はじめに

そろそろ秋風が吹き始める9月に京都の紅葉を楽しむことを決めた。 JALマイレージバンクの特典航空券を利用することと全て自前のプランで行動する点がこれまでの旅行とは違っている。とはいえ、基本的日程を定め、インターネットでホテルと観光バスの予約をするだけの話である。

しかし、JALのオンライン予約は本人分は簡単でもワイフ分の手続きが私には分からず電話予約となった。また、日本語、英語、中国語、韓国語の 説明ページが用意され充実した印象を受ける大阪市のサイトも、観光バスのオンライン予約は残念ながら未だシステム設定されていない。大阪まで電話するしかなかった。この点は京都の観光バスのほうが明らかに一歩先んじている。 オンライン予約をすると、予約番号を記した確認のメールが送られてくるのだ。 国際的な観光都市で、先端技術を持つ優良企業も多い土地柄の故であろうか。 

9月下旬なのに、京都のホテルは11月下旬の3連泊は予約が難しかった。9月11日の同時テロの後だった。国際旅行、特にアメリカ旅行が激減し始めたことに呼応して国内旅行に目が向かいつつあった。京都の紅葉鑑賞の時期と重なり、知名度の高いホテルは3日連続の空きは既に無かった といっても過言ではない。1・2泊ならあったが・・・。JTBを初めとして幾多のホテル検索サービスで確かめた結果である。当時の「飛行機とホテルの キャンセルが激増し旅行社が苦境に陥り始めた」という報道から少し違う印象を受けたものだった。

結局、時折利用する「旅の窓口」で商店街の端にあり便利な立地の京都ロイヤルホテルを予約した。改築を今年完了したと明示されてはいたが、提示宿泊料はとても安く、「旅の窓口」の利用者投稿欄にも不安感を起こさせる情報が多少はあったのだ。最後までどんな部屋になるのか不安が付きまとったのである。実際は、「この値段でこんな部屋?」と思った位に満足できる清潔なホテルだった。もっとも、窓の外は隣の教会のコンクリート屋根しか見えず、監獄の気分ともいえる。室温は調節が出来ずホテル側の押し付けだし、我々には少し暑すぎた。それなのに窓が開けられない。しかし、これらを跳ね除けるのに十分な低価格でした。

大阪は関空からのリムジンバスがありJR大阪駅に近いヒルトンホテルに決めていた。「旅の窓口」には大阪1泊なら数多くリストされていたが、ヒルトン大阪・ツイン1室1泊は直ぐ見つかった。しかし、ここで予約ページに接続せず最後までリストをチェックする。終り近くにヒルトン・最上階朝食付が1000円高で提供されていた。これなら部屋の質は確定だし、朝食が付いていれば1000円追加のみなら割安となり価値がある。ここで予約ページに接続した。

国内旅行のこと、もう気にすることは何もない。足の向くまま気楽に旅と滞在を満喫すれば良いだけである。出発から帰宅まで、これ以上の天候は望めない程の好天が続いた。デジカメで250枚位の写真を撮影し、京都の紅葉も自分では傑作と思えるものも幾枚かは撮れた。総じて、素晴らしい秋の旅でありました。

注1: 写真の説明は、お手数ですが、写真の上にポインターを置いて表示してください。
注2: 時刻はデジカメとボイスレコーダの記録です。数分の誤差を含む場合があります。

1日目(11/19):出発、直行便で関西空港へ、大阪泊

自動搭乗券発行機で往復搭乗券を受け取る: 
空港駐車場に車を置き、搭乗手続きカウンターに向かった。同時テロ事件以後は手荷物検査が厳しくなり、預けるバックのレントゲン検査を受け、その荷物は開れないようにシールが貼られる。簡単なのだが、混んでいると待ち時間がかかる。搭乗券はチケットレス・サービス用の自動発券機にJMBカードを差込んで往復分を1度に受け取る。既に座席番号も記載されているので、手荷物を預けるだけでよい。簡単である。往路の座席番号は41で後の方になる。パック利用の団体客と同じ扱いと思った。しかし、帰路はスーパーシートに近い座席番号11なので必ずしもそうではないようだ。

関西国際空港に定刻到着: 
関空は初めてだった。建物・設備は新しい空港のことでそれなりだが、慣れた羽田、成田空港とはリムジンバスの利用法が違っていた。まず、リムジンバス停留所近くの自動販売機で乗車券を購入する。何時のリムジンバスに乗るのかは全く自由で、行き先を確認して乗るだけである。通常のバスの感覚だった。 既に暗くなり、高速道路沿いの夜景を見ながらの移動だった。他の乗客は阪急ホテルで下車、ヒルトンまで行くのは我々のみだった。

