旅行記|春のパリとロンドン 6泊8日+前後泊 (1999年5月) | 第1部 パリ
フランス人・英語・日本人
前頁に戻る Paris & London 次頁に進む

初日の観光はパリ発揚の地と言われるシテ島見物から初めました。 マロニエの花は既に散り終え、石造りの建物の谷間で並木の緑がさわやかな 朝でした。 ノートルダム大聖堂などを観た後、セーヌ川下流側先端の緑の 小公園に行き、そのまた先端でWifeの写真を撮りました。 気付かぬ内に フランス人(?)の若い女性二人が後ろで見ていて、一人が英語で話しかけました。
「お二人の写真を撮って上げましょうか?」
願ってもないこと、お願いしました。  カメラを受け取る時に、この人は笑って言うのです。
「バリでは、どの人が英語を話せるのか、見分けるのがとても難しいですよ。」
なるほど・・・。ここで2つのケースが考えられます。
(1) フランス人にも対面した訪問客が英語を話すかどうか判断しづらい。
(2) 訪問客にとって、どのフランス人が英語を話せるのか見分けづらい。
この女性は当然ながら後者のことを言っているのです。

この時までは現地の人とコミュニケーションの必要が生じたのは、 たった2回です。 前日夜、ホテル近くのスーパーでミネラルウォーター等を 買った時は英語で用が済みました。 当朝、ホテル近くの地下鉄駅で回数券を 購入しようとした時に、英語で注文したら駅員は口を結び眉を寄せた表情を したので、直ぐ フランス語で「回数券、2冊」と書いたカードを見せたら、 表情が緩み回数券 (と言っても普通の乗車券を十枚輪ゴムで束ねた物) を渡してくれました。 この駅員は本当に英語が話せないのだ、と思います。

ベルサイユ宮殿へはRERと呼ばれる郊外行き地下鉄を利用しました。 切符は往復券の方が安いとのことで、仏語で「ヴェルサイユ左岸駅、往復券、 2枚」と書いたカードを初めから見せました。何がおかしいのか、駅員は笑 っていましたね。目的のヴェルサイユ左岸駅は終着駅ですが、パリ市内でこのRERに乗ると幾つか行き先の違う電車が同じ路線を使用しているので間違えると大変です。 まず来たのは珍しい2階建ての電車でした。 子供にかえり、行き先も確かめずに乗車しました。 客車内を見渡し、感心し、そして座席に座りました。 車内はがら空きでした。 
「あれ、この電車は何処へ行くのだろう?」 隣のボックスに30才代の純正フランス人らしき男性が鞄の上に雑誌を広げて読んでいました。 ダークスーツ、白シャツ、少しくたびれてはいるが手入れしてある黒靴、読んでいる雑誌も活字ばかり。 教養がありそうだ。
「すみません」と話しかけた。
「ンッ?」と私をみた。
「この電車はヴェルサイユに行きますか?」
目を白黒させ、しばらく間をおいて
「ヴェルサイユ?」
「そう。 ヴェルサイユに行きたいのです。」
「・・・。」 立ち上がり、雑誌と鞄を座席に置き、乗降口に行きました。 来るように身振りで言い、路線図でヴェルサイユと乗った駅を指さし
「次、何処でも・・・電車、変える・・・」
英単語を並べて親切に教えてくれました。 違う電車に乗ってしまった。 この人には礼を述べると同時に自然に頭が下がってしまいました。  次の駅で乗り換え、時間のロスはせずにヴェルサイユに着きました。

ヴェルサイユ左岸駅の斜め向かいの広場奥に、中華、フランス、イタリア のカフェ・レストランが並んでありました。 フランス店のテラスのテーブルに陣取りました。 その奥は先客がいて、日本人の若いカップルでした。ここのウェイターとウェイトレスは共に英語はダメ(?)でしたが、メニューを何とか解読し、イチゴ・クレープとシトロン(りんご酒)の注文にこぎつけました。 なかなかの味で楽しめました。 さて、Wifeがトイレに行きたいと言うので、仏語で「トイレは何処でしょうか?」と書いたカードを渡しました。 店内の何処かに有るでしょうがトイレのマークは見あたらず、Wifeはテーブル担当のウェイターにそれを見せたのです。 直ぐ手で方向を示していました。 しかし、このウェイターには余程おかしかったらしく一人で大笑いしていました。
Wifeが戻ってくる姿が見えた途端に、椅子を蹴飛ばしたような音をたててカップルの女性のほうが立ち上がり、小走りにWifeに近づき、「トイレは何処ですか?」 余程我慢していた感じでした。 フランス語のカード1枚が女性二人の窮状を救ったお話です。 帰路パリ行きのRERでこのカップルと同じ車両になりました。 発車後、今度は男のほうに訊かれました。「この電車はパリに行くのでしょうか?」 フランスに10年も居るような顔をして、「ええ、間違いなくパリに行きます。」

