旅行記|ロンドン滞在6泊7日 (1998年10月)
感心したこと
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1.  ロンドンの地下鉄は世界一の歴史を誇っていますが、駅・車両はさほど古い感じは無く、慣れると便利です。 又、有名な赤い2階建てバスも慣れると地下鉄以上に利用価値が有ります。 これらの Hardware に加えて、ロンドンには Travel Card と言う便利なものがあります。 ( 注:New York には Metoro Cart 1, 3, 7 days がある。 東京にもあるが、 LondonとNew Yorkのものに比べると使いにくいようである。 2001.6.28追記 ) 1日用、1週用、etc.があり、Weekly Travel Card はパスポートサイズの写真と13ポンドで購入できます。 ロンドン市内観光にはZone 1 (最も安い) で十分です。 これで環状地下鉄とその内側では地下鉄・バス乗り放題です。 地下鉄は磁気帯のついた Travel Card のみで自動改札口を通れますが、バスは写真貼付したCard と Travel Card を見せて乗車します。切符を一々買う手間が省け、不慣れな小銭が不要、そして結果的に経済的です。

バス・地下鉄の基本料金は 1.3ポンド ですから、1週間で 10回利用出来れば13ポンドの Weekly Travel Card は元が取れる計算です。1日5回ぐらいは利用したので、六日間で30回ぐらいの利用回数でした。 ちなみに1ポンドは現在203円ぐらいです(10月下旬)。 営業体が複雑な東京では類似の制度は難しいでしょうが、ロンドンでは良いシステムと思われました。 もっとも、ブランド店で雑談した英国人は「我々は高いと文句を言っている」と話してくれましたが・・・・・。

地下鉄駅は地下深くにある場合が多く、当然エスカレーターが多用されます。 エスカレーターに乗ったら右側に立つルールで、左側は急ぎの人達が進めるよう空けておかなければなりません。 大都会のこと、急ぎの人達も多いので、このルールで人の動きがスムーズですね。 これは日本でも採用すべきと思います。

2.  赤い2階建てバスは二階に屋根のあるタイプと屋根のないタイプ(観光用)が走っていますが、夏以外は屋根が無いと寒いでしょうね。 又、ワンマンと車掌乗務とが有り、ワンマンは前から乗り中程に有る出口から降り、ドアーは自動、二階への階段は中央部、と取り立てて書くほどの事も有りません。

車掌付きは後部のオープンデッキから乗降です。 乗車の際に車掌に行く場所を言えば、「座席に座りなさい。教えます。」という返事が例外なくありました。そして、我々の座席まで「次の停留所です」と教えに来てくれるのである。 車掌によっては、停留所から目的地までの道順を簡潔に教えてくれました(2度程経験)。観光"客"にとっては、ありがたい事この上もありません。

オープンデッキからの乗降がもう一つの利便性(?)をもたらしています。  渋滞や信号待ちで停車している時に、適当に降りたところで取り立てて文句は言われません。一度、真似て信号待ちで降りてみましたが、車掌が「気を付けて下さい」と言っただけでした。これもアングロサクソン流の自己責任による行動の一つでしょうか・・・。

3.  英国の失業率は約6% (ドイツ、フランスは10%以上) に低下して、経済は比較的好調のようです。 街を歩いても周辺地域でビル新築用の巨大クレーンがあちこちで目立ちました。 それに加えて、商店街・住宅街でも塵散防止用のグリーンのネットをかけて石造りの古い建物の外装修理 (恐らくは内装も) が盛んに行われています。 不思議に中心部で古い建物を取り壊しているのは全く気づきません。 景気の良いときに古い建物に手を入れて、さらなる長持ちと機能的・外見的改善を計っていると見受けました。 豊かさの蓄積 (カネの蓄積とは似非なる) の英国のやり方と思います。 地震の無い国が羨ましい・・・・・。 

4.  大英博物館とテート美術館には午前中に行ったのですが、幾つもの先生方に引率された小学生のグループに出会いました。 どのグループも鉛筆とスケッチブックを持って思い思いの古美術品や名画を子供の事でにぎやかに遊びながら写生をしています。テートでは、撮影禁止なのにフラッシュを光らせ写真を撮り合って遊んでいる子供も結構いるのです。しかし、誰も何も言わずに勝手にさせていました。何十億、何百億円もする名画の並んだ所で・・・。

どういう訳か、バブル期に天井・最高値で名画中の名画を借金で落札し全て棒に振った大会社の社長さんが日本にいたのを思い出してしまいました。  Wife に言わせると、子供は皆かわいい感じだけれどセーター等の衣類の高級品・並品の違いと顔つきの違いがグループ間に在る、とのことです。 言われている学校差は実際に存在するのでしょう。

