[北行庵] HOMETravel
大宰府、秋吉台、萩、山口、津和野、宮島、広島、岩国

北九州と西中国のバス旅行 (2009年4月12-15日)
はじめに
1日目(4/12):自宅出発、乗継で羽田空港から福岡空港、大宰府天満宮、北九州泊
2日目(4/13):個人行動(午前)、秋吉台、萩(松蔭神社)、山口・湯田温泉泊
3日目(4/14):山口(瑠璃光寺)、津和野、宮島(厳島神社)、広島泊
4日目(4/15):岩国(錦帯橋)、福岡空港から羽田空港、乗継で帰宅
おわりに
当サイトの
中国地方と九州
旅行記
* 33回忌の旅、京都市と山口県(2011年6月)
* 北九州と西中国のバス旅行 (2009年4月)
* 九州旅行6日間 (2006年11月)
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はじめに Page Head ▲

北九州から西中国地方をパックツアーの観光バスで回りました。ツアー申込み時点(2009/1/3)で予想しなかったが、吉野桜こそ葉桜ながら山桜、枝垂桜、コブシ、山藤、桐、等々多くの春の花が楽しめました。シャガなど草花を加えると数え切れません。この地方は春爛漫の良い季節でした。
天候は3日目午前のみ雨、のち曇りのち晴れ。他の日は素晴らしい旅行日和でした。
実は、2日目(13日)午前のコースに「門司港レトロタウン」、「関門人道トンネル・ウォーキング」、「秋芳洞」が含まれている。この間はツアーから一時離団したので参加出来なかった。ツアーのホテル出発前に近くの駅から列車に乗り、皆さんが秋芳洞を観終えて昼食をする店で復帰したのです。それで、その間の報告はありません。
アジアと日本全国OKの添乗員さんが福岡空港から同行です。同時に熟練ガイドさんと上手な運転手さんの3人で3泊4日の旅行を楽しませてくれました。大勢が利用する定番国内旅行の1つ、費用さえ払えば誰でも参加できるパック旅行、さらに訪問先は有名な観光地ばかり、「わざわざ旅行記録を書き残す程のことはない」とも思います。
それはそれ、旅程に従ってショート・エッセーを綴った旅行記をまとめました。興味がおありなら、お楽しみ頂けると幸いです。どうぞ、ごゆっくり!

注1: 写真の説明は、お手数ですが、写真の上にポインターを置いて表示してください。
注2: 時刻はデジカメとボイスレコーダの記録です。数分の誤差を含む場合があります。

1日目(4/12)日曜
福岡まで空路、大宰府天満宮、北九州ひまわり温泉
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自宅から空港、ツアー参加: 

□:□ ワイフの車で自宅を出発。快晴。
□:□ 空港の駐車場に到着。11番と13番の間、出発口と到着口の中間に駐車した。
搭乗手続きホール左端の旅行会社窓口に行く。ここは幾つかの旅行ブランドが共用しているようだ。参加ツアーの手続き開始には20分ほどある。それまで近くで待った。
窓口から名前を呼ばれたので手続きに行く。当空港からの参加は9名だった。福岡空港まで2名分搭乗券4枚、荷物用の荷札、ツアーバッジを受取った。今回はJALの団体包括旅行割引運賃で搭乗券は氏名なしのピンク色だった(マイル加算不可)。注意事項として、羽田空港では出発30分前に搭乗ゲートに行くこと。搭乗ゲートは変更になることがあるので、必ず便名で確認すること。この程度だったと思う。
受取った荷札に名を書き込み、手荷物検査を受けてからJAL窓口で預け入れた。小型バックなので重量の問題はない。
時間があり、久々に2階の土産ショップを見て回る。人気沸騰中らしい「花畑牧場の生キャラメル」とかも遂に進出していた。「白い恋人」についで二番目の大ヒットになるのか?見ものです。
セキュリティ・チェックを受けて搭乗口待合に入る。

JAL羽田便: 

□:□ 搭乗(B767-200/Economy 2-3-2/62E & C)。
我々は最後部でした。膝掛け毛布は座席になく、ワイフはスチュワーデスに頼んでいた。直ぐ持ってきた。しかし黙っていても毛布は持って回るようです。
□:□ 出発。
□:□ 離陸。機内誌「スカイワールド」の記事を見たり読んだりで過ごす。
□:□ 飲物サービス。コーヒーをブラックで飲む。
□:□ 着陸。東京は晴。
□:□ 到着。

羽田空港にて乗継: 

羽田空港ではランチ以外の予定はない。第1ターミナル中央部にマーケット・プレイスがある。久々に和光に入りいろいろ見回った。麻と綿の混紡で作ったジャケットが気に入ったが値が良すぎました。ワイフは刺繍ハンカチ(@????)を数枚買っていた。銀座の和光に行く機会など滅多にないのでチャンスだったのでしょう。
3階のスターバックスに入り、飲み物とサンドイッチ類(1,630円)を購入、ゆっくり過ごした。コーヒーをたっぷり飲めるためと思うが、機会があるとここに寄ります。
スターバックスを出て、セキュリティ・チェックに行く。ボデーチェックはOKでもショルダーバックの透視画像が不明瞭らしく2度も機械を通した。デジカメ2台、ICレコーダー、鍵などゴチャゴチャして分かり難かったのでしょう。
搭乗ゲート10番に到着。ここも有料マッサージ機が4台ある。羽田や成田の搭乗待合所の多くに置いてあるようだ。使っている姿はみたことはないが・・・。

JAL福岡便: 

13:15 搭乗(B777-200/Economy 2-5-2/40H & K)。富士山を見たかったので窓際の座席にする。液晶ディスプレーも付いており、東京・福岡では良い機材を使用しているようだった。
13:30 出発。
13:51 離陸。
13:56 電波を発信しない電子機器の使用許可がでた。離着陸時の電子機器の使用は厳しくなっている。飛行コースと座席の位置から富士山は見れなかった。
2009/4/12、甲州市の山火事
代わりに山梨県の上空を飛行中に山火事がみえた。 旅行後に調べると、山火事は山梨県甲州市勝沼町の棚横手山(1306m)の山頂付近から11日に出火、消防のほか自衛隊のヘリ14機が出動したが 92ha を焼失、15日にやっと鎮火宣言が出された。この時期は全国的に乾燥した晴天が続き山火事が多発、TVニュースで幾つも報道されました。
15:16 福岡空港に着陸。
15:19 福岡空港・第1ターミナルに到着です。

福岡空港、ツアー初集合: 

15:35 バゲージ・リクレームで預入手荷物を受取った。預入番号の照合はなく、番号札を箱に投げ入れて到着ホール出る。旅行会社の旗を持つ女性が出迎えだった。この人はガイドさんで、若い女性の添乗員さんは少し遅れてグループに姿を見せました。総勢33名がやっと初顔合わせというか、集合となった。

参加者は新千歳空港を除く北海道の5地方空港から参加でした。どうやら札幌では別の出発日を設定しているらしい。4人組や3人組もいましたが、多くは年配のカップルです。無理のない旅程からして当然の構成と思われます。我々は一時離団して用事を済ませる予定、離団の時間が少なくてすむコースを条件に探しての参加でした。しかし結果的に楽しめたツアーでした。

