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九州旅行6日間〔前編〕
(2006年11月5-7日)
表紙ページ
はじめに
1頁:1日目(11/17): 自宅→羽田→福岡→別府→ホテル(別府)
1頁:2日目(11/18): →血の池地獄→湯布院→阿蘇→高千穂峡→ホテル(阿蘇)
1頁:3日目(11/19): →青島→鵜戸神宮→飫肥城→ホテル(霧島)
2頁:4日目(11/20): →霧島神宮→桜島→(フェリー)→鹿児島→知覧→ホテル(指宿)
2頁:5日目(11/21): →天草→(フェリー)→雲仙普賢岳→島原城→ホテル(長崎)
⇔ 長崎の夜・自由行動(夕食・稲佐山(夜景)・眼鏡橋・オランダ坂)

2頁:6日目(11/22): →大浦天主堂→グラバー園→平和公園→福岡→羽田→自宅
2頁:おわりに
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中国地方と九州
旅行記
* 33回忌の旅、京都市と山口県(2011年6月)
* 北九州と西中国のバス旅行 (2009年4月)
* 九州旅行6日間 (2006年11月)
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はじめに Page Head ▲
1995年から始めた海外旅行は自由時間の多いものも含めて全て旅行会社提供のパックツアーです。反面、国内旅行はドライブを含めて個人旅行でした。今回、初めて添乗員付きのパック旅行に参加して九州をグルリと回ってみました。全体的にとても楽しめた旅行だったと思います。簡単な旅行記録ですが、お楽しみ頂けると幸いです。どうぞ、ごゆっくりとお過ごしください。

1日目(11/17)
自宅→羽田(集合)→福岡→別府→温泉ホテル
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羽田空港の集合まで: 

□:□ ワイフの車で出発。今日は雲が多少ある程度の晴、風もなく良い出発日だった。
□:□ 空港駐車場に到着。到着口近くに駐車できた。小型キャリーバックを引きずって出発口からターミナルに入る。
□:□ 旅行会社の係から「地元→羽田」、「羽田→福岡」の搭乗券2枚づつ受取る。すぐ手荷物のレントゲン検査を受け、搭乗手続き窓口でキャリーバックを預けた。福岡まで預けたままになる。JMBのマイレージ積算を確認したところ「包括チケット(搭乗券に氏名なし)」なのでダメだった。2階のショプ近くでしばし時間潰しをしてから搭乗口に向かう。
□:□ 搭乗口の待合室に移動。携帯の手荷物類と身体のX線検査は問題なく通過できた。

□:□ 搭乗。機材はB767-300、座席配置は 2-3-2 (前部Jクラスは2-2) 座席は最後部の 48H と 48K だった。膝掛け毛布は座席に置いてないので後でスチュワーデスさんから受取った。
□:□ 出発。しかし少し移動して止り、動かなくなった。
□:□ 窓の外を見ていたら、ジェット戦闘機2機が前後に並び着陸の寸前だった。後方の戦闘機は僅かに高い位置にあった。まずは前の1機が着陸し、それを庇うような感じだった後続機は一旦は上昇し旋回した。しばらく後(3〜4分後)にその戦闘機も着陸、ターミナル・ビル近くの駐機場に2機は落着いた。演習中に故障でも発生したのか、それとも民間空港を臨時使用する際の下調べだったのか。いずれにせよ、めったに戦闘機を見ることのない空港で珍しいことでした。
□:□ この頃に離陸。10分も飛んだら雲海の上となり下界は全く見えなくなった。機中でコーヒーを一杯もらう。気のせいか、今回はソコソコ飲める味でした。
□:□ 羽田空港に到着。

乗継は2時間以上ある。昼食のためガレリア5階の蕎麦屋に行き、天麩羅蕎麦(@1350)を頼んだ。空腹は一応は収まった。
□:□ 食べ終えて店を出る。支払いはワイフでした。エレベーターで1階に降り、途中の薬局でお茶のボトル2本を購入。

搭乗口に集合、福岡空港まで: 

