ニューヨーク滞在8泊9日  [ 2日目/5月18日(金) ]
メトロポリタン美術館・五番街など散策
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マンハッタンの南端から観光を始め除々に北上する予定だった。 天候が良ければ今日は自由の女神に行くはずだった。だが外は曇空で寒く フェリーに乗りリバティー島に行ったところで、楽しめるような天候では ない。予定を変更し、なるべく美術館等々の屋内で過ごすことにした。

タイムズスクエアー
ホテルを出る。53丁目を7番街まで行き、南にタイムズスクエアーまで下った。 まず足の確保のため、観光案内所(Visitor's Center)で 7-Day Unlimited Metro Card を2枚購入。磁気ストライプ付きの紙カードである。 これで7日間のバス・地下鉄は乗り放題となった。地下鉄のマップも一枚もらった。ガイドブック付属の地図はマンハッタンが主で遠方の路線が載っていない。市内の遠くに地下鉄で行くとか郊外に鉄道で行く場合には必需品です。当地にはCity Passという美術館など6ヵ所の割引チケットもある。 確かに半額近い値段だが、ほとんどの施設を訪ねなければ大して割安にならない。アメリカ人の家族旅行者向けであろう。我々は購入しなかった。  結果論だが、City Pass に含まれる施設は3カ所しか行かず個別に入場料を払ってもたいした差はなかった。

タイムズスクエアーの東側歩道に人だかりがあった。ABC の TVスタジオだったのでしばし撮影現場の野次馬に加わりました。さらに南に歩き42丁目を東にマジソン街まで歩かねばなりません。Bryant Park とか Public Library などの外見は変わりないようでした。この通りを反対側 (バスターミナル方向) に行くと、昔は品の無い街でした。

歩くだけで異臭にやられる感じとも表現できます。昔、親しかったペルー人夫妻と3人でバスターミナルに歩いていたときの事でした。大資産家のお嬢様から新妻に立場を変えたばかりのMさんは、こちらに歩いてきた男を見たとたん、私に飛びつき顔を胸に埋めて見ないようにした。その男は、何というか、人間とゴリラの中間種とでも表現できる奇妙な顔付きと体形だった。とにかく不可思議な人間が大勢たむろしていた街でした。 このエリアには行きませんでしたが、各方面の努力により快適な新ビジネス街に生まれ変わったと言われます。昔からのニューヨークタイムズ紙などのほか、今は株式市場のナスダックもここにあるのです。  

マジソン街でバス初乗り
さて、マジソン街を何丁か北に行った所に #1,#2 などのバス停があった。この街では進行方向の右側にのみに停留所がある(バスの構造上、当然)。初使用の Metro Card の差込を間違えたら、運転手に「逆さま」と言われてしまった。この種のことはワイフの方が上手く、先にサッと済ませて乗車しました。昔懐かしい真鍮のトークンはバス・地下鉄で使用している姿を見たことがないので、完全にメトロカードに切り替わったのでしょう。 

停留所で#1のバスに乗ったはずだったが60丁目で右折して東に向かった。運転手に確認すると「乗り換えなさい」と乗換えカードをくれた。  1丁歩いてマジソン街に戻り、再度 #1 のバスに乗り 79丁目まで行く。 この地域はマンハッタンの比較的高級なアパート街(日本流の表現ではマンション街)である。 Delliが有ったので入ってみる。昨日夜に買い物をした7番街の Delli よりは店作りも良く品物も多かった。 この種の店は地域住民の嗜好を良く反映しているものだ。写真を撮りながら住宅街の並木道をメトロポリタン美術館まで歩いた。

メトロポリタン美術館
The Metropolitan Museum of Art前に到着。 26年前に来ても、昨日来ても、今日の景観と全く同じである。館内に入り10ドル払って小型のバッチを受け取った。ここはアメリカを代表する巨大美術館ながら公営ではなく、寄付で運営されている。従って公には入館料は課さない。 ただ10ドル程度の寄付をして入館する建前となっている。しかし入館した際の実感は入館料ですね。 