ヒルトン大阪に到着・最上階: 
リムジンバスから降りると直ぐホテルの係りがバックを運んでくれた。ロンドンとニューヨークのヒルトンではチェックインの際にカードの提出を求められたが、ここは何も言わない。「カード番号はいりませんか?」と聞いたら、 「一応、頂いておきましょうか。」国内のことで外資系ホテルも厳しくはない。 「旅の窓口」予約確認メールのプリントを提示したためかも知れなかった。 客室フロアーの最上階になる34階、良い眺めの部屋(3402)に案内された。窓は奈良・京都方向にあり、大阪の夜景が遠方まで見れる。それなりに綺麗だった。傍のテーブルには果物とクッキーの皿、ナイフとフォークがナフキン(布)の上に置かれていた。 

一休みして、夕食のため隣接するヒルトンプラザに出かけた。エルメスなどのブランドショップがあり、ワイフの目は急に輝きだした。空腹をこらえて暫し付き合ったが、女性ならずとも久々の海外ブランド店のウィンドウショップ もまた楽しいものである。「これが欲しい」と言われると話は別だが。

大阪名物・お好み焼きの夕食となった。マドンナという店だったが、テーブルは若い女性客に占領されていたのでカウンターに座った。店内は暑く、 珍しくもビールの小ビンを1本とり2人で飲んだ。空腹だったので注文した3種のお好み焼きは、まあソコソコ、美味しかった。満足して部屋に戻った。

2日目(11/20):大阪定期観光バス、京都泊

時差など無いのに6時に目覚めてしまった。暫くすると外は見事な朝焼けになった。ご多分にもれず、この光景をデジカメに収める。観光バスの切符売り場は8時に始まるので、それまでに朝食を済ませることにした。2階のレストランに行く。入り口にケーキなどのショーケースがあった。目ざとくもワイフはその中にNeuHausというベルギー製チョコレートを見つけてしまった。 店員は「ヒルトンプラザの地階にもあり、そちらの方が種類が多いので・・・。」観光後にそこに寄ることにして朝食にした。ヒルトンの朝食は評判が良いようだが、ここのビュッフェ朝食も満足できるものだった。ホテルの朝食が好きで、昔は食べ放題に食べたものだった。しかし、苦労の末に73kgの体重を68kg前後に減量したばかりである。お上品に済ませざるを得なかった。しかし、心残りである。

予約した定期観光バスを購入: 
インターネットで切符売り場の地図は調べたのだが、そのプリントを持ってくるのを忘れてしまった。ホテルのインフォーメーションで教えてもらいJR大阪駅前の観光バス乗場に行く。通常の観光地とは異なり、そこに切符売り場 はないのだ。売り場へ地図があったが、地下道で迷ってしまった。旅行好きのくせに私はよくやらかすのだ。商店で教えてもらい、やっとたどりついたが、定期券売り場と兼用のむさ苦しい感じの場所だった。予約番号を提示して「観だおれ、くいだおれ」というコースの券を受け取った。大阪の定番コースで、水上バス、大阪城、道頓堀、通天閣、阪堺電車、住吉大社を観るものである。 地下道を歩いてホテルに戻った。
[追記]  大阪市営の定期観光バスは2008年3月31日に営業を終了。(2011.05.03 記)

観光バスは10時出発の予定。9時半にチェックアウトをすませ、荷物はコンソルジェに預けた。ブラブラとJR駅前を歩き乗場に行く。しかし、ホームレスの多い駅前である。この人達にも貧富の差はあるようで、持ち物の多い人とそうでない人、シーズー犬を三匹も飼っている人など様々だった。JR駅前には複雑な形状の大規模な横断歩道橋がある。メーンの広い階段は通勤の人達が多く利用していたが、枝分かれする狭い階段ではホームレスが2〜3人づつ陣取っている。 大阪の不況は突出して厳しいそうだが、これもその証左だろうか。 寂しい感じだった。 

定期観光バス「観だおれ、くいだおれ」: 
観光バス(2階建)は渋滞のため20分も遅れて到着した。座席は2階の前から2列目、展望はよく嬉しくなった。2階の最前列が最良と思えるが、実は 出入りの際に天井に取り付けられたテレビが邪魔なうえに、太陽光がまぶしくて落ち着かないこともある。乗客数は座席数の半分くらいだった。

水上バス: 
まず南に向かい、日銀大阪支店を大江橋の向こうに見ながら堂島川の水上バスに乗り換えた。水上から見る中ノ島とか市街の風景はきれいだった。 川沿いに植えられた桜の葉は赤茶色だったが、春にはさぞかし見事と想像される。 大阪は橋が多く、その下を通り抜ける水上バスは元々背が低く作られている。 満潮時と干潮時では水面と橋底の距離が違い、満潮時には水上バスの屋根を低くして通過に問題が生じないようになっていた。この装置が観光の一役を担っているようで、実際に屋根を動かして見せた。数10センチでも天井が下がるとかなり狭い感じの船室となるものだ。遅れを取り戻すため、水上バスは20分で下船となった。

大阪城: 
完成したばかりのNHK会館の近くを走り駐車場に向かった。市営観光バスのためか、一般の観光バスと違い豊国神社の傍に駐車した。あまり歩かずに桜門から本丸に入れ、巨大石垣の「蛸石」も見ながら歩けたのは幸いだった。三度目の大阪城だが、それぞれ長期の間隔なので記憶も薄らぎ退屈はしない。  1931年建造の現在の天守閣内部は真新しい感じだった。内装は改修したのだろう。 ハイテク利用のビジュアル展示もあり、10年前よりは良くなった印象を受けた。最後に豊国神社にも立ち寄り参拝した。境内ではツバキ(族)がピンクの花を咲かせていた。