ツアーの集合は午後1時。間があったが、JAL福岡便の搭乗口で過ごすことにした。近い入口で手荷物と身体のレントゲン検査を受けたが長い行列で待ち時間はかなりのものだった。
12:40 集合場所の搭乗口9番まで随分と歩いた。適当な空き席に腰掛けて過ごす。
13:03 添乗員さん(若い女性)が我々を見つけて挨拶に来た。総勢31名の参加でした。国内旅行のことで全員が集まることもなく、特に必要な説明もないようでした。
13:15 搭乗客の行列にならぶ。
13:20 機材はB777-200、座席配列は 3-4-3、我々は中の 31G と 31H、この便は満席と云える状態でした。
13:35 5分遅れで出発。
13:48 離陸。途中の機内サービスは紅茶にした。他に「琉球黒糖」という黒砂糖キャンデーをもらう。チョッピリ南国を感じさせるサービスでした。
15:25 定刻に福岡空港に到着。ターンテーブル近くでキャリーバックが出てくるのを待つ。狭苦しいターミナルに思えたが、建物は幾つかに分散しているようでした。
15:50 全員が手荷物を受取ったのち、待っていた「西鉄観光」の観光バスに移動です。

観光バス: 

今回は3日で交代するスルードライバー(?)、そして全行程のスルーガイド、初めから終わりまで一緒です。乗車前だったと思うが、初めて参加者の点呼がありました。
バス床下のトランクに手荷物を収めるのは海外旅行と同じ。しかし海外なら似たサイズのスーツケースですが、今回の国内旅行ではバラバラの感じです。小型キャリーバックが多いが、御夫婦で大型スーツケース1個の場合もありました。

若い女性ガイドさんが加わりました。自称30才の独身、しゃがれ声に近く、何かと「スミマセンね〜」を連発する人でした。初めの2日間は説明なども何となく投げやりで「酷く下手なガイドに当たった」と嘆いていたが、段々と本領を発揮して良くなり、客側の慣れも加わって、最後には「多分、西鉄観光の名物ガイドでは?」と囁かれるまでになったのです。さすがプロ、丸6日間のガイドを保った上に、自分の評価を上げる技を身に付けた人でした。

15:55 バス乗降口の外側に今日の座席表が張られている。我々は後方の8番だった。座席表は毎朝発表になる。
また乗降口の内側に大きな九州地図の 行程図 (全行程と観光先と宿泊地が記入) が張り出されている。分かり易いのでこの旅行記で借用しました。

福岡から別府にバス移動: 

今日は高速道路を利用して別府まで移動、ホテルには夕方6時ごろに到着予定です。
15:58 この頃、バスは福岡空港から出発でした。
16:13 高速道路の料金所を通過。ここから九州自動車道を南に走り、鳥栖ジャンクションで大分高速道に乗り東に進んだ。

17:05 玖珠PAで停車、土産屋に入る。棚にはイチヂクのドライフルーツやショウガとかラ・フランス(梨)の砂糖漬け等々北国の我々には珍しいものも多かった。ワイフはラ・フランスの砂糖漬けを買ったが、帰宅後の賞味では珍しい味ながら旨いとも思えました。
17:15 休息を終え、出発。

大分県”九重”の読み方は町名としては「ここのえ」、連山は「くじゅう」と読むらしい。連山には中岳(1791m)や久住山(くじゅうさん/1787m)がある。学生時代に旅行したのでその時にも聞き知ったはず、しかし時と共に忘れていた。先月(2006/10/30)のこと、谷底からの高さが日本一の吊橋「九重(ここのえ)夢大橋」が完成した。珍しい観光用・歩行者専用の吊橋としてTVニュースでも報道された記憶がある。我々は行きませんでしたが、九重町ウェブサイトによると標高(777m)、長さ(390m/日本一)、高さ(173m/日本一)、幅(1.5m)、通行料金(500円)となっている。

別府湾ロイヤルホテル: 