観光バス、運転手さん、ガイドさんは西鉄でした。座席は添乗員さんが毎日変えて配分するという。バスに張出すので何処に座るか迷ったり競ったりが無くて良い。今日の座席表によると我々はドライバーさんのすぐ後ろ、一番前の席でした。
15:45 バスは福岡空港を出発、第3ターミナルや国際ターミナルを通り過ぎ、北側の滑走路の先を回った。それから高速道路に乗って空港沿いの反対側まで平行に走り、空港から離れた。実に明るい日差しの北九州です。

太宰府天満宮: 

太宰府天満宮
16:10 太宰府天満宮の駐車場に到着。集合は5時10分までにバス乗車のこと。
降車後はガイドさんに従って歩く。まず大宰府のJR駅前を通る。この辺りから天満宮の参道に建てられた石の鳥居が3つ重なって見える。道の両側は例のごとく門前町、商店街です。団体もいるにはいるが、個人や少人数グループが多かった。
「梅ヶ枝餅」と看板を掲げた店が多い。偶然かも知れないが、店によっては行列があり、逆に誰も寄り付かない店もある。

天満宮の境内に入りました。ここは学問の神様「菅原道真公(845-903)」を祭った天満宮の総本山です。「少年老い易く学成り難し」は数十年も前に実感し、普段は「一寸の小銭軽んずべからず」の心算ながら再び「青年老い易く金成り難し」をかみ締めている。恥ずかしくてお参りなど・・・。ツアーだから致し方ない。本殿まで行き、お賽銭を投げ入れて参拝しました。正直いって確か大学時代の終り頃に一度お参りしている。その後しばらくはガンバッタつもりでも、学問なるものは成せば成るものでもなく・・・。これはご勘弁頂くしかありません。多くの先進国では「学問=進学」の風潮があるようですが、長い人生のどこかで振り落とされたくなければ「人間一生勉強」でしょう。「学問=勉強」かどうかは知りません。ちなみに、昔の商人は「勉強します」と云って値引きしてくれたものです。「商人は学校出てからお勉強」と揶揄的な川柳まであった・・・。
太宰府天満宮では口を漱ぎ手を清めて参拝したのですが、かなり脱線的な話を書いたようです。人それぞれ、その時々に「良かれ」と思った道を進む。適材適学、適材適所、・・・、あとは、幸運を祈るしかありません。

菅原道真公の干支が「牛」なので、御神牛があちこちに置いてある。その頭を撫でておきましたが、現代では学問と干支は関係ない・・・。しかし、この種の銅像は欧州にもよくあり、つまり、触ると神の御加護があるとか幸運に恵まれるとかで皆さんが触るので一部ピカピカの銅像が・・・。例えば、コペンハーゲンのアンデルセン像は子供を乗せるので膝などがピカピカ、プラハのカレル橋に立つ聖ヤン・ネポムツキー像、ブリュッセルのグラン・プラスにある英雄セルクラーズ像、などを思い出しますが、他にも数多くあることでしょう。もし天満宮で菅原道真公の銅像を建てたら、参拝の人達は手を握ったり足を摩ったりするでしょうか? そうではなく、御神牛なのが日本的に思えます。

本殿に向かって左側に神社の売店が幾つもある。そこでお土産にするお守(@500円)などを買い求めました。その後、境内を拝見しながら門前町に戻りました。
梅ヶ枝餅(うめがえもち/@105円)を行列のある店で2個だけ買い、歩きながら熱い出来たてを味わった。「名物に美味いものなし」と云うけれど、この種の菓子を一個500円の高級和菓子と比較してもダメ、良いお八つで美味しく楽しめました。ワイフはローソンに寄りごま麦茶(@105円)を一本買った。
17:02 バスに乗車。発車まで座席で休む。

実は天満宮の境内で大切な用件を片付けました。明日朝7時30分から一時離団して昼頃に復帰することを添乗員さんとガイドさんに伝えたのです。一時離団に問題はなく、後で書類を提出することになった。ツアーは8時ホテル出発なのでバッグ2つはフロント預けでOK、バスに積んでくれることになりました。復帰は12時30分に秋芳洞の駐車場、早く着いたら秋芳洞商店街の昼食レストラン「やまとや」となった。これで安心して明日の予定を片付けることが出来ます。

太宰府から北九州に移動: 

17:10 発車。説明によると昔の太宰府は都で一条通からあったらしいが現在は五条通しか残っていない。街路樹には楠が多いようでした。
太宰府から高速道路を利用して北九州市まで行く。ガイドさんも高速道路ではシートベルト着用となり、座った状態でマイクを使う。中央分離帯や両側に新葉が緑ならず赤の珍しい植物が連続して植えられている。名は忘れた。新芽のみ赤色で、暫くすると緑に変わり平凡な姿になる植物らしい。

極く最近からETS搭載乗用車に限り週末は高速道路料金が一律1000円となった。不況克服をめざす景気刺激策の一つです。今日は日曜ですが、観光バスは適用外で通常料金とのことでした。

添乗員さんがピンク色の「お部屋割りカード」を配布した。既にホテルの部屋割りは済み、我々は9階917だった。ホテル到着後はバスから荷物を受取り直ぐ部屋に向かいます。部屋のドアーは開錠されており、ルームキーは部屋に置いてある。このホテルのキーは紙カードなので返却しても持ち帰ってもよいそうです。「部屋割りカード」の裏には夕食の時刻と場所、朝食の時刻と場所が記入され、出発時刻もある。これなら間違わないでしょう。明日と明後日も「部屋割りカード」を受取ります。国内ならこのシステムはいい。安全だから出来ることでしょう。海外ツアーならホテルのパスポート・チェックがあり、未だロビーで延々と待たされてからキーを受取りです。

北九州八幡ロイヤルホテル: 

北九州八幡ロイヤルホテルの正面
18:08 北九州高速道路5号線・枝光出入口から一般道に出ると右側はスペースワールドなる遊園地でした。その北側の小高い丘の上に目的のホテルがあった。
「八幡ひまわり温泉」といえば温泉郷に思えるが、そうではない。ホテルが自家温泉を掘って温泉大浴場を作った。そして温泉付きシティホテルとして売り出しているようです。ここは住宅メーカー系列のホテルでしょうね。

ガイドさんの説明では、このホテルの場所に八幡製鉄(株)の本社ビルがあったそうです。今は企業合併で新日鉄になっている。そういえば、大学卒業前の工場見学旅行で八幡製鉄所の高炉や圧延工場などを丁寧に御案内して頂き、お昼をご馳走になったり、いろいろお世話になったものです。懐かしく感じましたが、周囲の風景はすっかり様変わりでした。

18:13 部屋に入る。洗面でサッパリしたり、お茶で寛いだり、しばし休みました。
夕食:
19:05 夕食のため部屋を出る。2階のレストラン前では数名が待っていた。まだ準備中で中に入れないのです。
19:15 レストランのドアーが開けられる。添乗員さんの指示に従って順番に着席となった。
19:50 夕食を終えてレストランを出る。
19:53 部屋に戻る。
20:00 3階の大浴場に向かう。
20:33 部屋に戻った。ワイフはサウナに入るので時間がかかる。
21:30 この頃ワイフが戻った。
持参した果物と菓子の夜食を済ませ、早々に就寝でした。