道頓堀「くいだおれ」: 
観光バスは千日前通りのバス停で客を降ろした。狭い小路を歩き、「水かけ不動」の前を通り、突き当たりを左に曲がって「くいだおれ」という食事処に案内された。世事に疎いので知らなかったが、商売上手で有名な店とか。ドラムをたたく紅白のストライプを着た丸めがねの人形が置いてある。  これが運を呼ぶらしく皆さん人形と並んで写真を撮っていた。人形そのものは数回のモデルチェンジがあったそうで、今のは確か1200万円もしたとか。本田のアシモ(二本足で歩くロボット)も売るとしたら数千万円と聞いているので、こんな客寄せ人形にしてはベラボウと思ったが、技術ではなく何か 別の理由があるのだろう。

さて、昼食は刺し身や天婦羅などの定番だったが、おまけがあった。 たこ焼きセットが用意されてあり、食後は「たこ焼き」講習会となった。 各自、3個のたこ焼きを自分で焼き上げ、賞味するしくみである。円形のたこ焼き鉄板が温まるまで、容器に入ったフラワーと長いもをよくよくかき混ぜる。 鉄板に流し込む。たこ焼きの丸い窪みだけではなくその回りにもたっぷりと。頃合をみて蛸の切り身を一個づつ窪みの中心におく。そして窪みの間を三等分に中心から切り筋を入れ、半焼けの回りのものを窪みの上に少しづつ折り重ねる。しばし放置。今度は、楊枝でクルリとひっくり返して完全な球形にする。これが難しい。つついてはいけない。 大阪のたこ焼きは中がやわらかいのだ。回りの数人は上手に球形にしたが、大抵の人は中が出たり、バリが大きすぎたり、見た目がよろしくない。まあ、出来はともかく、生まれて始めて作ったたこ焼きを食べてみる。うまい! 最後に、「たこ焼き教室・終了証明書」が手渡された。  こんなに順調に5分で卒業できたのは、生涯で始めて。うれしかったネー。

追記: 60年間も営業した大阪名物「くいだおれ」は2008年7月8日を持って閉店される予定、ブリキの「くいだおれ太郎」も見れなくなります。(2008/4/9 記)
追記: 「くいだおれ」人形は時折ニュース番組などでチラッと放映されることがある。いまだ人気があり貸し出されたりするようです。(2011/5/3 記)

通天閣: 
「くいだおれ」の後は日本橋まで歩き、バスに乗った。少し走るともう下車となった。通天閣本通り入り口から通天閣まで商店街を歩く。エレベータを乗り継いで展望台に行く。大阪城の展望とは違うが、ここもなかなかの眺めである。黒い大きいビルを屏風にした大阪城が面白く感じられた。一回りしたら終り、エレベータで地上に降りる。 

阪堺電車: 
ゾロゾロと阪堺電車のターミナルまで歩く。阪堺電車の正式名は阪堺電気軌道、大阪にたった一つ残る路面電車とされる。古い1両で走るチンチン電車だが、新型車両が普通の昨今では物珍しさで喜ぶ人達もいるのだろう。 この電車に揺られて住吉大社まで行った。

住吉大社: 
この時期にはどこの神社も七五三詣でがある。ここも着飾った親子の姿が散見されて微笑ましい。大きな朱色の太鼓橋を渡ると海に関係した神々を 祭る4社殿となる。「その1つ1つを参拝して下さい」とのこと、賽銭を10円づつ入れながら回った。実は30円しかなかったので、1ヶ所は参拝のみだった(苦笑)。賽銭箱は国宝と言われる社殿にはミスマッチのステンレス製だった。硬貨を投げ込むとガシャーンと大きい音がする。耳の良い神様なら1円、5円、10円、50円、100円、500円の音を聞き分けるであろう。 しかし、その為にステンレス製の賽銭箱にしたとは思えない。 

神社に参拝したときは拍手をパンパンと2度鳴らすのが習慣である。  ガイドが曰く、これは昼寝中の神様を起こすためなのだそうだ。眠っている神様は願い事を聞いてくれない。なるほど、ごもっとも。では、賽銭箱のこの音は? 思うに、拍手では目覚めない神様を起こすためではなかろうか。 「オッ、賽銭が入った」と神様が起き上がるのだ。しかし、この理論では紙幣の場合の説明がつかない。ところがどっこい、ここは海の神様、紙幣は濡れて使えない。なるほどネ。