18:00 別府湾ロイヤルホテルに到着。ロピーで少し待つとカードキーが渡された。8階だった。
18:08 入室。ベットはセミダブルが2つ、2人用ソファー1つ、椅子2つ、テーブルやTVなどがあり、広さに問題のない快適な部屋でした。ただ絨毯の汚れが目立ち、気になった。
私にとり、この種の温泉ホテルは約20年ぶりと思います。本当に久々でした。
ホテルで夕食:  18:50 夕食会場に向かった。2階のロイヤルホールというレストランに入る。ツアーではテーブル5つ使用だった。他の大きな団体も幾組かいる。夕食は 21:00-21:40、内容は温泉ホテルのことで鍋物や刺身や煮付け類です。デザートは缶詰のフルーツでした。
食後は一旦部屋に戻り、持ち歩いていた貴重品類を部屋の金庫に入れた。使用開始時に任意の4桁の暗証番号を入力するタイプです。
温泉と土産店:  20:00 この温泉ホテルは部屋以外の浴衣姿は禁止、浴衣の上に甚平(?)を羽織って部屋を出た。地下1階の大浴場に行くのだが、まず1階フロントに行き部屋と金庫の鍵を預けた。
ここの温泉はぬるめ、露天風呂近くの木々は丁度ころあいの紅葉だった。本当に久々の温泉、ゆっくりと楽しんでからホールに出る。珍しくもワイフが先に出て待っていた。マッサージ機が幾つも並んでいたが有料です。
フロントで鍵を受け取り、ショッピング・プラザと称する土産品売場を見歩いた。九州や大分県の品々が所狭しと並べられ、見歩くだけでも面白い。ザボンの砂糖漬けを見本で味わってみた。少し不慣れな味を感じた。
20:50 この頃に部屋に戻ったが、部屋以外のどこかで虫に刺されていた。右腕・左腕・足などがポツポツと赤くなり痒くなったのです。直ぐ虫刺されを塗っておく。痒みは間もなく治まったので、大したことではなかった。
22:00 この頃に就寝。

2日目(11/18)
ホテル→血の池地獄→湯布院→阿蘇→高千穂峡→ホテル(阿蘇)
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06:00 起床。
06:47 しばらく前から大分湾は朝焼け、この時刻に日の出だった。ホテルの庭に出て朝日を見る人たちもいる。
07:05 昨日の夕食と同じレストランに行き朝食。ヴァイキングなのでオレンジ・ジュース、ハム、ベーコン、スクランブル・エッグ、フレンチ・フライ、グリーン・サラダ、パンだった。言葉上では海外のホテルのビュッフェ朝食と同じようなものを皿に取ったが、やはり日本の味、海外とは違う食感に思えます。所変われば味変わる・・・。
食後にはコーヒーを貰いましたが、楽しめる良い味でした。
07:25 朝食を終える。部屋に戻ると幾度もクシャミがでた。直ぐ風邪薬をのんでおく。
07:50 部屋を出て、フロントでカード・キーの返却。チェックアウトはこれだけでした。
08:00 出発。

血の池地獄: 

血の池地獄と湯気(写真の色彩調整あり)
08:14 最初の観光先、「血の池地獄」に到着。ここは別府唯一の天然地獄とされ、長い歴史があるという。大昔は高温の熱湯が噴き出していたらしい。今日でも摂氏78度程度の赤い湯が沸いている。観光的には別府地獄巡り8ヵ所(所要2時間、@2000円)の1つ。
土産ショップの中を通り抜け、湯気がもうもうとする温泉の池を半周した。この小さい池は深さが30mもあり、酸化鉄などを含む赤色の粘土を噴出しているので赤色の池に見える。それが名称「血の池」の由来となっている。他は足湯の設備を見たりしただけでした。小さな場所なので時間はかかりません。後は土産品を物色したが朝のことで買物に気乗りはしません。
08:30 集合、乗車、08:35 出発。
しばし湯煙が立ち上る温泉街を見ながら走り、その内に峠道となった。
峠道から湯布院を見る。
09:00 峠のピーク近くに湯布院展望台があったが、バスは停車しなかった。右・左に曲がる峠道を下ったが車窓の展望は曇り空ながらそれなりに良いもの、湯布院は盆地にある・・・。

湯布院: 