暖かい物が飲みたくなったので、1階南端のカフェテリアに行く。  準備中で利用できないので少々歩き回った。セントラルパーク側のヨーロッパ彫刻セクションの一角がオープン・カフェになっている。 ガラスの壁の外は公園の緑で、テーブルが置かれているエリアの真ん中には、ロダンの弟子アントワーヌ・ブールデル作「弓を引くヘラクルス」(弓を少し上向きに構えた男の像)が置かれていた。子供時代の教科書に載っていたような気がした。他の彫刻などもあり、明るく感じの良い場所です。コーヒーを買い中央のテーブルで暫らく雰囲気を楽しんだ。近くでは小学生グループが床に座り先生の説明に耳を傾けいてた。この美術館は三脚とフラッシュライトは禁じているが、写真撮影は許されている。所々で雰囲気をデジカメにおさめました。館内は明るくて意外に綺麗に撮れます。

美術館見学を開始した。いつもながら通り一辺の鑑賞である。 ご多分に漏れず印象派の油彩は比較的時間をかけて鑑賞しました。ゴッホの「糸杉」「アイリス」とか「ひまわり」は観れましたが、「麦わら帽子の自画像」は壁にあったかどうか・・・。  モネ、マネ、ルノアール、セザンヌ、ゴーギャン、ドガなどの有名な油彩が多く楽しめます。ダビッドという画家の「ソクラテスの死」なる大作もあるそうですが、これは鑑賞したかどうか定かではありません。  予定が変わってがっかりしたためか、時差ボケのせいか、鑑賞にあまり身が入らなかったのも正直なところです。 この美術館は充実した楽器のコレクションがあり音楽好きには見ごたえがあるでしょう。キチンと見学し勉強する気なら幾月でも不足する美術館といえます。アメリカを代表する美術館だけに、福武書店から14巻に及ぶ「メトロポリタン美術全集」も日米共同で出版されています。 この種のものをパラパラと通読して訪れると理解が深まるのでしょうが。

売店に寄って小型リプリカを購入した。日本のMデパートもここの品を扱っているので特にここで買う理由はないが、マァー、記念として。以前はかならず絵葉書を買ったもの・・・。 美術館1階南側のキャフェテリアに行った。入り口には行列ができていた。 カフェテリアとレストランは大入り満員の状態である。 意外に早く入れ、レストラン側の眺めの良い席に案内された。 地階に相当するレストランのテーブルが見渡せる。 ワインなどを飲む人も居ないわけではないが、皆さん簡単な食事ですませています。好天気ではなく美術館に逃げ込んだ観光客も多いはずですが、東洋系はあまり見られませんでしたね。 シュリンプ・サンドイッチと紅茶、ローストビーフ・サンドイッチにカプチーノを注文した。シュリンプ・サンドイッチは薄い丸型バンに茹でたシュリンプをびっしり詰め込んだもので一風変わったものでした。 欧州でもそうでしたが、美術館での食事は何となく安心できます。

ホテルで休息
昼食後すぐ美術館を出たが、外はかなり肌寒く感じられた。 早々に5番街を南に向かうバスに乗る。途中にフリック・コレクションという昔の鉄鋼王の収集品を展示している美術館がある。この辺りは人影も少なく静かな街だが、5番街の53丁目から105丁目あたりまで美術館と博物館が多く、Museum Avenue の別名で呼ばれることもあるそうだ。 それらを全部訪れる人はまずいないであろう。ロックフェラーセンター近くでバスを降り、53丁目の通りをホテルに向かった。街を歩いても気持ちが沈む感じの天候だった。1時間くらい部屋で休んだ。