「観だおれ、歩き倒れ」の大阪観光もこれでやっと終りとなりました。 渋滞のなかを駅前までもどったが、途中は良い休息・仮眠時間でありました。

コーヒーブレイク: 
ヒルトンプラザ地下1階にホテル直営のケーキと喫茶の店「パティセリー」があった。ケーキとコーヒーを注文しゆっくりと喫煙してくつろいだ。  その間にワイフはお目当てのチョコレート類を物色し買い求めていた。  居住地では入手できない好みの味の輸入ブランド・チョコレートだから無理もない。 十分休んで、そこを後にした。ホテルのコンソルジェで預けた荷物を受け取り1日滞在したホテルを後にした。初めから終りまで笑顔で応対してくれたホテルだった。マニュアル通りと知っていても、客としては良い印象が残るものだ。 

大阪から京都へ: 
ボストンバックを持ってJR京都駅中央口に入った。自販機で切符を求め、 ホーム番号を調べて、乗場に歩いた。各駅停車をやりすごし快速電車を待ったが、10分たらずで始発がホームに入ってきた。遠隔地に住んでいると大阪・京都はかなりの距離と思いがちだが、電車で高々30〜40分の距離である。ラッシュ時で混んでいたが座って行けたのは幸いだった。

14年ぶりの京都だが、駅の建物はモダンに作りかえられ、早々とクリスマスツリーのイルミネーションが飾られていた。ゆっくりと見歩くこともできず、直ぐタクシーで市役所近くの京都ロイヤルホテルに向かった。

京都ロイヤルホテル・チェックイン: 
予約確認メールのコピーをフロントに渡し記帳すると直ぐ鍵カードを出した。ホテルマンが荷物を運び部屋に案内する。ツイン1泊12500円の室料は 格安ともいえるが、ホテルの人はビジネスに徹した感じの応対で決して悪くはない。鏡前のチェアーの他にテーブルと椅子2つがあり、テレビも大型のものが置かれている。が、狭く感じなかった。ホテルの部屋は照明にスタンド類を用いるのが普通で、そのシェードがかなり空間を狭めてしまう。この部屋にはそのシェードが1つも無いのだ。広々と感ずる理由かもしれない。バスルームは少し小型だが、実際には使いやすかった。リノベート直後で壁も床もベットも全て真新しく清潔だった。予約後ずっと付きまとった不安感は完全に払拭され、安堵できたのは幸いだった。しかし、冒頭でコメントしたが、無視できる程度の幾つかの問題に後で気がついた。

「かつくら」の夕食: 
通常の人達にとり、食事は旅の楽しみの一つであろう。しかし外食・会食の習慣が無い私には、場所探しが苦しみの1つである。ホテルを出て夜の 商店街に出かけたはよいが何を食べたいのかも決めれない。河原町通り三条あたりをウロウロしたが、結局はワイフの「直感」に頼り、寺町通りに向かうアーケードにある「かつくら」というトンカツ屋に決めた。 

通りには看板だけで、3〜4尺巾くらいの細い小路の奥に入口があった。  京都にはよくある店構えだそうだ。入ると右手にレジ、そして天井の高い大きい部屋には大テーブルが幾つかあった。ここは満席だった。旅行客ではなく、どうやら地元の人達のようである。よい店に来た、と思った。4人用テーブルが4つある奥の小部屋に案内される。小さな庭が照明で綺麗にみえた。ここも我々で満席となった。

メニューには「特選ヒレかつ膳」があり、ヒレかつの重量により3種の値段が提示されている。ワイフは80g(1200円)、私は120g(1650円)を注文した。テーブルに運んできたときに、「御飯、味噌汁、キャベツはお代わりできます。」 パリッと揚がり、油気を全く感じさせないヒレかつだった。 外の料理をあまり誉めないワイフも感心し、いつも数切れで満足する肉料理だが全部平らげたのである。また、お櫃の御飯は麦飯だった。平らに潰され中央に筋のある押し麦、これが混じった御飯は実になつかしかった(世代がばれる)。そして旨かった。

隣の席は学生らしき男3人だった。若いだけに、頻繁にお代わりを頼んでいた。1人お櫃一個くらいは食べている上に、キャベツ、味噌汁と次々だった。ワイフ曰く、「みんな、皿にヒレかつ1個残したままにしてお代わりしている。」 頭の使いどころ・・・。 店の人は愛想よく応じていた。

3日目(11/21):定期観光バスと清水寺夜間参拝、京都泊

早朝に目覚めた。 インスタントコーヒーとパンの朝食を済ませる。
天気は良く、紅葉は楽しめる日になりそうでした。

京都市内観光バス: 
今日は定期観光バスの予約をしてあるので、京都駅烏間口に行けばよいだけだ。ホテルに申し出ると観光バスの予約客は駅までの無料送迎バスが利用できる。しかし、時間の制約がわずらわしいので今回はタクシーを利用した。
観光バスの切符売り場はすでに大勢が集まっている。電光案内には8本の観光バスの売れ行きが示されていた。人気のあるコースは「トロッコ電車と保津川下り」で9:30発と9:50発とも満席だった。予約した「東福寺と洛北の里」は補助席と表示され、それなりに希望者がいるようである。他の五本のコースは空席有りでそこそこの人気だった。予約確認メールを提出して切符を購入したが、座席は後から2番目で早目に予約した価値がわからない。おそらく当日の購入順に座席割り当てをするのだろう。
[追記] 京都定期観光バス (2011.05.03 記)