09:12 湯布院の外れの駐車場に到着。何も見るべきものもない田舎の風景に思える。晴天なら阿蘇山の遠望が楽しめる場所らしいが、由布岳(1584m)や山麓の温泉地の湯気が見える程度でした。ここにある「○○○」とかいう店はチーズケーキが旨いとか・・・、???
09:30 バスに乗車、直ぐに出発。車内で散策用の湯布院の地図が配布になる。通常は簡単に湯布院というが、現在は湯布院”市”らしい。
09:40 湯布院の中心部にある駐車場「P2」で降車。緩い坂道を下り、「湯布院民芸村」に入る。直ぐ記念写真(@1300)の撮影だった。その後は簡単に施設の一角を拝見し、自由散策となった。
湯布院民芸村の前は大分川という小川がある。それに沿って金鱗湖(チョットしたサイズの池)に向かった。道沿いに観光地でよく見るタイプの店がポツポツある。大分川に金鱗湖からの流れが合流する近くでは、大型の白サギが微動もせずにじっと川を眺めている。魚を狙っていると思ったが、多くの観光客を気にする様子は全くない。さらに進むと木々の多い金鱗湖の周辺に行き着いた。モミジの紅葉が見事でした。ここのモミジの葉は小型で京都のものに似ているようです。湖から川が流れ出す場所の橋を渡り、マルク・シャガール美術館の傍を歩いて駐車場P2に戻った。少し時間があったので付近の煎餅屋で煎餅(@180)2枚を買って食べた。味はともかく、丁度良い時刻のおやつです。
湯布院の紅葉と由布岳(1584m)。 金鱗湖近くのモミジの紅黄葉。 大分川で魚を狙う鳥。
10:30 バスに乗車、11:33 出発。

阿蘇に移動: 

10:55 山並みハイウエーにのる。杉林が多い。大分県から熊本県に入り、雨になった。
11:00 ワイフは「ゾクゾクする」といって風邪薬をのむ。私も鼻詰まりで点鼻薬を使用した。
11:20 この頃に山並みハイウエーの最高地点(1330m)を通過。
阿蘇の風景は雨で台無しでした。
米塚(標高900m)、阿蘇山中腹のコブ。

11:40 大きな土産ショップで休息。ワイフはガイドさんがお勧めの「ユズコショウ」5瓶を土産用に購入。大瓶(@420円)/小瓶(@320円)。実は胡椒とは関係ない柚子の粉末と唐辛子の粉末を混ぜた香辛料ですが、粉末のユズコショウより練った瓶入りのほうが味は良いらしい。醤油や酢醤油に混ぜて使用することが多いとか。後日、鍋物の付け汁に混ぜて試食したら、ウン、行ける味でした。
11:55 外は雨が酷く、傘をさしてバスに戻った。出発。
山並みハイウエーは一ノ宮で終わり、国道57号線を走る。右手奥に「阿蘇神社」があった。長い歴史を持つ神社で、現在の宮司は92代目になるそうです。それから直ぐ左折して有料の阿蘇登山道路に入る。
12:40 この頃、すり鉢を伏せたような形の「米塚」という山(標高900m、阿蘇山麓のコブ)を見ながら走る。

昼食(阿蘇・草千里のレストラン): 

12:50 草千里の駐車場に到着。小雨と風なので大急ぎで「ニュー草千里」と書かれた建物に入る。その2階のレストランで昼食でした。炊き込みご飯に海草の吸物、鍋物(ポークの野菜炒め)、馬刺しがメインらしきお膳でしたが量が少な目でした。食後に1階の土産ショップを見歩いたが、「馬サラミ(馬肉で作ったサラミ・ソーセージ)」もあり、九州は馬肉がお好きなようでした。
13:30 バスに戻る。未だ雨が続いていた。デジカメのバッテリーが空になり予備と取り替える。
13:40 この頃に出発。

