[北行庵]  HOMETRAVEL
ニュージーランド紀行〔7日目〕2010/10/29 日曜
ワイトモ洞窟とオークランド市の豆観光
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ホテル出発まで Page Head ▲

観光最終日は朝から雨だった。ホテルで朝食をとり、8時15分に荷物をロビーに運んだら、ガイドはすでに待っていた。急ぎチェックアウトして、ホテルを出た。

ワイトモまで Page Head ▲

バスに乗ると欧米系の観光客もいて混成だった。他のホテルに寄って数人の観光客を乗せ、ロトルアからワイトモ洞窟に向け出発した。午前中は166Kmの走行予定でそれ程の距離ではない。

西に向けて走ると間もなく雨は止み青空が見えてきた。南島のサザンアルプス地域とは違い、道の両側には木が多く、牧場に混じり畑も時々見ることができる。立ち寄る観光ポイントもなく、バスはダムの近くでトイレ休息となった。運転手が黄色い花が沢山付いた小枝を採ってきた。 カファイという国花と見なされているのだった。

どのレストランでも代表的デザートと言われるパブロバにありつけなかった。この運転手に「パブロバ(Pavlova)は本当にニュージーランドの代表的デザートか?」と尋ねたら、見事な太鼓腹を押して見せた。「腹がこうなのは、パブロバのせいだ。」どうして出会えないのだろう。

波打つ丘の国道をバスは行く。 山間部の風景は北海道と実に似たものだった。鉄道の駅で次のトイレ休息、そして再び西に向かった。途中、ブドウ棚のように作られたキウイ畑を通り抜けた。家々は全く普通の西洋住宅だったが、この村はマオリ族のキウイ栽培地だった。道を歩く人々、住宅の庭に集まっている人々、皆マオリの人達だった。しかし、アメリカの田舎で黒人の集落を通過するのとはかなり違い、マオリの姿を見なければ普通の西洋人集落として見過ごしたであろう。

ニュージーランドの観光ウェブサイトによれば、「一番よく知られたキウイはキウイ・フルーツで、中国原産のこの植物はニュージーランドの庭で中華グスベリ(Chinese gooseberries)として何十年も育てられた。企業心豊かなニューシーランドの農家が主に輸出用としてこの果物を繁殖させ始めた時に、中華グスベリはキウイ・フルーツの名が付けられ、そして世界的に有名になった。」

昼頃にワイトモ洞窟に近づいた。 バスは直ぐ手前のアンゴラ・ウサギの飼育場に寄ってくれた。飼育場といっても観光用の店で、そこではウサギは僅かしか飼育されていない。店内でウサギの毛刈りを見せていた。中年女性が長い純白の毛を手際よく刈り取る。3ヶ月で毛は伸び刈れる状態になる。売れれば効率はかなり良さそうだ。店内にはアンゴラ製品が所狭しと並べられていた。手触りがしっとりと柔らかく良質なものも結構あったが、良いものは値段もそれなりだった。大勢の観光客のなかでカイの手を上げるのは難しい。誰も買っている様子はなかった。

ワイトモ洞窟 Page Head ▲

目当ての洞窟は直ぐ先だった。まずラムステーキのバーベキュー・ランチを済ませる。ワイフはベジタリアンという野菜と果物の盛合わせだった。レストランは混んでいた。四人用テーブルを2人で使用していたら、年輩の女性2人が後から座った。話好きのようで、「ロトルアで3泊し隅々まで全部見た」と自慢していた。外国からの観光客かと思ったが、ニュージーランド人だった。
「これからオーストラリアに寄って日本に帰るのか?」と聞く。
「明日、日本に帰る」と言うと、
「直ぐ帰るのか・・・」と二人で顔を見合わせていた。
外人の海外旅行は長いのが多いから・・・。

今日の目玉、ワイトモ洞窟の見学が始まった。ガイドの案内で取り付け道を行き、狭い入口から洞窟に入った。洞窟そのものは山口県の秋芳洞より遙かに小規模である。しかし、鍾乳石の卵を間近に見られる。数センチの鍾乳石は中空なのだそうだ。また、鍾乳石は成長していないが、下の石筍が大きく発達したものもあり、それなりの特色を感じた。
奥には「聖堂」と呼ばれる天井が高い広場があった。ここの音響効果が素晴らしく、ウィーン少年合唱団もコーラスを披露したことがあるという。我々の前は20人位のドイツ語のグループだった。1人が指揮者となり、ドイツ語で合唱を始めた。意味は理解できなくても、きれいなコーラスで、洞窟のエコー効果で素晴らしい合唱に聞こえた。
内部は追い越し禁止である。ドイツ語グループの後に歩くと、川に出た。平底の船があった。この船に乗り呼び物の「土ぼたる」を鑑賞するのである。ガイドはマオリの船頭と交渉し好意的ルール違反をやってのけた。我々を先に乗船させたのだ。

ここはもうカメラ厳禁、会話厳禁の沈黙の世界である。ドイツ語グループが乗船し、船頭は川の上に張られた綱を引き、船は静かに動き始める。暗闇の壁に小さな光が幾つか見えた。これが「土ほたる」の光だった。船は静かに少し進んだ。天井に無数の光の点が散らばっていた。天井岩の形状に合わせ、光点の密度が濃くなったり薄くなったり変化がある。直ぐ近くなのに、広大な宇宙、輝く銀河を見上げている錯覚に陥る。全てを忘れ、地底の星空に魅せられた。船は静かに旋回し少し先の出口に向かった。光の点は減少し、代わって外の光となった。 