2日目(4/13)
一時離団(宇部市)、秋吉台、萩(松陰神社)
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05:30 起床。実は5時前に目覚めていた。
06:30 ショルダーバックを持って、1階のレストランに行く。ヴァイキング朝食です。
07:00 部屋に一旦戻った。
07:25 忘れ物の確認を済ませてからロビーに向かった。
フロントで紙製ルームキー2枚を返却し、記入済み一時離団届け用紙2枚とバッグ2個を預かってもらった。快く引き受けてくれました。

一時離団(昼まで個人行動): 

07:27 ホテルの玄関を出ると正面右側に低い位置の道に下がる階段があった。鹿児島本線・枝光駅に行くにはそれを降りる。右に行くと広い通りになる。少し先に陸橋があり、そこが枝光駅だった。(福岡よりは旧八幡駅、今は改名されスペースワールド駅。)
07:35 枝光駅の自販機で山陽本線・小野田駅までの切符(@1,160円)を2枚購入した。

07:44 門司行き普通列車が到着。やり過ごし、予定通りの列車で行くことにした。
07:52 枝光駅・出発。
08:03 小倉・到着、乗換え。
08:16 小倉・出発。
08:33 下関・到着、乗換え。
08:42 下関・出発。
09:34 小野田・到着。
日本の鉄道の時刻は正確です。いつもながら、驚き!

小野田駅前には客待ちタクシーの列があった。生花店が分からず、通りがかりの男性に尋ねた。ご親切にも、駅の電話帳で住所を調べ、ケータイに地図を呼び出して、近くの店を教えてくれた。感謝!僅かな距離を歩き、お供え用2束を購入した。
駅前に戻り、タクシーに「秋芳洞に行くが、途中で寺に寄って30分程度まってもらうが?」
もちろん、断るわけはなく、乗車した。 幼少のころ住んでいたし、何度も訪ねているが道がはっきりしない。途中で1度きくひつようがあった。
墓参り
11:15 秋芳洞(特別天然記念物)入口の駐車場に到着。
タクシー代はお寺での待ち時間も入れて小野田駅から秋芳洞入口まで○○○○○円でした。
秋 吉 台 と 秋 芳 洞
山口県の美祢(みね)市、秋芳(しゆうほう)町、美東町にまたがる日本最大の石灰岩台地で面積は約130平方km。急斜面で囲まれた台地は標高200〜400mのゆるやかな高原状の地形で、厚東(ことう)川が中央を二分して南に流れている。その東部が狭義の秋吉台で国定公園となり、その主要部が1952年特別天然記念物に指定された。
地下水系が発達し、秋芳洞(あきよしどう/特天)、大正洞(天)、景清穴(天)、中尾洞(天)などの大鍾乳洞があり、全部で200以上の大小の洞窟がある。
支洞が少なく、全長は推定10kmとされる。洞奥約2kmの琴ヶ淵までが調査ずみでその先は水中洞である。洞内を地下河川が流れ、秋吉台北東麓の吸込穴白魚洞まで連なっている。洞窟の総延長は8,790m(日本第3位、鍾乳洞としては東洋最大規模)とされる。一般公開は照明設備(LED照明、2011年現在)のある入口から約1.5km、洞内は最も長い所で200m、最も天井の高い所で40mある。内部はとても変化に富んでいる。
1922年、国の天然記念物。
1952年、主要部が特別天然記念物。
2005年、ラムサール条約登録湿地。
2007年、秋吉台とともに日本の地質百選。
[参考文献]世界大百科事典DVD版、日立デジタル平凡社/ 美祢市・秋芳洞観光センター/他

昼食(個人で瓦そば): 

駐車場でツアー復帰の予定だったが早く着き過ぎた。秋芳洞の商店街をブラブラと奥に行く。左に昼食レストラン「やまとや」があった。この商店街では抜群に新しい建物でした。
1階は右が土産店で左がレストランになっている。団体は2階です。我々はオプショナル昼食「瓦そば」を申し込んでいない。
レストランに入り瓦そば(@1200円)1つだけ注文した。山口県の郷土料理というが、瓦型の焼き鍋に蕎麦と海老・ねぎ・卵焼きなどが乗っている。適当に混ぜて焼いて、漬け汁で食べるのです。他は乾燥ワカメのふりかけ御飯に汁、漬物だった。ワイフは数口だけ瓦そばを味わい、残りは私の昼食となった。瓦そばも珍しくてよいが、実は乾燥ワカメふりかけ御飯がとても懐かしかった。子供時代、萩産の乾燥ワカメを同じようにして食べていた・・・。
食後にコーヒー(@500円)を頼んだ。観光地のことで普通の味でしたが、疲れが取れます。
12:40 この頃に店の前に集合。固まって商店街を通り抜け、バスの駐車場に向かった。
12:54 バス出発。

秋吉台: 

秋吉台/カルスト台地
13:05 カルスト台地の展望台に到着。前年の枯草は野焼きで姿を消し、沢山の石灰石が斜面に突出したカルスト台地の風景が見事でした。でも、眺めるだけで終わり・・・。
奥の円形展望台まで行くが上らなかった。その近くで夏みかんソフトクリーム(@300円)を食べる。それから駐車場近くの自販機で麦茶1本(@150円)を購入した。
13:25 カルスト台地の展望台を出発。
昔は秋吉台(あきよしだい)に秋芳洞(しゅうほうどう)と記憶していたが、秋芳洞(あきよしどう)という。広辞苑でも「あきよしどう」です。ところが秋芳町は「しゅうほうちょう」。日本語の難しさ・・・。

城山焼(萩焼の窯元): 

城山窯の駐車場、指月山と城山焼・売店(右)
14:06 橋本川を渡る。萩に流れる来る川は阿武川、それが橋本川と松本川に別れ、中州に萩の城下町が作られた。

14:08 城山窯の駐車場に到着。
直ぐに工房に案内された。中では3人の陶芸家(職人?)が粘土で何か作っている。その建物の出口には窯の焚口があった。道の反対側は売店の入口になる。一番奥の部屋は高級萩焼が並べられている。15年前にワイフと来た時には記念程度のものを買ったが、今回は食指が動かず何も購入しなかった。

駐車場から指月山(143m)が見える。関が原の戦いに敗れた毛利家は萩に封じられ、橋本川と松本川に挟まれる指月山麓に城を築いた(1608年完成)。江戸時代末期になり藩庁をここから山口に移した。城は失われたまま、石垣が残る指月公園になっている。
14:40 城山窯を出発。
14:46 松本川を渡る。

松陰神社: 

松陰神社
吉田松陰先生(右)と高杉晋作(号は東行)
14:55 松陰神社の駐車場に到着。この神社は幕末の偉人吉田松陰(1830-1859)を祀り、1907年に創立された。同名の神社が東京世田谷区にある。
神社入口近くの石の鳥居から見ると、境内に薄水色と赤の幟が多く立てられていた。何事かと思ったら、平成21年10月27日をもって吉田松陰殉死150年になり、その告知板が立てられている。近くに「 親思う 心にまさる 親心 今日のおとずれ 何ときくらん 」と彫られた碑があった。1859年10月20日の手紙に書かれたもの、処刑の7日前の歌だった。