高千穂峡:  高千穂峡・観光地図

阿蘇から南下し宮崎県に入ると東に流れる五ヶ瀬川がある。この川は延岡市から日向灘に注ぐが、山間部では急峻な侵食谷を作り、その1つが風光明媚で知られる高千穂峡だった。
14:50 高いアーチ橋の神都高千穂大橋を過ぎてから国道218号を右折、坂道を下って高千穂大橋の駐車場に到着した。小雨だった。降車後は傘を差して少し歩き、「高千穂峡・入口」と書かれた小さな看板から細い階段の道を谷底に下る。霞がちながら岩肌の植物や木々の紅葉も楽しめたし、珍しくも渓谷に架かる3本の橋(高千穂大橋・神都高千穂大橋・神橋)を1度に見れる景観もなかなかでした。その後、槍飛橋で渓谷の対岸に渡り、岩の谷底に沿って登り降りしながら進むと細長く岩壁に挟まれた瀞(とろ/どろ)が眼下に見える。ここが「真名井の滝」を見る高千穂峡の有名な景観だった(この頁のトップ写真/真名井の滝は日本の滝100選の1つ)。その後は水車のある公園を歩き、真名井の滝の落ち口を見たりしながら御橋を渡った。そこで高千穂峡散策は終わりだった。
紅葉の渓谷に架かる「神橋」 紅葉の高千穂峡とボートの浮かぶ瀞 御橋から見る「真名井の滝」
道路事情によりここには大型バスは来ない。小型のバスが高千穂大橋の駐車場まで観光客を運ぶのですが、土産屋でしばしの時間潰しでした。
15:45 小型バス出発、5分で高千穂大橋の駐車場に着きました。相変わらず雨が降っている。
15:51 バスを乗換え。

今晩のホテルの変更について: 

今夜は阿蘇のホテルに泊まる。実は宮崎市のサンホテル・フェニックス( 2006/4/1 までシェラトン・フェニックス・ゴルフリゾート)の予定でしたが、旅行の10日程前に阿蘇高原ホテルに変更となりました。それで再び阿蘇まで戻るのです。そして明朝また同じ道を高千穂峡まで来て、宮崎県の日南海岸に向かうことになった。行程に無駄が生じたのですが、当初予定のホテルが利用できなくなった以上は止むを得ないことでしょう。

後日談ですが、12月も中旬頃に旅行会社の企画担当者からメール便がきました。ホテル変更に伴う不便に対し”旅程保障に定められた保証金2%”、そして”お詫び”を加えて”1人○○円”を返金する、となっています。ノンキな我々は忘れていましたが、契約社会の傾向が強まる今日の日本の企業としては必要経費なのかも知れません。後日、返金方法に関する電話があり、同時に丁重なお詫びの言葉があったようでした。

15:55 出発。再び阿蘇に戻ります。
16:45 添乗員さんが長崎の「夕食と夜景(オプション)」と「昼食(オプション)」の希望を募った。長崎の夜は自由行動の予定だった。翌日の昼食のみ申込む。
16:55 山道なのでバスが右左に曲がることが多く、女性2名が乗り物酔いで嘔吐、前方の席に移動した。
17:07 車中でホテルの部屋番号や予定時刻を記載した宿泊案内が配られた。我々は3階の部屋、今夜は満室とのことだった。他の注意事項は、今日の夕食は18:30から2階のレストランで、明日の昼食は遅くなり1時頃なので朝食をしっかりと食べておくこと、などだった。

阿蘇高原ホテル: 

17:25 この頃にホテル到着。客室数は91程度の中型リゾートホテルです。各自の荷物を受取って部屋に向かう。我々は3階の奥になりエレベーターから遠かった。ドアに鍵がかかっていて入れない。これは全員が同じだった。誰かがフロントに連絡して、鍵が届けられた。

17:36 部屋に入る。食事券はデスクに置いてあった。ベットはセミダブルで部屋も狭い感じは全くしない。清潔感もあり落ち着けました。しかし、バスルームに使用済みバスタオル1枚が片付け忘れだったし、ドレッサー用の電灯が点灯せず電球が切れたままのようなのです。これらはマイナス、しかしホテルに云うほどのことでもなく放置しました。
荷物類を落ち着けてから、デジカメのバッテリーの充電を開始した。