ティファニー
また5番街に出た。観光客定番コースのブラブラ歩きで、ティファニー1階宝飾部に入る。ウィンドウショップ(?)の客が実に多く驚きだった。 宝石店など閑静なのが普通だが、さすが有名宝飾店、観光スポットの1つである。
高価なダイヤの装飾品がケースの中で煌き女性の心をくすぐっている。かつてはデビアス社が原石の流通の要を抑え需給調整でダイヤの末端価格維持を実行してきたが、アフリカ西海岸諸国のダイヤ原石が反政府軍の軍資金となっていることが判明し、その後はこの業界も混沌としてきたようである。 米国の新聞 (New York Times, April 8, 2001 & Washington Post, April 29, 2001) によると、デビアス社自体がフランスのLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンと提携してダイヤ製品の直接小売に手を染めた。 他のダイヤ研磨・加工業者も負けじと各社のブランド化を推進中という。 当ティファニーは対抗手段としてカナダのダイヤ採掘会社を買収し原石から 製品までの全プロセスを自社の手にしようとしている、と言われる。 5番街と6番街の間、47丁目のダイヤモンド・ローの宝石業者とは一線を画すつ もりであろうか。今日のダイヤモンド業界は、石油業界のように、原石の採掘から 製品販売まで一貫して手がけるメジャー化の兆しがあるともいえる。
業界の中は混沌としていても、この店に並んだ製品はみごとな輝きを放っていた。札束を持参し購入したところで、消費願望と所有欲を満足させることは出来ても、購入品を適正に使用・活用できる日本人は少ないのではないか、とも思われた。札束を切れない人間の僻みですが・・・。日本にも趣味ある資産家は多いそうですから。ニューヨークにはハリーウィンストンとかバンクリフなどの高級宝飾店も多いが、目の慰みになっても、用 (財布に毒)はなく行かなかった。
トランプタワー
次はトランプタワーに入った。ビルは68階建ての高層だが、低層部に商店、レストランなどが入居している。派手な成り金趣味の輝く銅色の空間である。5番街ブラの観光客は物珍しさで入るが、ニューヨーカーはまず入らないであろう。エスカレーターで最上部まで行ったが、上の店は閉められたり転居したままで、56丁目と57丁目を見下ろすテラスは出入り口に鍵がかかっていた。かろうじて1階と地階に人がいる感じだった。
ハイテク・バブルが終わったからか、それとも不動産王とも言われる Donald Trump 氏の狙いが外れたためか・・・。米国のオフィススペースは昨年のハイテク・バブル崩壊後は空きが目立って来た(10%以上)と言われるが、5番街も例外ではないかも知れない。  しかしニューヨークの建物は空き室が増えても、景気下支えの利下げ効果で借り手には有利なので家賃は少し上昇気味という。奇妙な経済現象が発生しているようだ。

プラザホテルまで歩いたら、向かいの昔は確かGMビルだった白い高層ビルはこれまたTrumpの名が付けられていた。最近は眺めの良いイースト サイドに地上90階の世界一の高層分譲マンション Trump World Tower を 建設中だったり、その最上部の2階全フロアーをアラブの資産家に54億円で 売却したり、とにかく米国のマスコミに良く出てきた人だが、実際、かなり 意欲的な事業展開をしている様子が伺える。

五番街58丁目
ここで5番街を背景にワイフの写真を撮っていたら、見ていたアメリカ人男性が「撮ってあげましょう」と声を掛けてくれた。 今回初のツーショットである。この人は自分のスタジオを持つプロの写真家と言っていました。
NYヤンキーズ・公式クラブハウス
60丁目を東に向かった。途中、野球のニューヨーク・ヤンキーズの公式クラブハウスが有ったので立ち寄った。最近は新庄剛志選手の活躍が多く報道されるので、日本人なら少し離れた所のニューヨーク・メッツのクラブハウスに行くのが普通でしょう。他方、ヤンキーズは George H. Ruth (Babe Ruth) とか Joe DiMaggio 等の歴史的選手が在籍したチームである。所狭しと壁の上部まで野球グッツが並べられていた。野球帽は意外にも種類が多く迷いましたが、1つ買いました。珍しくも伝統的な頑丈な作りの Made in U.S.A. なので良い記念品です。ワイフは中学生の甥にやはり野球帽を土産として買い求めていましたね。
ブルーミングデール(デパート)
次は、かつて利用した懐かしいデパートの Bloomingdales である。 経営的には有名な Macy's と同じ FDS (Federated Department Stores) 傘下といわれるが、店内も変わったでしょうか。一部のエスカレータを除いて設備が新しくなった感じはしなかった。アメリカの店舗のことで長く同じものを使っているようです。ここも1階の西半分は化粧品、女性用の小物などでびっしりと埋まっていた。東半分は男性用衣類などで日本のデパートとは配置が違う。家具部を覗いてみたら、背の高い皮のソファーとイージーチェアーのセットに素晴らしいものがあった。日本のものと比べると安いと思われる。米国ではカウチ1つとイージーチェアー1つでセットだった。