神社内ではガイドさんの説明を含めて全て「松陰先生」です。徳川幕府末期ともなると、諸外国の船舶が頻繁に訪れるようになり、開国か攘夷かで国論が2つに分かれた。西方の諸藩内でも2つに割れ、内戦すら発生した藩があった。長州では吉田松陰と弟子たちの若いバワーが勝り、薩長連合に土佐や肥前などを中心とする西方諸藩が戊辰戦争を勝ち抜き、明治維新を実現した。あまりにも良く知られた歴史上の事柄です。明治政府に於いて力を振るったのが勝ち組み代表格の薩長閥と云われる勢力だった。その長州藩で尊皇派の中心人物が吉田松陰だったのです。

ガイドさんの説明を聞きながら、国の史跡に指定の松下村塾や幽囚旧宅(移設されたもの)を拝見しました。一世紀以上も昔の木造家屋のこと、とても狭くて質素です。今となっては懐古趣味と一笑に付されるでしょうが、教育とか人間の感化とかは建物や設備のことではない一例です。現代の現実は研究や教育はもはや優れた設備なしでは無理な時代に思えます。その通りでしょう。しかし、同時に、優れた人物の人間性やコミュニケーションによる感化は時代を問わず設備や施設が無くともあり得ること、建物や道具に不必要なまでに凝ると「仏作って魂入れず」も多くなる・・・。

15:18 幽囚室の前に鳥居がたつ松陰神社を参拝しました。
15:20 ガイドさんから教えられた神社から2番目の土産店に大急ぎで入る。夏みかんの皮の砂糖漬けと丸い夏みかんに白羊羹を詰めたもののセットが土産に適当そうだった。ワイフは大急ぎで必要量を購入しました。ツアーの人達が入ってきたら狭い店内は大変でした。購入品の袋を持たされたが、重いので驚き、一体幾つ買ったのか・・・。夏みかんは当地原産とされる。土産にいいでしょう。(後日、白羊羹入り夏みかん砂糖漬けを味わったら上品で美味しいものでした。)

バスに乗る。日差しが強く、真夏の暑さに感じました。
15:27 出発。

村田蒲鉾: 

村田蒲鉾
15:30 村田蒲鉾に到着。観光バス用の広い駐車場があった。昔の場所から引越し、観光客を受入れる店に拡大となった。
入ると直ぐ左の小部屋でふぐ蒲鉾と商品の説明がある。その後、自由に買物となった。ワイフは土産用の詰合わせや単品など適当に買って自宅発送にしてもらう。購入金額が1万円以上なら送料は300円で済む。ついでに松陰神社の店で購入した夏みかんの砂糖菓子の袋も同梱を依頼していた。今日発送すると2日で届くという。それでは早すぎる。16日の配達でお願いしました。全て終わってからワイフはまた詰合わせを追加していた。不足が無いようにしたらしい。欲しいだけ買って本当に満足気でした。
15:55 村田蒲鉾を出発。

萩から山口に移動: 

これから山口市に向かいます。今日の予定は全てこなし、満足と疲れで移動中は居眠りが多かった。 私の場合、少々異常と思える極度な疲労感があり、内心不安にも感じました。

16:34 山口に近づくと添乗員さんがピンクの「部屋割りカード」を配りました。我々は4階の461でした。夕食は18時から中3階のレストラン、明朝食は7時から2階のレストラン、出発は8時丁度です。今日も温泉大浴場に行く時間は十分ある。
最終日の15日午前は岩国の錦帯橋です。この有名な太鼓橋は通行料300円がかかるので希望者を確認した。30人以上なら団体割引で250円になる。33名全員が希望したので我々は2名分500円を払った。

16:46 山口県庁前で左折。県庁は長州藩庁(1863年以後)があった場所になるそうです。
16:48 フランシスコ・ザビエルが日本で初めてのキリスト教会をこの山口で始めた。当時の山口は大内氏が治める小さな都だったが、大内義長が南蛮寺の造営を許可して大道寺ができたという。1556年に大内氏は毛利に滅ぼされ山口は焼失したらしい。その当時の伝統を今日まで引き継ぐザビエル教会はチラッと車窓から見ただけですが、白い塔に大きな十字架が付いた立派なもの、高い位置に大時計もありました。

1813年から山口に藩校(後の明倫館)が置かれ、1863年には藩庁が萩から山口に移転した。明治維新の激動は萩ではなく山口を舞台にしたものといえる。

かめ福(湯田温泉、山口市): 

かめ福の正面
16:53 ホテル「かめ福」に到着、伝統的な温泉ホテルのようです。ロビーには小さなフロントがあり、エレベーターの前には土産屋などがある。その奥が大浴場らしかった。フツーの温泉ホテルの雰囲気でした。
16:59 エレベーターから少し離れた4階の部屋に入る。鍵はかかっておらず、部屋の中にルームキーが置いてあった。玄関ホールから部屋に入ると畳だったので驚きました。ネットで下調べした時はベッドの部屋を見た記憶があった。部屋タイプはいろいろ、このツアーは和室だったのです。バスと洗面所は一緒でしたが、トイレは玄関の奥で別でした。シティホテルより部屋のスペースが広く楽にも感じます。

夕食: 
17:55 中3階(部屋の前に階段あり)のレストランに行く。添乗員さんから言われた場所に座った。座敷なので足が痛くてかなわない。投げ出して食事でした。前もって並べられた料理を終える頃に2〜3の料理が運ばれてきた。写真も撮り忘れたが、特に美味しい印象はなかったように思います。全部食べたので量は十分、満足できました。
18:55 部屋に戻ると布団が敷いてあった。何か、昔に忘れた置いたものを思い出したような気分になった。

温泉大浴場: 
19:15 1階の大浴場に行く。ワイフは風呂上りに冷たいジュースを飲みたいらしいが小銭を持ってこなかった。売店で部屋の鍵を見せてジュース(@150)を1本購入し風呂上りに受取るようにした。
男風呂に入ると、どういう訳か、お客は誰もいない。専用も悪くはない。温泉はサラッとした湯に思われた。ただカランやシャワーの使い方が分からず当初はまごついた。シャワーは体が痛いくらいに細かく強くでる。湯水量の調節が必要です。誰もいない為か、私としては長風呂でした。
19:50 大浴場から戻る。チェックアウト時にジュース代を払い忘れると大変なのでメモして鍵に付けておいた。長風呂のせいで暑くて堪らない。裸で手荷物類の片付けをした。
20:30 この頃ワイフが帰ってきた。やはりサウナで大汗を流したらしい。体重調節らしいが、大丈夫か?とも思う。
明朝は6時起きです。今日の体調は悪く、疲労感が激しいので早々に休みました。

3日目(4/14)
瑠璃光寺(山口)、津和野(島根)、厳島神社(宮島)、広島
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06:00 起床。テレビで天気を確認。今日の午前は雨、午後は少し良くなる。
07:00 2階のレストランに行く。
何時も通り、オレンジジュースを飲み、メーンデッシュはウインナ、ハム、スクランブル・エッグに薄切りの焼きサーモンでした。ロールバンは2個。グリーンサラダはなく、フルーツカクテルがデザートです。もちろんコーヒーも飲みました。
07:25 レストランから部屋に戻った。
07:49 フロントに鍵を返し、昨日売店で購入したジュース代金を忘れずに支払った。これでチェックアウトは完了でした。
その後、正面玄関に横付けしていたバスに荷物を積んでもらった。
07:53 乗車。座席表によると我々は後方7番左側だった。
08:00 出発。