5.  カンタベリー大聖堂はヨーク大聖堂と並び英・国教会の最高権威でありセントポール大聖堂はロンドンの国教会の中心だそうです。 このセントポール大聖堂は、たとえば日本での築地本願寺のような役割をになっているのでしょう。 この中の椅子に座り一時の休息をしていたら聖堂職員と思われる女性が話しかけてきました。「これから大聖堂のツアーになりますが、参加されますか?」断ったら「11:30からコーラスとサービスが有ります。 きれいですから、ぜひごらんになって下さい」この人は座っていた他の人たちには声をかけずに、参観者のなかに姿を消してしまいました。 何かしら不思議な気持ちが未だに残っています。

この大聖堂には高さ100m以上の大ドームがあり、その頂点の真下の床に 直径2m(?)ぐらいの真鍮の蓋 (地下室の天井に穴がある) があって、その蓋の縁からドームを見上げ、そして中心からドームを見上げてみました。 建築の大天才 C.Wren の才能を実感した一瞬でした。 一階はため息が出る程に壮大で緻密な作りですが、地下はネルソン提督などの歴史的人物の墓所になっています。 通常の墓所のイメージからはほど遠い明るい場所なのでびっくりしました。  

6.  代表的観光散策ルートに 「トラファルガー広場・ホースガード・ウエストミンスター寺院・ウエストミンスター宮殿」 があり、このルート上の官庁の建物の中にCabinet War Room という比較的新しい博物館があります。 セントジェームズ公園よりで表通りからは少し離れているうえ、ひっそりした感じの目立たない入り口から地下に降りるため、人の出入りは見られません。 ここに第二次大戦中の英国の司令室があり、時のチャーチル首相が寝泊まりして指揮をした場所です。

「日本人がこんな所に立ち寄るといやがられるのでは?」と内心案じていまし たし、Wife には「私の都合で入ってみるけれど、我慢して付き合うように」言っておきました。 入場料の係りはいかつい感じの職員でしたし、雰囲気はその辺の名所とは全く違い、一瞬「しまった」と思いました。 携帯ガイド器(無料)を片手に、狭い大戦中の司令部を見始めましたら直ぐ緊張はとれ、「タイピストはこんな感じで仕事していたの」「電話交換手が敵方なら大変だね」とかたわいのない会話が出るようになりました。 中では意外に沢山の人が熱心に見ていて、写真を撮ろうとすると幾人もが笑顔で避けてくれます。

この時代に英国でORが始まったと言われていますが、数多くの軍事上の統計 グラフが壁にはられた場所もあり、やはり旧日本軍よりは客観的分析が上層部でも用いられていた事がわかります。 チャーチル首相の部屋はベット・職務机等々で狭く、国家非常事態での指揮官の仕事ぶりを想像させるのに十分でした。
後日「チャーチルの所がよかった」とWifeが幾度も言うのは少々不思議です。

7.  夜のスナックでも買おうと思い、Marks & Spencer というデパートの地下の食品スーパーに行きました。 日本のスーパーでは (1) 品物を入れたかごをレジ台に置き (2) レジ係りがバーコードを読みとらせ (3) 別のかごに品物を入れ(4) 最後に必要数の袋をくれ (5) レジとは離れたテーブルで客が品物を袋に入れ (6) 空いたかごは誰かが片づける。

さて、このスーパーでは (1) と (2) は日本と同じです。 ここでは、袋は出口側の棒に手提げの部分を通し口が開けられています。 (3) レジ係りが順次袋に品物をいれ (4) 空いたかごはレジの足下に積み重ね (5) 客に品物の入った袋を渡す。

レジ作業の英国 V.S. 日本は ? 久々のの IE的 考察でした。 蛇足ながら、 「日本なら、入れ方が良くないと苦情殺到する」 とのコメントが横からありました。

8.  大昔の英国で、畑を牧草地に転換しおおくの羊を飼い、農夫は失業し都会の労働者となり、羊から採れた羊毛から上質の毛織物を工場生産し、国外に輸出して国を富ませた、このプロセスは良く知られています。 仮に、当時の英国人が質素な綿の服を着て、「最上級の毛織物だよ、買わないか」と言っても、まずダメでしょうね。 英国人以外の人達に「Britishは良い物を着ている。自分も・・・」と思ってもらうのが近道だったはずです。 現在、ロンドンの人々が観光資源を最大限生かそうと一所懸命なのと同じ熱意で、当時の英国人は織物の生産とその販売に取り組んだのでしょう。

   バッキンガム宮殿の職員の方々の上質なスーツと着こなしとか、サビルロー 等で見かける人々の容姿など、言われている英国紳士の身だしなみは脈々と 生き続けていると見受けました。「ほれぼれとする」訳ですがなにぶん骨格が東洋人のことで・・・。

賑やかな商店街でサンドイッチ等を食べながら歩いている人を時折見かけ ますが、こちらは貧士と思われる質素な身なりでしたし、携帯電話で話しながら歩いている人々はやはり一見OLかサラリーマンと思わせる服装が多かったように思います。

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