僅かな鑑賞時間だが、一見の価値があると思われる。「土ぼたる Glow-warm」はガガンボ(大蚊)の一種の幼虫なのだそうだ。粘着性の糸を作りだし、岩からその糸で数センチぶらさがる。そして糸の先でホタルのように光を出す。粘着性の糸で他の昆虫類を捕まえ餌としているのだ。洞窟内の光は沢山かたまったところでも光と光の間は等間隔であった。共食いを避けるため必要な間隔だそうだ。餌となる昆虫は暗闇の洞窟のことで多いはずもなく、成虫(つまり、親)を食べている。種の保存のためとはいえ、驚いた生物がいるものである。生きるための「効率」としては究極の姿であろう。

この地域はマオリの一家族の所有地であり、以前は洞窟と観光施設をこの家族が管理・運営していた。ところが鍾乳石が折られる等の問題が多くなり、洞窟の管理のみニュージーランド政府に移管され、現在も政府の管理下にあるという。この洞窟ではマナーが肝要で、アジアのK国人に対し洞窟鑑賞が禁止された期間もあったという。今回の旅行中に同国人に妙な印象を持つこともあったし、同行の奥様は手洗所で同国人の無礼を受けワイフにこぼしていたという。「昔の日本人と同じ評判」 との意見もあるようだった。異国・異文化の中では、マナーは大切である。

オークランドまで Page Head ▲

土産屋を見た後に、ここから200Km程離れたニュージランド最大の都市オークランドに向かった。風景を眺めているのが好きな私も飽きてきた。途中の休息所で Tip top のアイスクリームを食べながら、川向こうの工場らしき大きい建物を見たらホッとしましたね。オークランドに近づいたら、片側3車線の立派な高速道路になった。中央分離帯はアメリカの高速道路のように広く芝が植えられていた。しばらく行くと、芝がお花畑にかわった。一見ケシのように茎の長いもので、薄いブルーを主に赤とか黄のものも多く混ぜてあった。見事だった。幅は狭いが道路両側にも植えられている。どこまでも、どこまでも、オークランド市街近くまで続いていた。この時期だから素晴らしいのだが、ニュージーランドの花好きも徹底していますね。

ホテル&市内観光 Page Head ▲

オークランドは雨だった。ホテルの部屋に一旦落ち着き、その後マイクロバスで簡単な市街観光に出かけた。下車もせず、通り一遍、街の雰囲気を味わった。市内の旧火山 Mt.Eden には綺麗なすり鉢型の噴火口が残っています。ところが芝が生え牛がそれを食らっている。街の中の公園で牛の放牧は珍しいが、実は芝刈りの代わりだそうです。山頂の展望台では、オークランドの夜景が雨でかすんでいた。春の遅いクライストチャーチは至る所花だらけでしたが、北島のオークランドは遅咲きの八重桜ぐらいで、緑が濃く、夏花との端境期でした。

バス観光はホテル近くの Gallaria という巨大免税店で終わり、その店に 入った。ここでショッピングの説明を受けた。当初から同行だったご夫妻は オークランドで2泊し明日はレンタカーでドライブされる予定だった。  我々は1泊で帰国するので別れの挨拶をして、外に出た。 

夕食&DFS Page Head ▲

ガイドから聞いていた Harbour Side という海鮮レストランに向かった。携帯用の小型折り畳み傘をさして歩いたが、雨でもニュージランド人の歩行者は傘なしだった。
レストランは港のビルの2階にあった。客も多く、ソムリエもいる。新婚らしき日本人カップルも一組食事をしていた。白ワインをグラスでとり、海鮮料理の盛り合わせを注文した。魚2種類、特大ムール貝、むらさき貝、ロブスターだった。味付けは軽く食べやすかったが、2人で一皿でも多過ぎて残さざるを得ませんでした。ロブスターは時価となっているので、参考に値を尋ねてみたら、重さによるが一匹が60〜80ドル程度らしかった。 ニュージーランドではロブスターがご馳走の一つで、味も良いと聞いていた。 数口だけでしたが、確かに引き締まった身で良い味でした。
  今までありつけなかったデザートのパブロバを注文したら、「夏まで置いて いない。」残念なことに、私には縁のないデザートとなりました。
あたりを見回すと、欧米系の人達は随分と量をこなしますね。我々のと同じぐらいの皿を1人で片づけている。女性も少な目とは言え、やはり・・・。アメリカ人グループが来てテーブル幾つか占有しましたが、その賑やかなこと・・・。夕食とはかくあるべきか。ともかく、ニュージーランド最後の夕食を満足して終えました。 やはり、とても安い。

ホテルに帰る前に先刻の免税店を覗きましたが、欧米のブランド・ショップが多く品揃えも充実しているので日本人女性は幸せなことでしょう。しかし、価格設定はクライストチャーチよりかなり高いものでした。 

ホテルの部屋に戻ったのはかなり遅くなっていた。我々の旅行としては、 朝早く夜遅い日が多かった。しかし疲労感が無いのが不思議だった。 
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