シャルル・ドッゴール広場の凱旋門に着いた時にはフィルムを使い 果たしていました。 広場近くの路上キオスクにフィルムがあったので、 「APSフィルムを一本欲しい」と言うと、店のおばさんはキョトンとした顔になりました。 そこで、カメラを見せて「フィルム!」と言ったら何を買いたいのか閃いたようで、店の奥の方角を腕で示し、大声で、「スーベニア、スーベニア!」 その方向に行き、小路を覗いたらスーベニアと大看板を掲げた土産屋があり、そこでAPSフィルムが手に入りました。 英語はダメでも、察しがよく、適切なゼスチャーで教えてくれる。 「さすが、バリの大道商人!」と言えば、大げさに過ぎるでしょうか。 

地下鉄の入り口は路上とか建物の道路側にあるのが普通ですが、 目立つ地下鉄のマークは無くて気付き難いところが多く、二度ほど訊かざるを得ませんでした。 観光客の多いコンコルド広場では、ホテルのドアマンが直ぐ教えてくれました。 しかし、比較的貧しい下街のモンマルトルでは英語を話せる人をつかまえたまでは良いのですが、教えてくれた通りではなく、再度英語の分かりそうな人の通行を待ちました。 黒のパンツスーツの女性に尋ねたら 「公園の向こう側、ほら、地下鉄の入り口が見えるでしょう。」 見えない!「ほら、良くみえるでしょ。」 女性は忙しそうに立ち去りました。 緑の生い茂る中央分離帯兼用の公園沿いに1ブロック行った所、公園の端に写真で見覚えのある地下鉄入り口がありました。 暑い昼過ぎでボーしていた。日頃の千里眼も衰え、茂った木々の向こうまでは見通せなかったようです。

デバート・専門店では英語で問題は特にありません。 直ぐ観光客と わかるためか、どこでも希望どおりに商品を取り出してくれたり、全般的に良い応対でした。 Wifeに付き合ってある高名な店に入ったときです。 日本人女性の店員も1人いましたが、この人はフランス人の接客で、当方はフランス人女性が応対してくれました (海外で日本人店員に応対されるのは実は苦手。) 店頭にない品を見たがるので伝えたら、時間をかけて奥から探し出してくれました。 こういうところは日本の店と変わりありません。 住所を知ると「御地は美しいところと聞いています」とか、帰りがけには「パリを満喫されて下さい」とお愛想も言い、外国にいることを半分は忘れてしまいました。 我々がまだいる時に、白スーツ姿のジャンヌ・モローが店に立ち寄ったようで、女性客と店の人達は皆大騒ぎでした。 有名人に弱いのは何処も同じですね。

購入経験は有りませんが、あるフランス製品の店は日本で数回入りました。 何時も声のかけ方とか態度とか何かが他店とは感じが違い、不思議に良い印象が残っています。 VATの還付対象にもならない小物を買うために、その会社のシャンゼリゼ店に閉店間際に入ってみました。 フランス人ガードが数人、店員数人、客は一人ぐらいだったはずです。 陳列された商品をざっと見ている間、何となく店の人達の動きに不自然さを感じました。 全くの想像ですが、「日本人がきた。誰が接客をするか?」とゴチャゴチャと動いたような気がします。 動きが止まり、Wifeがフランス人形みたいと評した若い女性店員が近くに立っていました。「XX が欲しいのだが・・・。」 先方は誠に流ちょうな英語と見事なたち振る舞いの応対でした。 「王が城から出るときガードが直立して見送る」シーンは映画にありますが、この感じに近い態度でこの店のガード数名は我々の退出を出口で見守りました。 後日袋を開けたら、高価な万年筆のきれいなカタログが入っていました・・・。

バリ3日目、このホテルのレストランでは最後の朝食をしている時の こと、3-4mぐらいはなれた天井に付けられたスポットライトが突然点灯されました。 実に明るいライトで私の顔を真正面から直撃しています。 幾つかのテーブルからは歓声が上がり、笑い声すらしました。 ウーン、何たること。「ウェイターッ!ライトを消してくれ。眩しすぎる。 」 「ライトがどうかしました?」「ま・ぶ・し・い!」 ウェイターは無言でライトの下に行き、見上げ、そして何処かへ行ってしまいました。 スイッチを切りに行ったと思ったのですが、大きい脚立つを持ち出し、ライトの向きを変えようとしました。 ダメで、脚立つと共に再び姿を消しました。 食べずに椅子に座っていましたら、しばらく後にライトのスイッチは切られました。「要求した件の結果を見届けるまでは行動を起こしてはならない。」これが当てはまる一例でした。 ホテルのレストランでは言葉の問題はなく、この件を除いては快適でした。
レストランを出る時、黒いスーツ姿の女性が見送り、「サンキュー。」 最後の朝食でしたから「オーレヴォアー」と答えました。 するとこの女性は後続 のWifeに 「メルシー。」 実は滞在中に気付いたのですが、覚えていった簡単なフランス語の単語を使用すると相手はフランス語を使い始めるのです。 「???」  こんな経験をされた方はおられませんか?

蛇足ながら、以上の経験から、「フランス人は英語を話せても分らないふりをする」というのは現状にそぐわない言葉に思われます。この表現は、もしこのような事例が散見されたとしても、用いないのが賢明と考えます。

前頁に戻る This Page Top ▲ 次頁に進む