京都観光バス「東福寺と洛北の里」: 
定刻9時40分に観光バスは烏間口を出発し、JR京都駅裏側の八条口で幾人かを乗せた。そして歩いても15〜20分の東福寺に向かった。  

東福寺: 
九条通りの越線橋を渡ったところで下車となり、東には数多くの天皇陵がある丘陵地帯の宅地を東福寺までゾロゾロと歩いた。絶好の紅葉鑑賞日和で大勢の人達が歩いていた。境内に入り、散会後の集合場所を教えられ、暫くして本堂に導く臥雲橋を渡った。この橋から通天橋がよく見え、両橋間の紅葉も見事だった。往来の皆々が立ち止まり写真を撮り話し合う。古い木造の橋のことで、重さに耐えかねて崩れ落ちるのではと心配になるほどだった。

本堂の前で記念写真の撮影となった。その後、通天橋の通行券を渡されて自由行動となった。紅葉の名所として有名な橋を渡る。紅葉を暫し眺める人々と写真を撮るグループなどでごった返しだった。何とか一方通行の通天橋を渡り、少し坂を登ると開山堂なる建物になる。そこの庭園を一回りし、庭を背景にワイフの写真を撮った。外人がそれを見ていて、「彼女、あなたのワイフでしょう。顔半分は陰になった」と言って笑った。  「多分ね、上手く取れているとよいが。」その人は中指と人差し指をクロスさせた。 1人旅では時に人に話し掛けたくなるものだ。  

次に通天橋の下の遊歩道を歩く。紅葉もさることながら、道端の白いススキにも風情があった。どこもズームレンズを装着したカメラを持ち歩く人達が多くて驚きだった。構図、光線、色合い等を考えながらシャッターを押す。 さて、満足できる写真は何枚とれるだろうか。私の場合、高性能デジカメを持ってきた。境内で数十枚を収めましたが、納得できるものは1枚もなく、何とか我慢できるものが数枚、他はバカチョンカメラと同じ「写ってる」だけのものでした。 たかが写真、されど写真。 案外難しいもの・・・。

有料の場所を出て、再度本堂を参観し裏手にまわった。何か特別公開されているようだ。偃月(センゲツ)橋の奥には国宝の龍吟庵があり、この建は 日本最古の寝殿造りという。偃月橋を渡り、建物の外観を近くで拝見して急いで戻った。集合場所にはもう全員が集まっていた。 

昼食(六盛): 
九条通りまで戻りバスに乗る。東山の路を八坂神社を越え平安神宮まで 行った。下車し、京都疎水に沿って5分ほど歩くと六盛(ロクセイ)という日本料理の店だった。2階の広間に通され「手桶弁当」を賞味した。居住地のデパートでも老舗を集めた京都展を定期的に催すが、そこで購入する京弁当は地元料理よりは薄味としても多少の塩辛さが味を損なっている。六盛の料理は本当の薄味で久々に楽しめた。もっと高級でもっと旨い店は京都には多かろう。ただ、これ以上は趣味の問題で、観光片々の京料理としては十分といえる。

琵琶湖の水を引く京都疎水は満々としていた。対岸の石垣の角の先端に 水鳥らしい大型の鳥がじっと立ってる。枯れ葉をつけた桜と相まって、絵になる光景だった。バスの出発には5分あったので、急ぎ平安神宮の入り口まで行った。 ここも七五三詣での親子がちらほら、しかし今日は閑散とした感じだった。

バスは再び北上し、洛北の里に向かった。 そこで2時間も自由時間があり、金福寺、詩仙堂、野仏庵、園光寺、曼殊院などを散策する。観光バスのことで土産屋の割引券なども持たせてくれた。我々は曼殊院と詩仙堂のみを拝観することにした。 

曼殊院: 
まず住宅地を北上し、案内板に従って右折、坂道を登る。次第に住宅は少なくなり空間と緑が増えてくる。製薬会社の農場を過ぎ曼殊院近くになると 路は狭まり木々のトンネルとなった。紅葉と黄葉が混じった場所もあり素晴らしい散策路を演出していた。また、モミジの葉の1枚1枚の中心部が黄葉し周辺が紅葉している珍しいものもあった。その木の下で見上げると陽を透かせる明るい色合いに酔ってしまう。人通りは多くタクシーも頻繁に通るのでゆっくりできないのが玉に傷だが、何とか堪能しながら曼殊院の入り口に到達した。 

歴史とか宗教に疎い人間が古刹の謂れを知ったところで猫に小判である。 粗相がないよう心がけて拝観させていただくだけ。拝観料500円とあったが係りは目ざとく胸のバッジに気付き「観光バスですね?」うなずくと、「400円です。」 気にしなかったが、ここは土産屋と同じく割り引きがある。