18:20 2階のレストランに行く。和室だった。飲物はお茶ですませる。温泉ホテルの食事のこと、例の小型コンロの鍋物(ビーフ・ステーキ)、刺身、馬刺し、野菜の酢の物、奴豆腐、漬物、ご飯、吸物だった。デザートは生柿だった。目の前で焼くステーキは美味しく、もう1〜2切れ食べたいくらいでした。
19:15 夕食会場から出る。ロビーで阿蘇のパンフレット3種をもらう。
19:20 部屋に戻る。貴重品をしまって入浴の準備をした。
19:45 1階奥の大浴場に行く。
20:15 部屋に戻った。
21:00 この頃に就寝。

3日目(11/19)
ホテル→青島→鵜戸神宮→飫肥城→温泉ホテル(霧島)
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05:00 目覚ましで起床。部屋は暖かいが、喉がヒリヒリ、鼻は詰まったまま。急ぎ風邪薬をのみ、他にウガイ薬と点鼻薬を使用した。日頃シャワー専門なので温泉の湯冷めだろうか・・・。昨朝に続き連続2日の不調です。
06:18 手荷物を持って部屋を出る。キャリーバックはロビーの指定された置き場に残し、チェックアウトはせずに2階のレストランに向かった。
06:25 食券を渡してレストランに入る。時間前でも既に20人程度がいた。ヴァイキング朝食のこと、お定まりのオレンジ・ジュース、パン2切れ、バター、ジャム、ハム数枚、スクランブル・エッグ、サラダ、フルーツ・カクテル、コーヒーでした。
07:00 レストランを出て、一旦は部屋に戻った。
07:15 部屋からロビーに行く。バスの座席表を見ると、我々は右6番目でした。
07:28 バスに乗車。

阿蘇から日南海岸に移動: 

高千穂峡近くの風景

07:30 出発。これから昨日観光した高千穂峡を通り、宮崎県の日南海岸に出て南下、まず「青島」に行く。残念ながら今朝も良くない天候で風景は楽しめそうもない。出発後、しばらく阿蘇五山の盛り上がりや外輪山の一部が見えていた。が、雲が多く・・・。晴天なら雄大で見事な風景でしょうネ。
08:30 この頃、熊本県から宮崎県に入る。
昨日みた高千穂峡の地域も小雨、深い谷や折重なる山並みがボーと霞み、折角の紅葉も楽しめなかった。
08:40 道沿いに滝があり、そこで5分程度の小休止でした。

08:56 天翔(テンショウ)大橋を渡った。この橋は長さ約463m、スパンが260m(コンクリート橋では日本最長)、五ヶ瀬川水面からの高さが143m(日本最高)あり、車道橋としては日本一高い橋とされるようです。
09:05 熱いお茶を紙コップでサービス。雨は止み、曇空になった。ホッとします。
09:50 日向灘が見え始めた。10:00頃に日向市に入る。

10:05 「はまぐり碁石の里」なる大型土産店で休息となる。店内を物色しても買いたい気持ちになれない。
ここの特産品は碁石、日向のはまぐり碁石(白石)は「お倉ヶ浜」で取れる蛤の殻から作る。那智黒石(三重県熊野産)とセットで販売されている。明治時代前は他の地でもはまぐり碁石は作られていたが日向産の蛤の殻が碁石の素材として品質がよく、現在はここのみで作っているようです。ついでながら、那智黒石の原石は金の純度を測定する試金石にも使用する(された?)ようです。
10:25 出発。

11:00 この頃に農村を走ったが、秋に穂を付けたコーン畑や扇風機を設備した茶畑が珍しく感じられた。また北国では見ることも無い多年草の「芭蕉」や「かんな」の花(赤・黄・ピンク・白)があちこちにある。芭蕉はバナナの葉そっくりの植物で、英語名は Japanese Banana というがバナナはならない。
11:47 宮崎市になるが、ウォーターパーク「シーガイア」という巨大リゾートの近くを走る。のっぽのホテルだけがよく見えました。この道は有料道路になる。宮崎では背の高いフェニックス(ヤシ科)が並木として良く育っている。昨夜のホテルは、もし予定変更がなかったならば、このエリアだったはずです。
その有料道路も終わり、宮崎市街地を少し走り、河口近くで幅を感じさせる大淀川を渡った。宮崎市は神武天皇の縁の地で宮崎神宮に祭られているようです。
11:58 宮崎空港の傍を走った。空港の構内には戦前の軍事施設が未だ残っていた。
12:06 宮武川を渡る。ここは巨人軍のキャンプ地で、球場から少し離れて一軍用と二軍用のホテルがあった。球場まで一軍は送迎バス、二軍は徒歩、はっきりしているようです。