昔は地下に輸入食品を売るコーナーが有った。今は全部が衣類売り場になっていたので、少々がっかりした。経験上、衣類は表向きのサイズはよくても体形に合わないことが多いのだ。結局何も買わずにデパートを後にした。
気温がとても低く感じられ、ワイフは風邪を引いたようだった。 しかし、レキシントン街のブルーミングデールからマジソン街まで戻り、エルメスに行きたいようだ。途中の小さいイタリアン・レストランに入ってコーヒーを飲む。暖かくて量が多く助かりました。ワイフは体が温まって少し落ち着き、動く元気が出てきた。

エルメス
少しだけアップタウンに向かって歩きエルメスに入った。数多くの欧州ブランドが幾つも店を構えるニューヨークだが、このブランドだけはマジソン街62丁目の店のみらしかった。中国人らしい女性店員が接客に当たった。ワイフは茶系のショルダーバックを買うことにした。カードで決済すると、店頭表示価格より10%以上も安くしてくれたので驚いた。 定価販売のブランドだが、恐らく店頭に長く置かれていたバックなので値 引いたのであろう。他に理由は見当たらない。ケリーバックが店の奥に1つ あったのでワイフが興味を示すと、これは売り物ではないと笑っていた。 
商店街を散策しながらホテルへ
マジソン街をブラブラと南に向かって歩く。西側に大きい家庭用品店があったので入り、ホテルの部屋で灰皿として使うガラス容器を探した。 蓋付き砂糖入れに適当なものがあったので4ドル余で買い求める。ワイフは小型の台所道具を数点購入した。生活用具の店も「所変われば品変わる」で結構おもしろい。ブランド店と違い、価格プレッシャーがない分だけ楽しめるとも言える。

53丁目のマジソン街と5番街の間に小公園風の休息所があった。  そこの椅子に座り、タバコタイムとする。ビルだらけのマンハッタンのこと、所々にこの種の休息所が設置されているが、気軽に休めるので実にありがたい存在なのだ。昔と違って良く掃除され快適でした。

夕食(ルームサービス)
ホテルに戻った。夕食はホテルのルームサービスを利用したが、スープは塩辛くてまずく、サンドイッチも満足できる味ではなかった。  舌の感覚が減塩に慣れてしまって・・・。

喫煙所確保
1日40本のヘビースモーカーとしてはタバコを吸う場所が欲しい。 買ったガラスの砂糖入れは丁度良い灰皿となり、蓋をすると煙が出続ける こともない。洗面所の換気は良く部屋に匂いも出ず、ここで吸うことにした。  洗面所の床は簡単に拭いた方がよさそうだ。吸殻は小袋に入れ他のもの に混ぜて捨てると気付かれない。そして、出かける前にタバコ、ライター、 灰皿はスーツケースの中に仕舞うことにした。 とにかく、喫煙所が確保できて一安心だった。 大苦労します。

追記(2013年): あたりまえですが、禁煙室での喫煙は御法度でして・・・。今日読むと赤面の至りです。このニューヨーク旅行の翌年2002年2月に罰が当たり(胃潰瘍)、禁煙しました。禁煙後の海外旅行は雲泥の差と云える程に楽になりました。

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