35年くらい昔に一度訪ねたことがあるが、完全に忘れていた。  当初は全て新鮮に感じられた。帆掛け舟の形に似た黒松を見たり、曼殊院灯篭の写真を撮ったりしたら、見たような幻のような記憶の重複をかすかに感じたが・・・。 西欧文化に慣れ親しんだ時期もあり、今でも洋風を好む人間の1人ではあるが、長き歴史に耐え続ける木造建築と山谷に包まれた日本庭園に触れていると、何か分からぬ安堵感がわいてくる。ただ、ロンドンのセントポール大聖堂の椅子に休んでいた時も同じような気持ちを味わった記憶がある。小規模で質素ながら慈しまれた日本の寺と石造りで絢爛豪華に飾られた圧倒的な大寺院の違いは大きいが、宗教の持つ不思議な力の共通する源泉なのであろう。

曼殊院を後にして暫し来た路を戻り、途中から左の小道に入って詩仙堂にむかった。路の片側には小さい水路があり、家々は昔ながらの土塀に守られている。 南天の実が赤く陽に輝く気持ちよい散策路だった。

詩仙堂: 
元々は、徳川家康公の家臣、石川丈山の別邸跡といわれる。竹を組んだ 門からも個人の屋敷の雰囲気だった。ここはそっけなく500円の拝観料を取った。  座敷から庭を眺めると、見事な紅葉だった。デジカメに収めた写真をPCで見ると、紅、紫、赤、水色、桃色、黄色、薄緑など様々な色彩がキラキラと混じり合い信じがたい写真となっていた。光の一瞬がこんな自然の芸術を作り出すとは。天候に恵まれた故の「傑作」(自称)となり、これで訪れた甲斐があった。同じ場所から見れる、紅葉を背景にして重く垂れ下がった柿の実も見事だった。 惜しむ無かれ隣の白いツバキ(族)の花は終わりかけていたが・・・。

サンダルを履いて庭に出る。一段低い処まで行ってみた。しかしあまりにも人が多くて落ち着かず早々に戻ってしまった。老若男女、観光客だけではなく地元の人達も時節の庭園鑑賞に訪れている感じだった。

ブラブラ歩きでバスの駐車場に戻り、飲み物を買って喉を潤す。たかが自販機の缶飲料でも至福をもたらした。ワイフは近くの店で手作りの漬物を 買ってきた。口に合うかは別として、珍しいものではある。これで観光バスの予定は全て終り、京都駅に戻るだけとなった。駅前まで行かず途中の京阪三条駅で下車、三条大橋を渡って加茂川の対岸に行く。橋のふもとにスターバックスがあった。 

スターバックス: 
シアトル誕生のこのコーヒー店もすっかり日本に定着したようである。思えば日本には個人経営・会社経営の喫茶店は多く歴史も長いが、スターバックスのように美味しく気軽な店の大規模展開をしたところはないと思える。知名度がありその味を知っていれば、何処の街でも安心して入ることが出来ると言うもの、ここで休むことにした。加茂川の眺めがよい店で、客筋は若い人達ばかりではなく熟年層もけっこう休んだり出入りしたりする。コーヒーは大中小の紙コップがあるので、その中サイズを2つ買って奥のテーブルに座った。砂糖を効かせた苦味の強いコーヒーは良い癒しだった。アメリカの中サイズはワイフには量が多すぎ、最後に私のコップに移し変えてくれた。これで十分にコーヒーを飲めて元気を回復した。 まだ4時半だ。これから繁華街を歩き見る予定だった。

商店街: 
河原町通りをウィンドウショップ。丸善にクリスマスカードが沢山あった。  数枚選び出し買っておいた。その後、四条河原町交差点の永楽屋を覗き、高島屋に入った。食器売り場とか地階の食品売り場などを見歩いて、また、永楽屋に戻る。  土産品などの発送を依頼した。ワイフが品選びをしている間には茶菓子の接待があり、待つ身を労わってくれたのは有りがたかった。 ここは客にこの接待をする。隣の男性客は高々1600円の買い物をして椅子に座り茶菓子を受けた。店員が仕事を片付ける間に茶を飲み紙ナフキンに出された菓子を包んだ。買ったものを受け取り、「これは貰って帰る。」 店員は笑顔で「どーぞ、おおきに。」 京都人の経済感覚は極めて世知辛いものと聞いていたが。がっちりしている。 しかし、我々には「どーぞ、おやつに」と言ってワラビ餅1箱を持たせてくれた。  用が済んだら、もう6時を過ぎていた。

夕食: 
場所を探し回るのもおっくうになり、昨日と同じ「かつくら」に行くことにした。昨夜と同じく混んでいたが、入口近くの席に座れた。カツ重定食を注文、 これも楽しめるものでした。支払いの際、マスターらしき人に聞いたら、ここが本店で大阪と東京にも出店しているそうだ。同じ味で同じサービスなら繁盛していることだろう。入口の外には待ち行列が出来ていた。

清水寺の夜間参拝: 
疲れていたがホテルに帰るには早すぎ、また京都の再訪は難しい。そこで清水寺までタクシーで行くことにした。ライトアップされたこのお寺は昼と違う魅力があるという。多くの寺院が夜間参観(ライトアップ)中で、あちらがいい、イヤこちらがみごと、と世間はいろいろ言う。単純に清水寺にしただけです。