青島: 

12:10 バスから降車。徒歩で青島に向かった。途中の道は観光地のことで商店が並ぶ。
12:18 この頃、青島への弥生橋に出.る。雲は厚く、風もあり、波は荒かった。
陸側には太く育ったフェニックスの群落が見事だったが、砂浜の先の「鬼の洗濯岩」と呼ぶ平行線状に凹凸が続く岩浜も珍しいもの。遠景ではスジが平行に走るだけでも、近くで見ると比較的滑らかな砂岩が不規則に侵食されたものと丸い小石の溜まる窪みが交互になっていたりする。砂岩にできた網の目状の紋様が面白かった。
今日は波が比較的高く、青島神社の入口の狛犬があたかも白波に吼えているようにも思われた。そこから境内に入り、小額の賽銭を投げ込んで簡単に参拝した。青島は周囲約1.2km、面積約4.4ha、最高点の標高5.7m。小さな島ですが、ビロウを含む熱帯・亜熱帯の植物が27種も生息しているそうです。北限になる植物群らしかった。しばし珍しい天然記念物の樹林を眺め、「雨でなくて良かった」と本心から思いつつ町の表通りに戻りました。
陸から青島と橋 青島神社、本殿 白波に吼える狛犬
青島の説明版 ←拡大可 青島の熱帯・亜熱帯樹林(国の天然記念物)
12:50 出発。
青島に始まり南に伸びる日南海岸国定公園を南下、時々「鬼の洗濯岩」が見える。道沿いにブーゲンビリアや黄色いツワブキが咲いていたり、南国を思わせます。

鵜戸神宮: 

13:25 鵜戸(うど)神宮の観光バス駐車場に到着。ここから小さな峠越えの道を歩いて鵜戸神宮に行く。途中の杉林の中に石段の旧道(八丁坂)があるが、我々は舗装されトンネルのある新参道を歩いた。民家がある石段の道を下ると右手に土産屋があった。
昼食(鶏肉のすき焼き):  13:35 その2階のレストランで昼食、まずは腹ごしらえです。料理は鶏肉のすき焼きでした。固形アルコールのコンロに小型の鉄鍋、それに具材が全て入っている。他はご飯に汁、漬物。すき焼きにつき物の生卵もある。朝食後は何も口にしていないので、食べれるものは全て歓迎の状態でした。地鶏の味はそれなりに良いと思いましたが、鶏肉のすき焼きは珍しいですね。
海辺の神社:  13:55 レストランを出て海沿いの断崖にある本殿に向かった。社務所近くの神門、稲荷神社近くの桜門、そして千鳥橋を通り海岸高台の道を進んだ。さらに小さい橋を渡り、急峻な断崖の中腹まで階段を下りる。そこの侵食洞穴に鵜戸神宮の本殿があった。小額のお賽銭を投げ込み簡単にお祈りした。無病息災は当然、差し迫っては「晴れてくれ、晴れてくれ。」 その後、暗い洞窟の中で本殿を一回りした。
本殿前の崖では面白い遊びがある。「運玉」というパチンコ玉くらいのものを5個100円で買い、それを眼下にある侵食岩の頂上の窪み囲む輪を狙って投げるのです。入れば「○○」とされる。見ているとなかなか入らない。ところが時には入る。そこがミソ。
断崖中腹の洞窟にある鵜戸神社本殿前のテラス部分。 洞窟の奥、本殿の裏にある小型の社殿。 面白い形の岩と太平洋のうねりの打ち砕け。
14:15 本殿から戻り始める。
14:20 途中、昼食した店に寄る。その後、来た時と同じく新参道を戻った。
14:30 駐車場に戻る。
14:50 出発。国道220号線から222号線を走った。

