チャガルチ市場/2006年完成/地下2階・地上7階)を通り抜けて港の岸壁に出ました。 丁度、派手な色彩の小型双胴艇が目の前を横切りました。向いは影島、左遠方に影島大橋と赤い釜山大橋が見えている。釜山港の本体は大橋の向こうになるようです。港と影島を背景に全員で記念写真の撮影でした。
その後は自由にチャガルチ市場・建物内の鮮魚店を見歩いた。水槽を生簀に活魚を売る店がとても多い。見事です。韓国一の魚市場と云いますが、一般市民が利用できるこれ程に大規模で立派な鮮魚市場は世界でも珍しいものでは? 上階に行くと一般人向けの海鮮レストランなどもあるようです。
コンドミニアム・タイプのホテルに泊まって、ここで沢山の買い物をして、仲間とワイワイやりながら新鮮な刺身の大盛りを堪能したら・・・、でも夢のまた夢です。
往路とは別の道を通り、魚市場街の看板兼用のゲートを潜りぬけ、地下鉄の駅近くでバスを待ちました。釜山タワーが見える場所だった。
17:15 バスに乗車。市内のレストランに向かいます。

レストラン「伽耶(カヤ)會舘」で海鮮鍋:  釜山/夕食のレストラン
「伽耶(カヤ)會舘」の海鮮鍋
韓国のステンレス箸
17:25 港近く、コンテナヤード近くのバス溜まりに停車した。丁度レストランのある建物の前になる。韓国料理は大昔に日本とニューヨークで数回のみ、それで少々楽しみでした。
固まって建物に入り、階段を2階まで上る。そこに観光専門食堂「伽耶(カヤ)會舘」があった。靴は脱ぎ、座布団に座った。日常は椅子の生活で苦手・・・、もう足腰が痛い。
4人一組で中央に置かれたガスコンロの海鮮鍋1つを共有です。オカズは対面の2人分づつ用意されていた。
飲物は韓国ビール(5000W/\525)、日本のものよりアルコール分は軽い(4.5%)。それでも2人で1本、十分でした。
ガスコンロに火が付けられ、我々はオカズ類を銘々皿に少しづつ取って味わいました。日本と違い箸はステンレス製、割り箸のように紙袋に入っており衛生的です。当初は重くて使いづらく思ったが、直ぐに慣れました。旅行中は何処もステンレス箸だったが、紙袋に入れた店、箸・スプーンなどを並べた店、いろいろでしたが不潔感は全くありません。多少でも資源の無駄遣いは抑えれます。
韓国料理は唐辛子を多用するとされ、ワイフは辛く感じたようです。しかし私は、野菜類が多いし辛味は思っていたより軽く感じ、想像より食べやすかった。脱色しない黒いコンニャクは見かけより柔らかいものでした。
そのうちに、オンニ(お姉さん)が煮立った海鮮鍋のカニや蛸足をハサミで小さく切ってくれる。別皿のウドンも入れてくれた。これが煮えると頃合のようです。
数種の野菜の他に魚肉、ムール貝、あさり、タコ、イカ、エビ、等々です。十分に煮込んである。残念ながらカニ足は細身で食する身が少ないものでした。しかし全体的に楽しめました。残念なのは、隣が遠慮なく鍋の食材を取り、オットリ型の私には少ししか回らない。あわてたワイフが私の受皿に取ってくれる始末でした。写真にないがご飯も出ます。日本のご飯とよく似ているが少し炊き方が違うような気がしました。米の違いかもしれません。
18:10 この頃にレストランを出る。

釜山から慶州に移動:
18:20 この頃に出発、慶州のホテルに向かう。既に暗く、ウトウト・モードでした。
19:25 サービス・エリアで短時間のトイレ休息。

慶州コーロンホテル:  慶州コーロンホテルの全画像情報
慶州コーロンホテルの正面
20:10 ホテルに到着。
ポーターサービスはなく、トランクから出してくれた手荷物を受取り、各自でロビーに運びこんだ。
添乗員さんがルームキーをグループ毎に渡してくれる。受け取り次第、エレベーターで自室に向かった。我々は720号室、エレベーターホールから遠い奥まった場所でした。
20:23 入室。ドアーはオートロックではなく自分でノブ中央のボタンを押してロック、チェーンも忘れずに掛けます。
何時もながら、部屋の写真を撮っておく。確かにツインなのですが、ベットはシングル1つにダブル1つでした。海外では珍しくスリッパが2名分あった。トイレはウォッシュレットではなく水洗です。全体として普通の使い易い部屋と思います。
バックから洗面具など必要品を出し、デジカメの充電器も準備した。今日は小型コンパクト・デジカメを使用したのでリチウム・イオン充電池のみです。就寝までの短時間で完了しました。
実は温泉ホテルなので大浴場も利用できるそうです。我々は手持ちのお菓子とお茶を済ませた後、シャワーでサッパリしました。
釜山空港から龍頭山までの車中は暑くて大汗をかいた。そのためか風邪気味で喉がヒリヒリする。ウガイの後に点鼻薬を使い、風邪薬ものみました。前後するが、これで明朝までに風邪の気配は治まりました。
22:00 この頃に就寝。直ぐ眠ったのですが間もなく目覚めてしまった。手持ちのヤクルトで喉を潤したら今度は眠れました。

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