瑠璃光寺(香山公園内): 

瑠璃光寺・桧皮葺の五重塔(国宝)
08:15 瑠璃光寺前の土産店「長州苑」駐車場に到着。これから瑠璃光寺の見学です。前半はガイドさんの説明付き、後半は自由散策になる。集合は9時15分にバス車内、一時間の散策です。
長州苑の人が赤紺ツートンカラーの雨傘をバス乗降口で手渡してくれた。おかげで濡れずに済み助かりました。

ガイドさんは五重塔(1442年)の説明をしてくれた。この和式の桧皮葺の屋根をもつ五重塔は全国的に4塔(室生寺・長谷寺・厳島神社・瑠璃光寺)しかなく、国宝に指定されている。ここの五重塔は九輪の尖端まで31.2mあり、室町建築としては装飾が少なくシンプルな外観とされる。法隆寺の五重塔(31.5m)が日本最古で瑠璃光寺のは10番目に古く、日本3名塔(瑠璃光寺・法隆寺・醍醐寺)の1つとも云われるようです。五重塔はインドのストゥーパ(仏舎利の塚、饅頭型)が原型、中国では石や煉瓦造りの七重の塔が多く上部に上がれる。日本では木造の五重か三重で上がれない。寄進で建てられる高僧のお墓のようです。

その後は本殿まで行き、各自で参拝です。ここは禅宗の1つ曹洞宗らしい。
我々は本殿の参拝後、右側のお堂で面白いものを試しました。天井から巨大数珠のようなものが釣り下がっている。その頂点は滑車で数珠の玉が1個づつ落ちるように作られていた。玉が落ちると「コトン」と音がする。八回音を立てると念願が適う(?)とか。早く回し過ぎると玉が2個落ちたりで上手く行かない。ゆっくり回すとOKでした。

毛利家のお墓まで行ってみた。萩藩主毛利家墓所(香山(こうざん)墓所・国指定史跡)は瑠璃光寺の隣にある。 山の斜面に作られた墓地は柵で入れないが拝見はできます。13代毛利敬親と夫人のお墓など全部で7基、他の墓を加えるともっとあるらしい。御尊名が彫られた墓石の後方に手入れの行き届いた4個の土饅頭があった。古代を除いて、日本のお墓としては珍しいと思います。
墓地の斜面下には「うぐいす張りの石畳」という場所がある。石畳の上で手をパンと鳴らすと反響する。何度かやってみました。

09:00 土産屋「長州苑」まで戻った。瑠璃光寺前なので比較的大きく品揃えも十分、ワイフは山口県名物の外郎の箱入りを買っていた。名古屋の外郎とは形も食感も少し違います。

山口から津和野に移動: 

09:10 バス出発。これから国道9号線を北東に走り島根県の津和野に向かう。
相変わらず雨が降っている。

09:31 長門峡の近くを走行した。深い谷底の阿武川は萩市まで流れ下り、そこで松本川と橋本川に別れて日本海に注ぐ。
09:41 標高500m程度の農村を走る。山口県の平地は暑過ぎてコシヒカリは栽培できないそうです。ところが、ここは高地、平均気温が平地より低いのでコシヒカリを作っている。またリンゴ農家もあり、約1万本のリンゴの木があるらしい。一寸した標高で随分と違うものです。九州からリンゴ狩りツアーも来るそうです。枝垂桜が多く春は楽しめる。長門峡からこの農村地帯は山口県阿東(あとう)町、島根県に近いエリアです。

3年前に九州旅行をした。その時は多くの山麓に見られる広大な杉林が記憶に残った。今回は今までに北九州と山口県を走った。山麓などに竹林が実に多い。それも大きな竹なので孟宗竹でしょうか。

津和野: 

10:06 津和野の駐車場に到着。ここは「沙羅の木」なる会社のもの、その会社の看板を掲げた土産屋や食物屋などに囲まれている。これから津和野の古い通りを少し散歩するが、そのガイドは「沙羅の木」の人で最終的に土産店に案内ということでした。「大人ならそのくらい分かっているでしょ!?」がツアーのガイドさんいったこと。了解。「案内料は土産品の購入で支払うこと」ですね。特に我々はオプショナル昼食(沙羅の木・2階)を申し込んでいないし・・・。でも買う買わぬは商品次第。大人ですものね。

津和野観光: 

伝統の民俗芸能「鷺舞」の銅像
丸い体形のガイド嬢(?)が現れた。大声ではっきり云う人で実に分かりやすい。「絶対に、私より前に出ないでください。ガイドされたら私の立場がなくなる。」 ごもっとも。

10:10 傘をさしてゾロゾロと歴史的な通りまで行く。角には白い教会(津和野カトリック教会)があった。それから武家屋敷の白壁や門が続いている。両側の溝には川が流れ緋鯉が沢山泳いでいた。鯉は長生きで生後30〜50年は普通に見るもの、80年も生きるものがいるらしい。良質な餌を十分もらうのでメタボ鯉が多いようです。ここに子供の鯉はいない。鷺が食べるので大きくなってから放流するそうです。菖蒲がやっと芽を伸ばし始めている。

立ち止まり、たしか緋鯉の説明をした時だった。うっかり1尺ほどガイドより先の場所に立ってしまった。即刻、怒鳴られた。「私より前に出るな!」 こりゃ、こわい。直ぐに引き下がりました。そして、津和野に来なければ良かった、と思った。
亡父の子供時代の話で恐縮ですが、学校帰りは同じ方向の子供達が固まって歩くでしょ? 都会の子供はともかく、昔の田舎ではそうだった。亡父は相当なガキ大将だったらしく、自分の先に出た子供がいると「俺の前を歩くな!」って殴り飛ばしていた。昔、親戚からこの話を何度も聞かされたものです。昨日、墓参りをしたばかり、ここで幽霊が出た・・・。

10:15 サギ2羽が踊る鷺舞の銅像まで来た。鷺舞は京都から山口を経由して伝わり、1542年に津和野で始められた古い民俗芸能ですが、この銅像は平成6年11月3日の落成です。鷺は日本中にいるが、この辺りでは特に多いのでしょうか。銅像の先の川でも津和野大橋の下あたりで一羽が魚を狙っていました。
津和野大橋の手前の反対側に稲成神社の鳥居があった。そこを行くと7月に鷺舞を奉納する弥栄神社があるそうです。

帰路で町役場・津和野庁舎がある。なんと旧津和野藩の家老の屋敷を利用していた。入口の門は手直しされているがオリジナル部分もあり古めかしいものでした。昔は「城=官庁」でもあったのです。
我々のツアーはカトリック教会から津和野大橋までの武家屋敷の往復です。森鴎外記念館など他の施設は寄りません。

カフェ:
10:25 土産屋に入る。
やっと雨から開放されたが、今度はツアー客でごった返しの店内です。
珍しい紅白の椿
しばらく店内にいたが、散歩でもしようと外に出る。 少し歩いたが雨が続き面白みが全くない。やむなく土産店に戻った。
10:45 適当にいろいろと見歩いてから奥のカフェのテーブルに落ち着いた。初めて見る白地に赤斑の椿が飾られていた。私はコーヒー(\430)、ワイフは紅茶(\430)を頼んだ。ここでゆっくり時間潰しすることにした。
11:20 清算して土産店を出る。早めに昼食を済ませる必要があった。