飫肥城: 

15:15 今日では日南市の中心となっているが、かつては飫肥(おび)藩伊東家五万石の城下町があった。人口700〜800人程度で禄高相応だったとされる。その飫肥城の駐車場に到着。城まで少し離れていたが、その間に武家屋敷や博物館などの見所がある。案内図と飫肥城のチケットが渡されたが、これで全6ヵ所の入場ができる。直ぐ飫肥城見学(個人行動)です。
飫肥城・城内から見る大手門。
松尾の丸。
豫章館(明治以後の伊東家の住居。)
当地は薩摩・島津家と日向・伊東家の係争の地だったが、1587年に豊臣秀吉の臣下となった伊東祐兵(すけたか)が本格的に城下の整備をした、とされる。大手門は明治初期に取り壊されたが1978年に復元されたもの、石垣と相並んで立派なつくりでした。そこから城内にはいる。天守閣のある本丸は跡地のみ、小高い場所に「松尾の丸」という館があった。江戸時代初期の書院造を模し1979年に再建されたものでした。

玄関から入ると御座船「舞鶴丸」の立派な模型がある。他に藩主が使用した、座敷、寝所、トイレ、手洗い、湯殿など古の設備を見ることができた。西欧の絢爛豪華な貴族の館や宮殿に比べると木造なので見た目には規模が小さくとても質素です。しかし機能面では見劣りせず、必要なものは揃っている。日本では昔から衛生面は気配りされていたのでしょう。
松尾の丸を出て、大手門よりの歴史資料館に入る。ここは武具・甲冑類の展示が多かった。

再度、見事な防御構造の石垣と大手門をゆっくりと見て城外にでる。その右側には明治時代初期に消失したが再建された豫章館という木造のお屋敷があった。藩主伊東家(の分家?)のお住まいだった。借景を用いた枯山水もある庭園を一回りした。
国際交流センター小村記念館(1993年建立)も覗いてみる。明治時代に外務大臣を務め、日露戦争後ポーツマス条約に調印した小村寿太郎侯を記念するものだった。

16:02 バスに乗車。
16:08 出発。

ホテルに向かう

17:02 都城インターチェンジで高速道から国道に降りる。雨ではないが、霧島連山の最高峰・韓国岳(カラクニ岳/1700m)やより近い霧島岳(1574m)は雲で見えなかった。国道223号線を西に向かい、霧島神社を通り過ぎ、霧島温泉郷の中心とされる丸尾温泉に到着した。
18:03 ホテルの部屋割り、食事場所、予定時刻などが書かれた宿泊案内が配布になる。我々は4階の部屋だった。

ホテル霧島キャッスル: 

18:15 到着。横長のマンション風のホテルだった。バスから手荷物を受取り、部屋に向かう。ルームキーは「お部屋セット」とかで部屋に置いてある。
18:20 部屋に入る。広々した洋間にセミダブルベッド2つ、2人掛け椅子2つとテーブルなど余裕の空間、そして8畳の和室まで付いている。そのテーブルにはお菓子の籠まであった。友人グループとか家族連れに向いた部屋とも思える。ただ、温泉ホテルのことで洋風のバスは小さく、バスルーム自体も狭いものだった。

18:50 部屋を出てロビーに行く。
18:55 和室の夕食会場「開門」に入った。お膳類は既にテーブルに並んでいた。飲物はお茶で済ませた(食後に温泉。) コンロで暖める鍋物が確か3種類もあり、その1つはタラバ蟹の切った足だった。他に刺身やチマチマしたおかず類で賑やかな夕食でした。デザートはメロンだった。

19:45 この頃に一旦部屋に戻り、貴重品を金庫にしまった。
20:00 浴衣姿で部屋を出て、1階の大浴場に行く。確か30分くらいで部屋に戻ったはずです。
22:00 しばしTVニュースを見て、それから就寝。
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(2016.10.07 モバイル表示に適合)((2011.05.05 ブラウザ対策)(2006.12.25 公開)

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