河原町通りを五条まで下がり左折して清水寺に向かう。ドライバーが言う からに、「加茂川の東の道路は車が多くて走れません。」 清水寺への坂道になると大型バスと車で混んでいた。それでも清水坂まで何とか行けたのは運が良かったかも知れない。帰りにはこの坂道の登り方向は大渋滞でほとんど動かない状態だった。土産屋が立ち並ぶ清水坂でタクシーを降りた。

土産屋は帰りに覗くことにして坂道を登る。夜とは思えないほどに明るく人通りもすごかった。 行列に並んで拝観料を納め、境内に入る。階段を上り舞台に向かうと市街地の夜景が見えてきた。といっても京都タワーが目立つぐらいで、上弦の月が退屈な夜景を少しだけましなものにしていた。

舞台からの眺めは昼とは全く違ったものだった。ライトアップされ暗闇に 浮かび上った遠くの寺塔も不思議な魅力をみせていた。舞台から奥の院へ歩き、階段を下りて音羽の滝に向かう。舞台の柱組みを背景に階段沿いのモミジのライトアップはきれいだった。日中は光は上から葉に当たり、木の下に行くと紅葉を透かせた色を見る。下からライトアップされたモミジは紅葉の裏側を見せているのだ。同じ紅葉も違った雰囲気になる。音羽の滝は眺めただけで、人々と共にゾロゾロと出口に向かった。

境内はお祭りの人出だった。11月17日から12月2日までが夜間参拝の期間である。聞くところでは、4月と8月にも夜間参拝があるとか・・・。土産屋を冷やかしながら清水坂を下り、左折してタクシー乗場に行った。大勢が待っていたし、登り路は大渋滞なので大通りまで歩いて下ることにする。 運良く途中で脇道が出てきたタクシーを拾え、遅くならずにホテルに帰ることができた。ホテルマンの笑顔の「おかえりなさい」が気持ちをなごませた。

4日目(11/22):嵐山に遊ぶ、京都泊

昨日よく動き回ったので今朝は遅く起きた。特に予定はなく、嵐山で 1日遊ぶことにする。四条河原町から阪急電車に乗るつもりでホテルを出た。
三条で加茂川に向かい、三条大橋の昨日寄ったスターバックスに寄った。コーヒーとパン類の朝食を済ませたが、外人客も朝の食事やコーヒーに来ている。やはり外資系の店である。たっぷりとコーヒーを飲み満足してここを後にした。
高瀬川沿いに木場町通りを南に歩いた。居酒屋などの夜の街で、かなり強烈な妙な臭いがする。しかし、高瀬川の水は澄み、底に沈んだ枯葉が綺麗にも見える。並木も自然な形をしているし、白く首と足の長い鳥も川で遊び、それなりの散策路ではあった。

嵐山には阪急電車で2つ目の大宮駅まで行き、一旦表通りに出てから斜め向かいの京福電車に乗る。この電車の終点が嵯峨野嵐山である。

嵐山と渡月橋: 
嵐山駅を出て右に少し行くと天竜寺で、左に行くと渡月橋になる。橋まで土産屋と食堂が建ち並び、沢山の人が楽しみ歩いている、典型的な観光地である。ワイフは早々と土産屋に入り何かしら物色を始めた。ちょとした物を購入し、渡月橋の川下の道を最初の信号まで歩いた。観光バスの駐車場があり、修学旅行の生徒らで賑わっている。信号で道を横断し、桂川(大堤川)の土手に立った。

嵐山山系を背にした渡月橋は良く知られた風景である。にもかかわらず、やはり見事と思った。紅葉の混じった山々、豊かな水量、切れ目無く人々が歩く渡月橋、全てを照らす明るい日差し、申し分のない風景である。 水面には多くのカモメが遊び、修学旅行の生徒らが餌を与えていた。誰かが海から運び、ここに放したカモメであろう。内陸の川面のカモメも珍しい。 散策の人に頼んでカメラのシャッターを押してもらった。

「渡月橋」とかかれた欄干では記念写真を撮影する人達が途切れなかった。何とか1枚撮り、橋を渡り始める。途中で川面をみると、水中に多分1メートルはある大きい魚が沢山泳いでいた。うろこが鯉のように大きくはっきりと見える。しかし鯉とは体型が少し違う。多分、中国か台湾から移植された草魚であろう。この魚をみるのは初めてだった。

中ノ島の北側に行ってみた。土手の石に腰掛けて陽を浴び風景を眺める人達が多かった。風もなく、数時間ぼんやり過ごすのも悪くない。小渡月橋を渡り対岸に行ってみたが、もう普通の街並みの感じだった。 少し先には阪急電鉄の終点、嵐山駅、があるはずだが、どうやら観光用ではないらしい。折り返して渡月橋を戻り、昼食をすることとなった。 