うどん屋:
11:23 街を歩いてレストランを探す気持ちになれない。駐車場の反対側にうどん屋がある。そこに入った。山菜うどん(@530円)の食券2枚を自販機で購入、テーブルについた。同じツアーの4人グループもここにいた。
山菜うどんはたっぷりの具に透明感のあるコリコリしたうどん、それなりに楽しめる味でした。スープは1〜2口で止めておく。この種のスープは塩分が濃い・・・。
11:50 うどん屋を出る。トイレに寄ってからバスに乗った。出発まで間があるが雨なので仕方ない。 皆さんも同じ、どんどん乗車した。添乗員さんが人数の確認をして予定より10分早く出発となった。

津和野から宮島に移動: 

12:00 出発。
良く分からなかったが、津和野から中国自動車道の六日市ICまで187号線を南下、中国自動車道を東に向かい広島北JCTで広島自動車道に乗り、宮島のフェリー乗場に近い出口で高速を降りたと思います。
津和野の近くでは紅枝垂桜が見事でした。赤みの濃い花です。

津和野駅から谷間に入ると歴代津和野城主の菩提寺だった永明寺(ようめいじ)がある。そこに津和野生れの明治の文豪森鴎外(本名:森林太郎、1862〜1922)の墓がある。そもそもは東京は向島の弘福寺に埋葬され、墓碑は遺言により単純に『森林太郎ノ墓』となっていた。関東大震災(1923年9月1日)の後、三鷹市の禅林寺と津和野の永明寺に分骨して再埋葬されたそうです。

津和野の谷から離れ、車窓から見ている限り、中国山脈は深く急角度で落ち込む険しい谷が多くなった。これと云った高山もなく、萩から西のような穏やかな山並みと思っていたが、間違いだった。昔の人が人馬で通ることは不可能だったことでしょう。
13:10 中国自動車道の最高地点(海抜721m)を通過した。
吉和SAの山桜とコブシ
13:15 吉和SAに到着。小公園もあり、コブシの白い花や山桜のピンクの花が満開で見事です。やっと春がきた高地でした。この辺の人達は山の桜などが咲き乱れると「山が笑う」と表現するそうです。
13:30 出発。
13:51 中国自動車道で最長の牛頭山(うしずやま)トンネルを通過中。このトンネルは上り線が3573m、下り線は3760mです。
14:00 この頃、山間の大田川沿いに走る。大田川は広島で5本に分かれ瀬戸内海に流れ込む。現在の広島市はその分流による4島や中州と両側に市街地ができている。かつて毛利元就が初めてこの地に城を築いた時、4島で一番大きい島、つまり面積が一番広い島、を選んだ。それ以後、地名も広島となった。
本土から宮島、厳島神社と大鳥居
14:25 JR西日本宮島フェリーの乗場・宮島口に到着。フェリー料金は片道170円、往復340円です。しばし桟橋で待ちました。
14:40 フェリー宮島口を出港。
デッキの近くで外人観光客がズームレンズ着装のデジタル一眼レフで盛んに大鳥居を撮っていた。数メートル離れているのにシャッター音が聞える。綺麗な写真を持ち帰るには良いのですが、何処でも何でも撮影するにはシャッター音が気になるのが実感です。

厳島神社(世界遺産): 

14:50 宮島に到着、下船。
14:55 ここでも土産店「だいこん屋」の専属ガイドが待っていた。宮島の案内絵図が配布となった。簡単な注意事項などの説明があった。
その後、固まって海岸沿いに厳島神社に向かう。時々鹿を見かけるが少し小型に思えました。約420頭もいるらしい。東大寺のように鹿に与える煎餅を売る人は見かけない。途中で商店街に入り、だいこん屋の前を通って再び海岸沿いの道に戻った。
15:15 千畳閣の岬で大鳥居を背景に全員揃って記念写真でした。鹿2頭もモデルで横に写っている。我々は自分のデジカメで記念写真は撮影しました。引き潮だったので大鳥居の近くまで観光客の姿がありました。
厳島神社・本殿、手前は国宝の舞台
桧皮葺の五重塔(舞台近くから撮影)
15:20 厳島神社に入る。口と手を清めた。
15:30 本殿の前まできた。
15:35 国宝の舞台の先まで行く。引き潮で大鳥居まで砂地が現れているが、本殿と大鳥居までは窪んだ道のように水が浅く残っている。そのように作ったのか、自然現象か、不明です。大鳥居の近くまで観光客の姿がありました。潮が引いた砂地に小さな蟹を何匹も見かけました。ここの蟹は何かのんびりした動きに思えますが?

左に大きな太鼓橋を見ながら進むと右に長州の毛利家が寄進した能楽堂があった。正面には根元から8本の幹が分かれた変わった松の大木がある。左に回りこみ、裏参道に出ました。これで厳島神社の参観は終了です。短いトンネルを潜り出ると商店街が直ぐそこにある。

15:52 だいこん屋に入った。まず出来たてのもみじ饅頭が1個づつサービスです。散策の後のこと、丁度よいお八つでした。
16:02 ワイフはだいこん屋のもみじ饅頭6個入り(@610円)をいくつか買っていた。気軽なお土産です。皆さん、数量的にかなり多く下げています。手頃で人気があるようです。
16:05 だいこん屋を後にする。
16:18 フェリー乗場に到着。記録がないが、直ぐ乗船したはずです。
16:25 宮島を出港。帰路は船室の椅子で休みました。
16:35 宮島口に到着。
16:40 バスに到着。すぐ乗車、太陽の光が眩しかった。
16:45 出発。広島市内に向かう。
17:02 大阪造幣局・広島支局の近くを通った。大きな工場でした。ここでは貨幣のみ製造しているそうです。

お好み村(広島市内): 

広島・新天地・お好み村
17:20 繁華街・新天地のヤマダ電機前で降車、集合はこの場所に6時40分です。
横道に入り「新天地・お好み村・広島名物お好み焼き」と看板が出たビルに入る。以前は個別だった屋台を衛生上の理由で1箇所に集めたらしい。2〜4階にお好み焼きの店がずらりと並ぶ。添乗員にお勧め店を求めると、「トッピングが少し違うだけで何処も似たもの。」

エレベーターに乗ると、ビル内で働いているらしい男性一人が最後に乗った。ツアーメンバーが「どの店がいい?」聞いたのです。「ぼくは2階の八昌に時々行く」という。ツアーの皆さん、2階で降りました。我々はまず4階まで行く。通路側に壁のないお好み焼きがズラーと並んでいる。戸惑うだけで、どこが良いか分からない。仕方なく、2階に降り、エレベーターで聞いた八昌に行ってみる。ツアーの1組がいた。他は地元客らしい。幸い椅子が2つ空いていた。お好み焼きは3種、これはボリュームらしい。トッピングはチョイスです。

お好み焼(そばまたはうどん・肉・たまご) 735円
お好み焼スペシャル(そば又はうどん・肉・たまご・生いか) 1050円
お好み焼デラックス(そば又はうどん、肉・たまご・生いか・えび) 1260円
トッピング
ネギ/イカ天/もち/チーズ/生エビ/マヨネーズ/ダブル(大盛)
地元のお好み焼きに数回、大阪で2回、これで私のお好み焼き経験の全てです。今回はスペシャルにトッピングはネギ(100円)にした。小食なワイフは基本のお好み焼きにネギだった。飲み物は買わず、水で済ませた。
我々の入店は丁度注文が出揃った時だったらしく、女性店員2名で8つのお好み焼きを鉄板で作り始めた。フラワーを溶かしたものを円盤状にし、もやしをたっぷり盛り、傍でイカ切り身や海老を焼いた。全ての具を乗せてからベーコン3枚を乗せてひっくり返す。それから中華蕎麦を焼き始めた。うどんの注文はなかった。次に生卵を鉄板で焼く。やはり円盤状にしてベーコン側を卵焼きにのせた。しばらく焼いて、皿に載せ、かけ汁をたっぷり塗ってからトッピングのネギを沢山盛った。これで完了、客の前に次々と置かれた。
空腹だったのでガツガツ食べました。ワイフはやはり1/3は余した。その一部をもらって食べ、やっと落ち着きました。
18:08 支払い(計1,985円)を済ませ、お好み村を後にした。

新天地ぶらぶら歩き: 

パルコに入ったがファッション衣類に興味はなく、表通りに出る。夜食のパンを買いたくなりデパートを探した。少々先にあるらしい。途中のビルの路面店にパン屋があった。菓子パン2個を買った。もどる時、パルコ3階のトイレを借用したが素晴らしさに驚きでした。ファッションビルなのでお金をかけたのでしょう。それから集合場所に行くが早すぎる。ヤマダ電機でデジカメをいろいろ見て過ごした。
18:37 バスに乗車。

原爆ドーム(車窓): 

18:40 バスは一旦発車。しかし添乗員とガイドの2名は乗車せず手を振っている。多分、一定時間以上の停車が認められず、バスは少し移動したのです。1ブロック先でまた停車して、今度は添乗員さんとガイドさんが乗車した。
八丁堀という繁華街になり、左折して相生通りを行く。この辺りは広島三越など大型店も固まってあるようです。
夕暮れの原爆ドーム
18:46 しばらく直進すると、左に原爆ドームが見えてきた。相生通りからは木々が邪魔してよく見えない。大田川の中洲がここから始まり、平和公園は中州の北端にある。バスは左折して平和公園沿いの道に入った。直ぐに一時停車、そこから原爆ドームが良く見えました。原爆が投下され一面の焼け野原となった広島では唯一遠くからも見えたとされる原爆ドーム、今日の広島は見事な復活を遂げて大きな建物が多く目立たなくなった。しかし人類共通の脅威の1つが何であるか、身をもって今に示す原爆ドームは貴重な存在です。大切にするしかありません。

バスは動き始め、平和公園の施設をチラチラ見たり、ガイドさんの説明を聞いたりでした。広島国際会議場の建物を眺めて平和公園から離れました。
18:54 広島市内を南に走り、宇品島にある今晩のホテルに向かいます。

車内で添乗員さんから「部屋割りカード」を受取る。今晩は9階966号室です。シティホテルなので今までの温泉ホテルよりは狭い部屋でしょう。
19:10 この頃にホテルに到着。通常ならバスは正面玄関に横付けされ、ドライバーさんがトランクの手荷物を出してくれる。各自でその荷物を持って部屋に向かうのです。ここは違っていた。観光バスの正面玄関横付けはダメで、駐車場で降車し手荷物を引きずって玄関に行く。途中にゴルフウェアーなどのショップが幾つか並んでいる。多分、このショップ前を歩かせるために観光バスの正面玄関行きが禁止になったらしい。客商売のこと、あの手この手です。ビジネスを自ら営んでいるならお互い様でしょうが・・・。

グランド プリンス ホテル 広島(宇品島): 

グランドプリンスホテル広島(宇品島)の正面
正面玄関を入ると巨大なホールでした。エレベーターは一番奥になる。
19:18 入室。部屋のドアーは開錠済み、キーは中に置いてあった。プラスチック・ケースに収めるキーは昔風に見えるが、多分新しいタイプのものでしょう。
簡単に部屋の写真を撮っておく。簡単に所持品を片付け、ワイフはシャワーとなった。その間、私はロビーなどホテルの写真を撮りに1人で出かけた。

ロビーはホールと呼ぶほうが適切かもしれない。大ドームがあり、その真下に十字架のある結婚式場が設けられている。ホールをほぼ一周するスロープもあり、その2階部分にはグランドピアノがあった。演奏すると素晴らしい音が響き渡ることでしょう。驚きながら、正面玄関から外に出た。
少し離れて、LED電飾とホテルの写真を撮っておく。夜のこと、光だけが写っている。
その後、確か23階の最上階までエレベーターで行ってみる。有料ラウンジだった。展望は良いらしいが写真は無理、部屋に戻った。

シャワーで汗を流しサッパリする。使い易いバスルームで快適でした。
夕食後に買っておいたパンとジュースで夜食とする。お好み焼きは食べた直後は満腹感があったが、やはり早く何か口にしたくなる・・・。
明日、朝食は6時30分から、出発は8時です。
我々は5時30分起床、早々に休みました。

4日目(4/15)
錦帯橋(岩国)、福岡空港、羽田乗継で帰宅
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05:30 ワイフの声で目覚めた。起こされた。
洗面の後にパッキング。小型バックなので手分けして土産品を収めた。
05:56 窓の外を見ると日の出だった。穏やかな海と島々、上る太陽、きれいな風景でした。
06:18 軽い風邪と思うが、ワイフは鼻水がひどいので点鼻薬をさしていた。
06:20 朝食のため部屋を出る。
06:30 レストランに入る。
何時も通り、私は洋食でワイフは和食でした。
07:15 この頃、部屋に戻った。
07:45 フロントに鍵を返し、チェックアウト。
08:00 出発。

広島から岩国に移動: 

08:20 広島市役所前を通過。市内はつつじの花や新緑がきれいです。
08:26 平和大通りを通過。広島城を車窓から眺めた後、遠方のビルの谷間に原爆ドームが見えた。
08:45 山陽自動車道にのる。すぐ料金所を通り、岩国に向かった。途中、大竹の工業地帯が見えた。
09:04 山口県に入った。
09:09 岩国ICから錦川の下流に向かって走る。川沿いに竹林が続いた。錦帯橋は近くです。急峻な山肌の頂上に岩国城の天守閣が見え始めた。

錦帯橋: 

錦帯橋
09:18 広々した川原の駐車場に到着。「10時30分出発」と云われ、自由散策となった。駐車場は舗装はされず、川原の丸石が平らになっているだけでした。面白い。駐車料金はバス一台1000円だそうです。
09:20 錦帯橋を渡り始めた。太鼓橋5つが連なり、橋面で210m、直線で193.3mある。世界でも珍しい形でしょう。風もない快晴で気持ちよい渡橋です。ワイフの写真を撮っていたら、後続の外人さんグループが撮り終わるまで待ってくれました。「Thank you !」です。