嵐山で昼食: 
上流に向かう道には料理屋が並んでいる。有名な「吉兆」もあった。我々は「よしむら」という蕎麦屋に入ることにしたが、40分待ちと言われる。感じの良い蕎麦屋だったので、待ちリストに名を書き残し、亀山公園に向かう道を散策した。5分も歩くと川巾は狭くなってきた。モミジの紅葉が山の中腹か ら滝のようにすじ状に連なり落ちる処で、保津川下りの遊覧船が下ってきた。 絵になる写真が撮影できた。時間まで遊び、「よしむら」に戻った。

少し待たされ、2階に案内される。2階の部屋は鍵型で、入口から離れた正面が窓、右手に幾つかのテーブルが窓方向に一列に置かれ、その先の窓際は10人が一列に座れるようになっていた。その背後はまたテーブルが幾つかある。窓際の10席が桂川と渡月橋を見ながら食事が出来る、 最高の場所であろう。窓際の中央に案内されたのは、運がよかったとしか言いようが無い。

メニューを見て「嵐山膳」(1500円)にした。 蕎麦、煮物、漬物がまず出てくる。 ここの手打ち蕎麦は腰が強く、噛むと歯ごたえがあった。二の膳として白ゴマと紫蘇のかかった御飯と汁(タレを蕎麦湯で薄めたもの)になる。 この御飯も意外にいける。蕎麦アイスクリームを食後に別注したが、これもよい。 観光地の景観を売り物にした月並の蕎麦屋ではなさそうだ。  「よしむら」のお陰で嵐山の印象がかなり良くなったのは確かである。

京福電鉄の近くに友禅と看板を掲げた工房「久利匠」がある。見学料はとられるが、入ってみた。まず、京織物と加工品の売店である。 そして少し離れた第3工房に案内された。外からは普通の民家である。ご主人が友禅の絵付けをしていた。下絵なしで巧みに筆を扱い細部まで描いている。  別の部屋で帯などの完成品を見せられる。最低ン十万円だが、市中に出たときには同じ物は無いので少なくとも3倍の値が付くという。ここは製造元だから安く手に入るとさかんに言われた。絹製品、西陣、友禅など伝統工芸品は生活習慣と価値観の変化で人気が低下し大変なのだろう。   

工房を出て、京福電鉄を横切ると直ぐ天竜寺前だった。大勢が出入りしているのでつられて入った。本堂までの裏参道の片側は駐車場となって車が 並び、高名な寺の雰囲気をかなり損なっている。境内を散策して嵐山に別れをつげ、再び京福電車に乗った。

商店街の散策: 
往路と逆のコースで四条河原町に帰った。四条通りのリプトンという店で紅茶を飲んだ。大きいカップに紅茶器が組み重なった風変わりな陶器を使っていた。たっぷり紅茶を飲み店をでた。新京極のアーケード街を北上したが、若者向けの商店が多くて京都らしさは全く感じられない。三条と御池通りの間は漬物屋などが幾つもあり寺町通の雰囲気が残っている。が、画廊が続々とでき、変わりつつあるようだ。ホテルに戻った。 

夕食: 
最上階に和食の予定で行ったが予約で入れない。今予約しても8時を過ぎるという。諦めて1階のバイキング・レストランにした。とりたてて書く程のものではなかったが、河原町通りに面しているので客の入りはある。久々に体重のことを忘れてローストビーフを楽しんだ。このレストランに中近メガネを忘れて部屋に帰ったが、5分後にはレストランの人が届けてくれた。感謝! このメガネがないとPCにも向かえないのだ。

4日目

少し早めに起床し、パッキングを済ませた。空港見物で時間潰しをする ことにして予定より1時間早くチェックアウトした。京都駅八条口までタクシーで行く。ここもリムジンバスの切符は自販機で購入するのだが、係りがいて、「渋滞でかなり関空到着が遅れますが、間に合いますか?」  昼過ぎの便だから1時間遅れても余裕はある。5分でリムジンバスは出発した。 確かに途中で渋滞に巻き込まれたが、20分遅れで関空に到着した。

JALに荷物を預け、ショッピングエリアを一回りした。羽田や成田空港と比較するとかなり見劣りする。昼食としたが、曰く言いがたし。空腹だけはなんとか収まった。飛行機は予定通りで問題はなく、途中で富士山がよく見えた。 最後まで好天に恵まれた素晴らしい旅行だった。

おわりに

当旅行記は当初「おわりに」はなかった。2011年5月にブラウザ対策をかねて、左に目次で右に本文のフレーム使用ページから単に1ページの旅行記に作り変えました。旅行記の本文は校正程度の細かな変更はしましたが、ほぼ当初の原文のままにしてあります。

5月3日時点では時間がなく難しいのですが、この旅行記は写真を掲載するほうが良いと考えています。将来の課題としておきます。

当旅行記「秋の大阪と京都」をお訪ね下さり有難うございます。これに懲りずに、北行庵の他の旅行記もどうぞ御覧ください。 (2011年5月3日 追記)
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デスクトップ壁紙写真(1024 x 768)24枚
壁紙写真|京都・紅葉の風景
(2011.05.04 ブラウザ対策)(2008.05.10 文字サイズ変更ボタン設置)(2005.12.13 公開)

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