錦帯橋を渡り終えると両側に幾つかの商店がある。正面は吉香公園です。公園に立つ吉川広嘉(きっかわ ひろよし)公の銅像があった。徳川家康公の世となった時に安芸・毛利家の存続を萩にて可能にしたのが岩国の吉川家、銅像は毛利家家臣で第3代岩国領主です。後日、長州支藩の1つに加えられたとされる。支藩は、長府藩、徳山藩、清末藩、岩国藩になる。

公園内を行くと、石を組合わせた目的が分からない設備がある。大噴水の一部らしかった。訪問時の噴水は止められていた。
この後、少し歩いてロープウェー乗場まで行く。手持ちの自由時間内にはロープウェーで往復しか出来ず、山上の天守閣の訪問は無理です。諦めました。
近くの白蛇観覧所に行く。大人の2匹に加えて生後1年の小さな白蛇が2匹いた。毒々しい模様の蛇と比べると、気持ち悪くない。青大将の一種で日本の天然記念物に指定されている。数100年前に米俵を荒らすネズミを捕食していた蛇が白蛇に変化した、らしい。
次に内堀の橋を渡って吉香神社まで行ってみる。歴史を感じさせる落ち着いた境内でした。一応は拍手を打ち参拝しておいた。気持ち良い春の日、昼寝を続けたかも・・・。本殿の裏側に作家・国木田独歩の碑があるが、行きませんでした。
橋を渡って戻ることにする。内堀に木製の小型の台が幾つかあった。沢山の亀が甲羅干しでした。高く首を伸ばしたものもいる。淡水亀にして大きいものでした。

駐車場に戻ることにした。内堀沿いの道を行くと右側の白塀が見事でした。堀の反対側には錦雲閣という古い木造の建物がある。
公園の入口には対峙して2軒のソフトクリーム屋があった。面白いのは共に100種ものソフトクリームを売っている。初めて来る観光客には100種から1つ選ぶのは至難の業、しかしお勧めリストがある。数種類から北海道バニラ(@300円)を選び、2個買った。珍しくスプーンが付いている。錦帯橋の袂の木陰で食べました。気持ち良い微風が流れていた。
10:25 バスに戻る。ほぼ全員が乗車していました。直ぐ昼食の弁当とウーロン茶の缶が配布になる。

岩国から福岡空港に移動: 

10:30 出発。
11:33 防府の佐波川SAに到着。トイレを使ったが、入口正面には大きな生花が飾られ、設備も最新式、建物に似合わない素晴らしいものでした。この地方は韓国、台湾、中国からのツアー客も多いことでしょう。気持ちよく利用してもらうと同時に、衛生陶器の良いデモンストレーションなのでしょう。
11:50 出発。それから岩国で受取った名物の押し寿司弁当を開けた。
12:10 弁当を食べ終えた。一見散らし寿司ですが、層になった押し寿司が中心です。おかずも多く美味しい弁当で楽しめました。北海道では普通は押し寿司を作らない(と思う)。子供時代に家で時々食べたが岩国の押し寿司とは違っていた。飲み物はウーロン茶。
食べ終わった弁当箱などをバスで回収してSAのゴミ箱に捨てると「ゴミの持込」となって禁止されている。それで、弁当のゴミは各自でSAのゴミ箱に捨てるように指示された。家庭ゴミや産業廃棄物の処理に神経を使う時代となりました。

関門橋: 
壇ノ浦PAから関門橋
12:40 壇ノ浦PAに到着。平家滅亡の地に巨大な関門橋が架かっている。PAから狭い関門海峡と巨大吊橋が良く見えました。船の往来も多い。
トイレを借用したが、やはり立派できれいな施設でした。ここも大きい生花が飾られている。しばし写真撮影で過ごした。その後ワイフと合流し土産屋を見たが旅も終わりで食指が動かない。バスに戻った。
13:00 出発。これから橋を渡り、九州自動車道を福岡まで走る。
13:05 旅行会社のアンケート用紙に記入。適当に良い評価を記入しておきました。楽しめたツアーなら当然でしょう。
14:05 福岡空港第3ターミナル前に到着。降車して荷物を受取った。4日間のガイドさんとドライバーさんに挨拶後、お別れでした。良い旅行でした。

福岡空港から羽田空港乗継で地元空港、帰宅: 
14:10 搭乗手続き窓口近くに固まり、添乗員さんが搭乗券を受取るのを待った。33名の乗継を含めた発券には多少は時間が必要で20分程度は待たされました。
14:25 添乗員さんが点呼しながら搭乗券を配布した。
後は各自で手荷物を航空会社に預け、搭乗口に行くだけです。2階の途中に売店が並んでいたが、福岡名物の辛子明太子が目に止まりました。買わなかったが美味しそうでした。
14:41 搭乗口に到着。各自で搭乗を待った。

15:00 搭乗(B777-200/Economy 3-4-3/47F & B)。本当の後部座席ではなかった。今日はANAがストライキで欠航となり振替の乗客が多くて機内はほぼ満席状態でした。
15:10 予定通りの出発。
16:45 羽田空港に到着。
ターミナルビルに入る。12番ゲートだったが、旅行会社の旗をもった人が待っていた。羽田空港で北海道5空港行きに乗り分かれるので各搭乗口まで案内してくれる。それに先立ち、人数の確認があった。ここまで必要かどうか?往路では時間があったので各自で乗継でした。
□:□ 搭乗(B767-200/Economy 2-3-2/48E & 48G)、ワイフとは隣合せです。
□:□ 出発、離陸待ちが5機も先にいるので待たされた。
□:□ 離陸。
□:□ 予定通りに到着。

□:□ バゲージ・リクレームで預入手荷物を受取る。
荷物受取り後は、番号の照合を受けて外にでる。到着口から近い位置に車を置いてある。荷物をトランクに積んで出発です。無事、自宅に到着です。天気は今一の日もあったが、楽しんだ旅行でした。

おわりに Page Head ▲
久々の国内旅行でした。九州旅行(2006年)に続いて2度目の国内バック旅行に参加です。あちこちサラッと見歩くには便利でよい。個人旅行でこれだけ見歩くと交通費+宿泊費もかなりなもの、プラン・ドゥー・シーを全て自分で行うので疲労も重なります。都市滞在型でなければバス旅行が効率的で疲れも少ない。我々は個人的な目的も一時離団で済ませたので十分以上に満足できた旅行でした。

3日目の山口・瑠璃光寺と津和野を除いて好天気に恵まれました。瑠璃光寺は雨でもムードがありましたが、津和野は残念でした。武家屋敷の通りを歩いた以外は土産屋で過ごしたみたいなものです。旅行記では、津和野の女性ガイドさんを幽霊にしてしまった。全くの偶然ですが、一寸した連想が発生したので仕方ありません。ご勘弁の程を・・・。

旅行中は記録写真もかなり撮影しました。時間が許せば写真ページや壁紙写真ページを追加したいと考えています。もし写真ページを制作するとしても今年の秋か冬になると思います。

大急ぎで書き残した旅行記なので不備が目立つかも知れません。その点はご容赦頂けると幸いです。もしお楽しみ頂けたら幸甚に存知ます。ご来訪に感謝いたします。
よろしければ、北行庵の他の旅行記もどうぞお楽しみください。
◇◆◇
壁紙写真 ⇒ 当旅行記は提供しておりません。
(2016.10.18 モバイル対策)(2011.04.29 ブラウザ対策)(2009.04.25 公開)

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